「老年社会科学」 Vol.30-3 詳細一覧

原著論文

論文名

介護保険統計を用いた高齢者健康指標の提案と指標の関連要因
著者名

栗盛須雅子,福田吉治,八幡裕一郎

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 30(3):383-392,2008
抄録

 本研究の目的は,介護保険統計を用いた年齢調整要介護認定割合(重度認定割合と軽度認定割合に区分),加重障害保有割合(WDP),障害調整健康余命(DALE)を高齢者健康指標として提案するため,これらの指標の収束妥当性を検証すること,活用例としてこれらの指標の関連要因を検討することとした.収束妥当性は,軽度認定割合,重度認定割合,年齢調整WDP,65歳DALE と,平均自立期間との間の順位相関係数で検証した.関連要因は,健康指標,社会経済指標,人口学的指標との間の順位相関係数で検討した.結果は,軽度認定割合,重度認定割合,WDP,DALE の収束妥当性が支持され,男女の軽度認定割合は多くの社会経済指標と関連があった.結論として,高齢者健康指標としての提案は妥当であり,これらの指標は都道府県,市町村の老人保健福祉政策の立案や評価,意思決定に有用であると考えられた.

 

論文名

訪問介護事業所の評価尺度案の開発
― 事業所の対応を利用者が評価する尺度の開発をめざして―

著者名

須加美明

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 30(3):393-403,2008
抄録  訪問介護の質を利用者が評価する信頼性と妥当性が検討された尺度の開発を目的に,サービス提供責任者が行う調整など事業所の対応のよし悪しによって影響される質の次元を測るモデルをつくり調査を行った.訪問介護を利用する高齢者1,831人を対象に調査を行い1,347件の回答(回収率70%)から欠損値のない本人回答650件を分析データとした.構成概念を5因子(事情聴取と仕事の説明,ヘルパーの仕事範囲,必要とのズレ,サービスの継続性,ばらつき)で表すモデルに基づき探索的因子分析を行ったところ,仮説どおりの因子が抽出された.モデルの評価のために確認的因子分析を行ったところ,適合度指標はCFI=0.965, TLI=0.983, RMSEA=0.079 となり,構成概念の妥当性が確認できた.信頼性はCronbachのαが0.88で十分なことが確かめられた.他の地域において尺度案を適用し交差妥当性を確かめることが次の課題である.

実践・事例報告

 

論文名

退院後の生活の場の決定に参加できない高齢者の体験

著者名

小楠範子

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 30(3):404-414,2008
抄録  本研究の目的は,退院後の生活の場を決定する場面に参加できず,結果的に施設への転院となった入
院中の高齢者の体験を記述によって明らかにすることである.研究参加者は,A病院に入院中の女性高齢者3人である.平均年齢は80歳であった.研究参加者の退院までの期間,不定期に非構成面接を行った.面接内容は許可を得て録音し,逐語録とした.逐語録およびフィールドノートをデータとし,分析を行った.
 その結果,退院後の方向性を決定する場に高齢者自身が参加できていない実態,および決定のプロセスの蚊帳の外にいる高齢者が,<自分らしさを失っていくことへの危機感><現在の自分の役割が見いだせない苦しみ><自分の居場所の不安定さ,居場所のないつらさ>を抱えていることが明らかとなった.そして,家族から転院の話を聞かされた高齢者は,最終的には,「家族のため」という理由で,その転院の現実を受け止めている現状が明らかとなった.

資料論文

 

論文名

家族介護者の続柄別にみた介護に対する意識の特徴

著者名

新鞍真理子,荒木晴美,炭谷靖子

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 30(3):415-425,2008
抄録  本研究の目的は,家族介護者の続柄別にみた介護に対する意識の特徴を明らかにすることである.2005年8月,A県内の訪問看護ステーション利用者で65歳以上の要介護認定者の家族介護者376人の調査結果を分析した.介護に対する意識は,因子分析により「自己成長感」「対人葛藤」「充実感」「拘束感」「経済的負担感」とした.共分散分析を用いて,要介護者および介護者の属性を調整し,妻,夫,娘,息子,嫁における介護に対する意識の因子得点の平均値を比較した.
 その結果,「充実感」は,嫁が一番低く,娘に比べて有意に低かった.「経済的負担感」は,息子が一番高く,夫,娘,嫁に比べて有意に高かった.「自己成長感」「対人葛藤」「拘束感」では,続柄間の有意な差はみられなかった.
 介護に対する意識は,続柄間により異なることから,続柄の特徴を支援に反映させることが望ましいと考えられる.

論壇

 

論文名

高齢者施設介護職員の労働環境の整備
― 人材の定着・確保を促進する視点から―

著者名

宮崎民雄

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 30(3):426-432,2008
抄録  日本の高齢者福祉は,措置から利用契約制度(介護保険制度)に移行し,満8年が経過した.国民のだれもが自らの意思と必要度に応じてサービスを享受できる体制が整えられてきた意義は大きい.制度創設のころと比べるとサービスの利用量は飛躍的に伸びているし,迫りくる「長寿・超高齢社会」「核家族化」のなかで高齢者が尊厳をもってその人らしく「生きる」ことができる基礎的基盤が整えられてきた.
 しかし一方,この8年間の経過のなかでさまざまな課題が顕在化してきたのも事実である.事業主体の多元化に伴い,公正競争を確保するという視点でのイコール・フィッティングが問題になり,また,利用量の拡大に伴い保険財源が逼迫し,制度の見直しや報酬単価の改定(抑制)が行われてきた.その結果,たとえば介護老人福祉施設の平均収支差額は2004年の厚労省調査では10.2%であったものが,2007年には4.4%まで圧縮され,赤字の施設も増加している.事業者としては,これまで以上の「経営努力」が求められている.そしていま,なによりも喫緊の課題は,サービスの担い手である介護職員の確保と定着が極めて困難になってきていることである.
 本稿は,人材難の時代において,高齢者施設の介護職員の労働環境の整備をどのように考えるかをテーマとするものである.2007年8月に14年振りに見直し告示された厚生労働省の「新・福祉人材確保指針」(以下,指針)の枠組みを参考にしながら,事業経営者の立場に立って,問題解決の方向や具体的施策を検討しておきたいと思う.

 

論文名

介護保険制度下における社会福祉事業の経営
― 介護事業実務者の立場から―
著者名

西元幸雄

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 30(3):433-438,2008
抄録

 社会福祉のパラダイムの変化に伴い,社会福祉法人の事業も大きな変遷を余儀なくされた.とりわけ,制度の急激な変化は事業者には過大な負担となっている.また,国の経済活動により医療・介護を中心としたいわゆる福祉予算も大きく後退している.さらには,「社会福祉法人の経営のあり方」議論が進められるなか社会福祉事業は,もはや収益事業を視野にいれた地域福祉活動が必要とされるに至った.

論文名

高齢者ならびに認知症患者の自動車運転
著者名

池田 学

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 30(3):439-444,2008
抄録

 正常加齢でも,運動能力,動体視力,認知判断能力等が低下し運転の際事故の危険性が高まると考えられており,事実,近年交通事故において被害者・加害者として高齢者の割合が増加している.認知機能に広範な障害を有する認知症患者は,事故を生じるリスクがさらに高くなる.一方,都市部以外の公共交通機関網は年々衰退しており,高齢化が進んでいる山間部では高齢者の運転に生活を依存せざるをえず,運転中止により高齢者ならびにその家族と社会とのつながりが断たれる危険性や自立性を奪うことにつながる可能性もある.したがって,自動車運転を中止するに至る過程および中止に伴う不利益をどのような形で支援するかについて今後行政を中心に議論していく必要がある.認知症の自動車運転は,その象徴的な問題であって,その背後には高齢者全体の自動車運転と地域社会の構造そのものの問題があることを忘れてはならない.