「老年社会科学」 Vol.25-1

   

論文名

日本の高齢者住宅政策
著者名

黒田研二

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 25(1):7-13,2003
抄録 劣悪な条件の住宅に居住することによって,高齢者では転倒などによる死亡事故の発生,活動的余命の短縮といった問題が生じている.わが国の住宅政策の基本は,住宅金融公庫などを通じて持ち家の取得を推進する一方で,低所得者には賃貸公営住宅を供給するというものである.しかし公営借家の供給量は限られており,同程度の低所得者でも大半が民営借家に入居せざるを得ない状況にある.民営借家は公営借家に比して,居住水準,高齢者対応設備という点で条件が悪い住宅が多い.今後,ひとり暮らし高齢者などで民営借家に住む人はさらに増加すると見込まれる.このため2001年に高齢者居住安定確保法が成立し,民営借家に住む高齢者の居住条件を改善する施策が導入された.この法律に盛り込まれている施策の周知と普及が必要であるが,同時に低質な条件の住宅に住んでいる高齢者の状況が今後どのように改善していくか,政策効果の評価が求められている.2002年度から特別養護老人ホーム(以下,特養ホームとする)に個室・ユニットケアが導入されるようになったが,特養ホームにおいても所得に応じたサービスの質の格差を生じることがないか,今後の評価が必要である.

 

論文名

高齢者の健康と住環境
著者名

堀内ふき,渡部良子

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 25(1):14-21,2003
抄録 高齢者の住環境整備は,高齢者の自立とともに,安全で健康な生活,そして介護者の健康のために重要である.今回はとくに,健康との関連を,入浴事故や転倒を防ぐための住環境,動きやすい住環境について考えてみた.また,疾患予防のための住環境については,ナイチンゲールの「看護覚え書き」にみる環境の整え方から考察した.そして,地域在住の要介護者16人を対象にした住環境と介護負担との関連についての調査から,実際に介護している者がどのような点に介護負担を感じているかを述べ,さらに,介護保険が始まってから行われた住宅改修実施例(11ケース)を対象にした調査から,住宅改修が要介護者の活動性を高めるという事実,そして介護者の生活にどのような影響を与えたかを,事例をとおして明らかにした.

 

論文名

住宅改修をめぐる現状と課題
著者名

野村知子

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 25(1):22-27,2003
抄録 住宅改修は,建築から福祉分野へと位置づけを変えてきた.現在はケアマネジメントのなかでの活用方法が問われている.
 第1の課題は,リアルニーズをとらえたケアマネジメントのあり方が前提となる.住宅改修は,「暮らしを変える」1つの手段である.できるところから1つずつ改善を積み重ねていき,その効果をクライアントと家族に実感してもらうことが大切である.リアルニーズを見極めたうえで,住宅改修という手段を活用していく方法が問われている.
 第2の課題は,市町村の果たす役割の大きさである.東京都町田市の取り組みを検討するなかで,次のような点があげられた.@「償還払い」制度だけでなく,利用者負担が当初から1割ですむ「受領委任」方式の導入,A事前審査制度の導入,B住宅改修アドバイザー制度の活用,C介護予防事業を活用した市町村独自の上乗せ(費用の補填)と横だし(予防的対応)の実施,である.

 

論文名

高齢者向け居住環境の評価研究;一般の高齢者および痴呆性高齢者に求められる環境の質
著者名

児玉桂子

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 25(1):28-36,2003
抄録 アメリカでは1960年代より今日まで,一般高齢者と痴呆性高齢者を視野に入れて,各種高齢者居住環境評価法が開発され,多くの研究蓄積がある.そのなかで,一般高齢者と痴呆性高齢者に共通性の高い環境の次元が明らかにされてきた.アメリカにおける研究成果は,わが国において,一般高齢者から痴呆性高齢者まで視野に入れて,求められる環境の質やその評価法を検討するうえで示唆的である.| アメリカの各種高齢者居住環境評価法のわが国への適用研究では,抽象度の高い環境の次元レベルでは文化を超えた共通性が認められるが,具体的な環境項目に関してはわが国に即した改訂の必要性が示された.| 増加する痴呆性高齢者に対して,「治療的環境」の質とその評価法の確立は今日の重要なテーマである.研究成果を痴呆ケア実践に生かせるような環境指針として,「痴呆性高齢者への環境支援のための指針(PEAP日本版)」の紹介を行った.

 

論文名

在宅死亡患者割合に関連する因子の研究;全国訪問看護ステーション調査 
著者名

杉本浩章,近藤克則,樋口京子,久世淳子,牧野忠康,宮田和明

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 25(1):37-47,2003
抄録 訪問看護ステーションの利用者の在宅死亡割合(在宅死亡者数/総死亡者数)に関連する因子を検討した.| 
 全国のステーションを対象に,属性,医療機関との連携状態,地域特性など4領域26項目を含む調査票を郵送し,1,114か所からの有効回答(38.2%)を分析した.
 その結果,在宅死亡割合が高かったのは,次の4領域7因子がある群であった(数値は在宅死亡割合%).ステーション特性に関する領域では,医師の積極姿勢(52.2対42.7),医師および医療機関との連携に関する領域では,方針確認の実施率が高い(48.5対42.8),1つの医療機関の指示書占有率が低い(51.1対44.2),入院ベッドの有無に関する領域では,医療機関が無床(53.8対44.1),急変時に病床の確保困難(53.7対44.6),地域特性に関する領域では,農村(51.5対45.5)等であった.
 在宅死亡割合の高低には,個別症例の条件のほか,サービス提供側の特性や地域性という,いわば環境要因の関連が示唆された.

 

論文名

地方都市におけるホームヘルパーの就業と賃金;介護保険制度の施行をはさむ3年間の推移
著者名

寺本岳志,西嶋素行,古谷野亘

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 25(1):48-54,2003
抄録 東北地方内陸部に位置する人口約4万人のA市において,訪問介護事業所を対象とする調査を行い,1999年,2000年,2001年の各7月に勤務したホームヘルパーの全数について情報を得て検討した.介護保険制度の施行をはさむこの3年間に,A市内の訪問介護事業所は倍増し,ホームヘルパーの数と総就業時間,賃金の総額はおよそ3倍になった.しかし,もっとも増加率が高かったのはいわゆる「登録ヘルパー」であって,2000年と2001年の7月に勤務したホームヘルパーの3分の2は登録ヘルパーであった.ホームヘルパーの就業実態には個人差が大きく,A市のホームヘルプ事業は,短時間就業・低賃金の登録ヘルパーに大きく依存していた.地方都市におけるホームヘルプサービスの質の向上とホームヘルパーの社会的地位の向上を図るためには,教育・研修体制の整備や適正な賃金水準の確保など労働環境の改善が不可欠である.

 

論文名

地域高齢者における生活機能の経年変化;ADL・IADLの自立性からみた改善と悪化
著者名

石橋智昭,西村昌記,山田ゆかり,古谷野亘

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 25(1):55-62,2003
抄録 ADLとIADLの自立性から生活機能をとらえ,その2年間の変化を観察した.調査は東京都世田谷区の70歳代の在宅高齢者を対象に1996年と1998年に実施された.本研究においては,2回の調査に回答した855人と,追跡期間中の死亡者62人を分析対象とした.生活機能はADLとIADLそれぞれ8項目で測定し,「自立」「IADL障害」「ADL障害」の3段階に分類した.2年間の死亡率は,初回調査時の「ADL障害」群,「IADL障害」群,「自立」群の順で高かった.「自立」群の87.0%,「ADL障害」群の50.0%が2年後も同じ生活機能の水準を維持していたのに対して,「IADL障害」群では31.5%が同一水準にとどまっているにすぎなかった.「IADL障害」群からの変化は悪化よりも「自立」への改善のほうが多く,「IADL障害」群が予防的介入の対象として重要なボーダーライン層であることが示唆された.