「老年社会科学」 Vol.20-2

   

論文名


長寿科学総合研究事業の成果と今後の方向

著者名

前田大作

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 20 ( 2 ) : 91-96, 1998
抄録
長寿科学総合研究事業は厚生科学研究費の1部門であって1990年に発足した.平成9年度の予算の総額は,指定研究だけで13億4,096万円であった.社会科学分野の研究は,研究課題数が19で全体の14.5%,金額は1億5,205万円で全体の11.3%であった.
長寿科学総合研究では,社会科学領域の研究でも,単年度で1,000万円前後の研究費を3年間継続で受けることができ,これまで少額の研究費しか受けることのできなかった社会老年学の研究分野に大きな変革をもたらした.
今後の研究の方向としては,従来の研究領域への配分に加え,心理的・精神的援助技術,福祉援助技術の視点からの研究,とくに質的研究などにも配分すべきである.
社会老年学研究の領域では,学術論文のアブストラクト集が刊行されていないため研究の進歩に大きな支障があるので,その事業を長寿科学総合研究事業の一部としてとりあげられることを望みたい.

 

論文名


農村中高年女性の老後意識の追跡研究;家族周期移行パターンによる差異

著者名

佐藤宏子

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 20 ( 2 ) : 97-108, 1998
抄録
1982年と1993年の2回にわたって農村の中高年既婚女性の追跡調査を実施し,@1982年の老後意識がのちの家族周期移行パターンに与えた影響,A家族周期移行パターンが1993年の老後意識に与えた影響,B家族周期移行パターン別にみた老後意識の変容,について分析した。この結果,1982年において既婚子との「別居」を希望した者は,その後子どもがすべて他出した「子ども他出」型へ移行した者の割合が高いこと,直系制家族の家族周期に回帰し,直系家族を再生産した「82年回帰」型と「回帰」型は,「子ども他出」型や「教育・排出期」型に比べて伝統的意識を持続している者や保守化した者の割合が高いこと,「子ども他出」型では「長男夫婦との一貫同居」や「長男の嫁」に対する介護期待の弱化,経済的自立意識の高まりが最も著しいこと,後継者の「嫁不足」が深刻化している「停滞」型はきわめて強固な伝統的意識を持続していることが明らかになった。

 

論文名


高齢期の住まい方とケアハウスのニーズに関する研究

著者名

竹嶋祥夫

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 20 ( 2 ) : 109-119, 1998
抄録
本研究は在宅高齢者の同居・別居を視点とした今後の住まい方や生活から,ケアハウスへの志向などを考察することを目的としたもので,50歳以上の既成市街地住民を対象として,アンケート方式で調査を行っている。主たる結果は,以下のとおりである。
(1) 全般的に同居・別居は家事や今後の生活に大きな影響力をもっていた。
(2) 自宅において,現在同居している者は同居を,別居している者は別居をという現状継続希望が最も多いが,理想的同居・別居形態は現同居者は二世帯住宅を,現別居者は近居を望んでいた。
(3) 家事行為は女性が行うことが多いが,代替者がいたり,高齢になると自分だけで行う者の比率が減少していた。
(4) 有料のホームヘルプサービスを利用しても在宅生活を続けたいという希望が多いが,高齢期の受け皿の1つであるケアハウスの認知度や入居を希望する者の割合は低かった。しかし,年齢層で70〜74歳の者,また子ども世帯との別居者に,比較的希望が多かった。

 

論文名


選択的注意課題における抑制過程の加齢変化

著者名

権藤恭之,石原治,下仲順子,中里克治

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 20 ( 2 ) : 120-131, 1998
抄録
注意課題場面での高齢者における抑制過程の低下仮説を検討するために,ストループ課題を用い,正と負のプライミング効果およびストループ干渉量を検討した。20人の高齢者と18人の青年を対象として刺激の配置の異なる4つの条件間で命名速度を比較したところ次の結果が得られた。負のプライミング効果は高齢者で小さくなる。正のプライミング効果は高齢者で大きくなる。そしてストループ干渉量は高齢者で大きくなる.しかし,試行を前半と後半に分けてブロックごとに正と負のプライミング効果を検討した結果,青年群と高齢者の差は後半の試行ブロックでのみ観察された。高齢者群の命名速度は後半の試行ブロックで遅くなるため,命名速度の遅延が両群のプライミング効果の違いに影響を与えるのではないかと推測された。

 

論文名


高齢者の健康度自己評価に関連する要因;配偶者の健康度評価に着目して

著者名

青木邦男

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 20 ( 2 ) : 132-142, 1998
抄録
有配偶の高齢者468人(男性271人,女性197人)を対象に,健康度自己評価に対する配偶者の健康度評価の関連を質問紙調査によって調べた。その結果,以下のことが明らかになった。
(1) 高齢者の健康度自己評価に関連する要因を重回帰分析で分析した結果,男性高齢者については「配偶者の健康度評価」「受医療頻度」「ストレス影響度」「GHQ」の4要因が健康度自己評価に対して有意な関連を示した。標準偏回帰係数から関連要因の規定力の方向をみると,配偶者の健康度評価では健康であるほど,受医療頻度ではないか少ないほど,ストレス影響度では経験がないか影響がないほど,そしてGHQでは得点が低い(精神的健康が高い)ほど,健康度自己評価は健康的である。
(2) 女性高齢者については「配偶者の健康度評価」「受医療頻度」「GHQ」の3要因が健康度自己評価に対して有意な関連を示した。
 標準偏回帰係数から関連要因の規定力の方向をみると,配偶者の健康度評価では健康であるほど,受医療頻度ではないか少ないほど,そしてGHQでは得点が低い(精神的健康が高い)ほど,健康度自己評価は健康的である。
(3) 配偶者の健康度評価は男女ともに分析対象者の健康度自己評価に有意に関連していた。

 

論文名


老人ケアスタッフの仕事の魅力に対する介護信念と仕事のコントロールの影響 

著者名

宇良千秋

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 20 ( 2 ) : 143-151, 1998
抄録
本研究では,特養のケアスタッフ164人を対象に入居者の欲求や感情,介護成果に関する信念と職場における仕事のコントロールが,彼らの仕事の魅力にどのような影響を及ぼしているかについて検討を行った。分析の結果,職場における仕事のコントロールの高さと痴呆性老人の欲求や感情の存在に対する信念が,ケアスタッフの仕事の魅力に有意な影響を及ぼしていた。また,仕事のコントロールが高い場合には,痴呆性老人の欲求や感情に対する認知にかかわらず仕事に対する魅力は高かったが,仕事のコントロールの条件が悪い場合には,痴呆性老人が欲求や感情をもつ存在であると認める傾向がより弱い群で仕事の魅力が低下するという交互作用が示された。老人ケアスタッフの仕事に対する魅力を高めるためには,入居者の欲求や感情の存在を認めるような認知をもつことと,職場における職員の決定や能力発揮の機会などの条件を整えることが有効であることが示唆された。

 

論文名


IADLの自立と遂行(2);遂行と世帯構成の関連

著者名

西村昌記,山田ゆかり,石橋智昭,若林健市,古谷野亘

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 20 ( 2 ) : 152-159, 1998
抄録
手段的日常生活動作能力(IADL)の指標となる生活行為の遂行者(代行者)の分布を明らかにするとともに,遂行と世帯構成との関連について検討した。調査は,東京都世田谷区に居住する70歳代の在宅高齢者1,600人を対象として訪問面接法により実施され,1,082人より回答を得た。対象者には,食事の支度,掃除,洗濯,買い物,預貯金の出し入れ,服薬の管理のそれぞれについて,遂行者の続柄を尋ねた。これらの生活行為が世帯外の他者によって遂行されることはまれであり,とくに配偶者がいる場合には,夫婦どちらかによって遂行されることが多かった。家事の領域の生活行為は主として女性によって遂行されていたが,配偶者のいないときには男性の遂行比率が高まった。対数線形モデルによる分析によっても,性の主効果と性と配偶者の有無の交互作用項の影響が統計的有意水準に達し,家事の領域の生活行為の遂行にみられる性別役割分業の強さが改めて確認された。

 

論文名


高齢患者の在宅療養における家族ダイナミックス;東京都心部における事例調査

著者名

林葉子

雑誌名
巻/号/頁/年
老年社会科学, 20 ( 2 ) : 160-170, 1998
抄録
本研究の目的は,慢性疾患を有する高齢患者の療養環境を構成する人間関係に焦点を当て,高齢患者が在宅での療養を選択し,それを継続していく過程にかかわる要因を高齢患者,主介護者,キーパーソン(在宅療養の方向を最終的に決定,指揮する者)の相互関係のダイナミックスから探るものである。対象者は都心部に所在するA病院(500床)を退院し,同病院の訪問診療,訪問看護を受けている慢性疾患を有する65歳以上の高齢患者24例とその家族であり,面接聞き取り調査を行った。調査の結果,在宅療養を選択し,その継続を可能にするためにとっている方策はさまざまであったが,在宅療養にかかわる各当事者に不足している事柄をそれぞれ補っているという共通点が見いだされた。在宅療養における家族ダイナミックスは,当事者である上記三者間の勢力バランス,精神的負荷の割合のバランス,身体状況のバランスを含めた総合的なものであり,三者間の平衡関係を維持することによって,在宅療養の実施・継続が可能になることが示唆された。