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6月21日(木)9:00〜10:00 大ホール(第1会場)
大会長講演
「幻の同居人」に関する考察
座 長: 新井 平伊(順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学)
演 者: 深津  亮(埼玉医科大学総合医療センターメンタルクリニック)
1.はじめに
超高齢社会を迎えた我が国の社会構造は劇的な変化がもたらされている.高齢者は社会的に孤立を余儀なくされており,このような孤独な環境は 種々の喪失体験を増悪させ,特有の妄想反応や誤認症候群を生じる母胎となることがある.「幻の同居人」もその様な症状の一つであり,「自分の家の中にだれか知らない人たちが住み込んでいて, さまざまなかたちで自分を苦しめる」という妄想と定義されている.
「幻の同居人」はRowwan EL が1984 年に「自分の家の中にだれか知らない人が住み込んでいて,さまざまなかたちで自分を苦しめる」と訴える3 女性例を報告したことをもって嚆矢とされている.「幻の同居人」は「天井裏や,床下に住んでいる」,「留守にすると部屋に入ってきて,いろいろなものに触っていく」などと訴えられる.さらに自分 の行動がその同居人に監視されていると確信していることがある.
Rowan の報告例では,知的機能の低下や感情障害が明らかではなく,思考,感情,精神運動の障害や退行などの脳器質性障害を示す徴候も認め られないことから遅発性パラフレニー(late paraphrenia)にみられる被害妄想とされた.
2.「幻の同居人」はどのような精神症状か?
「だれかが自分の家に侵入して,物を盗んでいく,部屋を汚す,嫌がらせをする」などの住居(家) に関する被害妄想は遅発性パラフレニー,遅発性統合失調症(late schizophrenia),接触欠損性妄想症(Kontaktmangelparanoid,Janzarik)などにも認められる.高齢者では少なからず見出される.
我が国においても,同様の症例は,木戸,松下,浅野,Kasahara H らによって報告されている. 精神症状はいかなるものであるか,幻覚か,実在性意識か,あるいは想像上の友達(imaginary companion)などとの鑑別が必要と思われるが,必ずしも明確でなくまた相互に移行することも観察される.
3.「幻の侵入者」か「幻の血縁者」か?
確かに「幻の同居人」は,本邦の高齢者にも稀ならず見出される.Terada S らは前述の「幻の同居人」の特徴を分析して,phantom intruder「幻 の侵入者」と記載した.我が国では,このほかに父,母,祖父,祖母,子供などの血縁者が現れることがある.外部から侵入するのではなく被害的でも敵対的でもないことが多い.むしろ親密で友 好的協調的な懐かしい血縁者であり,特に小さな子供の場合も少なくない.これらは「幻の血縁者」と呼ぶことができるかも知れない.この様なタイ プの同居人が比較的よく見出されることが我が国の特徴のように思われる.また妄想性誤認症候群,鏡像現象やTV 現象を伴うことも稀ではない.
4.「幻の同居人」の発現機構
このような精神症状は加齢によるさまざまな変化や社会文化的背景をもとに出現していると考えられている.精神機能の解体過程,退行などによ ってゲマインシャフト的世界(フェルディナンド・テンニエス),しかも日本的な農村共同体への回帰とみることができよう.「幻の血縁者」に子供が現れることは,遠野物語にあるザシキワラシ 伝説とも相通ずることを示唆していると思われる.

6月21日(木)13:00〜14:00 大ホール(第1会場)
特別講演I
Genetic risk factors and a mitochondrial hypothesis for late-onset Alzheimer's Disease
座 長: 新井 平伊(順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学)
演 者: Allen D. Roses(Zinfandel Pharmaceuticals Inc.,Duke University School of Medicine)
Using phylogenetic mapping techniques, we examined variable length polyT length repeat clustering at the rs10526523 locus [523] and the genotype of APOE polymorphisms connected within this region of linkage disequilibrium [LD] on chromosome 19. Haplotypes of the cis-connected polymorphisms differentiated multiple age of onset curves for Caucasian individuals in the population between 62 and 83 years of age. This LD region studied contained three known expressed genes : TOMM40, APOE and APOC1, but the rationale for phylogenetic mapping of this region was to determine if the highly replicated association of APOE genotypes with age of onset of AD were solely attributable to APOE or whether another cis-acting locus could better define the AD association and be informative in more individuals at risk for AD. More than a dozen genome-wide association studies [GWAS ] using platforms that contained single nucleotide polymorphisms [SNPs] from TOMM40 and APOC1 had clearly found that TOMM40 SNPs were highly significantly associated with AD as well, but virtually all the conclusions were interpreted as a confirmation of the APOE association leading to a search for an additional risk region elsewhere in the human genome.
It was now possible to explain why APOE4 had been consistently found to be associated with AD and how the APOE3-connected 523 sequences were variable, leading to heterogeneity in age of onset for APOE 3/4 and APOE 3/3 individuals. The association of AD with the variants at the 523 locus provided the opportunity to resolve age of onset curves much more accurately for APOE3 and APOE2 carriers than simply mapping to the APOE genotypes. For example, the original data published in 1993 and confirmed over the years demonstrated that the so-called APOE 3/4 genotypes resulted in a mean age of onset of 75 years. Now, with 523 polyT repeat data, two distinct APOE3/4 age of onset curves for the two 523 species found cis-to APOE could be resolved. The long-very long (L-VL) data, representing an E4 L allele is paired to either an E3 short (S) or VL polyT repeat at the 523 locus, demonstrated two distinct age of onset curves with a 7-8 year difference in the mean age of onset [70 years versus 78 years]. Similarly APOE3/3 and APOE2/3 genotypes were resolved into three different curves using the 523 genotypes : S-S, S-VL, or VL-VL. Tested for APOE2 allows distinct risk curves to be identified amongst APOE3/3 and APOE2/3 subjects. Onset risk for cognitive symptoms for the next 5-7 years could be stratified, and led to design of a prospective biomarker qualification study with a simultaneous primary prevention clinical trial. An algorithm of TOMM40-523 genotype, APOE genotype, and age with define cognitively normal subjects estimated to have a high or low risk for onset of cognitive symptoms for their particular age at normal neuropsychological testing, TheirTOMM40-523 genotypes, and whether they carried an APOE2 allele to differentiate risk for APOE4-negative subjects who possess APOE3/3, APOE2/3, or APOE2/2 genotypes.
A series of experiments dating from 1998 contributes to a decreased mitochondrial dynamics that, in the neuronal cells, magnifies the deficit because each neuron receives its mitochondrial content at conception. Neurons cannot die and be replaced as other tissues. This mechanism also may account for the pathogenesis of other, much less common, maternally transmitted mitochondrial diseases.

6月22日(金)13:00〜14:00 大ホール(第1会場)
特別講演II
「日本人の死生観;大震災の惨禍を越えるもの」
座 長: 松下 正明(東京都健康長寿医療センター)
演 者: 山折 哲雄(宗教学者)
我が国は世界で最も長寿国となった.人生八十年の時代を迎えたのである.「人生五○年時代の人生モデルは何かといえば,生と死の比重を同等 にとらえる「死生観」という言葉にみられると思います.生きることはすなわち死ぬことである,生きることで死をどう引き受けるかというモラルです.生死を同等の価値のあるものとすることが 三○○年あまりも続いていた.ですから,死についての意味を江戸時代の人は徹底して考えていたのです….
一転,人生八○年の時代になると,かつては背中に張り付いていたはずの生と死の間に老いと病いの時期が三○年という長さをもってあらたに入ってきました.しかもこれが,働かないですむ三 ○年です.すると死の比重がどんどん軽くなる.」 として,人生八○年をベースにした生老病死観を真剣に考えるべきときにきているのではないだろうか,と山折哲雄先生は問題を提起している(『仏教とは何か』).実に二○年前のことである.その後,高齢化と少子化の波はますます顕在化 して究極の超少子超高齢社会へと進んでいる.この人口動態を反映して総人口は減少に転じている. この傾向は当分続くと想定されているが,換言すれば,大量死ないしは多死社会を迎えていることである.死を意識し,生を洞察する視点が豊かな生(死生学への洞察)をえるために必要であるが, そのモデルも手元に用意されていないのが実情である.
周知の通り,3 月11 日東北地方太平洋沖に発生した東日本大震災である.この地震は1000 年に1 度程度の極めて稀にしか発生しないとされている.この地震により巨大な津波が発生し,東 北地方と関東地方の太平洋沿岸部に破局的な被害がもたらされることとなった.警察庁の最近の発表では,人的被災は合計25,164 名,建築物の全 壊・半壊は合わせて37 万戸以上,ピーク時の避難者は40 万人以上とされる.巨大津波は正しく地獄絵図のような夥しい瓦礫の山を残した. 更に地震と津波によって被災した東京電力福島第一原子力発電所では,全電源を喪失して原子炉を冷却できない事態となった.そのためメルトダ ウン(炉心溶融)からメルトスルーに至り,原子炉建屋の水素爆発により大量の放射性物質の大気への放出をともなう重大な原子力事故(福島第一原子力発電所事故)に発展した.原発事故につい ては,現在なお終息の目途が立っていない. これらの大震災の惨禍を乗越えるためには被災者のみならず我が国・わが国民には鎮魂が必要であり,悲しみをかかえたまま,立ち直る手掛かりがいるように思われる.
さて,山折哲雄先生は,民俗学,宗教学,文学,哲学を中心に幅広い領域で活躍されている,その領域の第一人者である.また,山折先生には,1931年,浄土真宗本願寺派の開教師であった父親の任地サンフランシスコで生まれ,実家のある岩手県 花巻市で育つ.東北大学文学部を卒業,同大学文学部助教授,国立歴史民俗博物館教授,国際日本文化研究センター教授,同所長などを歴任.我が国のオピニオンリーダーの一人である.主要な著書に「近代日本人の宗教意識」,「死の民俗学」,「仏 教民俗学」,「日本人の霊魂観」,「悲しみの精神史」,「山折哲雄セレクション生きる作法I,II,III」,近著である「反欲望の時代へ」,「絆いま生きるあなたへ」など多数.
山折先生の視座は,日本民族に連綿と流れる固有のこころ,あるいは自然観,美意識,価値観に通暁しているにとどまらない.西行,親鸞,良寛, 同郷人・宮澤賢治など大先達のそれぞれの死=往生を吟味しながら死を迎える作法―よき死を全うするため―について新たなる認識,智恵とその術について平易な言葉で語り伝えている.ここに上 記のテーマについてご講演をお願いする次第である.(代深津亮,第27 回日本老年精神医学会大会長)

6月22日(金)14:00〜15:00 大ホール(第1会場)
特別講演III
日本人の死生観と終末期医療
座 長: 朝田  隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
演 者: Alfons Deeken(上智大学名誉教授)
人間は,この世に生をうけた瞬間から,死に向かって歩み続けている存在である.死が必ず訪れる絶対的・普遍的な現実である以上,誰でもいつかは身近な人の死と自分自身の死に直面せざるを得ない.死をタブー視せず,自覚を持って自己と他者の死に備える心構えを習得することは,人間として最も基本的なことだと言えよう.以下3 つの観点から,よりよいケアを目指す上での課題を述べ,再考を促したいと考える.
1.生と死を考える
人間の死とは,ただ受動的に終わりを待つこと ではなく,積極的に達成すべき究極の課題である.死には(1)心理的,(2)社会的,(3)文化的,(4)肉体的 な4つの側面があり,これらに総体的な対応が求められる.特に高齢者のクオリティ−・オブ・ライフ(生命や生活の質)の改善を図るための全人的アプローチとして,音楽療法・芸術療法・読 書療法などの効用は計りしれないほど大きい.
また,悲嘆教育と悲嘆ケア(グリーフ・ケア) は,急速に高齢化している日本の社会にとっては欠くことのできない課題の一つである.愛する人の死を体験したとき,遺される人々は悲嘆のプロセスと呼ばれる一連の情緒的反応を経験する.大 部分の人は1 年か2 年をかけてこれらのプロセスを経て,次第に死別の悲しみから立ち直るが,なかには5 年,10 年経ても悲嘆から立ち直れない,複雑な悲嘆のプロセスもある.悲嘆のプロセ スへの理解とともにグリーフ・ケアの必要性が今後ますます求められるであろう.
2.発想の転換
終末期においては,治療を目指して何かを「する」手段はなくなっても,最後まで患者のそばに「いる」ケアが重視される.ドイツ語のSterbebegleitung( 末期患者と共に歩む)の態度,医療従事者の発想の転換が求められる.そこで大切なのは,科学者としての技術的な力量よりも,同じ死すべき人間同士としての温かい連帯感であろう. また,ケアの担当者は,高齢者の抱く希望の変化に対応して,日本的な「和」の文化の再考を促したい.そして,生と死,出会いと別れ,苦しみの意義など,人生には「問題」として解決しえな い「神秘」の次元が厳として存在することを認識していただきたい.人為を超える大いなる存在にたいするとき,我々に必要なのは,開かれたこころと率直な畏敬の念であろう.
3.こころの絆を結ぶユーモア
最後に人生とユーモアについて考察したい.ドイツの有名な諺にも≪ユーモアとは,「にもかかわらず」笑うことである≫という.自分がどんな に苦しい最中であっても,相手には笑顔を向ける思いやりのあるこころの態度が,真に成熟したユーモアの表現である.人間でいるかぎり,いくら努力しても必ず失敗はある.自分の失敗や間違い を素直に認めて,笑い飛ばす自己風刺のユーモア感覚を身につけることこそ,温かな人間関係を築き,豊かな未来を開く一歩であろう.

6月22日(金)11:00〜11:40 大ホール(第1会場)
特別企画
若井 晋・克子夫妻のアルツハイマー病に対するパラダイム
;若年性アルツハイマー病を患う高名な脳神経外科医とその妻の人生の軌跡
演 者: 若井晋(元・東京大学大学院医学系研究科国際地域保健学部教授),若井克子
インタビュアー: 大村裕紀子(埼玉医科大学大学院医学博士課程精神神経学専攻,埼玉医科大学総合医療センターメンタルクリニック)
司 会: 深津  亮(埼玉医科大学総合医療センターメンタルクリニック)
「老いゆけよ,我と共に! 最善はこれからだ. 人生の最後,そのために最初も造られたのだ.我らの時は聖手の中にあり.神言い給う.全てを私が計画した.青年はただその半ばを示すのみ.神に委ねよ.全てを見よ.しかして恐れるな!」と. (ロバート・ブラウニング作「ラビ・ベン・エズラ」より)
上の「ラビ・ベン・エズラ」からの引用は,2008年,若井先生が初めて病を公表した『医学と福音』紙に寄せた文章である.発症から7 年,確定診 断から2年経っていた.これまでの生き方を振り返り,今を生き,これからも生き抜く覚悟を示す文章を通して,私たちに伝えようとしたものは何だったのか.
若井晋先生は群馬県前橋市に生まれ,中学時代はバスケット部のキャプテンを務めるなど文武両 道に優れた少年だった.東京大学医学部を卒業後,脳神経外科医として研鑽を積まれ,30−40 代には独協医科大学脳神経外科学講座で医学教育を行う傍ら米国国立衛生研究所への留学を果たし,帰国後,同講座教授を務め,52 歳で東京大学大学院医学系研究科国際地域保健学教授に就任され, 2006 年に退官された.聖路加国際病院理事長日野原重明先生らも参加されている日本キリスト医科連盟JCMA の活動を学生時代から熱心に行ってきた方でもある.そして,書字障害を自覚し精 査を受けて2006 年若年性アルツハイマー病の診断を受けた.以降,病気を受け入れるまでの苦悩や告白に至るまで迷い抜きながら克子夫人との二人三脚で歩まれた日々,「認知症ではあるが,私 は私」というあるがままの姿を公表し,苦悩しながらも生きる素晴らしさについて今日まで全国各地で御講演されている.
もし,自分や自分の愛する人がアルツハイマー病であると分かった時,どのように感じ,苦しみ,そして受け入れ再生するのか.そもそも再生できるのか.これらについて,不安を覚える者は少なくないだろう.なぜなら,この病は認知症であり, 「私が私である」ことをも忘れてしまうならば,生きる意味がないように感じるからだ.ここで初めて私たちは生きる意味を考えることを通じて,アルツハイマー病に対する若井晋・克子夫妻のパ ラダイムを理解する手掛かりを得る.アルツハイマー病になり,様々なことを忘れ,自分自身のことも分からなくなることは,果たして生きる意味がないことにつながるのだろうか.若井先生は上 の引用をした文章の最後を次のように締めくくられている.
「…アルツハイマー病と診断されて,これまでのように何でもできると思っていたことができなくなり,自分のありようが白日の下にさらされた.そして,これまでの自分の信仰が根源的に問われることになった」
先生自身はキリスト教者であるため,信仰と表現されているが,私たちはここを自分の生き方や生きる意味と置き換えることが可能かもしれない.この特別講演では,若井先生御夫妻の生き方を辿ることにより,アルツハイマ−病に対する私たちのパラダイムを再考し,聴講される1 人1 人が 新たなパラダイムを創出するヒントを得られるであろう.
*パラダイム:ある時代や分野において,支配的規範となる「物の見方や捉え方」のこと.
(代 大村裕紀子)
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6月21日(木)9:00〜11:30 小ホール(第2会場)
シンポジウム1
老年期に注意すべき徴候;最近の進歩
座 長: 山内 俊雄(埼玉医科大学),一宮 洋介(順天堂東京江東高齢者医療センター)
     
S-1-1 老年期に見られる精神症状
演 者: 一宮 洋介(順天堂東京江東高齢者医療センターメンタルクリニック)
2005 年に我が国は,総人口に占める老年人口 の割合が20% になり,超超老人国となった.その後も少子高齢化が進んでおり,高齢者に係る 様々な問題への対応が求められている.このような状況の中で取り上げられるのが認知症であり, 認知症との関連や鑑別が問題となるのが高齢者のせん妄やうつ病である.今回はこれらの老年期に 見られる精神症状について述べる.
現在,本邦の認知症患者数は250 万人と推計されている.認知症の症状は中核症状と周辺症状に大別される.前者は,記憶障害や失見当識などの認知機能障害である.実行機能に障害を生じ,日常生活や社会生活に支障をきたすようになる. アルツハイマー病についてはドネペジルのほかにガランタミン,リバスチグミン,メマンチンの処方が可能となり治療の選択肢が増えたところである.後者は,認知症に伴う精神症状や行動異常で, 幻覚,妄想,抑うつ,不安,不眠,アパシー,徘徊,暴力行為など様々である.これらはBehavioraland Psychological Symptoms of Dementia(BPSD)とも呼ばれている.BPSD は患者本人だけでなく,介護をしている家族にも大きな負担を与えるもので,ケア,環境調整,介護者のサポ ート,薬物療法など統合的な対応が求められる.
せん妄は意識の障害であり,軽度の意識混濁に,幻覚や妄想などの精神症状を伴うものである.臨床上,認知症との鑑別が問題となる.症候学的に は認知症と意識障害は別のものであるが,せん妄のリスクファクターの一つが認知症であり,認知症患者にせん妄を生ずることも少なくない.せん妄は活動過剰型せん妄と活動減少型せん妄に大別 される.さらに様々な治療薬物により誘発されるせん妄も忘れてはならない.特にベンゾジアゼピンによる離脱せん妄には注意が必要である.
高齢者のうつ病では認知症との鑑別がしばしば問題となる.一見認知症のように見えるうつ病性仮性認知症には注意が必要である.また一方でう つ病性仮性認知症を呈したうつ病は認知症へ移行するリスクが高いとの報告もある.特に血管性うつ病は認知症へ移行する場合があるので慎重な経過観察が肝要である.さらにはレビー小体型認知 症では認知症に前駆するうつ状態を認めることがあることを忘れてはならない.
認知症(Dementia),せん妄(Delirium),うつ病(Depression),薬物(Drugs)の4 つのD は,高齢者の精神症状を取り扱う場合の重要なキーポ イントである.また,今回は認知症を中心に述べたので触れなかったが,妄想性障害(Delusion)のD を加えると更に実践的になると思われる.
 
S-1-2 老年期の睡眠とその障害
演 者: 千葉 茂(旭川医科大学医学部精神医学講座)
エイジングとともに,人間の脳や精神活動は生物学的・心理社会的に変化していく.睡眠もまた,エイジングの影響を受けて変化する.老年期の睡 眠の変化は,生理的エイジングによる変化(夜間睡眠や睡眠覚醒リズムの変化),および,病的な 変化[睡眠障害国際分類第2 版(ICSD-2,2005)における睡眠障害]に大別される.
1.生理的エイジングによる変化
睡眠の生理学的変化として,以下のような特徴が挙げられる.すなわち,1)夜間睡眠時間の減 少,2)深いノンレム睡眠の減少,3)ノンレム睡眠での副交感神経優位が不明瞭化,4)生体リズムの振幅の低下,5)睡眠相の前進(就床時刻と起床時刻が早くなる),6)多相性睡眠(新生 児のような睡眠の分断と浅眠化),7)ライフスタイルの変化(臥床時間の増加や,身体・社会活動の低下,光への暴露低下),などである.このような変化の背景には,(1)生物時計(視交叉上核) の発振機能や同調機能の低下,(2)感覚器の機能低下,(3)深部体温などの概日リズムの前進,(4)概日リズムの振幅の低下,(5)夜間のメラトニン分泌の低下(ただし,高照度光で改善)などが推定される.
2.病的な変化(ICSD-2における睡眠障害)
老年期では,成年期と比較して,以下のような要因が重要である.
1 )身体的要因:循環器系疾患・糖尿病といった生活習慣病や,その他の身体疾患などによる不眠が多い.また,睡眠呼吸障害や周期性四肢運動障害・むずむず脚症候群,せん妄に関連する睡眠障害に注意する.
2 )精神医学的要因:初老期以降に発症するうつ病(入眠障害,中途覚醒,熟眠障害,および早朝覚醒)やアルツハイマー病(生物時計機構の器質 性病変を基盤としての睡眠覚醒リズム障害など),レビー小体型認知症(とくにREM 睡眠行動障害)などによるものが重要である.
3 )薬理学的要因:身体・精神疾患に対する治療薬が,睡眠障害を惹起する.
4 )心理学的要因:心理学的ストレス状況に置かれ易いだけでなく,こうした状況に対処する能力が低下しているため,容易に不眠に陥る.
5 )生理学的要因:エイジングによる病的変化として,中途覚醒や早朝覚醒の増加,熟眠感の減少,睡眠相の前進などが現れる.
3.治療・対策
睡眠衛生指導を基本とし,必要に応じて薬物療法を行う.薬物療法では,老年期における薬物動態の変化や,薬物に対する反応性の変化,薬物相互作用などを念頭に置き,少量から慎重に開始するべきである.
 
S-1-3 レム睡眠行動障害
演 者: 井上 雄一(東京医科大学睡眠学講座,医療法人社団絹和会睡眠総合ケアクリニック代々木)
高齢期においては,無呼吸や周期性四肢運動などの睡眠妨害性の身体現象も少なくないが,無意 識下で生じる異常行動も他の年代より頻度が高くなる.その中で代表的な存在として,レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder ; RBD) が挙げられる.RBD は,夜間レム睡眠期に,本来抑制されているはずの抗重力筋活動が活発化するために,夢体験に乗じて行動化が生じるもので, レム睡眠の好発する夜間後半に症状エピソードが生じやすく,無意識下での衝動的行動により患者自身ないしベッドパートナーが受傷するケースが 多いことが問題視される.本疾患は,一般人口の0.38%,高齢人口の0.5% に発現し,特にその有病率が男性優位であることが明らかになっている.
RBD の診断に際しては,前述した筋放電抑制を欠くレム睡眠(REM without atonia ; RWA) の存在を睡眠ポリグラフィ(PSG)を用いて調べ,さらに問診により症状が夢体験と一致して生じていることを確認することが必須である.RWAは,橋被蓋部の障害により発現することがわかっ ており,これに加えて夢体験の情動的特性に関与する大脳辺縁系機能の異常が重積することによりRBD 症状が発現すると考えられている.RBD には,特発性のケースと,二次性のケース(ナルコレプシーや,脳幹部血管障害,α-synucleinopathy に属するパーキンソン病,レビー小体型認知症,多系統委縮症など)が存在するが,特発性RBDと考えられたケースが高頻度(少なくとも30%以上)にα-synucleinopathy へ移行することが, 近年問題視されている.このため,特発性RBDにおいて,パーキンソン病ないしレビー小体型認知症と共通した生理学的所見が存在するかどうかという点,およびどのような症例がα- synucleinopathy に発展しうるかという点に注目が集まっている.このような研究トレンドの中で, 現時点では,嗅覚障害,心臓血管自律神経機能異常,前頭葉機能を反映する神経心理検査指標の異常,脳波の徐波化傾向,脳画像における脳幹部ならびに後頭部での代謝・形態異常の存在が,特発 性RBD に高頻度に認められることがわかっている.また,特にRWA 量の多い症例がα-synucleinopathy への移行が多いことも報告されている.一方,α-synucleinopathy 特にパーキ ンソン病の運動症状発現後に生じる二次性RBDについても,夜間幻覚症状との結びつきが強いこと,後年における認知症状のリスク要因になりうることが確認されている.
RBD の治療においては,clonazepam(CNZP)が第一選択とされており,そのRBD 症状抑制に 関する有効率は80% 程度に達すると考えられている.しかし,本治療がα-synucleinopathy の進行を抑制しうるか否かという点についてのエビデンスは乏しく,このような観点から,CNZP 無効例に対しては,メラトニン,ドパミンアゴニスト,神経保護薬の使用を積極的に推進しようとの意見もあるが,未だ統一した見解を得るには至っていない.
 
S-1-4 老年期にみられるせん妄
演 者: 岸  泰宏(日本医科大学武蔵小杉病院精神科)
せん妄は急性に発症(通常数時間から数日)し,意識,注意,知覚の障害が出現し,日内変動を示す症候群である.せん妄発症には,直接原因,背 景因子,誘発因子が絡み合っている.直接原因として“medical”な要因が必ず存在している.せん妄が生じた場合には,“medical emergency”と考え,直接原因の検索が不可欠である.背景因子 としては,高齢や慢性の脳疾患(認知症など)があり,老年期においては直接原因がさほど重症でなくともせん妄が発症することが多い.
せん妄が発症すると,死亡率,施設入所率が高くなることが多くの研究からわかっている.せん 妄は基礎身体疾患により生じる一過性の精神・行動的障害だけではなく,一旦発症すると,せん妄改善後も臨床的予後は不良となる.さらには,今まではせん妄は一過性の精神症状と考えられてい たが,認知症発症の独立危険因子であることも示されている.
せん妄と認知症の鑑別は臨床場面で非常に困難である.せん妄と認知症が併存した場合には,せん妄の診断はさらに困難となる.せん妄と認知症の併存は,22−89% と高率であり,入院症例では50% 以上とされている.しかし,症状が認知症とせん妄はオーバーラップしているものが多く,せん妄の発見が困難となることが多い.せん妄の診断の遅れは死亡率上昇と関連しており,臨床上鑑別診断が大切だが,せん妄,せん妄+認知症,認知症の鑑別研究はあまり行われていない.Wechsler Memory Scale-Revised(WMS-R)における視覚性記憶範囲テストで,より高度なタスクが要求される“逆順序”では,3 群ともに低下しているが,“同順序”では認知症症例では比較的能力は保持されており,せん妄症例では能力低下が著しく鑑別に有用なことが指摘されている.よく使用されているクロック・ドローイングテストでは,せん妄と認知症の鑑別は不能であることから,せん妄と認知症の鑑別には視空間機能検査ではなく,視覚的注意機能検査が有用と考えられている.この分野での研究は少なく,今後の研究が期待される.
実際の臨床場面では系統的介入が行われている ことは少ない.その1 つの要因として,せん妄の見逃しが大きい.老齢せん妄症例の70% は誤 診あるいは見逃されている.せん妄診断のためのスクリーニング・ツールが開発されているが,実 地臨床に導入されていないことが多い.また,せん妄を早期発見しても,エビデンスをもった治療 介入効果は示されていない.老齢せん妄の早期発見・早期介入の有効性を疑問視した研究も散見されている.
現在,高齢患者に対する非薬物療法によるせん妄予防の有効性が示されている.現況ではせん妄 への(薬物)介入効果のエビデンスが不足している点を考慮すると,今まで提唱されている(効果 のあがっていない)“早期発見・早期介入”から,体系的な“せん妄予防”に力点をおく必要があるであろう.
 
S-1-5 高齢者に見られる発作性症状について
演 者: 山内 俊雄(埼玉医科大学)
高齢者に見られる神経疾患の中で,「発作」は,脳血管障害,認知症についで多い疾患とされている.ところで,「突然,病的な状態が起こり,比較的短時間のうちにまた元の状態に戻る」という発作の定義に基づけば,高齢者で見られる発作症状は,てんかん発作のほかにも,一過性脳虚血発作や低血圧性発作などの心臓血管系の発作,低血糖発作のような代謝性や電解質異常に関連するもの,脳腫瘍や頭部外傷に伴う脳器質性障害に関連して起こる発作など,さまざまなものの可能性がある.ここでは,それらの発作性徴候の中で,特にてんかん発作について考えてみたい.
これまで,てんかんは小児や若年層の疾患とされてきたが,最近は高齢者のてんかんが増加しており,高齢者医療の中で,てんかんは重要な位置を占めつつある.それにもかかわらず,高齢者で見られるてんかん発作は,初期診断の誤りの多いことが指摘されており,一般医によって,精神疾患と診断されたり,意識障害,ブラックアウト,記憶障害,失神,認知症などと診断されることが多いとの報告がある.
このようにてんかん発作が初期診断において誤診される理由のひとつは,強直間代発作のような全身性の発作に比して,単純部分発作や複雑部分発作のような部分発作が多いことがあげられる.そのために,出現する症状が“妙な言動”“記憶を失う”“ぼけたようになる”と受け取られ,さまざまな疾患と診断されるのである.
また,てんかん発作の多くは意識の障害を伴うために,本人は症状を述べることができないことが多く,家族など,周囲の者の観察も不十分なことも少なくないために,的確な情報が得られないことも診断を誤る理由のひとつになっている.さらにまた,脳の器質性疾患がある場合を除き,MRI などの画像診断によっててんかんかどうかの診断はできないことも知るべきである.その他に,診察医がてんかんに関する知識が不足していたり,脳波の判読が不得手であることなども初期診断が適切に行われないひとつの理由となっている.
いずれにせよ,てんかんは,初期診断を誤ると治療効果が上がらないばかりでなく,いたずらに不必要な薬を長期にわたって服用することにもなり,そのための弊害も少なくない.
てんかん発作を適切に診断するためにはまず,高齢者でてんかん性発作の出現頻度が高いことを念頭に置き,常にてんかん発作の可能性を疑うことである.ついで,その症状が,“繰り返し反復して,同じような症状”として出現するかどうかを確認し,てんかん発作の可能性が高いと判断したら,丁寧な問診により,発作型を決定することが肝要である.
また,診断にあたっては,発作を引き起こすような身体疾患や脳疾患がないかどうかの検索を行い,脳波検査によっててんかん性異常波の有無を確かめた上で,てんかんと診断したら,発作型にふさわしい抗てんかん薬を選択し,まずは少量から漸増法によって適量の抗てんかん薬を投与する.
自験例を提示しながら,大要,以上の点について述べたい.

6月21日(木)13:00〜15:00 小ホール(第2会場)
シンポジウム2
認知症の神経心理学的アプローチ
座 長: 河村  満(昭和大学医学部内科学講座神経内科学部門)
S-2-1 認知症における失語の診方
演 者: 大槻 美佳(北海道大学大学院保健科学研究院)
認知症性疾患では様々な言語症状および関連症状が出現する.今回,様々な疾患における言語症状に対応できる基本的な診かたをまとめ,原発性進行性失語(PPA)と,その他の認知症性疾患における言語症状の特徴を述べる.最後にそれらを踏まえた具体的なアプローチの仕方を提示する.
1.言語症状を診る基本
言語症状を診るには,(1)言語を構成する要素として,「構音系(phonetic)および音韻系(phonemic)と意味系(semantic)が軸になる」という言語自体の特性と,それを「経時的に処理してゆく」という処理方法の特性,(2)「脳機能」の特性(脳の機能局在)を念頭におきながら,その症状を位置付けてゆくことが必要である.(1)に関しては,言語の特性のうち,特に構音系の障害(失構音)と音韻系の障害(音韻性錯語)が,言語に特異的な所見であり,診断に有用である.(2)に関しては,前頭葉,頭頂葉,側頭葉の障害の特徴を見出すことが有用である.
2.原発性進行性失語(PPA)
現在,PPA の臨床型として3 型が分類されている.非流暢/失文法型(non fluent/agrammaticvariant PPT),意味型(semantic variantPPA),ロゴぺニック型(logopenic variant PPA)である.PPA は,全てこの3 型に分類しえるわけではなく,その他のパタンもいくつか存在する.ここでは,比較的まとまった臨床像が提示されているこの3 型を中心に,その他のタイプについても,症例を提示しながら概説する.
3.認知症における言語症状
認知症の症状がある程度以上進行すると,全体が低下するため,言語機能も同様に低下してくる.この場合,認知機能全般の低下に伴う言語症状なのか,失語症等が合併しているのか見極めることが重要である.この鑑別には,言語に非特異的な症状と特異的な症状のコントラストを見出すことが有用である.
4.具体的なアプローチ
上記1〜3 を踏まえ,言語症状をみてゆく上での具体的なアプローチ方法を提示したい.
 
S-2-2 認知症における失行の診方
演 者: 近藤 正樹(京都府立医科大学大学院神経内科学)
認知症の患者は,一般に物忘れあるいは精神症状のために受診する.しかし,物忘れで発症し,その後に現れてくる“出来ない行為”(はしが使えない,服が着られない等),受診時に物忘れに伴ってみられる“出来ない行為”を理解するために失行の評価が必要となる場合がある.
1.失行とは?
研究者により諸説みられるが,Liepmann が提唱した当初の定義に戻ると,「四肢の運動感覚器官をある特定の目的を達成するために用いることが出来ない.」「運動器官に麻痺,緊張異常,失調,不随意運動などの異常がなく,指示理解は保たれているが,指示通りに運動を正しく遂行できない.」つまり,麻痺,緊張異常,失調,不随意運動などの神経学的異常に伴う運動障害や指示理解の障害に起因しない運動障害と考えられる.
2.古典的失行
Liepmann により最初に記載され,その後も広く使われている失行の分類として観念性失行,観念運動性失行と肢節運動性失行がある.これらの失行は古典的失行とされるが,研究者により解釈の異同があり混乱もみられる.このため,診察や生活場面で支障を来たしている内容にあわせた名称も使用されており,はさみや歯ブラシなどの日用物品の使用に問題を来たす症状について,物品使用障害,道具使用障害,使用失行,手指の運動の問題を来たす症状について,拙劣症が使われている.
3.失行の評価
失行の評価としては,定義にあるように運動器官に麻痺,緊張異常,失調,不随意運動などの異常がなく,指示理解は保たれていることを確認する必要がある.このためにまず神経学的診察を行う.次いで失行に特異的な評価を行う.わが国で標準化され一般に利用されている検査バッテリーとしては,標準高次動作性検査:SPTA(日本高次脳機能障害学会編集),WAB 失語症検査の下位項目(行為)があり,このような検査バッテリーを利用して,慣習的動作,物品使用動作について口頭命令,実使用,模倣による動作反応を系統的に記載する.
4.認知症と失行
(1)アルツハイマー型認知症(AD):AD は記憶障害を主体とするが,臨床診断基準(DSM- など)にも明記されているように大脳皮質症状として失語,失行,失認を認める.観念性失行,観念運動性失行の報告があるが,Ochipa ら(1992)は,運動行為にかかわる概念系の障害による失行(概念性失行)として報告している.
(2)大脳皮質基底核変性症(CBD):CBD は一側優位に大脳皮質症状とパーキンソン症状を認める神経変性疾患であり,失行症状を特徴とする.合併する運動障害(寡動,筋強剛,ジストニア)による拙劣さと失行を明確に区別することは難しい.多くの報告で肢節運動失行について述べられているが,観念運動性失行の記載もみられる.
(3)意味性認知症(SD):SD は前頭側頭葉変性症(FTLD)の一亜型であり,言語症状(語義失語)を特徴とするが,物品の意味記憶障害に由来した失行様症状を呈することがある.
(4)着衣失行:自己の身体と衣服の空間的関係の障害により着衣の困難を来たす病態であり,右大脳半球(劣位半球)の頭頂葉を中心とした損傷によるが,AD 等の認知症の経過でもみられる.
 
S-2-3 進行性視覚性失認;Posterior cortical atrophy(PCA)の自験例より
演 者: 杉本あずさ,河村 満(昭和大学医学部内科学講座神経内科学部門)
【背景】視覚性認知の障害は様々な認知症で認められる.アルツハイマー病(Alzheimer disease ;AD)での視空間認知障害による迷子など,レヴィ小体型認知症での幻視や錯視,またクロイツフェルト・ヤコプ病では特にHeidenhain 型で皮質盲や視覚性失認が特徴的である.
その中でもPCA は,進行性視覚性失認の概念とともに発見された,特徴的な認知症である.PCA 症例では初期から視覚症状が目立ち,顕著な記憶障害はなく病識も保たれる.病巣は,視覚を司る脳の後方に萎縮が顕著である.またPCAは臨床診断であり,背景病理の多くはAD であるが,例外もある.
【目的1】PCA の視覚性認知障害の一つに,画像失認がある.PCA における画像失認を示し,視覚性認知からの認知症の診断を検討する.
【目的2】画像失認・物体失認の他に,PCA や他の認知症でみられる進行性視覚性失認として,相貌失認がある.相貌失認を呈するPCA と意味性認知症(Semantic dementia ; SD)との対比から,視覚性認知の特徴による認知症の鑑別を検討する.
【症例】症例1 は63 歳の右利き男性.メガネなどを探せず,物忘れとして受診.画像失認,物体失認,軽度失書,記憶障害を認めた.MRI では左優位の頭頂後頭葉萎縮があり,18Ffluorodeoxyglucose(FDG)PET では側頭後頭葉の下面から外側に高度代謝低下を認めた.11ClabeledPittsburgh Compound-B(PiB)PET では,両側前頭葉・側頭葉・頭頂葉・楔前部に加えて後頭皮質・線条体腹側部に集積を認めた.PCAと診断した.
症例2 は58 歳の右利き男性.顔を見て誰かわからないことを主訴に受診した.相貌失認,画像失認,物体失認,軽度左半側空間無視,左下四分盲を認めた.MRI では右優位の側頭後頭頭頂葉萎縮が明らかだった.FDG-PET では,右優位に両側視覚連合野の高度代謝低下と右大脳半球の広範な代謝低下を認めた.PiB-PET は陰性で,AD病理のないPCA 症例と考えられた.
【考察】画像失認は,実物品の視覚性認知は可能であるのに,写真などの画像では認知できない症候である.初期PCA はAD と比較して有意に画像失認を認めることが示唆されている(Sugimotoet al, Eur Neurol , in press).
相貌失認は顔に特異的な視覚性失認である.相貌失認を呈したPCA の報告は多数あり,その多くが統覚型相貌失認だった.一方で,SD でも相貌失認が認められるが,連合型が多い.また,やがて聴覚など他のモダリティーによっても人物同定が困難になり,意味記憶障害に進展する前段階の相貌失認という性質をもつ.(Sugimoto et al,Neuropsychiatr Dis Treat, in press).
視覚性失認を特徴とするPCA は,認知症診療における非典型例である.また,PCA の臨床診断でも,病理学的背景はAD ではないことがある.
一方で,進行性相貌失認を呈する疾患はPCAやSD など様々である.視覚性認知の障害を示す非典型的認知症の診療においても,症候・病巣・病理に基づいた診断や加療が重要であると考えられる.
 
S-2-4 認知症における妄想
演 者: 船山 道隆(足利赤十字病院精神神経科)
認知症における妄想は,統合失調症や妄想性障害などの精神病に出現する妄想と比べると,質が異なることが多い.統合失調症に出現する妄想は,ヤスパースのいう自我障害,あるいはsense ofagency の障害を背景として,外界や内界の変容感や離人症などを伴って出現する.妄想性障害に出現する妄想は,ひとつの観念から扇状に長時間かけて体系化され,強い情動の関与があり,真剣でゆるぎなく,つけいるすきがない.退行期うつ病に出現する妄想も,罪業念慮などから微小妄想(罪業,心気,貧困)やコタール症候群に発展する.
一方で,認知症における妄想は背景に軽度の意識障害あるいは注意障害,見当識障害,視覚認知障害,記憶障害を認めることが多く,せん妄との移行例もしばしば観察される.一般的に妄想は体系化されることは少なく浮動的であり,幻視や錯視を伴うことや作話との移行例がある.精神病には出現しないものとして,重複記憶錯誤や幻の同居人,記憶障害を背景とする物取られ妄想が挙げられる.
精神病と認知症の両方に出現するものとして,嫉妬妄想およびカプグラ症候群を代表とする人物誤認がある.嫉妬妄想の背景には,精神病と認知症のいずれの場合も,今まで構築した自分の世界が喪失されていくことへの抗議や権利の復権といった心性が含まれている.物取られ妄想にも,この心性は含まれている.一方で,カプグラ症候群の背景は異なる.精神病に伴うカプグラ症候群は背景にヤスパースのいう自我障害を伴い,二重身や自己ソジーが合併することが多い.認知症に伴うカプグラ症候群ではこのような症状を合併しない.このように背景が違うのであるが,症候学的には全く同様のカプグラ症候群が出現することが興味深い.
認知症における妄想の神経基盤は十分に分かっていない.作話は前脳基底部から前頭葉眼窩面や腹内側部に広がる損傷で出現することが多い.重複記憶錯誤の神経基盤は右半球や前頭葉であることが多い.脳器質疾患に伴うカプグラ症候群は前頭葉や側頭葉の損傷で出現することが多い.脳器質疾患の嫉妬妄想は,左半球と右半球とで比較すると,報告例からは右半球損傷で出現することが多い.

6月21日(木)15:00〜17:00 大ホール(第1会場)
シンポジウム3
東日本大震災から1年;新たな地域連携をめざして
座 長: 粟田 主一(東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム),田子 久夫(磐城済世会舞子浜病院)
S-3-1 岩手県沿岸地域に暮らす高齢者の精神保健と地域連携
演 者: 大塚耕太郎(岩手医科大学医学部災害・地域精神医学講座),酒井明夫(岩手医科大学医学部災害・ 地域精神医学講座,岩手医科大学医学部神経精神医学講座),中村 光,赤平美津子(岩手医科大学医学部災害・地域精神医学講座)
東日本大震災により岩手県沿岸地域が被災し,住民の多くが被災によって心理社会的問題を抱えることとなった.被災地域の住民の精神健康度は,健康なレベルに保たれている健康群,健康に留意すべき境界群,重篤度の高い疾患群に大きく区分される.災害が発生した地域住民は外傷体験,喪失体験,二次的生活変化などによる複合的なストレスを経験するため,正常なストレス反応としても精神的健康度が低下することはいうまでもない.時に急性ストレス性障害やPTSD,うつ病など精神障害に至る場合もあり,災害により健康群は減少し,境界群,疾患群が増大している.こころのケアではハイリスク者ケアへのアプローチだけでなく,健康群へのポピュレーションアプローチも必要である.また,境界群に対して専門的ケアにつなぐだけでなく,医療化させない予防的介入も必要であり,ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチを組み合わせる必要がある.
高齢者のハイリスク者アプローチとしては既存の事業としての介護保険事業や精神医療が担う部分でもある.そして,予防的介入としては,岩手県においても敷居の低いこころのケアを視野においた震災こころの相談室を沿岸7 か所に設置しており,加えて被災者への訪問などで高齢者の予防介入としての心理的ケアと並行して,必要なものは医療や介護との連携を行っている.また,住民相互の交流を促すという点では,仮設住宅集落では集会場が設置されており,サロン活動が実践されている.サロン活動では,最終的に地域主体の取組みとして推進できるようにシステムを構築し,包括支援センターや社会福祉協議会などへそのノウハウが提供されることが重要であろう.そして,精神保健として地域のボランティアを養成していくような取り組みも必要と考えられる.
本発表では被災後の対策ということで,これらの視点をわれわれが活動していた岩手県野田村の活動を一例として取り上げて,高齢者の精神保健と地域連携について考えたい.
 
S-3-2 福島県沿岸地域の認知症中核医療機関と地域連携
演 者: 田子 久夫(磐城済世会舞子浜病院)
震災後の福島県では,建造物の損壊は復旧が進み,県民の生活は徐々に落ち着いてきている.反面,原発事故による放射能汚染問題はまだ片づいておらず,今後どのような結末を迎えるのかも分からない.被災住民は目標の定まらないままに置かれており,将来への不安から,他県への移住を決心する人も多い.放射能対策の不透明さが復興の大きな妨げにもなり,かつ県外からの支援とくに人的な応援の遅れにもつながる一大要因となっている.とりわけ,太平洋沿岸地域の浜通り地方は,南北の海岸線中央に事故を起こした原発が位置しており,震源地にも近く,地震ならびに津波の被害も受けている.広範囲に立ち入り禁止区域も設けられ,原発を境にして事実上南北に分断されてしまっている.この状態は,今後,原発処理の目途がつくまで長期間継続するものと予想されている.
以上を前提にして,福島県浜通り地方を北部,中央部,南部の3 地区に分け,各々の状況について認知症を中心に整理してみる.
北部は相馬地区であるが,北は宮城県の津波被災地と接しており,西は伊達市や飯舘村などの放射能高線量地区を通過し50 キロメートルあまりを要して中通り地方に達する.南は原発で東は海があるため移動できず,陸の孤島と化している.4 カ所あった総病床数800 あまりの精神科病院は一時全て閉鎖に追いやられた.現在は1 カ所のみ40 床ほどで再開しているものの不十分なのは明らかである.介護施設も同様であり,従事する若い人々が子供を連れて他の地区へ移住しており,転居や避難を拒む高齢者が数多く残されている.認知症の中核となる病院や施設を欠いた状態のまま高齢化が急速に進行しており,急変時は多くが中通り地方の福島市や伊達市に搬送せざるを得ない.
中央部は大部分が立ち入り禁止区域となっており,認知症関連の施設は全て閉鎖されたままである.全ての施設利用者は,一般住民とともに他の地域や他県に避難している.大部分は中通り地方と,会津地方に分散しているが,一部は埼玉県に町民ごと移住した例もある.この冬を会津の仮設住宅で過ごした高齢者はより温かい浜通り地方に戻ることを希望し,帰宅が許可されない場合はいわき市に移動するケースが目立っている.
南部はいわき地区が中心となる.地震と津波の被害は大きかったが放射線量が比較的低値であったため,原発の南に位置する町村民が数多く避難してきている.認知症患者も多くが仮設住宅や借家で生活しており,住民票は元の町村のままである.介護保険の手続のために,わざわざ遠方の役場移転先まで出かける住民もいる.高齢者の移入が増加するに従い,介護施設が混み合う結果となり,サービスの質の低下が問題となりつつある.
演者が勤務する舞子浜病院は中核医療機関の一つであり,認知症高齢者の相談と入院の増加が目立ってきている.とくに,混み合った施設内での体調悪化やBPSD は従事介護スタッフの疲弊を招きやすいことから,認知症専門医療機関とかかりつけ医との密な連携が重要になってきている.避難区域の解除が進むにつれ,高齢者を中心に戻る人が増加すると思われる.しかし,これらの地域には介護や医療を担える人がおらず,施設も少ないので,最終的には最も近いいわき市に集まることが予想される.今後はいわき市内の施設や専門家の充足が急がれる.
 
S-3-3 宮城県沿岸地域の認知症疾患医療センターと地域連携;地域連携は「コネ」,「カネ」,それとも「アレ?」
演 者: 連記 成史(医療法人移川哲仁会三峰病院)
気仙沼市は宮城県沿岸北部に位置し,北は岩手県陸前高田市と西は岩手県一関市と接する人口約七万の漁業を中心とした風光明媚な町であった.平成二十三年三月十一日,午後二時四十六分,大地震とその後襲来した大津波で我が町は壊滅した.
当地方では,当院を含め二か所の精神科病院と精神科クリニック一か所体制で精神科医療を担っていた.三月十一日,当院以外の施設は津波の被害甚大で機能を停止した.支援体制が整うまで精神科医療は当院が担うこととなった.内科,外科などの医院,病院も多くが被災し機能停止状態となり,痛ましいことに,犠牲となられた先輩医師もいた.当院の施設に関しては,立地が沿岸部からは離れていたこと,海抜90 メートルほどの高台にあったことが幸いして地震による若干のクラックはあったが,津波の被害は皆無であった.入院患者,スタッフに人的な被害がなかったことも奇跡的であったと言わざるを得ない.外来患者,入院患者およびスタッフの家族,親戚,友人知人にはかなりの犠牲者がでており,家屋流失などの物的被害も目を覆うほどの惨状であった.地震発生時,スタッフ,入院患者にはかなりの動揺が見られたが,程なくして緊急車両で搬入される負傷者への対応,ライフラインが壊滅した中で如何にして入院患者の安全と生命を守ればよいのかなど山積する課題を前にして呆然自失としている暇はなかった.このような中で重要な役割を果たしたのは,知識にもまして感覚,「かん」,そして反射的な対応力であったように思う.それを成果として実現せしめたのは,今日のテーマである日頃からの人との付き合い,「コネ」であったと考える.震災後「絆」,「つながろう日本」などの言葉がさまざまな媒体で踊っているが,日頃からのお付き合いの重要性を文字通り身をもって体験したのである.
当院では平成二十三年六月一日から宮城県認知症疾患医療センターを立ち上げた.この構想は平成二十二年に堤案され,二十三年四月一日からスタートする予定となっていたが,震災により延期となっていたものだ.震災後,状況によっては次年度のスタートになるのでは,と考えた時期もあったが,このような時こそ一刻も早くスタートすべき,との多くの人からの励ましがあり,宮城県の担当者にも震災対応に忙殺されながらセンター立ち上げに多大なご尽力を頂いた.まだ震災の傷跡もなまなましい六月にスタートを切ることができたのである.震災など知る由もない平成二十二年に構想が持ち上がり,そのまさに予定されていたこの気仙沼の地が震災を受け,それにもかかわらず施設,スタッフが生かされたこと,そしてさまざまの人の支えがあったことを考えるとき,幾分感傷的にならざるを得ない.この事態があるいは何者かの配慮と考えると,我々に負わされた使命は重大である.被害を被った施設からの報告は多いが被災地の中心地にありながら被害を免れた精神科病院からの報告は少ない.当院はその数少ない施設である.生かされた者として如何にこの未曽有の災害に立ち向かったかを報告する.
 
S-3-4 認知症の人を支える地域づくりを目指して
演 者: 加藤 伸司(東北福祉大学,認知症介護研究・研修仙台センター)
(地域における被害の拡大)
今回の震災の犠牲者には,在宅で生活する高齢者が多く含まれている.被災地は,高齢化率の高い地域が多く,しかも災害が日中に起こったため,若い人たちの多くは,職場や学校におり,自宅には高齢者が多く残されていた.自力で避難できた人はいいが,ADL の低下した高齢者夫婦や独り暮らしの人や認知症の人などは,自力で避難することは困難であっただろう.また停電による情報の遮断は,避難行動を遅らせたひとつの要因でもあり,避難時の同調行動は多くの犠牲者を生んだ.今回の震災では多くの人が津波被害で亡くなっている.避難時に1960 年のチリ地震の時の教訓を生かして避難した人もいれば,その時に安全であった地域では,根拠のない安心感を持っていて被害にあった人たちもいるという.若い人たちは避難しようとしたにもかかわらず,あえて家に残ろうとした高齢者がいたり,あるいは高齢者を避難させようとして助けにいった人が犠牲になったケースもある.一方地元の中学生が施設の利用者を救助したというケースもあるなど,今回の震災では様々なことが起こっている.
(地域の役割と今後の課題)
近年地域づくりの重要性が指摘されているのは,地域の機能が著しく低下したからではないだろうか.公助,共助,自助の視点から考えると,共助の部分の機能低下である.今回の震災では,近所の人が認知症の人を助けたケースもあるが,家族が認知症の人がいるということを近隣の人に隠していたため,近隣の人の手が差しのべられずに犠牲になったケースもあるという.一方住民の1割が認知症サポーターという地域では,避難所で保健師やサポーターが認知症の人の見守りを行っている.これらのことを考えると,地域住民に対する認知症の啓発活動は非常に重要であり,さらに教育の中で取り上げるべき課題でもあるだろう.また介護家族が,認知症という病気を隣近所に隠さなくてもすむような,家族の意識変容に向けた支援も必要である.
災害避難時に地域でできることを考える場合,その地域にどんな人が住んでいるかを把握することが重要であるが,これを阻害しているのは,過度の個人情報保護の考え方である.情報を保護したために,避難時に保護されないというのでは,保護の意味がない.また自力で避難できない人や,誰かの助けがないと生活できない人などを把握する必要もあるだろう.災害直後には,地域の誰かの指示で行動するのではなく,地域住民が自分の判断で行動することが最も重要である.地域には,町内会,老人クラブ,子供会,PTA などさまざまな組織がそれぞればらばらにある.できれば,これらの組織が協働して防災委員会を組織したり,地域資源マップ,防災マップなどを作ることも有効かもしれない.また今回の災害では,施設や事業所が地域住民に助けられただけではなく,地域住民を助けたケースもある.災害時には,一般の避難所で認知症の人や障害を持った人が生活することは非常に難しい.比較的高齢者に優しい環境にあった避難所であっても,時間が経つにつれて認知症の人や障害のある人は疎んじられるようになっていったという報告もある.このような人たちに対しては,できるだけ早く福祉避難所や二次避難先,三次避難先に移すことが重要となる.施設等は,地域の資源であり,地域を助ける存在であることも忘れてはならない.

6月22日(金)9:00〜11:00 大ホール(第1会場)
シンポジウム4
多様な臨床場面における様々な精神療法的アプローチ;私たちの試みから
座 長: 笠原 洋勇(東京慈恵会医科大学附属柏病院),無藤 清子(東京女子大学現代教養学部心理学専攻)
S-4-1 老年期の精神療法の前提としての「老化」の精神病理
演 者: 小林 聡幸(自治医科大学精神医学講座)
老年期の精神疾患は多因的であるといわれる.このため,自己身体を含めた周囲の環境に大きく影響を受ける,症状が身体化しやすい,病像が非定型となりやすいなどとされ,まずは診立てに苦労することが少なからずある.それゆえ,老年期の神経症はしばしば見過ごされており,一般医科を受診したり在宅のままの潜在例が多く,経過は遷延し再発しやすいといわれている.また治療においては,心因性疾患といっても純粋に心因といえる病態はむしろ稀と思って当たらなければならない.
狭義の精神療法は患者の心理に働きかけることであろうが,老年期の場合はとりわけ,生物学的要因と心理との交織,社会的要因への関与による心理的変容の可能性など,そのアプローチも多角的な視点から試みられる必要があるだろう.すなわち「老化」をどう推し量るかということが重要である.しかもここでいう老化は広義の老化である.
例えば,老年期に神経症を発症する症例については,生理的な範囲の,健常な老化によって,幼少時から不断の変化をもって形成されてきた,性格やストレス耐性などの個体差がさらに推し進められ,それが神経症の発症母胎となるというシェーマを描くことができるだろう.認知症における人格の先鋭化と類似の事態である.しかしここまでは生物学的な変化である.そこに社会的老化が加わる.初老期にさしかかると,自分の親の世代がそろそろ寿命を迎える年齢となり,また,同胞や同年代の友人などの中には命に関わる大病をしたり,それで亡くなる人が出てくる.そうすると否応なく自分自身の生命のことを考えざるを得なくなる.こうした布置を社会的な老化と考えておく.
心理学的な老化については,P. Janet の心理学的力と心理学的緊張という概念において,心理学的緊張が低下した場合と理解される.一般的な言葉でいうと,気が弱って老け込むとった現象である.心理学的緊張が低下すると,それまでコントロールされていた不安や強迫といったさまざまな神経症症状が解放される可能性がある.
老年期に限ったことではないが,脳腫瘍や中枢神経感染症が精神症状で初発し,それが解離や転換症状にみえて診断に難渋するということがときどきあるが,これは脳器質的病変が心理学的緊張の低下を引き起こし,ヒステリー様の症状を引き起こすと理解される.脳腫瘍のように明らかに画像診断でとらえられるような水準ではない器質的な老化性変化が背景にあった場合,これを心因性と考えるか器質性と考えるかはむずかしい.こうした場合治療的折衷主義は非難されるものではなく,むしろ推奨されることだろう.
治療に際して,老人だからよくならないというニヒリズムから脱却しなければならないとB.Pitt は述べるが,細かな工夫を重ねることが肝要だろう.
 
S-4-2 老年期神経症性障害への森田療法的アプローチの可能性
演 者: 丸山  晋(ルーテル学院大学)
老年期神経性障害の精神療法は特別のジャンルを形成していると思われる.それは大方の神経症性障害は青年期のものであって,成人期以降の発症は少ないというのが臨床医の認識であろう.つまり神経症性障害は人格形成期の出来事としてとらえられたからである.しかし今日老齢人口の増加ということもあって,老年期の神経症性障害に出会う機会が多くなったのも事実である.これに対する特異的な精神療法が確立しているとは思えない.文献的にはシュルテの「交流的精神療法」やJ. サダヴォイらの「悲哀からの脱出療法」があるが,一般化しているとは思えない.中高年の精神的危機を論じ,積極的に精神療法を行ったのはユングであるが,彼の治療法が,われわれの臨床活動にすぐに活用できるとは思われない.神経症(性障害)治療におけるユングの功績は,「神経症には意味がある」ということを見抜いたことにある.老年期精神障害の意味は,死の恐怖,ウェルビーイング喪失に対する不安,役割の喪失に対する葛藤・不安・恐怖に彩られている.それへの対処行動(コーピング)を取らせることが,精神療法の眼目になろう.それを森田療法は可能にするのだということを症例をあげ論じてみたい.いってみれば老年期神経症性障害に対する森田療法バージョンの可能性である.
ここでいう森田療法は外来森田療法を指している.森田療法は「生の欲望」と「死の恐怖」との葛藤に根ざした「とらわれ」(神経質症状)の克服を目指すべく開発された精神療法である.まず患者に一般向けに書かれた森田療法の著書,例えば高良武久著「森田療法のすすめ」(講談社)を読んできてもらう.それとともに「生活日記」を綴ってもらい,面接時にコメントをしていく.また家事や園芸,日曜大工的な仕事を行ってもらう(作業療法).こうしたことを下敷きとして,いわゆる「森田生活道」を体得してもらう.いってみれば「あるがままなる生活」の実現である.その過程を通して老年期神経症が克服される.
老年期神経症性障害への森田療法の適用は,森田療法にとっては,森田療法の領域拡大であると考えられる.
 
S-4-3 介護者カウンセリングと地域支援システムから考える高齢者介護;家族臨床心理学的ナラティヴ・アプローチから
演 者: 無藤 清子(東京女子大学現代教養学部心理学専攻)
高齢者への臨床を考える時に,その高齢者本人を取り巻く諸資源(家族,医療・介護・福祉専門職や行政,地域コミュニティなど)と,社会文化的要因を視野に入れることが有効であると考えている.このシンポジウムでは,無償の家族介護者(以下「介護者」と呼ぶ)との心理療法と,地域コミュニティでの支援資源として,特にボランティアによる支援システム,という2 側面での実践について考える.
介護者の仕事は,膨大で多岐にわたり,要介護者の心理的ニーズに対応するものである.応答性(responsibility)や自分自身の信念(家族観・夫婦観など)に拠って取り組んでいることが多いが,感情労働でもあるため,ストレスフルであり,自身の心身の健康状態への影響やバーンアウトのリスクが大きい.その結果として,社会的にも孤立しがちである.これまでの要介護者との関係からくる対処すべき問題を抱えている場合も多い.また,場合によっては高齢者虐待のリスクが高まることもある.
高齢者への治療や介護に関わる専門職は,家族へのケアや対応も視野に入れているが,そのケアは,高齢者にとって一層良い資源として機能できる介護者になる,あるいは,専門職と共に介護を担う介護協働者であることを維持する,という目的であることが多いと考えられる.しかしながら,介護者には介護者の独自の心理的ニーズがある.そのため,心理療法(介護者カウンセリング)と,社会的孤立の解消になる地域コミュニティのつながりによる支援の両輪が,支援的であると考える.特に,ゆとりのない介護者がアクセスしやすい支援システムが望まれる.
介護者カウンセリングの対象は,介護者本人・必要や希望に応じて介護家族(拡大家族を含む)と,関係専門職(地域ケア担当保健師,地域包括支援センター職員,ケアマネジャーや施設職員などとの必要に応じた連携・協働・コンサルテーションなど)である.前者では,老親への子世代(中年期・老年期の子世代)による介護や配偶者介護の介護者との心理療法,および,高齢者虐待対応などがある.介護者カウンセリングは,介護者本人の心の持ち様を整理・改善する支援にとどまらない.“家庭内ケア機能のバランスを新たに作り出すという,家族の危機・転機としての介護”という視点から,家族の歴史・文化の文脈をも考慮し,エンパワー的であるものとして,介護者カウンセリングを捉える.
地域支援システムは,500 万人近い要介護者の家族の多さを考えると,個別の心理療法だけでは限りがあること,また,地域コミュニティのつながり自体の持つ支援力を活かす,という意味がある.「介護者の会」(家族会)には,ナラティヴ・コミュニティとしての意義がある.介護者の会をサポートしている介護者サポーター(地域のボランティア)の活動内容と充実のためのポイント,および臨床心理との協働を紹介し,地域支援システムの意義を論じる.
介護者支援の問題は,“介護されるようになっても,希望に応じて,住み慣れた地域や住まいで,人が安心して・尊厳を持って暮らすことができるためには,どのようなことが必要か”という問いへの取り組みであり,超高齢社会において,私たちがどのような社会の実現をめざすかという問題と直結していると考えている.
 
S-4-4 高齢者の認知行動療法
演 者: 中野 敬子(跡見学園女子大学文学部臨床心理学科)
認知行動療法では,適応の問題は認知,行動,感情の3 つの領域で説明できるとしている(Rasmussen, 2005).行動療法は学習理論に基づく行動修正法の総称であり,認知療法では認知や感情に焦点を当てる.認知および感情は行動と深く関係しているという認知療法の考え方(Beck,1970)や,認知療法において行動療法の技法を積極的に取り入れたことから(Meichenbaum,1977),行動療法と認知療法は,「認知行動療法」として総称されるようになった.認知行動療法は,リラクセーション,エクスポージャー,不安管理訓練,行動の修正(強化・刺激統制),行動スケジュール,モデリング,ロールプレイング,アサーティヴネスストレーニング,問題解決療法,認知の再構成・認知療法などの複数の技法からなり,うつ病,不安障害,パーソナリティ障害,摂食障害,睡眠障害,統合失調症,慢性的な痛み,生活習慣の改善などのさまざまな問題に適用されている.
高齢者に対しては,うつ病および睡眠障害への認知行動療法が報告されている.高齢者のうつ症状は,抑うつ気分,悲しい気持ちといった症状が現れにくく,イライラ感,興味の減退,記憶力や活動性の低下,身体的苦痛などが特徴である(Gallo & Rabins, 1999).認知的症状が現れにくい特異性から認知行動療法が有効であるかどうかが問題とされるが,行動理論を基盤にした認知行動療法技法が有効であると指摘されている.行動理論では自分を褒め,自分に報酬を与える強化の減少と回避行動の増加もうつ症状の原因であるとし(Hoberman & Lewinsohn, 1985),行動をしてもよいことがないと感じると,行動しなくなり,そのことでさらに強化の随伴が低下する活動性低下の悪循環に陥るとしている.活動性が低下しているうつ病の高齢者には,行動スケジュールや行動活性化の技法が有効である(Karel &Hinrichsen, 2000).さらに,活動性の向上が思考や気分にも影響し,認知の再構成の適用を容易にする.思考の硬直から考え方を変えることが難しい高齢者には認知の再構成は,向かないと考えられてきたが,7 コラムの思考記録表を3 コラムにする,過去に有効だった方法を回想する,高齢者特有のゆがんだ思考に焦点を当てるなどの工夫で,高齢者にも有効な療法にすることができる(Laidlaw et al., 2003).
高齢者の3 人に1 人は不眠を抱えていると報告されている.ベッドが睡眠を誘発する刺激となるように工夫された刺激統制とリラクセーションを併用した行動療法を用いて,睡眠障害の治療が行われている(Morin et al., 1994).うつ病の行動スケジュールや行動活性化の技法,認知の再構成,睡眠障害への認知行動療法の有効性について,症例を交えてご紹介する.
高齢者の特徴として喪失が挙げられ(長谷川,1975),身体的・精神的健康,環境への適応力,経済力,人間関係,人生の目標,認知的能力などを失って行く.WHO(2002)はActive ageing を掲げており,老化をNegative なイメージでとらえず,高齢者を価値ある社会の構成員としている.「老犬は新しいことを学習できない」と言われるが,認知行動療法は既に身につけているが用いなくなってしまっているスキルや行わなくなってしまった活動の再開に有効な療法である.日本では,高齢者に対して認知行動療法はあまり行われていないのが現状であり,高齢者に対する認知行動療法の普及が求められる.
 
S-4-5 高齢者の精神医療における心理学の役割;認知機能に注目した高齢者支援の試み
演 者: 松田  修(東京学芸大学教育心理学講座臨床心理学分野)
高齢者の精神医療における心理学の役割は少なくない.なぜなら,高齢者のメンタルヘルス問題には,その発現機序の理解や臨床診断,そして治療において高齢期特有の心理の理解が必要な場合が多いからである.
精神医療の現場で働く心理士の主な役割の一つに心理アセスメントがある.特に,高齢者の精神医療の場面では,認知機能の心理アセスメントが重要な役割を担っている.その主な理由は以下の4 点である.
第一の理由は,高齢期は認知障害を中核症状とするメンタルヘルス問題が多いからである.そのため,臨床診断や経過観察のために,認知機能のアセスメントが行われる場合が多い.特に重要なのは,病初期の認知症診断における心理アセスメントである.
第二の理由は,認知症高齢者のBPSD の背景には,認知機能の障害が関与していることが少なくないからである.BPSD の中には,認知機能障害に由来する現実認識の歪みや外界認知の誤りが不適切な情動や行動を生起させ,それらがBPSD の原因となっている場合がある.また,生活環境や周囲の人物から,本人の認知的処理能力を上まわる要求をされた場合にもBPSD が起こりやすい.BPSD の対応に際しては,その背景にある複数の要因を特定し,その中から変容可能な要因を見出すプロセスが重要である.こうした要因の特定においても認知機能のアセスメントは重要や役割を担っている.
第三の理由は,高齢者の苦悩や葛藤の背景に,加齢による認知機能の低下(認知的加齢)が存在する場合があるからである.一般に,精神療法のプロセスは患者の主訴の理解から始まる.この原則は,高齢者の精神療法にも当てはまる.高齢者の場合,認知的加齢が彼らの苦悩や葛藤の背景に存在する場合がある.例えば,認知能力の低下に関連して起こった生活場面の失敗や挫折,そして,それらに伴う自尊感情や自己評価の変化が,高齢者の主訴となっている場合である.こうした高齢者の主訴の理解においても認知機能のアセスメントは一定の役割を担うはずである.
第四の理由は,認知機能の低下が高齢者の自律と自立の障害を招くからである.高齢者の中には,認知機能の低下によって単独での意思決定が困難となっているにもかかわらず,こうした行為を続けていたがためにトラブルに巻き込まれる高齢者がいる.こうした高齢者の権利擁護には彼らの意思決定能力の有無や程度に関する評価が欠かせない.こうした評価のためにも認知機能のアセスメントは重要な役割を担っている.
このように,認知機能の心理アセスメントは,高齢者のこころを支える取り組みにおいて重要な役割を担っている.しかしながら,精神医療の現場で心理アセスメント治療を高齢者の支援に活用するための指針が必ずしも確立してはいない.そのため,心理アセスメントは行われていても,それが治療や対応には必ずしも十分に活かされていないという現状がある.口演では,これらの点について国内外の研究や実践を基に話題提供を行う予定である.なお,本口演の一部は科研費(C2353089)の助成を受けた研究成果である.

6月22日(金)9:00〜11:00 小ホール(第2会場)
シンポジウム5
認知症のターミナルを考える;医療,福祉,家族,法律の視点より
座 長: 宮永 和夫(南魚沼市立ゆきぐに大和病院)
S-5-1 がんと認知症のターミナルの状態の類似点と相違点,その課題
演 者: 宮永 和夫(南魚沼市立ゆきぐに大和病院)
このシンポジウムは,ターミナルの時期や内容などの論点を整理した上で,現時点で各分野で実践されているターミナル期の活動を紹介することにより,意見の集約ではなく,今後の広い分野での議論を活性化することを目的とした.なお,シンポジストの中から生命倫理と宗教に関係する講師を除いたが,この内容は特別講演のテーマとなるためで,議論の重複を避けたためである.
1.認知症にターミナルの概念をどのようにあてはめるべきか
ターミナルの定義は,「病状が不可逆的かつ進行性で,その時代に可能な最善の治療によっても病状の好転や進行の阻止が期待できなくなり,近い将来の死が不可避となった状態」が一般的なものといえる(日本老年医学会による).また,ターミナルの時期をより詳細に,前期を6 ヶ月以内,中期を数週間以内,後期を数日以内に分けることもある.但,この区分の対象疾患はあくまでもガンである.しかし,ガンとは対照的に,認知症のターミナル時期の決定は困難な例が多い.ターミナル状態の判断根拠が曖昧なこともあるが,ターミナルと告知しても数年生存することもある.
認知症のターミナルの定義については,全米ホスピス緩和ケア協会(NHPCO)のものが有名である.これによると,「歩行が改善した患者は6ヶ月以上生存することが証明される」ことから逆に,「FAST 分類7 c の歩行能力の喪失」の持続をターミナル,すなわち,6 ヶ月以内に死亡するものとしている.しかし,これらは介護中心で,かつ10 年以上前のものである.現在の日本の医療や介護のレベルを考えると,歩行障害レベルより嚥下障害のレベルの方がより不可逆的でターミナルではないかと考えられる.しかし,そのレベルになっても,胃ろうや中心静脈栄養を用いると予後は延長することが多く,結局の所,認知症の予後予測は困難である.
また,ターミナルとは別に,End of Life という言葉がある.介護現場で用いられることが多く,より認知症の末期(終末期でなく)を表すに適当である.但し,この言葉も人により範囲や定義が異なっている.
2.認知症とガンのターミナルの相違点は2つある
前述のように,一つはがんと異なり,認知症の場合にはターミナルの時期を科学的にも経験的にも限定できないことである.もう一つは,ターミナル時の医療行為について本人による判断や同意が困難になることである.それを補うために,事前指示・指定書やリビング・ウィルの活用が考えられるが,その手段や内容を含め,確立したものが認められない.同様のことであるが,成年後見制度には医療行為に対する後見人による同意権がないため,家族がいない場合の判断力の低下した患者さんの対応が困難な医療の現状がある.
3.若年認知症と高齢発症の認知症には異なる対応が必要だろう
高齢者や高齢発症の認知症者に対して,胃ろうの是非を問う流れが見られるが,若年発症の認知症では,その判断は家族にとって建前論では割り切れない非常な苦痛を伴うものとなる.なお,それ以前にインフォームド・コンセントもなく,救急時の一時的な行為として胃ろうや気管切開が行われる現状も問題となろう.
4.認知症のターミナルに対する課題は現状認識から始めるべきである
認知症を治療する医療従事者は,ターミナル期の患者さんの現状把握をするとともに,個々の患者さんが理解し・判断できる能力が残っている時期に,ターミナル時に実施希望の医療行為に対するインフォームド・コンセントを徹底することが必要と思われる.
 
S-5-2 病院内でのターミナル医療と看護の実践内容,課題
演 者: 岡村真由美(南魚沼市立ゆきぐに大和病院)
私が認知症の患者さんを看護する上で大切と思うのは,本人の思いや生活史を配慮したかかわりである.言葉でうまくコミュニケーションが図れなければ,行動や表情などから観察してアセスメントする.時には,共に過ごしてきた家族からの情報で,かかわりのヒントを得ることも度々ある.また,職歴や趣味などから患者さんの生きがいを見つけ,笑顔がでたり穏やかに過ごしていただくことが出来る.
認知症の患者さんにもいずれターミナルの時期は訪れる.しかし認知症のターミナルの時期については,きちんとした定義がされていない.本人の意思の確認が困難なことや苦痛をうまく伝えることが出来ないために,本人の思いを反映させることは難しく,家族の意思・思いが中心となる場合がほとんどである.
以下,一般病棟と療養病棟の事例を通じて,病院における認知症のターミナルが直面している問題と課題を考えてみたい.
【事例1(一般病棟)】50 歳代後半でアルツハイマー型認知症を発症.出来ることは全てしたいという家族の思いがある.嚥下機能低下のため,誤嚥性肺炎を繰り返し,食事量が低下していく中で胃ろう増設を選択した.現在,発症13 年目である.
【事例2(療養病棟)】80 歳代女性.3 年前脳血管性認知症と診断される.徐々に自力での食事摂取が出来なくなり,介助による食事摂取状態である.食事に対しての意欲,嚥下機能の低下のため,胃ろう増設を勧めた.しかし,家族は自然に任せたいという思いのため,胃ろうは作らず,お楽しみ程度の食事と末梢からの点滴のみ行っている.
一般病棟では,治療目的で入院されている人が多く,治療の場であるという認識がある.早期にターミナルの話をすると,治そうと思っているのに,『縁起でもない』という思いや不快感を表す家族が多い.そのため最期についての話はなかなか切り出しにくいのが現状である.そのため,目に見えて状況の変化やレベルの低下が見られてから家族と話をすることになる.また,一般病棟では治療の方向性や病状の説明は,患者さんが認知症になり理解が困難であっても,同席して話が進められることもある.稀ではあるが,治療の決定を認知症になっている患者さんに委ねている家族もあった.
一方,療養病棟での家族の思いは異なる.状態が安定していても漸次能力が低下していることを家族が理解しているためか,最期の時期についての話を抵抗なく受け入れられるように感じる.通常は,療養病棟の申し込みの際に,急変時はどこまでの治療を望むかを確認しているが,入院時も再度家族の思いを確認している.しかし,患者さん本人の意思の確認はほとんどしていないのが現状である.
本人がまだ意志決定できるレベルだったが,自分の最期を看るのは家族だからと,自分の意見を家族の意見に合わせた事例があった.ターミナル期は,家族の存在や思いが大きな意味を持つことを印象づけた例であった.看護師は患者さんと接する中で,患者さん自身の思いや希望を把握し,患者さんの思いに沿ったかかわりが出来るようにしようと考える.しかし,それが必ずしも家族の思いにそぐわないこともあり,ターミナル期の看護はこのジレンマを如何に解消するかが大きな課題である.なお,多職種によるケース検討やチーム内の話し合いを行っているが,解決が困難な例が多いのが現状である.
 
S-5-3 看取りと胃ろうにおける介護の問題点と課題
演 者: 西村美智代(埼玉県認知症グループホーム・小規模多機能協議会)
要旨
認知症に特化した施設であるグループホームは入居者の重度化により更なる医療との連携が必要であることとスムーズな緊急対応が求められる.看取りの課題に直面している現場では職員の不安・ストレスによって認知症高齢者の心身にマイナスの影響を与えている.平成21 年当協議会会員190 事業所を対象に施設の状況把握を行う目的でアンケート調査を行い,結果を分析し対応を考慮した.
西村が平成22 年度,23 年度の老人保健健康増進事業(主催;日本老年医学会)のワーキング・グループ委員になったことをきっかけに,当協議会の下で認知症高齢者の看取りと胃ろうについて埼玉県の多種多様な事業が共に学び気づき合う機会を作っている.研修での発表やアンケートそして西村が行った胃ろうの家族調査を下に看取りと胃ろうにおける介護の問題点と課題を述べる.
1.グループホーム119事業所のアンケートの回答を下に看取り等の現状を知る
【重度化に対してどう考えるか】
重度化するのは当然のことでありほぼ全員看取る.重度化の介護はホームの成長であり死の直前まで看る.介護者の考えが一致すれば看る.医療行為が生じたら入院.現在のハード面と職員数では不可能.ターミナルケアは考えていない.
【看取りに対してどう考えているか】
条件が整えばホームでの看取りが理想.家族の要望があれば看取る.常時,医療処置が必要な人は入院対応.グループホームのスタッフは知識や技術もないために,負担になり離職する.看取りに対する設備面の対応が出来ず,ケアの負担を抱える.法律的には許可されていない医療行為を行っているので不安である.
【救急対応について(救急車の依頼など)】
認知症のため何十件も断られた.救急車の中で2 時間以上待機.病院では認知症があるというだけで身体拘束が条件.医療連携・地域ケアと言うが医師の協力が得られない.特に胃ろう・IVHの方は病院から出された後の行き場がない.
考察
2.「認知症の終末期と胃ろう栄養法」についての研修アンケートより振り返る(2010 年5 月29 日実施)
摂食困難と看取り等の経験について
(1)認知症のご本人の年齢・性別 場所はどちらか? (2)認知症のご本人はどのような状態だったか?(3)どのようなことが困難だったか? (4)どのような結果になったかまたはどのように解決したか? もし看取った場合はその際に経験した困難について書いてください.
【事例1】(1)91歳・女性 (2)グループホーム(2)左半身麻痺,意識薄弱,寝たきり.意思疎通はほぼ不可能.食欲あるが飲み込めない.嚥下機能低下の原因は不明.食事・水分などの栄養摂取を試みたが飲み込んで吐き出し完全に拒絶する.(4)家族と主治医の承諾のもと胃ろうを始め,栄養摂取は一切行わない.家族の意向のもと当施設で看取る.本人のレベルが落ちても主治医は一度も往診には来ずに電話指示のみ.施設での看取り後に来る.どんな判断が正しかったのか,職員が感じたストレスは計り知れない.(回答者:介護従事者)
【事例2】(1)85 歳・女性(2)グループホーム(3)家族が胃ろうを拒否.病院ではやることはないと退院させられる.水分・食事は全く取らず,数日で亡くなる.家族は承知していた.(3)グループホームで家族は付き添った.退院4日で意識混濁により他界.グループホームでの看取りに対し家族は感謝.(回答者:管理者)
考察
認知症の終末期における摂食嚥下困難な本人の意思決定について,介護家族の意思決定の困難さの実態を明らかにし,本人および介護家族に必要とされる支援を職員と明らかにすることをめざす.
平成22年度日本老年医学会老健事業調査で家族調査に取り組み明らかになった点は,(1)「病状への進行についてやがて食べられなくなる説明を受けていない」が91.7% であり,(2)摂食嚥下困難になった時に対応として示された選択肢の数は1 種類が54.5% であり,意思決定の際にもっと知りたかったとのコメントがある.一方,医師のアンケートでは,本人の意思不明が最多の73%であり,家族の意思が不統一は56% であった.
平成23年度事業において,「高齢者ケアと人工栄養を考える」臨床倫理セミナーin さいたまでは在宅での看取りの事例を精神科医,グループホームでの看取りの事例を職員が発表し,参加者100 人のグループディスカッションを行い,「他職種による議論の中で連携の必要性を強く感じた」との意見が多かった.医師は「本人・家族の意思の確認を行う大切さを理解したが,この考え方をまとめたり支援したりする間,家族や本人によりそうスタッフの時間やスキルを考えるとハードルが高い」と記されている.在宅介護支援の立場で医師も不安を感じている部分があることが参考になったと記している.
当協議会開催の講義のまとめの中で,本人の視点で過剰でもなく過少でもない医療の提供と生活の質を向上させるケア,そして生活の質と生命の大切さのバランスを適正にする努力をすることがポイントとして語られた.
 
S-5-4 認知症の終末期に限定して,家族としてターミナル(の看取りを)どう考えるか
演 者: 永島 光枝(公益社団法人認知症の人と家族の会千葉県支部)
認知症は現在のところ直らない病気とされ,他の病気と違い,本人の意思が解りにくく,家族が代弁せざるを得ないことが多い.
では,「認知症のターミナル」とはどんな状態か〜家族から見たら,全く意思が通じなくなってしまった段階からをターミナルとするか,または身体的能力−ADL が落ちて,いわゆる寝たきりになるのが終末期と考えるのか.認知症ではその場合は更にそこから数年間も看取りが続くことは稀ではない.
○Y さんの手記から〜認知症の症状が進み,私を誰か解らなくなった時が,夫との人格としての別れだった.その時の哀しさに比べ,身体的な終末期の別れは保護者として解放された感じだった〜
医療者側からターミナルと言われて,介護者が胃瘻や経管栄養を選択するか否か,選択を迫られることが多い,あらかじめ本人の意思を聞いていない人のほうが圧倒的に多く,家族としての選択は重い.そのための正確な情報と説明,およびサポートが必要.
1977 年に国民皆保険と施設病院の増加で病院死が在宅死を上回り,認知症の長期の介護の末期は施設,病院が多くなった.医療・福祉施設などの受け入れ場所では医療費や介護費用の,制度と経済的事情も絡んで,胃瘻や人工呼吸器を装着するよう暗に迫られ,その選択ができないなら退院をと,言われることは現実には多い.
○S さんの経験から〜(PPT)妻52 歳で認知症を発症,介護は今年で18 年目,6 年前64 歳で特養入所,腎盂腎炎から高熱を発し,身動きもできない状態で胃瘻となる.医師からは胃瘻についての説明は受けた.病前の妻ならば胃瘻を望まないであろうと思ったが,自宅介護ではできないと胃瘻を選択した.5 年前と現在とでは夫の気持ちも変わってきており,胃瘻を選択してしまった以上このまま入所を続けるしかないと,週に2〜3 回は施設に通い,話しかけやマッサージ,口腔ケアをしている.そんな気持ちの行き処を,家族の会に参加して同じ状況の人と語り合うここで持ちこたえている.
24 年度から,高齢者介護施策・介護保険の方向転換といえる改正で在宅介護への方向が強まり,10 年以上の介護の末に終末の看取りを家族が決断する場面が一層多くなろう.その家族へのサポートはどこで誰が担うのか?
家族へのサポートは,百人百様で異なる認知症の人の人生を知り,意思が分からない人を支える家族を,更にサポートする支援の二重の輪が必要となる.「認知症の人と家族の会」などで情報を入手し,話し合える仲間を見つけるくらいしかないという現状を,社会のシステムとしてどうすればよいかが問われている.
 
S-5-5 事前指定書に絡む問題点と課題
演 者: 石黒 秀喜(一般財団法人長寿社会開発センター)
1.行政と事前指定書
(1)厚生労働省の調査結果
厚生労働省の「終末期医療に関する調査」(平成20 年3 月実施)において,リビング・ウイルに関する意識調査は実施しているが,当然のことながら,国として事前指示書に関する方向性の示唆はなされていない.
ちなみに,上記調査における「リビング・ウイルに賛成するか」という設問に対しての回答は,次のような結果になっている.
しかし,「賛成する」と回答した者のうち,実際にリビング・ウイルを作成しているものの割合がどれぐらいかは不明である.(おそらくは,聞かれれば,上記のような結果になるが,実際に作成している人は少ないものと想像している.)
なお,参考までに「自分が高齢になり,脳血管障害や認知症等によって日常生活が困難になり,さらに,治る見込みがなく,全身の状態が極めて悪化した場合の延命治療」についての回答結果を紹介しておく.
一方,自分自身のことは上表のように考えていても,「自分の家族がそのような状態になった場合」は,次のような回答結果になっている.
(2)東京都の設置した「東京の地域ケアを推進する会議」報告書(平成23 年3 月)
本報告書においては,行政が取りまとめた報告書としては大胆な内容と思われるが,表4のような提案がなされている.
しかし,認知症の人の場合は,その情報提供をいつしたらよいのか,タイミングが難しい現実がある.
2.事前指定書を作成する人をいかに増やすか
事前指定書を作成する人を増やす努力をせずに,医療・介護関係者の間で,口から食べられなくなった人の胃ろうの是非をいくら論じても,今後の大量死の時代には解決策は見えてこない.
現行の健康保険被保険者証の裏面には,臓器移植に関する意向表明の記載欄が設けられている.
しかし,介護保険1 号被保険者(65 歳以上)には,他人のための臓器移植の意向よりも,自分が口から食べられなくなったら,胃ろうを希望するかどうかの意向表明を記載する欄を設けることに変更した方が現実的であると考えられるのではないか.
3.「老・病・死」を第1 人称として捉え,認知症ケアの基本を理解する人をいかに増やすか
石黒のささやかな取り組みを紹介させていただく.
義母が認知症になり,晩年は4 年弱の胃ろうであった.その様子をみていた経験から,認知症は誰にでも訪れる可能性がある病気であること,また,胃ろうも他人事ではないと実感した.
そうであるならば,自分が認知症になった場合に,パーソンセンタードケアに立脚したケアを受けたければ,それなりの準備が必要であり,自分の生い立ちや性格・趣味嗜好などについてあらかじめ人物像を書いたメモを用意しておくことが肝要であると気づかされた.
そこで,団塊の世代向けに「上手に老いるための自己点検ノート」という冊子を作って,自己紹介メモを書いておくことと,併せて,終末期医療に関する自分の考え方の意向表明を書いておくことの必要性を訴えつつ,石黒をモデルにしてその記載要領を提供している.
4.自分の「生き方」・「逝き方」を子供に丸投げするのは,「子供不幸」であると悟りましょう
 
S-5-6 認知症の終末期医療;高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン
演 者: 小此木 清(弁護士法人龍馬代表弁護士)
1.平成23 年12 月4 日,日本老年医学会において,AHN 導入をめぐる意思決定プロセスに関するガイドラインが作成された.一分一秒延命させる医の論理と生命の質を尊重する立場との「いのち」に対する価値観の対立を昇華させうるガイドラインであり,終末期医療の手続となることを期待する.
本論では,(1)本人の自己決定権と(2)治療義務の限界という視点をもって,上記ガイドラインの問題点を指摘したい.
2.まず,同ガイドラインでは,(1)医療・介護従事者は,患者本人およびその家族や代理人とのコミュニケーションを通じて,AHN 導入に関する合意形成とその選択・決定を目指すという.
しかし,そもそも認知症高齢者を対象としており,患者本人とのコミュニケーションは困難である.患者本人が自己決定権を有する以上,本人が判断能力を有している時点において終末期に対する意思表明をすることを求める事が,その前提となるべきである.
特に,AHN 導入後の撤退(中止)は,直接死をもたらす決定となる.AHN 導入時と同一のプロセスを辿ることで是とするが,より具体的に本人・家族にAHN 中止の根拠を明確に説明し理解を得られたかという意思決定プロセスを経て,かつ記録される事が重要である.終末期医療における治療行為の中止を判断した川崎協同病院事件(最判2009 年12 月7 日)では,家族への情報提供不足,本人の推定的意思にも基づいていないとの指摘がなされている.
3.また,同ガイドラインでは(2)「本人の人生の物語りをより豊かにする」とか「撤退」という情緒的概念を用いて,「個々の事例毎に最善の選択肢を見出す」という.
確かに,同ガイドラインが倫理的妥当性を確保するためのものであるとすれば,かような表現で足りよう.しかし,同ガイドラインが適用となる認知症者は,事前指示書を有する者かあるいは同一生活を経た家族が存する場合であろう.ましてや,法的にも責を問われることはないと結論づけるには,(1)本人の自己決定権と(2)治療義務の限界が明らかにされなければならない.そして,自己決定がなされていない事前指示のない認知症者で,かつ単身者の場合には,終末期医療に対する,将来の社会通念の醸成をまって,同ガイドラインのプロセスに載せるべきである.
超高齢社会化における単身世帯の増大は,家族のない人を増大させた.それゆえ,終末期医療における「本人の人生の物語りをより豊かにする」という判断は,より困難な状況にあることを,踏まえるべきである.
4.したがって,終末期医療に対する社会通念の醸成のためには,本人が,人生の物語りの自分の最期となる生き方を,改めて考える契機となる事前指示書の普及が大前提であろう.
5.なお,事前指示書作成にあたっては,適切な情報提供・説明と本人の理解が求められ,事前指示書が本人の意思決定となる.その際には,本人のホームロイヤーとして弁護士が代理人となり,公証人による事前指示書(私署証書)の認証を受けるというプロセスを提案したい.
これは,遺言が死後の自己決定権の尊重であることに比し,事前指示書が終末期の自己決定権の表現として,事前指示書作成手続を遺言手続と同様の形式性をもたらせ,同一の価値を認めることになるからである.

6月22日(金)15:00〜17:00 大ホール(第1会場)
シンポジウム6
CPC;認知症を呈した症例
座 長: 天野 直二(信州大学医学部精神医学講座)
コメンテーター: 池田 研二(香川大学医学部炎症病理学)
S-6-1 記憶障害で発症し,認知機能障害の進行が早く,病末期に筋固縮を示した67 歳男性例
演 者: 井関 栄三(順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター)
【症例】67歳男性右利き
【初診時主訴】物忘れ
【家族歴】精神・神経疾患に関する家族内負因はない.
【既往歴】20 歳代に胃潰瘍の手術
【生育・生活歴】同胞6 人の末子として出生.高校卒業後から家業の製麺業を継ぎ,28 歳で結婚し3 子をもうけ,初診時は妻と2 人暮らし.
【病前性格】短気,心配性
【現病歴】X−2 年頃より健忘に気づかれ,仕事のミスや夜中に家の鍵を開けてしまうなどの行為がみられたため,家業を廃業した.X−1 年には健忘が進行し,聞いたことを忘れて何度も繰り返す,予定が立てられない,探し物が増えることが頻回となった.妻とともに保健所に相談した結果,HDS-R 22 点で記憶の衰えはあるが認知症ではないと言われた.同年,A 大学病院神経内科を受診し,頭部CT で年齢にしては萎縮が強いと言われたが,とくに通院・加療はしなかった.X 年には,健忘が目立ち直前のことも忘れるようになり,言葉が出づらく,きちんとした文章で応答できなくなった.また,日付が判らない,年賀状の文字が書けない,時計が読めなくなった.外出はせず,家でぼんやり過ごすことが多くなったため,B 病院(単科精神病院)受診.
【初診時所見と経過】外見はきちんとしているが,簡単な質問以外には答えられず,困惑した表情となった.記憶障害や失見当識,注意・計算力低下,遂行機能障害がみられ,HDS-R 5 点.不眠,幻覚・妄想,易怒性・興奮,徘徊など精神症状や行動障害(BPSD)は目立たなかった.日常生活動作(ADL)はほぼ保たれ,神経学的に特記すべき所見はなかった.頭部CT では,軽度のびまん性大脳萎縮がみられたが,海馬の萎縮は中等度で,血管性病変は認めなかった.アルツハイマー型認知症(AD)の診断で外来通院とドネペジルによる治療を開始した.食事は箸を使って自分で食べ,失禁もないが,着替えや入浴には家族の介助を要するようになった.言語面の障害が顕著で,食事について聞くと,「食事は限度があるから,ひっくり返ってまたバンザイ…」のように,次第に滅裂な応答となる.易刺激性は目立なかったが,落ち着きなく部屋の中を歩き回り転倒するため,チアプリドを追加した.X+1 年には,家の中でトイレの位置が判らない,娘の顔を判別できない,失禁が多くなるなど認知機能障害がさらに進行し,肺炎をきっかけにB 病院認知症治療病棟に入院.
【入院時所見と経過】肺炎が改善した後も歩行が困難であり,四肢の動きが硬く,投与されていたチアプリドを中止した結果,独歩可能となる.自発語は減少し,応答も幾つかの単語に限られていた.頭部CT では,海馬を含む中等度のびまん性大脳萎縮がみられ,前回より萎縮が進行していた.X+2 年には,疎通は不可で,日常生活動作全般に介助を要し,高度の認知機能障害を呈した.振戦はみられないが,歯車様の四肢筋固縮が急速に進行し,歩行困難となった.寝たきり状態に近くなった後でも,呼びかけには視線で追い,眼球運動制限はみられなかった.上肢は可動であったが下肢は屈曲位で拘縮し,背部〜項部の筋固縮が強くみられた.その後,誤嚥性肺炎を繰り返し,全経過4 年で死亡.
 
S-6-2 仕事能率の低下を契機にアルツハイマー病またはうつ病疑いとして紹介され,言語理解の障害と駄洒落が特徴的だった若年認知症の1剖検
演 者: 川勝  忍(山形大学医学部精神医学講座)
【症例】初診時51 歳,右利き,男性.
【家族歴】特記すべきことなし.生活歴:大卒,知的には高く某社副支店長.
【現病歴】X 年3 月頃,副支店長に昇進,初めての単身赴任となったが,職場でぼんやりしている,仕事を頼んでも期日までできないことなどを上司に指摘,精神科受診を勧められ,同年12 月,A病院精神科受診,HDS-R で16/30(場所−1,逆唱−2,遅延再生−6,野菜名−5),MRI で脳萎縮を指摘され,アルツハイマー病またはうつ病疑いとして,当科を紹介された.初診時,本人は,自分ではとくに困ることはないが,仕事ができないと上司にガンガン言われ,みんなの前で叱られ,精神病扱いされたなど上司への不満を繰り返し言い,後日ワープロで通院に至った状況等についてとの文章を作成して持参した.妻は,初めは環境の変化でうつ的になっているのかと思っていたが,その後はとくに異常は感じなかったという.HDSR20/30(遅延再生−6,野菜−4),MMSE 27/30.WAI-S-R 言語性VIQ 89(以下評価点,知識5,数唱13,単語7,算数11,理解9,類似5),動作性PIQ 96(絵画完成12,絵画配列7,積み木14,組合せ5,符号10).団子,海老,三味線など熟字訓の読みは殆どできた.MRI で左優位に側頭葉前部の脳萎縮,SPECT で同部の血流低下を認めた.X+1 年3 月,職場の理解を得て,本社勤務とし仕事は継続となった.7 月,WAB でAQ 95.1(物品呼称51/60,動物名9 個).X+2年3 月,HDS-R 21,MMSE 27 で変化なく,ウィスコンシンカード分類テストはカテゴリー達成6 で正常.同年11 月,WAB でAQ 90.8(物品呼称39/60,動物名8 個)とやや進行.X+3 年11月,HDS-R 17,MMSE 22 と進行,「文章ってなんだっけ?」「野菜ってなんだっけ」と聞き返す,またコーラや牛乳など過飲,X+4 年6 月,WAIS-R,VIQ 82,PIQ 108,「コーラを飲み過ぎるので,コラコーラと怒られる」「おっかないから家内」「俺はゴミでないから,53 歳」など駄洒落が目立つ,WAB 物品呼称も8/60 と低下.X+5 年4 月,石などの収集癖.職場でも人の名前言えず,落ち着きも無く,机に座っていられなくなった.同年7 月,肺炎にて当科入院,仕事も困難なため,B 病院精神科転院,HDS-R 14,MMSE 22,WAI-S-R,VIQ 80,PIQ 103,X+6 年2 月,WAB でAQ 44.2,呼称1/60.収集癖,暴力行為が増え薬物増量,12 月には自発語減少した.X+7 年8 月,車いす,X+8 年10 月,大動脈弁閉鎖不全に伴う心不全にて,C 病院転院,X+9 年3 月死亡(60 歳),全経過9 年.脳重量1090 g.
本例の画像診断の経時的変化,症状の動画を提示して,診断について議論するとともに,病理組織所見について提示する.なお,発表に際して,妻の同意を得ていること付記する.

6月22日(金)15:00〜17:00 小ホール(第2会場)
シンポジウム7
精神科病院と認知症医療
座 長: 今井 幸充(日本社会事業大学大学院福祉マネジメント研究科),前田  潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部)
S-7-1 認知症における精神科病院と地域連携;岐阜県西濃地区の試み
演 者: 田口 真源(日本精神科病院協会高齢者医療・介護保健委員会,大垣病院)
認知症も他の疾患同様,早期診断,早期治療がその人の予後に大きく影響する.認知症の約半分を占めるアルツハイマー型認知症では初期から記憶障害が見られることはいうまでもないが,初期におけるうつ病との鑑別は注目されるようになっている.また,残りの半分を占める,血管性認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭型認知症等では高次機能障害,うつ症状,パーキンソン症状,社会的逸脱行為などが先行する.これらの症状は記憶障害も含めて,精神科症状学に含まれるものであり,精神科が現在より初期に関わることが早期発見につながると考えている.
しかし,現状では「精神科は敷居が高く受診を勧めにくい」といった声を多くきき,BPSD が増悪した患者の入院治療のみが精神科病院の役割のような誤解をうけている.しかし,実際に認知症に取り組んでいる精神科病院はハード面では認知症専門病棟のほか,重度認知症デイケアや訪問看護ステーションなどを持っていたり,老人保健施設,特別養護老人ホーム,グループホームなどの施設を併設していることが多い.また,ソフト面でも老年精神医学会専門医の他,訪問看護をする看護師,PSW,ケースワーカー,ケアマネージャー,作業療法士,理学療法士,言語療法士などの人材も豊富に勤務していることは余り認知されていない.これらのハード,ソフトをフルを擁して初期から認知症診療やケアに関わることは患者の生活の質(QOL)の維持に大きな貢献をするものである.
現在,整備が進んでいる認知症疾患医療センターは整備目標が150 カ所から175 カ所に上方修正された.これは認知症疾患医療センターが地域連携において大きな役割を果たすと期待されている証左である.
岐阜県は昨年5 月に認知症疾患医療センターを2 次医療圏毎に1 つ以上を目処に7 つの病院がセンターの指定を受けた.演者が院長を務める大垣病院は岐阜県の西濃2 次医療圏の認知症疾患医療センターの指定を受けた.もともと認知症疾患治療病棟2 病棟と老人保健施設,グループホームなどを併設している関係で認知症診療には地域で一定の評価を受けていたと自負しているが,1 年運営してみて,相談件数や外来患者の増加は言うまでもないが,地域の地域包括支援センターやかかりつけ医などとの連携がスムーズに行くようになった.特に地元医師会や総合病院,かかりつけ医との繋がりが大きく太くなった実感がある.
こういった中,演者のもう一つの仕事である,日本精神科病院協会高齢者医療介護保険委員会が厚生労働省精神保健福祉課の研究事業指定番号26 番「精神科病院における認知症入院患者の退院支援及び地域連携に関し,被災地支援につながるモデル連携パスの作成に関する調査について」に取り組むことになった.折しも以前より連携がスムーズに行くと感じていた地元医師会も「西濃地区認知症連携支援モデル事業」を行っており,協力して地域連携パスの普及に取り組むことになった.
認知症疾患医療センターと地域連携パスは地域の中での認知症患者治療ケアのための両輪とも言える存在である.これら二つの取り組みについて紹介する.
 
S-7-2 認知症の人への精神科訪問診療の試み
演 者: 上野 秀樹(社会福祉法人ロザリオの聖母会海上寮療養所)
私が認知症の人に対する精神科医療に携わるようになったのは,東京都立松沢病院に勤務していた平成16 年4 月,認知症精神科専門病棟を担当してからである.東京都では,認知症で重い精神症状・行動障害のある方に対して,都内9 カ所の病院に計535 床の老人性認知症専門病棟の病床を確保し,入院加療を中心とした精神科専門医療を提供する施策をとっている.その中の唯一の公立病院として,都立松沢病院では,精神症状・行動障害が激しいケース,重い身体合併症があるケース,いろいろな本人を取り巻く条件の悪いケースなど民間病院で扱えないようなケースを中心に,入院加療を行っている.
私の3 年間の病棟担当中に計180 名弱の認知症の人の入院加療を行った.精神科病棟への入院しか対応方法がないと思われるケースが多くあり,この頃は,認知症で重い精神症状・行動障害がある場合には,精神科病棟への入院加療が不可欠であると考えていたのである.
その後,理想の認知症病棟をつくり,認知症の人の精神症状・行動障害の治療を行おうと考え,認知症病棟の新設を検討していた当院に転職した.平成21 年4 月から,もの忘れ外来を開設し,診療に当たることとなった.当院は,199 床の単科精神科病院であるが,すべての病棟が開放病棟であるために,認知症の人の入院加療をすることはできない.しかし,精神科病院なので,精神症状・行動障害が激しいために入院を希望される方もたくさん来院された.
以前ならば入院加療しなければ治療不可能と考えていたケースでも,いろいろと診療方法を工夫したところ,在宅や施設内での生活を支えることができることがわかったのである.認知症の人の精神症状・行動障害の治療に入院加療がほとんど必要ないことがわかったため,当院の認知症病棟の新設計画は中止となった.
診療上の工夫のひとつが,精神科医が認知症で精神症状・行動障害の重い人のもとに出向いていく訪問診療であった.これは,東京都の高齢者精神科医療相談班のシステムをモデルにしている.
内科や外科などの医療においては,医療の必要性が高まったとき,例えば内科の病気で昏睡状態にあるとか,大けがをしているような場合には,医療機関に搬送することができれば,医療へのアクセスは容易である.しかし,精神疾患の場合には,医療の必要性が高まると病識が失われることが多く,通常の形での外来受診は困難になることが多い.これは,認知症の人に対する精神科医療でも同様である.認知症の人に対する精神科医療に限らず,精神科医療においては,医療機関側から本人のもとを訪れる訪問診療がもっと一般的であるべきであると考えている.
この約2 年半で600 名以上の認知症の人を診療した.その中には,かなり精神症状・行動障害が重い人もたくさんいたが,精神科入院が必要であったケースは11 名,そのうち実際に入院されたケースは8 例にしかすぎない.
認知症の人の精神症状・行動障害は,その発生を防止したり,発生してしまった場合でもケアや対応の工夫である程度改善することも可能である.認知症の精神科医療は,認知症の人の生活を支える福祉サービスが円滑に提供できるように支える黒衣の役割を果たすのが基本であると考えている.
 
S-7-3 地域包括支援センターと精神科医療との連携;奈良市認知症施策総合推進事業の取り組みから
演 者: 北田 最映(奈良市伏見地域包括支援センター)
テーマとして「地域包括支援センターと精神科医療との連携」をいただいた.
地域包括支援センターは,平成17 年6 月に行われた介護保険法の改正で平成18 年から導入され,高齢者住民の課題に対応すべく,(1)保健・医療・介護・福祉等の総合的な相談窓口(2)介護予防を推進(3)高齢者の権利養護(虐待の防止・早期発見)(4)地域の様々な関係者と連携しサポートという役割がある.
その地域包括支援センターには,保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員の3 職種が在籍し,それぞれの専門性を活かしたチームアプローチをして高齢者住民の課題を解決している.
平成20 年7 月「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」にて認知症の早期に核的診断が的確に行われなかったり,その後の医療と介護の連携が不十分であったために,適切な治療や介護の提供が行われなかったという事例もあることから,今後の認知症対策の基本方針は,早期の確定診断を出発点にした適切な対応の促進を目的に,具体的には,(1)実態の把握(2)研究開発の加速(3)早期診断の促進と適切な医療の提供(4)適切なケアの普及及び本人・家族支援 若年性認知症対策を積極的に推進するため,財源の確保も含め,必要な措置を講じていく必要があると示された.
その中で,(3)(4)(5)を推進役として認知症連携担当者が創設され,認知症疾患医療センターとの連携・介護と医療の切れ目ないサービス提供・若年認知症者の支援をしていくこととなり,地域包括支援センターへ3 職種の役割とは違った認知症支援を推進していく者として配置されていくこととなる.
奈良市としては,平成22 年6 月より,医療法人平和会が認知症対策連携強化事業の委託を受け,奈良市伏見包括支援センターへ認知症連携担当者が配属されたが,平成23 年認知症施策総合支援事業が再編され,認知症対策連携強化事業が認知症施策総合推進事業へ,認知症連携担当者も認知症地域支援推進員という名称へ変更された.
この認知症施策総合推進事業は「認知症になっても住み慣れた地域で生活を継続するためには,医療,介護及び生活支援を行うサービスが有機的に連携したネットワークを形成し,認知症の人への効果的な支援を行うことが重要である」ことを目的に,市町村において医療機関や介護サービス及び地域の支援機関をつなぐコーディネーターとしての役割を担う認知症地域支援推進員を配置し,当該推進員を中心として,医療や介護の連携強化や,地域における支援体制の構築を図ることとすると明記された.
今回のシンポジウムでは,地域包括支援センターに配属されている認知症地域支援推進員として,日頃の相談や活動を通して,一般市民・認知症を介護している家族・介護関係者等は精神科病院の認知症医療をどのように認識しているのか,また,今ある課題から,認知症地域支援推進員は今後どのように精神科病院の認知症医療と連携していくのかを発表したいと考えている.
 
S-7-4 精神科入院医療での精神保健福祉士の役割
演 者: 古明地さおり(医療法人財団青溪会駒木野病院)
1.駒木野病院の紹介
八王子市の高尾山のふもとにある,精神科単科・500 床の病院である.全9 病棟で,認知症疾患治療専門病棟(東京都指定),アルコール治療病棟の専門病棟以外に,精神科救急病棟,退院支援病棟(男女混合)男子・女子の閉鎖病棟各2病棟,男子開放病棟がある.外来では,一般精神,アルコール依存症,認知症,15 歳以下対象の児童外来,デイケア,外来作業療法にも取り組んでいる.また,SSK という地域連携・訪問看護を担う部門を立ち上げ,利用者のニーズに応えられる病院を目指している.コメディカルスタッフも充実しており,ソーシャルワーカーはデイケアに3 名,ソーシャルワーカー室に11 名,SSK に2名,全員で16 名が勤務している.
2.駒木野病院での精神保健福祉士の役割
当院においては,ソーシャルワーカーは入院受診相談から入院中の様々な支援,退院・地域生活支援を一貫して取り組んでいる.入院・受診相談では,年間2000 件近くを受けているが,そのうち認知症の相談は約400 件ほどである.相談者は家族・医療機関・介護保険施設・生活保護ケースワーカーなど,様々である.
当院では長期入院者の退院支援にも力を入れており,ソーシャルワーカーは本人の思いに添って,家族・院内スタッフ・地域機関とケース検討会議を積極的に開催し,退院支援に取り組んでいる.
3.入院している認知症の方への対応
病院全体で退院支援に取り組んでおり,認知症の方についても,その方にあった生活場所を探して退院支援を勧めている.しかし,それぞれの病棟において入院している認知症の方の状況が異なっているので,退院支援の進め方にも違いが出る.例えば,認知症疾患治療病棟においては,入院期間が約3 ヶ月で,認知症の周辺症状を治療し,退院していくということを入院時からご家族・関係者に了解頂いているので担当ソーシャルワーカーは,本人の状況・ご家族の状況などに配慮し,自宅に帰ることの調整・介護保険施設の利用などを,家族・医師・看護師等と調整しながら退院を支援している.一方,一般の精神科病棟では,長期入院の方のなかに,認知症を併発するケースもあり,そういった場合では,家族も疎遠・経済的にも逼迫している,といったことも多く,病状は安定しているものの,さらに入院が長期化してしまう場合もある.
4.地域との連携
精神科領域以外の地域機関では,精神科病院や疾患について,まだ理解されていないことも多い.利用者・地域のニーズに応え,地域生活を支援するためには,地域にその役割を理解してもらうことが必要である.当院の活動としては,SSK を中心に,当院スタッフ(医師・看護師・精神保健福祉士)が市内の地域包括支援センターに出向き,地域のケアマネージャーから,相談を受ける「出張相談」,地域機関の方向けの病院見学会の開催などを行っている.また,他科診療科病院との連絡・調整も大切である.こういったこともSSKが担う地域連携機能と,それぞれのソーシャルワーカーが担う個別ケースの対応(迅速な入退院調整・丁寧な情報提供など)の両面で,ご本人が適切な治療を受けられるよう日々調整を図っている.
 
S-7-5 認知症の医療を支える医療・介護保険サービスの実態
演 者: 朝田  隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
A.研究目的
わが国においては,認知症の医療を支える医療・介護保険サービス資源に関する大規模な実態調査がこれまでに存在しない.そこで以下の調査を計画した.
認知症に対応する医療・福祉機関の機能実態を明らかにするため,いわゆる4 病協と日本慢性医療協会に所属する6,071 の病院から無作為に抽出して調査票を送付して以下の観点から調査した.認知症当事者の状態に相応しい医療サービスが提供されているか?病院機能に応じた認知症患者の受け入れができているか?そうでないとしたら,その阻害要因は何か?である.
B.研究方法
具体的には,機関の機能の詳細,サービス提供の実情,関連機関との連携実態,さらに各施設における認知症患者の受け入れ状況と退院支援に着目した.調査票には2 種類あり,一方は各施設の機能概要を問うもの,他方は臨床個人票である.医療機関における調査対象は平成20 年4 月1 日以降21 年3 月31 日までの期間に在院された患者さんのうち,認知症がある方に限る.主治医意見書やレセプト病名に認知症の病名があるか否かは問わない.認知症ありの方の中から,「あいうえお」順で10 名選んでもらった.該当する人について,3 月31 日より前で一番最近作成された介護保険の主治医意見書をもとに,病態と治療・ケアを中心とする問いに答えてもらった.主治医意見書がない場合には,平成21 年3 月31 日もしくは退院の時点でどのような状態であったかについて答えていただいた.介護保険系では,20,000 の介護施設から無作為抽出した約5,000施設に調査票を送付し,平成21 年9 月時点の施設概況と,無作為に選ばれた3 名の平成20 年度における認知症患者の実態を尋ねた.ここでも病態と治療・ケアを中心とする問いに答えてもらった.
C.結果
全体として30% 強の回答率を得た.主たる回答施設は,中規模,亜急性から慢性期の患者が主体の病院であった.認知症患者の入院有りとした各施設において認知症が占める割合の平均は23.0% であった.入院患者の平均年齢は患者全体(含む認知症患者)67.9 歳,認知症患者では80.2歳と有意に認知症患者が高齢であった.在院日数では,在院日数では,全体(含む認知症患者)の平均在院日数に比べて認知症患者の平均在院日数が短い.もっともこれは一般病院における結果が全体に強く影響していて,他の病床では逆である.
病院種別に明確な患者特性の差異がみられた.寝たきり度では,療養病床>一般病床>精神病床,認知症自立度は精神病床>療養病床>一般病床,そして医療依存度については,療養病床>一般病床>精神病床であった.
このような結果から,ある程度は病院機能に応じた認知症患者の受け入れができていると考えられた.しかしもっと質の良いサービスを提供するには,一般病院と精神科病院のさらなる連携が必要だと考えられる.

6 月21日(木)9:00〜11:30 国際会議室(第3会場)
アジア若手シンポジウム
Current Problems in Asian Psychogeriatrics
座 長: 工藤  喬(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室),柴田 展人(順天堂大学医学部精神医学教室)
AS-1 Development of the Korean Quality of Life Scale for Elderly with Dementia ; focussing on the community dwelling elderly with impaired congnition
演 者: Narei Hong(Department of Psychiatry, Hallym University Sacred Heart Hospital)
Objective : In Korea, the quality of life in elderly with dementia is apt to be neglected. For improving quality of life in elderly with dementia, it has to start with developing valid and reliable quality of life scale for them.
Methods : 45 items were collected through internet searching , and we developed preliminary questionnaire with these items. Through pilot study in Hanam, we shortened our questionnaire to 28 item-questionnaire. As a part of Hallym Aging Study in Chuncheon, 545 elderly people were interviewed and applied the shortened instrument with 28 items. We modified it to 16 item-questionnaire with each five score-scale. We named the questionnaire ‘the Korean Quality of Life Scale for Elderly with Dementia (KoQoLD).’ We analyzed the validity and reliability of the KoQoLD.
Results : For concurrent validity, we did correlation analysis of KoQoLD with EuroQol and SF-12. The correlation amount is more than moderate with both of them. Factor analysis revealed five factors-functional , familial, psychological, social and physical factors-that explained 62.22% of the total variance. KoQoLD had moderate test-retest reliability (R=0.595, p<0.01). The internal consistency (Cronbach’s alpha) of the scale was 0.855.
Conclusion :We developed the KoQoLD with adequate validity and reliability. Relationship with family members and self esteem rather than sight, hearing and transportation seemed to be important for quality of life of elderly with impaired cognition. Further studies are warranted on this scale with hospital-based patients, and we have to develop modified scale for patients with severe dementia.
 
AS-2 Association Between the BDNF Val 66 Met Polymorphism and Chronicity of Depression
演 者: Yujin Lee(Department of Psychiatry, Samsung Medical Center),Shinn Won Lim, Soo Yeon Kim (Center for Clinical Research), Jae Won Chung, Jinwoo Kim, Woojae Myung, Jihae Song (Department of Psychiatry, Samsung Medical Center), Seonwoo Kim(Biostatistics Team, Samsung Biomedical Research Institute, Sungkyunkwan University School of Medicine, Seoul, South Korea), Bernard J Carroll(Pacific Behavioral Research Foundation, Carmel, CA, USA.), Doh Kwan Kim(Department of Psychiatry, Samsung Medical Center, Center for Clinical Research)
Background : Major depressive disorder (MDD) is often a chronic or recurrent illness with considerable morbidity and mortality. Although the median episode lengths of depressive episodes have been reported to be approximately 3−6 months, a sizeable group of patients report episodes of 24 months or longer. However, little is known about the genetic factors that may influence the course of MDD.
Aim : This study tested for associations between the brain-derived neurotrophic factor (BDNF) gene at the Val66Met locus and the course of major depressive disorder (MDD).
Method : 310 Korean subjects (209 patients, 101 controls) were genotyped for rs6265 at nucleotide 196 (G/A), which produces an amino acid substitution at codon 66 (Val66Met) of the gene for BDNF. Course of illness was evaluated both by chronicity of current episode (episode duration>24 months) and by the lifetime history of recurrences.
Result : Patients with the Met/Met BDNF genotype had a significantly higher rate of chronic depression than all others. There was a significant dose effect of the Met allele on chronicity . Compared with the Val/Val genotype, the relative risk of chronicity was 1.67 for the Val/Met genotype, and 2.58 for the Met/Met genotype . Lifetime history of recurrent episodes was not related to BDNF genotypes but was significantly associated with younger age of onset and with a history of depression in first degree relatives.
Conclusion : Among the BDNF gene polymorphisms, the Met allele showed a significant dosage association with chronicity of depressive episodes. Knowledge of a patient’s Val66Met BDNF genotype, therefore, may signal the need for early intensive treatment aimed at preventing chronic depressions.
 
AS-3 Alcohol Consumption and Depression ; A 10-year Follow-up Study in an Elderly Cohort
演 者: Shu-Han Yu(Department of Psychiatry, Chung Shan Medical University Hospital, Taichung, Taiwan)
Objectives : To examine the relations of alcohol consumption to the courses of depression in a 10-year follow-up elderly cohort in Taiwan.
Methods : A prospective cohort study of the Taiwanese elderly people aged 60 and older was carried out since 1989. Participants were interviewed face-to-face during home visits and then were followed with intervals for every three to four years. Alcohol consumption, social activities, health conditions, physical functions and lifestyles were inquired and recorded. Alcohol consumption in our analyses included current drinking state, drinking frequency, and monthly drinking quantity. Depression was measured with the 10-item short form of Center for Epidemiologic Studies Depression (CES-D) scale. Grouping of depression course based on 10-item CES-D scores of the prior four waves (1989, 1993, 1996 and 1999) had been generated in previous research, and were groups with persistently low depression, persistently mild depression, late-peak depression, and highchronic depression, respectively. The group assignment was used as the outcome variable in our study. Multinomial logistic regression analysis was applied to analyze the relations of alcohol consumption to grouping of depression course.
Results : Current alcohol drinking at baseline was correlated with male gender, being aborigines or mainland Chinese, younger age group, tobacco smoking, less functional impairment, and better self-rated health. At baseline, as the severity of depression increased, the odds of alcohol consumption decreased from 1.03 for persistently mild depression to 0.89 for late-peak depression and 0.62 for high-chronic depression, though individual adjusted odds ratio (aOR) did not reach statistical significance. In terms of drinking frequency and monthly drinking quantity, there seemed to be non-linear relationships between levels of alcohol consumption and mild or moderated depression. Among these, the aOR of late-peak depression on less monthly drinking quantity reached statistical significance (0.34). In contrast, the aORs for high-chronic depression were consistently less than 1. At wave 2, similar patterns were found except the nonlinear relations among mild to moderate depression course were no longer seen.
Conclusions : More alcohol consumption was not associated with more severe course in depression during the 10 years follow-up. Instead, in the Taiwanese elderly cohort with relatively modest alcohol consumption, those with stable mood tend to drink alcohol. Alcohol consumption among the elderly may be the proxy of better healthy condition and more active, sociable lifestyles.
 
AS-4 Neuropsychiatric Symptoms in Subjects with Mild Cognitive Impairment
演 者: Po-Hsien Lin(Department of Psychiatry, Koo Foundation Sun Yat-Sen Cancer Center),Tzung Jeng Hwang(Department of Psychiatry, National Taiwan University Hospital)
Objectives : To estimate the point prevalence of neuropsychiatric symptoms and to find out specific NP symptoms which distinguished mild cognitive impairment (MCI) from normal control (NC).
Methods : Subjects were recruited from the dementia special clinics of two hospitals in Taipei. Normal controls were recruited from community or through advertisement. A standard diagnostic algorithm was done for every subject, including neurological exam, blood exam, complete neuropsychological test, neuroimaging exam etc. The data of age, sex, years of education and MMSE score were recorded. Neuropsychiatric symptoms were assessed with the 12-items Neuropsychiatric Inventory (NPI). Logistic regression was performed to find specific NP symptoms which distinguished MCI from NC.
Results : After exclusion of the subjects with other diagnoses, a total of 218 subjects with the NPI data were analyzed. Among them, 137 were MCI and 81 were NC subjects. The prevalence of at least one neuropsychiatric symptom in NC and MCI subjects were 33.3% and 54.7%, respectively. Three of the most prevalent neuropsychiatric symptoms in MCI were sleep and night time behavior disorder (21.9%), apathy (19.0%) and irritability (17.5%). By contrast, psychotic symptoms, euphoria, and aberrant motor behavior were rare (<4%). Logistic regression analysis controlling for age, sex and years of education showed that the presence of sleep and night time behavior disorder was significantly associated with the presence of the MCI.
Conclusions : Neuropsychiatric symptoms are prevalent in about one half of MCI subjects and one third of NC. The most distinguishing symptoms between MCI and NC are sleep and night time behavior disorder.
 
AS-5 Screening for cognitive disorders in acute geriatric admissions
演 者: J.L.M. Leung(Department of Psychiatry, United Christian Hospital, Hong Kong),Y.H. Lam(Department of Medicine & Geriatrics, United Christian Hospital, Hong Kong), G.T.H. Lee(Department of Psychiatry, United Christian Hospital, Hong Kong)
Background :We have a rapid-ageing population, hence people admitted to acute hospital are expected to have increasing age. Since advanced age is an independent risk factor for both dementia and delirium, the prevalence of cognitive impairment is inevitably on a rising trend in in-patient population. In an acute hospital in UK, 42.4% of patients aged over 70 had dementia, but only half of them were diagnosed prior to admission. The reported rate of delirium in hospitalised patients ranges from 11%−42%, but the condition goes undetected in up to 70% of patients. Early detection of dementia and delirium is desirable as both are associated with poor clinical outcome and effective treatments are available.
There is no valid instrument currently in use for acute geriatric admissions in Hong Kong to aid the detection of cognitive disorders. The objectives of this study were to (1) validate the Digit Span Test (DST) in the identification of and differentiation between dementia and delirium ; and (2) determine the prevalence of cognitive disorders in elderly people in acute medical unit.
Methods : During the study period from January to February 2010, 144 consecutivelyrecruited patients aged 75 or above who had had unplanned medical admissions were assessed by nurses, using the Digit Span Forwards (DSF) and the Digit Span Backwards (DSB) tests. Patients who could not communicate verbally or physically, and were unable to participate in clinical interviews, were excluded. The DST scores were compared with the psychiatrists’ DSM-IV based diagnoses . Receiver Operating Characteristics curve (ROC) was used in conjunction with sensitivity and specificity measures to assess the performance of DST. Correlation between scores of DST and Cantonese version of Mini-Mental State Examination (CMMSE) was computed.
Results : The prevalence rates of dementia alone , delirium alone and delirium superimposed on dementia were 31%, 13% and 13% respectively . The prior case-note documentation rate was 13.2% for dementia and 2.8% for delirium. Regarding the detection of major cognitive disorders, DSB had a sensitivity of 0.73 and specificity of 0.77 at the optimal cutoff of<3. Its area under curve (AUC) was 0.79. A significant association between scores on the DST and CMMSE was found in this study (Spearman’s correlations, p <0.01).
Conclusion : Dementia and delirium were prevalent, yet under-detected, in acute geriatric inpatients. The DSB is an effective tool in identifying patients with these two cognitive disorders.
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6月21日(木)10:00〜11:00 大ホール(第1会場)
企画講演1
「脳遺伝子研究」
座 長: 武田 雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
K-1 脳の遺伝子研究;現在,過去,未来
演 者: 辻  省次(東京大学医学部附属病院神経内科・ゲノム医学センター)
1980 年代に,ポジショナルクローニングと呼ばれる分子遺伝学的研究手法が確立されるまでは,脳疾患の発症機構を分子レベルで解き明かすことが著しく困難で,大きな壁にぶつかっていた.1983 年に,当時開発されたばかりのDNA 多型マーカーを用いて,連鎖解析と呼ばれる遺伝学的手法と組み合わせることにより,ハンチントン病の遺伝子座が第4 染色体の短腕に存在することが突き止められ,遺伝性疾患の病因遺伝子を探索する道が初めて拓かれた.この手法は,ポジショナルクローニングと呼ばれ,多くの遺伝性疾患の病因遺伝子が解明された.その結果,細胞レベルの研究,あるいは発生工学を駆使したモデル動物の作出などにより,遺伝性疾患の病態機序の解明,治療法開発研究が発展してきている.
一方,頻度の高い孤発性疾患の発症機構は現在でもほとんど未解明である.孤発性神経疾患の発症には,遺伝的要因と環境要因などが絡み合って発症するのではないかと推定されている.これまでの臨床遺伝学的研究から,アルツハイマー病,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症などでは,遺伝的要因の関与が強いことが示されており,この遺伝的要因の解明が,孤発性疾患の発症機構の解明の鍵を握っていると考えられている.
これまでの10 年程の間,DNA マイクロアレイと呼ばれる技術が実用化され,ゲノム上の50万種類もの塩基配列の多様性を網羅的に解析することが可能になり,ゲノム上のそれぞれの領域を代表するような,頻度の高い1 塩基多型(singlenucleotide polymorphisms, SNPs)をマーカーとした全ゲノムゲノムワイド関連解析(genomewideassociation study, GWAS)に基づく疾患感受性遺伝子の探索研究が発展してきた.GWAS研究は一定の成果を収めたが,見出される疾患感受性遺伝子のオッズ比はほとんどの場合2 以下であり,疾患発症に対する影響度の小さいく,疾患の病因・病態の全貌を解明するに至っていない.“影響度の強い遺伝的要因”がGWAS で見いだせていないことが,“missing heritability”と呼ばれ,大きな関心を呼んでいる.
最近の研究では,影響度の強い遺伝的要因は,一般集団の中で頻度の稀なものが多いことが見いだされ始めている.次世代シーケンサーが実用化され,全ゲノム配列解析によりこのような,頻度が稀で影響度の大きい遺伝的要因の探索が可能になった.1 人全ゲノムを調べると,SNV(singlenucleotide variation)だけでも,300 万個以上存在する.このような膨大な数のvariants から,疾患発症に関連するvariants を見出すためには,遺統計学,ゲノムインフォマティクスを駆使する必要がある.
課題は多いものの,このような大規模ゲノム配列解析に基づき,脳疾患の発症機構,病態機序の解明が爆発的に発展すると期待されている.その実現には,精度の高い臨床情報と生体試料の集積が重要である.このような研究成果から分子標的治療の新しいターゲットが次々と見出され,そこから,真に有効性の高い新しい治療法が実現していくものと期待さる.

6月21日(木)11:00〜12:00 大ホール(第1会場)
企画講演2
「言語症状」
座 長: 鹿島 晴雄(国際医療福祉大学)
K-2 認知症と言語に関する諸問題
演 者: 大東 祥孝(周行会湖南病院顧問,京都大学名誉教授)
1.認知症と言語障害
さまざまな型をとってみとめられる認知症は,それぞれに特有の言語障害を示す.
アルツハイマー型認知症では,健忘症状に加えてアルツハイマー化が進んでゆく過程で,多くの場合,超皮質性感覚失語(理解困難な語や句でも復唱は可能)を呈することが稀ではないし,筋強剛やミオクロヌスが出現する後期になると,ロゴクロニー(logoclonia)と言われる特異な発話が見られることも多い.これは,語や句の最後の音綴を繰り返す現象で,たとえば「バナナ」と言おうとして,「バナナナ,ナナナナナ…」といった表出をする.
最近注目されつつある,“logopenic progressiveaphasia”は,原発性進行性失語症の亜型とみなされており,音韻性錯語と復唱障害が前景にでる伝導失語様の病像をとり,神経画像データなどから,音韻ループ機能の障害が中核と想定されており,病理学的には,アルツハイマー型認知症に属すると考えられている.
一方,FTLD では,非流暢型失語症を呈する進行性失語症を呈する例が含まれるが,失語症というよりは,言語の力動的障害に属する,緘黙(mutism)や反復言語(palilalia),反響言語(echolalia)などがみられる症例が稀でなく,こうした言語症状にしばしば合併する無表情(amimia)を加えて,フランス語圏では,PEMA症候群と称されている(palilalie,echolalia,mutism,amimie).
FTLD には,意味性認知症が含まれている.これは言語や物体の意味記憶の障害をきたす変性疾患であり,側頭葉の関与が大きく,左半球では言語の意味記憶が,右半球では,人物や物体の意味記憶が障害されることが一般的である.左半球優位の変性の場合には,語義失語として記載されてきた病態との関連が重要な問題として残されている.
2.意味性認知症と語義失語
両者を基本的に同一の病態とみなすか否かについては,なお議論がわかれている.意味そのものが崩壊する事態なのか,意味そのものへアクセスできないことが問題なのか,が問われているともいえる.意味性認知症は前者の,語義失語は後者の病態であるが,前者の初期には後者の病態をとりうる,とみなす見解も有力である.
3.言語と「自己意識」と認知症
エーデルマン(Gerald M Edelman)は,進化論を神経系に援用して,ニューロン群選択淘汰理論(Theory of Neural Group Selection=TNGS)を展開し,「意識」の発生の解明を試みてきた.知覚と価値づけられた記憶との再入力から,まず「原意識(一次意識)」が生じる.それは,想起された現在(Remembered Present)であり,未だ「未来」を概念化しえない意識であって,ヒトのみならず哺乳類の一部においても存在する.そこからさらに進化の過程を経て,ヒトはとりわけ「言語」を獲得することを媒介として,「高次の意識」を獲得する.そこでヒトは,未来や世界,さらには自己についての概念をも獲得することになる.認知症が完成した段階においてほぼ共通にみとめられるのは,主に言語を契機として生じた「自己意識の解体」であるといってよい.
以上のような問題に焦点をあてて,認知症と言語に関する諸問題を論じてみたい.

6月21日(木)14:00〜15:00 大ホール(第1会場)
企画講演3
「プリオン病」
座 長: 深津  亮(埼玉医科大学総合医療センター)
K-3 プリオン病;最近の話題
演 者: 北本 哲之(東北大学医学系研究科病態神経学)
老年期の器質性精神症状を引き起こす疾患として,プリオン病が存在する.このプリオン病の70〜80% は,発病原因が不明である孤発性プリオン病である.そして残りの大多数は,プリオン蛋白遺伝子に変異のある家族性プリオン病であるが,問題はごく少数に動物や他のヒトからの感染によって発病した感染性(獲得性ないし医原性)プリオン病が存在することである.英国におけるBSE由来のvCJD や我が国における硬膜移植後CJDが感染性(獲得性)プリオン病に相当する.
英国におけるvCJD の発生動向は,徐々に発病する患者が低下し終息に向かっている.もちろん,この終息はBSE プリオンに汚染された食事由来のvCJD 患者それもプリオン蛋白遺伝子が129 Met/Met の患者の発生数が終息に向かいつつあるということで,将来感受性の低い129 Met/Val や129 Val/Val の患者が発病してくる可能性は否定できない.またもう1 つの危惧は,輸血や手術によるvCJD の2 次感染例が出現する可能性である.
我々は,129 Met/Met 以外のvCJD 患者が発病する可能性があるかどうかを,プリオン蛋白遺伝子をヒト型プリオン蛋白に置換したノックインマウスを用いて検討してきた.その結果,コドン219 Lys/Lys をもつノックインマウスでは129Met/Met で219 Glu/Glu のノックインマウスより明らかに感染しやすいことを報告し,また219Glu/Lys のノックインマウスも感染することを報告してきた.そして,我々のノックインマウスを用いた実験結果は,不幸にも的中してしまった.2010 年Arch. Neurol. 誌に2 例のvCJD with219 Glu/Lys が発病したことが報告されたのである.英国在住の219 Glu/Lys の頻度は極めて低く,1% に満たないことを考えると219 Glu/Lysの感受性の高さが想像できよう.
我が国での,プリオン病のサーベイランスは,1999 年から本格的に開始されるようになった.1999 年からの10 年間で1219 例のプリオン病患者が登録されている.この内,孤発性プリオン病は,922 例で75.6% を占め,家族性プリオン病は,216 例で17.7% を占めている.社会的に問題となる感染性プリオン病は,81 例で6.6% もの比率を占めているのが現状である.我が国での感染性プリオン病は,vCJD が1 例のみであり,一方残念ながら硬膜移植後CJD が依然として80例発病している.この我が国でのサーベイランス情報を交え,我が国でのプリオン病の問題点,今後の注目すべき点などを解説したい.

6月21日(木)15:00〜16:00 小ホール(第2会場)
企画講演4
「神経病理」
座 長: 布村 明彦(山梨大学大学院医学工学総合研究部精神神経医学講座)
K-4 日常診療に役立つ神経病理の基礎知識
演 者: 中野 今治(自治医科大学神経内科)
病理を知ると臨床像の読みが深まる.脳は構造と機能が複雑を極めることから,このことが殊のほか実感される.一方,正常を知らずして異常を知ることはできない.その意味で脳の基本構造の理解が重要である.本講演では,脳の基本解剖にも触れつつ,認知症を視野に入れつつ中枢神経疾患の病理を肉眼所見主体にお話しする.必要に応じて組織病理にも言及し,神経病理の見方と考え方を述べる.
脳病理の基本
1.ボリュームの異常:萎縮,壊死(欠損),腫大
1 )萎縮:脳の種々の範囲かつ種々の程度のボリュームの減少である.認知症を呈する大多数の疾患はこのカテゴリーに属する.萎縮には脳組織の壊死によるものとそうでないものとが有る.壊死は局所の脳組織全体の死を指す.
(1)組織の壊死を伴わない場合:多くはニューロンの変性脱落であり,それに伴う樹状突起(その総ボリュームは細胞体よりも遙かに大きい)と軸索・髄鞘の消失による.肉眼的には脳回が狭くなり,脳溝が開大する.いわゆる変性疾患がこの範疇に属する.また,白質(軸索and/or 髄鞘)の一次的病変によっても萎縮が生じる.多発性硬化症や白質ジストロフィーがこれに当たる.
(2)組織の壊死を伴う場合:肉眼的には大小様々の程度に脳組織が軟化・欠損している.壊死を生じる原因の代表は脳梗塞であり,vasculardementia を生じる.認知症が生じる他の壊死性疾患として,単純ヘルペス脳炎やWernicke 脳症などが挙げられる.
2 )脳の腫大:疑似認知症(quasi-dementia)を呈する代表は慢性硬膜下血腫と脳腫瘍である.脳梗塞,脳出血,脳炎,脳挫傷でも急性期には脳が腫大する.脳が腫大すると脳溝が閉鎖され,脳回が硬い硬膜に押しつけられて脳回の頂が扁平になって大脳全体が平滑に見える.膿腫大が更に進行すると脳ヘルニアが生じる.
2.硬さの異常
1 )軟化:脳が壊死に陥ると自己融解を生じ,柔らかくなる.軟化は未固定脳でも同定できるが,ホルマリン固定でより明確になる.しかし,中には壊死に陥っても軟化せず却って硬くなる場合もある(凝固壊死).
2 )硬化:多発性硬化症や筋萎縮性側索硬化症の名で知られ,線維性グリオーシスにより硬くなると考えられている.ただし,これは恐らく未固定状態での所見であり,ホルマリン固定脳では正常組織以上に硬度がましているとの印象はない.
3.色の異常:「色は物なり」は,スモンの緑色尿の原因物質がキノホルムであることを突き止めた故田村善蔵(東大薬学部)が残した名言である.脳の病変でも異常な色の出現あるいは正常色の消失が見られるが,あまり注目されていない.田村善蔵の目で色の病理を見てみたい.
この講演が,臨床の読みを深めるために多少なりとも役立つことを願う次第である.

6月21日(木)15:00〜16:00 国際会議室(第3会場)
企画講演5
「ECT」
座 長: 篠崎 和弘(和歌山県立医科大学神経精神医学教室)
K-5 ECT;電気けいれん療法の現状と適応
演 者: 一瀬 邦弘(特定医療法人社団聖美会多摩中央病院精神科,日本医科大学精神神経科,東京都保健医療 公社豊島病院精神科),鮫島 達夫(JR 東日本中央病院メンタルヘルス科),中村 満,奥村 正紀(東京都保健医療公社豊島病院精神科),大久保善朗(特定医療法人社団聖美会多摩中央病院精神科,日本医科大学精神神経科)
電気痙攣療法(Electroconvlusive Therapy)は精神科専門療法として広く行われていて,うつ病で薬物療法の有効率を10% 上回るとされている.
わが国での修正型ECT は(modified ECT:以下m-ECT)の施行施設は全国平均で40.7% と欧米など諸外国に比べ,その普及は立ち遅れている.日本精神神経学会の電気けいれん療法検討委員会は現在,粟田主一,一瀬邦弘,大久保善朗,奥村正紀,川嵜弘詔,鹿島晴雄,鮫島達夫,澤温,篠崎和弘,本橋伸高,山口成良,分島徹,和田健をメンバーとしてその安全性の追求を目標に活動を続けている.
ここ半世紀を振り返れると,1960 年代に向精神病薬が登場し,70 年代に反精神医学の風潮が高まる中,日本精神神経学会では,ECT 使用についての本格的な論議が憚られる時代が続き,1974 年の総会では「閉鎖病棟入院中の患者には電撃療法を行なってはならない」という趣旨の集会決議がなされた.
しかし,1980 年代頃から,薬物治療での限界や高齢者人口の増加ともに,m-ECT が再び見直されるようになった.日本総合病院精神医学会では,2001 年にガイドラインを作成し,その際に提言として「2007 年までにすべての総合病院精神医学会の会員所属施設で,修正型電気けいれん法が安全に実施できることを目標とする.10 年後(2011 年)には,我が国でいわゆる無麻酔下の電気けいれん療法の根絶を願う」としている.
また日本精神神経学会では,2002 年「電気けいれん療法の手技と適応基準検討小委員会」によって「米国精神医学会タスクフォースレポートECT 実践ガイド」が翻訳刊行され,わが国の現況を考慮し「ECT 推奨事項」を策定された.また2008 年の第104 回同総会では,「ECT の標準化:安全な環境作り」をテーマとするシンポジウムが催され,m-ECT の安全性及びその普及のために必要な要件について討議された.この際,山口成良委員から,(1)わが国のECT の実施状況について全国規模の実態調査を行う必要があること,(2)従来型ECT と比較したm-ECT の安全性に関する科学的検証,(3)麻酔科医不足の現状においてm-ECT を普及していくための具体策を検討する必要があること,についての指定発言がなされた.
このような中で,日本精神神経学会ECT 検討委員会での全国の実態調査が行われ,地域別のECT の麻酔管理別施行施設状況を検討すると,全国の総件数42,718 件のうち,関東ではが23,150 件(54.2%)と最多であるにもかかわらずm-ECT の施行率が71.7% と全国平均68.7%をすこし上回る程度となっていた.関東を含めた首都圏ではm-ECT の普及が十分ではないことが明らかとなった.
こうした現状とさらなる展開のための方策が必要とされている.

6月22日(金)14:00〜15:00 市民ホール401・402(第4会場)
企画講演6
「生活習慣病」
座 長: 千葉  茂(旭川医科大学医学部精神医学講座)
K-6 ライフスタイルと認知症
演 者: 中野 倫仁(北海道医療大学心理科学部臨床心理学科)
認知症発症におけるライフスタイルの影響,とくに生活習慣病との関連性が血管性認知症に限らずアルツハイマー型認知症においても認められることが知られている.加えて,アルツハイマー型認知症において血管病変が高率に合併することが明らかとなり,生活習慣病の認知症発症に対する役割が注目されている.生活習慣病の中でも高血圧,糖尿病,高脂血症については,認知症発症を促進するというエビデンスが集積しつつあるものの,人種や年齢によってその強弱が異なるという報告があり,現時点では確定的な結論に至っていない.一方,認知症発症に予防的に働くとされているものとしては,運動習慣,食生活,知的刺激を伴う余暇活動などの報告があり,その効果について期待が集まっているが,多くの課題が残されている.
生活習慣に対する介入という視点に立つなら介入開始時期が問題となってくる.特にアルツハイマー型認知症の場合,Aβの沈着が50 歳以前から始まることを考慮すれば,初老期からの予防介入が問題となってくる.初老期においては,職業を持っていることを念頭に置くことが必要であり,今後は産業精神保健において認知症対策という課題が発生することになるだろう.現在,産業医活動において認知症の問題はあまり重要視されていないのが現状であるが,平成21 年より若年性認知症が障害者雇用促進の対象障害に含まれるようになっている.また,若年性認知症に対するケアモデル事業も開始され,行政面からの対策も開始されている.
若年性認知症については,その絶対数が少ないこともあり一般に診断が遅れる傾向がある.診断がつかないまま退職に追い込まれたり,社会資源の利用が制限されたりして経済的損失を被るケースも少なくない.この場合,子どもが年少であることなどもあり家族からの理解を十分得ることもできず患者の孤立感が深まる事例も生じている.若年性認知症において特筆すべきことは,その行動異常が職場での非行行為として捉えられ,単なる懲戒処分の対象とされて処理されるケースが後を絶たないことである.このことは特に前頭側頭型認知症において顕著である.初老期以降の職場での行動異常においては,人格変化の可能性を十分考慮して対応することが肝要である.ともすれば遷延するうつ病として休職中の職員の中に認知症が診断されないままに潜んでいる.専門家自身の研鑽も重要であるが,管理職・一般医を含めて啓蒙することがますます求められている.

6月22日(金)14:00〜15:00 市民ホール403・404(第5会場)
企画講演7
「地域在住後期高齢者の認知症の有病率と原因疾患;
 混合型認知症の問題点ならびに介護保険指標の妥当性.栗原プロジェクト報告」
座 長: 粟田 主一(東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム)
K-7 地域在住後期高齢者の認知症の有病率と原因疾患;混合型認知症の問題点ならびに介護保険指標の妥当性.栗原プロジェクト報告
演 者: 目黒 謙一(東北大学大学院医学系研究科高齢者高次脳医学)
【目的】認知症の地域調査の中でも,75 歳以上の後期高齢者に焦点を当て,MRI を施行して原因疾患を検討したものは少ない.また,要介護度を始めとする様々な介護保険指標や,基本チェックリストの医学的妥当性が十分検討されていない.当講座では,平成20 年度から宮城県栗原市と共同で,後期高齢者を対象に「脳卒中・認知症・寝たきり予防プロジェクト」(栗原プロジェクト)を行っている.以前,初年度調査(200 名)の結果として,対象者の半数以上に脳梗塞(CVD)が認められること,認知症の有病率は15.2% で原因疾患としてアルツハイマー病(AD)についで血管性認知症(VaD)及び混合型認知症(MxD)が多いこと等を報告した(第24 回本学会).今回,平成22 年度までの3 年間の有病率調査が終了したので,原因疾患特にMxD の問題点,介護保険指標や基本チェックリストの妥当性の検討結果を含めて報告する.
【方法】
分析1:栗原市の255 自治区から19 のモデル地区を選出し,同地区在住の後期高齢者1,254 名から同意の得られた590 名(47.0%)を対象とし,MRI,DSM-IV,臨床的認知症尺度(CDR),神経学的診察,神経心理検査,血液検査,ADL 調査等を施行した.認知症の原因疾患については,神経学的診察とMRI 所見,さらにその後の臨床経過に基づいて検討した.CVD については,尾状核頭部,視床等,単発でも認知機能に影響を与える「戦略的重要部位」について詳細に検討した.
分析2:同一対象者において,要介護度認定状況ならびに基本チェックリスト認知症関連項目(第18〜20 項目),介護保険非申請・非該当者を含めて保健師が独立して判定した介護保険指標との関連を分析した.
分析3:分析1 の同意率の低さを考慮し,同市在住の後期高齢者の26% を占める介護保険認定者3,915 を対象に,分析2 により決定した認知症状態の判定に有用な介護保険指標を用いて,各年齢別の認知症の推定有病率を求めた.
【結果】
分析1:認知症の有病率は12.4% で原因疾患としてはAD+CVD,AD,MxD,VaD の順であった.VaD とMxD の中には戦略的重要部位のCVDが認められたが,これらは単発でも妄想などの精神症状を呈することがあるので注意が必要である(症例提示).
分析2:認知症状態の判定に,要介護度の特異度が高いこと,認知症自立度 以上の感度・特異度が高いことが分かった.基本チェックリスト認知症関連項目は特異度・陰性予測値は高いものの感度・陽性予測値ともに低く,スクリーニングとして不適格であったがCDR 0.5 群を加えた場合,陽性予測値が高くなった.
分析3:認知症自立度 以上を「認知症状態」と想定した場合,23.6% となり高齢ほど高くなるが,年齢との関係では男女差が認められた.
【結論】後期高齢者における認知症の有病率は加齢に伴い増加するが,従来の報告よりも高い.また,VaD やMxD の場合,単発でも精神症状を生じうる戦略的重要部位のCVD に注意が必要である.介護保険指標について,認知症自立度 をカットオフ値とした場合,妥当性のある判定が可能である.基本チェックリスト認知症関連項目は,CDR 0.5 群を加えた集団のスクリーニングとしては意義があると思われるが今後の改定が必要である.平成23 年度より,CDR 0.5 群を対象に介入事業が開始された.今後報告する予定である.

6月21日(木)13:00〜14:00 国際会議室(第3会場)
共 催: 日本メジフィジックス株式会社
共催講演1
「画像診断T」
座 長: 中野 正剛((医)相生会認知症センター)
KY-1 画像診断の基礎
演 者: 松田 博史(埼玉医科大学国際医療センター核医学科)
アルツハイマー病を主体とする認知症の診療において補助的な役割を果たす画像診断の必要性は日に日に増している.画像診断の役割には,(1)認知症において最も頻度の高いアルツハイマー病の前駆期とされている健忘型の軽度認知障害の段階での早期診断,またはそれ以前での診断,(2)軽度認知障害の段階での予後予測,(3)アルツハイマー病と他の認知症性疾患との鑑別,(4)アルツハイマー病の進行度評価と治療効果の判定などが挙げられる.新しいアルツハイマー病の診断基準が提唱されており,その中で研究目的ではあるがアルツハイマー病の生物学的指標となりうる画像診断として,MRI,糖代謝をみる18F-fluorodeoxyglucose(FDG)‐PET,脳のアミロイドPET イメージングが主として挙げられている.また,本邦では,保険収載されていないFDG-PET の代わりに脳血流SPECT が多く用いられている.
アルツハイマー病においては,正常加齢とは対照的に内側側頭部の選択的萎縮が早期に起こることが知られている.萎縮には軽度の左右差がみられる.この中でも最も早く神経細胞脱落が起こり萎縮のみられる部位である嗅内皮質は海馬傍回の最前部である.ただし,その容積は正常でも2 mlに満たず萎縮の視覚評価は困難である.また,嗅内皮質の容積測定のランドマークとなる側副溝には変異が多く,用手による領域設定で容積を測定したとしても誤差が大きい.脳の絶対的な容積測定ではなく,正常データベースと比較することにより,統計学的解析値から脳萎縮を評価する方法が実用的レベルに達している.最も多用されている方法として,voxel-based morphometry があげられる.この方法は,3D のT1 強調の全脳MRIを灰白質,白質,脳脊髄液に自動的に分離し,標準脳のテンプレートに形態変換してから,個々の患者の濃度や容積絶対値をボクセル毎に正常データベースと統計学的に比較するものである.解析結果は正常データベースの平均値からの偏位を標準偏差で示すZ スコアマップとして表示される.われわれが開発したVoxel-based SpecificRegional analysis system for Alzheimer’sDisease(VSRAD®)は,全国で2,000 を超える施設で用いられている.
脳血流SPECT 画像を視覚評価する際には正常分布を理解した上で,脳局所の血流低下をとらえることになる.しかし,血管障害とは異なり,認知症の初期では脳血流の変化は僅かなことが多いため,読影者の経験による正診率の相異,同一読影者でもその再現性が問題となる.視覚評価に代わる方法としてMRI と同様に統計学的に脳機能解析を行う方法が研究面のみならず臨床現場でも用いられており,脳血流SPECT 診断に寄与している.Minoshima らが開発したthree-dimensionalstereotactic surface projection(3D-SSP),われわれが開発したeasy Z-score imaging system(eZIS)が代表的な解析法である.

6月21日(木)14:00〜15:00 国際会議室(第3会場)
共 催: 日本脳神経核医学研究会/富士フイルムRIファーマ株式会社
共催講演2
「画像診断II」
座 長: 川勝  忍(山形大学医学部精神医学講座),北村  伸(日本医科大学武蔵小杉病院内科)
KY-2-1 血管性認知症とレビー小体型認知症の画像診断
演 者: 北村  伸(日本医科大学武蔵小杉病院内科),仁藤智香子(日本医科大学内科神経・腎臓・膠原病リウマチ部門)
このセッションでは,病歴と神経学的所見からは変性性認知症が疑われるが,画像所見を加えてみるとそうでなかった2 例と歩行障害と視力障害を自覚した1 例を提示する.
【症例1】70 代右利き男性.合併症はない.X−3年前よりもの忘れがあり,最近それがひどくなってきたので,X 年に初診となった.神経学的には特に異常はなかったが,失見当識,記憶障害を認め,MMSE は15 であった.明らかな脳血管障害の既往はなく,神経学的にも異常のないことから変性性認知症を疑わせた.
【症例2】50 代右利き女性で,糖尿病の治療を受けている.X−1 年前に朝おきられないことを理由に退職している.その後,請求書を見てもどこの銀行に振り込むかわからない,インシュリンの投与量や注射の仕方を忘れるなどのエピソードがありX 年当科初診.神経学的には異常なく,軽度の記憶障害と注意集中の障害を認めた.MMSEは24 であった.明らかな脳血管障害の既往はなく,神経学的にも異常のないことから変性性認知症を疑わせた.
上記2 症例をもとにして,画像診断から得られる情報が血管性認知症の診断にどのように貢献しているかを考えてみる.
【症例3】60 代右利き男性.X−1 年6 ヶ月前より両手のこわばりが出現し,細かい動作(ボタンの開閉や書字など)が不自由に成り始めた.歩行時やエスカレーターに乗る時にすぐに足が前に出ないことも気になっていた.X−1 年より,目が見え難いことや言葉が出にくくしゃべり難い(元々吃音症ではあるがそれとは異なる)ことを自覚.次第に症状が増悪するためX 年初診.左上肢のごく軽度の筋力低下を認める他は特に神経学的異常所見を認めず,言語障害については,小児期からの「吃音症」の増悪のようにも思われた.MMSE は27 であった.
この症例について画像所見を加えて診断を考えてみる.
 
KY-2-2 アルツハイマー型認知症と前頭側頭型認知症の画像診断
演 者: 川勝  忍(山形大学医学部精神医学講座)
NINDS-ADRADA のアルツハイマー型認知症(AD)の診断基準改訂版(2007)では,A)早期からの有意なエピソード記憶の障害に加えて,以下のB−E の一つ以上,すなわち,B)側頭葉内側部の萎縮の存在:MRI で海馬,海馬傍回,扁桃体の萎縮,C)髄液検査の異常:アミロイドβ1-42 低下,タウ蛋白増加,D)PET 所見:両側頭頂側頭葉のブドウ糖代謝低下,アミロイド画像,E)常染色体優性遺伝形式の遺伝子異常の家系内存在,が必要とされる.このうち,保険診療で可能な検査はMRI のみであり,海馬,海馬傍回,扁桃体などの側頭葉内側部の萎縮の所見は,重要なAD のマーカーである.しかしながら,海馬,海馬傍回は,小さくて複雑な構造をしているため,萎縮の正確な評価は必ずしも容易ではない.わが国では,側頭葉内側部の萎縮をVoxelbasaedmorphometryを用いて比較的簡便に測定できるソフトとしてVoxel-Based Specific RegionalAnalysisSystem for Alzheimer’s Disease(VSRAD)があり,広く臨床応用されている.しかし,AD の一部,とくに早期発症型では,エピソード記憶の存在にも関わらず明らかな海馬の萎縮が見られない例も多いことに注意する必要がある.これは,海馬の拡散強調画像による海馬内部構造の不明瞭化や,T2 強調あるいはSTIR 画像でみた海馬体の円形化といった演者らが検討している別の方法でも同様である.側頭葉内側部の萎縮が明らかなでない例では,脳血流SPECT による機能画像診断が有用であり,通常,失語,失行,失認などの症状に対応した部位の血流低下をよく検出できる.また,easy Z score imagingsystem(eZIS)のような画像統計解析による,後部帯状回の血流低下の所見も有用である.また,VSRAD とeZIS を統合したvoxel-based StereotacticExtraction Estimation(vbSEE)による評価も早期診断に有用な可能性がある.
前頭側頭型認知症(FTD)あるいは前頭側頭葉変性症(FTLD)は,AD とは異なり,種々の背景病理(原因疾患)を有し,脳の萎縮部位とそれに対応した臨床症状群を呈する疾患の総称である.演者らの検討では,FTLD で最も頻度が高いのは,意味性認知症(SD)であり,左あるいは右の側頭葉底部と前部の限局性萎縮がCT やMRI で病初期から確認することができ,語義失語や相貌の意味記憶障害および種々の程度の行動異常との組み合わせから,診断は容易である.病理学的にもTDP-43 proteinopathy が大多数を占める.しかし,高齢発症の側頭葉萎縮例では嗜銀顆粒性認知症も念頭に置く必要がある.Pick 病では,やはり病初期から著しい前頭および側頭葉の萎縮を認めるが,頻度はそう多くはない.一方,三山病(運動ニューロン疾患を伴うFTD)では,前頭葉萎縮は軽度だが,脳血流SPECT では明らか前頭葉での血流低下を示す.三山病の中にも,前頭葉萎縮の例だけでなく,稀ではあるがSD 様の側頭葉萎縮,進行性非流暢性失語(PNFA)様の左前頭葉の萎縮を呈する例もある.また,FTLDをみる場合には,常に運動ニューロン疾患の併存の有無に注意する必要がある.PNFA では,AD,Pick 病,進行性核上性麻痺,皮質基底核変性症など種々の原因疾患があることが分かっており,それぞれの疾患の臨床および画像所見を併せ持ていることに注意して診断することが必要である.
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