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 6月21日(木) 口頭発表
 
6月21日(木) 9:00〜9:48 第4会場市民ホール 401・402
神経心理(1)
座長: 加藤元一郎(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
I-1 
竹田式三色組合せテストによるアルツハイマー病の重症度評価の検討
竹田伸也(鳥取大学大学院医学系研究科),田治米佳世,谷口敏淳,西尾まり子,高田知子(鳥取生協病院心療科)
【目的】本研究では,アルツハイマー病(AD)スクリーニング検査として開発された竹田式三色組合せテスト(TTCC ; Takeda et al., 2010)を用いて,AD の重症度によって陽性者が示す課題の反応の仕方に違いがあるか否かを検討した.【方法】対象は,もの忘れを主訴として鳥取生協病院心療科を受診し,AD と診断されTTCC 陽性と判定された106 人(男性33 人,女性73 人,平均年齢78.9±6.2 歳)であった.TTCC は,3 色の正方形の組合せからなる見本図形を記憶し,記憶と無関係な干渉課題を行った後に,3 枚のカードを用いて記憶した見本図形を再生する課題である.図形の再生の仕方に応じて,見本図形と形は同じだが色が異なる群(色違い群)47 人,見本図形と形も色も異なる群(形色違い群)42 人,カードを用いた構成が不可能である群(構成不可能群)17 人の3 群に分類した.すべての対象者に,TTCC とMMSE,CDR を実施した.図形の再生の仕方がAD の重症度と関連があるか否かを検討するため,再生の仕方とCDR とのSpearman の順位相関係数を算出した.一方,図形の再生の仕方に応じて,MMSE 得点に差異があるか否かを検討するため,再生の仕方を独立変数,MMSE得点を従属変数として一元配置分散分析を行い,Bonferroni 法にて群間比較を実施した.なお,再生の仕方に応じて,色違い群に「1」,形色違い群に「2」,構成不可能群に「3」というダミー変数を割り当てた.
【倫理的配慮】本研究は,鳥取大学医学部倫理審査委員会の承認を得た.
【結果】再生の仕方とCDR とのSpearman の順位相関係数を調べたところ,両者の間に有意な相関が認められた(ρ=0.70,p<.001).群ごとにCDR の判定をみると,色違い群では0.5(疑い)が14 人,1(軽度)が33 人,形色違い群では0.5(疑い)が3 人,1(軽度)が25 人,2(中等度)が14 人,構成不可能群では2(中等度)が13 人,3(重度)が4 人であった(表1).一方,一元配置分散分析の結果,再生の仕方に応じてMMSE得点に有意差を認め,色違い群よりも形色違い群(p<.001)および構成不可能群(p<.001)において,形色違い群よりも構成不可能群(p<.001)において,MMSE 得点が低かった(表1).TTCCに対する拒否や抵抗は,全対象者において認めなかった.
【考察】TTCC は,AD の重症度によって見本図形の再生の仕方に違いがあることが示された.見本図形と形は同じだが色が異なる場合重症度は軽度であるが,見本図形と形も色も異なる場合重症度は軽度から中等度であり,カードを用いた構成が不可能である場合は中等度から重度である可能性が示唆された.また,再生の仕方が悪くなるごとに,被検者の認知機能も低下することが示された.一方,AD の重症度によらず拒否や抵抗を認めなかったことより,TTCC が認容性の高い検査であることも示唆された.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-2
MCI やAD の病前の記憶機能と相関する心理学的因子の探索
村山憲男(北里大学医療衛生学部,順天堂東京江東高齢者医療センター),井関栄三(順天堂東京江 東高齢者医療センター,順天堂大学医学部精神医学教室),田ヶ谷浩邦(北里大学医療衛生学部),太 田一実(順天堂東京江東高齢者医療センター),笠貫浩史,藤城弘樹(順天堂東京江東高齢者医療セ ンター,順天堂大学医学部精神医学教室),佐藤潔(順天堂東京江東高齢者医療センター),新井平 伊(順天堂大学医学部精神医学教室)
【目的】Amnestic mild cognitive impairment(aMCI)やAlzheimer’s disease(AD)の診断において,記憶機能の低下を的確に評価することは重要である.記憶機能の低下は,本来,病前の状態からどれだけ低下したかを縦断的に評価すべきだが,実際には,病前の機能を数量的に評価されている例はほとんどない.そのため,標準化された記憶検査で1.0 SD ないし1.5 SD 以下の得点であるなど,検査を実施した時点での横断的な評価が行われているのが現状である.しかし,Murayama et al(. 2010, Psychogeriatrics, 10,62−68)が報告したように,記憶機能の低下が疑われるものの記憶検査で年齢相応の得点を示すaMCI 例も少なくない.このような早期aMCI 例の心理査定においては,これまでの横断的な評価には限界があり,病前の記憶機能を何らかの指標から推測する必要がある.たとえば,aMCI の診断基準では,記憶機能の低下を評価する上で教育水準を考慮する必要性が述べられている.また,病前の機能を推測する方法として,知能検査の有用性も報告されている.
本研究では,aMCI やAD の記憶評価に有用な指標を検討するため,健常高齢者を対象に,教育年数や知能と記憶機能の関係について検討した.
【方法】順天堂東京江東高齢者医療センターにおける正常データベース研究ないし物忘れドックの対象者のうち,臨床症状や脳の形態・機能画像によってMCI を含めた精神・神経疾患が認められなかった118 名の健常高齢者を対象にした.心理検査として,すべての対象者にMMSE,WAIS-III,WMS-R を実施した.
【倫理的配慮】本研究は当センターの倫理委員会の承認を受けた研究の一部であり,対象者には書面による研究協力の同意を得た.
【結果】WMS-R の一般的記憶と他の要因の相関係数を求めた結果,教育年数は0.22 であったが,WAIS- の言語性IQ は0.49,全検査IQ は0.50,言語理解は0.46 であった.WMS-R の遅延再生と他の要因の相関係数は,教育年数は0.20,言語性IQ は0.41,全検査IQ は0.48,言語理解は0.36 であった.また,知能と記憶機能において,教育年数の影響を除いた偏相関係数を求めた結果,たとえば一般的記憶と言語性IQ は0.22 となるなど,全体的に値が低下した.
【考察】本研究では,aMCI やAD における病前の状態である健常高齢者を対象に,教育年数や知能と記憶機能の相関関係を検討した.その結果,教育年数と記憶機能は弱い相関係数が得られた反面,知能と記憶機能は比較的強い相関係数が得られた.しかし,教育年数の影響を除いた知能と記憶機能の偏相関係数では,いずれも得点が低下した.これらの結果から,病前の記憶機能は教育年数よりも知能と強い相関がある一方で,知能と記憶の相関関係には,教育年数の影響も強いことが示唆された.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-3
時計描画テストによる認知症スクリーニング;free-drawn 法とpre-drawn 法との組み合わせ
松岡照之,成本迅(京都府立医科大学精神機能病態学),柴田敬祐(五条山病院),谷口将吾,加藤 佑佳,中村佳永子,福居顕二(京都府立医科大学精神機能病態学)
【目的】時計描画テスト(Clock Drawing Test ;CDT)は,認知症スクリーニング検査としてよく用いられている.CDT の施行方法には,白紙に描くfree-drawn 法と,時計の盤面をあらかじめ提示するpre-drawn 法とがある.今回,2 つの施行方法を組み合わせることによる認知症スクリーニングの有用性を調べることを目的とした.
【方法】平成20 年3 月〜平成23 年12 月に京都府立医科大学附属病院老人性認知症診断センターを受診した207 名(平均年齢76.2±9.7 歳)を対象とした.対象者全員にMMSE,CDT を施行した.CDT はfree-drawn 法,pre-drawn 法の順に施行し,採点は4 段階(0:正常〜3:重度)で行った.CDT のカットオフ値を0/1 としてfreedrawn法,combination 法(free-drawn 法+predrawn法)の感度と特異度を調べた.またMMSEの遅延再生の得点を用い,Mini-cog アルゴリズム1)を用いた場合とMini-cog アルゴリズムとcombination 法を組み合わせた場合(図1)の感度と特異度も調べた.
【倫理的配慮】本研究は当大学医学倫理審査委員会の承認を受けており,患者,家族に説明し同意を得た.また発表にあたり匿名性に配慮した.
【結果】対象者207 名のうち,認知症患者は128名,非認知症患者は79 名であった.疾患は,認知症ではアルツハイマー型認知症(90 名),血管性認知症(12 名)が多く,非認知症では軽度認知機能障害(38 名),健常者(15 名),うつ病(10 名)が多かった.CDT の感度と特異度はfree-drawn法では75.7%,59.4%,combination 法(両方とも0 点の場合のみ非認知症)では87.5%,54.4%であり,Mini-cog アルゴリズムでは82.0%,64.5%,Mini-cog アルゴリズムとcombination法の組み合わせ(図1)では90.6%,63.2% であった.Free-drawn 法よりもpre-drawn 法で改善したのは46 名,free-drawn 法よりもpre-drawn法で悪化したのは30 名であった.前者では認知症患者が31 名,非認知症患者が15 名,後者では認知症患者が25 名,非認知症患者が5 名であった.
【考察】free-drawn 法のみよりpre-drawn 法も組み合わせた方が感度は高くなったが,特異度は低いままであった.三語の遅延再生を組み合わせると感度,特異度ともに高くなった.認知症スクリーニングにおいて,free-drawn 法のみでは認知症患者を見落とす可能性もあるためpredrawn法も組み合わせた方がよいと考えられる.また,CDT のみではスクリーニングとしては不十分であり,遅延再生など記憶検査とも組み合わせる必要があると考えられる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
【参考文献】1)Borson S et al. Int. J. Geriatr. Psychiatry 15,1021-1027, 2000.
I-4
神経心理検査によるレビー小体型認知症の簡易鑑別法の検討;MMSE のAla score と五角形模写に注目して
杉山秀樹,井関栄三(順天堂東京江東高齢者医療センター),村山憲男(北里大学医療衛生学部),山 縣真由美,一宮洋介(順天堂東京江東高齢者医療センター)
【目的】レビー小体型認知症(DLB)は,アルツハイマー病(AD)に次いで多い変性性認知症であるが,中核症状の目立たない初期にはAD との鑑別が困難であると言われている.Ala ら(2002)は,Mini-Mental State Examination(MMSE)の下位項目のうち,(Attention−5/3 Memory+5・Construction)によって計算された値(Ala score)が5 点未満の場合,DLB の可能性が高いことを報告している.また,DLB 患者は特有の視覚認知障害を示すことから,MMSE の五角形模写にも注目し,MMSE がDLB の鑑別のための簡便な1 次的スクリーニングとして有用であるかを検討した.
【方法】2004 年11 月から2011 年12 月までに当院メンタルクリニックを受診し,AD またはDLBと診断された144 名のうち,Ala らが対象外としたMMSE 得点13 点未満を除いたAD 患者65 名,DLB 患者61 名の合計126 名を対象とした.
【倫理的配慮】個人情報の保護・管理は十分に配慮し,得られた個人情報およびデータはすべて匿名化し,個人が特定されないよう配慮した.
【結果】Ala らがDLB の可能性が高いとしたAlascore が5 点未満であったものは,AD 群が65 名中27 名(41.5%),DLB 群が61 名中38 名(62.3%)であり,DLB 群で有意に多かった(p<.05).感度・特異度はそれぞれ62.3%,58.5% であった.次にMMSE の下位項目のうち,五角形の模写が描けなかったものは,AD 群が65 名中9 名(13.8%),DLB 群が61 名中22 名(36.1%)であり,DLB 群で有意に多かった(p<.01).
感度・特異度はそれぞれ36.1%,86.2% であった.この2 つの結果を合わせ,Ala score が5点未満で五角形の模写が描けなかったものは,AD群が65 名中8 名(12.3%),DLB 群が61 名中21名(34.4%)であり,DLB 群で有意に多かった(p<.01).感度・特異度はそれぞれ34.4%,87.7% であった.
さらにDLB 群の44 名に視覚認知障害を評価するベンダーゲシュタルトテストを実施し,村山ら(2007)の簡易採点法で評価したところ,33名(75.0%)がDLB の可能性が高い5 点以上と評価された.
【考察】Ala らの報告のとおり,本研究においてもAla score 5 点未満のものはDLB 群で有意に多くみられたが,五角形模写でもDLB 群はAD群と比較し,五角形模写が描けなかったものが有意に多かった.この結果から,Ala score が5 点未満で五角形模写が描けなかった場合は,DLBを疑う必要がある.
しかし,この基準は特異度が高くても感度が低いため,Ala score が5 点未満+五角形模写が描けないものに対して,脳SPECT やFDG-PET などの機能画像検査,ベンダーゲシュタルトテストなどのより詳しい神経心理検査を施行することで,DLB の鑑別力をより高めることになると考えられる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月21日(木) 9:48〜11:00 第4会場市民ホール 401・402
フィールドスタディ
座長:荒井由美子((独)国立長寿医療研究センター長寿政策科学研究部)
I-5
認知症者の自動車運転に対する心理教育;運転支援マニュアルを用いた心理教育の有効性の検討
上村直人,福島章恵,今城由里子(高知大学医学部神経科精神科),井関美咲,諸隈陽子(一陽病院 老年精神科)
【目的】認知症高齢者の自動車運転とその家族に対する心理教育のあり方について高知大学認知症疾患データベースを用いて検討した.研究対象は認知症,認知機能低下者とその家族に対し,荒井らの作成した家族介護者のための支援マニュアル©を用いてその有効性の検証を行った.
【方法】2010 年6 月−2011 年12 月までに高知大学物忘れ外来を受診し,認知症の診断もしくは認知機能の低下を来し,臨床診断時に運転免許を保持する患者およびその介護家族で研究参加同意の得られた29 名を対象とした.評価として年齢,臨床診断,MMSE,CDR,IADL,NPI,ZBI を評価した.介入は対象者の介護家族に1 時間程度の支援マニュアルを用いた面接方式で心理教育を施行した.
対象者を臨床診断確定1 カ月以内に教育を行う早期介入群(A 群),診断後3 カ月後に同様の心理教育を行う後期介入群(B 群),非介入群(C群)の3 群にわけて分析した.
【倫理的配慮】本研究は高知大学医学部倫理委員会の承認を得て行われた.
【結果】研究参加同意者は52 名中29 名でマニュアルを用いた心理教育介入により運転中断につながった者は26 名(90%)であった.介入したにもかかわらず,運転を継続した者は3 名であったが,運転の機会を減らす,助手席で家族が指示を出すなど介入者では対応がすべてできていた.心理教育的介入を行わない非介入群23 名では運転中断勧告のみで成功した者は10 名(43%)が運転中断していたが,7 名は施設入所や家族との同居を余儀なくされ,在宅生活の継続が可能であったのは13 名(57%)であった.
<考察>支援マニュアル©は認知症患者を運転中断に導く手段として一定の有効性があると考えられた.またマニュアル使用による家族介護負担を軽減させうる効果があることが示唆された.
【考察】今回の研究から,運転支援マニュアルの有効性が示された.また家族介護負担の軽減にも有効であることが示唆された.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-6
認知症性疾患の未治療期間;認知症の未治療期間とBPSD の関連と適応について
福島章恵,上村直人,今城由里子(高知大学医学部神経科精神科),井関美咲,諸隈陽子(一陽病院老年精神科)
【目的】認知症においても早期発見,早期治療については同様であるが,認知症の初発症状が出現してから正確な臨床診断が下され,適切な認知症の治療やケアを受けるまでの未治療期c 間(以下DUP)についての検討されたものは少ない.そこで,新たに初老期発症と老年期発症別の比較と背景疾患別(AD 群,DLB 群,FTLD 群,VD 群,MCI 群,高次脳機能障害(TBI)群)で検討した.
【方法】高知大学認知症疾患データベースの情報をもとにして行った.前年度から更に期間延長し,高知大学医学部附属病院神経科精神科もの忘れ外来を初診患者で,評価内容は初診時年齢,性別,発病年齢,初診時MMSE,NPI,ZBI,CDR,DUP(認知症発症から初診までの期間),発病年齢,臨床診断名を調査できた258 名を分析した.
【倫理的配慮】本研究は高知大学医学部倫理員会の承認を得て行われた.
【結果】平均MMSE:20.6±5.3,平均発病年齢72.4±11.5 歳,初診時年齢は74.7±10.3 歳であった.平均未治療期間は2.0±2.8 年で,初診時平均NPI 得点:12.2±15.1 点,平均ZBI 得点:20.1±16.1 であり,次年度との傾向は変わらなかった.さらに対象をAD 群47 名,DLB 群22 名,FTLD 群11 名,VD 群55 名,MCI 群67 名,高次脳機能障害(TBI)群別で未治療期間とBPSDおよびその他の要因を検討した.AD 群では未治療期間と有意な相関がMMSE(−0.65,P<0.001),ZBI(0.48,P=0.0013),CDR(0.581,P<0.001)でみられた.DLB 群ではMMSE(−0.592,P=0.005)とのみ有意な相関がみられた.FTLD 群,VD 群では有意な相関を認める項目はなかった.MCI 群とTBI 群ではCDR(0.254,P=0.04,0.744,P=0.055)と相関がみられた.初老期/老年期発症によるDUP の差異について背景疾患別に検討したが,DUP はAD 群(初老期/老年期)=37.1±22.1/23.6±17.7(ヶ月),DLB 群=32.8±12.2/17.3±14.3(ヶ月),FTLD群=35.7±28.6/29.8±15.0(ヶ月),MCI 群=12.9±11.7/16.7±20.5(ヶ月),TBI 群=112.8±126.9/23.8±23.9(ヶ月)であった.
【考察】AD 群,DLB 群,FTLD 群,TBI 群はいずれも初老期発症例では未治療期間が長い傾向であった.以上から未治療期間には背景疾患別の様々なBPSD の影響が存在するが,初老期・老年期の発病年齢別による検討では,AD 群,DLB群,FTLD 群,TBI 群の初老期発症例ではいずれも未治療期間が長い傾向であり,その背景には初老期ほどまだまだ正確な認知症診断やBPSDの評価が遅れがちであること今後の課題と思われた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-7
認知症患者の自動車運転問題に関する介護者の自己効力感尺度日本語版の信頼性の検討
熊本圭吾,荒井由美子(独立行政法人国立長寿医療研究センター長寿政策科学研究部),上村直人,福島章恵,今城由里子(高知大学医学部神経精神科学教室)
【目的】認知症患者は,症状の進行により,安全な自動車運転の継続が難しくなるが,運転中止が必要となる認知症患者の家族介護者が抱える困難や心理的な負担の実態についての先行研究は極めて少ない.運転中止が必要となる認知症患者の介護者への稀少な介入研究であるStern(2008)らの研究では,心理教育的介入により,患者の運転中止と関連する,介護者の心理的側面のアウトカム指標が改善したと報告されている.そのアウトカム指標の一つとして,患者の自動車運転問題に関する介護者の自己効力感尺度(以下,運転問題自己効力感尺度)が作成されている.安全な運転の継続が困難となった認知症患者の家族介護者に対する介入効果を検証する上で,この評価尺度は有用であると考えられる.そこで,本研究は,同尺度の日本語版を作成し,その信頼性の検討を行うことを目的とした.
【方法】まず,Stern らの作成した運転問題自己効力感尺度を,原著者の許可を得て日本語に訳出した後,逆翻訳を行い,原著者による承認を得た.運転問題自己効力感尺度は7 項目からなり,「全く自信がない」から「きわめて自信がある」までの10 件法で回答を求めるものである.
次いで,高知大学大学医学部附属病院神経精神科外来を2011 年2 月から11 月に受診し,新規に認知症あるいは認知症疑いとの診断を受けた外来患者のうち,自動車運転免許を保有し,運転をしている者の家族介護者で,研究への同意を得られた18 名を対象とし,信頼性の検討を行った.対象となった患者の性別は,女性8 名,男性10名,平均年齢は,71.6 歳(SD 7.1),診断名は,アルツハイマー病6 名,脳血管障害(血管性認知症)4 名,その他(合併例を含む)8 名であった.対象患者のMMSE の平均得点は19.1 点(SD7.2),CDR は,0.5 が4 名,1 が11 名,0,2,3が各1 名であった.対象患者のうち,週2,3 日以上運転する者は9 名,週1 日以下が9 名であった.対象となった家族介護者は,女性12 名(患者の妻8 名,娘4 名),男性6 名(夫5 名,息子1 名),60 代以上が12 名,対象患者と同居している者が14 名であった.
尺度の信頼性は,再検査法および内的整合性にて検討した.再検査までの平均日数は,12.0 日(SD 2.8)であった.
【倫理的配慮】本研究は,高知大学医学部倫理委員会より承認を得ている.研究実施に際しては,対象者に対し十分な説明を行い,書面にて研究参加の同意を得た.
【結果】運転問題自己効力感尺度の再検査得点との間の級内相関係数(ICC)は,0.780 であった.Cronbach のα計数は,0.711 であった.「患者さんの運転に関して全体として何とかできる自信がある」という質問への回答との間の相関係数(Spearman のρ)は,0.689(p<0.002)であった.
【考察】以上の結果より,運転問題自己効力感尺度日本語版には,十分な信頼性が認められた.「患者の運転を何とかできる」自信との間に相関が認められたことから,ある程度の妥当性も示されたと言える.今後,対象者を増やし,因子的な検討および妥当性の検証を実施することが課題である.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-8
神戸大学病院メモリークリニックにおける抗認知症薬の服薬状況調査
松山賢一,山本泰司(神戸大学大学院医学研究科精神神経科学分野),阪井一雄(宝塚医療大学保健医療学部理学療法学科),川又敏男(神戸大学医学部保健学科),古和久朋(神戸大学大学院医学研究 科神経内科学分野),前田潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部作業療法学専攻)
【目的】認知症患者の多くは高齢者であり,服薬コンプライアンスが介護上の問題になることが多い.今回我々はアンケートを用いて抗認知症薬の服薬実態を調査し,具体的な問題点を抽出してその原因や対策について考察を行った.
【方法】当院認知症外来の患者78 名に対し,抗認知症薬の服薬状況についてアンケート調査を行った.調査期間は2011 年6 月から2011 年12 月までである.アンケートの内容は,服用中のすべての薬剤の数と服薬回数,抗認知症薬の剤形,服用期間,困っている点,希望する剤形とその理由,などである.アンケート結果に対し若干のデータ解析を行った.解析には小野薬品工業(株)の協力を得た.
【倫理的配慮】患者にはアンケート結果を研究に用いること,および研究報告を行うことについて書面で同意を得た.また第三者に患者が特定されないよう個人情報を匿名化した.
【結果】男女比は3:7 で女性が多く,平均年齢は77 歳であった.患者の診断名はアルツハイマー型認知症が約8 割を占め,レビー小体型認知症が約15%,残りは血管性認知症と軽度認知機能障害であった.MMSE の平均は19.5 点であり,発症からの期間は平均49 ヶ月であった.抗認知症薬以外の薬を含めた薬剤数は平均4.5 であり,1 日の平均服薬回数は約2 回であった.服薬で困っている点としては「飲み忘れ」が22% と最も多く,他に「飲みすぎることがある」「服薬の確認がしにくい」などが多かった.服薬について抗認知症薬に希望する点としては「服薬の確認のしやすさ」「服薬時間の短縮」「飲み忘れの少なさ」などが多かった.希望する剤形としては,口腔内崩壊錠と錠剤・カプセルが高い順位を占め,液剤,ゼリー,貼付薬が中間位,粉薬はもっとも順位が低かった.
【考察】認知症患者は一般に高齢者であり,1 つまたは複数の身体疾患を併存疾患として持つことが多い.服用中の薬剤数が平均4.5 と多いのはこれを反映している.1 日の平均服薬回数は約2 回であるが,「飲み忘れ」や「飲みすぎ」「服薬の確認ができない」など服薬管理で困っている現状が明らかとなり,服薬回数や薬剤数の減少が求められていると考えられた.
剤形では口腔内崩壊錠と錠剤・カプセルの人気が高かった.これは現在服用している薬剤の剤形を反映していると考えられ,患者,家族は剤形について大きな不満はないと推測される.一方で液剤,ゼリー,貼付薬を上位にする患者もおり,経口摂取困難な患者に対してこれらの剤形は一定のニーズがあると考えられた.また高齢者における重要な問題として誤嚥があり,水なしで飲める口腔内崩壊錠の人気が高く,粉薬が敬遠されているのはこのことを反映していると考えられる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-9
MoCA-J による操作的MCI の心身・社会的特徴;地域高齢者健診における検討(その1)
藤原佳典,鈴木宏幸,河合恒,安永正史,長沼亨,鄭恵元,竹内瑠美,村山陽,平野浩彦,吉田英世,小島基永(東京都健康長寿医療センター研究所),井原一成(東邦大学医学部公衆衛生学 教室),大渕修一(東京都健康長寿医療センター研究所)
【目的】我々はNasreddine がMCI スクリーニング検査として開発したMoCA(Montreal CognitiveAssessment)を翻訳し,その妥当性・信頼性を検証し,MoCA-J を提示した(Fujiwara etal, 2010).MoCA の臨床上のカットオフポイントは26 点未満であるが,最近の地域研究において6 割以上の回答者がこの基準を下回るとの報告が見られる(Rossetti, et al. 2011).本研究の目的はMoCA-J により操作的にMCI と定義した地域高齢者の心身・社会的特徴を明らかにすること.
【方法】東京都板橋区の住民基本台帳から東京都健康長寿医療センター周辺9 町内在住の65 歳〜84 歳の男女全7,162 名を抽出した.施設入居者と過去の当センター研究協力者を除外し,6,699名に対して当センターが主催する高齢者健診への案内状を送付した.2011 年10 月に参加希望者913 名を対象に医学(既往歴,血圧等),身体機能(歩行速度,握力等),認知機能(MoCA-J,MMSE),高次生活機能(老研式活動能力指標),基本的日常生活動作能力(BADL),生活習慣等を調査した.
【倫理的配慮】東京都健康長寿医療センター倫理委員会の承認を得て実施し,データの使用について,対象者全員に同意を得た.
【結果】受診者を認知機能検査により操作的(A)健常群:MoCA-J≧26(n=258,29.8%),(B)軽度低下群:MoCA<26 かつMMSE≧24(n=567,64.4%),(C)重度低下群:MMSE<24(n=56,6.3%)に分類した.更に,BADL 障害,重度の視聴力障害または脳卒中の既往がある60 人を除き,年齢,修学年数,収縮期血圧,10m 通常歩行時間の平均値±標準偏差はそれぞれ,(A)71.6±4.7 歳,12.6±2.5 年,131.4±18.8mmHg,7.2±1.3 秒,(B)73.9±4.9 歳,12.3±2.7 年,133.6±19.2mmHg,7.6±1.6 秒,(C)76.7±4.7 歳,10.4±2.3 年,142.9±20.1mmHg,8.6±2.7 秒であった(いずれも傾向性検定でp<.05).記憶の愁訴あり,時間見当識の愁訴あり,周囲から物忘れの指摘あり,IADL 低下あり,知的能動性低下あり,趣味なしの%はそれぞれ(A)45.3,21.2,11.4,0.4,8.2,33.1(B)53.7,28.4,16.5,4.7,15.5,41.7(C)55.3,43.8,29.2,15.6,43.7,54.2(いずれも傾向性検定でp<.05)であった.(A)健常群に対する(B)軽度低下群および(C)重度低下群を目的変数として,性,年齢,修学年数を統制した多項ロジスティック回帰分析をおこなった.健常群に対する重度低下群を目的変数とした記憶の愁訴ありと,健常群に対する軽度低下群を目的変数とした収縮期血圧を除き,いずれの場合もOdds 比は有意であり,Odds 比の値は軽度低下群に比べて重度低下群で増加した.
【考察】地域健診におけるMoCA-J の得点分布では臨床的カットオフポイント26 点未満の人が先行研究同様に6 割以上を占め,地域での適用には注意を要する.一方,このカットオフポイントを用いた軽度低下群はBADL では自立しているが健常群に比べて,高次生活機能は劣り,認知機能低下に対する自他からの訴えも強い.今後,地域におけるこれら軽度低下群に対してのアプローチのあり方を検討する必要がある.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-10
MoCA-J における操作的MCI の認知機能の特徴;地域高齢者健診における検討(その2)
鈴木宏幸,藤原佳典,河合恒,安永正史,長沼亨,鄭恵元,竹内瑠美,村山陽,平野浩彦,吉田英世,小島基永(東京都健康長寿医療センター研究所),井原一成(東邦大学医学部公衆衛生学教室),大渕修一(東京都健康長寿医療センター研究所)
【目的】臨床場面におけるMCI(Clinical MCI)の鑑別において,Montreal Cognitive Assessment(MoCA)が有効である事が示されている.また,MoCA は12 の下位検査項目から構成され,主に6 つの認知ドメインについて評価が可能であるため,認知機能評価においても有用であることも報告されている.一方,地域研究においてMoCAの臨床上の基準(カットオフポイント25/26)を用いるには注意が必要であるとの指摘がある(Rossetti, et al., 2011, Freitas, et al., 2011).本研究では,地域高齢者に日本語版MoCA(MoCA-J)を実施し,MoCA-J により操作的に定義されたMCI とClinical MCI の認知機能の相違について,MoCA-J の下位得点から検討する.
【方法】対象:東京都板橋区在住の地域高齢者を対象に行われた調査参加者913 名のうち,MMSEが24 点以上であり,かつMoCA-J が26 点未満であった528 名(平均年齢73.9±4.9 歳,平均教育年数12.3±2.7 年,MMSE 27.8±1.6 点,BADL障害および重度の視聴力障害,脳卒中の既往のあるものは除外)を操作的MCI 群とした.ClinicalMCI 群は東京都健康長寿医療センターもの忘れ外来を受診する地域在住の患者30 名(77.5±6.3歳,11.2±3 年,26.7±2.1 点,CDR 0.5)とした.MoCA-J : Nasreddine, et al(2005)の分類に従い,記憶(5 単語遅延再生:5 点),視空間認知機能(立方体模写,時計描画:4 点),実行機能(TMT-B,語想起,類似:4 点),注意機能(数唱,計算,ビジランス:6 点),言語機能(命名,復唱,語想起:6 点),見当識(6 点)の6 つの認知ドメインごとに得点を集計した.
【倫理的配慮】東京都健康長寿医療センター倫理委員会の承認を得て実施し,データの使用について,対象者全員に同意を得た.
【結果】操作的MCI 群のMoCA-J の平均得点(22.1±2.3 点)は,Clinical MCI 群(20.9±2.7点)よりも高かった(p<.01).操作的MCI 群とClinical MCI 群の各認知ドメインの得点はそれぞれ,記憶:1.7±1.5 vs 0.7±1.2,視空間認知機能:3.4±0.7 vs 3.6±0.6,実行機能:2.2±1.0vs 2.0±1.0,注意機能:4.7±1.1 vs 5.0±1.0,言語機能:4.0±0.9 vs 3.5±0.9,見当識:5.8±0.5 vs 5.5±0.9 であり,記憶と言語機能において地域高齢者群の得点が有意に高かった(p<.01).
【考察】操作的MCI 群はClinical MCI 群と比較して認知機能が維持されており,その差は記憶および言語機能にあることが示唆された.ClinicalMCI は地域に潜在する軽度に認知機能が低下した高齢者の中でも,特に認知機能の低下が深刻な集団であると考えられる.MoCA-J の臨床基準である25 点を下回る地域高齢者の中でも,記憶もしくは言語機能の低下がみられる場合には特に注意が必要となる.
【謝辞】本研究は,平成23 年度科学研究費補助金・若手(B)(研究代表者:鈴木宏幸)により実施した.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月21日(木) 11:00〜12:00 第4会場市民ホール 401・402
検査
座長:田中稔久(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
I-11
Alzheimer 病患者のコミュニケーション障害の類型化
飯干紀代子,大森史隆(九州保健福祉大学保健科学部),猪鹿倉忠彦(パールランド病院),三村將(慶應義塾大学医学部)
【目的】コミュニケーションは人の生活の基盤となる活動の一つであり,認知症者の75% 以上にみられるコミュニケーション障害(飯干ら2001)を支援する意義は大きい.本研究の目的は,コミュニケーションの基本的構成要素である聴覚,認知,言語,構音の評価結果を基に,Alzheimer 病患者(以下,AD)のコミュニケーション障害を類型化し,支援方法考案の基礎資料を得ることである.
【方法】対象は,probable AD 78 例(男性21 例,女性57 例,平均年齢80.4±8.0 歳,Mini MentalState Examination(以下,MMSE)平均16.8±5.4 点であった.純音聴力検査,MMSE,コミュニケーション検査(飯干ら2007)を実施した.
【類型化手続き】各検査データ値を標準得点化し,Ward 法による階層的クラスター分析でデンドログラムを作成した.得られたクラスター数を基に2-step クラスター分析を行い,分類に用いた変数を従属変数,クラスターを独立変数にした分散分析を実施した.多重比較にはBonferroni を用いた.
【倫理的配慮】本研究は,九州保健福祉大学倫理審査委員会の承認を受け,対象および家族に個別に承諾を得た上で実施された.また,日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
【結果】5 つのクラスターが抽出され,多重比較検定の結果,各クラスターは以下の特徴を示した.type 1(n=14)は構音に障害を示す「構音障害型」で,発話内容はほぼ適切だが発話明瞭度が低下しており,重度AD でなければ義歯欠損・不適合や声量不足による見かけ上の構音障害である可能性が高かった.type 2(n=15)は中等度以上の聴覚障害のある「聴覚障害型」で,左右差のある例は少なく,聴覚障害のため音声言語は不良だが文字言語は保存されていた.type 3(n=24)は認知機能,中でも記憶と見当識が低下している「認知障害型」で,表面的なやりとりは成立するが内容が不適切であった.type 4(n=22)は全体的に高得点な「全体高型」で,コミュニケーション機能が全般的に良好であり,短文レベルの意思疎通が概ね可能であった.type 5(n=3)は全体的に低得点な「全体低型」で,単語の理解や意志表示も困難であった.検査時間は約25 分であった.
【考察】認知症者の障害類型化については,生活行動(小川ら2004)や高次脳機能(Stopford ら2007)が報告されているが,コミュニケーションの基本的構成要素に着目した研究はみられない.類型化により,障害あるいは保存された機能に基づくタイプごとの有効なストラテジー立案が可能であり,本研究はAD のコミュニケーション支援に関する基礎資料を提供しえたと考えられる.全体低型は4% に過ぎず,MMSE 16.8±5.4 点の範囲に属するAD の大多数は,コミュニケーションストラテジーとして活用可能な何らかの残存機能が保持されていることが示された.多層な要因から成るAD のコミュニケーション障害を簡便な検査で類型化し,支援のための一定のベクトルを示すことは意義が大きいと考えられた.本研究は,科学研究費補助金(基盤研究C-22500494,研究代表者:飯干紀代子)「認知症のコミュニケーション障害に対する包括的アプローチ方法の開発」の助成を受けて行われた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-12
心理検査と画像検査の結果からDLB への進行が示唆された初老期発症の3 症例の検討
太田一実(順天堂東京江東高齢者医療センター),井関栄三(順天堂東京江東高齢者医療センター, 順天堂大学医学部精神医学),村山憲男(順天堂東京江東高齢者医療センター,北里大学医療衛生学部),千葉悠平(順天堂東京江東高齢者医療センター,横浜市立大学医学部精神医学),藤城弘樹,笠 貫浩史(順天堂東京江東高齢者医療センター,順天堂大学医学部精神医学),新井平伊(順天堂大学医学部精神医学),佐藤潔(順天堂東京江東高齢者医療センター)
【目的】アルツハイマー病(AD)は前駆期から主に記憶障害を示すのに対し,レビー小体型認知症(DLB)はレム睡眠行動障害,自律神経症状,抑うつなど多様な症状を示すことが多く,AD とDLB の初期鑑別に有効であるとされている.本研究では,初診時にAD の初期が疑われたが,後にDLB の前駆期が示唆された初老期発症の3 症例を提示し,AD やDLB の初期診断における画像検査と心理検査の有用性を検討した.
【方法】心理検査はMMSE,WAIS- ,WMS-R,立方体模写,時計描画,ベンダーゲシュタルトテスト(BGT),標準高次視知覚検査(VPTA)の基本機能,主観的輪郭課題などを施行した.画像検査は頭部MRI,18F-FDG-PET,MIBG 心筋シンチグラフィを実施した.
【倫理的配慮】個人が同定されないよう配慮を行ない,書面により研究協力と報告の同意を得た.
【結果】症例1 は57 歳の右利きの女性で,56 歳頃に健忘に気付かれ,初診時の主訴は健忘とものが歪んで見えることだった.数か月後には距離感がとりにくく,階段を踏み外すようになった.症例2 は62 歳の右利きの女性で,58 歳頃に健忘に気付かれ,初診時の主訴は健忘のみであった.数か月後には階段を下りる際に距離感がとりづらいが,日常生活でそのために支障を来たすことはなかった.症例3 は58 歳の右利きの女性で,54 歳頃から計算が苦手になり,意欲低下や希死念慮が現れ,56 歳頃に健忘に気付かれた.初診時の主訴は健忘と情動不安定で,数か月後には認知機能が低下し,人物幻視を示唆する言動がみられた.
画像検査の結果は,3 症例とも頭部MRI は年齢相応で,18F-FDG-PET では後頭葉から一部頭頂葉にかけて右優位の糖代謝低下が認められた.MIBG 心筋シンチグラフィ―では取り込み低下はみられなかった.心理検査の結果を表に示す.
【考察】いずれの症例も,DLB で指摘されてきた前駆症状はみられなかったが,機能画像検査で後頭葉を中心に糖代謝低下が示された.また,心理検査では,主観的輪郭を中心とした視覚認知課題で障害が認められた.認知機能障害がより進行した症例3 では他の視覚認知課題でも障害が認められ,初診の数か月後には幻視も出現し,DLBへの進行が疑われた.このように,本研究で用いた心理検査と画像検査は,典型的な前駆症状を示さないDLB の初期診断に有用であると考えられた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-13
認知症の視覚誘発情動関連電位P 300 成分の特性
浅海靖恵(九州看護福祉大学看護福祉学部,久留米大学高次脳疾患研究所),森田喜一郎,小路純央 (久留米大学高次脳疾患研究所,久留米大学医学部神経精神医学講座),中島洋子,山本篤,村岡明美(久留米大学高次脳疾患研究所),内村直尚(久留米大学医学部神経精神医学講座)
【目的】P300 成分の注意機能は認知機能と関係があると言われている.一般にP300 潜時は加齢に伴い延長するといわれており,またアルツハイマー型認知症(以下AD)のそれも延長すると報告されている.今回,もの忘れ外来を受診された方を対象に,認知症症状評価尺度としてHDS-R,MMSE およびMRI の検査を実施すると共に,赤ん坊の「泣き」写真,「笑い」写真提示時のP300成分を解析し,老年期におけるAD 群,非認知症群の特性を検討したので報告する.
【対象】久留米大学もの忘れ外来を受診された者48 名(72.29±7.01 歳,男性19 名,女性29 名)を対象にした.総ての被験者をAD 群(HDS-Rが20 点以下かMMSE が23 点以下の者)12 名,健常群(HDS-R,MMSE 共に28 点以上の者)12名,中間群(AD 群,健常群以外の者)24 名とした.さらに,中間群をVSRAD のZ スコアによって高リスク群(2.0 以上)12 名,低リスク群(2.0 未満)12 名に区分した.
【倫理的配慮】総ての被験者には,当研究を書面にて説明し同意を得たのち施行した.尚,当研究は,久留米大学倫理委員会の承認を得て行っている.
【方法】P300 測定には日本光電NeuroFax を使用した.事象関連電位は視覚誘発のオドボール課題を用い,標的刺激(出現率30%)として,赤ん坊の笑い顔(以下,「笑い」),泣き顔(以下,「泣き」)を,非標的刺激(出現率70%)として,泣き・笑いのどちらでもない真顔(以下,「中性」)を円形の中に写し入れたものを使用した.脳波は,国際10−20 法に基づき両耳朶を基準電極とした18 チャンネルから記録した.P300 成分はFz,Cz,Pz,Oz から最大振幅,潜時を解析した.課題における各刺激の提示間隔は1−2s とし提示時間は250 ms とした.
【結果】VSRAD のZ スコアとP300 潜時との間に「泣き」「笑い」ともに有意な正の相関が,P300振幅との間に「泣き」において有意な負の相関が認められた.HDS-R とP300 潜時との間に「泣き」において有意な負の相関が,P300 振幅との間に「泣き」において有意な正の相関が認められた.症状評価尺度間の関係では,被験者全体において,Z スコアとHDS-R,MMSE に有意な負の相関が認められたが,各群においては認められなかった.P300 振幅は,「泣き」は全電極部において,「笑い」はPz,Oz において,認知症群が低リスク群および健常群より有意に小さい値であった.認知症群と高リスク群の間にはPz 以外で有意差は認められなかった.また表情における有意差はどの群にも認められなかった.P300 潜時は,「泣き」「笑い」ともに,全ての記録部において,認知症群が,高リスク群,低リスク群および健常群より有意に大きい値であった.加えて,「笑い」では,高リスク群は低リスク群より有意に大きい値であった.表情による差は,健常群と認知症群において「泣き」が「笑い」より有意に小さい値であった.
【考察】視覚誘発情動関連電位P300 成分は,被験者に侵襲も少なく認知症の診断および早期診断に有用と考えられた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-14
レビー小体型認知症と晩期発症型アルハイマー病のVSRAD 所見の比較検討
林博史(山形大学医学部精神科),川勝忍(山形大学医学部精神科,篠田総合病院認知症疾患医療センター),渋谷譲(山形大学医学部精神科),小林良太(公立置賜長井病院精神科),大谷浩(山形大学医学部精神科)
【目的】レビー小体型認知症では初期には記憶障害が目立たず,海馬,側頭葉内側部の萎縮がアルツハイマー型認知症(AD)と比較してより軽いことが指摘されているが,海馬傍回または内嗅領野の萎縮をVoxel-based morphometry(VBM)法で評価した研究は少ない.今回,われわれは,ADの初発病変である側頭葉内側部とくに海馬傍回の脳容積を定量的に評価する画像統計解析ソフトであるVoxel-based Specific Regional analysissystem for Alzheimer’s Disease(VSRAD)を用いて,海馬傍回の萎縮について,多数例のDLBと晩期発症型AD(LOAD : late-onset AD)で検討した.
【方法】DLB 60 例(平均年齢82.1±6.3 歳,罹病期間2.5±1.6 年,MMSE 17.8±5.0 点),LOAD210 例(平均年齢81.1±5.5 歳,罹病期間3.3±2.0 年,MMSE 18.1±4.7 点)について,Siemens1.5T-MRI にて矢状断T1 強調画像を撮影し,VSRAD に実装されている54〜86 歳の正常データベースを用いて,(1)関心領域内のZ スコアの平均(海馬傍回の萎縮度),(2)全脳萎縮率,(3)関心領域の中で萎縮している領域の割合(海馬傍回萎縮率),(4)海馬傍回の萎縮特異性を算出した.認知機能検査としてADAS 10 単語記銘,順唱を行った.
【倫理的配慮】研究について十分に説明した上で,患者または保護者より書面により同意を得た.本研究は山形大学医学部および篠田総合病院の倫理委員会の承認を得た.
【結果】DLB,EOAD 両群間で年齢,MMSE,ADAS 10 単語記銘に差は無かったが,DLB で罹病期間が有意に短く,順唱はDLB 3.5±2.0 桁,LOAD 5.6±1.2 桁で有意にDLB で悪かった(p<0.001).VSRAD の各指標については,(1)海馬傍回の萎縮度は,DLB 2.25±1.10,LOAD 2.84±1.33 で,DLB で有意に軽度(p<0.001),(2)全脳萎縮率は,DLB 10.32±4.70%,LOAD 9.63±5.09% で差はなく,(3)海馬傍回萎縮率は,DLB46.5±32.6%,LOAD 63.6±31.1% で,DLB で有意に軽度(p<0.001),(4)海馬傍回の萎縮特異度は,DLB 4.86±3.43 倍,LOAD 7.82±5.12 倍で,LOAD で海馬により特異的な萎縮がみられた.海馬傍回の萎縮度が2 未満は,DLB は47%,LOAD は28% で,DLB ではLOAD よりも海馬傍回の萎縮が軽い例が有意に多かった.MMSEとVSRAD の指標との相関は,LOAD では見られたが,DLB では見られなかった.罹病期間との相関はDLB,LOAD いずれの群でも有意であった.
【結論】DLB の海馬傍回の萎縮は,正常よりは強いが,LOAD と比べて軽度であることがVSRADでも示され,罹病期間とは相関するが認知機能とは相関しなかった.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-15
アルツハイマー型認知症早期診断のための新規血液診断マーカー;糖鎖異常に注目した診断方法
谷口美也子,浦上克哉(鳥取大学医学部生体制御学)
【目的】我々は以前より,アルツハイマー型認知症(AD)では髄液中・血液中の糖タンパクの糖鎖に異常が見られることを明らかにしてきた.特にトランスフェリンのシアル酸量はAD で有意に変化していることが分かっている.そこで,トランスフェリンシアル酸量の血液新規診断マーカーとしての有効性と臨床応用の可能性を検討することを目的とした.
【方法】対象は,AD 30 例,コントロール30 例の血液を用いた.トランスフェリン量の測定はサンドイッチELISA 法で,糖タンパクの糖鎖量は,レクチンを用いた酵素免疫測定法によって測定した.同一患者の髄液のリン酸化タウタンパク(ptau181)と,アミロイドβ(Aβ)1-42 もサンドイッチELISA 法を用いて測定した.
【倫理的配慮】髄液・血液提供対象者である患者あるいは家族には,本研究についての十分な説明を行った上で同意を取得し,不利益を被ることのないよう,またプライバシーの保護に配慮した.また本研究は,鳥取大学医学部倫理審査委員会の承認を得て行ったものである.
【結果】AD では血液中トランスフェリン量は変化していないが,トランスフェリンシアル酸量が有意に減少していた(p<0.001).さらにこの変化はp-tau181 やAβ1-42 の変化が軽度である極早期のAD でも見られた.また,p-tau やAβ1-42 とトランスフェリンシアル酸量との相関は見られなかった.
【考察】AD におけるトランスフェリンシアル酸量の変化はAD 発症の極早期にすでに起こっており,p-tau やAβの変化よりも先行して検出できる可能性が示唆された.血液で診断できる早期診断マーカーとしての有用性は高く,AD の早期発見に貢献できるツールとなると期待できる.また,p-tau やAβと相関がなかったということは,ptauやAβの病態とは異なった機序で起こっている変化である可能性があり,AD の病態の解明にも役立つと考えられる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月21日(木) 13:00〜14:00 第4会場市民ホール 401・402
症例報告・症候学(1)
座長:上田諭(日本医科大学精神医学教室)
I-16
嗅覚障害・薬剤過敏性・異常なMIBG 心筋シンチグラフィを認めた長期記憶障害の1 例;近時記憶障害・パーキンソン症・幻視のないレビー小体型認知症?
鵜飼克行(総合上飯田第一病院老年精神科(物忘れ評価外来))
【はじめに】1970 年代の後半に,小阪らは進行性の認知症とパーキンソニズムを呈し,神経病理学的には大脳皮質や基底核,中脳などに多くのレビー小体を認める5 症例を報告した.さらに1980年には,レビー小体病(LBD)という概念を提唱した.それを受けて1995 年に開催された第1回国際ワークショップにおいては,レビー小体型認知症(DLB)という概念が提唱され,翌年その臨床および病理診断基準が示された.この診断基準は,2005 年に改訂され,現在に至っている.近年,LBD は上記を含む中枢神経系が侵されるだけでなく,交感神経節・消化管神経叢・心臓や鼻粘膜などの末梢神経も侵されることが明らかとなり,いわゆる「全身病」として捉えられるようになった.このようにLBD は多くの臓器・組織が影響を受けるため,認知機能障害のみならず多彩な神経症状・精神症状および検査所見を呈すると考えられる.
【倫理的配慮】同意を得,匿名性にも配慮した.
【症例】66 歳の女性.自覚的な物忘れがあり,数か月前に友人と旅行をしたことや,数週間前に交通事故を起こしたことなどの記憶がないという.しかし,MMSE は満点で,ADASJ-cog その他の認知機能検査でも近時記憶障害,失見当,構成失行を認めなかった.パーキンソニズム,幻視,レム睡眠行動障害も認められなかった.ところが,1.匂いに鈍感になった(料理中の焦げた魚の臭いに気が付かなかったなど),2.総合感冒薬を飲んで失神した(それ以来,風邪薬は飲まない),3.睡眠薬で譫妄(夜中に外に出て行こうとした)になった(それ以来,睡眠薬は飲まない),などの嗅覚障害や薬剤過敏性を示唆する症状が判明した.頭部MRI では脳血管障害や海馬の委縮などの異常を認めなかった.SPECT では頭頂葉外側面に血流低下を認めたが,頭頂葉内側面や後頭葉は正常であった.MIBG 心筋シンチグラフィでは,著明な取り込み低下を認めた.以上の所見から,DLB の診断基準は満たさないものの,早期の段階のDLB(LBD)の可能性が高いと診断した.
【考察】DLB の早期診断の重要性が広く認められつつある.しかし,その初期症状の多様性が,それを困難にしている.この症例では,近時記憶障害や幻視,視覚認知障害,視空間構成障害,パーキンソニズム,レム睡眠行動障害などのDLB の中核的な特徴は認めなかったが,数週から数か月前のエピソード記憶が抜け落ちるなど比較的長期の記憶障害,嗅覚障害,薬剤過敏性,異常なMIBG心筋シンチグラフィなどDLB を示唆すると思われる所見が認められた.DLB の早期診断のためには,診断基準を厳格に適応するのではなく,様々なDLB の初期症状を念頭に置き対応することが重要と思われた.また,DLB の初期症状の特徴をより明確にするために,早期のDLB と思われる症例を集積し,詳細な臨床所見を得て検討していくことが重要であろう.この症例からは,近時よりも長期の記憶がより障害されたことはDLBの早期診断に役立つか,抗精神病薬以外にどのような薬物に過敏性を示すのか,早期のSPECT での血流低下はどの部位に見られるのかなど,解決されるべき多くの問題があるように思われた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-17
Short-Term Memory Syndrome を呈した一症例
阪井一雄(宝塚医療大学保健医療学部理学療法学科,神戸大学大学院医学研究科精神神経科学分野),松山賢一,山本泰司(神戸大学大学院医学研究科精神神経科学分野),川又敏男(神戸大学大学院保健学研究科),前田潔(神戸学院大学総合リハビリテーション学部作業療法学専攻)
【目的】short term memory syndrome(STM 症候群)とは短期記憶(近時記憶recent memoryとの混乱を避けるため即時記憶immediatememory と表現されることも多いが,以下,短期記憶short term memory は即時記憶を指すこととする)が選択的に障害され,長期記憶(近時記憶及び遠隔記憶)は保存された病態である.1969年にWarrington らがSTM 症候群を報告すると,まず健忘症候群との二重乖離の面で注目された.その後,復唱障害の観点から伝導失語との異同が検討され,1990 年代に入ると短期記憶は作動記憶working memory という枠組で捉え直されるようになってきている.しかし短期記憶に対する関心の大きさに比べて,STM 症候群の報告は多くはない.我々は記憶力低下を主訴に認知症外来を受診したが,神経心理学検査上著明な言語性空間性短期記憶障害を認め,一方で長期記憶や言語能力には大きな障害を認めなかった例を経験したのでここに報告する.
【方法】患者の診断及び評価に用いた神経心理検査・画像検査を過去の文献と比較検討した.
【倫理的配慮】患者には診断及び評価に用いた検査を研究に用いること,症例報告を行うことについて書面で同意を得た.また第三者に患者が特定されないよう個人情報を匿名化した.
【結果】患者は受診時79 歳の男性で,70 歳時に右前頭頭頂葉の無症候性Convexity Meningiomaに対し摘出術を受けた.その後77 歳頃より物忘れを妻から指摘されるようになり,79 歳時に大学病院付属の認知症疾患医療センターを受診した.
初診時目立った神経学的所見はなく,近時記憶障害は目立たなかった.Wechsler Memory Scaleの各指数は言語性記憶107,視覚性記憶96,一般的記憶104,遅延再生87 と概ね正常域であった.一方,注意集中指数は58 と低下し,数唱は4 桁が1/2,5 桁は不能.逆唱は3 桁1/2,4 桁は不能であった.視覚的記憶範囲(Corsi のblockspan)では同順序3 段階が1/2,4 段階は不能,逆順序は2 段階は可能であったが3 段階は不能であった.自発語に錯語は認められず,WAB 失語症検査の失語指数は93 と正常範囲であったが,話言葉の理解8.6,復唱8 と軽度低下が認められた.脳MRI では加齢性の瀰漫性脳萎縮以外目立った所見は認めなかった.
【考察】本例は,言語性及び視覚性の短期記憶障害を呈しているものの,他の言語機能や認知機能の障害は認められない.言語性或いは視覚性短期記憶の選択的障害の報告は少ないながら存在するが,両者が障害されるものの他の認知機能が障害されない例の報告は極めて珍しい.本例は言語性及び視覚性短期記憶に共通の機能的解剖学的基盤が存在する可能性を示唆している.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-18
認知症配偶者の介護問題を契機に亜昏迷状態を呈したMCI の一例
田中修,古田光(東京都健康長寿医療センター病院精神科,東京医科歯科大学精神科),杉下瑞 希(東京都健康長寿医療センター病院精神科,東京大学医学部精神神経科),菊地幸子(東京都健康長寿医療センター病院精神科,東京医科歯科大学精神科),岡村毅(東京都健康長寿医療センター病院精神科,東京都健康長寿医療センター研究所,東京大学医学部精神神経科),井藤佳恵,粟田主 一(東京都健康長寿医療センター研究所),松下正明(東京都健康長寿医療センター病院精神科,東京都健康長寿医療センター研究所)
【背景と目的】近年,高齢化の急速な進行や核家族化とともに,老夫婦のみの世帯が増加しており,社会的なつながりが得られずに孤立する傾向がある.介護者も認知機能障害を患っているケースが増加している.今回,認知症配偶者の介護問題を契機に亜昏迷状態を呈した軽度認知障害(MCI)の症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する.
【倫理的配慮】本人の了解を得た後に,個人情報保護に配慮し,一部に改変を加えた.
【症例】82 歳女性.精神科既往歴なし,アルコールなし.亭主関白の夫と二人暮らし.X 年Y−10月,夫の視力が低下し,同時に認知機能低下も顕在化したため,患者の介護負担が大きくなり,「自分がしっかりしなければ」と思い詰めるようになった.Y−2 月「一人になる時間がない」とイライラした様子であった.同時期に自宅の税金の手続きがあり,息子が代理で行なったが,「手続きが済んでいないので,ここには住めない」「夫がボケてしまったから置いてもらえない,追い出される」「ガスも水も使ってはいけない」「追い出すために警察が来ている,電話は盗聴されている」と妄想状態を呈し,食事や水分摂取しなくなり,排泄も紙オムツを使うようになった.Y−1 月,拒絶的となり,寝たままで動かず,しかし飲水を促すと手で払いのける状態で,亜昏迷状態となった.Y 月Z−5 日,高度の脱水症となり当院内科に緊急入院した.各種検査で,あきらかな器質性病変を認めず.内科入院中にハロペリドール5 mgを2 回点滴投与されたが,状態の変化はなかった.Y 月Z 日に当科へ転科した.亜昏迷状態であり,ECT を検討したが,転科時に深部静脈血栓症・肺塞栓症を併発していたため,向精神薬は使用せず,抗凝固療法を優先して開始した.Z+3 日に「食べないと経管栄養になる」と話したところ,「嫌だ,じゃあ食べます」と返答した.Z+4 日から「おいしい,おいしい」とゼリーを摂取し,以後は食事摂取できるようになった.向精神薬は無投薬で経過観察したが,その後も精神病症状や昏迷の再燃はみられなかった.病状回復後の面接では,入院前の亜昏迷状態については主治医に訴えなかったが,家族には「怖かった」と話した.病状回復後はMMSE 24 点だが,軽度の近時記憶障害は一貫して観察され,amnesticMCI に相当すると考えられた.画像精査では,海馬周辺を含めた脳萎縮,皮質下の慢性虚血性変化を認め,脳血流シンチでは頭頂葉,後部帯状回〜楔前部の一部に血流低下を認めた.今後,アルツハイマー型認知症への進展が疑われる結果であった.
【考察】一般に高齢者の精神障害では,器質的な背景要因が多いといわれている.今回,軽度認知障害のある介護者が,配偶者の介護負担と心理社会的ストレスを背景に,亜昏迷状態に陥った症例を経験した.認知機能低下と社会的孤立の中,判断力を失い打開策を見い出せぬままに,反応性に妄想状態をきたし亜昏迷状態に陥ったものと考えられた.増加する一方の老老介護あるいは,いわゆる認認介護において,今後このような危機的な経過を回避できるよう介入していく必要がある.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-19
認知症が疑われ,その後の経過からアスペルガー症候群と診断した初老期2 症例
成本迅,加藤佑佳(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学),柴田敬祐(大阪府済生会吹田病院),松岡照之,岡村愛子,谷口将吾,中村佳永子(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学),占部美恵(京都府立医科大学医学部看護学科),福居顯二(京都府立医科大学大学院 医学研究科精神機能病態学)
【目的】幼少期や学童期にアスペルガー症候群と認識されないまま高齢になって初めて事例化するケースがある.今回われわれは,認知症が疑われ受診したが,結果的にアスペルガー症候群が背景にあることが疑われた2 症例を経験したので報告する.
【方法】それぞれ前頭側頭型認知症,アルツハイマー病が疑われて当科に紹介となった2 症例について,アスペルガー症候群との診断に至った診察時の所見,家族からの情報,神経心理学的所見,画像所見について報告する.
【倫理的配慮】個人が特定されないよう,症例の主旨を損なわない範囲で改変した.
【症例1】64 歳,男性.アルコール依存症の治療歴があり2 回の精神科入院歴があるが,58 歳からは断酒を継続していた.62 歳時に抑うつ状態にてA 病院精神科入院.その後,甘いものを大量に摂取したり,洋服を買いたいと借金をしたり,万引きをしたりするようになったため躁状態との診断で炭酸リチウムの投与が行われたが,改善しなかった.家族からの叱責にも悪びれることはなく無関心な態度から前頭側頭型認知症が疑われ当科紹介となった.初診時のMMSE 29 点,ADAS4 点.WCST では,カテゴリーを5 つ達成した.FAB 16 点.MRI 上萎縮はみられなかったが,SPECT では右半球優位の軽度前頭葉血流低下がみられた.これら所見からごく初期の前頭側頭型認知症を疑い,1 年間の経過観察後再検したが,検査成績に変化はなかった.家族からの情報聴取により,こだわりの強さや他者配慮性の欠如,対人コミュニケーションが苦手なことなどについては以前からみられていたことが判明.自閉症スペクトラム指数は42 点と高得点であった(カットオフ32 点).
【症例2】53 歳,男性.機械操作をする仕事についていたが,仕事でミスが増え,ぼんやりとしている時間が増えて仕事を休むようになったため,職場の上司から物忘れも指摘されたこともあり,初老期認知症を疑われ当科初診.MMSE 29 点,ADAS 5.6 点,WMS-R ではいずれの記憶指標も100 を超えていた.MRI では異常がみられず,SPECT では両側の頭頂側頭葉と後部帯状回にごく軽度の血流低下がみられた.診察時はいつもにこにことしていて深刻味がないのが印象的であった.その後1 ヶ月の休職を経て職場復帰したが,ミスなく勤めることができ,半年後の時点で変化は認められなかった.妻からの情報収集にて,以前から自分のルールにこだわり,注意してもきかないことや,妻が癌になったときも全く関心を示さなかったことなどが判明した.自閉症スペクトラム指数は31 点であった.
【考察】2 例とも経過と検査所見からアスペルガー症候群と診断した.認知症が疑われるきっかけとなった症状は,アスペルガー症候群の行動特徴そのものやそれを背景とした不適応によるものと考えられた.診断により家族に患者に対する対応を指導することができた.物忘れや無関心などから認知症が疑われて受診して来る患者の中に,アスペルガー症候群の患者が含まれている可能性を念頭に置くことが必要であることが示唆された.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-20
皮膚寄生虫妄想に対して修正型電気けいれん療法が奏効した日本脳炎後遺症の1 例
橋本学,杠岳文(国立病院機構肥前精神医療センター)
【はじめに】日本脳炎による重篤な認知機能障害が発現した5 年後に被害的内容の幻覚・妄想状態が出現し,さらに24 年経過した時点で皮膚寄生虫妄想が出現した症例を経験した.日本脳炎罹患後の精神病症状の発現の経過や内容が興味深いと思われるため報告する.
【倫理的配慮】個人が特定できないよう,本題に関係のない部分に改変を加えた.
【症例】72 歳,女性.X−24 年(48 歳時)日本脳炎に罹患し,3 ヶ月間急性期病院で加療され退院した.その後,高次脳機能障害が出現した.X−19 年(53 歳時),幻覚・妄想状態が出現し,精神運動興奮を呈したため当院に入院し,約4 ヶ月間の治療後軽快退院した.X−10 年(62 歳時),精神病症状が再燃し当院に再入院した.抗精神病薬の投与で精神運動興奮を呈することはなくなったが,特定の親族から迫害されているという内容の幻覚・妄想は持続したため長期入院を余儀なくされた.X 年(72 歳),「蟻が口の中に入ってくる」「身体に蟻がついている」などの皮膚寄生虫妄想が出現し,口腔内の蟻を洗い出すためと称して,水道水で延々と口腔内を洗っていた.これも特定の親族からの迫害と確信していた.薬物療法を行うも効果が乏しくmECT を施行した.急性期ECT により皮膚寄生虫妄想は改善した.その後,継続ECT にて維持療法を行った.
X 年の検査所見:MRI 所見:両側大脳半球の萎縮,両側基底核内側の点状高信号域,両側放線冠の点状高信号域を認めた.SPECT:両側視床,基底核,側頭葉底部寄りに血流低下を認めた.MMSE ; 11/30,HDS-R ; 13/30.
【考察】Fujii らによる頭部外傷後精神病性障害(Psychotic Disorder Following TraumaticBrain Injury ; PDFTBI)は,頭部外傷受傷後,平均4−5 年後に出現し,被害的幻覚妄想状態を呈することが多いとされる.本症例では日本脳炎の後遺症としての高次脳機能障害が出現してから5 年経過した時点で,ある特定の人物からの被害的内容の幻覚・妄想が出現した.脳外傷と脳炎というetiology は異なるものの,PDFTBI と類似した臨床経過を示しており,PDFTBI と同様の機序で幻覚・妄想が出現した可能性が考えられた.さらに,72 歳時には,同一人物の作為によると確信した皮膚寄生虫妄想が出現した.皮膚寄生虫妄想は一般的には比較的まれな病態とされている.本症例では,PDFTBI に類似した妄想状態から時間経過を経て派生した皮膚寄生虫妄想であった点が興味深いものと思われた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月21日(木) 14:00〜15:00 第4会場市民ホール 401・402
症例報告・症候学(2)
座長:品川俊一郎(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
I-21
タップテストや脳脊髄液シャント術により精神症状が著明に改善したiNPH の2 例
坂根真弓(財団法人創精会松山記念病院,愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学),松本光 央,新谷孝典,小森憲治郎(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学),園部漢太郎,木村尚人(財団法人創精会松山記念病院),谷向知,上野修一(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学)
【はじめに】特発性正常圧水頭症(idiopathic normalpressure hydrocephalus ; iNPH)は,くも膜下出血や髄膜炎などの先行疾患がなく,歩行障害,認知機能障害,排尿障害の三徴をきたす脳脊髄液吸収障害に起因した病態である.これら三徴のほかには,88% のiNPH で精神症状が認められるとの報告がある(Larsson A, et al., 1991).精神症状の頻度は,無関心(70.3%),不安(25.0%)が多くみられる一方,妄想,興奮,抑うつ,焦燥感は少ないといわれている(Kito Y, et al., 2009)が,その詳細は不明な点が多い.
今回我々は,妄想や興奮などの激しい精神症状を伴ったiNPH に対し,タップテストや脳脊髄液シャント術を行い,三徴だけでなく妄想や興奮などの精神症状も改善した2 例を経験したので報告する.
【倫理的配慮】報告に際しては,匿名性の保持や個人情報の流出に充分配慮した.
【症例提示】症例1:77 歳男性.X−2 年頃より物忘れが目立つようになった.また,危険な車の運転で事故を繰り返すようになった.X 年4 月より「妻が若い男に連れ去られた.」と警察に通報する,包丁を持って歩きまわるなどの妄想に基づく行動異常や興奮をみとめ,他院を受診しX 年6月に当科に入院となった.入院時MMSE 16/30,RCPM 11/36,FAB 6/18.歩行障害,尿失禁に加え,妄想,興奮,脱抑制などの精神症状を認めていた(NPI:29 点).精査にてiNPH と診断しタップテストを施行したところ,認知機能や歩行に加え,精神症状の改善もみられた(NPI:8 点).症例2:78 歳男性.X 年初め頃より転倒するこ
とが増えた.食事時刻への固執や,毎日あさりの味噌汁と牛乳を飲む常同行動,はちみつをご飯にかけるなどの食行動の変化を認めるようになった.また「息子が財産を横取りした.」などの妄想,興奮,暴力が激しくなり近医を受診しX 年6 月に当科に入院となった.入院時MMSE 16/30,RCPM 16/36,FAB 9/18.歩行障害に加え,妄想,幻覚,興奮,無為などの精神症状を認めていた(NPI:62 点).精査にてiNPH と診断しタップテストを施行した.施行3 日後より歩行に加え,妄想や興奮などの精神症状もいったん軽快したが,徐々に悪化し2 週間ほどで入院時の状態に戻った.経過よりタップテストに反応したと判断し脳脊髄液シャント術を施行したところ,認知機能や歩行の改善は軽度であったが,妄想,興奮などの精神症状に著明な改善を認めた(NPI:25 点).
【考察】今回我々は,妄想や興奮など激しい精神症状を伴ったiNPH に対し,タップテストや脳脊髄液シャント術を行い,三徴だけでなく精神症状も改善した2 例を経験した.高齢者では認知機能障害,歩行障害,尿失禁が非特異的原因でも生じ,iNPH が見逃される可能性がある.また画像上でも脳萎縮との鑑別が困難な場合もあり,アルツハイマー病などの変性疾患やその他の精神疾患と誤られることも推測される.精神症状が前景に立つ認知症でもiNPH を考慮し,適切に早期診断を行い,治療を選択することが必要であると考えられる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-22
高次脳機能障害を呈した癌併発例に対するがんリハビリテーションの3 例
橋本洋一(苫小牧東病院)
症例1 は34 年前に初発した髄膜種を数回にわたって再発した症例で,平成23 年8 月に右乳癌で右乳房全摘例(腋窩リンパ節郭清を含めた)を施行し,その後,右頭頂葉に髄膜種の再々発を認めた.10 月3 日に当院に転院し,転院当初,覚醒レベルの低下とADL 全介助を認めた.左片麻痺はBrunstrom stage(上肢III手指III下肢III)で,覚醒状態にムラがあり,日中でも声掛けに対して反応が乏しく,端座位保持が不可で車椅子座位でも体幹の傾倒がみられた.見当識障害が認められ,日付や場所の認識が困難であった.会話の際には非現実的発言が多く聞かれた.覚醒状態の改善とADL 介助量の軽減を目的にリハを施行し,日中の傾眠傾向が改善され,見当識や他者との会話での反応が現実的な内容となる.協力動作が得られ,座位での活動が一部可能となった.(FIM:30→44)
症例2 は原発不明扁平上皮癌および転移性脳腫瘍(多発性脳腫瘍性脳出血)の症例で平成23年1 月13 日,顔面浮腫にてO 病院循環器内科を受診し,腫瘍により上大静脈が圧排され(上大静脈症候群),頸部リンパ節の細胞診にて扁平上皮癌との病理報告であった.耐久性低下,注意障害が認められたが,耐久性と活動量を向上させることにより他者との関わりや外泊の機会を作ったり,注意力の向上を図り,他者との適切な関わりができるような環境作りを行った.さらに話題の転導を軽減させることで円滑なコミュニケーション能力を向上させた.また筋力増強訓練,歩行訓練施行し,歩行器歩行が自立した.独歩はふらつきがあり,見守りが必要.MMSE は18 点(見当識・計算・遅延再生・書字・図形模写で減点).コース立方体IQ 44.仮名拾いテスト(見落とし31).移動中や会話の際に注意散漫な様子がみられ,話題もすぐに変わり,倦怠感と耐久性低下のために,午後のリハ訓練が実施困難な場合がみられた.(FIM:92→98)
症例3 は70 歳の女性で糖尿病,認知症にて当院外来通院中の平成23 年9 月上旬に腹痛を訴え,腹部造影CT にて膵体部に壊死を伴う進行性膵癌と癌性腹膜炎を認め,麻薬での疼痛緩和を施行.基礎体力の維持・向上と耐久性向上目的にリハ施行中.
進行癌・終末期がん患者の症状緩和治療に影響を与える因子として,3 全症例にみられるように(1)認知機能低下,症例3 のように(2)高齢(3)オピオイド鎮痛薬やアセチルコリンエステラーゼ阻害剤の投与があげられる.
今回の発表は当院倫理委員会の承諾を得ており,3 症例は患者さんならびに家族の方々の許可を得ております.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-23
幻視を認めた高齢者の3 例
紋川明和,紋川友美,渡辺健一郎,窪田孝,川ア康弘(金沢医科大学精神経科学教室)
【目的】幻視を認め,認知症を伴わない高齢者の3 例について報告する.
【症例】症例1.77 歳,男性.76 歳ごろから「部屋に孫が座っている」と幻視を認め,「霊能力がある」と言うようになった.77 歳時に「扇風機の中に子供が頭を入れている」と扇風機を分解するなどの行動が目立ち,精査加療のため5 ヶ月ほど当科入院.入院時HDSR は23 点で,入院後は20点から25 点を推移した.リスペリドン3 mg/日あるいはペロスピロン20 mg/日による加療で幻視は消失したものの,パーキンソン症状が出現した.最終的にはペロスピロン3 mg/日で加療.退院後にドネペジルを追加したが,散発的に幻視を認めた.78 歳時に施設に入所.(検査結果)頭部MRI では脳萎縮とラクナ梗塞,SPECT では全般的な大脳皮質の血流低下,心筋シンチでは心筋の集積低下を認めた.FIQ は101,GMI は90 であった.
症例2.78 歳,女性.突発性難聴と高血圧の既往あり.78 歳時に音楽性幻聴と「ネズミがカーテンの陰に見える」などの幻視が出現し当科受診.ドネペジル,エチゾラム,抑肝散などで加療.幻聴は消失したが,幻視は持続した.その後,レム睡眠行動障害様の訴えが明らかになった.81 歳時のHDRS は27 点で日常生活には問題はなかった.(検査結果)頭部MRI・SPECT では有意な所見を認めなかった.心筋シンチでは心筋の集積低下を認めた(降圧剤投与中).FIQ は103,GMI は76 であった.
症例3.73 歳,男性.40 歳時および71 歳時にうつ病エピソードで加療歴あり.73 歳時に回腸末端炎のため,当院消化器外科にて観血的に加療.術後より,パーキンソン症状,幻視,幻聴,被害妄想を認め,当科に転科.セロクエル50 mg/日で症状改善.パーキンソン症状はL-DOPA 100mg/日で症状消失.(検査結果)頭部MRI では脳萎縮を認めた.SPECT では有意な所見は認めなかった.心筋シンチでは心筋の集積低下を認めた.FIQ は91,GMI は93 であった.
【考察】症例1,2 は既報例である.症例2 の心筋シンチの所見は降圧剤投与中であり評価は困難であるが,その点を除けば,3 例とも認知症の存在を除けばレビー小体型認知症の診断基準を充たしていた.
【倫理的配慮】3 例とも適応外使用となる薬剤については本人・家族の同意を得て使用した.発表についても本人・家族の同意を得た.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-24
高齢で顕著化した精神発達遅滞の例
正木慶大,森隆志(医療法人達磨会東加古川病院精神科)
【はじめに】老年期精神疾患の鑑別診断には必ず言ってよいほど除外診断項目として精神発達遅滞は記されてはいるが,実際には診断書作成や知的な症状以外を主訴として受診した場合に精神発達遅滞を疑うことは少ないと思われる.しかし実際に会話の貧困さや不適応などがある場合には精神発達遅滞は稀ではない.今回,知的な症状以外で受診となり高齢の精神発達遅滞と診断した例について若干の考察を加えて報告する.
【倫理的配慮】なお症例呈示にあたって個人情報保護の点から,匿名性に配慮した.
【症例】身体表現性障害を疑われた63 歳女性.
同胞なし,父母とも死亡しており小児期などの詳細は不明だが従姉妹など近親者の話では既往歴なく学歴は中学卒.普通学級だが昔から学業成績が悪くうまく相手に自分の意志も伝えられず友人も少なかった.中学卒業後に近くの工場に勤務し掃除などの軽作業を行っていた.X−17 年に母の看病のために退職後は無職.その後平成X−16年に母が死亡し独居となった.2 度結婚したがいずれもうまく疎通が取れずに離婚した様子である.X−17 年,X−11 年には意欲低下,X−6 年には耳鳴りなどの不定愁訴で1〜2 回の単発的に当院へ受診があり,いずれもCT・脳波検査などで異常がなく神経症圏として診断されている.X−1年10 月より誘因なく頭痛に始まり,腹痛などを訴えるようになる.A 病院脳神経外科などで精査するも異常なく,X 年1 月12 日〜15 日にB 病院内科に入院し精査するも異常なく精神科的問題(認知症あるいは身体表現性障害)と考えられ1月19 日当院へ受診で任意入院となった.
【入院後経過】病棟でも不穏行動は見られなかったが,話は迂遠で要領を得ず同じ話を何度もするなどが見られた.こだわりも強く訴えは執拗であった.検査では一般血液検査上軽度の貧血はあるが,梅毒反応陰性,ビタミンB12 の低下なども否定的であった.頭部CT 上萎縮・梗塞などはなく年齢相応で,認知症は否定的であった.しかし鈴木ビネー検査でIQ:47 で7 歳6 ヶ月相当,WAIS-IIIでIQ:47 とともに中等度精神発達遅滞域を示した.検査結果を説明し,精神発達の問題の可能性が高いことを親族に伝えると非常に納得され,昔からの様々なエピソードを紹介され,病歴から考えても生下時よりの精神発達遅滞と診断した.自立支援医療でのヘルパーや訪問看護を導入し有料老人ホーム入所して生活している.
【考察】精神発達遅滞を疑われる場合において契機となるのはもちろん親の申告もあるが,母子保健法上の1 歳6 か月児・3 歳児の健康診査が重要である.しかしこの制度の母子保健事業は著者が調べた限りにおいては昭和40 年度に制度化され順次実施されていたもので平成24 年度現在の50歳以上については実施されていないと考えて妥当である.今回の症例は生下時より精神発達遅滞があり,健康診査などなかった時代にそのまま義務教育を修了したが,精神発達遅滞ならではのストレス耐性の低さから身体化症状を発症し加齢とともに顕著化していると考えられた.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-25
レビー小体型認知症を合併した統合失調症に対しドネペジルが奏功した一例
河野仁彦,津田顕洋,河野美帆,村岡寛之,大下隆司,稲田健,石郷岡純(東京女子医大精神医学教室)
【目的】レビー小体型認知症(DLB)は,進行性の認知機能障害に加え,特有の精神症状とパーキンソン症状を示す変性性認知症である.今回統合失調症の治療経過中にレビー小体型認知症の併発が疑われ,ドネペジル投与により精神症状,ADLにおいても有意に改善した症例を経験したので若干の考察を加え報告する.
【倫理的配慮】個人情報の扱いには十分配慮した.また,匿名性の維持のため,報告の趣旨に触れない範囲で変更を加えた.
【症例】61 歳男性.30 代発症の統合失調症.抗精神病薬による長期の治療歴がある.X−1 年頃からパーキンソン症状が出現し近医神経内科入院にて精査.同時期より幻視の訴えが出現していたが統合失調症に伴う幻覚としてとらえられており,パーキンソン症状に関しても抗精神病薬による副作用としてとらえられていた.家族が薬剤調整を希望し,X 年Y 月当科を初診,精査目的に入院となった.前医での画像検査では脳血流SPECTにて後頭葉の相対的血流低下,心筋MIBG シンチグラフィにて心筋への取り込み低下を認めていた.長谷川式簡易スケールにて21/30 と低下を示しており,DLB を疑い抗精神病薬の漸減中止,ドネペジル投与を行った.抗精神病薬の中止に伴う精神症状の増悪は認めず,むしろ幻覚妄想の訴えは改善傾向を示した.パーキンソン症状に対してもL−Dopa 投与にて改善し,それに伴う精神症状の増悪も認めなかった.明らかなADL 向上を認めX+1年軽快退院となった.
【考察】DLB は画像診断の発展に伴い“見逃されていた病気”から,診断可能な疾患となり,認知症におけるDLB の占める割合も増えている.統合失調症患者の治療経過中においてもDLB 発症を念頭に置く必要がある.特に今回のケースでは薬物治療において,精神症状とパーキンソン症状のいずれを標的とするかで苦慮した.ドネペジル投与は進行性の認知機能低下を緩徐にするだけでなく,精神症状の安定につながる可能性が示唆された.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月21日(木) 15:00〜16:12  第4会場市民ホール 401・402
薬物療法(1)(抗認知症薬)
座長:堀口 淳(島根大学医学部精神医学講座)
I-26
抗認知症薬は抗コリン活性を消失させる;ドネペジル投与の症例報告から
小西公子(東京都立東部療育センター薬剤部,昭和大学横浜市北部病院メンタルケアセンター),堀 宏治,富岡大(昭和大学横浜市北部病院メンタルケアセンター),谷将之(昭和大学医学部精神神経科),峯岸玄心,田中宏明(昭和大学藤が丘病院精神科),秋田亮,横山佐知子,押尾朋範(昭 和大学横浜市北部病院メンタルケアセンター),蜂須貢(昭和大学薬学部・臨床精神薬学講座)
【目的】我々はアルツハイマー病(AD)において抗コリン活性(AA)が内因性に出現し,AD の病理を促進することを報告した(Konishi K et al.,2010, Hori K et al., 2011).もし,そうならAAを消失させる薬物療法が重要となる.抗認知症薬は認知機能の低下を約10 ヶ月遅延させることから,AA 消失効果も有する可能性がある.
【方法】昭和大学横浜市北部病院の物忘れ外来を受診した症例で,初診時に経口服薬がない症例の血清抗コリン活性(SAA)を測定し,抗認知症薬(ドネペジル)投与1 年毎にSAA の測定を行い,AA が内因性に出現する可能性を調べている.このなかで,初診時にSAA が陽性を示した症例には,抗認知症薬投与し,1 年後にSAA が陰性に転じるか否かを追跡した.該当症例は現時点では1 例のみである.
【倫理的配慮】本研究は昭和大学医の倫理委員会の承認を得ており,症例報告に当たって本人および夫より同意を得ている.
【結果】初診時(X 年3 月)74 歳の女性症例.初診時(X 年Y 月),74 歳の女性.X−2 年頃より,記銘力低下出現.初診3 月前に転居し,それに対してストレスを感じていたという.そのころ,幻視症状出現.誰かがいたのに何処行ったと話すようになった.あわせて,自発性低下,霞目(かすみがかかって見えにくい)と訴えるようになった.当院物忘れ外来を初診.初診時,MMSE=26点SAA=4.28 nM,ドネペジルを単独投与した.幻視,自発性低下,霞目はドネペジル投与後にすぐ改善した.X+1 年3 月,初診1 年後のMMSE=24 点.SAA 定量限界以下となった.この間緑内障にて眼科に通院中であった.X 年10 月頃より視野狭窄の悪化を訴えているが,この間には,大きな病状の変化はないと眼科医は判断している.また,チモロールマレイン酸持続性製剤とラタノプロストの点眼液を処方されていた.飲酒歴状況や公的サービス利用に変化はない.
【考察】本症例におけるAA 出現の原因は不明であるが,この間,薬剤減量はなく,身体合併症はむしろ悪化の方向にあり,薬剤因性や身体因性ではなさそうである.Plaschke らはAA はコルチゾールと相関し,ストレスにより生じるのではないかと報告し,この場合も各個体の内因と関係して生じると主張している.本症例の場合も,時間的関係から転居によるストレスと関係している可能性が強く,記銘力低下も既に認められており,AD の機序が始まっていることが,AA を生じさせたものと考察される.また,薬剤や身体疾患がむしろAA を生じさせる方向に働くにもかかわらず,SAA が陰性化したことから,アセチルコリン(Ach)を高値に維持することが,AA を消失させるないしは出現防止になる可能性がある.これは,Ach が認知機能以外にも,免疫を抑制する作用があること(antiinflammatory pathway)と関係すると考察した.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-27
リバスチグミンパッチ剤に対する介護者の期待;自己記入式アンケート調査の解析
小林直人(医療法人湖山荘あずま通りクリニック)
【目的】2011 年7 月に新たな剤型としてリバスチグミンパッチが発売された.内服薬で消化器系の副作用が出現したり,多剤傾向で新たな薬剤が追加しにくい患者には処方しやすいこともあって臨床現場での期待度が非常に高い薬剤である.また,服薬管理の点からは独居生活の患者や拒薬のある患者に対してもアドヒアランスの向上が期待される薬剤である.
このような背景から,既に塩酸ドネペジルで治療されているアルツハイマー病患者の介護者が現在の治療をどのように受け止め,また新たな剤型にどのような期待を持っているかということを確かめることが新たな治療戦略を模索する上では非常に重要なことであると考えた.
【方法】当クリニックにアルツハイマー病の診断で通院され,かつ塩酸ドネペジルを内服中の主介護者を対象に自己記入式のアンケート調査を実施した.
本研究では2011 年8 月8 日〜9 月29 日までに受診した56 例を解析対象とした.通院中の介護者に対して数枚の資料を用いて,リバスチグミンパッチ剤についての説明を行った後,患者の病状や飲み薬,貼り薬へのイメージを4 段階評価で問うアンケートを実施した.最後に飲み薬から貼り薬への切り替えの希望を確認し,同意が得られた患者,介護者には貼り薬を処方開始した.
【倫理的配慮】研究の趣旨を書面を用いて説明し,データを利用することについて同意を得た.
【結果】56 例のアルツハイマー病の患者の平均年齢は79.89±7.13 歳,性別内訳は男性11 名,女性45 名,MMSE 平均得点は19.39±5.48 点,ドネペジル平均投与量は6.69±2.28 mg,ドネペジル平均投与日数は762.42±635 日であった.
現在の治療を続けることで「認知機能はどうなると思うか」,「日常生活への支障はどうなると思うか」,「感情的反応についてはどうなると思うか」,という各問については9 割程度の介護者が,「今の状態を維持する」ないし「悪くなるがその程度がゆっくりになる」と評価していた.
飲み薬の飲みやすさ,貼り薬の貼りやすさについての印象についてはいずれの剤型についても多くの介護者が「非常に簡単」ないし「簡単」と評価していたが,「非常に簡単」と評価する割合は貼り薬の方が多く,「困難」と評価する割合は飲み薬に多かった(Wilcoxon の符号付き順位検定,p<0.01).決まった時間に使用することについての印象についても同様の傾向が認められた.飲み薬を使用している介護者の半数以上(59 例中29名)が貼り薬の使用を希望し,実際切り替えを希望したケースは5 例であった.
【考察】現在の治療を継続していくことで症状が良くなるという期待は多くの介護者では認められず,使い心地などの点からも新たな剤型についての期待度が高いことが本研究から明らかとなった.今後は,実際に貼り薬に切り替えたケースのフォロー研究を行っていく予定である.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-28
われわれはドネペジルの臨床治療を進展させることができたのか?
星野良一(紘仁病院精神科),井上淳(浜松医科大学精神神経科),横田有紀子,野島秀哲,岡本典雄(岡本クリニック)
【目的】ドネペジル発売後12 年が経過し,この間,われわれは臨床知見を実際の治療に還元する工夫を試みてきた.今回はドネペジル発売当初3年間(2000−2002)に治療を開始した例(以下A 群)と,ドネペジル発売5 年後からの3 年間(2005−2007)に治療を開始した例(以下B 群)の背景,治療期間,治療効果を比較検討し,ドネペジル治療にどのような進展を加えることができたかを検証した.
【方法】対象は岡本クリニックでドネペジル(5mg/day)による治療を受けたアルツハイマー病の外来症例で,A 群65 症例(男性10 例,女性55例,平均年齢76.4±6.4 歳),B 群75 症例(男性22 例,女性53 例,平均年齢77.8±6.0 歳)である.対象は治療前にCDR, Mini Mental StateExamination(MMSE),Rorschach test による認知評価(RCI)を受け,治療開始後4 か月ごとに同じ評価を受けた.
【倫理的配慮】認知症の診断と予想される経過,ドネペジルによる利益・不利益を全ての症例と介護者に説明し,口頭で治療への同意と評価の研究使用への同意を得た後に治療開始した.本研究は岡本クリニックの倫理委員会の承認のもとに行われた.
【結果】背景因子に関して,治療開始時点の平均年齢,性別に有意な差異は認められなかったが,治療開始前のCDR はA 群1.4±0.5,B 群1.2±0.5 でB 群が有意に低かった(p<.05).家族から聴取した発症と推定できる時点から治療開始までの期間はA 群4.0±2.2 年,B 群1.7±1.4 年でA 群が有意に長かった(p<.001).治療期間はA群36.4±28.8 月,B 群43.3±23.1 月で有意な差異は認められなかった.治療を継続できた割合はA 群が1 年83%,2 年60%,3 年42%,4 年26%,B 群が1 年87%,2 年75%,3 年60%,4 年57%で,2 年後以降はB 群で治療を継続できた割合が高かった.治療効果に関して,CDR の変化を経時的に比較した結果,A 群では4 か月後に1.3±0.5 と上昇したが(p<.05),12 か月後に1.6±0.7 と低下し(p<.05),以後は有意に低値であった.B 群では4 か月後に1.1±0.5 と上昇し(p<.01),以後は有意な差異なく経過したが,32か月後に1.3±0.7 と低下し(p<.05),36 か月後(p<.05),44 か月後(p<.05),48 か月後(p<.05)にも有意に低値であった.
【考察】ドネペジル発売当初に治療を開始した症例では,発症と推定できる時点から治療開始までの期間が長く,治療開始前のCDR が有意に高く,治療経過ではCDR が低下する時期が早く,長期に治療を継続できた症例が少ないという特徴があった.ドネペジル導入後,われわれは治療への動機付けと短期的な認知機能改善を治療継続に結びつけるための助言,早期に治療を開始する必要性を知ってもらう精神衛生活動などに取り組んできた.ドネペジル発売5 年後以降に治療を開始した症例では,より軽症例が多く,CDR が低下する時期が遅くなり,長期間治療を継続できた割合が増加していた.これらの結果から臨床知見を実際の治療に還元する工夫は一定の効果があったと考えられる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-29
リバスチグミンからドネペジルへのスイッチング後にBPSD が悪化したアルツハイマー病の2 症例
木村武実,高松淳一(独立行政法人国立病院機構菊池病院臨床研究部)
【はじめに】わが国では,2011 年にアルツハイマー病(AD)の治療薬としてリバスチグミン,ガランタミン,メマンチンが上市され,治療薬の選択肢が広がった.しかし,新たな治療薬の使用経験の蓄積がわが国では乏しいため,薬剤の選択に困惑する.我々は,リバスチグミンからドネペジルへのスイッチング後にBPSD が悪化した2 例のAD 患者を経験したので報告する.
【倫理的配慮】学会発表について,本人と介護者の同意を得た.また,匿名性の維持のために,個人情報の一部を改変した.
【症例1】76 歳,女性.71 歳時,もの忘れがみられたが独居を続けた.認知機能障害は徐々に進行し,近隣居住の家族やヘルパーの介助が必要になったため,76 歳時に当院を受診した.MMSE は11 点.頭部MRI では,頭頂・側頭葉の中等度萎縮がみられ,右優位の頭頂・側頭葉,後部帯状回の脳血流シンチが低下していた.AD との診断を受け,リバスチグミンパッチ剤の治験に参加し,78 歳時に終了した.その後,ドネペジル3 mg/日を服用して3 日後から,落ち着かなくなって徘徊が目立ち,行方不明になって警察に保護されたため当院に入院となった.NPI はドネペジル開始前が17 点で,入院時は38 点であった.易怒性,徘徊は抑肝散5 g/日により消失した.
【症例2】56 歳,女性.51 歳時,もの忘れがみられ,少しずつ進行し,家事,更衣ができず,時計も読めなくなったため,56 歳時に当院を受診した.MMSE は12 点.頭部MRI では,頭頂葉の中等度萎縮,側脳室の軽度拡大が認められた.ADとの診断を受け,リバスチグミンの治験に参加し,58 歳時に終了した.ドネペジル3 mg/日服用4日後より,不眠,徘徊,落ち着きに欠け,夫に易怒的になったため当院を受診した.NPI はドネペジル開始前が20 点で,受診時は40 点であった.その後,抑肝散7.5 g/日,ダンドロスピロン30 mg/日により易怒性は軽減し,不眠,落ち着きのなさは改善した.
【考察】レビー小体型認知症の患者を対象とした臨床試験では,リバスチグミン投与群で,アパシー,不安,妄想,幻視の改善を認め(Lancet 2000 ;356 : 2031-2036),リバスチグミンのBPSD に対する効果が明らかになった.一方,ドネペジルによりBPSD が悪化した症例が近年蓄積されている.したがって,本症例のようにリバスチグミンからドネペジルへのスイッチングでBPSD が増悪する恐れが懸念される.
AD の進行に伴いAChE 活性は低下し,BuChE活性は増加するため,重度認知症レベルの本症例では,AChE とBuChE を阻害するリバスチグミンがAChE だけを阻害するドネペジルより,アセチルコリン増加の点では効果的といえる.また,リバスチグミンによるグルタミン神経毒性の抑制,シナプスの保護・修復作用などの神経保護作用が正常な神経細胞の活動を保持していると考えらえる.これらのリバスチグミンとドネペジルの薬理学的作用の相違が,スイッチング後のBPSD 悪化の背景にあると推察される.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-30
認知症外来でのメマンチンの使用経験;レビー小体型認知症では少量投与が,前頭側頭型認知症では規定量投与が有効
山口晴保,牧陽子,山口智晴(群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学)
【目的】メマンチンが認知症の臨床にどれだけ役立つかを自験例で検討した.
【方法】認知症外来で2011 年6 月以降にメマンチンの投与を受けた46 名を対象とした.内訳はアルツハイマー病(AD)33 名,レビー小体型認知症(DLB)6 名,前頭側頭葉変性症(FTLD)5名である.メマンチンは,5 mg/日から開始し,標準的な増量を原則とし,途中で副作用が表れた場合は,減量投与又は中止とした.38 例はAChEI(大半はドネペジル)を併用していた.併用薬については,抑肝散が14 例で2.5〜7.5 g,クエチアピンが4 例で25〜50 mg で,観察期間中の変更はなかった.約半数の症例で,投与開始前と,維持量で12 週投与後(来院日によって±1 週間)にMMSE,MPI の評価とアンケートをを行った.
【倫理的配慮】DLB とFTLD へのオフラベル投与は,介護家族に薬理機序や海外での治療成績などを十分説明して事前に了解を得た.さらに群馬大学疫学倫理委員会の承認を得た.
【結果】
1.投与の経緯と副作用
アルツハイマー病33 例では,2 例が単剤投与で,31 例がAChEI の併用であった.経緯は,33例中6 例で投与を中止した.原因(重複あり)は,認知機能の低下とそれに伴う生活の混乱3 例,胃腸障害2 例,意欲低下,興奮,めまいが各1 例であった.5 例が10 mg での継続投与で,理由は血圧上昇2 例,認知機能低下,意欲低下,頭痛各1 例であった.22 例が20 mg での継続投与となった.
DLB は6 例全例がAChEI の併用で,経緯は1例が興奮で投与中止,4 例が10 mg での減量継続投与,1 例が15 mg での減量継続投与で,20mg 継続投与は居なかった.理由は意欲低下2 例,認知機能低下,頭痛,血圧上昇が各1 名だった.
FTLD 5 例中の1 例(semantic dementia)がAChEI の併用で4 例が単剤投与.全例が20 mgの継続投与となり,中止・減量はなかった.
2.認知機能,BPSD,介護負担への効果
全体(n=21)でも,AD のみ(n=15)でも12週間の維持量投与後にMMSE に有意差はなかった.NPI はDLB+FTLD で改善傾向を示したが有意差はなかった.AD では変化がなかった.
3.アンケートによる効果評価(傾向を示す)
全体では,改善>悪化の項目は,穏やかさ,イライラ,不安であった.逆に悪化>改善の項目は認知機能,生活機能,意欲であった.介護負担と元気度は悪化=改善と拮抗していた.AD では,認知機能と生活機能が悪化しており,イライラと穏やかさが改善していた.自由記載で「うとうとが増えた」が多かった.DLB ではイライラと穏やかさが改善し,悪化項目はなかった.FTLDではイライラ,不安,おだやかさ,介護負担が改善した.
【まとめ】AD において,メマンチンはAChEI との併用では予想以上に副作用による中止や減量投与が多かった.DLB では10 mg の減量投与が適していた.FTLD では耐用性が高く,全例が穏やかになりBPSD の低減が期待された.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-31
一般臨床におけるメマンチンの効果と副作用について
本田和揮,橋本衛,矢田部裕介,兼田桂一郎,長谷川典子,遊亀誠二,小川雄右,露口敦子,田中響,池田学(熊本大学医学部附属病院神経精神科)
【目的】メマンチンは2011 年6 月から本邦で臨床的に投与可能となった新規アルツハイマー病治療薬である.N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体拮抗薬であり,コリンエステラーゼ阻害薬である他のアルツハイマー病治療薬とは異なる薬理作用を有するため,他の治療薬にはない新しい効果が期待されている.しかし,一般臨床で投与可能となってからまだ間がないため,その効果や副作用については不明瞭な部分が少なくない.今回,我々はメマンチンの投与前と投与3 ヶ月後において認知機能,精神症状,介護負担度を評価して比較を行い,同時にメマンチンの副作用の内容や頻度について調査を行った.
【方法】熊本大学医学部附属病院神経精神科認知症専門外来に通院するprobable Alzheimer’sdesease(probable AD)患者22 名(男性10 名,女性12 名,平均年齢69.3±6.5 歳,平均罹病期間2.2±1.3 年,平均教育年数11.4±1.8 年,平均MMSE 14.1±4.7 点)を対象とした.全例においてコリンエステラーゼ阻害薬が投与されており,メマンチンをさらに併用した.メマンチン投与前と投与3 ヶ月後において,全体的な認知機能をMMSE,精神症状をNPI,介護負担をZBIを用いて評価し,投与前と投与3 ヶ月後のMMSE,NPI スコア,NPI 下位項目スコア,ZBIスコアについてt 検定を用いて比較した.なお,副作用出現のため投与継続中止となった患者においては,投与3 ヶ月後の評価を行わなかった.
【倫理的配慮】本研究では当院倫理委員会で承認された認知症縦断研究へ参加同意が得られた患者ならびに家族を対象とした.
【結果】22 名中3 名において,15 mg で眠気,ふらつき,感情の不安定さが生じたため,継続投与を中止した.残りの19 名において,投与前では平均MMSE 13.5±6.5 点,平均NPI スコア16.3±13.4 点,平均ZBI スコア23.3±14.5 点であり,投与3 ヶ月後では平均MMSE 12.8±6.9 点,平均NPI スコア10.6±8.8 点,平均ZBI スコア27.4±15.6 点であった.NPI スコアは投与3 ヶ月後の方が投与前より有意に低く(p=0.014),その下位項目では無為のスコアが投与3 ヶ月後の方が投与前より有意に低かった(p=0.019).また,MMSE は投与前より投与3 ヶ月後の方が低い傾向がみられ,ZBI スコアは高い傾向がみられたが,どちらとも有意水準には達しなかった.(p=0.065,p=0.088).メマンチンを常用量である20 mg を投与できたのは15 名であり,1 名では15 mg で眠気,2 名では20 mg で眠気やふらつき,1 名では20 mg で頭痛が生じたため,減量して投与を継続した.
【考察】メマンチンの投与により精神症状は有意に改善しており,特に無為の改善に有効であった.AD 患者において無為は約80% で確認され(博野ら,1999),日常生活の活動性を低下させる主要因となっている.認知機能悪化を防ぐためには日常活動性の向上が必要であり,無為を改善させるメマンチンは極めて有用であると思われた.しかし,22 名中7 名(31.8%)において眠気,ふらつきなどの副作用が発現しており,また,全体的な認知機能や介護負担を悪化させる可能性もあるため,効果とバランスに配慮した慎重な投与が望まれる.当日はさらに症例数を増やして報告する予定である.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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6月21日(木) 16:12〜17:12 第4会場市民ホール 401・402
薬物療法(2)
座長:工藤喬(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
I-32
前頭側頭葉変性症の食行動異常にトピラマートを用いた三症例
品川俊一郎,角徳文,中山和彦(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
【目的】前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobardegeneration : FTLD)においては,食欲の亢進や嗜好の変化,決まった食品に対する固執などの食行動異常が認められることが知られている.今回我々は,介護者が対処に苦慮する食行動異常を有したFTLD 例に対し,Topiramate を使用した三症例を経験したので,ここに報告する.
【倫理的配慮】患者個人が特定されないよう症例理解が損なわれない範囲で一部を改変した.また薬物の適応外使用および症例報告に関しては家族に十分な説明を行って了解を得ている.
【症例提示】症例1 は78 歳右利き女性.2 年前より会話の反応が悪くなり,勝手に外出する,易怒的になることが出現.鸚鵡返しの返答が増え,家事を行えなくなったため受診.考え無精,転導性の亢進が目立ち,頭部MRI 検査で前頭葉背外側優位の萎縮と脳血流SPECT での同部位の血流低下を認めFTLD と診断した.決まった食材ばかり口に詰め込んで食べることがいう固執的・衝動的な食行動異常が問題となったためそれを治療目標として当初Fluvoxamine を150 mg まで使用したが改善得られず,Topiramate を50 mg から開始し,100 mg にまで増量した.開始から3 週程度後より,詰め込み食いが目立たなくなり,6週後には決まった食材ばかり食べることや一品を食べ続けることも減少した.
症例2 は47 歳右利き男性.単2 年前より誘因なく職場での不適切な発言が目立つようになり,同僚と衝突することが増えた.仕事上のミスも増え,47 歳時に退職.その後他院受診を経て当院受診となった.語義失語を認め,頭部MRI での左側優位の前頭側頭葉の限局性萎縮よりFTLDと診断した.通院後半年ほどしてから家族への性的逸脱発言や甘い物への嗜好が顕在化し,家族がの負担が増大した.それに対し当初Quetiapineを用いたが傾眠が目立つようになったためTopiramate に変更し,25 mg から開始し100 mgまで増量した.開始から,甘い物嗜好自体は続いていたが家族への執拗な要求は軽減し,家族の介護負担も軽減した.
症例3 は55 歳右利き男性.2 年前に仕事が多忙となり食欲低下と不眠が出現し,外出困難となり,近医を受診しうつ病と診断された.1 歳時に当院に転医した前後より,家族の食事を勝手に取り,急にはしゃぎ出す,スーパーの商品を勝手に食べる,職場の冷蔵庫の他人の物を食べるといった行為があった.頭部MRI では顕著な限局性萎縮は認めなかったがFTLD が強く疑われた.そのため食行動異常を治療目標としてTopiramate を50 mg から開始し,150 mg にまで増量したが,顕著な改善は得られなかったため,入院加療を行うこととなった.
【考察】Topiramate は本邦では2007 年に承認を得た抗てんかん薬であり,多彩な薬理学的プロフィールを持つ.海外においてはてんかん以外にも,むちゃ食い障害,肥満,アルコール依存や薬物依存,病的賭博に対する治療薬としての効果が各々無作為試験で報告され,用いられている.その薬理学的機序は明らかではないものの,同様の機序によってFTLD の食行動異常にも有効である可能性が示唆された.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
I-33
タンドスピロン投与で幻視が消失したシャルル・ボネ症候群の1 症例報告
谷口将吾,成本迅(京都府立医科大学精神機能病態学),柴田敬祐(五条山病院),松岡照之,加藤佑佳,中村佳永子,福居顕二(京都府立医科大学精神機能病態学)
【目的】シャルル・ボネ症候群(Charles BonnetSyndrome ; CBS)は,高齢者で意識清明下において人の顔や動物などの複合的で,持続ないし繰り返す幻視を体験し,この幻視に対して病識があり,他の幻覚や妄想の無いものをいう(1996 年,Teunisse ら).今回我々はCBS に対してタンドスピロンを開始し,幻視が消失した症例を報告する.
【倫理的配慮】今回症例報告にあたり,人物が特定されないようデータの扱いには匿名性に十分注意した.
【症例】81 歳,女性,右利き.過去に精神科受診歴は無し.以前より高度難聴で,補聴器を使用し右側がなんとか聞こえる程度.詳細は不明だが,以前より右眼視力は不良でX−16 年より角膜移植術を3 回実施されている.X−12 年に右結膜弛緩症で手術歴,X−11 年に転倒し左眼球が破裂し義眼装着,X−8 年に悪性リンパ腫を発症し化学療法で寛解し現在も血液内科へ通院中,X−4 年に右眼緑内障を発症し,徐々に視力は低下し同年に手術を受けるも視力は改善せず全盲となり現在点眼薬でfollow 中.その頃から本人にしか見えない人間や犬(幻視)が見えるようになったが放置していた.X 年7 月になり様々な年齢や性別の人間や,動物がたくさん見えるようになり,自分の方をじっと見ていたり,部屋の中をぐるぐる回って遊んだり,どこに行っても待ち構えていたり,夜中まで部屋の中で暴れまわるような状態となり,患者はそれに対して耐えられなくなり大声で怒鳴ったり,夜も寝られないような状態となったため家人に伴われX 年9 月に当科を初診.礼節は保たれており,幻視の認識はあるものの,幻視の悪化に伴い疲労並びに不安焦燥状態であった.着替え,排泄,入浴など基本的ADL は自立,MMSE は20/25(視力障害のため全ては実施出来ず,遅延再生−1,計算−4),頭部MRI で特記すべき所見無し,頭部MRA で左後頭葉から後頭蓋窩にかけて硬膜外動静脈奇形の所見あり,SPECT で両後頭葉に血流低下を認めた.CBS による幻視を疑い,患者と家族に,CBS の幻視に対して確立された治療法が無いことや,CBS の幻視とセロトニン系の関連を示唆する報告があること,転倒のリスクを考える必要性,並びに不安焦燥状態であることを説明し了解されたため,セロトニン作動性抗不安薬タンドスピロン30 mg/日を開始した.タンドスピロン開始18 日目から幻視は消失.また日中の眠気があるためタンドスピロン開始21 日目より30 mg から20 mg へ減量.その後,10 mg へ減量するも幻視の再燃を認めず経過した.
【考察】本症例はTeunisse らが提唱したCBS の診断基準を満たしており,CBS としての幻視が考えられる.CBS に対して確立した治療法はなく,抗てんかん薬,非定型抗精神病薬,塩酸ドネペジル,漢方薬などの有効性が報告されている.本症例は81 歳と高齢であり薬物治療には副作用を考慮する必要があった.今回,セロトニン作動性抗不安薬のタンドスピロンで治療を開始し幻視が消失した.タンドスピロンは副作用が少なく高齢者でも使用しやすい薬剤であり,CBS の治療薬の選択肢として期待出来ると考える.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
参考文献
Teunisse RJ et al. Visual hallucinations inpsychologically normal people : CharlesBonnet’s syndrome. Lancet 1996 ; 347 : 794-7.
I-34
BPSD に対するパロキセチンの使用経験;パロキセチンが奏効した20 例の検討
伊藤偉織,今村洋史(医療法人有俊会いまむら病院),高沢彰(医療法人碧水会汐ヶ崎病院),山内俊雄(埼玉医科大学)
【目的】BPSD に対するパロキセチンの効果を検討する.
【方法】BPSD を呈し精神科病院に入院が必要となったアルツハイマー型認知症患者に,パロキセチン1 回10 mg,1 日1 回夕食後に投与を開始し,臨床判断に応じパロキセチンを適宜増減した.BPSD の評価はBEHAVE-AD を用いた.知的機能検査はMMSE,HDS-R,日常生活動作はNADLにより評価した.パロキセチン投与前と,投与開始4 週目に評価を行った.
【倫理的配慮】パロキセチンが適応外使用であることを,患者の家族,可能であれば患者本人にも説明し,文書で同意を得た.
【結果】パロキセチンが奏効した20 名(男性10名,女性10 名)について検討を行った.年齢は64〜89 歳,平均77.0±7.2 歳,治療開始4 週後のパロキセチンの平均使用量は18.8±6.7 mg であった.パロキセチンの使用により,BEHAVEADの妄想観念(治療前5.9±4.5 点,治療後3.6±3.2,p<0.05),行動障害(治療前4.1±3.3,治療後1.0±1.1,P<0.001),攻撃性(治療前6.4±2.1,治療後0.8±0.9,p<0.001),日内リズム障害(治療前1.7±0.8,治療後0.5±0.5,p<0.001),不安および恐怖(治療前3.5±2.0,治療後0.6±1.0,p<0.001),全般評価(治療前2.2±0.5,治療後0.8±0.4,p<0.001)において有意に改善を認めた.MMSE,HDS-R,N-ADL についてはパロキセチン投与前後で有意な変化はみられなかった.治療前の認知機能がパロキセチンの治療効果に及ぼす影響を検討するため,治療前のHDSRが11 点以下の群と12 以上の群の2 群に分け,治療前後のBEHAVE-AD の変化をみたが,両群間でパロキセチンの効果に違いはみられなかった.
【考察】BPSD の治療においてパロキセチンが有効であった20 症例を報告した.パロキセチンの平均使用量は18.8 mg/日であり,パロキセチン20 mg/日がBPSD の治療に対する最適な用量と考えられた.また,治療によってMMSE,HDSR,N-ADL に変化はなかった.パロキセチンによって,認知機能や日常生活動作機能を悪化させることなくアルツハイマー型認知症患者のBPSD を改善することができる可能性が示唆された.今後はパロキセチン非奏効例や脱落例を含めた更なる検討が必要と考えられる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.
【文献】
1 )Ikeda manabu. Efficacy of fluvoxamine asa treatment for behavioral symptoms infrontotemporal lobar degenerationpatients. Dement Geriatr Cogn Disord 17 :117-121, 2004.
2 )池田学:痴呆にみられる精神症状・行動異常(BPSD)の薬物療法.老年精神医学雑誌15 増刊号.79-87,2004.
I-35
抗精神病薬投与が引き起こしたショックとプレショック;超高齢者の3 症例
上田諭,大森中,塩屋桐子,大久保善朗(日本医科大学精神医学教室)
【はじめに】抗精神病薬はせん妄や不眠などに対し一般的に使用されている.抗精神病薬には種々の有害作用が生じ得るため,投与にあたっては,適用外使用について説明し同意を得たうえで,副作用に十分留意をした投与が必要である.今回,コンサルテーション・リエゾン活動の中で超高齢者に対し抗精神病薬を投与し,ショックないしプレショックを生じた3 症例を報告した.演者らにとり厳しく反省すべき症例であるが,抗精神病薬の安易な投与の危険性に注意を喚起するものである.
【倫理的配慮】症例提示にあたっては,匿名性に配慮した.抗精神病薬が適用外使用である旨の「説明と同意」は,精神状態をみて可能な限り早い時点で行った.
【症例】1.95 歳女性.アルツハイマー型認知症と診断されている.既往に高血圧.大腿骨頚部骨折のため入院した.入院日夕方から強い帰宅要求がみられ,制止してもベッドから降りようとした.主科からhaloperidol(5)1A が静脈内投与され鎮静されたが,6 時間後に再び不穏となったため,当科に相談があり同じ処置を指示し施行された.約5 時間後,血圧低下,徐脈,呼吸減弱,尿量減少が出現,意識もJCS -300 となった.原因疾患はみつからず,10 時間後から回復傾向となった.
2.94 歳女性.精神科疾患の既往なし.肺炎と心不全で入院し,夜間のみ非侵襲的陽圧換気療法(NIPPV)を施行していた.日中は問題なく夜間に多動と見当識障害がみられた.当科が介入しquetiapine 12.5 mg を夕食後に投与したが安静が得られず,さらに25 mg を2 回追加した.翌朝から徐脈が出現,血圧も軽度低下,呼吸も悪化し日中もNIPPV を継続せざるを得なくなった.意識レベルはJCS -20 だった.同日夕から状態は回復した.
3.85 歳女性.既往に高血圧.精神科的既往なし.胃癌術後に不眠のため,主科からの数種類の睡眠薬に十分な効果はなかった.当科が介入しmirtazapine 15 mg を投与したが短時間で覚醒したため,risperidone 0.5 mg を2 回投与した.翌朝から血圧が大幅に低下,意識レベルはJSC -30 となり午後まで眠気が残った.翌日には回復した.
【考察】せん妄と不眠に対し抗精神病薬の投与数時間後にショックまたはプレショックを生じた超高齢者症例であり,いずれも因果関係は時間的関連から明らかであろう.症例1 はhaloperidol が年齢に比して過量であった.症例2,3 は非定型抗精神病薬の低用量投与とはいえ,年齢と身体状態を考えればより慎重な判断が必要であった.いずれも回復したが,致命的となる危険があった.抗精神病薬による副作用として血圧低下,徐脈,不整脈は一般的に生じる可能性があり,高齢者では十分な注意が不可欠である.高齢者を対象とした薬物対応では,投薬可否の慎重な吟味が強く求められる.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた..
I-36
認知症に合併した薬剤性せん妄
長谷川典子(神戸大学大学院医学研究科精神医学分野,熊本大学大学院生命科学研究部脳機能病態学分野),遊亀誠二,本田和揮,矢田部裕介(熊本大学大学院生命科学研究部脳機能病態学分野),荒木邦生(くまもと心療病院),池田学(熊本大学大学院生命科学研究部脳機能病態学分野)
【目的】高齢社会となった現在,せん妄は,リエゾンコンサルテーションや認知症専門外来を有する精神科病院で,頻回に遭遇するようになったが,多数例での報告はほとんど入院例での検討である.また,高齢者においては,せん妄の原因は薬剤によるものが多く,20〜40% と推計されている.そこで,薬剤性せん妄に注目し,単科精神科病院の認知症専門外来において,出現頻度,原因薬剤,危険因子,神経精神症状を調査した.
【方法】2010 年4 月1 日2011 年9 月30 日に,熊本県認知症疾患医療センター地域拠点型の一つであるくまもと心療病院の認知症専門外を初診した262 名を対象とした.対象者は,血液検査,Mini-Mental State Examination(MMSE),Physical Self-Maintenance Scale(SPMS),頭部CT を施行し,診断の一助とした.せん妄の診断はDSM- -TR を用い,原因と考えられる薬剤を漸減・中止して改善が認められたせん妄を薬剤性せん妄とし,薬剤性せん妄が改善しても,DSM- -R の認知症の診断基準をみたすものを認知症として集計した.認知症のタイプ別の診断においては,アルツハイマー型認知症(AD)はNINCDSADRDA,血管性認知症(VaD)はNINDSAIREN,レビー小体型認知症(DLB)は2005 年DLB 国際ワークショップの基準,前頭側頭葉変性症(FTLD)は1998 年FTLD の国際ワークショップの基準,iNPH は2011 年特発性正常圧水頭症診療ガイドラインを用いた.脳血管障害(CVD)は頭部CT で判定した.神経精神症状(NPS)は,neuropsychiatric Inventory(NPI)日本語版で評価した.統計学的有意差はt 検定で算出した.
【倫理的配慮】本研究は,くまもと心療病院の倫理委員会ので承認され,本人あるいは介護者が書面により同意したものを対象とした.
【結果】外来初診患者は262 名で,平均年齢は80.8歳,平均MMSE は16.8 点で,薬剤性せん妄は58名(22.2%)に認められた.その内,認知症患者は205 名(78.5%)で,平均年齢81.4 歳,MMSE15.9 点,薬剤性せん妄は40 名(19.5%)に認められた.薬剤性せん妄は,AD で13.5%,VaD で41.2%,DLB で31.8%,iNPH で12.5% で認められ,FTLD では認められず,認知症の型で頻度が異なった.また,認知症でCVD を有すれば,有しないものより約2 倍,薬剤性せん妄を誘発していた.原因薬剤は,ベンゾジアゼピン系,抗コリン薬,利尿薬で頻度が高かった.さらに,認知症に薬剤性せん妄が合併した群としない群で比較したところ,年齢,性,MMSE では有意差は認められなかったが,PSMS とNPI スコアが重度であった.
【考察】認知症の患者は脳に脆弱性があり,特に脳血管障害を有していると,薬剤性せん妄を惹起しやすく,薬剤性せん妄を合併すると,PSMSに反映される日常生活動作やNPI でとらえたNPS を増悪させることが示唆された.
本研究は一般社団法人日本老年精神医学会の利益相反委員会の承認を受けた.

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