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高齢社会と生活の質 ‐日本とフランスの比較から‐ |
東京学芸大学 直井 道子 |
編著: |
佐々木交賢 |
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ピエール・アンサール |
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定価: |
2,730円(税込) |
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発行: |
専修大学出版社 |
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本書は2001年にいわき明星大学で開催された日仏社会学シンポジウムで発表された研究を収録したもので,日本とフランスの高齢者を多様な主題について論じた13の論文からなる.両国を比較する程度はさまざまで,中には「1章 フランスにおける老いの歴史的変遷」や「5章 高齢者のボランティア活動とそのパワー」のようにフランスのことが中心の章もある.一方「7章 変わる日本人の高齢期」や「12章 高齢者の自殺と生きがい」のように日本のことが主な章もある.それでも「11章 大衆長寿時代の時間意識」のように日本のデータだけを用いながらも,長寿時代一般を論じる視点が明確な章などの示唆を受けて,読者の多くは読みながら何かしらの日仏比較をするのではないだろうか?
その他のいくつかの章,たとえば「3章 高齢期の生活費」「8章 要介護高齢者の諸問題」などでは日本とフランスのデータを用いながら両国の比較を行っている.社会保険料,税金の多寡の比較などは社会保障の論議にも重要な示唆を与えてくれるように思う.また「9章 成年後見制度の国家比較」ではイギリス,日本,ドイツの比較が主で,フランスについてはわずかしか触れられていないが,この制度を作ったばかりの日本にとっては参考になる章である.
さらに興味深いのは比較の枠組を作り,その枠組に基いて日本とフランスを位置づけ,また他の国をも位置づけようとした論文である.「4章 労働市場における高齢者層の参加」では「労働市場へ高齢者を統合する手段の有無」と「不就労リスクのカバー(年金など)の水準」という二つの変数を組合せて国家比較を試みている.日本は労働市場への統合には多くの手段があるが不就労リスクのカバー水準は低い国,反対に失職のリスクを補償する制度は手厚いが,高齢者を労働市場から切り離しているのがヨーロッパ大陸の福祉国家フランス,オランダなどだという.両方の面で高齢者に手厚いのが北欧のスウェーデン,反対に両方で手薄なのはアメリカとイギリスだと位置付けられている.
このように本書は単にフランスの高齢者の事情を知るというよりは,他国の制度や実情を通して高齢者の生活を考える高齢者研究,高齢社会研究の書として有用である.さらに,国際比較のあり方や方法についても多くの示唆を与えてくれる.日本の高齢者や高齢社会について考えるうえで,広い視野や新しい刺激が得られる書物だといえよう.一読を勧めたい.
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更新日2005/2/23 |
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2015年の高齢者介護;高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて |
上智大学文学部教授 冷水 豊 |
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厚生労働省が設置した高齢者介護研究会(座長=堀田力氏)が2003年6月に発表した報告書であり,学会が取り上げる書評の対象としては異例である.同研究会の目的は,「ゴールドプラン21」後の新しいプランの方向性,2005年度の基本的制度見直しを控えた介護保険の中長期的な課題等を検討することであった.
2015年は団塊の世代が65歳になりきる大きな節目の年で,そこに課題や目標の照準を合わせたことは注目される.また,今後の高齢者介護の基本目標として,介護保険が強調してきた自立支援とともに,「その根底にある」のは「尊厳の保持」であることを明確にしたことは評価されてよい.そしてこの基本目標達成のための方策として,I介護予防・リハビリテーションの充実,II生活の継続性を維持するための新しい介護サービス体系,III新しいケアモデルの確立:痴呆性高齢者ケア,IVサービスの質の確保と向上を挙げている.
Iの「介護予防」(要介護予防と呼ぶべき)については,介護保険の現状分析において,一地域の限られた調査データを基に「要支援・要介護1の者は要介護度が『改善』した割合が少ない」として「要介護になった場合のリハビリテーションのあり方」の再検討の必要を指摘するなど,介護保険の財政的観点が色濃く出ており疑問が多い.しかし今後の方策の中では,要介護予防やリハビリを就労・社会参加を通しての健康づくりや老人保健事業などの推進を踏まえた本来的な予防方策を強調している.IIの新しい介護サービス体系については,「切れ目のない在宅サービス」のための「小規模多機能サービス拠点の整備」,自宅・施設以外の多様な「住まい方」の実現,在宅介護支援センターの改編を含めた「地域包括ケアシステム」を展望している.IIIについては,痴呆性高齢者ケアの確立が今後の高齢者ケア全体を新たな次元へと進展させることになると位置付け,「尊厳」を第一の基本目標にした方策の中核に位置付けていることは注目される.いずれにしても,今後の高齢者介護政策を検討する際の重要な官製資料であることは間違いない.
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更新日2004/11/15 |
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痴呆性高齢者が安心できるケア環境づくり |
大阪府立大学社会福祉学部教授 黒田 研二 |
編: |
児玉 桂子 |
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足立 啓 |
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下垣 光 |
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潮谷 有二 |
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定価: |
2,500円(税抜) |
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発行: |
彰国社 |
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記憶力・判断力など認知機能が低下し,周囲への適応能力が低下した痴呆性高齢者に対し,<環境>は,より直接的に,肯定的影響をも否定的影響をももたらす.環境という概念は,建築的・物理的環境と,人間の関わりからなる人的環境とを含んだ総合的なものである.しかし,環境をこうした広い視野からとらえ,環境との交互作用のもとで,痴呆性高齢者の生活の質を改善していく視点は,日本では希薄だったし研究の蓄積も遅れていた.
アメリカでは,80〜90年代,建築学や心理学からのアプローチによる研究が蓄積され,WeismanらのPEAP (Professional Environmental Assessment Protocol) のような環境支援の指針が作られていた.本書は,日本におけるこうした視点からの実践と研究の遅れを取り戻す,貴重な学術書である.本書の特徴は,痴呆性高齢者のよりよい生活を支援する環境づくりの手法を,研究者グループと高齢者ケアの現場の人々とが,共同で追求して生まれた成果をまとめたものだという点にある.研究者グループには,建築学・心理学・社会福祉学からの参加が図られ,学際的な視野からの取り組みを可能にした.
本書は6部構成である.建築的環境とケアや施設運営を含む総合的な視点から環境をとらえ(第1部),アメリカにおけるケア環境支援尺度の発展の経緯,デンマークの痴呆ケアユニットの環境評価が示され(第2部),WeismanらのPEAPに,日本の実情に合うよう改訂を加え(第3部),「痴呆性高齢者環境配慮尺度」をもとに,特別養護老人ホームの評価と,スタッフのストレス軽減への提言がなされ(第4部),今日導入が図られてきているユニットケア施設の実践と効果が示され(第5部),さらに,在宅ケアにおける環境改善の工夫も述べられている(第6部).
本書は,学術書としての性質をもつものではあるが,研究者と実践現場との交流をもとに作られたものであり,それだけに,実践をもとにした具体的な事例が随所に盛り込まれている.実践現場にいる多くの人々にこそ,読んで欲しいと思う本である.
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更新日2004/11/10 |
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社会福祉士養成テキストブック6;老人福祉論 |
駒澤大学文学部社会学科 東條 光雅 |
編著: |
白澤 政和 |
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中野いく子 |
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定価: |
2,730円(税抜) |
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発行: |
ミネルヴァ書房 |
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本書は,16巻のテキストブック・シリーズの1冊として企画されたものである.章立ては,序章と終章を含めて9章から成っており,具体的には「序章:高齢者福祉とソーシャルワーク」「第1章:高齢者の生活困難と福祉・保健医療サービスニーズ」「第2章:高齢者の理解―心身の特徴から」「第3章:高齢者に対する支援の方法」「第4章:高齢者を支援する人的資源の現状と課題」「第5章:高齢者を支援する社会的制度1―高齢者福祉保健制度」「第6章:高齢者を支援する福祉・保健医療サービス」「第7章:高齢者を支援する社会的制度2―関連諸制度」「終章:これからの高齢者福祉とソーシャルワーク」というもので,他社によるこれまでのテキスト・シリーズのものとはかなり趣を異にしている.社会や家族の変動に即して高齢者福祉制度・サービスの変遷や保健・医療サービスとのかかわりを説明する従来の流れとは異なり,より今日的な現状認識や制度理解に主眼を置いてソーシャルワーカー養成を目指したテキストといえる.
本文では図表やグラフが多く取り入れられており,解説をより分かりやすくしている.欄外の補足が多めに使われているが,見やすく配置されており,かつ,必要十分な説明となっているので,いっそう使いやすさを増している.制度やサービスの解説では,それに至る時代背景や厚生労働省を中心とした政府の動きなども適宜触れられており,スムーズに理解できる工夫がなされている.章末に示されている「読者のための参考図書」では,書名だけでなく,内容に関する短いコメントも付されているので,図書選択にも役立つ.
テキスト・シリーズの1冊なので内容にはある意味で限界があろうが,介護保険制度導入後,分かりにくくなっている高齢者福祉にかかわる諸制度・サービスを,整理して分かりやすく解説する努力がなされている.とくに,社会福祉を学ぶ学生や初学者には,一読を薦められる有益なテキストといえよう.
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更新日2004/7/29 |
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痴呆介護の手引き;行動障害・精神症状への対応 |
社会福祉法人青山里会第二小山田特別養護老人ホーム 西元 幸雄 |
編著: |
小林 敏子 |
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橋本 篤孝 |
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定価: |
2,600円(税抜) |
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発行: |
ワールドプランニング |
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痴呆性高齢者の人口は増加の一途を示し,要援護状態へのケアの脆弱性も危惧されている.身体的に元気で,痴呆のさまざまな症状や行動が活発な高齢者,いわゆる元気ボケの居場所が施設より自宅に多いといった状況は,施設や介護サービス事業者が痴呆性高齢者を敬遠しがちであるためともいえる.もちろん,高度の痴呆の人であっても自宅でいつまでも安心して暮らせることが望まれるのではあるが,地域における痴呆ケアもまだまだ発展途上であり,ケアの標準化や方法論についてはまだまだ系統化されたものではない.
『痴呆介護の手引き』では,「痴呆の理解」「痴呆性高齢者に伴う生活不適応への対応の仕方」「痴呆性高齢者への援助の基本」から「現場での看護,介護の工夫や生活支援のシステム」さらには「痴呆の予防」まで系統的に分かりやすく解説されている.介護現場での困りごとは,痴呆性高齢者の中核症状より周辺症状への対応への戸惑いが多いといえる.しかし,周辺症状を理解するにはまず痴呆という疾病そのものを理解し,さまざまな症状の要因となるものを,アセスメントしていくことがまず必要となる.
本書では,5つの中核症状が背景となって生活不適応反応が派生することが多いとしながら,心理的側面からの対応や,生活歴,生活環境の整備など,痴呆性高齢者の行動の理解を科学的に行うための基本的な視点を分かりやすく示している.また,物盗られ妄想など行動障害別の具体的対応方法やさまざまな介護現場における介護の工夫事例も豊富に紹介されており,介護現場で日々の介護にお困りのスタッフや在宅で日夜奮闘されている介護者の方々にとって,手元にあればすぐに役立つ手引書として最適な書であろう.さらに介護の方法のみならず,権利擁護や公的サービスの利用方法,痴呆性高齢者の予防についても紹介されており,今後地域で痴呆性高齢者を支えていくために必携の書であるといえる.
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更新日2004/5/28 |
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痴呆予防のすすめ方:ファシリテートの理論・技法とその事例 |
東京都老人総合研究所 痴呆介入研究グループ 本間 昭 |
監修: |
矢冨 直美 |
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編: |
杉山 美香 |
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定価: |
2,940円(税抜) |
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発行: |
真興交易医書出版部 |
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高齢化社会を迎えたわが国において,介護予防や痴呆症対策の必要性が重視されてきている.これまで,痴呆の発症を防ぎそれを遅延させることは困難とされてきた.しかし,近年の研究によって,痴呆の発症のリスク要因が明らかになってきている.疫学的な研究のいくつかはアルツハイマー病の発症と生活習慣の関連があるとされており,とくに他者との交流や努力を要するような知的な活動がそのリスクを下げる要因となっていることが明らかにされつつある.
本書は,痴呆予防のための運動と知的な機能の活性化をうながす「痴呆予防活動プログラム」を開発してきた東京都老人総合研究所が蓄積してきた,痴呆予防のためのグループ活動の実践のため理論や技法,ノウハウをまとめたものである.脳の機能を活性化させることを目的とした高齢者のグループワークを運営するためのファシリテーターが備えておくべき理論と実際に起こりうる問題に対処する方法を行動学的方法論から解説している.内容は,?T.高齢化社会へ向けての痴呆予防をすることの意義,?U.脳機能の強化,?V.痴呆予防グループワークにおけるファシリテーターの役割,?W.ファシリテーター理論と技法,?X.グループワークの流れとファシリテート,?Y.グループワークの実際からなる理論部分と,ファシリテーターが実際の活動のなかで遭遇する問題にどのように対処すればよいかをQ&A形式で示した?Z.ファシリテーター対処事例集となっている.痴呆予防活動のファシリテーターを目指す方や,保健・医療・福祉の分野において高齢者の介護予防などの実践活動をする方々にぜひ読んでいただきたい1冊である. |
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更新日2004/3/31 |
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超高齢社会と向き合う |
聖学院大学人文学部 古谷野 亘 |
編: |
田尾 雅夫 |
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西村 周三
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藤田 綾子 |
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定価: |
2,800円(税抜) |
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発行: |
名古屋大学出版会 |
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高齢化は現代の日本社会を特徴づけるキーワードのひとつである.少子高齢化,高齢化社会,そして本書の題名である超高齢社会,これらの語を聞いたことのない人はほとんどいないであろう.しかし,その意味を正確に知り,近い将来ほぼ確実に到来するであろう超高齢社会について考えるのに必要な知識をもっている人は多くない.本書は,編者を含む9人の専門家が分担して執筆した高齢化についての概説書である.
第1部の「超高齢社会を考える基礎」では人口高齢化とヒトの加齢,高齢者の経済状況について,第?U部の「社会・心理・行動」ではエイジズムと高齢期の職業,家族と地域社会,心身の病と介護について,そして第?V部「政策・制度・組織」では社会保障と地方行政,雇用と高齢者施設について取り上げられている.
現在の日本の社会と高齢者について考えるとき,2つの見方が可能であるように思われる.高齢者個人に注目すると,人類がいまだかつて経験したことのない健康で貧困から自由な,長い高齢期を手中にしたことは間違いない.ところが社会・経済の全体からみると,急速な人口高齢化にともなう課題は多く,編者が繰り返し述べているように「高齢者はコストである」ということにもなる.この2つの見方は,おそらくいずれも正しく,いま現に起こっていることを正確に表している.しかし,この2つの見方を統一する視座はまだない.そしてまた,人類が初めて手にした高齢期の生活の質を維持しつつ,どのようにして近未来の超高齢社会を築いていったらよいかも,いまだ答えのない問いである.
本書においても,高齢者個人に焦点を当てた章とそれ以外の章では明らかにトーンが違うし,超高齢社会を築くための具体的で実効性のある提案が用意されているわけでもない.それゆえ,安易に答えを得ようとする読者には物足りなさが残るかもしれないが,自ら考え,答えを見いだそうとする人にとっては,本書は格好の手がかりになるであろう. |
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更新日2004/1/30 |
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福祉キーワードシリーズ:痴呆ケア |
大阪後見支援センター・大阪社会福祉研修センター 大國美智子 |
編著: |
長嶋 紀一 |
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加藤 伸司
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内藤佳津雄 |
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定価: |
1,800円(税抜) |
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発行: |
中央法規出版 |
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痴呆性高齢者の増加が予測され,痴呆ケアのあり方が社会問題になりつつある.福祉キーワードシリーズ「痴呆ケア」の出版は,まさに時宜を得たものといえるであろう.本書は痴呆ケアに携わる各分野の専門職のみならず,図表や写真も多用して痴呆ケアについてこれから学ぼうとする人にも分かりやすく書かれている.福祉キーワードシリーズだから当然のことなのであろうが,知りたいと思うことが網羅されており「はてな?」と疑問をもったときに開いてみると,「なるほど!」と納得できる仕組みになっている.
第1章の理解,第2章の援助,第3章の施設・機関・専門職,第4章の制度,さらに,関連用語解説と続くが,幅広い専門分野をカバーしているのが特徴である.
介護保険制度をはじめとして,どの項目についても,考え方や取り組みの仕方などが次々と変化しつつある現状においては,確たる定義や方向性を見極める難しさがあったのではなかろうか.それだけに,現時点での最新の知識や情報や考え方を十分に意識して執筆・編集されている点を高く評価したい.また,さまざまな領域で痴呆について研究しておられる方々,日夜痴呆ケアを実践しておられる現場の方々等による執筆だけに,理論から現場に繋がる生き生きとした雰囲気が効果的に演出されているのも,長所である.
通読すると,学際的な「痴呆ケア」をテーマとしているだけに,読者の立場やキーワードについての知識量によって,いくらか,項目ごとのアンバランスを感じるかも知れない.しかし,この点についても,読み進むうちに,「この先が知りたい」というような知的好奇心を呼び起こせば本著は成功であるといえるであろう.
痴呆にかかわる研究者・実務者には,痴呆の全体像を知るためにぜひ通読してもらいたい.座右の書として置くのもよいであろう.また,これから痴呆を学ぼうとする人々には入門書として必読の良書であるとお勧めする.
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更新日2003/11/20 |
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痴呆の心理学入門:痴呆性高齢者を理解するためのガイドブック |
日本大学文理学部 内藤佳津雄 |
著: |
エドガー・ミラー |
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ロビン・モリス
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訳: |
佐藤 眞一 |
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定価: |
2,200円(税抜) |
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発行: |
ワールドプランニング |
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「痴呆という言葉は,何よりも痴呆が知的機能の低下を意味するという点で第1に心理学的なものなのです.」と本書の「はじめ」に書かれている.まさにそのとおりである.最近の痴呆ケアをみても,痴呆性高齢者に対する心理的理解や社会的関係を支えることが重視されるようになっている.心理学者はもっと痴呆ケアに関してさまざまな知見を提供していく必要があると思う.本書はその期待にこたえることができる著書である.イギリスの2人の心理学者が,痴呆に関する心理学的研究を幅広くかつ体系的に紹介しているが,中立的な態度でまとめていることが本書の特徴であるといえる.特定の立場や方法だけにかたよらず,基礎的な心理学(実験心理学,認知心理学など)から応用的な心理学(臨床心理学など)まで広く網羅して,多様な考え方・方法から痴呆性高齢者の心理に迫っている.場合によっては関連する医学や実践的な介護の領域までカバーしている.
ページを順にめくっていくとまず前半の章は,痴呆による認知・記憶障害を中心とした内容となっている.認知心理学や神経心理学といった領域の研究を中心として,痴呆による記憶,言語,その他の心理学的機能障害についての知見がまとめられている.そのうえで後半の章では実際的な痴呆介護に関係する応用的な内容について書かれている.たとえば,痴呆に関するアセスメント手法とその課題,痴呆のマネジメント法,介護者やサポートグループなども含む心理社会的側面といった内容である.とくに,「痴呆のマネジメント」の章では,最近介護の場面においても取り入れられているRO(リアリティオリエンテーション),回想法,肯定法(バリデーション)の各種法について取り上げている.その記述はきわめて中立的な態度がとられていることが大きな特徴である.効果的な側面だけでなく,問題となる面も含めて研究や実践の成果をまとめており,臨床的な手法に対する科学的な態度を学ぶこともできる.痴呆介護に携わる方だけでなく,ぜひ広く読んでいただきたい書である. |
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新社会老年学:シニアライフのゆくえ |
ルーテル学院大学名誉教授 前田 大作 |
編著: |
古谷野 亘 |
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安藤 孝敏 |
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定価: |
2,200円(税抜) |
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発行: |
ワールドプランニング |
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本書は索引を含めて177頁(A5)という学術書としては異例に近い小さい書籍であるが,しかしその内容は社会老年学の最新の理論と動向をふまえたものとなっており,いわゆる「山椒は小粒でもぴりりと辛い」という諺がぴたりと当てはまる良書である.
社会老年学という用語は曖昧で,人によってその領域は狭かったり広かったりする.本書の場合にはボリュームの制限から社会学を基礎とした研究の領域という立場に立ち,心理学など他の研究領域の情報はほとんど扱われていないので購入を考える場合には留意されたい.
編者は「はしがき」のなかで,「自分の高齢期を主体的に創っていこうとする人たちに,必要な予備知識を提供することを特に意図している.」と記しているが,本書のレベルは編者のこのような意図にかかわらず,それよりかなり高いものとなっている.評者の意見では,この書物は大学院の博士前期課程で高齢者にかかわる社会学的な研究をしようとしている院生に,まず読むように薦めるべき本である.学部の学生や教養のためにこの本を読もうとする一般社会人にはかなり難解な書物であることをお断りしておきたい.
小さい書物に豊富な内容を盛り込んであるから,個々の問題や理論などに関し,本書だけで十分な情報を得ることはむずかしいが,一方,比較的短時間で社会老年学の領域でどのような研究がなされ,どのような理論がとなえられているについての正確な概観を得ることができる.その上で本書の豊富な引用文献リストや巻末の「役に立つ参考書」リストにあげられている書物にあたって,目的とするくわしい情報を得るようにすればよい.なお巻末には,入念に編集された索引に加えて,重要な文献データーベース,学術団体などのホームページのURLも掲載されており親切である. |
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更新日2003/7/3 |
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新・介護福祉学とは何か |
広島県立保健福祉大学保健福祉学部 住居 広士 |
監修: |
一番ケ瀬康子 |
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編集: |
日本介護福祉学会 |
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定価: |
2,200円(税抜) |
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発行: |
ミネルヴァ書房 |
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日本介護福祉学会は,介護福祉学の確立をめざして,1992年10月23日に設立された.その設立準備研究集会の内容を中心に編集した『介護福祉学とは何か』が1992年11月10日に出版されている.その後の介護福祉をめぐる環境の変化をふまえ,介護福祉学を新たな視点から問い直すべく同学会が編集し,介護保険時代の要請にこたえられるようにしたのが本書である.
本書の内容は,介護福祉の概念,介護福祉の歴史,介護福祉の実践過程と視点,介護福祉を支える援助技術,介護福祉と他領域のかかわり,生と死を支える介護福祉,介護福祉と介護保険,介護福祉学の研究課題,介護福祉教育の今後などとなっており,介護福祉に関連する領域を幅広くとらえている.日本介護福祉学会の理事を中心として,さらに関連領域の専門家らによる執筆となっている.本書は,介護福祉学をこれから研究実践していくための指南書となりえる.
介護福祉学は日本独自の学問であり,世界一の長寿大国である日本は,全世界に向けてその学問の確立を呼びかける必要がある.介護福祉学は時代とともに変遷し,介護福祉学に課せられた使命は拡大し続けている.その広範な領域を,それぞれの分野の専門家が共有しながら,包括する必要がある.いままでは介護福祉の実践が先行し,その後追いを介護福祉学が行ってきた.新たな介護保険の時代においては,まず介護福祉学が介護福祉の実践に対する羅針盤と防波堤となりながら,介護福祉の実践を学問体系化する必要がある.その介護福祉学のバイブルとして,本書を推薦したい. |
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更新日2003/6/4 |
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高齢者のための心理療法入門
:成熟とチャレンジの老年期を援助する |
大阪人間科学大学人間科学部 小林 敏子 |
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著: |
ボブ・G・ナイト
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監訳: |
長田 久雄 |
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訳: |
藤田 陽子 |
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定価: |
3,200円(税抜) |
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発行: |
中央法規出版 |
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高齢期には慢性的な身体疾患によって健康を害されやすいと同時に,認知障害やうつ状態,不安や混乱など種々の精神の障害をきたしやすい.このような高齢者に対して,心身の状態,時代的背景,生活歴,家族関係などを多面的に評価し,心理療法的な対応がなされることが望まれる.
本書では,1章から4章で高齢期には,認知の成熟,感情面の安定,人生経験の豊富な蓄積などがみられ,高齢者は精神療法のより適した存在であると書かれている.精神療法に際しては,コホート効果を成熟効果と切り離して評価すること,高齢者の生活環境を十分知ること,高齢者が抱えることの多い慢性疾患によってもたらされる痛みや心理的影響などの理解が必要であると述べている.また,高齢者とのラポールの構築の仕方や高齢者への心理療法場面における転移と逆転移について解説している.
5章から7章で,アセスメントの方針について,事例をまじえて説明し,高齢者は若い世代の人々に比べ,身体面,心理面ならびに社会面の問題を同時に抱えている場合が多く,問題解決にあたってはクライエントあるいはその家族との話し合いの重要性を述べている.また,グリーフワークや高齢期にみられやすい慢性疾患について丁寧に解説している.
8章ではライフレビューセラピーについて解説し,クライエントが人生について,また,加齢について理解し,自己概念を再構築していくための援助の仕方について述べている.成人期の生き方が多様になり,また,60歳を超えて数十年生きることができる人が多くなった現在,エリクソンによるライフサイクルの発達課題についての再考の必要性を説いている.セラピストはクライエントの生活史の編集者とみることもできるとし,クライエントが抱える課題を評価し,将来を再構築するための支援のあり方を解説している.高齢者も若い世代同様,将来への可能性を含めて生活史の書き換えが必要であり,そのための支援がなされることが望まれるのである.
本書は心理療法士のみならず,高齢者にかかわる多くの職種の人が高齢者への対応を考えるうえで大いに参考になると考える.ぜひ一読をお勧めしたい. |
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更新日2003/4/1 |
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高齢期と社会的不平等 |
東京経済大学現代法学部 奥山 正司 |
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編著: |
平岡 公一
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定価: |
5,200円(税抜) |
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発行: |
東京大学出版会 |
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高齢期というライフステージは,人生のなかで「所得・資産の不平等がもっとも拡大する時期である」ということは,B.S.ラウントリー(Rowntree,B.S)の古典的な書である Poverty: A Study of Town Life, Macmillan, 1901)によって明らかにされてから1世紀以上の年月がたっている.こうした古くて新しい問題について,編者を中心とした研究プロジェクトチームは,日本では,高齢者の所得や資産の平均的な水準を前提にした論議や研究は 医療保険や介護保険の自己負担の引き上げに結びがちであるという点に着目し,もう一度見直す必要があるという認識にたち,「大都市における高齢期と社会的不平等」に限定したうで,大量観察法に基づき,質問紙調査によって明らかにした.本書は,その結果をもとにしてまとめられたものであり,その観点は以下のようなものである.
第1に,高齢期とそれより前のライフステージでは,社会的不平等や貧困・低所得を引き起こす要因やその結果が異なることが予想されるため,高齢期というライフステージの特質に着目した研究の取り組みが必要であること.
第2に,高齢者の子どもとの同居率が低下し,同居している場合でも家計の分離が進んできたことにより,高齢者個人ないし高齢者夫婦を対象にして所得や生活水準の格差を分析することが技術的に可能になってきたこと.
第3に,高齢者の生活問題としての疾病,心身機能の低下,生活意欲の低下,孤独,社会的孤立などが,貧困・低所得層において多重的・複合的に発生する傾向がみられるにもかかわらず,これまでの社会保障に関する政策論議には取り入れられてこなかった.したがって,そのメカニズムについての実証的解明が必要とされていること.
第4に,社会政策にかかわる実際的な問題として,高齢期の所得の不平等をどの程度まで許容すべき範囲とみなし,年金制度や税制の所得再分配機能によってどの程度まで不平等を是正すべきかという点は,高齢期のライフステージの特質に着目せずに行うことが困難であると考えられる.
本書は,以上のような観点にたち,分析視角と研究方法,調査設計,さらには関連諸領域の研究動向を踏まえたうえで実証的に分析し,最後に今後の研究課題までを網羅した精緻な研究書となっている.本格的な実証研究を試みる研究者やその志を抱いている者および社会政策家にとっては最たる指南書である.
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更新日2002/12/13 |
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老いと社会 : 制度・臨床への老年学的アプローチ |
名古屋市立大学人文社会学部 安達 正嗣 |
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編著: |
冷水 豊
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定価: |
1,900円(税抜) |
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発行: |
有斐閣 |
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老年学の場合,テキストの作成には,学問の性格上,学際的な観点から総合的・体系的にアプローチすることが求められる.本書では,医学,保健学,心理学,社会学,社会福祉学における第一線の研究者が「老い」をめぐって専門的な内容を平易に解説しており,老年学の全体像をつかむには目配りが効いたものになっている.
本書は,2部に分かれて全7章から成り立っており,第4章と第7章は執筆者による共同討議の記録である.第1部「老い・高齢社会・高齢期の問題」では,学際的な観点から老いをとらえる第1章「老いの諸側面」,おもに社会的な観点から少子高齢化を考察する第2章「高齢社会の諸側面」,老化や高齢化のネガティブな側面に焦点をあてる第3章「高齢期の諸問題」,医学,心理学,社会学の専門家が老いのとらえ方をめぐって議論する第4章「老いのとらえ方」,そして第2部「高齢者サービスの制度と臨床」では,高齢者サービスについて保健医療・介護・福祉に焦点をあてて体系的に整理し解説している第5章「高齢者サービスの制度」,高齢者サービスに関する専門的臨床の方法・技術の現状と課題を解説する第6章「高齢者サービスの臨床」,介護保険にかかわる介護の社会化の問題について第4章と同じ専門家が議論する第7章「高齢者介護をどう展望するか」,といった構成である.第4,7章を除いた各章では,豊富な図表や具体的な事例が織り込まれて,わかりやすく書かれており,章末に復習と自主学習の課題も示されていて,学習の便宜をはかる工夫がなされている.共同討議は,学習者に知的刺激を与えるものとなっており,また各節に1つ設けられているコラムも,学習意欲をわかしてくれる興味深い内容である.
今後,本書を通じて,いっそう老年学に対する関心が高まり,さらに老年学をこころざす学生や研究者が増えることを期待したい.
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更新日2002/10/30 |
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健康長寿の条件 : 元気な沖縄の高齢者たち |
東京大学大学院医学系研究科 甲斐 一郎 |
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編著: |
崎原 盛造
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芳賀 博 |
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定価: |
3,800円(税抜) |
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発行: |
ワールドプランニング |
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健康長寿の地域としての沖縄の名声はつとに高い.たとえば,身体的健康に対しては食生活や気候が,心理・社会的な健康に対してはささえあいの文化や高齢者の社会的役割がその理由であることが予想される.筆者は以前,沖縄本島の一地区の虚弱高齢者を調査したことがあるが,そのような高齢者の家に行くと,いつも近所の住民が遊びに来たり様子を見に来たりしていること,虚弱高齢者でも行事の時などにはリーダーとしての役割を果たしていることを見て,感心した経験がある.
しかし,これら健康長寿の成因についての実証的研究は今まで多くはなく,今回,本学会員を含む,わが国老年学の一流の研究者達によって,健康長寿の成因について実証的データがまとめられたのはたいへん有意義だと考える.
本書を読んで,沖縄の健康長寿については今後も実証的研究がおこなわれる価値があるという印象を持った.今後の研究課題としては,たとえば,以下が考えられよう.I国内の他地域と比較研究をおこなうことによって,身体的・心理的・社会的健康度がどの程度高いかを検討する.さらには,健康度に影響を与える要因が他地域とどの程度ことなるかを検討する.これによって,沖縄が全国の(あるいは世界の)健康長寿のモデルになりうる点はどこにあるのかを解明することができるであろう.IIいくつか想定されている要因の間で,健康長寿に対する相対的な影響の強さを比較評価する研究をおこなう必要があるのではないだろうか.III一口に沖縄といっても特に都市部では文化が急速に変化しており,特に社会的環境については今後も変化することが予想される.その変化が健康長寿に将来どのような影響を与えるのかについての検討が必要と思われる.
いずれにしても,本書は健康長寿の研究をこころざす人,健康長寿を自らの地域で実現しようとしている実践者にとって重要な示唆を与えるものであると考える.ぜひ一読をお勧めしたい. |
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