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- 6月6日(木) 9:00〜10:00 老年精神第2会場 楓(2F)<リーガロイヤルホテル>
- 口頭発表 : 薬物療法@
- 座長: 布村 明彦(山梨大学大学院医学工学総合研究部精神神経医学講座)
- U-1
- 認知機能障害を伴う高齢のアルコール依存症患者にtopiramateが有効であった1例
- 田中 健一 ( 社会保険神戸中央病院精神神経科 )
- 【目的】高齢化社会を反映するように高齢のアル
コール依存症患者の占める割合も増加傾向にある.
アルコール依存症においてさまざまな合併症がみ
られるが,特に高齢のアルコール依存症患者にお
いては認知機能障害の合併の問題は重要である.
アルコール依存症の標準的な治療としては,断酒
し,自助グループへの導入や心理社会的アプロー
チが主に行われる.しかし,認知機能障害を伴う
場合にはこれらの標準的な治療の導入がかなり困
難となる場合がある.topiramate には飲酒渇望
低減効果が報告されており,実際に有効であった
症例を1 例経験したので報告する.
【倫理的配慮】患者の匿名性に配慮し,個人情報
については一部改変を加え,発表について本人お
よび家族の同意を得た.
【症例】76 歳,女性.夫を早くに亡くし,長年独
居生活を続けていた.身体疾患の既往歴はなし.
若い頃より飲酒量は多く,不眠にて近医で睡眠導
入剤を処方され長年服用していた.71 歳時に不
眠を主訴に娘に連れられ当科を初診した.睡眠導
入剤を処方するも薬剤の乱用傾向がみられ,また
毎日日中から飲酒する状況が続いた.アルコール
の問題に関しては本人の否認が強く,また家族に
よる定法から物忘れも顕著であることも判明し認
知機能障害の存在も強く疑われた.断酒を強く促
し続けたが,認知機能障害の存在もあるため断酒
への理解が全く得られず,問題ある飲酒行動は続
いた.断酒への促しは無効と判断,家族と相談の
上,74 歳時にtopiramate 25 mg/日を開始した.
開始後より飲酒量の減少を認め,徐々に増量した
が飲酒量はさらに減少した.100 mg/日までの増
量後,断酒までには至らなかったが飲酒量がかな
り減少したことに伴い,食生活も安定,デイサー
ビスの定期的な利用へも繋がり,日常性生活が安
定させることができた.
【考察】高齢のアルコール依存症に対して
topiramate 投与後より明らかな飲酒量の減少を
認めた.飲酒量原料が安定的なデイサービス利用
などに繋がり,生活全般を安定させることができ
た1 例である.topiramate の飲酒渇望抑制効果
を認めた1 例と考えられる.認知機能障害が合
併し,標準的なアルコール依存症に対する治療の
導入が困難な高齢のアルコール依存症患者に
topiramate による薬物療法は有用である可能性
がある.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-2
- パーキンソン病に合併するうつ病に対するミルダザピンの有効性について
- 尾崎 京華 ( 森岡神経内科 )
- 【目的】パーキンソン病(以下PD)の患者は高率
にうつ病を合併し,その割合は30〜40% と報告
されている.PD におけるうつ病の合併は,PD
の運動障害やADL の低下を引き起こす要因であ
り,うつ病がPD 患者のQOL に影響する最も重
要な因子であると報告されている.よってPD 合
併しているうつ病の改善は,PD のその後の治療
経過に大きな影響を与える.日本神経学会のパー
キンソン病治療ガイドラインによると,PD 患者
のうつ病の治療薬としては三環型抗うつ薬,SSRI,
ドパミンアゴニストが推奨されている.今回われ
われは当院外来通院中のうつ病を合併したPD 患
者16 例に対してミルダザピンを投与し,その有
効性について検討した.
【対象】当院外来通院中PD 患者でうつ病を合併
した患者16 例
【方法】Psycho education を行った上でミルダザ
ピンの投与に同意が得られた患者に対して,Yahr
分類によるPD の重症度,ミルタザピン投与前後
のうつ状態の評価,改善までの期間,認知症の有
無を調査し検討した.うつ状態に対しての評価は
HAM-D を用いた.認知症については臨床症状,
経過,MMSE,頭部CT にて総合的に判断した.
【倫理的配慮】研究対象者に対しては,研究内容
を説明し,同意を得た.また対象の患者に関して
は個人情報が特定されず,患者の不利益にならな
いように配慮した.
【結果】当院外来通院中のPD 患者121 名のうち,
うつ病合併患者は16 名であり,そのうち15 名
がYahr の分類以上であった.
認知症を認めた患者は5 名,平均年齢は76.2
歳であった.ミルタザピンの平均投与量は19.2
mg であった.ミルダザピン投与前のHAM-D の
平均は20.6 であり,HAM-D 50% 以上の著明改
善を認めた患者は,4 週間後は4 名,8 週間後は
8 名であり,8 週間以内に75% が著明改善を示
した.2 名は改善を認めず,残り2 名は容量増加
後に改善を見せていた.
【考察】PD に合併するうつ病はドパミン,ノル
アドレナリン,セロトニン神経系が器質的に障害
されており,器質性のうつ病と考えられる.ノリ
トプチリンとパロキセチンの二重盲検比較試験で
は,ノリトプチリンの効果は認められたが,パロ
キセチンの効果は認められなかったことから,PD
に合併するうつ病はセロトニンよりもノルアドレ
ナリンやドパミンの関与が大きいと考えられる.
今回治療対象とした患者はPD として十分量の抗
パーキンソン病薬を投与されており,ドパミン神
経系は保たれた状態でうつ状態を呈したと考えら
れる.そのことからミルダザピンが高い改善率を
示した要因として,第一にノルアドレナリン神経
系,ついでセロトニン神経系に対する作用が考え
られた.ミルダザピンは不眠や疼痛,やせ,不安
を呈しやすいPD に合併するうつ病の第一選択と
なりうる薬剤と考えられる.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利益
相反委員会の承認を受けた.
- U-3
- 薬剤投与中止によりADLおよびQOLが著明に改善した超高齢者2例
- 西村 浩 ( 厚木市立病院精神科 )
- 90 歳以上の超高齢患者の各種内服薬投与中止
によりせん妄や過度の眠気が消失してADL,
QOL および予後が著明に改善した2 例を報告す
る.いずれも投薬理由も不明なまま長期にわたり
継続投与されていたものであり,中止による症状
再燃は認めなかった.高齢者は造血機能や代謝機
能低下などにより薬剤の副作用が出現しやすいと
されているが,超高齢者にも関わらず長年持続投
与を受けている薬剤が見直される機会は稀であり,
副作用によりADL 低下など軽視できない状態を
来たしている可能性がある.また,せん妄や嚥下
困難など日常生活に大きな支障をきたす病態が薬
剤起因性である可能性も考える必要がある.当日
は詳細な経過を報告するとともに文献的考察を加
える予定である.なお,発表に際して個人の匿名
性に配慮した.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-4
- BPSDを有するアルツハイマー型認知症患者の薬物治療の検討;102症例12ヶ月間の観察研究から
- 藤田 雅也 ( 医療法人社団碧水会長谷川病院 )
- 【目的】2011 年精神科に入院する認知症患者は5
万3000 人に及んでおり,急増する認知症に対し
て早急な対応が課題となっている今日,特に精神
科臨床においてはBPSD の治療が求められるこ
とが多い.ある研究ではBPSD はアルツハイマ
ー型認知症患者の64% が初期段階で1 つ以上の
BPSD を示していることが明らかとなっている.
一般的に非薬物的介入がBPSD の第1 選択とな
るが,患者または介護者のQOL,あるいはその
機能に影響を及ぼす場合は薬物療法の適応となり
うる.そこで筆者らは実臨床におけるBPSD の
薬物治療を中心にその有効性と安全性を検討した.
【方法】長谷川病院に通院する外来患者ならびに
新規入院患者の中で,2011 年3 月から2011 年
8 月の間に薬物治療を開始したAD 患者のうち,
研究への参加に本人または家族(介護者)から文
書にて同意が得られた全症例について,AD の中
核症状である認知機能,AD に伴うBPSD の改
善度,服薬継続率,中止理由などを12 ヶ月間前
向きに検討した.投与薬物について抗AD 治療薬
はgalantamine に統一した.その他抗精神病薬
等の併用については制限を設けなかった.但し抗
精神病薬の使用に関し,患者及び家族に適応外使
用であることを説明しそのリスクとベネフィット
について話し合い同意を得られた症例に関してだ
け投与した.評価指標として,認知機能はMMSE,
BPSD はNPI を用いた.評価としてはMMSE,
継続率,忍容性などの評価を行った.
【結果】ベースラインにおけるMMSE の平均値
は17.3±3.6(mean±SE)点,NPI の平均値は
11.7±11.2(mean±SE)であった.観察期間中,
抗精神病薬が併用投与された症例数は,ベースラ
イン102 例中40 例であり,3 ヶ月後40 例,6 ヶ
月後28 例,12 ヶ月後22 例であった.観察期間
を通じて,MMSE は17.3±3.6(mean±SE)か
ら3 ヶ月後18.3±3.53(mean±SE),6 ヶ月後
17.9±3.80(mean±SE)へと改善を示し,12
ヶ月後17.0±4.14(mean±SE)であり,ベース
ラインと比較しどの期間においても統計学的な有
意差はみとめられなかった.一方,主要評価指標
であるNPI スコアは11.7±11.2(mean±SE)か
ら3 ヶ月後4.86±5.40(mean±SE),6 ヶ月後
3.56±4.65(mean±SE),12 ヶ月後2.27±3.77
(mean±SE)へと大きく,かつ統計学的に有意
(p<0.05,paired-t test)に改善した.
【考察】NPI スコアが有意に改善した理由につい
ては入院患者群や新規投与患者群が特に大きく改
善したが,これらはgalantamine 投与開始と共
に抗精神病薬が併用された患者が多かった.また
NPI スコアの中でも「妄想」と「異常行動」の項
目で有意に改善したことを考慮すると,これらス
コアの改善は,抗精神病薬や気分安定薬の併用に
よるところが大きいと考えられた.一方,ベース
ラインNPI 重症度が比較的軽度であった切替患
者群においても有意に改善し,NPI スコアがご
く軽度であった外来患者群においても改善傾向を
示した.これらの群における抗精神病薬の併用は
少なく,BPSD の改善は併用薬によるものとは
考えにくいためgalantamine 自身が持つBPSD
の改善効果によるものと考えられた.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-5
- コタール症候群にアリピプラゾールが奏功した1例
- 大森 隆史 ( 徳島県立中央病院 )
- コタール症候群は虚無主義的(ニヒリスティッ
ク)な妄想を主体とした症候群であり,フランス
の精神科医コタール(Cotard)が1880 年に発見
したものである.今回我々は,糖尿病の診断を契
機に心気症からコタール症候群に発展し,アリピ
プラゾール追加投与により速やかに症状が改善し
た症例を経験したので報告する.尚,報告にあた
り倫理指針に沿って症例本人・家族に十分な説明
を行い,同意を得た.症例は75 歳女性.主訴「お
金がない,病気が治らん」.既往歴は糖尿病,高
血圧等.X 年8 月に気管支炎増悪のためA 病院
入院,入院中に糖尿病を指摘された.それ以降「糖
尿病は治らない病気」と心気的になり,後悔や過
緊張状態がみられるようになった.X 年11 月13
日当科紹介受診,うつ病としてフルボキサミンを
処方するも副作用が出現したため2 日間で家族
が中止した.X 年11 月27 日セルトラリンを処
方するも服薬せず,夜も眠らずに大きな声で怒り
っぱなしであった.X 年11 月29 日当科入院.
入院後「もう逝ってしもうとる」と虚無主義的な
妄想が顕著にみられた.そのためスルピリドを投
与して経過を見たが,症状が全く改善しなかった.
そのうえ「お金がない,服がない」と貧困妄想も
持続した.X 年12 月中旬からアリピプラゾール
を追加投与したところ,10 日後には症状の速や
かな改善を認めた.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- 6月6日(木) 10:00〜11:00 老年精神第2会場 楓(2F)<リーガロイヤルホテル>
- 口頭発表 : 薬物療法A
- 座長: 三森 康世(広島国際大学総合リハビリテーション学部)
- U-6
- 夕暮れ症候群にアリピプラゾールが奏効したアルツハイマー型認知症の1症例
- 長濱 道治 ( 島根大学医学部精神医学講座,こなんホスピタル )
- 【はじめに】夕暮れ症候群とは,夕方から急に落
ち着かなくなり,帰宅要求が増える症状で,日没
症候群とも言われる.主にアルツハイマー型認知
症の周辺症状(BPSD)としてよくみられる症状
である.せん妄との関連が指摘されているが,概
日リズム障害が背景にあるともされている.非薬
物療法で対応することが一般的とされているが,
今回我々はアルツハイマー型認知症にみられた夕
暮れ症候群に対してアリピプラゾールが奏功した
興味深い1 症例を経験したので報告する.なお,
本症例の報告にあたり,患者個人が特定されない
ように配慮し,症例理解が損なわれない範囲で内
容の一部を改変した.
【症例】79 歳,男性.結婚歴はなく,同胞との交
流もなく,独居で生活している.X−30 年に大
動脈弁置換術,X−12 年に直腸癌の手術歴があ
り,長年前立腺肥大症に対する通院加療を行って
いる.地元の中学校卒業後は,建具関係の仕事を
X−12 年頃まで続けた.
【現病歴】X−5 年頃から人の名前や顔を覚えられ
ず,近所で声をかけられても誰だか分からないこ
とが多くなった.X−2 年にA 総合病院精神科を
初診,HDS-R:19 点であった.X 年4 月自宅で
転倒,同年5 月に施行した頭部CT で右慢性硬膜
下血腫を認めたため同院脳神経外科に入院,穿頭
および開頭血腫除去術が施行された.術後よりせ
ん妄状態を呈し,5 月に同院精神科に紹介となり,
加療開始した.リスペリドンをはじめとして,ラ
メルテオン,トラゾドン,抑肝散などを投与した
が,夜間の徘徊は続いた.同年6 月には離院し
ているところを発見されたため,一般病棟での管
理が困難と判断し,同院精神科に転科となった.
転科後は,日中はおだやかに過ごすものの,夕方
から急に落ち着かなくなり,外に出ようとしたり,
「家に帰る」といった帰宅願望や,ドアをたたく
行動がみられた.リスペリドンは3 mg まで使用
するも白血球減少のため中止した.脳波は正常で
あり,せん妄は否定的であったが,同様の行動は
続いた.同年8 月にB 単科精神科病院に転院し
たが,同様の行動が続いたため,9 月よりアリピ
プラゾール3 mg を投与し,6 mg まで増量した
ところ,すみやかに症状が消失し,穏やかに過ご
せるようになった.
【考察】認知症のBPSD においては,介護者やス
タッフが対応に難渋しており,その対応方法や環
境調整次第では,症状軽減が期待できる場合もあ
るが,実際の臨床場面では早急の対応が必要とな
る場合も少なくない.そのような場合には,抗精
神病薬などの薬物療法が選択されるが,高齢者で
は副作用も生じやすい.アルツハイマー型認知症
では,概日リズムを司っている視交叉上核の体積
低下と神経細胞の脱落が進むことによって,概日
リズム障害が出現する.夕暮れ症候群の大きな要
因を,この概日リズム障害と把え,夕方以降の早
い時間帯に覚醒水準が低下することが背景にある
との指摘もある.また,一方でせん妄との関連が
指摘されているが,治療としては睡眠障害と同様
に,心理的な働きかけや高照度光照射などの非薬
物療法が有効であったという報告がある.本症例
ではアリピプラゾールが夕暮れ症候群対して有効
であったと考えられる.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-7
- 脳血管性病変を伴う難治性うつ病に対してmirtazapineが有効であった1例
- 互 健二 ( 東京慈恵会医科大学精神医学講座 )
- 【はじめに】高齢者うつ病は若年者うつ病と異な
り特有の病因・治療上の配慮が要求される.病因
として変性疾患や脳血管性病変等の背景因子が加
わると共に,治療上忍容性の関点から抗うつ薬の
用量や副作用に留意が必要である.本発表では脳
血管性病変の関与が疑われた難治性うつ病に対し
てmirtazapine が有効であった1 例について報
告する.
【倫理的配慮】本発表に際し,患者本人より書面
で同意を取得し,匿名性にも配慮した.
【症例】81 歳の女性.X 月に家族の入院や震災を
契機に不安感が高まり,何度も同じ事を尋ねるよ
うになったためX+1 月当院受診.認知機能検査
ではMMSE 30 点であり,不安・意欲低下が顕著
であったため大うつ病と診断し,sertraline を開
始した.同薬剤を十分量を投与するも充分な症状
改善を認めず,duloxetine への変更を図るも副
作用出現のため変更を中止した.頭部MRI 上,
陳旧性脳血管性病変が顕著であったため
nicergoline,amantadine を追加するも改善を認
めず,不安・意欲低下が悪化したためX+7 月当
院入院となった.入院時,不眠も認められたため
主剤をmirtazapine に変更した.15 mg/day よ
り開始し,徐々に用量を増量した所,症状の改善
を認め第52 病日に退院となった.その後X+2
年に至るまで症状の再燃は認められていない.
【考察】高齢者うつ病の危険因子として脳血管性
病変があり,潜在性脳梗塞を伴ううつ病を血管性
うつ病(vascular depression)と定義する事があ
る.思考遅延,興味・関心の低下が顕著であり,
治療ではSSRI 等の従来の抗うつ薬に治療抵抗性
を示す一方,ドパミンアゴニスト等が有用との報
告もある.病態として白質や基底核といった病変
部位からも線条体前頭葉回路におけるドパミン系
の障害が推定されている.
mirtazapine はノルアドレナリン・セロトニン
に作用するだけでなく,前頭前皮質におけるドパ
ミン遊離を促進させる.またSSRI 反応不良群や
高齢者うつ病患者に対しても有効である.本症例
ではmirtazapine の持つこのような特徴が効能
を示した可能性があると考えられた.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-8
- アルツハイマー型認知症患者でみられる睡眠構造にメマンチンが及ぼす効果について
- 石川 一朗 ( 香川大学医学部精神神経医学講座 )
- 【目的】高齢者では睡眠効率低下や中途覚醒の増
加,徐派睡眠減少など,睡眠構造の変化や睡眠覚
醒リズムの変化を認めることが多い.メマンチン
は非競合的N‐メチル‐アスパラギン酸(NMDA)
受容体拮抗薬であり,従来のアセチルコリンエス
テラーゼ阻害薬とは異なった作用機序を有する.
メマンチンはアルツハイマー型老年認知症(AD)
における認知機能障害進行の抑制や認知症周辺症
状の改善が期待されている.本研究はメマンチン
投与による認知症患者の睡眠構造に及ぼす影響や
精神状態の変化について評価することを目的とし
ている.
【方法】2011 年6 月から2012 年9 月までに当科
で入院したAD 患者5 名を対象とした.AD の診
断はNINCDS-ADRDA を用いて行った.睡眠状
態の評価については終夜睡眠ポリグラフ検査
(PSG)をメマンチン投与前と5 mg から添付文
書通りに漸増を行ったうえでの20 mg 内服1 週
間経過後に実施した.また認知症周辺症状につい
てはNPI(Neuropsychiatric Inventory)を用い
評価した.
【倫理的配慮】本研究は香川大学医学部附属病院
倫理委員会より承認を得ている.
【結果】メマンチン投与前後のPSG の結果から
は,総睡眠時間(TST)の増加が認められた.単
位時間当たりの中途覚醒回数は減少を認めた.相
対的非レム睡眠期と・期(それぞれ%TST)
は増加を認めた.単位時間当たりの下肢ミオクロ
ーヌスの数(periodic limb movement index :
PLM 指数)は減少を認めた.NPI はすべての症
例で改善した.
【考察】PLM 指数の減少が認められ,それが中
途覚醒の減少に影響を及ぼしたと考えられる.断
片化しやすい高齢者の睡眠において中途覚醒が減
少することにより,睡眠障害の改善が図られた可
能性が考えられる.従来の報告ではドパミンの調
整作用を有するプラミペキソールや抑肝散にて
PLM 指数が減少するというものが認められる.
メマンチンはNMDA 受容体拮抗作用とともにド
パミン遊離作用を有するとする報告がある.メマ
ンチンはドパミンニューロンの活動性が低下した
状態では,ドパミン遊離によりその状態を改善さ
せ,PLM 指数を改善させた可能性が考えられる.
【結語】メマンチンにより認知症患者の睡眠が改
善する可能性が考えられた.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-9
- メマンチンによる腎機能障害が疑われた一例
- 山田 英孝 ( 久留米大学医療センター精神科,久留米大学精神神経科 )
- メマンチン投与後にBUN やクレアチニン上昇
を認め,腎機能障害を生じた可能性のある症例を
経験したので報告する.症例は68 歳の男性で,
呼吸苦と下肢浮腫のため当院の内科病棟に入院し
た.数年前よりもの忘れが目立つようになり,入
院直前は買い物などの日常生活にも支障が生じて
いた.入院後も安静が保てずに,断続的に看護に
抵抗するなどの不穏が認められたため,リエゾン
紹介となった.初診時に行ったMMSE は13 点
であり,FAST はstage 6d であった.頭部CT 上
びまん性中等度の大脳皮質の萎縮を認め,アルツ
ハイマー型認知症と診断しメマンチンの投与を開
始した.初期投与量5 mg より開始し,7 日後に
10 mg に増量したが,入院時1.1 mg/dL であっ
たクレアチニン(Cr)は14 日後には1.5 mg/dL に,
尿素窒素(BUN)は21.8 mg/dL から35.9 mg/dL
にそれぞれ上昇した.その後,メマンチンの投与
を中止したところ,Cr とBUN は正常値に低下
した.本症例の腎機能障害について他の要因の関
与を完全に否定することは出来ないが,メマンチ
ンを投与する際には腎機能の低下に注意を払う必
要があると考えたので報告する.なお,情報は通
常の診療行為の過程で得られたものであり,今回
の報告にあたっては個人情報の流出防止,匿名性
の保持に関して十分に配慮している.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-10
- メマンチンにて性欲亢進が改善したアルツハイマー型認知症の2症例
- 久保洋一郎 ( 大阪医科大学精神神経科 )
- 【目的】アルツハイマー型認知症(AD)における
性行動変化として頻度の高いものは性的関心の減
退や性的行動の減少である.性欲亢進や性的異常
行動は,それほど頻度は高くないものの,ひとた
び出現すれば家族や介護者にとって大きな負担と
なり得る症状である.認知症の薬物療法としてコ
リンエステラーゼ阻害薬が認可されており,中核
症状のみならず,発動性低下や問題行動といった
周辺症状に効果が報告されている.その一方で薬
物療法によりADL は改善したものの易怒性や性
欲亢進によって介護者の負担が増加してしまった
例も報告されている.今回我々はメマンチンにて
性欲亢進が改善した2 症例を経験したので報告
する.
【倫理的配慮】守秘義務を遵守したうえで学会報
告することについて,本人と家族から同意を得た.
【症例1】81 歳男性.X−2 年4 月頃より食事を
食べたことを忘れたり,目薬の使い方がわからな
くなった.X 年3 月物忘れが進行したため当科を
受診した.HDS-R 18 点,見当識,逆唱,即時記
憶,遅延再生で失点,時計描画,立方体模写は拙
劣であった.頭部MRI では海馬萎縮を含めびま
ん性の脳萎縮を認めており,123-I 脳血流シンチ
グラフィーでは両側側頭頭頂葉および後部帯状回,
楔前部に血流低下を認めていた.AD と診断しX
年5 月ドネペジルを開始し,5 mg に増量したと
ころ妻に対して性的要求が頻回となった.ガラン
タミン8 mg に変薬したが性欲亢進は変わらず,
X 年8 月ガランタミンを中止しメマンチン5 mg
を開始した.速やかに症状改善したが,10 mg
に増量したところ時折性的な要求をすることがみ
られたため,妻の希望で5 mg に減量した.以後
5 ヶ月が経過しているが性欲亢進は認めず,また
認知機能の大きな低下も認めていない.
【症例2】66 歳男性.X−1 年定年退職するまで
大きな問題はなかった.X 年2 月の確定申告の際,
レシートを紛失するなどうまく出来ず,そのこと
で妻に対し暴言を吐くようになった.X 年3 月当
科受診,HDS-R 20 点,見当識,計算,遅延再生,
即時記憶で失点.頭部MRI では海馬萎縮を認め,
123-I 脳血流シンチグラフィーでは両側頭頂葉,
後部帯状回に血流低下を認めた.AD と診断し同
年6 月リバスチグミンを開始したが,同年9 月18
mg に増量したところ皮疹,性欲亢進を認め,ガ
ランタミン8 mg に変薬した.性欲亢進は残存し
ており,同年10 月メマンチン5 mg を追加した.
性欲亢進はすみやかに改善し,妻にガランタミン,
メマンチンの増量を勧めたが,症状安定している
ため現在の用量で経過観察することを希望された.
以後3 ヶ月が経過しているが症状安定している.
【考察】認知症患者の性欲亢進に対する薬物療法
として興奮や衝動性の改善を目的として抗精神病
薬が使用されることが多いが,一定の見解は得ら
れていない.また抗精神病薬は高齢者の死亡率を
高めるとの注意喚起もあり,その投与は慎重にな
らざるを得ない.メマンチンはAD 治療薬として
認可されている薬剤であり,AD の性欲亢進に対
し効果がある可能性が示唆された.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- 6月6日(木) 11:00〜11:48 老年精神第2会場 楓(2F)<リーガロイヤルホテル>
- 口頭発表 : 非薬物療法
- 座長: 谷向 知(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学)
- U-11
- 前頭側頭葉変性症の行動・心理症状に対する治療について;ラベンダーアロマセラピーの有用性
- 木村 武実 ( 独立行政法人国立病院機構菊池病院臨床研究部 )
- 【はじめに】前頭側頭葉変性症(FTLD)の行動・
心理症状(BPSD)を軽減するために,従来から
抗精神病薬が使用されてきた.しかし,BPSD
に対する非定型抗精神病薬の投与により死亡率が
1.6〜1.7 倍増大することが報告されている.特に,
後期高齢者の場合は,BPSD を副作用なく改善
する抗精神病薬以外の治療法の確立が喫緊の課題
となっている.近年,ラベンダー(Lavedula
angustifolia : LA)のBPSD に対する効果が示
唆された(Geriatr Gerontol Int. 2008 ; 8 : 136-
138).そこで,我々はFTLD に伴うBPSD に対
するLA の有効性と安全性を検証するためにオー
プンラベル試験を行った.
【方法】当院において,臨床診断基準(Neurology
1998 ; 51 : 1546-1554)により診断されたFTLD
20 名の入院患者を対象とした.0.1 ml のLA エ
ッセンシャルオイルをアトマイザーにより襟元に
噴霧する(3 回/日)アロマセラピーを,対象者
に4 週間施行し,次の4 週間は行わなかった.
ベースライン,4 週後,8 週後の対象者のBPSD
をNeuropsychiatric Inventory(NPI)で評価し,
その変化をWilcoxon signed-rank test によって
解析した.また,NPI 改善度を従属変数に,対
象者の年齢,性別,診断,教育年数,開始時の
MMSE 得点,ベースラインのNPI 得点などを独
立変数として重回帰分析を行った.一方,ベース
ライン,4 週後,8 週後の対象者に処方されてい
た抗精神病薬のクロルプロマジン換算量を調べた.
【倫理的配慮】本研究は当院倫理審査委員会によ
り承認された.対象者あるいは家族に本研究の趣
旨を説明して書面で同意を得た.
【結果】すべての対象者がこの研究を遂行した.
副作用は認められず,血液・尿検査上の異常はな
かった.ベースライン,4 週後,8 週後のNPI 得点
平均値は,各々24.0±18.5,15.1±14.4,18.1±
15.1 であった.この平均値は,ベースラインと4
週後の間で有意差が認められたが(p<0.04),ベ
ースラインと8 週後の間ではみられなかった(p
=0.067).NPI 下位項目のapathy/indifference
では,ベースラインと4 週後の間で有意な得点
の減少がみられた.重回帰分析にて,NPI 改善
度と有意な相関がみられた変数はなかった.ベー
スライン,4 週後,8 週後の処方抗精神病薬のク
ロルプロマジン換算量は,それぞれ127.0 mg,
107.0 mg,112.0 mg であった.
【考察】LA によるアロマセラピーはFTLD の
BPSD を有意に改善した.この効果は,包括的
で精度の高い,BPSD の評価尺度であるNPI に
より確認された.一方,副作用や臨床検査の異常
は認められなかった.これらのことから,FTLD
に伴うBPSD に対するLA の有用性が推察され
る.また,LA により抗精神病薬処方量を減量で
きたことは意義深い.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-12
- 認知症者の自動車運転対する心理教育のあり方についての検討
- 上村 直人 ( 高知大学医学部精神科 )
- 【目的】認知症者の自動車運転対する心理教育の
あり方について検討した.
【方法】2010 年6 月−2012 年8 月までに高知大
学物忘れ外来を受診し,認知症の診断もしくは認
知機能の低下を来し,当院倫理委員会承認された
研究参加同意の得られた54 名を対象とした.評
価として年齢,臨床診断,MMSE,CDR,NPI,
ZBI を評価した.介入は対象者の介護家族に1
時間程度の支援マニュアルを用いた面接方式で心
理教育を施行した.臨床診断確定1 カ月以内に
教育を行う早期介入群(A 群),診断後3 カ月後
に同様の心理教育を行う後期介入群(B 群)の2
群間で分析した.
【倫理的配慮】本研究は高知大学医学部倫理委員
会の承認を得て行われた.
【結果・考察】研究参加同意者は54 名中49 名で,
マニュアルを用いた心理教育介入により運転中断
につながった者は25 名(61%)であった.介入
後も運転を継続した者は16 名であったが,運転
の機会を減らす,助手席で家族が指示を出すなど
の対応が66%(解析可能者38 名中25 名)でで
きていた.調査期間中の交通事故/違反は6.9%
(43 名中3 名)であったがいずれも大きな事故は
なかった.A 群ではNPI(0‐12‐24W)は11.1‐
4.6‐9.6,B 群では8.8‐12.1‐6.7 であった.平均
ZBI 得点がA 群:15.7‐11.6‐12.4(0‐12‐24W)で,
B 群で16.5‐12.5‐9.9 であった.以上から心理教
育的介入がBPSD を改善させること,また研究
介入により,ZBI が改善していることから,認知
症ドライバーを抱える介護者の負担軽減には,介
入自体,すなわち心理教育自体の効果と考えられ
た.支援マニュアルは認知症患者を運転中断に
導く手段として一定の有効性があると考えられた.
またマニュアル使用による家族介護負担を軽減さ
せうる効果があることが示唆された.
【結語】今回の研究から,マニュアルの有効性が
示され且つ,家族介護負担の軽減にも有効であっ
た.今後,運転支援マニュアルを用いることによ
る高い運転中断の成功率,交通事故・違反の予防,
家族会ご負担感の改善が得られるなどの運転支援
マニュアルの有効性が示された.今後はさらに有
効性の検証を継続することにより,少子高齢化を
迎え,地域社会での高齢者の安全で安心な在宅生
活継続を可能とする手法が確立されるため,運転
継続が危険な認知症患者の運転中断を成功させ,
地域生活継続のツールとして汎化が可能となり,
家屋介護負担の軽減を通じた地域社会問題の解決
に貢献が可能となる.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-13
- 運動機能面からみたアルツハイマー型認知症患者の神経心理検査とMR:VSRADの検討;初期もの忘れ外来1年後フォロー経過報告
- 上原 光司 ( 社会医療法人愛仁会高槻病院技術部リハビリテーション科 )
- 【目的】人口の高齢化に伴い認知症患者が激増し,
既に65 歳以上の10% に達していると言われて
いる.そこで認知症予防に注目が集まっており,
当院の初期もの忘れ外来でもリハビリテーション
医が早期発見・早期治療,セラピストが日常生活
指導・運動指導を実施し認知症予防に取り組んで
いる.今回は健康な体を保ち様々な活動に取り組
んで脳を活性化させることを指導し,1 年後フォ
ローが可能であったアルツハイマー型認知症患者
の運動機能評価の結果を,神経心理検査と画像評
価をあわせて報告する.
【方法】対象は2011 年4 月〜12 月の間に当院初
期もの忘れ外来を受診し,1 年後に追跡調査が可
能であった患者13 名(男性6 名,女性7 名)で
平均年齢は78.2±5.3 歳.全例初診時より薬物療
法が開始され,症状により適宜増減し有害事象は
認めなかった.日常生活指導は個々に合わせた指
導を行い,運動習慣の継続や個別運動プログラム
のパンフレット提供やサービスの利用などを提案
した.運動機能評価は,運動器不安定症に関する
項目や自立歩行能力を把握するために膝伸展筋
力・10 m 歩行・TUG・開眼片脚立位時間を測定
し,これらを初診時・1 年フォロー時で統計処理
し検討した.
【倫理的配慮】ヘルシンキ宣言に基づき,各対象
者には本研究の施行ならびに目的を詳細に説明し,
研究への参加に対する同意を得た.
【結果】初診時の平均BMI 21.6,大腿四頭筋力体
重比0.44,10 m 歩行時間6.1 秒,TUG 8.0 秒,
片脚立位時間20.7 秒,HDS-R 20.9 点,MMSE
25.2 点,MR・VSRAD(plus)Z スコア2.51 で
あった.約1 年後は,それぞれ21.3,0.46,6.6
秒,7.4 秒,25.0 秒,20.2 点,24.2 点,2.74 で
各項目の有意差は認めなかった.しかし,大腿四
頭筋力体重比の向上5 名,10 m 歩行時間短縮6
名,TUG 短縮8 名で3 つの運動項目ともに向上
した者が4 名みられた.また運動器不安定症と
診断される症例は5 名から2 名に減少した.
神経心理検査のHDS-R あるいはMMSE のど
ちらか一方のスコア上昇が9 名でみられ,
VSRAD Z スコアは6 名で数値の減少が確認され
た.運動機能3 項目ともに向上した4 名の内3
名が,神経心理検査のいずれかのスコアが向上し,
Z スコアも2 名で減少が確認された.一方,運動
機能3 項目のうち2 項目以上で低下の症例は8
名みられ,うち5 名でZ スコアも増加がみられ
た.しかしながらZ スコアが増加し海馬傍回の
萎縮進行が疑われる7 名においては,運動機能
のいずれかの項目でスコア向上は6 名みられ,
うち5 名で神経心理検査のいずれかでスコア向
上が確認された.そして13 名全員がBPSD など
の出現なく今までと変わりない生活が送れ,新た
な役割ができたことで自主性が出てきたなど活動
性の向上した患者も多くみられた.
【考察】運動機能や活動性向上を目的とした運動
指導が,1 年後フォロー時にどのような効果があ
るのか検討した.運動機能が向上している症例は,
神経心理検査か画像評価のいずれかがスコア向上
しており,運動を行う事がある一定の効果を示せ
たと考える.また年齢や神経心理検査スコアを問
わず,運動することによって運動機能の向上は図
れているので,日常生活指導を継続して行い運動
器の質を保つ事で健康寿命の向上が図れるのでは
ないかと考えられる.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.
- U-14
- 著しい強迫行為に対してECTが奏効した前頭側頭葉変性症の1例
- 橋本 学 ( 国立病院機構肥前精神医療センター )
- 【はじめに】前頭側頭葉変性症(FTLD)のBPSD
に関しては,薬物療法,非薬物療法とも検討が進
んでいるとはいえず,臨床現場で対応に苦慮する
ことも多い.我々は,著しい強迫行為が出現した
ため自宅での生活が困難になったFTLD の症例
を経験した.この症例に対してECT を施行した
ところ,問題となっていた強迫行為が完全に消失
したので報告する.
【倫理的配慮】個人が特定できないよう症例理解
が損なわれない範囲で改変を加えた.
【症例】X−2 年6 月,胃癌のため胃全摘術を受け
た後,「便が出ていないから,口から物を入れた
ら死んでしまう」と言って拒食するようになった.
X−2 年9 月当院に入院した.入院後,精神症状
は悪化し,無動・無言・姿勢保持・拒絶・抵抗な
どの緊張病症状が出現した.頭部MRI では,前
頭葉,側頭葉(右側に特に顕著)に萎縮を認め,
SPECT では右側頭葉,前頭葉主体の血流低下パ
ターンを示した.FTLD に伴うBPSD と考えX
−2 年11 月から全麻下でのECT を10 回施行し
症状改善したため自宅に退院した.X−1 年9 月
頃から,「倒れるまで歩き続けなければいけない」
と言って自宅から出てあてもなく歩き続けるよう
になった.自分の行動を止めようとする者に対し
ては易怒的な態度をとり指示に従おうとしなかっ
た.歩き続けることによる身体的消耗が懸念され
る状態であった.X−1 年10 月当院に入院とな
った.入院後も「端から端まで歩かないといけな
い」と言って,物にぶつかるのも気にせず強迫的
に歩き続けた.拒食も合併した.強迫行為に対す
る治療としてECT を行った.途中,肺炎の治療
のためにECT を中断したが,計16 回施行した
時点で強迫行為は消失し,自宅への退院が可能と
なった.経過中,認知機能をはじめ問題となる有
害事象はとくに出現しなかった.その後,維持療
法として継続ECT を数か月にわたって行い,症
状の再燃をみなかった.
【考察】FTLD のBPSD である常同行為や食行動
異常にはSSRI が用いられることが多いが,概し
てFTLD は背景病理が多彩であるため薬物療法
に対する検討は進んでいない.ましてやECT の
効果に関しては報告も乏しい.一方,強迫性障害
(OCD)に対してはECT が有効である症例が報
告されており,ある種のOCD に関してはECT
も治療選択肢に入りうるのではないかと思われる.
今回我々は行動障害の激しさや過去にECT に反
応した病歴があることから,強迫行為の治療法と
してECT を選択した.その結果,問題となって
いた強迫行為が完全に消失するほどの効果を得た.
FTLD に伴う強迫行為の神経基盤については不
詳の点が多いが,OCD と共通する神経基盤を有
している可能性もあり,その治療法としてECT
も検討する意義があるものと思われた.
本研究は公益社団法人日本老年精神医学会の利
益相反委員会の承認を受けた.