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 6月22日(金) 口頭発表
 
6月22日(金) 9:00〜9:48 第4会場市民ホール401・402
神経心理(2)
座長:西川 隆(大阪府立大学総合リハビリテーション学部)
II-1
前頭葉機能検査を用いた健忘型軽度認知障害と早期アルツハイマー病患者の鑑別;遂行機能とアルツハイマー病
永田智行,品川俊一郎,山尾あゆみ,忽滑谷和孝,落合結介,笠原洋勇,中山和彦(東京慈恵会医科大学附属柏病院精神神経科,東京慈恵会医科大学精神医学講座)
【目的】本研究は,これらの2 群間のFrontalAssessment Battery(FAB)の全スコアと下位スコアを比較し,それ以外の認知機能との相互関係を評価することが目的となる.
【方法】170 人の連続するアルツハイマー病もしくはA-MCI 患者の中から,75 歳以下のA-MCIもしくはEAD 患者48 人を抽出した.これらの2 群間で,FAB とMMSE の全スコア並びに下位スコアを比較した.さらに,FAB 下位スコアに対するMMSE 下位スコアもしくは診断(A-MCI,EAD)の統計学的相互作用を検討した.
【倫理的配慮】患者の個人を特定できないよう連結不可能匿名化を行っている.
また本研究は,本学倫理委員会の承認を得ている.
【結果】2 群間で年齢,性別,罹患期間,教育年数に有意差を認めなかった.しかしながら,FAB全スコア,下位スコア(葛藤指示,go/no-go)において2 群間で有意差を認めた.さらに,MMSE全スコアと下位スコア(見当識,遅延再生,注意・計算項目)でも有意差を認めた.一般線形モデルを用いてFAB 下位スコアに対する相互作用を調べたところ,見当識や遅延再生などのMMSE の下位スコアから独立して,診断のみが葛藤指示とgo/no-go スコアに有意に影響を及ぼしていることが分かった.
【考察】EAD において,FAB 全スコアと干渉的課題を反映した下位スコア(葛藤指示,go/no-go)が有意に低下しており,それらは失見当識や記憶障害の影響は受けていなかった.このような神経心理学的スクリーニングテストの特徴は,日々の臨床でA-MCI とEAD を鑑別するうえで,臨床医の手助けになるかもしれない.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-2
認知症者の精神機能評価としてのバウムテスト;HDS-R との対比
黒川良,松本奈緒美,橋本孝志,石田倫子,吉田香衣,芝塚梨華,田中和之,三宅誕実,天本高寛,清水始,宮本忠明,根岸協一郎(医療法人根岸会足利富士見台病院認知症疾患医療センター)
【目的】認知症の診断の一助として様々な神経心理学的検査が用いられているが,高齢者や認知症者を対象としたバウムテストの研究でも年齢によって描かれる樹に特徴があることが報告されている.当院でも高齢者の認知機能検査としてHDSRとMMSE,そしてバウムテストの3 つを組み合わせたHMB テストを平成23 年10 月より導入した.そこで本研究ではHDS-R 得点とバウムテストの特徴の関連について分析し,認知症診療におけるバウムテストの有用性について検討した.
【方法】対象は,平成23 年10 月1 日から同年11月26 日までにHMB テストを施行した患者154名(男性:53 名,女性101 名),平均年齢は79.9±7.2 歳であった.HDS-R 得点により3 群(A群:25 点以上,B 群:17〜24 点,C 群:16 点以下)に分類した.
バウムテストは,A4 版の白い用紙,2B の鉛筆2 本,消しゴム1 個を用いて「1 本の木を描いてください.」と教示した.バウムテストの判定については小林(1990),坂口(2005)を参考に,サイズ,幹,幹先端処理,地平・根,枝,葉・実・花,空間倒置の有無,樹冠,不調和の有無の各種指標計42 項目について評価した.指標毎にA 群,B 群,C 群それぞれの出現率に対してχ2 検定を行い,統計学的有意差を検討した.有意差が認められた場合は残差分析を行った.
【倫理的配慮】調査結果から個人が特定されないように配慮した.
【結果】A 群23 名,B 群63 名,C 群68 名であった.有意差を認めた評価の指標は以下の10 項目であった.大きいサイズ(p<.01),小さいサイズ(p<.01),地平あり(p<.01),地平なし(p<.01),枝描写なし(p<.05),一部一線枝(p<.05),幹上を樹冠が覆う(p<.05),幹先端完全処理(p<.05),幹先端処理判定困難(p<.05),文字のみ(p<.01)であった.
【考察】本研究ではHDS-R 得点の低下に伴い「木のサイズが小さくなる」「地平が描かれない」「幹先端処理ができない」などの形態水準の低下がみられた.これらは先行研究と同様の結果であり,精神的エネルギーや自己表現力の低下,知的精神機能及び空間認知などの頭頂葉機能の低下を反映していると推測される.黒瀬(2011)は,木のサイズはバウムテスト上でAD 進行を予測する指標として有効であると述べており,早期診断の重要な指標の1 つとなりうる可能性がある.
本研究は描画上の特徴を統計学的に検証し,バウムテストが精神機能を評価する検査となりうることを示した.また,バウムテストは施行が簡便で,患者の負担も小さく,保険点数化されていることからも外来で行いやすい検査である.
以上のことから,バウムテストは物忘れ外来においてHDS-R やMMSE と組み合わせることにより認知機能検査の補助として臨床的に有用性があると考えられる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-3
バウムテストを利用した高齢者のうつ状態の抽出に関する研究
山口ともみ,樫林哲雄(兵庫県立リハビリテーション西播磨病院認知症疾患医療センター),中野恵里(兵庫県立リハビリテーション西播磨病院リハビリ療法部),岩本昌子,植月静,岡野裕,柿木達也(兵庫県立リハビリテーション西播磨病院認知症疾患医療センター)
【目的】高齢者のうつ状態は,若年者と異なり典型的な抑うつ症状を呈さない事も多く,検出が難しいとされている.近年,高齢者の抑うつ状態がバウムテストにどのように反映されるのかを非抑うつ群やアルツハイマー病群と比較検討した研究がなされてきている(村山2009,熊谷2010).しかし,認知機能低下の度合いを統制した上で,臨床群の描画特徴を比較検討した研究はなされていない.本研究では,神経心理検査結果を統制した上で,検出が難しいとされる高齢者のうつを検出するのに有用となる描画特徴を抽出することを目的とし,抑うつ状態群と軽度認知機能低下群とのバウムテストを比較検討した.
【方法】兵庫県西播磨認知症疾患医療センターを物忘れを主訴で受診し,バウムテスト,MMS-E,透視立方体模写検査を受けた患者で,MMS-E 得点が24 点以上で,透視立方体模写が可能だった症例の中から,うつのエピソードがあった症例を抑うつ状態群(女性11 名,男性1 名,平均年齢75.63 歳),軽度認知障害あるいはアルツハイマー病と診断されたが,うつのエピソードがなかった症例を軽度認知機能低下群(女性14 名,男性11 名,平均年齢75.61 歳)と分類した.バウムテストは,A 4 サイズの画用紙と鉛筆を用意し,「木を1 本詳しく描いてください」と教示する方法を用いた.そして,小林(1990)を参考に,木のサイズの計測,及び描画特徴77 項目(うち12項目は新たに追加)について評価,分類を行い,抑うつ状態群と軽度認知機能低下群との間で,木のサイズについてはt 検定を,各項目の出現頻度についてはχ二乗検定を行い,その差異を比較検討した.
【倫理的配慮】本研究は,当院倫理委員会の承認を得たものであり,被験者の匿名性に配慮して解析を行った.本研究は日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
【結果】どの項目についても,両群の間に有意差は見られなかった.ただし,形態の良否について,小林(1990)の分類における,木としての「形態良好」「ほぼ良好」に分類された症例を形態良好群,「形態やや不良」「形態不良」に分類された症例を形態不良群として,抑うつ状態群と軽度認知機能低下群との間でχ二乗検定を行ったところ,抑うつ状態群において,形態不良群に分類された症例が多い傾向が見られた.また,木のサイズについては,抑うつ状態群のほうが木のサイズが大きい傾向が見られた.
【考察】以上の結果より,1.抑うつ状態群の描画は,一見してそれが木であると認めるには違和感を抱かせるような変形や描線の弱さ,アンバランスさが出現しやすい傾向がある.2.軽度認知機能低下群の方が,木のサイズが縮小していることから,軽度認知機能低下群の方が,自分が重要ではないという感覚や広大な世界によって自己が圧倒される感じ,孤独感を感じている(ボーランダー1999).あるいは,他の検査で検出できなかった構成能力の低下が木のサイズ縮小という形で現れている可能性がある,と考察した.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-4
認知症予防のための前頭前野機能テストの基礎検討;漢字色別テスト物語編(Color Words Pick-up Test)の健常者データについて
奥山恵理子,大城昌平(聖隷クリストファー大学大学院),志村孚城(創生生体工学研究所)
【目的】認知症予防のために,前頭前野の微妙な陰りをスクリーニングで検出することを目的として,ストループ効果を応用した漢字色別テスト物語編を考案した(志村他,特許2003-280626 PCTW02005/009247A1).今までの研究では,近赤外分光法によりテスト実施中に前頭前野が賦活していることが確認され(奥山他,日本生体医工学会第6 回BME on Dementia 研究会Vol 3, No.1, 9-13,2007),さらにFAB がほぼ満点(16−18 点)の健常者をより細かくクラス分けできる可能性も得ている(志村他,第50 回日本生体医工学会大会,OS2-5-6,2011).これらの妥当性研究と並行して,正常値設定のための健常者データの集積を図ってきたので,今回はその現状を報告する.
【方法】用いた漢字色別テスト物語編は,548 文字の漢字交じり文で,その中に緑色,青色,灰色,茶色,桃色,赤色で書かれた色を表す漢字が25文字ランダムに配してある.規定される時間(60歳未満1 分,60 歳以上2 分)内で,印刷されているいる色と漢字が表わす色の一致/不一致を判定しながら物語を読んで内容を記憶していく.時間が終了後,記憶した内容についての質問に答える.評価指標として色の一致/不一致を正しく答えた色漢字正答数と,読んだ所までの質問に答える記憶正答率の積(Index 1)を用いた.
対象とした被検者は認知症予防講座の受講者であり,地域としては大都市市街,大都市郊外,地方都市市街,地方都市市街,農村などである.健常で色弱・色盲でないと自己申告した人の内,テスト方法を理解出来なかった人,色漢字の見落とし,見間違いが3 個以上の人を除外して健常者データとして登録した.その数は2011 年5 月の時点で2033 人に達し,内訳をを表1 に示す.
【倫理的配慮】本研究は創生生体工学研究所の倫理規定に則り実施され,被検者に対しては健常者データに登録することに同意した人のみを集積し用いた.
【結果】各年代のIndex 1 のヒストグラムはほぼ正規分布をなし,その平均値と1.5SD を年代毎に求め推移を図1 に示す.図中60 歳の±1.5SDのラインの不連続は,テスト時間の違いにより発生するものである.
【考察】30 歳代,40 歳代のサンプル数は少ないが,Index 1 の平均値は年代とともに減少すること,標準偏差は各年代でほぼ等しいことが明らかになった.各年代のヒストグラムがほぼ正規分布をなすことから,健常者の前頭前野の影りの指標となることが示唆された.今後は信頼性・妥当性の研究を進める予定である.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月22日(金) 9:48〜11:00 第4会場市民ホール401・402
早期診断・総合病院
座長:宮岡等(北里大学医学部精神科学)
II-5
総合病院におけるせん妄の実態把握と精神科的早期治療介入について
高崎悠登,藤井祐亘,高木友徳,入谷修司,尾崎紀夫(名古屋大学医学部付属病院精神科)
【目的】総合病院の内科や外科等の病棟において,入院患者がせん妄を呈することは稀ではない.せん妄の合併は,基礎疾患の治療継続困難・転倒転落の増加や病棟での自傷他害的行為といった問題が引き起こされ,医療施設の安全管理の問題だけでなく基礎疾患の予後にも影響を与える.したがって,早期に適切な治療的介入を開始することが重要である.せん妄の病態には,高齢・認知症といった中枢神経系の準備背景因子に加えて,重症感染症・手術等の身体的ストレス・低栄養状態・脱水・ICU 入室等による環境の急劇な変化・中枢神経系作用を有する特殊な薬剤の使用といった多様な因子の関与が考えられ,一般科病棟では対処が困難となり精神科医療の介入が必要となる例も多い.以上を踏まえ今回の検討では,せん妄予防という観点から,総合病院におけるせん妄の実態を把握し,すみやかな精神科の早期介入法に繋げる方策を模索することを企図した.
【方法】2011 年9 月〜2011 年11 月までに名古屋大学医学部付属病院精神科にコンサルテーション依頼のあった入院中のせん妄患者14 症例を対象とし,病態・治療方針・経過をレトロスペクティブに検討した.
【倫理的配慮】今回の調査に関して,名古屋大学医学部倫理委員会で承認を得て,個人情報保護に努めるなど,倫理的配慮を行った.
【結果】期間中精神科に依頼のあった全14 例のうち,4 例は内科系から,10 例は外科系からの依頼であった.精神科介入前に,定期薬物治療として,定型抗精神病薬点滴を単剤使用していた例が2 例,非定型抗精神病薬を単剤使用した例が4例,経口ベンゾジアゼピン+定型抗精神病薬点滴を併用していた例が4 例,経口ベンゾジアゼピンを単剤使用していた例が2 例,抗ヒスタミン薬静注を単剤使用した例が1 例,薬物治療を行わなかった例が1 例であった.精神科介入後は,非定型抗精神病薬を単剤使用した例が8 例,非定型抗精神病薬+経口ベンゾジアゼピンを併用した例が5 例,抗うつ薬+経口ベンゾジアゼピンを使用した例が1 例であった.また,せん妄は精神科介入後,平均12 日(min 4 day,max 27day,δ=8.53)で改善した.
【考察】第一に,精神科のコンサルテーション活動を通じて,一般科病棟でのせん妄患者のそれまでの背景(生活リズム,認知機能,脳機能評価など)の情報が不足し,あらためて精神科医が評価し直す必要があった.したがって,予防という観点からは,各診療科においても事前に簡便な患者のリスク評価がなされるべきであると考えられた.第二に,精神科に依頼があったケースの大半が,各診療科の非精神科医によって既に向精神薬が投与されていた.精神科介入後は非定型抗精神病薬を用いた治療が行われる傾向にあった.この理由として,定型抗精神病薬の凝固系への影響や過鎮静,QT 延長等の副作用を避ける目的があったと考えられる.多くの場合,精神科薬の使用に関し,本人や家族への説明が不十分であり今後の課題と考えられた.今回の調査では,精神科に依頼をうけた症例のみを対象としたが,今後は全症例に関してリエゾン精神医療の範疇で前方視的な検討がなされるべきである.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-6
初期もの忘れ外来患者と運動器不安定症の関連性
上原光司,小杉正,長尾卓,西野加奈子(社会医療法人愛仁会高槻病院技術部理学療法科),石原拓郎(社会医療法人愛仁会高槻病院技術部作業療法科),浅野美季(社会医療法人愛仁会高槻病院技術部言語療法科),欅篤(社会医療法人愛仁会高槻病院診療部リハビリテーション科)
【目的】近年,超高齢化社会を迎え要支援・要介護者数も著しく増加してきており,健康寿命が短縮し寝たきりになることが大きな社会的問題となっている.中でも運動器不安定症は高齢者のADL維持のための重要な病態であり,認知症との関連性が提言されている.今回我々は,当院初期もの忘れ外来患者と運動器不安定症の関連性を確認するため2011 年2 月から2011 年12 月までを調査期間とし,期間中にもの忘れ外来運動機能評価が行われた患者を対象に後方視的検討を行ったので報告する.
【方法】対象は2011 年2 月〜12 月の間に当院もの忘れ外来を受診し運動機能評価を受けた患者68 名(男性23 名,女性45 名).平均年齢は76.4±8.6 歳.以上の患者は,厚生省障害老人の日常生活自立度判定基準がランクJ またはA に属している.その中で運動器不安定症の診断基準である(1)開眼片脚起立時間が15 秒未満,(2)3mTimed up and go test が11 秒以上のいずれか一方を満たす場合に運動器不安定症と判断した.統計学的検討にはフィッシャーの直接確率検定およびχ2 乗検定を用いた.
【倫理的配慮】ヘルシンキ宣言に基づき,各対象者には本研究の施行ならびに目的を詳細に説明し,研究への参加に対する同意を得た.
【結果】患者68 名中34 名が(1)の項目を,16名が(2)の項目を満たし,35 名(51.5%)が運動器不安定症に該当した.その頻度は年齢とともに増加し,男女差は見られなかった.(男性11/23,女性24/45,図1)また認知障害(HDS-R スコア19 点以下)は21 名に見られ,認知障害を持たない47 名に比べて運動器不安定症が多くみられた.
【考察】運動器不安定症患者は,年齢とともに増加しさらに認知機能が低下している患者では保有率が高く,認知機能と運動器不安定症とは深い関係を持っていた.昨今の高齢化社会においては,認知機能と運動機能を適切に評価してADL 低下の予防や治療に結び付ける必要性が高まっている.今後は,運動器不安定症に陥りやすい初期もの忘れ外来患者のADL 保持のために,老化現象を持ちながらも活動性低下を防ぎADL 維持に努める予防対策を早急に展開していかなければいけないと考えられた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-7
ものわすれ予防検診参加者における外来受診者のフォローアップ
中島洋子(久留米大学医学部看護学科,久留米大学高次脳疾患研究所),森田喜一郎(久留米大学高 次脳疾患研究所),藤木僚(久留米大学医学部神経精神医学講座),山本篤(久留米大学高次脳疾患研究所),村岡明美(久留米大学高次脳疾患研究所,医療福祉専門学校緑生館),古村美津代,草場 知子(久留米大学医学部看護学科),石井洋平(久留米大学高次脳疾患研究所),山口千果(熊本学園大学社会福祉学部),小路純央(久留米大学医学部神経精神医学講座)
【目的】ものわすれ予防検診参加者におけるものわすれ外来受診者の検査結果の分析より,受診者の状況と検診の早期発見の有用性を検討する.
【方法】対象:平成19〜22 年度のF 県T 地区のものわすれ予防検診参加者411 名中のA 大学病院ものわすれ外来受診者92 名.分析方法:HDSR等の検査結果とMRI(VSRAD)のZ スコアの認知症群と非認知症群の割合と平均の記述統計および分散分析により,受診者の状況を考察する.
【倫理的配慮】対象者には研究の主旨および匿名性を確保することを文書で説明し,同意を得ている.尚,当大学倫理審査委員会の承認を得ている.<検診方法>高齢者を対象に募集し,検診は同意書の署名,問診票,ミニ講話,MMSE・HDS-R,生活機能チェックリスト,探索眼球運動検査,光トポグラフィー,検診後の相談コーナー・アンケートを設けた.判定基準は,認知機能検査および中島らによる早期診断の可能性を示した探索眼球運動の結果をもとに健常群・中間群・認知症の疑いの3 段階で判別した.これはMRI と探索眼球運動の結果の比較で中間群の低値中間群(ハイリスク群)と高値中間群とに有意差が認められた.
【結果】検診参加者のうち,当日の結果より受診を勧めた者(認知症の疑いや中間群のハイリスク群)は約105 名であり,そのうち外来受診した者は92 名(男性23 名,女性69 名)で検診参加者411 名の22.4% であった.平均年齢は75.3±6.0(男性75.3±6.2,女性75.6±6.0)歳だった.HDS-R の平均は23.0±5.9,MMSE の平均は24.5±5.1 で,MRI のZ スコアの平均は,1.7±1.2だった.
HDS-R とMMSE による認知症の疑いは27 名(29.3%)で,非認知症群は65 名(70.7%)であったのに対して,MRI では,Z スコアの2.0 以上の人は認知症群といえ,92 名中38 名41.3%であり,2.0 以下の人は54 名58.7% であった.92 名の検診での結果の内訳は,HDS-R では,認知症群(20 点以下)27 名29.34%,中間群48名(ハイリスク群21〜24 点:22 名23.9%,ローリスク群25〜27 点:26 名28.26%)健常群(28点以上)17 名18.47% だった.Z スコアの平均は,先に示した群で見ると,アルツハイマー群1.74±1.2,ハイリスク群1.94±1.3,ローリスク群1.59±1.0,健常群1.28±1.0 だった.分散分析の結果,有意差はなかった.MRI の結果より,92 名中38 名41.3% は認知症の診断となり,Zスコア2.0 以下の中でもハイリスク群等の中に早期の認知症の疑いの人がいた.認知症群41.3%の人を含め約8 割の人は治療を開始した.
【考察】検診参加者の中から92 名(22.4%)が外来を受診し,HDS-R で27 名29.3% が認知症の疑いと分類できた.MRI 検査Z スコア2.0 以上は38 名41.3% だったことは,HDS-R で非認知症群(中間群を含む健常群)に含まれる早期の認知症疑いの受診者に対して,早期診断し介入できた.また,Z スコア2.0 以下の人に対しても早期診断・介入できたことは,検診で認知症の早期の段階で発見でき,探索眼球運動等の検査を含めた検診が有用であるといえる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-8
電子カルテから抽出した特徴的な単語とその近接語により認知症の診断を補助する方法の検討
松村義人,森崇洋,檀上園子,石川一朗,今井秀記,熊宏美,安藤延男,新野秀人,中村祐(香川大学医学部附属病院精神神経科)
【目的】電子カルテに記載された病歴や所見などの自然文からテキストマイニングにより,認知症ごとの特徴的な単語を抽出するとともに,その単語に近接して出現する単語を調べ,認知症診断を補助する方法を検討した.
【方法】香川大学医学部附属病院精神科では,本診察の前に多くの場合,予診が行われ,主訴,既往歴,家族歴,現病歴などが記録される.2006年から2011 年の予診3,181 件のうち,認知症関連の疾患(アルツハイマー型認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭葉変性症,脳血管性認知症,MCI)561 件の現病歴データを利用し,認知症ごとに特徴的な単語を調べ,その単語から5 文節以内に頻出する単語を調べた.
分析には,形態素解析ソフト「茶筅」および計量テキスト分析ソフト「kh corder」を利用して,各患者ごとに現病歴を文節に分け,疾患ごとに全体のデータと比べて高い確率で出現する語を10語抽出した.また,上位の語について,前後5文節以内に頻出する単語を抽出した.
抽出にあたっては,認知症テスト関連の単語,個人が特定される単語,感動詞,否定助詞や数字などを除外した.
【倫理的配慮】サーバーからカルテデータを取り出す際には,個人名を含まずに患者ID と予診データのみを取り出すこととした.また,抽出された語によって個人の情報が特定されるような語は除外した.
【結果】アルツハイマー型認知症では,「物忘れ」「前」「本人」といった言葉が特徴語として上位に現れた.「物忘れ」の前後5 文節以内に現れる頻度の高い語は「自覚」「本人」「症状」「徐々に」といった語であった.
レビー小体型認知症では,「幻視」「人」「見える」といった語が上位となった.「見える」の近くには「蜘蛛」「多い」「小人」「動物」といった語が多く現れていることが分かった.
前頭側頭葉変性症では「妻」「家族」「出る」といった語が特徴語として現れた.「出る」の近くには「名前」「言葉」が多く見られることが分かった.
【考察】予想される結果となったが,徐々に物忘れが進行し本人の自覚がない場合はアルツハイマー型認知症の可能性が高く,言語の想起障害(家族の名前や言葉が出ない)の場合は前頭側頭葉変性症である可能性が高く,また,多くの人や動物の幻視が現れる場合はレビー小体型認知症の可能性が高いということが示唆されると考える.
今回の分析では,特徴語の周辺に高頻度で存在する語を抽出した.今後は,記述文の係り受けの関係も含めて分析をすすめていきたいと考える.
さらに,キーワードによる診断の一助となるようなシステムの開発ができればと考える.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-9
精神科病院へ時間外に入院した認知症高齢者の特性
北村立,北村真希,武内香織,倉田孝一(石川県立高松病院)
【目的】超高齢社会を迎えたわが国において認知症対策は急務である.その中でBPSD(behavioraland psychological symptoms of dementia)への24 時間対応体制の構築は重要な課題だが,わが国には認知症の時間外入院に関する報告はない.今回我々は石川県立高松病院(当院)入院患者の診療録を後方視的に調査し,時間外入院となった認知症高齢者の特性を検討した.
【方法】2009 年1 月〜2011 年12 月の3 年間に,当院へ入院した認知症患者のべ517 人のうち,時間外に入院した31 人を時間外群,残り486 人を通常群として,社会的背景(年齢,性別,通院歴,入院前居所)と診断および予後(入院期間,退院先)を比較・検討した.統計はStat View 5.0を使用し,t 検定,U 検定,χ2 検定を行った.2×n のχ2 検定で有意差のあったものはpost hocセル寄与率を算出し,その値が1.96 より大きかった項目を有意差ありとした.
【倫理的配慮】当院倫理委員会の承認を得ており,個人を特定する情報の漏出はない.
【結果】時間外群は平均年齢80.5 歳,男性14 人(45.2%),初診13 人(41.9%),通常群はそれぞれ81.4 歳,207 人(42.6%),242 人(49.8%)であった.両群で平均年齢,性別,初診の割合に有意差はなかった.入院前の居所は,時間外群が自宅20 人(64.5%),介護施設11 人(35.5%),病院0 人に対し,通常群はそれぞれ303 人(62.3%),88 人(18.1%),95 人(19.5%)であった.時間外群は介護施設が多く病院が少なかった.診断は時間外群がアルツハイマー型認知症(AD)7 人(22.6%),レビー小体型認知症(DLB)19 人(61.3%),その他認知症5 人(16.1%)に対し,通常群はそれぞれ228 人(46.9%),148 人(30.5%),110 人(22.6%)であり,時間外群でDLB が多くAD が少なかった.2012 年1 月15 日時点で時間外群26 人,通常群430 人が退院していた.退院者の入院期間中央値は時間外群57.5 日,通常群64 日で有意差はなかった.退院先は時間外群が自宅10 人(38.5%),介護施設11 人(42.3%),病院5 人(19.2%),死亡0 人に対し,通常群180人(41.9%),165 人(38.4%),80 人(18.6%),5 人(1.2%)で,有意差はなかった.
【考察】時間外群ではDLB が61.3% と断然多かった.精神症状を呈しやすい,認知の変動から急変しやすいといったDLB の臨床的特徴から妥当な結果である.また,AD に比べDLB が一般に浸透していないことが示唆され,今後DLB に関する知識や治療法,対応法を啓発する必要がある.次に時間外群に介護施設からの入院が多く病院からが少なかったことは,24 時間受け入れ可能な専門機関があれば,多少重症のケースでもぎりぎりまで介護施設で対応できる可能性を示している.本研究は症例数も少なく,地方の一施設の実状を示したに過ぎないが,今以上に医療と介護の連携を円滑にし,認知症高齢者をより効率的に処遇するには,地域に24 時間体制の拠点病院を整備する必要があると考えた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-10
総合病院精神科における認知症パス入院の有用性について
館農勝,小林清樹,佐々木竜二(札幌医科大学医学部神経精神医学講座),内海久美子(砂川市立病院精神神経科),中野倫仁(北海道医療大学心理科学部臨床心理学科),齋藤利和(札幌医科大学医学部神経精神医学講座)
【目的】2004 年に導入された新医師臨床研修制度において,精神科領域では,統合失調症,気分障害とならんで認知症が,いわゆるA 症例とされ,症例レポートの提出が求められる.しかし実際には,認知症の診断を有し身体疾患の治療のために入院した症例のレポート提出も認められるため,初期研修医が認知症症例の診断や鑑別について学ぶ機会は限られているのが現状である.
1980 年代に米国で使用が開始されたクリニカルパス(クリティカルパス)は,近年,我が国においても,身体疾患を中心に様々な疾患に関して使用されている.札幌医科大学附属病院神経精神科(以下,当科)では,2009 年7 月より認知症パス入院を開始し,その有用性について報告してきた(第25 回大会・小林清樹ら).今回,その後,一部内容を見直した認知症パス入院の統計学的データを解析し報告する.
【方法】2011 年1 月1 日から同年12 月31 日までに,当科病棟に認知症パスに基づき入院した42症例を解析対象とした.入院期間中,各種血液検査,レントゲン検査,脳波検査,認知機能を中心とした神経心理学的検査,頭部MRI 検査,脳血流SPECT 検査(統計解析ソフトeZIS を用いて評価)を行った他,必要に応じ,MIBG 心筋シンチグラフィ,神経内科医による神経学的所見の評価,介護保険制度など社会資源の利用に関する説明やその申請,外泊中の行動評価を行った.
【倫理的配慮】本研究に関する入院統計データのみを後方視的に解析し,個人情報の保護に最大限配慮した.
【結果】解析対象とした42 例の平均年齢は,76.4±6.3 歳(58 歳〜88 歳)で,男女比は,15:27 であった.平均入院日数は,6.7±1.6 日で,最短3日から最長11 日であった.性別や年齢と入院期間との間に,統計学的に有意な相関は認められなかった.診断内訳は,アルツハイマー型認知症が最も多かったが,軽度認知障害(Mild cognitiveimpairment : MCI),加齢に伴う認知機能の低下で認知症とは診断されないものなど,認知機能障害が軽度の症例も多かった.
【考察】認知症の診断には,認知機能検査や画像検査をはじめ様々な検査が施行されることが一般的であるが,認知症クリニカルパスに基づく入院により,複数の検査を短期間で効率良く施行することで,診断精度を高める一方,患者の通院負担を軽減することもできたと思われる.入院中の看護師による行動観察も,患者の生活能力の評価に有用であった.また,大学病院精神科の役割として,臨床実習の医学生,最短一ヵ月の短期研修を行う精神科以外の科に進む者を中心とした初期研修医,および,精神科後期研修医の教育があげられる.当科では,初診時の病歴聴取や診察,各種検査結果の説明など,指導医による認知症の診断に研修医が陪席することで,最低限必要な診断技術を習得することができたと思われる.今後も,様々な検討に基づく改訂を重ね,より効率的なクリニカルパスの作成を行っていきたいと考えている.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月22日(金) 11:00〜12:00 第4会場市民ホール401・402
非薬物療法・介護負担・その他
座長:水野 裕((社医)杏嶺会いまいせ心療センター・認知症センター)
II-11
高齢者にみられる身だしなみ障害の男女差について
奥田正英,水島久美子(八事病院精神科),佐藤順子(八事病院精神科,聖隷クリストファー大学リハビリテーション学部言語聴覚学科),水谷浩明(八事病院精神科)
【目的】身だしなみは,身体を周囲の環境へ総合的に適応させる行動である.著者らは見だしなみに関するいくつかの項目を選び,認知機能や日常生活動作(ADL)との関連性を調べる目的で,施設ケアと在宅ケアを受けている高齢者を対象に臨床精神医学的な検討をして本学会で報告した.今回は高齢者の身だしなみについて男女差があるかどうかを検討したので報告する.
【方法】対象は,A 市内にある特別養護老人ホームへ入所あるいは通所している高齢者83 名であり,男性20 名(平均年齢は77.6±8.5 歳)を男性群として,女性63 名(平均年齢は82.9±6.6 歳)を女性群とした.身だしなみについては6 項目,1)整髪,2)洗面,3)口腔ケア,4)更衣,5)靴下,6)上履き(あるいは下履き)を0:全介助,1:部分介助,2:自立の3 段階で評価をした.また身だしなみが適切かどうかを判断し,その確認するために必要な項目と考えられる,7)鏡の使用が適宜なされているか,それに8)寒暖の判断が服装で適切になされているかを,0:されていない,1:されている,の2 段階で評価した.それに身だしなみの1)−8)の総計を9)合計として9 項目について比較・検討した.認知機能と日常生活動作は,障害高齢者日常生活自立度(寝たきり度)の判定基準,認知症高齢者日常生活自立度の判定基準(認知症自立度)を得点化して行い,それに改訂長谷川式簡易認知症検査(HDS-R)とBarthel Index(BI)のそれぞれの下位項目について検討した.
【倫理的配慮】調査対象については本研究の主旨を文書で説明して,本人あるいは家族から承諾の署名を受け,個人情報の取り扱いには充分な注意を払った.
【結果】寝たきり度は男性群が軽く(p<0.001),認知症自立度には有意差を認めなかった.身だしなみに関する9 項目のいずれも両群で有意差を認めなかった.HDS-R の下位項目および,合計でも男性群は11.7±7.9 点であり女性群は13.0±8.6 点で両群に有意差を認めなかった.またBIの身辺処理指標では有意差を認めなかったが,移動指標では着席/起立,トイレの使用,浴槽への出入り,自立歩行,階段の昇降,移動指標の合計およびBI 総合得点においていずれも男性群が有意に高得点であった.
【考察】今回の高齢者の男女差について精神医学的な検討を行ったところ,男性群は症例が少なく年齢が若干低かったが,身だしなみ障害の性差はなかった.これらのことから認知障害が進行すると身だしなみ障害は性差にかかわらず障害されると推測された.また,運動機能に関与する寝たきり度,BI の移動指標や総合計では男性群の方が有意に得点が高くADL の自立度が良かったことから,身だしなみ障害は単に運動機能を反映するのではなく,感覚機能の障害がより大きな寄与をする可能性が示唆された.
今後さらに身だしなみ障害についての検討がなされ,認知能力の全般について理解がより深められることが望まれる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-12
薬物治療に依存しない,BPSD 短期集中治療は可能か;認知症のBPSD を対象とした精神科急性期治療病棟での向精神薬の意義
水野裕(いまいせ心療センター)
【目的】精神科急性期治療病棟(以下急性期病棟)とは,1996 年に診療報酬表に掲載された精神科専門病棟であり,既に北村が認知症を対象として運用を試みた報告をしているが,規定を満たしたのは12 か月中,5 か月だったと述べている(1).我々は,平成22 年11 月から,認知症を対象に運用を開始した.ほぼ全例が重度BPSD のための入院であるが,パーソン・センタード・ケアを始めとする,人権的配慮,廃用症候群の防止のため,向精神薬は極力少量であることが望ましく,我々も常日頃,薬物に頼らない試みで在宅復帰を目指している.本研究では,重度BPSD のための認知症患者を基準通り受けながら,規定に沿った在宅退院が可能であったか,それらは非薬物的な関わりであったかを明らかにし,重度BPSDの非薬物治療と急性期治療が両立し得るかどうかの議論に寄与したい..
【方法】平成22 年11 月から,平成23 年10 月までの12 カ月の間に,当院急性期病棟に入院した全患者を対象とし,平均在院日数,月毎の新規患者割合および,在宅移行率,投与されていた向精神薬の量をカルテに基づき,調査した.向精神薬については,入院前と入院1 か月後の時点での,処方量を,精神病薬については,コントミン換算,抗不安薬,睡眠薬については,ジアゼパム換算を用いて,算出し,比較した(SPSS,Dunnett t検定).なお,今回は抗うつ剤や漢方薬については検討していない.退院時の処方量で比較しなかったのは,3 か月以上長期化する例では,ADLの低下により薬剤量が少量で済むことが考えられたためである.そのため急性期病棟で症状を安定させ,退院に向け調整を始める1 か月時点を選び,症状が鎮静化しなかった入院前の薬剤量と比較した.
【倫理的配慮】当院倫理審査委員会で承認を得た.
【結果】対象期間内の入院数は,183 名(男性91人,女性92 名)平均年齢は,男性79.4 歳,女性79.8 歳であった.対象期間内の平均在院日数は,95.0 日であった.新規患者割合および,在宅移行率は,12 か月の間,一度も,40% を下回ることなく,平均は,それぞれ,55.0%,59.0% であった.精神病薬及び抗不安薬,睡眠薬について,入院前と入院1 か月後とを比較すると,有意な差は見られなかった(p=0.774,p=0.417).入院1 か月後の精神病薬の平均使用量は,コントミン換算35.5mg(リスパダール換算0.36mg)であった.
【考察】急性期病棟で,重度BPSD 患者に対し,薬物の増量ではなく,非薬物治療を心がけることにより,1 年間を通して40% 以上の在宅復帰が可能であることが示されたと考える.しかしどのようなBPSD に対してどのような非薬物的アプローチが適当かは明らかになってはおらず今後の課題である.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
【引用】1.北村立ら,高齢者専用の精神科ユニットの必要性について;認知症病棟から精神科急性期治療病棟への転用を試みて.全自病協雑誌,48(10):86-90(2009)
II-13
認知症患者に対する認知リハビリテーション後の介護負担の変化
岩本昌子,樫林哲雄,岡野裕,陣内裕成,山口ともみ,植月静,柿木達也(兵庫県立リハビリテーション西播磨病院認知症疾患医療センター)
【目的】近年,認知症に対する非薬物療法として,進行初期の段階から中核症状やADL,精神症状の改善と自立生活の支援を目的として,個別のプログラムによるリハビリテーションが注目され,様々な介入研究が行われている.実際の診療場面では,非薬物療法の効果検討は,患者の変化だけでなく,介護者の介護負担の評価が重要であり,介護負担を軽減し得る効果的な介入方法を検討する必要がある.今回我々は,認知症疾患医療センターにおいて,外来作業療法を実施した患者とその主介護者を対象に認知機能,精神症状,ADL,QOL,介護負担の指標を用いて患者の変化を評価し,主介護者の介護負担との関連を検討した.
【方法】兵庫県西播磨認知症疾患医療センターにて,2011 年7 月から12 月までに外来作業療法を導入した患者30 名のうち,アルツハイマー病(AD)患者6 名(平均年齢73.8 歳,男性2 名・女性4 名,CDR1:3 名・2:3 名)とその主介護者(平均年齢50.8 歳,配偶者1 名,嫁2 名,子3 名,男性2 名,女性4 名)を対象とした.介入は2 週間から1 週間に1 回の頻度で10 回の作業療法を実施した.作業療法プログラムは,活動性の向上を目的に,認知機能課題・作業活動を設定,訓練時間中に実施した.可能な患者は同じ内容の作業を自宅でも実施した.作業療法導入前後に,介護負担の評価としてZarit 介護負担尺度(ZBI),認知機能の評価として改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R),精神行動症状の評価としてTheNeuropsychiatric Inventory(NPI),ADL の評価としてDisability Assessment for Dementia(DAD),患者のQOL の評価としてDementiaHappy Check(DHC)を実施した.
【倫理的配慮】本研究について,患者もしくは家族に説明して同意を得た.個人情報の匿名化に配慮し解析を行った.本研究は日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
【結果】患者とその介護者の介入前評価は,ZBIが33.7 点,HDS-R は12.0 点,NPI は11.7,DADは23.0%,DHC は36.3 点であった.転倒により状態が悪化した1 例を除いた5 例について,介入後の評価でNPI の無為・無関心が,開始時に加点があった全員が低下し,DAD・DHC は増加した.その一方でZBI は3 例で低下,2 例が増加していた.HDS-R はZBI 低下群中2 例が増加,1 例が不変,ZBI 増加群の1 例が増加,1 例が低下した.NPI の総点はZBI 低下群の1 例を除きすべてが低下した.その中でZBI 低下群は妄想や幻覚が低下,増加群は妄想が増加する傾向を認めた.家族要因としてZBI 増加群は患者と介護者がすべて同居していた.
【考察】外来作業療法は活動性の向上に有用である可能性が示された.一方で介護負担は軽減した例と増加した例が存在した.介護負担の軽減には,活動性の向上に加えて,妄想など精神症状の改善が重要で,非薬物療法としては患者の変化に対応する方法を家族に指導することを含めた介護者教育が有効であると考えられた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-14
アルツハイマー病における病識低下と残存する病感の検討;患者の病感の理解に基づく共感的ケアがBPSD を未然に防ぐことにつながる
牧陽子,山口智晴,山口晴保(群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学)
【目的】アルツハイマー病の進行とともに病識が低下する一方,漠然とした認知機能低下の自覚である病感は残るとされている.病識に関して先行研究では患者の病識の“低下・欠如”,及び介護者側の介護負担に焦点があてられる傾向があり,患者の病感は看過されがちであった.そこで,患者の視点に立ち,残存する病感と関連する不安感・寂寥感等負の感情を検討した..
【方法】対象者は認知症外来に通院する患者・介護者12 組のmild cognitive impairment(MCI),23 組の軽度AD,18 組の中等度AD.評価は日本語版Anosognosia Questionnaire for Dementia(AQ-D)を用いて行った.患者・介護者に同じ項目への回答を求め,介護者の評価を客観的評価とし,病識の有無は介護者評価と患者の主観的評価との差異で判定した.AQ-D では複数領域の認知機能を22 の下位項目,各々4 段階で評価するが,患者自身の認知機能の自覚である病感は下位項目ごとに検討した.さらに重回帰分析で患者の認知機能の自覚と負の感情との関連を検討した.
【倫理的配慮】当研究は群馬大学疫学倫理委員会の承認を得た.
【結果】病識はMCI では保たれているものの,ADでは介護者側の評価より患者の自己評価は高く(障害を過小評価),病識の低下は病期に従い顕著になっていることが示された.しかし,病初期ではほぼ全ての領域で病感(=不十分な病識)が示された.中等度に進行すると,記憶・見当識では認知機能低下の自覚は残るが,実行機能及びコミュニケーション等社会性の機能では病感も失われていることが示された.また,病初期では患者は約束を覚えていられないこと,書字・計算・新聞の内容理解等,知的・社会的作業の低下の自覚に関して負感情を抱いているのに対して,介護者は,置き忘れの自覚が患者の負感情に関連し,趣味活動をしなくなってきていることは否定的にはとらえていないと理解していた.中等度では患者は計算・事務家計仕事の能力低下に対し負感情を抱くのに対して,介護者は食事・排泄機能の低下が負感情に関連し,円滑なコミュニケーション不全は否定的にはとらえていない,と理解していることが示された.
【考察】上記の検討により,患者と介護者間に認知機能評価に加えて,認知機能のどの側面で患者は負感情を抱いているのかという認識にもギャップのあることが示された.病識の低下は,自己を第三者的立場から客観視する機能低下を示している.社会的交流は相互に相手の立場に立つことで円滑に進むが,第三者視点をとれないことがADの特徴であるならば,介護者側が患者の視点に立つことで認識の差異を埋める必要がある.円滑なコミュニケーションはBPSD,介護負担の軽減につながることが予想される.Person-centeredcare は理念として広く受け入れられているが,患者の欲求を的確にとらえることは困難なことが多い.病識を問うことは患者理解の一助となると考え,次の段階として,実践的なケアに役立つ病識の質問紙の開発,及び認知症外来における家族指導での活用に取り組んでいる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-15
世代別(若年・中年・高年)における死生観についての一考察
柿沼和秀(早稲田大学大学院人間科学研究科後期博士課程),町田和彦(早稲田大学人間科学学術院)
【目的】臨老式死生観尺度を用いて,対象者の世代別(若年・中年・高年)における,宗教有無,性別,家族構成,死因,死別続柄などにおける死生観との関連を考察する.
【方法】A 県において仏教寺院の檀信徒並びに一般講演会等でアンケート調査を実施(2011 年4月〜9 月).回答に不備のない1255 名を調査対象とした.質問紙は,臨老式死生観尺度(平井・森川・柏木・坂口・安部:2003)を用いた.分析は,統計分析ソフトSPSS 11 にて,因子分析,t検定,一元配置分析にて解析した.
【倫理的配慮】調査に関しては,研究の趣旨,プライバシーの保護などについて記した書面を同封し,調査協力への同意・不同意に関しては,質問紙の返送をもって研究に参加する意思の確認とした.
【結果】対象者の属性は,男性569 名,女性686名,(平均62.7 歳,SD 12.15),世代別(若年者81 名,中年者280 名,高年者894 名).また,信仰している宗教の有無(有り654 名,無し601名),家族構成(夫婦と子供377 名,三世帯210名,夫婦のみ405 名,一人暮らし112 名,その他151 名)であった.
臨老式死生観尺度を因子分析した結果,6 因子(死への不安,霊魂・死後の世界観・死の肯定・宿命的寿命観,生への肯定,死への思考・関心)が抽出された.宗派の有無では,「死への不安・恐怖」,『宿命的寿命観』以外の4 因子は,宗教有りに有意差が示された.世代別と死生観については,「霊魂・死後の世界観」は,高年・中年者よりも若年者が肯定的であり,「宿命的寿命観」と「生への肯定」は,高年者が肯定的であった.家族構成と死生観については,高年者だけに有意差があり,同居家族が少ないほど「死への関心・思考」が高く,「霊魂・死後の世界」は,逆に同居家族が多いほど,肯定的であった.死生観の性別については,女性の方が,「死後の世界」,「死への関心」が高く,また,男女とも,加齢にしたがって,死生観へ変化がみられた.また,死因と死生観については,有意な差が示されなかった.
死別続柄と死生観については,若年,中年には,有意差が見られないが,高年では,続柄によって死への関心や死後の世界観,寿命観などに有意差が示唆された.
【結果】死への不安・恐怖や寿命観は,宗教の有無に関連性があまりないことが示唆された.性別は,女性の方が,死への関心や死後の世界観を肯定する傾向がみられた.家族構成と死生観では,若年が霊魂・死後の世界観を他世代よりも肯定的にとらえていた.また同居家族が多いほど,死後の故人との存在や関係性望む傾向があり,一方,一人暮らし,夫婦など小家族ほど死への関心が高いことが示唆された.死別続柄は,若年に有意差は見られなかったが,高年になるほど,配偶者,実父母,祖父母,子供など,対象者によって,寿命観,死後の世界観,死の関心が高まる傾向が示唆された.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月22日(金) 15:00〜16:00 第4会場市民ホール401・402
神経病理・遺伝学
座長:山田正仁(金沢大学大学院医学系研究科脳医科学専攻脳病態医学講座脳老化・神経病態学(神経内科学))
II-16
タウオパチーモデルマウスを用いた神経変性に対する高カロリー摂取と運動の影響の検討;特にグリアにおけるレプチンレセプターの変化について
吉山容正(国立病院機構千葉東病院神経内科,国立病院機構千葉東病院臨床研究センター神経変性疾患研究室)
【目的】近年,アルツハイマー病に対してさまざまなdisease modifining drugs の開発が進められてきたが,ことごとくその有効性を示せず中止されている.このことから認知症の治療戦略としてはより早期の治療,あるいは予防へとシフトしている.認知症のリスクファクターとして生活習慣,特に高カロリー摂取や運動不足を基盤とした糖代謝病あるいは,より広範な概念としてのメタボリックシンドロームが注目されてきている.しかし,現時点ではそのリスクの背景にある病態機序は不明である.今回,われわれはtauopathymodel mouse の一つであるPS19 mouse に高カロリー餌(HCD)を投与し,メタボリックシンドローム類似の病態を作成し,さらにこの状態にランニングホイールによる自発的運動(HCD+Ex)を加えたところHCD でタウ病理の増強,HCD+Ex で改善することが,SD+Ex では明らかな改善はなかった.
【方法】HCD(15% fat,424.5 Cal/100 gr)あるいはstandard rodent laboratory diet(SD)(4.5% fat,330 Cal/100 gr)を生後1.5 ヶ月から10 ヶ月まで投与した.Ex グループはランニングホイールのついたケージ,他のグループは通常のケージで飼育した.
【倫理的配慮】千葉東病院動物管理委員会の承認を得た.
【結果】高カロリー摂取により体重の増加,コレステロール,トリグリセリドの増加タウ病理の増強が認められたがこれはrunning wheel による自発的運動により改善した.興味深いことに,HCD 群とHCD+Ex 群の間に体重の差は,経過中認められず,運動による体重減少が重要なファクターではないことが分かった.HCD 群でのインスリンは高かったが,有意な差は認められなかった.一方,レプチンは明らかな上昇が認められ,運動により正常化した.このことから,レプチンの感受性の変化が病理の改善に大きな影響を与えている可能性を疑い,レプチンレセプター(LepR)の発現を検討した.LepRb は神経細胞とグリア細胞の両者に出現していたが,LepRa はアストロサイトに選択的に出現しており,HCD でその発現は増強し,HCD+Ex で改善していた.またその分布はタウ病理の発現部位に一致していた.
【考察】高カロリー摂取による神経変性の増強については主にインスリン抵抗性を中心に検討されている.しかし,今回のわれわれの検討からレプチンが重要な役割を演じている可能性が示唆された.レプチン抵抗性は運動により著しく改善された.このレプチン抵抗性あるいはその改善は主に視床下部神経細胞のLepRb を介した効果と考えられる.一方,LepRa の機能は不明であるが,グリア細胞からのIL-1β分泌を促進するなどの報告もあり,炎症機序を介した神経変性増強作用との関連も考えられ,今後,グリアに対するレプチンの作用の検討などを十分行う必要がある.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-17
記銘力症状を主症状としたFTLD-TDP の一剖検例
猪股晋作,杠岳文,高島由紀,橋本学,久我弘典(独立行政法人国立病院機構肥前精神医療センター),長谷川成人(東京都精神医学総合研究所),齋藤祐子,有馬邦正(国立精神・神経医療研究センター病院)
【はじめに】FTLD の頻度は報告によってまちまちであるが,Alzheimer 型認知症,Lewy 小体型認知症に次いで3 番目に多い認知症であると言われている.しかしながら,本邦では,欧米と比較して家族歴を有する例は稀であり,病理所見も多彩であることから,FTLD の臨床診断は難しい.今回,我々は,記銘力症状を主症状とした認知症で,剖検にてTDP 43 proteinopathy type 3と判明した一剖検例を経験したので報告する.
【症例】死亡年齢は74 歳の男性.X−13 年,家族が物忘れに気付き,X−12 年に近医にてアルツハイマー型認知症と診断された.その後も,症状は徐々に進行し,家族が対応に苦慮したため,X−11 年に当院を初診し入院となった.入院時検査にて,MMSE:25 点であったが,見当識障害と記銘力障害は明らかであった.X−10 年,認知機能は徐々に低下(MMSE:21 点)し,その後,次第に人格レベルも低下した.ADL の低下を認め,X−8 年より,自発的な発語がなくなり,常にハンカチや衣類などを口にくわえ噛むようになった.X−6 年より寝たきりの状態となり,嚥下性肺炎を繰り返した.X−2 年より失外套症候群となり随意運動は全く認めず,四肢にミオクローヌスを認めた.X 年に肺炎にて死去し,剖検による病理診断にて,TDP 43 proteinopathytype 3 と診断した.
【考察】FTLD-TDP の病理像は一様ではなく,日本では極めて少ないプログラニュリン遺伝子変異例は,変性神経突起および神経細胞質内封入体が混在するtype 3 を示す.わが国でのFTLD における,TDP 43 proteinopathy type 3 病理確定診断例の報告は非常に珍しく,症候学的検討はなお十分ではない.本発表では,文献的および症候学的考察も交えて報告する.
【倫理的配慮】本症例に関して,匿名性が保たれるよう記載に十分配慮した.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-18
家族性に脳内石灰化を示したFahr 病の1 例
小林清樹(札幌医科大学附属病院神経精神科),内海久美子(砂川市立病院精神神経科),館農勝(札幌医科大学附属病院神経精神科),森井秀俊(砂川市立病院放射線科),安村修一(上砂川町立診療所),保住功(岐阜薬科大学薬物治療学),林祐一(岐阜大学医学部神経内科・老年科),齋藤利和(札幌医科大学附属病院神経精神科)
症例は,初診時65 歳女性.60 歳頃より,物をしまった場所を忘れるなどの症状が出現.その後,緩徐に認知障害が出現し,65 歳時,当科初診.初診時,MMSE 19 点,HDS-R 20 点.神経学的異常所見,幻覚・妄想などの精神症状や行動異常はなかった.
頭部CT にて,右中大脳動脈にクリッピングがある他,両側淡蒼球・視床・後頭葉内側・右前頭葉に石灰化が認められた.なお,特に目立った萎縮はなかった.当科にて精査入院をおこなった.カルシウムやリンの代謝障害がないこと等から,Fahr 病が疑われた.その後,さらに認知障害は進行し,68 歳時には,以前にはなかった易怒性・攻撃性・多動性などの精神症状も出現,Fahr 病と診断した.また,近隣の住民への迷惑行為などの前頭葉症状も顕在化したため,現在,向精神薬を使用しながら経過をみている.今後は,錐体外路症状など,新たな症状の出現にも注意しながらのフォローが必要と考える.
また患者の弟2 人・妹2 人・姪1 人が,頭痛等で当科や脳外科を受診しており,頭部CT にていずれも両側大脳基底核領域に石灰化が認められた.弟は,1 人は生来知的障害があり,もう1 人は脳梗塞後遺症・アルコール依存症の診断がついている.残りの3 名には現在のところ,認知症状や精神症状は認められていない.Fahr 病の疾患概念はいまだ曖昧な点があるが,家族性と非家族性があり,このケースは前者が考えられた.なお長期間観察後,側頭葉や前頭葉の有意な限局性萎縮が出現する症例も報告されており,今後の経過によっては,石灰沈着を伴うび慢性神経原線維変化病(DNTC)の診断も念頭におく必要があると考える.
Fahr 病やDNTC は,これまでいくつかの症例報告はあるが極めて稀な疾患であり,なおかつ,患者を含め,血縁者9 名もの頭部CT を目にする機会は稀であり,貴重な報告と思われた.当日は,画像を提示しながら若干の考察を交えて報告する.
なお,本報告については家族に研究の主旨・内容を説明して書面にて同意を得た.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-19
大脳皮質基底核変性症との鑑別が必要であった非典型的Prion 病の一例
嶋田兼一,小田陽彦,長谷川雅史,寺島明(兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室),石井一成(近畿大学医学部放射線科)
【背景】古典型クロイツフェルト・ヤコブ病(sCJD)は特発性Prion 病の大多数を占め,小脳性運動失調失調・視覚異常・錐体路徴候・錐体外路徴候をきたし,急速に進行し数か月の経過で高度の認知症となり,発症から3−7 カ月で無動性無言状態に至る疾患である.Myoclonus は臨床上重要な徴候の1 つで,脳波上周期性同期性放電(PSD)・頭部MRI 拡散強調画像にて大脳皮質および基底核の高信号・髄液14-3-3 蛋白高値がみられる.大脳皮質基底核変性症(CBD)は全経過4−8 年の慢性緩徐進行性疾患であり,左右非対称性錐体外路症状と失行・失語・失認などの皮質症状およびmyoclonus・dystonia などの不随意運動を呈する.近年,古典型sCJD の診断基準に当てはまらないPrion 病が報告されており,アルツハイマー病などの神経変性疾患との鑑別が重要となっている.今回,我々は慢性進行性変性疾患との鑑別を要したPrion 病を経験したので報告する.
【症例】81 歳男性,X 年8 月初より発語が減少し理解困難な発言がみられるようになった.日常動作が独力では困難となり,X 年11 月初め当科受診精査入院となった.1 ヶ月の入院期間中独歩可能であり,箸を使用して自力で食事摂取していた.簡単な口頭命令に応じ,単語レベルの発語がみられた.初診時MMSE 7/30 左右非対称の錐体外路症状・肢節運動失行・観念運動失行・失語・失認を認めmyoclonus はなかった.脳血流シンチにて左側頭頭頂葉優位に彌漫性大脳血流低下・左一次感覚運動野および両側基底核の血流低下がみられCBD が疑われた.頭部MRI は両側頭頂葉の萎縮が明らかであり,拡散強調画像にて大脳皮質の高信号を認めた.脳波は基礎波が徐波化していたもののPSD はみられなかった.髄液一般検査は著見なくタウ蛋白・14-3-3 蛋白の軽度高値を認め,Prion 病と診断した.
【倫理的配慮】画像検査・検体検査を含めて個人が特定できないように所見を損なわない範囲で改変した.
【考察】Prion 蛋白遺伝子はcodon129 多型によりMet/Met(MM),Met/Val (MV),Val/Val (VV)に分けられ,異常Prion 蛋白のウェスタンブロット法のバンドパターンにより1 型と2 型に分かれる.急速に進行する認知症・myoclonus・PSD がみられる典型的な弧発性CJD の多くはMM1 型またはMV1 型に含まれる.MM2 型・MV2 型・VV1 型・VV2 型の4 型は非典型的な病像をとり臨床診断が困難である.頭部MRI 拡散強調像の高信号はCJD の診断に有効であるが,低酸素性脳症・痙攣重積・髄膜脳炎・ミトコンドリア病・脳症などでも認められることがある.本症例は頭部MRI 拡散強調像が診断の端緒となったが,髄液検査が診断確定に有効であった.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-20
アルツハイマー型認知症の合併が疑われた進行性核上性麻痺の一剖検例
井上輝彦,三山吉夫,藤元登四郎(八日会大悟病院老年期精神疾患センター)
経過中,アルツハイマー型認知症(AD)の合併が疑われた進行性核上性麻痺(PSP)の一剖検例を経験したので報告する.
【倫理的配慮】本症例の学会報告に関して遺族の承諾を得た.発表において本人の同定が出来ない様配慮した.
【症例】79 歳,男性.尋常小卒.農林組合で材木関係の仕事に56 歳まで従事.73 歳ごろ,ふらつき・立ちくらみがあり,前傾歩行となった.74 歳ごろより健忘症状がみられた.その頃より文章を読むのにも時間がかかるようになり,それまで本人がしていた確定申告も娘が代行するようになった.75 歳までは,家庭菜園程度の農業は可能であったが,足のふらつき,転倒するとひとりでは起き上がれないことがあり,農業もやめた.そのころ,テレビが二重に見える・ふらつき・転倒・姿勢異常・小刻み前傾歩行・眼球運動障害・姿勢反射異常を認め神経内科でAtypical parkinsonism(AP)と診断された.また,適切な衣服を選べない,着衣の順序がおかしいなど着衣失行もこのころより見られた.75 歳時,当院受診,検査入院となった.MMSE 20/30,HDS-R 18/30.健忘・軽度失行症状・精神運動緩慢・計算が出来ない・紙幣の種類を間違える・注意集中困難・上方注視困難・構音障害等の症状が見られた.SPECT で後部帯状回の血流低下・PIB-PET で皮質にアミロイドの沈着が見られたため,AD の合併も疑われた.その後,認知機能低下が緩徐であるのに対し,錐体外路症状,特に四肢に比べ体幹・頸部の硬直の悪化が顕著であったため,主たる病変はPSP と考えた.できるだけ在宅維持を試みたが,頻回の転倒・摂食困難・失禁・繰り返す意識消失発作があり,徘徊で警察に保護されたことを機に,76 歳からは入院となった.入院中,色情的な行為・仮性作業・頑固な便秘・繰り返す意識消失発作(低血圧・除脈・縮瞳を伴う)・幻視がみられた.徐々に動作緩慢・筋強剛が進行,転倒も頻繁となった.77 歳時には歩行不能,ベッド上での生活となった.徐々に嚥下困難が進行,肺炎を繰り返した.79 歳時,突然心肺停止状態となり死亡した.全経過6 年.開頭のみの剖検となった.
【神経病理所見】脳重量1210 g,前頭側頭葉の萎縮,著明な中脳の萎縮,中脳水道の拡大を認めた.黒質は,色素が脱失,褐色調に変色していた.組織学的には,皮質,基底核,脳幹,特に中脳には,tuft-shaped astrocytes,coiled bodies,Globose 型神経原線維変化を認め,PSP の病理所見と考えた.皮質には多数の老人斑やアミロイド血管症がみられた(アミロイドBraak C).AD型の神経原線維変化は海馬から海馬傍回までは多数認めるが,経内嗅皮質では減少し,側頭葉新皮質ではほとんど見られなかった(神経原線維変化Braak stage ).
【考察】本症例は,症候学的には比較的典型的なPSP の運動症状を認めた.一方,横断的にはADが疑われたが,認知機能低下の進行は緩徐であり,経過からはAD の合併は否定的であった.病理学的には,PSP 病理,認知症とは言えない程度のAD 病理,さらにアミロイド血管症を認め,臨床経過や症候に合致する所見と考えた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月22日(金) 16:00〜17:00 第4会場市民ホール401・402
地域医療
座長:内海久美子(砂川市立病院精神神経科)
II-21
大阪府の夜間休日時間帯におけるBPSD 患者の受け入れ体制に関する実態調査
清水芳郎(医療法人北斗会さわ病院,大阪大学大学院医学系研究科精神医学),数井裕光(大阪大学 大学院医学系研究科精神医学),藤本理恵子(医療法人北斗会さわ病院),武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学),澤温(医療法人北斗会さわ病院)
【目的】大阪府下で夜間・休日時間帯にBPSD 患者をどの程度医療機関が受け入れているのか実態調査を行った.また,精神科救急を担っている医療機関に対し,精神科救急システムでBPSD を診療することへの意識を調査した.
【方法】大阪府下の認知症疾患医療センターの認可を受けている病院,精神科救急システムに参画している病院,大阪府こころの健康総合センターが発行している「認知症の医療ガイド(精神科)」2010 年度版に記載のある病院(物忘れ外来,認知症外来等を標榜している総合病院,精神科病院)に対してアンケート用紙を郵送し,返信してもらった.
【倫理的配慮】本研究は医療関係者に対する調査であり,個々の患者のプライバシーに関わるものではない.アンケートは記名式で返信してもらったが,データの解析は匿名化しておこなった.
【結果】大阪府下で前述の基準に該当する病院は87 病院あり,返信は65 病院より得た(返信率74.7%).内訳は認知症疾患医療センターが8(内6 病院は精神科救急システムにも参画),精神科救急システムに参画している病院が14,上記以外の精神科病院が16,一般病院が27 であった.
認知症疾患医療センターもしくは精神科救急システムに参画している病院の合計22 病院のうち,精神科救急システムの枠外で,夜間・休日時間帯にかかりつけ患者以外でもBPSD の診療をしているのは7 病院で,その中でかかりつけ患者以外でも入院対応できるのは5 病院であった.また,認知症疾患センター3 病院が,夜間・休日帯の診療を全くしていなかった.
上記以外の精神科病院16 の内,BPSD の診療をしているのは14 病院で,そのうち,かかりつけ患者に対して,夜間・休日時間帯のBPSD の診療をしているのが7 病院,していないのが7病院であった.かかりつけ患者以外でも夜間・休日時間帯に診療する病院はなかった.
一般病院27 の内,BPSD の診療をしていると回答したのは19 病院で,そのうち3 病院はかかりつけ患者ならば夜間・休日時間帯もBPSD の診療をしているが,16 病院はしていなかった.かかりつけ患者以外でも夜間・休日時間帯に診療する病院はなかった.
また,認知症疾患医療センターと精神科救急システムに参画している病院に,BPSD 治療目的に認知症患者が精神科救急システムを利用することについて尋ねたところ,積極的に利用すべきと回答したのが5 病院,本来は利用すべきではないが,現状では利用はやむを得ないと回答したのが12 病院,あまり利用すべきではないが4 病院,無回答が1 病院と意見が割れた.
【考察】大阪府で夜間・休日時間帯に精神科救急システムの枠外でかかりつけ患者以外でも入院対応できるのは5 病院に過ぎず,一方で,BPSDを精神科救急システムで診療することについては意見が割れている.また,夜間・休日時間帯のBPSD の診療に認知症疾患医療センターが十分な役割を果たせているわけでもない.よって,現状では,BPSD が出現した場合,直ちに専門医を受診し,早期に治療を開始することで,精神科救急を利用しなくてもよいようにすべきである.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-22
東日本大震災時,被災地の精神科病院における高齢者医療・ケア
佐藤宗一郎,樹神學(こだまホスピタル)
【目的】東日本大震災時,宮城県沿岸部は津波により甚大な被害を蒙った.当院は宮城県沿岸北部に位置する病床330 床の精神科病院である.震災当日より周囲を海水と瓦礫に囲まれ,一時は孤立状態に陥った.建物の倒壊と浸水を間逃れ,地域で機能していた精神科病院で行われた高齢者医療・ケアについて報告し,今度,災害時における医療・ケアシステムを構築してゆく上での基礎的資料とする.
【方法】平成23 年3 月11 日から4 月10 日までの1 ヶ月間の,当院新入院患者72 名のうち65歳以上の方32 名の患者背景について,診断,状態像,ADL,世帯人数,治療経過について報告する.また,当院入院中の方に対して行われた食事,排泄,移動,保清等のケアについて報告する.
【倫理的配慮】患者の臨床データを扱うため,個人情報について厳重に管理するとともに,データの解析は個人を特定できる情報を除外,連結不可能とし,匿名化して行った.また,入院中に行われたケアは,集団としての対応であり,個人を特定できるものではない.
【結果】新入院患者32 名の患者背景は,男性15名,女性17 名,入院時の診断はICD-10 の診断基準でF0 15 名,F1 1 名,F2 1 名,F3 9 名,F4 3 名,他3 名であった.入院時の状態像は,周辺症状を伴う認知症状態9 名,せん妄状態7名,抑うつ状態3 名,躁状態3 名,不安状態2名,睡眠障害2 名,その他の状態2 名,身体症状での入院が4 名であった.入院時のADL は自立が13 名,摂食,排せつ,移動,保清,着替えのうち1〜2 つの分野で介助が必要な方が4 名,3 つ以上の分野で介助が必要な方が8 名,全介助が7 名であった.入院時の世帯人数は,単身生活が11 名,2 人が6 名,3 人が6 名,4 人が3 名,5 人以上が6 名であった.入院半年後の経過は,軽快退院が20 名,転院が5 名,入院中が4 名,死亡が3 名であった.入院患者に対するケアには様々な制限があり,極限状態の中,患者の安全・安心・安眠を守り,より良い治療・看護を提供するためには,平時では考えられないような工夫と労力を要した.
【考察】震災後2 ヶ月目の状況と比較すると震災直後,入院対応を必要とした高齢者には,せん妄状態が多かった.軽度のせん妄状態でも周囲の理解を得られず家族ともども避難所を転々とせざるを得ないケースも多かった.せん妄の病態に関する地域への啓蒙活動も今後の課題であると考えられた.ADL の低い方,世帯人数の少ない方なども災害時に精神症状を来し易いことがあらためて示された.身体症状で入院した方の死亡例が多く,身体科との連携の重要性を痛感させられた.入院患者に対するケアにおいては,日頃の心構えと備蓄が大変重要であった.大規模災害下ではスタッフ自らも被災者であり「ケアを提供する側をケアするシステム」も必要であると考えられた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-23
熊本県郡部における高齢者の抑うつと独居の関連
福永竜太(熊本大学神経精神科),阿部恭久(八代更生病院),中川洋一(熊本県庁),小山明日香,藤瀬昇,池田学(熊本大学神経精神科)
【目的】超高齢化社会の到来をみた本邦では,うつ状態は高齢者において最も重要な精神保健問題の一つである.本邦におけるこれまでの地域調査では,高齢者のうつ状態や自殺と家族形態との関連については同居家族がいる者に多いとする結果が報告されているものの,北日本での研究がほとんどである.そこで,本研究では,熊本県の郡部における高齢者のうつ状態に関連する要因として,独居群と同居郡との間での関連要因の差異を明らかにすること,そして高齢者のうつ状態への予防介入の一助にすることを目的とした.
【方法】熊本県山間部のA 町の中心部に在住する65 歳以上の在宅高齢者1552 名を対象に,郵送法によるアンケート調査を実施した.うつ状態はGDS で評価し,過去の研究に則り6 点以上をうつ状態とした.うつ状態とそれに関連する因子を評価した.
【倫理的配慮】対象者には書面による説明を行い,同意を得られた者から回答を得た.本研究は熊本大学生命科学研究部倫理委員会の承認を得ている.
【結果】有効回答は964 人であった.うつ状態の対象者は20.5% を占めた.独居はうつ状態と強い関連があった.年齢は独居者・同居者いずれも抑うつ群の方が有意に高かった.ソーシャルサポートの低い得点は抑うつとの関連があり,さらに独居者と同居者では前者がより有意に低得点であった.世代数と抑うつには弱い関連があった.多重線形回帰分析にてもやはり独居はうつ状態と関連を認めたが,ソーシャルサポートを投入することにより独居の影響の有意差が否定された.
【考察】地域高齢者における独居と抑うつに関連があった点は,世界的な傾向と同様であった.本邦の過去の報告との差異は地域差や時代の変遷による可能性がある.独居か否かは重要であるが,ソーシャルサポートおよびサポートを受ける側の姿勢や認識もまた重要であるかもしれない.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-24
地域高齢者における脳由来神経栄養因子とうつ状態との関連
端詰勝敬(東邦大学医学部心身医学講座),蜂須貢(昭和大学薬学部臨床精神薬学講座),吉田英世, 河合恒,平野浩彦,小島基永,藤原佳典,大渕修一(東京都健康長寿医療センター研究所),井原一成(東邦大学医学部公衆衛生学教室)
【目的】未治療うつ病患者の血清における脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophicfactor : BDNF)濃度が,健常者と比較して有意に減少しており,うつ病に対する治療によってBDNF が上昇することが指摘されている(Lee, etal., 2007, Huang, et al., 2008).うつ病に対する客観的な指標がないことから,血中BDNF の濃度はうつ病のスクリーニングや効果判定における指標となることも期待されている.しかし,これまでの先行研究は,対象数が少ないこと,クリニックにおけるうつ病患者を対象としているため一般化できないという課題があり,最近の研究ではうつ病以外の性別,年齢,採血時間などの要因が血清BDNF に影響していることがわかってきている(BUS, et al., 2012).本研究の目的は,地域高齢者の血清BDNF を測定し,うつ状態をはじめとする諸要因が血清BDNF に対して,どのように影響するかを検討することとした.
【方法】対象は,東京都板橋区在住の地域高齢者(65 歳〜84 歳)を対象に行われた健康調査に参加した913 名のうち,MMSE が24 点未満のものを除外した835 名(男性318 名,女性517 名)とした.被験者には,血清BDNF の測定(単位ng/ml)をおこない,SDS を施行した.さらに,うつ病の一次スクリーニング陽性者に対しては精神疾患の診断面接を実施した.得られた結果より,血清BDNF とうつ病・うつ状態,年齢,性別,喫煙の有無,ステロイド使用の有無,について調べた.
【倫理的配慮】本研究は東京都健康長寿医療センター倫理委員会の承認を得ており,対象者全員に口頭および文書で説明し同意を得た.
【結果】BDNF とSDS 総得点の間で有意な正の相関を認めた(r=0.1,p<0.01).また,中等度以上のうつ状態におけるBDNF(10.7±5.2),正常域よりも有意にBDNF(9.3±3.9)が高かった(p<0.05).しかし,診断面接による大うつ病,と診断無しの2 群の間では血清BDNF について有意な差は認められなかった.一方,女性であること,年齢が高いほどBDNF は低かったが,有意差は認められなかった.また,喫煙者のBDNF(11.0±5.5)は非喫煙者(10.7±5.2)よりも有意に高く(p<0.05),一年以上ステロイド内服者のBDNF(8.0±3.5)はステロイドの非内服者(9.6±4.1)よりも有意に低かった(p<0.05).認知機能との間には有意な関連を認めなかった.
【考察】地域における高齢者の血清BDNF に影響する要因として,うつ状態,喫煙,ステロイド薬使用が抽出された.抑うつが強いほど,BDNFが高いという結果は,先行研究におけるうつ病患者とBDNF との関連とは異なっている.これは,病院を受診するうつ病と地域におけるうつ状態との違いを反映している可能性がある.しかし,特に高齢者のBDNF については,喫煙,内服薬以外にも身体的基礎疾患,脳機能,運動機能などの要因が複雑に関与しているものと思われ,今後,BDNF に関連する諸要因を考慮した上での検討が必要と考えられた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
II-25
福祉に精通した相談員の同席診療の効果;認知症外来の一形としての提案
岡瑞紀(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室),須崎伸子(つづきクリニック),田渕肇,三村將(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
【目的】超高齢社会へと邁進している我が国にとって,限られた時間や人材,財源の中でいかに効率的に認知症への対処を行うかは非常に重要な問題である.認知症診療においては継続的かつ包括的な対応が必要であり,その実現には医療と福祉の連携が不可欠である.しかし現状では有機的な連携や情報共有ができているとは言い難い.我々は継続的かつ包括的な認知症診療を模索する中で,同席診療という試みを行い一定の効果を得られたので報告する.
【方法】一般内科での認知症診療のニーズに応える為に,平成21 年より一般内科クリニックにて月数回,精神科医による認知症専門外来を開始した.精神科医の不在時にも継続的な診療を行う為に,クリニックに専従の福祉に精通した相談員を常時同席にて診療することとした.
【倫理的配慮】具体的症例は,対象の患者及びその家族に対して学会での症例発表の同意を得た上で,個人が同定できないような配慮を行った.また相談員の守秘義務は守られている.
【結果】相談員は事前にケアマネや訪問看護師などの各関係者に情報収集を行い医師に伝える.その為,医師は診療前に患者及びその周辺の全体像や問題点,診療のポイントが掴めた.診療中に相談員は,医師が患者と話している際の家族の表情や態度,またその逆を観察することで診療中に得られる非言語的な情報が増えた.さらには,医師と相談員で役割分担を行うことでスムーズな診療ができた.役割分担の例は,医師の厳しい指導に対して相談員がフォローをしたり,限られた診療時間の中で患者と家族から別々の話を聞き出したり,タイミングを見計らい患者をバイタルチェックなどに誘導することで医師と家族のみの面接機会を作ったりなど,様々挙げられる.また診療中に医療と福祉の両視点で問題を捉えることができ,その場で解決や方針決定が可能となることもあった.診療後も,直後に話し合うことにより旬の状態で問題の整理ができ中長期的な対策検討や計画立案が迅速に行えた.また,お互いの患者の病状や家族を含めた状況に対する偏った見方や無意識下の陰性感情などを補正しあうこともできた.これらを継続的に行うことにより,計画の進行具合の確認や修正が確実にかつこまめにできた.医師と相談員の各々が,医療と福祉に対して実践の中で相互理解を積み上げられた.このような各種の効果は,特に平時より対応が困難な若年性認知症例,虐待疑い例,激しいBPSD 例,家族間不和が根底にある例,家族内に精神疾患者や発達障害児などがいる例などに発揮できた.
【考察】医療と福祉間の情報共有を患者や家族による伝達に依存した場合限界がある.患者の担当ケアマネやヘルパーでは毎回の診療同席は負担が大きく,また担当者ゆえに俯瞰は難しい.その点相談員は,全体を俯瞰的に捉えることができ,またクリニックに常駐している為継続的な治療にも貢献できる.なお本例の相談員は,精神保健福祉士及び社会福祉士などの資格を有していた.
同席診療の可能性として例えば弁護士,税理士や警察官の同席,あるいは複数科の医師の同席により,効率的な認知症への対処を行う新たな解決策が見つかるかもしれない.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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