6月12日(木) 15 : 15〜16 : 15 第1会場(一ツ橋ホール,3F)
大会長講演
新井平伊(順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学)
TA-1
老年精神医学と医療者の倫理;老いと死の臨床・医療者の倫理
斎藤正彦(東京都立松沢病院)
精神保健福祉法が改正され,本年4月から施行された.精神障害者の家族は,明治33年,精神病者監護法の看護義務者制度以来,背負ってきた保護『義務』から, 100年以上の時間をかけて解放されたことになる.しかしながら,家族による保護義務がなくなったといっても,選任を受けない家族の同意によって従来の医療保護入院は残されている. すなわち,今後は,患者の療養看護に何の義務も責任も持たない者が,家族であるという理由だけで強制入院の決定に関与できるということになった.今回の法改正は,旧法における保護者が負っていた, あるいは負わされていた責任が解消されたという点では,時代の要請に応えるものであったとしても,患者の権利擁護という視点から考えれば,改正法による医療保護入院に進歩と呼べる要素を見ることはできない. 今回の精神保健福祉法改正は,精神障害者の医療,保健,福祉に関する社会全体のビジョンを欠き,今後進むべき道を示しえていない.
国全体のグランドビジョンを欠くために,安心できる将来が展望できず,障害者の人権擁護に著しい危惧を抱かせるのは,オレンジプランに象徴される認知症に おいても同様である.在宅介護へのシフトは,同居家族の負担を増し,同居家族の介護が期待できない高齢者には大きな不安を引き起こす.検診を受けると病気が見つかって寿命が延びるから, 検診は受けないという呟きには励ます言葉を失う.経済政策においては男女共同参画を謳って女性の社会参加を促し,年金政策では,定年延長,生涯現役を良しとする.そういう社会で,障害を抱えた高齢者には, 在宅ですごせという.医療であれ,介護であれ,臨床の場に身をおくものであるなら,単身,あるいは高齢者2人の世帯での在宅介護が,いかに過酷なものであるかを知らない人はいない.
わが国の医療制度が,財政的な困難に直面しており,緊急に抜本的な改革がなされない限り将来への展望が開けない.こうした医療経済の問題を直視せず ,老年精神医療を論じることはできない.しかしながら,同時に,私たちの社会が,これからの少子超高齢社会をどのようなものにしたいのかといった理念なしに,経済,社会政策を論じることは不可能である.
少子超高齢社会のグランドデザインのためには,私たちが創りたい,あるいはこれから年老いて,そこに暮らしたいと思う社会のビジョンが必要である. そうしたビジョンを描くためには,私たちの社会が大切にすべきもの,守るべきものを明らかにする必要がある.老年精神医療における倫理は,超高齢社会の骨格を形成する医療, 福祉の将来像を構築するために,不可欠な要素である.老年精神医療の倫理を考える際には,通常の医療倫理における論点に加えて,老いと,その後必ず訪れる死の問題を視野に入れなければならない. 患者の生活を考慮しない医療が迷惑であるのと同様に,高齢者の老いと死を考慮しない医療もまた,患者や家族の救いにならない.治療的悲観主義に堕することなく,老いと死という衰退過程を, より良いものにするための配慮を怠らない医療を展開するための倫理を論じてみる.
6月12日(木) 13 : 15〜14 : 15 第1会場(一ツ橋ホール,3F)
特別講演T
斎藤正彦(東京都立松沢病院)
TK-1
認知症のEnd-of-Life Care と臨床倫理
清水哲郎(東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター上廣講座)
「終末期」は「出来る限りの医学的介入をしても近い将来の死が避けられない状態」といった定義からも分かるように,「生命」について医学的に判断される状態である.これに対して, “end‐of‐life care”の対象となる状態であるかどうかは,単に生命に関する医学的判断によるのではなく,「人生」に関する判断・選択に連動する.“End‐of‐life care”は“care near the end of life”, つまり,「人生の最期(=死)が近くなった時期のケア」であって,「人生の最終段階のケア」と訳すのが適切であろう.以下,認知症の場合を念頭におきながら,“end‐of‐life care”の臨床倫理について, 基本的なことを整理しておく. 認知症を持つ人を人として尊重すること
まず,意思決定プロセスについて「本人の意思確認ができるかどうか」という区別をどう使うかを考える.厚労省(2007年)の「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」は, 一見するところ(1)意思確認ができる時は本人と話し合う,(2)意思確認ができない時は家族と話し合う,としているように読める.では,意思確認ができる時は,家族は無視して, 本人とだけ話し合って決めればよいのだろうか.また,意思確認ができない場合は,例えば認知症が進んで責任ある判断はできないが,コミュニケーションはそれなりにできる場合であっても ,本人とは話し合わないでよいのだろうか.
これに関して日本老年医学会(2012)の人工的水分・栄養補給をめぐる「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」は,(1)意思確認ができる場合は, 本人を中心にして,家族が当事者である場合(問題となっている選択が家族の生活に影響する場合など)は家族も参加して話し合う,(2)意思確認ができない場合は,本人の意思と本人の人生に とっての最善について家族と話し合うが,本人にコミュニケーションの力が残っている場合は,その力に応じた話し合いを本人ともする,としている.このようにして,倫理という点で言えば, 同ガイドラインは,本人を人として尊重することを,単に自律尊重としてだけでなく,ありのままの人として気持ちや存在を含めて尊重することとして捉えている. 人生の最善を目指して生命を整える
生命と人生の違いは「終末期ケア」と「end‐of‐life care」の違いにも現れていた.「生命」は生物学的・身体的なものであり,医学的介入の対象であるのに対し, 「人生」は個々人が自らの物語りとして捉えているものである.医学は人生をより豊かなものとすることを目指して,生命をコントロールしようとする立場にある.このような視点でいえば, 「人工的栄養補給をすれば 生命が延びるならすべきだ」ではなく,「その生命の延長が本人の人生を豊かにするか,最期の日々を辛いだけのものとしてしまわないか」と,人生にとっての善さを物差しにして, その選択(開始・見合わせ・終了) をするべきことになる.
6月12日(木) 14 : 15〜15 : 15 第1会場(一ツ橋ホール,3F)
特別講演U
深津 亮((公財)西熊谷病院埼玉県認知症疾患医療センター)
TK-2
認知症医療は何を目指していくべきか;共に「生きる」ためにできること
松下正明(東京都健康長寿医療センター,東京大学名誉教授)
認知症医療の理念と認知症医療の果たすべき役割について臨床医の立場から考えてみる.
2012年6月に,厚生労働省より『今後の認知症施策の方向性について』という文書が出され,「認知症になっても本人の意思が尊重され,できる限り住み慣れた地域のよい環境で暮らし続けることが できる社会の実現」と「その実現のために,自宅→グループホーム→施設・一般病院・精神科病院の逆の流れとするケアパスの構築」の2つの基本目標(基本理念)が掲げられた.この認知症施策での基本理念を, 演者自らの認知症医療の理念とすることに,演者はまったく躊躇しない.演者もまた,認知症の人がその意思を尊重されながら,自らの地域で暮らし続けることのできる社会の実現を望んでおり,そのためには, 1)認知症の人やケアラーのQOLを高めること,2)認知症の人が尊厳をもって生きることのできる社会を実現すること,3)認知症研究を進め,認知症の人が質の高い医療と介護が受けられるようなサービスの整備と普及, を三本柱とする理念が必要であると考える.
さらに,『方向性』は,その基本目標の実現のために7つの視点を挙げた.その視点を基本に,2012年9月に,認知症施策推進5ヵ年計画(オレンジプラン)が提出され, 2013年よりいくつかの事業は実行に移されている.
オレンジプランや2014年度診療報酬改定や介護保険法改正での方針等を合わせみると,国の認知症施策の基本は,一方で,認知症疾患医療センター(基幹型,地域型) ,診療所型認知症医療支援センター,認知症専門医療機関,総合病院,かかりつけ医などの認知症医療システムがあり,他方に,地域包括支援センター,認知症初期集中支援チーム,認知症地域支援推進員等の 地域包括支援システム(介護ケアシステム)があり,両システムが密接な連携を取りながら有機的な活動を行うことにあるとされる.
そのような枠組みの中で,認知症を専門としている臨床医の役割は,認知症の人と家族との人間関係を築きながら,1)検査と診断を通したアセスメント,治療方針の決定, 今後の経過についての予測等を行う,2)治療方針が決まれば,地域のかかりつけ医に薬物治療の継続を依頼する,3)家族の希望によっては,専門医自身がかかりつけ医の役割を執ることは少なくない, 4)経過中,地域生活支援センターやデイサービスでのケアマネージャーとの意見交換を行う,5)治療の経過中,薬物療法の変更をする.また,脳画像を含めた検査を定期的に行う,6)種々のBPSDが生じたときの対応をする, 7)経過中,とくにかかりつけ医の役割をとっている場合,医療のみならず生活上の相談を受けることが少なくない,8)家族やケアラーが燃え尽きて,認知症の人を施設に入所希望の場合の相談,などであるだろう .専門医がかかりつけ医の役割をも執るとるときには,これからの認知症の人の長い人生からみれば,1),4〜6)にみる本来の臨床医の役割の時間はほんのわずかにしか過ぎない.それ以外の交流の多くは, 認知症の人や家族の生活指導に関わることであると言っても過言ではない.
医師という肩書をもった上での,認知症の人と家族との長い付き合いということになるが,その際の認知症医療の目指すべきものは,認知症の人と家族との信頼関係に基づきながら ,死に至る病への覚悟を医師として伝えることにあるのだろう.
6月12日(木) 16 : 15〜17 : 00 第1会場(一ツ橋ホール,3F)
総合ディスカッション
 
老年精神医学における倫理
新井平伊(順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学)
斎藤正彦(東京都立松沢病院)
清水哲郎(東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター上廣講座)
深津 亮((公財)西熊谷病院埼玉県認知症疾患医療センター)
松下正明(東京都健康長寿医療センター,東京大学名誉教授)

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6月12日(木) 9:00〜11:45 第1会場(一ツ橋ホール,3F)
シンポジウム1:アルツハイマー病の早期診断
武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学)
S-1-1
血液・髄液中のバイオマーカーによるAD 初期診断の実際と可能性
大河内正康,田上真次,朝長 毅,武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
病気を血液検査でスクリーニング検査することは現在医療では広く受け入れられている.そこではバイオマーカーという認識は特段説明しなくても一般に受け入れられている. 糖尿病や高血圧のようにバイオマーカーの変化が診断となる例も少なくない.
認知症を含む神経精神疾患ではまず,対照となる脳内が様々な意味で観察しにくいことが簡易で決定的な症状出現前に早期診断ができない大きな理由である.
脳は全体として機能しており,一部が欠けても脳全体としての機能が損なわれると考えられているため,いわゆる生検は論外である.また,脳は頭蓋内にあり血液脳関門で分離されており, 脳内で起こっていることは頭蓋を透過する放射線や磁気,音波などを利用して可視化するか,脳脊髄液を採取してその内容物から検討するしかない.
前者は技術革新の結果近年長足の進歩を遂げており信頼性も高いが,比較的大規模な施設が必要であり,また現時点ではコストなどを考慮するとスクリーニング検査として簡易に行うものではない .一方,後者は腰椎穿刺を行わなくてはならず,患者の負担が比較的大きく,血液検査ほど簡便ではない.このため入院時スクリーニング検査としては使えても, より広い一般人を対象とすべきアルツハイマー病のスクリーニング検査として使用することは難しい.このような事情で,現在血液中のアルツハイマー病スクリーニング検査が求められている.
もちろん,アルツハイマー病の発症は脳老化による患者の個体内変化を家族など患者に深い交流があるキーパーソンが感じることで明らかになり,現在の治療薬はその時点で治療を開始することを 想定して開発されたものであり,ことさら早期の発見が現時点でどれほど臨床的なアドバンテージに繋がるか疑問である.
しかし様々な臨床治験の結果,現在開発中のアルツハイマー病根治療法薬の効果はどうやら発症後にはきわめて限定的であることが分かってきた.そのため,研究者の間では未来のアルツハイマー 病治療標的となる患者はどんどんより早期に移行しつつあるのが現実である.そのような事情で超早期発見・超早期介入の有効性について検討されつつある.
このような状況において血液スクリーニングバイオマーカーは今後決定的な意味を持つと考えられる.本シンポジウムでは世界でのCSF・血液アルツハイマー病バイオマーカーの現状と将来について, 我々の知見も交えて論じたい.
S-1-2
MRI によるAD 初期診断
松田博史(国立精神・神経医療研究センター脳病態統合イメージングセンター)
アルツハイマー病(AD)では,内側側頭部構造の中でも海馬傍回の最前部である嗅内皮質の萎縮が最も早期にみられる.しかし,この嗅内皮質の容積は両側合わせても正常で2ccに満たない. また,この部位の境界を決定する側副溝などの解剖学的ランドマークに変異が多いことから,用手的な関心領域の設定による嗅内皮質容積の絶対値測定は以前より試みられてきたものの,その測定誤差が大きな問題と なっている.嗅内皮質に比べて,海馬は両側合わせると正常者で7cc近くあり,境界も嗅内皮質に比べれば明確であるので,数多くの報告がみられる.ただし,嗅内皮質萎縮より特異性に乏しい.ADでは,正常加齢に比べ, 内側側頭部の萎縮の進行が数倍早いことが知られており,縦断的に測定することも重要である.しかし,1年における萎縮率は10%未満のことが多く,海馬においても0.5cc未満の測定精度が要求されることになる. 1mm前後の数十スライスに関心領域を設定しなければならない用手的測定法は,精度および労力の点から用いられなくなりつつある.
この用手的測定に代わって,コンピュータによる脳体積測定が数多く発表されるようになってきた.最も汎用されているソフトウェアに,FreeSurferがある.このソフトウェアを用いれば 自動的に嗅内皮質や海馬体積が算出されるのに加え,全脳領域の詳細な測定値を得ることができる.さらに,皮質厚の測定も可能である.海馬においては用手的な測定結果と0.8を超える相関係数が得られている. ただし,1症例の測定結果を得るためには10時間以上要すること,脳実質の抽出が不良の場合には測定値の信頼性が落ちるので用手的な修正を加えなければならないことなど,日常臨床で用いられていくためには 未だ多くのハードルがある.
認知症の日常臨床における脳萎縮評価法として最も普及している手法に,Voxel‐based Morphometry(VBM)がある.われわれは簡便なVBMソフトウェアとしてVSRAD〓を開発した. VSRAD〓は健常高齢者の脳画像データベースと統計学的に比較することにより個々の患者の相対的な局所脳容積を評価するためのフリーソフトウェアである.VSRAD〓では,全脳領域の画像のボクセル単位での 灰白質濃度の統計検定を行うことができる.統計検定においては,健常者の画像データベースの平均画像と標準偏差画像を用いて,脳局所ごとに個々の患者の灰白質濃度が健常者の平均濃度から何標準偏差分, 離れているかを示すZスコアを算出する.
さらに,縦断的な萎縮の進行を観察しうる解析手法にTensor‐based morphometry(TBM)がある.ベースライン画像に対して,高次元非線形変換を行い経過観察における萎縮の進行した 画像を形態的に完全に合わせこむ.この際に得られる変形場の画像から個々の領域の萎縮率や拡大率を画像化する手法である.VBMに比べてTBMは普及度が低いものの,ハンドリングに優れたソフトウェアが登場すれば, 広く普及しうる可能性を秘めている.
本シンポジウムではADの早期診断におけるMRIによるこれらの脳体積測定法を中心に述べる.
S-1-3
脳糖代謝PET,脳血流SPECT によるAD 早期診断
加藤隆司(国立長寿医療研究センター脳機能画像診断開発部,国立長寿医療研究センター放射線診療部),伊藤健吾(国立長寿医療研究センター放射線診療部,国立長寿医療研究センター脳機能画像診断開発部)
脳血流SPECTと脳糖代謝PETの画像は,アルツハイマー病(AD)進行の仮説図の中では,Synaptic dysfunctionの指標として,アミロイドβ蓄積の次に生じるバイオマーカとして位置づけられている .2010年に提示された仮説図(Jack CR)の中では,形態的変化に先行するバイオマーカとされ,アミロイド蓄積に続くADの最もはやい神経機能変化を反映することが期待された.しかし,2013年に提案された仮説図(Jack CR)では, 形態的変化と脳糖代謝は,同時に進行するバイオマーカとして再配置されている.NIA‐AAのADおよび健忘型軽度認知障害(aMCI)の診断基準(2011)の中では,脳萎縮と脳血流/脳糖代謝は, 同じtau‐mediated neuronal injuryのバイオマーカとして扱われている.
ADにおいて,最初に生じる脳萎縮部が海馬,内側側頭葉であるのに対して,脳血流/脳糖代謝が最初に低下する部位は,下部頭頂葉と楔前部・後部帯状回である.ADの場合, 同じtau‐mediated neuronal injuryのバイオマーカでありながら,血流/糖代謝は,脳萎縮(神経脱落)と必ずしも対応せず,局所神経機能を反映すると考えられている.この変化を検出するために, 3D‐SSP,e‐ZIS,PALZ,ZSAMなどの画像統計解析方法が,開発され使用されてきた.
preclinical ADという研究的な対象を別にすれば,aMCIがADの早期診断の最重要な臨床上の対象であることは,変わりない.認知機能正常者でも,AD的脳糖代謝変化が認められる例があることが知られているが ,臨床的評価は定まっていない.
国内初のaMCIを対象としてFDG PETの診断的有用性を検証した多施設共同研究(SEAD‐J)のデータによると,FDG PETが向こう3年間のAD移行を予測する有用な指標であること が示されている.
脳血流/脳糖代謝画像は,年齢,教育年数,抑うつの程度,ApoEなど様々な要因の修飾を受けると考えられている.そのため,aMCIを対象としたコホートでも実際に組み入れられた患者の層によって, その内容,結果は変わりうる.SEAD‐JとUS‐ADNIでも,MCIの特徴は同じではない.
認知予備能の効果も,個々の診断に関しては臨床的に有用な情報を提供するとは言えないが,脳糖代謝画像の評価と認知機能低下の予測を行う上で,無視できない要素である.SEAD‐JのaMCIにおいても ,同程度の認知機能であれば,認知予備能が高い患者では,脳糖代謝がより低下していた.
ミクロ病理を可視化するアミロイド・イメージングの登場によって,脳血流/脳糖代謝検査は,診断上のインパクトは一歩後退した感がある.しかし,他の変性性認知症との鑑別などにおいて, アミロイド・イメージングでは果たせない役割があり,診断上の有益な情報を提供している.
S-1-4
アミロイドイメージングによるAD 初期の診断
石井賢二(東京都健康長寿医療センター研究所神経画像研究チーム)
アミロイドイメージングは生体におけるアミロイドβ(Aβ)の脳内沈着を非侵襲的に画像化できる診断技術である.この技術が実用化してわずか10年の間に,アルツハイマー病(AD) の病態理解や治療薬開発に画期的な進展をもたらした.アミロイドカスケード仮説では,Aβ脳内沈着がADの最も早期のイベントとして無症候のうちに始まり,それに引き続いて神経機能障害,タウ沈着,神経細胞障害, それらの総和的結果としての認知機能障害の発現,という病態進展の流れが想定されている.従来は死後脳の病理学的検索から類推されていたAβ脳内沈着とAD発症との関係が,生きた人の経時的観察によって 検証できるようになり,リスク算定や介入の効果判定ができるようになった.現在ADNI研究をはじめとする追跡観察研究によって細部の病態メカニズムを確認しながら,疾患の早期診断・発症予測法を確立しつつあると共に, 根本治療に向けた介入研究が進められている.
2011年に27年ぶりに改定されたADの臨床診断基準(NIA‐AA 2011)には,病態進展を客観的に示す指標として,アミロイドイメージングを含むバイオマーカーが組み込まれた. 2012年4月には,アメリカ食品医薬品局(FDA)が18F‐Florbetapir(AV‐45)をアミロイドイメージング診断薬として承認し,2013年10月には18F‐Flutemetamol(GE067)も2番目の同等薬剤として承認された. これにより,アミロイドイメージングが日常診療において使用できるようになった.わが国でも合成装置の薬事承認申請が出され,臨床の場で使用できる日も近いと考えられる.
アミロイドイメージングの普及は,2段階のプロセスがあると予想される.まず,根本治療薬が実現していない現状においては,認知機能障害があるが, 非定型的な症例において正確な診断を得るために用いることが妥当と考えられる.軽度認知障害期のADを診断するのに用いることの是非は議論のあるところである.早期の診断介入は, 患者や家族にとって知る権利や自己決定権を担保し,治療上もメリットがあると期待されるが,保険償還を認めるほどの医療経済上のメリットはないという指摘もある.わが国でも現状を踏まえた 臨床使用のガイドラインの策定が進んでいる.ADの有効な根本治療法がひとたび実現すれば,アミロイドイメージングはAD発症リスク評価に用いられることになるであろう.ADは対症療法と介護しか できない不治の病気から予防する病気へと,大きく変貌することが期待されている.
今後の課題として,問題点を2点指摘しておきたい.アミロイドイメージングの感度の問題と合併病理の問題である.アミロイドイメージング「陽性」所見は, 老人斑密度がAD病理診断相当のレベルに達していることを意味する.Aβ沈着そのものの初期を捉えているわけではないので,介入予防のためAβ沈着をより早期から検出する必要があるならば, 高感度の検査法を開発する必要がある.もう一つは,合併病理の問題である.AD以外の変性疾患とAβ沈着が共存することは高齢者では珍しくなく,ADが単一の疾患であるという前提での病態理解, 診断治療アプローチがどこまで有効で正しいのか,検証されなければならない問題である.
S-1-総
〈総括〉アルツハイマー病の早期診断
武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学)
アルツハイマー病治療薬としてアセチルコリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬が使用されているが,これらの薬剤はアルツハイマー病の病態を修復する薬剤というよりは対症療法薬であり, その作用には一定の限界がある.アルツハイマー病脳内に沈着する老人斑のコアを形成するアミロイド蛋白,神経原線維変化を構成するリン酸化タウが同定されて以来, これらの異常沈着物を減らすことによりアルツハイマー病の病態を修復する可能性が考えられるようになり,ここ20年間に多数のアルツハイマー病に対する病態修飾薬 (disease‐modifying drug)の開発が試みられてきた. アミロイド蛋白の異常産生に対してその切り出しにかかわるγセクレターゼ阻害薬,γセクレターゼ修飾薬,βセクレターゼ阻害薬,アミロイドの重合阻害剤,タウ蛋白のリン酸化阻害剤, タウの重合阻害剤などが試みられてきたが, 上市に至った病態修飾薬はない.アミロイド蛋白に対する抗体療法についても各種のモノクロナル抗体が試みられてきたが,アルツハイマー病の病態修飾薬の開発は大きな壁に突き当たっている.
アルツハイマー病発症の10年以上前から脳内アミロイドの沈着やタウ蛋白の沈着が起こっていることが知られるようになり,また,病態修飾薬治験の失敗の連続から, 治療的介入は臨床症状が出現する前に始めるべきと考えられるようになり,今まで以上に,アルツハイマー病の早期診断・早期介入の重要性が言われるようになった.
認知症の臨床診断は,記憶障害と認知機能障害とによるが,アルツハイマー病の発症以前の段階については,古くから軽度認知障害(mild cognitive impairment), 主観的認知障害(subjective cognitive impairment)などの概念が使用されてきた.また,生物学的マーカーの検討から,脳機能画像や脳脊髄液・血液中の各種マーカーの変化としてとらえることも可能となりつつある .本シンポジウムでは,それぞれの生物学的マーカーの有用性と意義について議論していただき,アルツハイマー病の治療薬開発につながることを期待したい.
6月12日(木) 9:00〜11:30 第2会場(第一会議室,8F)
シンポジウム2:認知症の神経心理学
三村 將(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
S-2-1
認知症と言語障害
大東祥孝(京都大学名誉教授,周行会湖南病院顧問)
認知症はきわめて多様な病態をとる.多くの認知症はさまざまな言語障害を示し,その病態もきわめて多様である. 言語障害を「失語症」に限ってみても,認知症は,ほとんどあらゆるタイプの病像を示しうる.ただし,一見,同様の失語型にみえても, 脳血管障害などにおいてみられる古典的病像とは,かなり趣を異にすることも少なくない.かつ,認知症の経過とともに,言語障害の様相も相当に変化してゆく場合が稀ではない.
例えばアルツハイマー型認知症(AD)と前頭側頭葉変性症(FTLD)について素描すれば以下のようになる.
アルツハイマー型認知症における言語障害
初期の健忘症状群から「アルツハイマー化」がすすむと,さまざまな失語・失行・失認症状が出現してくる(というか, 健忘症状が主症状である状態に,失語,失行,失認症状が加わってくる事態を「アルツハイマー化」と称する,Ajuriagurra).
失語としては,当初は,語健忘を主症状とする「健忘失語」のみられることがふつうである.ただし健忘失語といっても, 単に一方向性の喚語困難というよりも,単語の理解障害をも伴う二方向性の病態を示すことが稀ではない.二方向性の健忘失語は, 超皮質性感覚失語へと向かう病態であり,したがってADでみられる健忘失語は超皮質性感覚失語へと移行してゆくのが一般的である.
こうした病像の中に,語義失語と称されてきた(井村,1943)失語型が存在するが,ここで述べる語義失語と, 後述する意味性認知症における語義失語との関係については,なお議論がある.
ADの後期(三期)になると,失語というよりも「言語解体」とみなす方が適切と思える,「語間代」(ロゴクロニー)が出現してくる. これは語句の最後の音節を反復する現象で,例えばバナナを,「ばな,な,な,な」と述べたりする.さらにADが進行すると,発話が減少し,ついには緘黙状態に陥る.
前頭側頭葉変性症における言語障害
この病型は,とりあえず,前頭側頭葉性認知症,進行性非流暢性失語,意味性認知症から構成されているとされ, それぞれが特有の言語関連障害を示す.
(1)前頭側頭型認知症(FTD=Frontotemporal dementia)
脱抑制を中心とする社会行動障害の進行に伴って,典型的には,PEMA症候群(Guiraud,1934)が出現しうる(palilalie反復言語,echolalie反響言語mutism,緘,amimie失表情).
(2)進行性非流暢性失語(Progressive non‐fluent aphasia)
アナルトリー,喚語障害,文法障害,復唱障害などが中心となった,進行性の非流暢性失語が前景にでる.病勢の進行とともに,社会行動障害のみとめられることもある.
(3)意味性認知症(Semantic Dementia)
健忘失語(一方向性から二方向性へむかう)から超皮脂性感覚失語様の病態をへて,いわゆる語義失語を呈するに至り, 比較的早期から「意味記憶障害」の要因を伴う病型である.ここでいう「語義失語」は,あくまで記号としての言語水準での障害をさしており, 必ずしも意味記憶障害を伴うわけではない.意味性認知症のごく初期には,意味記憶障害を伴わない語義失語の病態を呈する場合がある.
意味認知症は,他の二つのFTLDと同様に,進行とともに,脱抑制を主とする社会行動障害を呈することが稀ではない.
本論考では,AD,FTLDとともに,LBD,血管障害性認知症,さらにはLPAなどにおける言語障害の在り方についても論及し, 認知症の言語障害をどのように捉えておくのが妥当かを検討してみたいと思う.
S-2-2
読み書き障害;失読・失書とその評価
下村辰雄(秋田県立リハビリテーション・精神医療センターリハビリテーション科)
言語は音声言語と文字言語よりなる.音声言語 の基本的要素は「聴く」ことと「話す」ことであり,文字言語の基本的要素は「読む」ことと「書 く」ことである.読み書きを正常に修得した後,後天的な脳の機能障害により出現する文字言語, すなわち,読む書きの障害を「失読」や「失書」と呼んでいる.読み書きの障害は多彩である.通 常,失語症では音声言語の障害とともに程度に軽重の差はあっても文字言語の障害を伴っている. 失語症者にみられる読み書きの障害は失語性失読や失語性失書と呼ばれている.音声言語の障害を 伴わない文字言語の障害は,失読失書や純粋失読,純粋失書,失行性失書などと呼ばれている.なお, 右半球障害で出現する書字障害に空間性失書がある.
読み書きの障害の評価にあたって,書字では自 発書字と書き取り,写字を検討する.自発書字や書き取りは障害されるが,写字は保たれることも ある.また,その逆のこともある.読みは音読と読解の両面から検討する.音読は視覚的に与えられた文字言語を音声に変換する過程であり,読解は文字言語を読んでその内容を理解する過程であ る.また,自らが書いたものを読ませることや,なぞり読みによる読字能力に改善をみることもある.日本語は文字言語に漢字(表意文字)と仮名 (表音文字)という異なる文字体系を有している.漢字と仮名の両面からの検討が必要である.漢字と仮名の障害に解離を生ずることがある.文字の 読み書きは高次機能の中でもとりわけ複雑な機能で,その障害も多様である.高次機能障害としての読み書き障害を論じる際には,視力障害,視野障害,運動麻痺などの一次性障害や意識障害・認 知症などの全般性障害に起因していないことを確認しておかなければならない.また,読み書き能 力には個体差が大きいので,発症以前の読み書き能力について知っておく必要がある.
左角回,またはその周辺の病変で純粋失読,純 粋失書,失読失書という異なった読み書き障害が生ずる.純粋失読の病巣は左角回後方で,視覚野よりの部位にあり,左角回に入力する視覚系の障 害と説明される.純粋失書の病巣は左角回よりやや上前方で,左角回から運動系に向かう出力系の 障害が示唆されている.左角回病変では,Dejerine 以来知られているように失読失書が生 じ,漢字にも仮名にも障害がみられる.さらに,左下側頭回後部病変では漢字に強い失読失書が生ずる.しかし,その症状は左角回病変に比べて軽 症であり,漢字においても,Dejerine 以来,一般に認められていた視覚野から直接角回に向かう 経路の役割が重要であり,下側頭回を経る経路は側副路としての役割を担うに過ぎない.さらに, 純粋失読や純粋失書でも漢字に選択的な障害がみられる場合があり,左角回へ入出力する経路にも漢字と仮名で異なる部分があり,それぞれの情報 処理が部分的には独立して行われていることが強く示唆されている.
S-2-3
失行症とその評価
河村 満(昭和大学医学部内科学講座神経内科学部門)
大脳病変による,運動(行為)障害をざっとリストアップすると,1)古典的失行,2)Broca野病変による失行,3)発語失行,4)前頭葉性行為障害,5)頭頂葉性運動失調,となる.
このほかにも,着衣失行や構成失行などのLiepmannの示した古典的失行以外の失行症状や運動開始困難,
運動無視,失立失歩などのやや特殊な症状も知られている.これらはいずれも脳卒中に起因する症候としてまず見出されたが,最近では変性性疾患においてもみられることがあり,
例えば原発性進行性失行(Primary progressive apraxia)などと呼ばれることもある.
本講演では,「頭頂葉と前頭葉の機能連関と行動」という観点から,上記の中から以下の4つの病態について述べる.
1)古典的失行(観念性失行,観念運動性失行,肢節運動失行)について,症候の実際を呈示する.また,難解とされている失行理解を助けるために, Liepmannの示した原著例についての解説を加え, 最近のタッチ・アックションの脳内機構からこれら症状発現の仕組みを考察する.
2)前頭葉性行為障害は,把握反射陽性例でみられ,道具の強迫的使用・模倣行為・使用行為・環境依存症候群などがある.これらは「習熟行為の解放現象」と捉える事ができる. 1)と2)の発現機序は「頭頂葉と前頭葉の機能連関」の障害として可能である.
3)運動失調は小脳病変で生じることが多いが,前頭葉病変でも起こることが知られ,前頭葉性運動失調と呼ばれる.これとは別に,20世紀の初めに ,主としてフランスで頭頂葉病変でも運動失調が生じたとする複数の症例記載がある.その後,頭頂葉性運動失調は一時忘れられていた感があるが, 我々は最近10症例を経験した.症候は感覚障害を伴う場合と,伴わない場合があり,それぞれSensory ataxia, Pseudocerebellar ataxiaと呼ばれている. 頭頂葉と小脳とを連絡するシステムの障害で生じ,Brodmannの5野が症状発現に特に重要な脳部位である.
4)Broca野の発見は大脳局在論の歴史とともに古く,その発見は150年以上前にさかのぼる.以来Broca野は言語性コミュニケーションの中心部位として 重要であることが繰り返し確認されてきた.しかし,最近我々はBroca野病変で失行が生じることを見出し,その症候学的特徴は古典的失行の中で観念運動性失行に近いことを示した.Broca野は言語性のみならず, 非言語性コミュニケーションにも重要な脳部位である.さらに,Broca野病変による失行とミラーニューロン・システム・社会的認知機能との関連を考察したい.
S-2-4
遂行機能障害とその評価;生活場面における遂行機能障害の評価
松田 修(東京学芸大学総合教育科学系教育心理学講座)
認知症の中核症状は,認知機能障害である.認知機能障害は,本人の社会・日常生活の様々な行 為の遂行を困難にし,その人の自律と自律を妨げる.生活場面における遂行機能の障害は,しばし ば本人の自信や意欲の低下を招き,その人の適応を大きく左右する. 日常生活の遂行機能の評価法には大きく分けて2 つの手法がある.第1 の手法は,家族や主たる介護者からの陳述を基に,一定の評価尺度を用い て計量心理学的に生活場面の遂行機能障害を推定する方法である.しかし,これらの情報には,評価者バイアスの問題が常につきまとうことを念頭 にいれて解釈する必要がある.
第二の手法は,遂行機能の構成概念に含まれる認知機能を計量心理学的に測定し,その成績から 本人の遂行機能の特徴を推定する方法である.比較的簡便な方法としては,Frontal Assessment Battery(FAB)(Dubois ら,2000)がある.しかし,その実施法や遂行機能障害の程度や有無を 判定する基準は明確でない.さらに,検査法では,本人の能力だけでなく,本人と検査者とのラポー ル形成の程度や,本人の検査意欲などの非認知的諸要因が検査結果を左右することがしばしばある.また,検査室という特殊な状況下における特定課 題の遂行状況と,現実生活の中で様々な要因が複合的に影響する生活場面の遂行機能とが必ずしも一致しないことも起こりうる.当然のことではあ るが,それぞれの手法には長所もあれば,短所もある.
こうしたなか,日常生活上の遂行機能障害を検査室で検出するために考案された心理検査の成績 から,計量心理学的に遂行機能障害の特徴を推定する方法の開発も進んでいる.その代表的な検査 としてWilson ら(1996)によって開発されたBADS ( Behavioral Assessment of the Dysexecutive Syndrome)があげられる.日本版は,鹿島,三村,田渕,森山,加藤(2003)に よって作成されている.その他に,金銭管理に関する遂行機能に焦点を当てたFinancial Competency Instrument(FCI)(Marson ら, 2000)やFinancial Capacity Assessment Tool(FCAT)(熊沢,松田ら,2004).
さらには,生活場面の遂行機能障害と,一般的 な神経心理検査の成績との関連を計量心理学的に検討し,検査の成績から遂行機能障害を予測しよ うとする試みも行われている.
口演では,遂行機能障害の評価をめぐる現状と 課題について,筆者らの研究にも触れながら,述べる予定である.
S-2-総
〈総括〉認知症の臨床における神経心理学の意義
三村 將(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
認知症における神経心理学的評価の意義としては,まず第一に,アルツハイマー病(AD),血管 性認知症(VD),レビー小体型認知症(DLB), 前頭側頭葉変性症(FTLD)のいわゆる4 大認知症を臨床レベルで鑑別していく上での有用なツー ルであるという点である.認知症性疾患を適切に鑑別していくことは,その後の治療・対応の方針 を考える上でも重要であるが,神経心理学的検査はいわば,画像や特殊検査に頼ることなく,主に 紙と鉛筆を用いてベッドサイドで簡便にできる臨床的スキルといえる.
AD においては,エピソード記憶の障害はほぼ必発であるが,初期には意味記憶(知識)は保た れている.時間軸については,最近の記憶(近時記憶)の障害が主体であり,遠隔記憶は保たれて いる.多くの場合,気づき(アウェアネス)に乏しく,もの忘れを指摘されてもむしろケロッとし て,取り繕いが目立つ.AD では,記憶障害以外に,「料理の手順がおかしい」「銀行の手続きがで きない」といった実行機能障害,「よく知っているはずの道に迷う」といった視空間認知障害を認 める.手指構成をみる逆キツネ課題も簡単な鑑別には有用である.AD で失語を認めることは少な くないが,ほぼ流暢型失語であり,非流暢になることはまずない.最近は原発性進行性失語(PPA) の亜型としてlogopenic 型PPA が注目され,AD病理との関連が深い.観念性失行を認めることが あるが,観念運動性失行は目立たない.
VD の神経心理学的所見はタイプによって多様であるが,多発性ラクナによる皮質下性VD では, 記憶障害よりも注意障害や実行機能障害が前景であり,いわゆる巣症状は目立たない.DLB の神 経心理学的所見はAD と類似しているが,一般に記憶障害はAD より軽い一方,視空間認知障害は AD より顕著である.認知機能が変動しやすいことも特徴である.Posterior cortical atrophy の 病像を呈して進行性の視覚認知障害を認めることがある半面,失語を呈することがほとんどないの も特徴的である.FTLD は,行動変異型の前頭側頭型認知症(bvFTD),意味性認知症(SD), 進行性失語症(PA)という3 つの臨床亜型が知られているが,いずれもエピソード記憶や全般的 な知能は初期には保たれている.bvFTD は特徴的な人格変化,精神症状,行動障害とともに,抑 制障害や保続,実行機能障害を認め,背外側前頭前野機能を評価する前頭葉機能検査の成績低下が みられる.しかし,ときにいわゆる前頭葉機能検査では異常を検出できず,ほとんど唯一ギャンブ ル課題でのみ異常がみられる場合がある.SD はAD と異なり,初期から意味記憶の障害が先行す る.PA は基本的に非流暢型失語であり,流暢に話すがコミュニケーションがとれないAD の病像 とは対極をなす.
認知症における神経心理学的検査の役割としては,他にそれぞれの患者の病期の進行程度を評価 する際の参考データになるという点が重要である.同じ検査を繰り返し施行していくことで重症度の 変化を鋭敏に捉えることができる.また,この点と関連するが,抗認知症薬やリハビリテーション の治療効果判定の視標としても有用な情報を提供してくれる.
6月12日(木) 9:00〜11:45 第3会場(第二会議室,8F)
シンポジウム3:認知症高齢者の人権と精神医療;本人の意思と保護
池田惠利子((公社)あい権利擁護支援ネット),水野 裕((社医)杏嶺会いまいせ心療センター・認知症センター)
S-3-1
意思能力が低下した認知症高齢者の人権と精神医療
水野 裕((社医)杏嶺会いまいせ心療センター・認知症センター)
意思能力が低下した認知症高齢者が,精神症状による興奮などを示している場合は,精神科病床 において,一定の条件下で,身体抑制,隔離という,人権を一時的に制限する強制医療が許されて いる.しかし,肺炎,大腿骨骨折,嚥下不良の際の胃ろう造設などの身体治療については,強制治 療は可能なのだろうか.適切な支援をすることによって本人の意思が確認され,それに基づいた決 定がされることが最善であろうが,そうとばかりとは限らない.また,そもそも何らかの障害によ って判断力が障害されている人々のイエスや,ノーという意思表示をその通りに解釈してよいのかという問題もある.
過去10年以上に渡り,認知症などの障害によって意思能力が不十分な人々の医療同意の問題が 成年後見制度と相まって議論されてきた.今回は,直接その議論を繰り返すことはしないが,成年後 見人が,意思能力が減退した認知症高齢者の医療同意を代行できるようになれば,医療者側として は,望ましい,と歓迎する声も聞く.その理由は,「誰かが,治療契約書(手術同意書など)に,署 名をしてくれるのでありがたい」とか,「誰かがその人の責任で,治療を選択しなかった」という 形式があれば,自分たちは,責任を免れることができるという理解に基づいていることが多い気が する.医療同意を本人以外の者が,代行決定できるようになったからといって,意思能力が低下し ている認知症高齢者の意思をどうくむか,という問題は何も解決しない.
また,最近,精神医療が,否応なく社会から入院を迫られる事案の一つに,虐待がある.虐待と 言っても,認知症の本人が他者に暴力等をふるっているのなら,適切に医療保護入院を用いて,精 神症状の安定に向けて努力すればよい.問題は,他者から虐待を受けている(という疑いの)ため に,入院を迫られる事案である.要介護状態で,無抵抗な場合もあり,このような場合は,医療保 護入院の適応にあわないことは明かだが,「気の毒な本人を保護すべき」という感情論の陰に隠れ て,「入院させられる本人の人権」が語られることは少ない.虐待の対応に追われる職員の情緒論 ではなく,人権と保護という側面から,自治体や包括支援センターは真剣に検討をすべき課題であ ると考える.
さらに,意思能力が低下した認知症高齢者をめぐる問題は,病院内にとどまらず,介護保険制度 によって,広く一般社会においての課題となっている.「認知症になっても安心して住める町づく り」のキャッチフレーズのもと,認知症高齢者を市町村に登録しておき,迷子になった時,保護し ようという対策を行っている自治体もある.確かに徘徊して,交通事故や外傷などから,彼らを守 るという保護の側面から見れば,効果的だろう.しかし,いかに意思能力が低下し,周囲の計画が理解出来ないほどの認知障害を持っていたとして も,プライバシーはあるはずである.意思能力が低下した当事者の同意はどのようにとるのか.また,認知症になったからと言って,本人の病名を 広く,不特定多数の人々に知らせることの道義的な問題は,いかに説明されるのだろう.保護の観点は,強調されるが,逆に保護される側の人権に ついては,どこまで議論になっているのだろうかと思う.
S-3-2
医療行為をめぐる人権と患者の意思
小賀野晶一(千葉大学法政経学部)
1.医療契約における患者の意思
医療行為は原則として,患者と医療機関との間の医療契約に基づいて行われる.医療契約は準委 任契約として捉えられ,医師は医療機関の履行補助者としての地位に立つ.医療機関及び医師は当 該医療行為について善管注意義務を負っており(民法644 条),患者はかかる義務に裏打ちされ て最善の医療を受けることが保障されている.
医療契約の締結及びその履行では,患者の意思が考慮される.そのために,当該患者に医療契約締結能力,さらに契約の履行監視能力が必要である.
ところで,手術など医的侵襲行為については,医療契約とは別に,インフォームド・コンセント における患者の同意が必要であると解されている.ここでは当該患者の契約締結能力ではなく,医療 同意能力があることが前提となる.
精神科医療における基本的考え方は上記したことがあてはまる.ただし,精神科医療は,精神保 健及び精神障害者福祉に関する法律によって規制される.本法は,患者の意思で入院をする任意入 院を原則とするが,自傷他害の恐れがある場合に強制的入院を認める措置入院,保護者の同意を必 要とする医療保護入院,の各制度を設ける.本法は平成25 年に改正され(平成26 年4 月1 日施 行),保護者制度の改善等が図られた.
精神科医療における患者の人権は,本人の意思に基づく監視を基礎に,本法に基づいて保障される.
2.判断能力が低下した患者の支援と人権
医療契約に関する判断能力が低下した患者については,成年後見制度からの支援がある.成年後 見制度は財産管理と身上監護(生活及び療養看護)の各事務について支援を行うものであるが,医療 行為についてはこの双方の支援を必要とする.このうち患者の生命,身体に直接関連するのは身上 監護の支援である.
当該医療行為に関する判断能力が低下した患者に対する手術等の医的侵襲行為について,インフ ォームド・コンセントをどのように行うかという問題が,医療同意問題である.この問題について は,現在までのところ確立した考え方はなく医療実務は困惑している.従来の医療実務では,当該 患者に協力が得られる家族がいる場合には家族の同意によって医療行為を行ってきたが,家族がい ない場合や家族の協力が得られない場合は問題が深刻化する.
問題解決のアプローチとして,身上監護制度に基礎をおく患者支援システムの構築を提案したい. ここではインフォームド・コンセントの手続に第三者も関与し,患者の意思決定を支援・代行する ことによって,説明と同意が実質的に行われることを目的とする創造的プロセスの働きが期待され る(拙稿「意思決定プロセスと法的整備」老年精神医学雑誌25−2 所収(2014 年)参照).
本報告では,成年後見センター・リーガルサポート「医療同意に関する検討委員会」(委員長名 倉勇一郎),独立行政法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター研究開発プロジェクト 「認知症高齢者の医療選択をサポートするシステムの開発」(研究代表者成本迅)のもとで進めら れている検討の状況を概観したい.
S-3-3
成年後見人と医療行為の代行決定
名倉勇一郎(公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート)
2000 年に施行された成年後見制度では,医的侵襲に関する決定・同意の問題について,同意権 者,根拠,限界等に関する社会一般のコンセンサスが得られていないとして,成年後見人への医的 侵襲に関する決定権・同意権の導入を見送った経緯がある.それゆえ,現在でも,医的侵襲を伴う 医療行為については,成年後見人であっても,同意することはできないとされている.
一方,成年後見実務においては,医療機関から成年後見人に手術等の同意を求めている.2009 年に実施した当法人会員アンケートでは,76%が医療機関から同意を求められたことがあり,そ の3 分の2 が何らかの形で同意をしたとしている.医療同意をしないことによる手術等の留保や 転院を目の前にして,成年後見人として悩みつつ,対応している実態がある.
また,医療慣行として,患者家族に医療行為の同意を求めるケースもあるが,なかには,患者とほとんど面識のない親族に医療行為の同意を得て いるケースも散見する.
ある判例は,家族の意思表示から患者の意思を推定することは許すとするものの,その場合でも, 家族が患者の性格・価値観・人生観等について十分に知り,家族の意思表示が,患者の立場に立っ た上での真摯な考慮に基づいたものであることなどの要件を挙げ,さらに,医師にも,患者及び家 族をよく認識し理解する立場にあることを要件として挙げている.しかし,家族は,患者の意思を推定する場合もあろうが,家族としての思いを反 映した判断をすることも多い.そして,どちらの場合であっても,将来にわたって悩みを抱えてい るケースもお聞きする.患者の意思決定能力が不十分な場合の患者や家族に対する医療・介護の垣 根を越えた支援システムが整備されていないこと も一因ではないだろうか.
さらに,上記の会員アンケートでは,同意を求められた事案のうち,被後見人に同意能力(医療 行為に関する意思決定能力)があると思われたケースが29%(2013 年実施の認知症の人の家族向 けアンケートにおいては26%)あった.能力評価についての専門的な知見のない家族や後見人で あるが,本人が何らかの意思を表現したからこそのアンケート結果だと思われる.担当医における, 患者の能力評価判断についての説明もないことから,こうした齟齬が生まれているのようにも感じ られる.
このように,医療行為に関する意思決定の問題は,家族や後見人においても,医療従事者におい ても課題を抱えた問題となっている.
第三者後見人の選任割合が50% を超えた現在,成年後見人が医療行為の代行決定をできないまま では,被後見人が受けられるべき医療を受けられない状況が今以上に出てくることが予想される.また,成年後見人に代行決定の権能を付与すると して,それはどのように実行すべきものなのか,意思決定支援と代行決定のバランスは,家族と後 見人あるいは医療機関において考え方が相違する場合の対応は,家族としての条件は何かなど,個々 の課題を整理し,医療行為に関する代行決定のシステムを法的に整備をしなければならない状況と なってきた.
このような状況を踏まえ,当法人が提言する患者の意思決定の支援及び代行決定のシステムについて皆さんと議論を深めたいと考える.
S-3-4
虐待をめぐる精神医療の役割と家族・本人をめぐる人権のジレンマ
川村孝俊(東京都保健福祉財団高齢者権利擁護支援センター)
T.地域で暮らす認知症高齢者を支えていく上での課題
認知症高齢者が,日常生活上の困難が生じた時には,行政を中心として介護保険サービス,地域 の見守りや支えあい支援等々の連携体制をとりながらさまざまな支援をしていくことになります.
○個人情報の取り扱いと地域支援
認知症高齢者やその家族,あるいはひとり暮らし高齢者を地域で支援していくということは,例 えば徘徊する高齢者が住んでいる,または認知症高齢者が住んでいるという情報を地域で共有する ということになります.
つまり,ある高齢者の個人情報を地域全体に知 らせるということになるのです.
これについては,今までも障害のある方・ひとり暮らし高齢者など本人同意を前提として,災害 時等に限定し,地域の防災会などに情報提供する 仕組みはつくられていました.しかし,高齢化社会にともない,日常的に支えあう仕組みづくりが 検討され,条例でその仕組みを定めている自治体もあります.提供する情報の範囲を必要最小限に することや,町会等提供する団体を決め,管理する決まりをつくるなど個人情報を保護するための 手段を講じているのがほとんどです.
従来からの地縁・血縁による支えあう仕組みの 減退を補う意味でその地域事情に応じた取り組み がなされております.
○高齢者虐待における高齢者の分離・保護
一方,家族による虐待を受けていて,状態が重 篤になった場合には,その高齢者本人を虐待者から分離せざるを得ないことがあります.
虐待を受けている高齢者は,パワレスの状態に置かれていることが多く,高齢者本人がはっきり 意思表示できることは少ないため,本人の人権を尊重しながら進めることは前提ですが,行政の権 限で強制的に分離することも少なくはありません.
分離・保護の場合には,本人をどこに保護するかは大きな課題です.「やむを得ない事由による 措置」(老人福祉法第10条の4 第1項又は法第11条第1項第2号)として,特別養護老人ホー ムなど(以下,特養等)の老人福祉法や介護保険法上の施設へ保護するのか,病院へ入院させるの かが悩みどころとなります.
U.精神科医師への期待
上記のような状況で一般的には,医療的ケアが
必要であれば病院への入院であり,介護的なケアが必要であれば施設ということになります.しか し,「やむを得ない事由による措置」の件数が少ない自治体等では,自治体と施設との日頃からの 連携システムが不十分なために単に介護ケアを提供することで十分な高齢者が特養等で受け入れて もらえない状況があります.
認知症によるBPSD について,行政や福祉関係者はその症状を正確に理解することが難しく, 医師からの助言を期待し,入院という形を希望することもまたあるのです.
特に,虐待を受けている状態の中で,家族が認知症を理解できず,適切な医療の受診,服薬等も されていない場合などは,専門医療機関に入院して,薬の調整と状態の把握が必要となります.
つまり,行政と医療機関のどちらか一方で判断するというよりは,本人の状況をそれぞれの視点 から把握した中で,本当に必要なケアを考えるという仕組みづくりが今後求められていくように思 われます.
専門医が認知症の症状について適切な医療的見解を行政に伝えることによって,行政もまた適切 な判断をするための材料となるのです.
「やむを得ない事由による措置」の権限行使については,自治体によりかなり温度差があります が,高齢者の権利侵害を防ぐという意味では,重要な権限であり,高齢者施設と医療機関との連 携・協力関係を基盤とした仕組みをもとに,適切な行使が望まれるところです.
6月12日(木) 14:45〜17:00 第2会場(第一会議室,8F)
シンポジウム4:血管性認知症;身体医学の視点から
北村 伸(日本医科大学武蔵小杉病院認知症センター),吉田亮一((社福)浴風会浴風会病院)
S-4-基
〈基調講演〉血管性認知症の現在
北村 伸(日本医科大学武蔵小杉病院認知症センター)
血管性認知症はアルツハイマー病に次いで頻度の多い疾患であり,原因は脳梗塞,脳出血などの 脳血管障害である.典型例では脳血管障害後に認知症を発症する.しかし,既往で明確な脳血管障 害の発作はないが,画像で脳血管障害の跡を認め,血管性認知症が疑われる例では変性性認知症との 鑑別が難しい.アルツハイマー病のような変性性認知症に脳血管障害を伴っている例は多い.その ような例では,認知症症状の発現に脳血管障害がどの程度関与しているかを判断することは難しい. 血管性認知症の診断基準には,ICD-10,ADDTC,NINDS-AIREN,DSM--TR などが使 用されている.いずれの診断基準においても病歴に脳血管障害があって,認知症の発症に明らかな 関係が認められれば血管性認知症と診断する.脳血管障害があることは病歴と画像所見により知る ことができるが,認知症発症と関連するかどうかの判断は難しいことが多い.脳血管障害の発症と 認知症発症の間が短いほど関連があるとされているが,必ずしもそうでないこともあり,この点が 現在も血管性認知症の診断を難しくしている原因である.
脳血管障害と関連する軽度認知低下から認知症までを含むvascular cognitive impairment (VCI)の概念が提唱されている.この診断基準では,記憶障害がない血管性認知症も診断するこ とができ,実際の臨床にも即している.
血管性認知症の原因である脳血管障害は,他の認知症の発症を促進し,重症化することが示され ている.脳血管障害発症予防を厳密にすることで,血管性認知症だけでなく,他の変性性認知症の発 症予防と悪化の抑制につながると考えられている.現在の血管性認知症の問題点について述べたが, 血管性認知症は治療と予防が可能な認知症性疾患として捉えて,治療を考えていくべきである.生 活習慣の是正,高血圧や糖尿病などの危険因子の良好なコントロール,そして抗血小板凝集薬投与 などにより血管性認知症の発症や悪化を抑制できる.血管性認知症に他の変性性認知症を合併して いる可能性も考慮し,アルツハイマー病の合併が疑われる例にはアルツハイマー病治療薬の投与も 考えて治療方針を決めていくことが必要と考える.
S-4-1
血管性認知症の疫学;久山町研究
小原知之(九州大学大学院医学研究院精神病態医学,九州大学大学院医学研究院環境医学),清原 裕(九州大学大学院医学研究院環境医学)
日本人は欧米人に比べ脳卒中のリスクが高く,血管性認知症(VaD)の有病率も高いことが知 られている.わが国では,時代とともに高血圧治療が普及して脳血管障害に対する高血圧の影響が低下傾向にあるが,食生活の欧米化や運動不足のまん延などの影響で肥満や糖尿病が増加し,脳血 管障害の新たな危険因子となっている.このような社会・生活環境の変化は,VaD の病態に影響を及ぼしている可能性がある.そこで本講演では,福岡県久山町で1985 年より継続中の精度の高い 認知症の疫学調査の成績より,わが国の地域高齢住民におけるVaD の有病率の時代的変化を明らかにし,その危険因子および防御因子を検討する.
久山町では1985 年,1992 年,1998 年,2005年,2012 年に65 歳以上の高齢者を対象にした 認知症の有病率調査が行われた.各調査の受診者はそれぞれ887 人(受診率95%),1,189 人(97%), 1,437 人(99%),1,566 人(92%),1,904 人(94%)であった.時代の異なる5 つの調査成績を比較 したところ,VaD の粗有病率は1985 年2.4%,1992 年1.9%,1998 年1.7% と減少傾向を示したが,2005 年には3.3% と上昇に転じ,2012 年は3.0% だった.追跡調査においてVaD の危険 因子を検討すると,老年期のみならず中年期の高血圧はVaD 発症の有意な危険因子だった.また,耐糖能異常/糖尿病はVaD 発症と密接な関係があり,特に負荷後2 時間血糖値の上昇に伴いVaD の発症リスクは有意に上昇した.防御因子の検討では,カリウム,カルシウム,マグネシウムの摂取はVaD 発症の有意な防御因子であった.さらに,これまでに認知症発症との関連が報告された栄養素を反映した包括的な食事パターンを抽出すると,大豆製品と豆腐,緑黄色野菜,淡色野菜, 藻類,牛乳・乳製品の摂取量が多く,米の摂取量が少ないという食事パターンが導き出された.この食事パターンスコアとVaD 発症との関係を検討すると,食事パターンスコアの上昇に伴いVaD 発症のリスクは有意に低下した.
久山町におけるVaD の疫学調査では,高血圧や耐糖能異常/糖尿病はVaD 発症の有意な危険 因子であった.一方,大豆製品と豆腐,緑黄色野菜,淡色野菜,藻類,牛乳・乳製品の摂取量が多く,米の摂取量が少ないという食事パターンはVaD 発症のリスクを有意に低下させることが明 らかとなった.わが国では,時代とともに高血圧治療の普及によって脳卒中の発症リスクが減少傾向にあり,それを反映して久山町では1990 年代までVaD の有病率も減少傾向にあったと推測さ れる.しかし,2000 年代に入りVaD の有病率は上昇に転じており,近年とくに高齢者で糖代謝異常の頻度が著しく増加していることがその要因である可能性が高い.したがって,VaD を予防す るうえで,和食+野菜+牛乳・乳製品という食習慣を心がけるだけなく,高血圧の早期発見および適切な治療とともに,急増する糖代謝異常の予防とその管理が重要な課題になったと考えられる.
S-4-2
血管性認知症の診断を巡って
長田 乾,山崎貴史,高野大樹(秋田県立脳血管研究センター神経内科学研究部)
血管性認知症(VaD)は脳血管障害,アルツハイマー病(AD)は変性疾患と云う病因論の対 比から,嘗て両者は認知症の原因疾患の両極に存在すると見做され,血管性認知症か或いはアルツハイマー病のいずれか二者択一の鑑別診断が行われていた.そのために,脳卒中の既往が存在する 場合や画像上で脳血管病変を有すると半ば自動的に血管性認知症と診断されていたために,血管性認知症が過大に診断される傾向にあった.ところが,多くの疫学研究などから,高血圧,糖尿病, 脂質異常症など,脳血管障害(血管性認知症)とアルツハイマー病の共通の危険因子が存在し,病理学的には,とりわけ高齢者では,脳血管病変と アルツハイマー病の病理所見が併存することも明らかにされた.こうした背景から,前述のように アルツハイマー病をより幅広く解釈して,「脳血管病変を有するアルツハイマー病(AD with CVD)」と云う考え方が受け容れられるようになった.したがって,脳血管病変を有する認知症の全てが血管性認知症と診断される訳ではない.ま た,血管性認知症は,脳卒中の一次・二次予防により発症や進行を抑制できることから,治療可能な認知症(treatable dementia)に分類される. こうした背景から,認知症に至る前の段階から積極的に治療介入して認知機能低下の進行を抑制する目的で血管性認知障害(VCI)と云う概念が提 唱されている.
1993 年に発表されたNINDS-AIREN の診断基準では,@臨床的に認知症が証明され,脳血 管病変が臨床像あるいは画像診断から裏付けられ, Aさらに両者の関連性が証明できるという条件が記載されている.また,2004 年に発表された Kalaria らによる血管性認知症の分類では,複数の大梗塞(多発梗塞性認知症),多発性小梗塞, 単一病変,低灌流,脳出血に基づく認知症などの 従来の範疇に加えて,アルツハイマー病の病理を有する脳血管障害と云う病型が記載されており, 血管性認知症とアルツハイマー病の併存を積極的に認める考え方が反映されている.2011 年にAHA/ASA から発表された報告書に盛り込まれ血 管性認知障害の診断基準では,認知機能を,遂行機能・注意,記憶,言語,視空間認知機能に分類 し,このうち2 つ以上の機能が障害される状態を認知症と定義している.また認知症の前段階を, アルツハイマー病における軽度認知障害(MCI)に擬えて,血管性軽度認知障害(VaMCI)と定 義するなど新たな考え方が導入された.さらに,認知機能障害による日常生活機能の低下が,運動・感覚障害などの脳卒中後遺症から独立してい ることを条件に挙げている.また,認知機能障害 と脳血管イベントの間に時間的な関連性のならず,症状の程度やパターンの関連性が存在すると云う 一説を付加したところが新たな視点と言える.このように血管性認知障害の概念やその捉え方には 大きな変遷がみられる.
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脳血管障害のリハビリテーションと血管性認知症
山口晴保(群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学)
血管性認知症は,大脳白質の広範な虚血性変化による皮質下性認知症のタイプが多く,@思考スピードが遅く,反応が鈍い認知障害,A発動性が低下し,やる気がないアパシー, Bパーキンソニズムなどの運動障害を主症状とするものが多い.また,病識が比較的保たれ,抑うつ傾向にあることが多い.このような特徴を持つ血管性認知症に対するリハビリテーション(リハ)について述べる.
脳血管障害の主症状である運動麻痺のリハについては,麻痺肢の強制使用,ミラーセラピー,磁気刺激,川平法といった,新しい運動麻痺に対するアプローチを紹介するに留める.
H25年度に全国の回復期リハ病棟112か所から回答を得たアンケート調査で,脳血管障害によるリハ利用者3,493名中の1,141名30.4%に認知症があった(他のタイプも含めて).
全リハ対象者では認知症が32.6%にあり,診断がついているものの中では,アルツハイマー型認知症37.3%,血管性認知症55.6%だった.回復期リハ病棟では血管性認知症が過半数を占め, 認知症への対応が大きな問題となっている.
血管性認知症では,アパシーへの対応が重要である.そこで,山口が取り組んでいる脳活性化リハビリテーション5原則を紹介する.@快:楽しいリハでないと,認知症の人はやってくれない. 将来の報酬予測ができないので,その時その時が楽しい関わりが必要である.楽しいことなら,やる気が出る.Aコミュニケーション:認知症の人は失敗体験が多く,うつ的になりがちである. 笑顔のコミュニケーションは安心をもたらし,気持ちを落ち着かせる. B役割:日課や役割が生きがいに繋がり,尊厳が保たれる.自己効力感を高める作用もある.C褒め合い:褒められる側だけでなく褒めた方でもドパミンが放出されて,意欲が高まる. D失敗を防ぐ支援:さりげない支援で失敗を防ぎ,成功体験を増やすことで,自己効力感が高まる.
さらに,自律(autonomy)に着目することも有用である.自分で決めるという姿勢である.リハメニュー・プログラムをセラピストが全て決めるのではなく,患者の意見を尊重し, 患者に選択権を与えることで,autonomyを満たすことが出来る.そして,患者は立案に自分が加わったリハプログラムに参加するので,参加意欲が高まる.
運動すること自体が,神経細胞を育てるホルモンであるBDNFの分泌を促し,海馬の機能維持に役立つ.さらに,運動にはセロトニンを介する抗うつ効果もある.アパシーがあって動こうとしない患者を, 褒めてその気にさせ,掃除など身体を動かす作業で廃用を防ぐ.
同時に抗血小板剤など適切な薬物療法により病変試合の進行を抑えられれば,残存機能を活かして生活機能を改善させるリハが有効である.
脳には残存能力とよくなる力(可塑性)があり,それを引き出す脳活性化リハ5原則を,血管性認知症のリハに取り入れてほしいと考えている.
6月13日(金) 9:00〜11:45 第1会場(一ツ橋ホール,3F)
シンポジウム5:認知症の前駆症状・初期症状
朝田 隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
S-5-基
〈基調講演〉初期診断・初期介入の重要性と課題
朝田 隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
S-5-1
レビー小体型認知症の初期症状
水上勝義(筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ健康システム・マネジメント科学専攻)
S-5-2
前頭側頭型認知症の初期症状と初期診断
品川俊一郎(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
S-5-3
アルツハイマー病の初期症状
仲秋秀太郎(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室)
6月13日(金) 9:00〜11:45 第2会場(第一会議室,8F)
シンポジウム6:老年期うつ病の臨床
繁田雅弘(首都大学東京大学院人間健康科学研究科),田子久夫((公財)磐城済世会舞子浜病院)
S-6-1
身体症状,睡眠障害とうつ病
内田 直(早稲田大学スポーツ科学学術院)
S-6-2
老年期うつ病と薬物療法;個別の細やかな対応を目指した治療戦略について考える
堀  輝(産業医科大学医学部精神医学教室)
S-6-3
高齢者のうつ病に対するECT
上田 諭(日本医科大学精神医学教室)
S-6-4
高齢者のうつと認知行動療法
渡辺範雄(国立精神・神経医療研究センタートランスレーショナル・メディカルセンター情報管理解析部)
S-6-5
老年期うつ病の臨床;精神療法的視点から
繁田雅弘(首都大学東京大学院人間健康科学研究科)
6月13日(金) 9:00〜11:45 第3会場(第二会議室,8F)
シンポジウム7:地域の視点から認知症医療を考える
木之下徹((医・社)こだま会こだまクリニック)
S-7-1
行政・認知症施策
宮島俊彦(特定非営利活動法人日本介護経営学会)
S-7-2
認知症の支援困難事例が解決する多職種チームのつくり方とその活動;「見える事例検討会®」の活動を通した地域多職種連携
八森 淳(公益社団法人地域医療振興協会伊東市民病院臨床研修センター)
S-7-3
認知症医療において精神科病院が果たすべき役割
北村 立(石川県立高松病院精神科)
S-7-4
認知症の人の声を聴くために;認知症当事者発信の支援活動を通じて
水谷佳子(こだまクリニック,NPO 法人認知症当事者の会)
6月13日(金) 13:15〜16:30 第1会場(一ツ橋ホール,3F)
シンポジウム8:認知症医療システムにおける精神医療の役割
粟田主一(東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム),前田 潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部)
S-8-基
〈基調講演〉オレンジプランをめぐって
新美芳樹(厚生労働省老健局高齢者支援課認知症・虐待防止対策推進室)
S-8-1
オレンジプランと高齢者の精神医療
粟田主一(東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム)
S-8-2
民間精神病院の立場から;精神病床の役割
井口 喬((医)仁会戸田病院)
S-8-3
認知症国家戦略と精神医療
近藤伸介(東京大学医学部附属病院精神神経科)
S-8-総
〈総括〉認知症ケアにおける精神医療の役割;新たな地域精神保健医療体制のなかの認知症
前田 潔,尾嵜遠見(神戸学院大学総合リハビリテーション学部)
6月13日(金) 13:15〜16:15 第2会場(第一会議室,8F)
シンポジウム9:レビー小体型認知症
水上勝義(筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ健康システム・マネジメント科学専攻)
S-9-基
〈基調講演〉レビー小体型認知症;基礎から臨床へ
小阪憲司(メディカルケアコートクリニック)
S-9-1
レビー小体型認知症(DLB)の臨床と課題
高橋 晶(筑波大学医学医療系災害精神支援学)
S-9-2
レビー小体型認知症の画像診断
山田正仁(金沢大学大学院脳老化・神経病態学(神経内科学)),吉田光宏(国立病院機構・北陸病院神経内科),佐村木美晴(金沢大学大学院脳老化・神経病態学(神経内科学))
S-9-3
レビー小体型認知症の薬物療法
橋本 衛(熊本大学医学部附属病院神経精神科)
6月13日(金) 13:15〜16:00 第3会場(第二会議室,8F)
シンポジウム10:老年精神医療と非定型抗精神病薬
新井平伊(順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学), 本間 昭(認知症介護研究・研修東京センター)
S-10-基
〈基調講演〉非定型抗精神病薬の適応をめぐって
本間 昭(認知症介護研究・研修東京センター)
S-10-1
アルツハイマー病での抗精神病薬服用に伴う死亡率増加について;前方視的大規模コホート研究(J-CATIA)結果報告
新井平伊(順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学),小林啓之(大塚製薬株式会社),田口真源(大垣病院),山内慶太(慶應義塾大学大学院健康マネジメント科医療マネジメント専修),中村 祐(香川大学医学部精神医学教室)
S-10-2
老年期精神障害と非定型抗精神病薬との関係;リスクとベネフィットのバランスを考慮して
渡邊衡一郎(杏林大学医学部精神神経科学教室)
S-10-3
高齢者医療における非定型抗精神病薬との付き合い方
忽滑谷和孝(東京慈恵会医科大学附属柏病院精神神経科)
6月12日(木) 12:00〜13:00 第1会場(一ツ橋ホール,3F)
ランチョンセミナー1
小阪憲司(メディカルケアコート・クリニック)
症候学からみた認知症の理解
池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野)
共催:エーザイ株式会社
6月12日(木) 12:00〜13:00 第2会場(第一会議室,8F)
ランチョンセミナー2
三村 將(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
今日の認知症事情;新規認知症薬への期待
工藤 喬(大阪大学保健センター)
共催:ヤンセンファーマ株式会社
6月12日(木) 12:00〜13:00 第3会場(第二会議室,8F)
ランチョンセミナー3
井関栄三(順天堂大学医学部精神医学,順天堂東京江東高齢者医療センター)
認知症診療の課題と展望
山本泰司(神戸大学医学部精神科神経科)
共催:小野薬品工業株式会社
6月12日(木) 12:00〜13:00 第4会場(中会議室,7F)
ランチョンセミナー4
中村 純(産業医科大学医学部精神医学教室)
働く場の高年齢者をめぐる課題;産業精神保健が貢献できること
白波瀬丈一郎(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室)
共催:グラクソ・スミスクライン株式会社/大日本住友製薬株式会社
6月13日(金) 12:00〜13:00 第1会場(一ツ橋ホール,3F)
ランチョンセミナー5
松下正明(東京都健康長寿医療センター)
認知症治療の今後の展望;メマンチンへの期待
門司 晃(佐賀大学医学部精神医学講座)
共催:第一三共株式会社
6月13日(金) 12:00〜13:00 第2会場(第一会議室,8F)
ランチョンセミナー6
武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学)
認知症500 万人時代の老年精神科医がなすこと,求められること
朝田 隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻精神病態医学分野)
共催:ノバルティスファーマ株式会社
6月13日(金) 12:00〜13:00 第3会場(第二会議室,8F)
ランチョンセミナー7
岸本年史(奈良県立医科大学精神医学教室)
老年期精神障害における身体的問題
三村 將(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室)
共催:アステラス製薬株式会社
6月13日(金) 12:00〜13:00 第4会場(中会議室,7F)
ランチョンセミナー8
北村 立(石川県立高松病院,石川県認知症疾患医療センター)
特発性正常圧水頭症(iNPH)の診療最前線
iNPH 診療ガイドラインと認知症疾患医療センターにおけるiNPH 診療の状況
数井裕光(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
iNPH に関する最近の病態と疫学トピックス
栗山長門(京都府立医科大学大学院医学研究科地域保健医療疫学)
共催:ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社
6月13日(金) 8:00〜9:00 第2会場(第一会議室,8F)
モーニングセミナー
池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野)
認知症,てんかん,うつ病;その複雑な関係をひもとく
吉野相英(防衛医科大学校精神科学講座)
共催:富士フイルムRI ファーマ株式会社
後援:日本脳神経核医学研究会