会員専用ページ > 学術集会 > 第26回日本老年精神医学会 > 大会概要
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6月16日(木) 京王プラザホテル南館5階エミネンス 8:30〜10:00
シンポジウムI:皆で考えよう;認知症医療の難関
座長: 小阪 憲司(横浜市立大学名誉教授,メディカルケアコートクリニック)
S1-1 
MCI;積極的に告知し,進展予防に努力する立場から
粟田 主一(東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム)
 
MCIとは,「(生活障害を認めない程度の)軽度 の認知機能障害」「認知症の前駆段階」という2 つの概念を含むNosological Entity である.MCI概念の普及は,“認知症が顕在化する前に原因疾患に対する早期介入を導入すべき”とする理念の普及と軌を一にしており, この理念自体は認知症医療の質の向上に寄与するものである.しかし, MCI をClinical Entity として取り扱うにはいくつかの問題がある.その最大の問題は,「認知症の前駆段階」であることをどのようにして保証す るかという問題である.この問題は,どのようにして特定の認知症疾患との関連を“基礎づけ得るか”ということであり,これは今日のバイオロジ カルマーカー研究の中心的課題である.この領域の研究には近年めざましい進歩が見られるが,しかし,それでも,現段階では,代表的な認知症疾 患であるアルツハイマー病においてすら,「認知症の前駆段階」で疾病診断を可能とするバイオロジカルマーカーが確立しているとは言えない状況 かと思われる.したがって,少なくとも現段階では,Nosological Entity としてのMCI をClinical Entity として取り扱うには無理がある.
しかし,それでも,臨床の実践においては,MCI という用語を本人・家族と積極的に共有し,その背後にある原因を綿密に検討し,病態に応じた介 入に努力すべきであるとする理由がある.第1に,「軽度の認知機能障害」を認める高齢者には,不安,心気,抑うつ,妄想,睡眠−覚醒リズムの 障害などの精神的健康問題が高頻度に認められており,その介入にあたっては「軽度の認知機能障害」の存在を考慮すべき場合が多い.第2 に, 背後にある原因によっては,早期介入によって障害を回復させ,病態の悪化を防ぎ,QOL を効果 的に改善させることができる.臨床の場でよく遭遇する例は,コントロール不良の糖尿病や高血圧症,睡眠障害,低栄養,飲酒,薬物服用(特に向 精神薬)に関係するものである.これは「treatable dementia を見逃すな!」という認知症医療の鉄則を,「軽度の認知機能障害」の段階で実践すべ き!と主張しているのと同じである.第3 に,現在の診療技術によっても,認知症の前駆段階で その原因疾患を診断ないし強く疑うことができる場合がある.その代表は脳血管障害やパーキンソン病であるが,アルツハイマー病の場合であっても前認知症の段階でそれを強く疑う事例に遭遇す る場合がある.第4 に,アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症の発症遅延を目的とする予防 的介入を支持するエビデンスが近年蓄積されてき ている.認知症医療に携わる臨床医には,こうした情報を本人・家族と共有しながら,進展予防に 向けた対策を共に考えていくことが求められてきている.
今日のMCI の診断基準には「認知症の前駆段 階」を保証する要件はない.現段階では,「認知症の前駆段階」であるか否かという先入見に捕ら われず,MCI という用語を「軽度の認知機能障害」という広い意味で捉え,本人・家族とその用 語を共有し,個別事例でその病態をきめ細かく検討しながら,事例に応じた対策に努めるというア プローチが実践的であろう.
 
S1-2 
MCI;告知は慎重に,保護的に見守る立場から
小田原 俊成(横浜市立大学附属市民総合医療センター精神医療センター)
 
軽度認知障害(MCI)は,1996 年にアルツハ イマー型認知症(AD)の前駆状態を意識した概念としてPetersen らにより提唱されたが,2003 年のKey Symposium(コンセンサス会議)において,「以前と比べて認知機能の低下があるが, 日常生活機能は自立または軽度の障害を認める程度で,正常と認知症の中間の状態」として再定義 され,現在に至る.MCI を来す疾患は,アルツハイマー型認知症(AD)をはじめとする認知症 疾患のみならず,脳血管障害,外傷,代謝性障害や薬物,うつ病などの機能性障害も含まれており, MCI が多様な病態からなる臨床症候群であることを理解しておく必要がある.地域住民を対象と した疫学調査によれば,70 歳以上人口の14〜18% がMCI と考えられ,年間の認知症移行率は 6〜10% と報告されている.健常高齢者の年間認知症移行率は1〜2% であることから,MCI は認 知症のハイリスク群であると言える.しかし,予後調査では,3 年間の追跡で健常状態への回復が 2〜3 割,さらに半数程度はMCI のままであり,10 年間の長期予後を調べた研究でも約50% が MCI に留まったとする報告があることから,MCI集団全体としては必ずしも認知症の前駆状態には ないことに留意すべきである.
臨床医にとって,認知機能の低下を来しうる疾 患の鑑別および治療可能な疾患の早期治療介入にMCI 概念を用いることが有用である事には異論 がない.しかし,患者への告知に関しては,対象者の性格傾向や精神状態,検査所見を考慮した上 で,慎重な対応が求められる.AD への移行リスクが高いとされるMCI 群(認知機能障害が目立つ,複雑な作業に支障がある,AD と共通した画 像所見を有する)に対しては,注意喚起と定期的なモニタリングを目的として告知を行う意義はあ ると思われるが,施行する神経心理学的検査の数が少ないMCI 診断群は認知症移行率が低いとす る報告があるように,専門的検査を行わずしての安易な告知は「将来認知症になる」という誤った メッセージとなりかねない.
MCI に対する薬物療法の認知症予防効果につ いては,ドネぺジルがうつ状態を呈する健忘型MCI のAD への進行を防ぐ効果を示したとする 一報以外,他のコリンエステラーゼ阻害薬を含む他剤の予防効果は確認されていない.したがって, 現時点では安全性が担保されていない点を伝えた上で,AD への移行リスクの高いMCI 群に限定 した薬物療法に留めるべきと思われる.一方,非薬物療法の効果については,コクランレビューに よればMCI 群に対する認知機能訓練による改善効果は実証されていないが,有酸素運動や認知機 能訓練に自律神経訓練等を加えた包括的非薬物療法的アプローチが認知機能低下予防に効果がある とする報告もあり,今後の検討課題と思われる. 現時点での認知症予防介入法として,食習慣・運動・知的活動・社会的活動といった生活指導や生活習慣病のコントロールが推奨されているが,こ れは健常者・MCI 群に共通したものである.MCIに有効とされる固有の介入法がない現在,MCI 群に対しては,生活面の指導および生活習慣病の治療を行いつつ,定期的なモニタリングを行う対応が適当と思われる.
 
S1-3 
重度認知症治療の現場から;頑張ろう精神科医
黒澤 尚(埼玉県認知症医療疾患センター,秩父中央病院)
 
私の立場:私は認知症について語るときに,語り 手は自分がどの程度の認知症の経験があり,その 経験をもとにどのような人たちを対象にするのか を明確にすべきであると主張している.さて,私 が平成18-22 年に初診をした認知症の患者は318 名,平均年齢81.1 歳,平均HDS-R:11.4(やや 高度),家族の評価は平均NM-S:24.9 点(中等 度)である.入院患者では平均年齢75.1 歳,平 均HDS-R:8.認知症の程度は高度であり,そし て重度である.また,当然のことながら,認知症 は進行するという立場である.
COI(conflicts of interest)開示:講演料;大 塚製薬,中外製薬. 
高度・重度という言葉:認知症の程度を表す言葉 に軽度――高度,軽度――重度との二つの尺度がある.ここでは中核症状の程度を軽度――高度で 表し,「BPSD と併存疾患であるせん妄」(従来の周辺症状)の程度を軽度――重度で表す.した がって,中核症状は軽度であっても「BPSD と併存疾患であるせん妄」が重度であることはある. ただ,中核症状が高度であるときはえてして「BPSD と併存疾患であるせん妄」が重度である ことが多い. 
周辺症状とBPSD とせん妄の関係:周辺症状と BPSD とは同意語ではない.国際老年精神医学会.日本老年精神医学会監訳.プライマリケア医 のためのBPSD ガイドアルタ出版2005 17-18 ページによれば,「病因に基づいた治療指針 常にせん妄を除外する」の項から「痴呆で神経系 に損傷があると,著しくせん妄を起こしやすくなる.せん妄は多くの場合可逆的で,以下にあげる ような複雑で多岐にわたる要因によって生じる.(中略)痴呆に合併したせん妄は数週間持続する ことがあり,昼夜の逆転,精神運動焦燥または精神運動制止など原発性BPSD に似た症状が見ら れることが多い.したがって,BPSD の鑑別診断においてせん妄を除外することは不可欠である」 とある.したがって,BPSD にはせん妄は含めない.しかし,周辺症状にはせん妄を含めるのが これまでの考え方である.日本老年精神医学会治療マニュアル制作委員会編:アルツハイマー型痴 呆診断・治療マニュアル2001 非認知機能障害による症状(周辺症状)の4.(夜間)せん妄・ 日没症候群(27-32 ページ)にせん妄が記載されおり,130 ページ痴呆と中核症状と周辺症状の図 には(夜間せん妄)が記載されている.ということは,従来の周辺症状を頭に描くときはBPSD と認知症の症状ではない併存疾患であるせん妄とを挙げなければならない.したがって,認知症の人の診察にあたっては認知症の症状である認知機 能障害(中核症状)と非認知機能障害(BPSD)と,これに併存疾患であるせん妄を忘れてはなら ない.
このように定義ではBPSD とせん妄とは鑑別 しなければならないにもかかわらず,いわゆる識 者を始めとする人たちの記述の中にはBPSD の 症状にせん妄を含めたものも見られる.そこで, 周辺症状とBPSD とせん妄の関係を整理する必 要があるので,この件について私見を述べたい. 
 
S1-4 
重度認知症;重度に至れば,より自然な看取りが求められるという立場から
飯島 節(筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達科学専攻)
【協賛】第一三共株式会社
  
戦前,わが国の年間総死亡数は100 万人以上 を数えていたが,戦後は乳幼児死亡率の低下とそれに次ぐ高齢者死亡率の低下によって急速に減少 し,高度成長期を通じて70 万人前後で推移した. しかし,高齢化の進展とともに再び増加し始め,2003年に100 万人の大台を超え,今や120 万人 に近づいている.死亡数の増加は今後も続き,国 立社会保障・人口問題研究所の推計によれば,平成50年(2038 年)には160 万人以上に達する とされている.
わが国の戦後の死亡数の減少は,結核や赤痢な どの感染症の克服によるところが大きく,ストマ イやペニシリンに代表される科学的な医学・医療によって多くの生命が救われた.逆に患者の死は 医学・医療にとって明確な敗北を意味するものと なり,医療現場において死はあってはならない現象とみなされるようになった.また,戦後の総死 亡数の減少と軌を一にして,日本人の死亡場所は 自宅から病院へと大きくシフトした.その結果,死は日本人の日常から切り離された見えない場所 での出来事となり,死はますますあってはならな い存在となった. 
しかし,はじめに述べたように,超高齢社会に 突入したわが国においては,総人口は減少するのに総死亡数は増加し続ける状態となり,死は再び 人々にとって日常の現象となりはじめた.すなわち,死は人間にとって必然であり決して避けるこ とはできないというごく当たり前のことが再認識されるようになり,終末期医療のあり方が一般国 民の間でも議論されるようになりつつある.
終末期医療のあり方についての研究はガン(悪性腫瘍)患者を対象としたものが圧倒的に多く, 実際の医療においても緩和ケアの概念が普及しその制度化も進んでいる.ガン患者における緩和ケ アの前提条件は,患者本人に対する病名と病状に関する十分な情報提供(告知)と,患者自身によ る選択あるいは自己決定である.一方,認知症の終末期は多くの点でガンと異なっている.何よりも認知症は理解力や判断力を冒す疾患であるため, 病状の告知自体が困難であり,インフォームドコンセントに基づいて治療方針を決定するという当 たり前の原則が通用しない.また,認知症が不治の病であることは理解されたとしても,ガンのよ うに死に至る病であるとは認識されていないため,認知症と診断した段階では,終末期について話し 合うこと自体が受け入れられにくい.しかも,認知症患者の直接死因は,ある程度は治療可能な, 肺炎などの感染症であることが多い.そのため,認知症そのものの進行はある程度予測できたとし ても,生命予後の予測はきわめて困難であり,ガンの場合のように時間を区切った治療計画を立て ることは不可能に近い. 
肺炎も脱水も栄養障害も,治癒せしめることが できるのであれば,たとえ高齢者であっても治療すべきである.しかし,進行した認知症に合併し た肺炎や栄養障害は,認知症という不治の病の一部であると捉えるべきであって,肺炎や栄養障害 だけを治療することには自ずから限界がある.何よりも死がすべての人にとって必然であるならば, 認知症が進行して食べられなくなったり肺炎になったりして死を迎えることはごく自然なことと受 け止めるべきであろう.
 
 
    
6月16日(木) 京王プラザホテル南館5階エミネンス 10:00〜11:30
シンポジウムII:認知症医学の最先端
座長: 天野 直二(信州大学医学部精神医学教室),新井 平伊(順天堂大学医学部精神医学教室)
S2-1 
認知症の分子イメージング
須原 哲也(放射線医学総合研究所分子イメージング研究センター)
 
アルツハイマー病(AD)の特徴的病理である 老人斑と神経原線維変化は,それぞれアミロイド・ペプチド(Aβ)とタウ蛋白が線維化し蓄積 したアミロイド病変である.老人斑の生体イメージングは,アミロイドの・シートに結合する低分 子化合物をトレーサーとして利用することで実現し,Pittsburgh Compound-B(PIB)をはじめ とするトレーサーがヒトのポジトロン断層撮影(PET)に応用されている.PIB の脳内集積は, 認知機能障害のない高齢者の一部で既に増加しており,早期AD の段階で増加はほぼ頭打ちとなり, それ以降は疾患の重症度と相関しない.そのためPIB のようなトレーサーがいかなる性質の老人 斑に生体で強く結合するのかが重要な問題となる. 放射線医学総合研究所(放医研)は他所との共同研究において,アミロイド前駆体トランスジェニ ック(Tg)マウスで不溶性Aβ の多量な蓄積が起こるにもかかわらずPIB の脳内結合が微弱であ ることに着目し,PIB が結合しやすいアミロイドが何であるかをヒトとマウスの比較により検討 した.その結果,1 番目および2 番目のアミノ酸残基が切断され3 番目がピロ化されたAβであ るAβN3(pE)が,PIB が高い親和性で結合する老人斑の主成分であることを明らかにした.一
方タウ蛋白のイメージングするためのトレーサー は神経原線維変化蓄積のモデルマウスを用いて, 最適化が進んでいる.ヒトとモデル動物のタウ病変画像が比較可能になれば,神経変性をもたらす タウ蛋白の分子種を解明する手がかりが得られると考えられる.一方活性化ミクログリア細胞のマーカーとして現在注目されているのが末梢性ベン ゾジアゼピン受容体(Peripheral BenzodiazepineReceptor ; PBR)で,AD 発症や進行に関する分子機構の解明,そして治療のメカニズム検証や副作用のモニタリングにおいて,神経炎症イメージ ングが有用となりうる.アミロイドイメージングはその診断的有効性から,開発後短期間に診断基 準への組み込みが議論されるほど有効性が認識されてきている.しかしPIB は半減期が20分の 11C標識体であることからその合成はサイクロト ロンを有しているPET 施設に限られる,しかし現在開発が進められているアミロイドイメージン グ剤は製薬会社が合成し配送可能な半減期が110分の18F標識体で,PET カメラさえあればどこで も検査が行うことができる.日本においても18F 標識のアミロイドイメージング剤の使用が可能になることが待たれている.
 
S2-2 
iPS細胞作製技術を用いた神経変性疾患の研究
井上 治久(京都大学iPS細胞研究所臨床応用研究部門)
 
人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell/iPS 細胞)作製技術によって,これまで入 手することが困難であった神経変性疾患患者由来 神経系細胞の作製が可能である.それらの細胞を 用いることによって,神経変性疾患の病態解明, 創薬,再生医療が進展する可能性がある(Inoue H. Neurodegenerative disease―specific induced pluripotent stem cell research. Experimental Cell Research 316 (16), 2560-2564, 2010). 私達の研究室では,体系的樹立を進めている神 経変性疾患特異的iPS 細胞を神経系譜に分化誘 導し,in vitro で神経変性疾患微小環境(ニッチ) を再現することを目指している.本シンポジウム では,私達の研究室が取り組んでいる神経変性疾 患病因機構の研究について紹介する. 私達は,疾患特異的iPS 細胞から疾患標的細 胞への分化誘導効率が,同一人物由来であっても, iPS 細胞株により異なることを観察している.そこで,疾患標的細胞であるニューロンを迅速に分 化誘導し,純化入手する方法を開発した.そのこ とにより,トランスクリプトーム解析をはじめと した網羅的解析を行い,これまで全くしられてい なかった分子病態・新たな創薬ターゲットを明ら かにしつつある.また神経変性疾患の病因に深く 関与していると考えられてきた異常タンパク質の 蓄積を,iPS 細胞より分化誘導したヒトニューロ ンで観察することにより,これまで間接的に解析 されてきた異常タンパク質の蓄積と神経細胞死の 明確な関係がヒトの神経変性疾患細胞において明 らかになると考えている.
iPS 細胞作製技術を用いた疾患解析はその知見 が蓄積しつつある.現状では,疾患再現は,疾患 発症に対する遺伝的要因の寄与が高い一部の疾患 に限られていたが,今後,加齢要因や環境因子等 の研究により,広い疾患への応用が可能になると 考えられる.
 
S2-3 
精神疾患の遺伝子研究の流れ;連鎖研究から1000ドルゲノムまで
糸川昌成(東京都医学総合研究所統合失調症・うつ病プロジェクト,東京都立松沢病院精神科),新 井誠,市川智恵(東京都医学総合研究所統合失調症・うつ病プロジェクト),宮下光弘,岡崎祐士 (東京都医学総合研究所統合失調症・うつ病プロジェクト,東京都立松沢病院精神科)
 
1983 年にGusella らは,DNA 多型マーカーを用いた連鎖研究でHuntington 病の遺伝子座位 を4 番染色体に絞り込み,1993 年には同座位から病因遺伝子Huntingtin を同定した.その後, 同様の手法で次々と遺伝性疾患の病原遺伝子が同定された.Gusella は染色体座位の絞り込みから 病原遺伝子のpositional cloning まで10 年を要 しているが,その後の研究ではスピードが飛躍的に増して期間の短縮が進んだ.DNA 多型マーカ ーが初期のRFLP(restriction fragment length polylmorphism)からVNTR(variable numberof tandem repeat)を経て,micorsatellite へと 発展し,PCR を用いた解析がpositional cloningを加速度的に早めた.こうした成果の多くはメン デル型遺伝形式を呈する単一遺伝子疾患で発揮された.
一方,精神疾患のような多因子疾患では,数十 万の1 塩基多型(SNP ; single nucleotide polymorphism)を解析可能なマイクロアレイを用いて,全ゲノム解析(GWAS ; genome-wide association study)が行われている.高血圧や精神疾患のように頻度の高い多因子疾患は common disease と呼ばれ,発症や病態形成に寄与する多型は頻度が高く,患者全体で広く共有さ れているとしたcommon disease-common variant 仮説に基づいて研究が進められている.しかし,関連が報告されたほとんどの多型のオッ ズ比は2 以下と小さく,病態の全ぼうを明らかにするにはいたっていない. 
common variant より頻度が低く,変異がもたらす機能変化が比較的大きいrare variant が多 因子疾患に関連する可能性が考えられている.さらに,rare variant が患者によって異なる変異で あるallelic heterogeneity の可能性も想定され,common variant-multiple rare variants 仮説と 呼ばれている.こうした仮説の具体例として,一 部の統合失調症患者glyoxalase 1(GLO1)遺伝子に,発現を欠損させるフレームシフト変異がヘ テロ接合体で同定されている.こうした症例ではGLO 1 酵素の活性が50% 低下したことで,基質であるカルボニル化合物の反応体AGEs (advanced glycation end-products;終末糖化産物)の蓄積が報告された(Arai et al. Arch. Gen. Psychiatry 67 : 589-597, 2010).AGEs の蓄積はカルボニルストレスと提唱され,動脈硬化や糖 尿病性合併症の増悪要因として着目されている.Arai らは,カルボニルストレスの統合失調症に 対するオッズ比が25 倍にもなることを報告している.さらに,GLO1 の異なったエクソンから 複数のフレームシフト変異が同定され,allelicheterogeneity があることも見出された.このよ うな変異は,common SNPs を用いたGWAS では同定できず,resequence によって初めて検出 される.resequence の対象となる候補遺伝子が既知のものでない場合,全ゲノムのresequence が必要となる.従来のシークエンス速度をはるかに超えた次世代シークエンサーの登場により,未 知の遺伝子から病態に強く寄与するrare variantを同定することが可能となり,「1000 ドルゲノム」 の時代が到来したといえよう. 
 
S2-4 
ADNI
岩坪 威(東京大学大学院医学系研究科神経病理学分野)
 
アルツハイマー病(AD)の病理変化の中でもAβの蓄積はAD に特異な初期変化であり,家族 性AD の病因遺伝子変異がAβ凝集性を高めることから,根本治療法の標的と目されてきた.抗 Aβ療法をはじめ,あらゆる根本治療法の適用は,AD 発症後よりも,軽度認知障害(MCI)やアミ ロイド陽性無症候期などの早期が理想的と考えら れる.このためにはバイオマーカーを含めたADの客観評価法の確立が重要である.MRI イメー ジングによる脳容積評価,FDG-PET による脳代謝評価,アミロイドPET による脳病理の評価などの画像技術と体液生化学マーカーを 指標としてAD の進行過程のモニター・発症予測法を確定しようとする大規模臨床観察研究AD Neuroimaging Initiative(ADNI)が米国で開始され,2010 年秋に第一期が終了した.MCI を中 心とする縦断観察から,アミロイドPET や髄液Aβ(1-42)の進行予測能,MRI,FDG-PET にお ける変化率などが示され,これらのデータに基づく治験デザインの提案もなされている.2007 年 に開始された本邦のJ-ADNI もすでに480 例を越える登録が完了している.J-ADNI の実施にあ たっては,画像,生化学バイオマーカー,臨床・心理指標の国際化を図りつつ,本邦におけるAD の臨床研究体制を確立することが課題となった.その成果と最新状況について解説する. 
 
【共催】エーザイ株式会社/ファイザー株式会社
 
    
6月16日(木) 京王プラザホテル南館5階エミネンス 16:40〜18:10
シンポジウムIII:ドーパミンからみる高齢者うつ病
座長: 樋口 輝彦(国立精神・神経医療研究センター)
S3-1 
仮説 ドーパミンうつ病
功刀 浩(国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部)
 
ヒトの脳にはおよそ1000 億個のニューロンが あるとされるが,ドーパミン作動性ニューロンはわずか数10 万個しかなく,その細胞体は脳の限 局した領域に存在する.しかしその神経線維は大脳皮質や皮質下の広範な領域に投射しており,情 動や行動の司令塔としての役割を果たしている.ドーパミンニューロンは加齢性変化を受けること が知られており,例えば黒質のドーパミン作動性ニューロンは,出生時に40 万個あったものが60 歳には25 万個にまで減少するという.意欲,集中力,快感などの情動はドーパミン系(特に中脳 辺縁系)に制御されていることから,老年期のうつ病の要因になっている可能性がある.これは, パーキンソン病(黒質でのドーパミンニューロンが10 万前後にまで減少)ではうつ状態を呈する 患者が多いことからも裏づけられる.
現在,うつ病治療に用いられる抗うつ薬の第一 選択薬は,SSRI やSNRI と呼ばれる薬物であることもあり,うつ病の病態においてはセロトニン やノルアドレナリンの役割が重要であると考えられている.しかし,これらの薬物や三環系抗うつ 薬の殆どすべての薬物は,前頭前野のドーパミン放出を増やす作用もあることが動物実験で明らか にされている.抗うつ薬の作用の本質はこのドーパミンに対する作用なのではないか,という考え 方も古くからある.近年の大規模な臨床研究によ って,SSRI やSNRI では寛解に至らず,意欲低下,集中力低下,無快感症などの症状が残る患者 が少なくないことが明らかにされている.これらの治療抵抗性患者の少なくとも一部にはドーパミン系の機能低下があり,ドーパミン再取り込み阻 害薬やモノアミン酸化酵素阻害薬,ドーパミン受容体作動薬などの,ドーパミン系により強く作用 する薬物が有効であると考えられてきている.
演者らは上記の仮説に基づき,抗パーキンソン 病薬として市販されているドーパミン受容体作動薬の抗うつ効果について前臨床試験と臨床試験を 行ってきた.前臨床試験では,カベルゴリン(D2 様受容体作動薬)をラットに慢性投与したところ,うつ病様行動や不安様行動が減少し,海馬で神経 栄養因子が増加していることを明らかにした(Chiba et al., 2010).また,臨床試験では,数種 類のSSRI やSNRI に反応しなかった治療抵抗性うつ病患者に対して,ドーパミン作動薬の1 つ であるプラミペキソール(やはりD 2 様受容体作動薬)を追加投与したこところ,およそ6〜7 割の患者が明らかな改善を示した(功刀ら,2010). 
以上の結果から,少なくとも一部のうつ病患者 においてはドーパミン作動薬が有効であり,ドーパミンD2 様受容体シグナルの低下が病態に関与 していることが示唆された.ドーパミンニューロンの数だけでなく,D 2 受容体の数も加齢性の変 化を受けることが知られており,ドーパミン作動薬は老年期のうつ病には特に有効であるかもしれない. 
【文献】
Chiba S, et al. : Psychopharmacology 211 : 291-301, 2010.
功刀浩ほか:Depression Frontier 8 : 85-90,2010.
 
S3-2
レビー小体型認知症とうつ病
高橋 晶(筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学分野,筑波メディカルセンター病院精神 科),水上勝義,朝田 隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学分野)
 
高齢者の精神医療において,うつ病と認知症の 関係は従来から注目されてきた課題である.疫学的には,高齢で初発するうつ病(late onset depression)は認知症にコンバートしやすいことが知られている.
代表的な認知症性疾患であるレビー小体型認知 症(DLB)は幻視などの精神症状やパーキンソニズム,自律神経障害などを特徴とする.その精 神症状として,うつ状態,幻覚,妄想など様々な症状がある.また症状に時間的な変動があり,特 に初期には診断が困難なことがある.当院に入院したDLB 患者のうつ症状を統計学的に検討した ところ,精神病様症状が主体のものとアパシーが主体のものに大別できた.前者の中には,高齢者 の激越うつ病とされてきたものが,実はDLB であった例もある.
その病態を考慮するとDLB のうつに対してド ーパミン(DP)が影響を与えている可能性がある.うつ病の一般的な病態としてはモノアミン仮 説が有名であり,これによるとセロトニン,ノルアドレナリンが主要な経路である.DP に関して 
は,それらを調整している可能性がいわれている. またセロトニン,ノルアドレナリンを標的とした抗うつ薬治療に反応しない例に対してDP 作動薬 によって軽快する例もあり,DP の関与は臨床的にも認められている. 
DLB のうつ状態,うつ病に対しての治療とし ては,一般的なうつの治療戦略で改善する例もあ る.しかし薬剤過敏性や薬剤抵抗性が生じやすく,この治療戦略が使用できない場合も多く存在し, 治療に難渋することも少なくない.この場合は, DLB の疾患特徴を考慮し,錐体外路障害の出現頻度が比較的少ない抗うつ薬を少量使用すること, 意欲改善効果を狙ったドネペジルを使用すること が基本になる.しかし薬剤抵抗性,抗うつ剤治療に反応を示さなかったり薬剤抵抗性で抗うつ薬を 十分量に増量できなかったりする場合には身体療法である電気けいれん療法,経頭蓋磁気刺激法の 使用を考慮する必要もある. 
以上のようにDLB のうつ病はまだ不明な点が 多く,DP が関与するうつ病という観点からの機序解明が待たれる. 
 
 
 
S3-3 
高齢者の器質性うつ病とドーパミン
池田 研二(香川大学医学部炎症病理学)
 
器質性うつ病を来たしやすい身体疾患は自己免 疫疾患,代謝疾患,副腎疾患,パーキンソン病な どの神経変性疾患が知られているが,頻度が高い のは脳血管障害に伴ううつ病(vascular depression : VD)である.VD は1)脳卒中後に うつ病を発症した脳卒中後うつ病(post-stroke depression : PSD),2)脳卒中の既往はないが画 像により脳血管障害(潜在性脳梗塞など)を認め るMRI-defined VD,に分けられ,多くの臨床, 病理,病態に関する報告がある.VD は高齢者の うつ病(late-life depression : LLD)において重 要な位置を占めている.VD の病変領域としては 前頭葉が重視されており,発症機序の一つとして 前頭葉−基底核の神経回路の障害が指摘されてい る.
前頭前野(pre-frontal cortex : PFC)は辺縁系 から投射を受け感情と認知機能が統合されている 領域である.うつ状態に対するドーパミンの関与 の機序として,気分の調節にはPFC におけるド ーパミンD 1 レセプターが関与していることか ら,ストレス負荷下ではドーパミンリリースが起 こる→過大なあるいは持続するストレスによりD 1 レセプターが上方に調節(upregulation)さ れる結果→ドーパミンの伝達の低下が起こる,と いう仮説が提唱されている.電撃療法によるうつ 病の改善とその機序としてドーパミン神経受容体 の変化が起こるという事実はこのようなうつ病の ドーパミン仮説を支持しているようである.
翻ってLLD について病理形態学的な観点から みると,狭義のVD であるMRI-defined VD に おいてLLD 患者脳ではコントロール群に較べて 前頭葉白質の高診号の増大が高頻度であり,同領 域で局所脳血流が低下している.これに対応する 病理学的所見としてPFC 深部白質の虚血性脱髄 病変が示されており,これによる皮質−辺縁系の サーキットの障害が想定されている.さらにLLD ではPFC 白質の脱随病変に伴う二次的なニュー ロン変性があると考えられている.LLD は一般 に抑うつ気分よりも焦燥や前頭葉凸面の症状であ る意欲低下が目立ち薬剤抵抗性であるとされてお り,LLD ではシナプス可塑性を介したドーパミ ン伝達の低下にとどまらない神経調節モノアミン の異常が想定される.
 
【共催】グラクソ・スミスクライン株式会社
 
    
6月17日(金) 京王プラザホテル南館5階エミネンス 9:00〜12:00
シンポジウムIV:認知症医療における精神科医の役割
座長: 三國 雅彦(群馬大学大学院医学系研究科神経精神医学分野),森 隆夫(あいせい紀年病院)
S4-1 
地域の認知症医療連携の現状;全国調査から
吉村 敦子(放送大学大学院)
 
全国調査の概要:認知症患者の実態把握を目的に 平成22 年度,医療・介護施設の横断調査(厚生労働省認知症対策総合研究:主任研究官筑波大 学大学院朝田隆)を実施した. 全国の病院と施設から無作為抽出した2,200 病院と5,000 施設に調査票を送付し,622 病院と 1,516 施設から回答を得た(回収率30%).患者・入所者のADL や認知症自立度等を尋ねた個人票 は,病院から3,800 人分,介護施設から2,622 人分集まった.
調査結果の中から,ここでは認知症医療連携を軸に,集計結果と自由回答の記載からエッセンス を抽出して認知症対応の医療・介護施設の現状と課題について検討する.
高齢化に伴い認知症重症化,人手は不足:まず, 認知症の方の平均年齢は,医療施設が81.3 歳,介護施設が85.2 歳.次に認知症のレベルである. 主治医意見書の認知症自立度がa 以上の方が医療施設全体では74%,介護施設全体では78% を 占め,入院・入所者の高齢化に伴う認知症の重症化が窺える.重度化した方を多数抱え,現行の人員配置では 認知症ケアは困難で特に夜間の人員不足はリスクが大きいとの声が自由回答で多数みられた. 
認知症のジレンマ:自由回答の中に,人が寄り添 うことで認知症が改善するとの報告があったが, 現場の多くは深刻な人手不足である.また,認知症の方にとって環境の変化は望まし くないが,認知症は経過に伴い進行し合併症の頻度も高いため,リロケーションが必要となること が多い.しかし入院を含むリロケーションによる環境の変化が認知症を悪化させたとの報告も少な くない. 
医療とケアの連携は?:入院治療終了後に元施設 から受け入れを断られた経験が,一般病床で57%, 精神病床で51% が「ある」と回答している.自由回答から,一般病床への入院中に生じたADL 低下や認知症進行により元施設に戻れないケースと,激しいBPSD や精神症状のため入院の段階 ですでに施設や自宅でのケアが限界に達していた ケースがあることが推測される. 
また治療が終わりケアを受けるのが望ましい状 態になっても,受け皿不足で入所待機期間が長期化して病院にとどまるケースも多々報告されてい る. 
認知症専門医療の供給不足:自由回答では,認知 症専門医療の不足を指摘する記述が多かった(122 回).精神病院や認知症専門医との連携が「あ る」と回答した施設は,一般病床で4 割,療養病床で約2 割,介護施設全体で約2 割である. 認知症サポート医が「いる」病院は2 割強にとどまる.一方で「認知症医療の対応で困っている」と 答えた介護施設は7 割強に上り,認知症の専門認知症専門医療の需要が高まる中,深刻な供給不 足の現状が窺えた.認知症の早期診断や悪化する前に入院治療できる病院の増加が求められている とともに,社会全体に認知症の医療とケアについての知識と理解が浸透することが求められている. 
認知症に適したフルステージの居場所:自由回答 の中で「認知症に特化し,フルステージに対応できる医療施設を作る」という提言を頂いたが, 認知症高齢者の特性とニーズを踏まえた医療・介護の場の創設は今後重要な課題となるだろう. 
地域における連携:「おひとり様の老後」の時代 である.独居老人,老老介護,認認介護が問題と なっており,「高齢単身・夫婦のみ世帯」が高齢 世帯の2/3(約850 万世帯)を占める.自由回答 では「家族」というキーワードは最頻出語のひと つであり,病院や施設も家族との連携を重視して いた.しかし家族構成や人口動態の変化に伴い, 今後は,コミュニティの中での認知症ケアについ て検討する必要があると思われる. 
 
S4-2 
地域の認知症医療と高齢者専門病院の役割
服部 英幸((独)国立長寿医療研究センター行動・心理療法部)
 
認知症診療において地域連携が必要とされる局 面は2 つであるように思われる.ひとつは地域 における認知症患者の早期発見とそこから早期治 療につないでいくこと.もうひとつは介護負担が大きく,医療介入が必要なBPSD 患者および身 体疾患を併発した認知症患者の診療である.認知症BPSD の治療・介護の問題点として,BPSD 自体が治療介護困難であること,症状把握の困難さ,合併身体症状の治療困難(手術など入院時の 管理)が挙げられる.また,BPSD の何に焦点をあてた介護診療を行うかで担当すべき医療機関, 施設が適切に選択できるかが重要になる.すなわち,症状自体の治療,管理が目的か,合併身体症 状の治療のための管理かといった問題である.目 的に沿って総合病院,単科精神病院,介護施設が有機的に連携できることが望ましいが,どの病院 が精神症状をみることができるのか,合併症状を治療やBPSD 管理の専門医師,看護師の有無な どの情報が利用できないことが多い.このような状況の中,認知症地域連携の核としての専門病院 として平成20 年度より認知症疾患センターが全 国に設立されている.国立長寿医療研究センター(以下,当院)も本年4 月より認知症疾患センタ ーとして認定された.認知症疾患センターは,身 体的一般検査,画像診断,神経心理学的検査等の総合的評価が可能な総合病院等に設置するものと され,専門医やサポート医等の専門医療を行える医師,看護師,精神保健福祉士,臨床心理技術者 等が配置されている.
認知症疾患センターの主な機能には,認知症診 療に関する情報発信,専門医療の提供,地域連携の強化が求められている.その中でも主要なもの は専門医療の提供である.第1 は認知症の鑑別 診断を行なうこと,第2 は認知症の経過中に生 じるうつやせん妄の治療を行うこと,第3 は身 体合併症を起こして入院が必要となった際の受け 入れと治療である.当院では2 つの組織を立ち 上げることで対応している.1 つは認知症身体合 併症治療専門病棟である.当院全体が高齢者医療 の専門病院という性格を有しており,高齢者特有 の疾患に関する専門的知識を有する,医師,看護 師その他のコメディカルが医療,看護に当たる体 制になっている.それらを基盤として在宅,施設, 一般病院等で管理困難なBPSD 患者および身体 合併症を有する認知症患者のための病棟を立ち上 げた.2 つ目は医師,看護師,心理士,ソシアル ワーカーがひとつのチームをつくり,一般病棟を 回って,入院中の認知症患者に発生したせん妄や BPSD への対応をアドバイスする.我々はこの 組織をdementia support team(DST)と命名 している.認知症身体合併症専門病棟とDST は 両輪となって機能する.DST は入院中の患者の 状態に応じて専門病棟転棟への必要性を判断する. 専門病棟から退院,転棟が生じたときの支援もお こなう.このような方法により,従来一般病棟で は受け入れにくかった認知症患者の身体合併症管 理を容易にし,その結果として地域医療における BPSD 患者の受け皿を大きくすることで,認知 症地域連携の柱となることを目指している.これ 以外の,情報発信,地域連携の強化についても実 践内容を報告する予定である.
 
 
 
S4-3 
我が国における老年精神科医の役割
吉岡 充(上川病院)
 
はじめに:世界で最初の速度と加速度をもって超 高齢化社会へ突入していったこの国では,他の西欧諸国とは少し違ったかたちの高齢者医療の誤り があった.救命が第一であるという急性期のモデル医療しか知らないという無知と制度的にもお粗 末な状況の中で,増え続ける障害高齢者が老人病院の中で無念の最期を迎えていた事実がある.認 知症のある人たちは命を助ける治療のためや,その問題症状のために不必要な身体拘束を受け,人 間としての尊厳を傷つけられ,認知症の進行と寿命を縮めていた.
この状況が良いわけもなく,この国の賢さと優 しさが介護力強化という人手の多い制度と療養空 間的にも今までの約1.5 倍の広さや食事,リハビ リ,レクリエーション,生活の場,入浴設備等の 設置を義務とした療養型医療施設に進化していく. ここでチーム医療が行えるようになる.医師や看 護師,ケアワーカー,リハビリスタッフ,栄養士, 薬剤師,相談員他,皆がカンファレンスに参加で きるようになる.家族も加わってきた.そして, 財源的な問題もあり介護保険が出来,その中で今 まで医療中心の医療保険と違い,障害を持つお年 寄りの自立を皆で助けあおうという趣旨の中で, 彼らの自由を奪って,何のための自立支援かとい う議論がでても不思議はない.身体拘束原則禁止 規程が出来る2 年前の福岡抑制廃止宣言も大き な後押しではあった.
老年精神医の役割とは以下の6 つの事が考え られる.
(1)認知症の診断どういう種類の認知症なのか.
(2)身体合併症の発見,診断と治療.訴えもなく, 時に治療にも協力的でないこともあり,ちょっとした技術と工夫が必要である.
(3)問題症状(BPSD)の解釈と説明.特に家族に 対して,今後どのような事が予想されるのか.食事の問題や生命的予後を含めて説明してあげるべ きであろう.
(4)認知症そのものに対する,その人独自のリハビ リテーションの処方と実践.これはリアリティオリエンテーションやグループホームケア,楽器演 奏,絵画などのアートセラピーを含む.ちなみにアルツハイマー型認知症に対するPT による機能 訓練は,昔から診療報酬的には認められていない.これもおかしな話である.
(5)適切なケアによってしか改善しないBPSD に 対して,抗精神薬の副作用を出来るだけださない技術,注意深い丁寧な処方の技術,副作用の出現 に対しての24 時間のきめ細かいフィードバックが必要である.
(6)抗痴呆薬の適切な処方.加えるに総合医的な役 割が必要となることが多い.無理であれば,疎通が良くできる総合内科医との協力が日々必要であろう.
 
S4-4 
精神科病院の役割;地域連携の促進
松原 三郎(松原病院)
 
認知症高齢者の問題は,それぞれの進行ステー ジによって異なる.早期診断早期治療,在宅介護への援助,病院入院によるBPSD の治療,介護 老人保健施設や介護老人福祉施設への入居介護,さらには,ターミナルなステージにおける対応な どであるが,これらが円滑に連携することが,認知症に関係する多くの問題の解決の糸口になるも のと思われる.このようなステージの中にあって, 少人数で手厚い介護が行われているグループホームでは,多くの場合BPSD は軽減し,長期間に わたってADL が保たれながら安定した生活が可能となっていることは特記すべきことである.
認知症病棟内への入院の状況をみると,「BPSD が夜間せん妄や暴力行為等など」,「介護保険施設入居までの期間が長く,早急な入院を希望」,「身 体合併症を併発しているため」,あるいは,「虐待を受けている等の特殊な事情」などである.認知 症病棟では,BPSD の症状が激しい場合には抗精神病薬を使用する場合が多い.また,病院と言 う特殊な環境下であるために,本来あるべき寄り添った看護・介護が困難である.病院内で抗精神 病医薬を漫然と使用しながら治療が行われれば,ADL の低下をきたす場合が少なくない.認知症 病棟での治療・介護は,身体合併症を併発している場合を除き,できるだけ早期に在宅,または, それに近い環境下での治療介護に移行するように努力することが理想である.
このような流れを実現するためには,「病院− 地域連携」が極めて重要である.BPSD が激しくなる前に,比較的早期に入院治療を行い,さら に,早期にBPSD が改善させて,「在宅,グループホーム,あるいは,介護老人保健施設」などへ 移行させたい.しかし,現実は,認知症病棟に入院中の患者の85% が91 日以上の入院であり, 61% が1 年以上にも及んでいる.また,そのう ち,46% は,退院が可能であるが,施設入居の順番待ちが54% である.実際に,退院が困難な 55% の理由として,60% がBPSD が高度あるため,身体合併症・ADL の低下のためが23% であ る.
認知症病棟の現実は,退院を進めたいと思いな がらも,受け皿がないばかりに,いたずらに長期入院とならざるを得ない.認知病棟の滞留状況を 改善するためには,新たな地域連携の手法が必要である.具体的には,グループホームのさらなる 増設と,緊急の措置として,その中間施設となるような,小規模な介護老人保健施設を再登場させ る必要がある.さらには,BPSD が長期に至る 事例に対応するために,長期型の介護型認知症病棟についても再考すべきである.病院−地域連携 が理想的に進めば,医療機関側から,自宅やグループホームへの訪問診療等をすすめることで,入 院期間を一層短くできるものと考える.
 
S4-5 
精神科病院の役割2;急性期のBPSD対応と終末期の重度認知症身体合併症対応
渕野 勝弘((医)淵野会緑ヶ丘保養園精神科)
 
平成23 年,我が国の認知症患者は推計270 万 人とも300 万人とも言われている.少子高齢化により65 歳以上高齢者の占める割合は全体の 22% を超え,超高齢社会となっている.今後30年以上にわたり65 歳以上,さらには75 歳以上高 齢者は漸増し認知症患者も増加すると考えられる.
国の認知症対策のスタートは昭和61 年,当時 の痴呆性老人対策推進本部の設置にはじまる.この頃すでに精神科病院では多くの認知症患者の診 断,治療を行っていた.昭和63 年には病院内に認知症専門病棟が新設され,デイ・ケアも開始され ている.平成に入り精神科病院への認知症患者の入院は増加し,平成20 年には51,000 人以上が入 院加療を行っている.専門病棟である認知症治療病棟の病床数は平成22 年では約26,000 床であ るため25,000 人の認知症患者は一般精神病棟で 入院治療を受けていることになる.また重度認知症患者デイ・ケアを実施している病院は127 ヶ 所あり,4,300 人以上の患者が治療を受けている. 
 認知症治療病棟とは精神症状及び行動異常 (BPSD)が特に著しい重度の認知症患者を対象とした急性期に重点を置いた集中的な入院医療を提 供するところである.当初は寝たきり等の状態にない患者であったが平成20 年改定から,「重度 の認知症患者」とは,ADL にかかわらず認知症に伴って幻覚・妄想・夜間せん妄・徘徊・弄便・ 異食等の症状が著しく,その看護が困難な患者ということになった.認知症の早期から終末期の長 い経過を通し,中核症状の進行に伴いさまざまなBPSD に精神科病院は対応してきたのである.
民間精神科病院の中には認知症疾患医療センタ ーの指定を受けている病院が多数ある(地域型). センターは認知症における専門医療の提供と介護との連携の中核機関である.そして重要な機能の 一つにBPSD に対する救急医療対応や身体合併症への対応がある.認知症疾患医療センターは認 知症に対する精神科医療の窓口となっている.平成19 年度の研究事業で激しいBPSD に対し,セ ンターを通じ精神科の専門医療(デイケア,入院等)で適切に対応できたケースが報告されている. しかし驚いたことに専門医の診断を受けていないケースが6 割認められた.認知症に関する専門 医は現在でも少なく,しっかりした専門研修が望まれる. 
BPSD を伴う患者の精神科病院(認知症治療 病棟等)への入院は,症状の軽減が認められれば早期退院へ導くという基本姿勢で臨まなければな らない.治療に当たっては,必要最少量の薬物療法と環境調整などの非薬物療法を中心に行い地域 に帰すことが大切である.激しいBPSD への対応機能の他に,終末期の重度認知症身体合併症対 策は精神科病院で行う重要な対応機能であると考える.平成20 年度の研究事業においても,身体 合併症を伴う重度の認知症患者を受け入れてくれる身体科の病院は少なく,骨折等を除けば転院を 断られるケースは7 割以上にのぼる.そこで精神科病院では内科等の身体科の医師を常勤させ, 精神科医と協力して治療に当たっているのである. 認知症治療病棟の他に高度認知症病棟(案)の新しい枠組みをつくる必要がある.
 
S4-6 
愛媛県南宇和地域(愛南町)における地域連携の実践
長野 敏宏((財)正光会御荘病院,なんぐん地域ケア研究会(南宇和医師会主催))
 
私たちの住む愛南町は,愛媛の南端に位置し人 口約2.4 万人,高齢化率32% の小さな田舎町です.リアス式海岸,果樹園が広がる山々,豊富な 海産物…自然いっぱいで「いいところですね」と言っていただけることは確かに多く,自分たちも 大好きな町です.しかし,産業は極めて低迷し,地域医療は急速に崩壊へ向かい,また,人口減が 著しく,これから10 年を待たずに高齢化率が50% を超える…,“生きていく”ことでさえ,と ても厳しい状況に直面しています.そのような町の中で,小さな精神科病院をひとつの拠点として, 多くの地域住民と「認知症の方も地域で穏やかに暮らせる」為に実践を重ねてきました.先輩たち が昭和40 年代から築いてきたネットワークを基盤に,(私自身も加わり)H 8 年ごろから取り組 んできた地域連携の実践とその中での精神科医(精神科医療)の役割,課題,これからの目指し ている方向などを話題提供させていただきたいと考えています.「ご本人の診察,鑑別診断,精神 療法的支援」「家族支援」「合併症へのかかりつけ医と協働した支援」「地域中の集会所まわりを中 心とした啓発活動,地域づくり」「医師会主催のなんぐん地域ケア研究会をはじめとした地域住民 と一体となったネットワーク活動」「基幹型在介〜地域包括支援センターとの密な連携」「ケアマ ネ,ヘルパーなど在宅介護との連携」「特養,老健,グループホーム等との連携」「更には不足し ている地域密着サービスの立ち上げ・資源づくり」「地域での取り組みの充実による精神科一般 病棟への入院回避」など,精神科医も地域を駆けずり回りつつ,看護師,保健師,作業療法士,介 護福祉士など多職種が地域に出て,顔の見えるネットワークの中で取り組みを進めています.が, 「愛南町なら認知症になっても大丈夫」と言える状況からは程遠く,やればやるほど課題が山積し ていっている印象です.当日のシンポジウムで地域で取り組むヒントを得ながら,更に,支援を充 実していけると幸いです.
 
【協賛】吉富薬品株式会社
 
    
6月17日(金) 京王プラザホテル本館43階ムーンライト 10:10〜12:00
シンポジウムV:未来型産業としての介護
座長: 今井幸充(日本社会事業大学大学院福祉マネジメント研究科),渡辺 憲((社・医)明和会医療福祉センター渡辺病院)
S5-1 
加齢による認知機能の低下を情報機器で補う
熊田孝恒(産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門)
 
医学的なケアの対象とはならない健常な高齢者 であっても,若齢者と比較すると,認知機能のさ まざまな側面において,多少の機能低下が認めら れることが,高齢者を対象とした認知心理学の研 究から明らかになってきている.また,ほとんど 日常生活上に問題がないと思われる程度の機能低 下であっても,特定の生活場面や特定の機器の操 作に関して困難を示すことがある.これまで,我々 は健常な高齢者の認知機能に関する基礎的な研究, ならびに高齢者の日常的な行動場面や機器の操作 場面における行動特性の研究を行ってきた.本講 演では,それらを紹介しながら,認知機能の低下 をどのように環境や機器によって補うことが出来 るのかについて考えてみたい.
高齢者の認知機能に関する認知心理学の研究で は,さまざまな認知機能が加齢によって低下する ことが示されてきている.同時に平均値としてみ た場合には,加齢によって認知機能が低下するよ うにみえるが,高齢者では個人間のばらつきも大 きくなる.さらに,健常高齢者群に対して,注意 機能,遂行機能,ワーキンメモリ機能を調べる課 題を実施したところ,各課題成績ともに平均値で みると年齢に伴って低下したが,各課題成績間の 相関を調べたところ有意な相関は認められなかっ た(Kumada et al., 2011).つまり,すべての機 能が一様に低下しているような高齢者はほとんど 認められず,特定の機能のみが低下した高齢者が 大半であった.これらの結果からわかる高齢者の イメージは,複数の認知機能のうち,いくつかに 機能低下が見られる,互いに異なる特性を有する 集団ということになる.
高齢者を,ある一部分の認知機能が低下してい る集団と捉えると,どのような認知機能が低下し ているかに応じて異なる行動が見られることが予 想される.そこで,我々は,注意機能,遂行機能, あるいはワーキングメモリ機能が低下した高齢者 が,日常生活や機器操作の場面でどのような困難 を示すかを調べ,それらの機能低下を補償するよ うな環境や機器のデザインを提案してきた(熊田 他,2009).まず,上記の3 種類の認知機能のど れか1 つだけが低下している高齢者が駅の中で, 案内表示をどのように利用しているかを調べたと ころ,注意機能が低下した高齢者では,そもそも 案内表示をほとんど参照しないことが明らかとな った.遂行機能が低下した高齢者では,案内表示 を見たとしても,その情報を自己の行動選択に有 効に利用できなかった.また,券売機などの情報 機器を利用する際の行動を調べたところ,注意機 能が低下した高齢者では,複雑な情報が提示され ている場合に困難を示すこと,遂行機能が低下し ている高齢者では,抽象的な指示に対して適切な 反応が出来ないこと,さらにワーキングメモリ機 能が低下した高齢者では,具体的な駅名などの情 報にアクセスする必要がある場合に困難をしめす ことなどが明らかになった.つまり,高齢者の直 面する問題点は,それぞれの低下した機能に応じ て異なるため,画一的な方法で支援することは難 しく,それぞれの機能低下に応じた支援が必要で あることが示された.これらの結果から,高齢者 に対して実際にどのような支援が可能なのかを, 介護の場面にまで広げて議論をしてみたい. 
   
S5-2 
脳波による意思伝達装置の開発;Development of EEG-based BMI system for communication aid.
長谷川良平(産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門ニューロテクノロジー研究グループ)
 
超高齢化と核家族化の進む日本では,疾病構造 やライフスタイルの変化に伴うさまざまな問題が深刻化している.特に,神経難病や脳血管障害に よって発話や書字などが困難になった場合,社会的に孤立したり,「生活の質」が著しく低下した りする傾向がある.しかしながら,従来の意思伝達支援技術は主に軽度な患者が対象であり,重度 の患者が対象であっても非常に高価で大掛かりな装置が必要な場合が多かった.
このような問題を解決する新技術の候補として 近年,脳と機械を直結するブレイン−マシンインターフェース(Brain-Machine Interface ; BMI)に関する研究が盛んになってきている.産業技術総合研究所(産総研)では,ここ数年,意 思決定などの認知機能に関する脳情報にアクセスする認知型BMI1)に着目し,研究を進めてきた結 果,2010年3月に脳波による実用的意思伝達装置「ニューロコミュニケーター」の開発に成功した2). 
本装置は,頭皮上から非侵襲的に記録された脳 波データのリアルタイム解析に基づいて,あらかじめ登録されている多様なメッセージのうちの一 つを効率良く選ぶことができるように設計されている.このシステムを実現するために,我々は以 下のような3 つのコア技術を開発・導入した. 
(1)小形無線脳波計…一般的な携帯電話の半分以下のサイズで,ヘッドキャップ上に取り付けて頭部8 か所から脳波データを計測し,無線でパソコン に送信することができるシステム.
(2)高速・高精度の脳内意思解読アルゴリズム…モデル動物を用いた実験研究の成果3)を応用し,メッセージの候補に関するユーザーの選択を脳波か ら素早く,かつ正確に予測・推測するシステム(1回の選択あたり,2〜3 秒で95% 以上の正解率).
(3)階層的メッセージ生成システム…パソコン画面に表示された8 種類の絵カードから1 つを選ぶという操作を3 回繰り返すことによって最大512種類の多様で複雑なメッセージを作成し,かつアバター(CG キャラクター)の人工音声によっ て瞬時に表出できるシステム. 
このように,ニューロコミュニケーターには様々な工夫がなされているが,装置の基本性能や ユーザビリティに関してはまだまだ向上の余地があると想定された4).そこで,我々は開発した試 作機が,環境が整備された実験室を離れ,対象ユーザーの生活現場でも実用的であることを確認す るために,在宅にて長期療養中の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者等を中心に訪問モニター実験を開始した4-5)
本講演では,このようなニューロコミュニケーターの開発経緯や,現在取り組んでいる製品化開発の現状を報告する.
<参考文献>
1 )長谷川良平:“ブレインマシンインタフェースの現状と将来”,電子情報通信学会誌,52(3):pp.1066-1075(2008)http : //www.ieice.org/jpn/books/kaishikiji/2008/200812.pdf
2 )長谷川良平:“脳波計測による意思伝達装置「ニューロコミュニケーター」を開発”,プレス発表(2010) http : //www.aist.go.jp/aist_j /press _ release /pr 2010/ pr 20100329/pr 20100329.html
3 )R. P. Hasegawa, Y. T. Hasegawa, and M.A. Segraves : “Neural Mind Reading of Multi-dimensional Decisions by Monkey Mid-Brain Activity”, Neural Netw., 22 :pp.1247-56(2009)
4 )高井英明,南哲人,長谷川良平:“P 300 に基づく認知型BMI における効率の良い刺激提示方法の検討”,日本感性工学会論文誌,10(2):pp.89-94(2011)
5 )長谷川良平,深谷親,南哲人:“ひととひとをつなぐ512 種類のメッセージを伝えるために〜脳研究の成果を活かしたアプローチ〜”,日本ALS 協会会報,80:pp.2-35(2010)
6 )長谷川良平:“脳波計測による意思伝達装置「ニューロコミュニケーター」開発の取り組み”,月刊ノーマライゼーション障害者の福祉,pp.22-25(2010)
 
S5-3
成長産業としての介護;福祉成長理論と政策
宇野 裕(日本社会事業大学・専務理事)
 
福祉と経済の関係に関する一般的理解は3つ の段階を経て発展してきた.その第1 段階は,福祉は経済成長を阻害するというものであるが, これについてはほぼ克服されている.現在,支配的になっている理解は,福祉でも経済成長に貢献 するというもので,特に,昨年2月の経団連が,国民の将来不安を除かないと消費が縮小し,経済 成長を阻害するという提言を行い,定着したと言える.しかし,これはまだ第2 段階の理解である.
今回,論じようとするのは,内需がGDPの8 割を占める日本経済の構造上の理由から,福祉でしか(正確には環境も加える必要がある)経済成 長は望めないという第3 段階の理解に進み,それに沿った経済政策を採用すべきであるということである. 
なぜ,福祉でしか成長できないかといれば,一 言で言えば,福祉しか需要が大幅に拡大する余地がないからである.福祉に対する需要と成長の理 論的説明は当日に行う.なお,ここで言う福祉とは,医療,介護,福祉の総称であり,これらは主 に公共サービスとして提供されている.このことから,負担の限界があり自ずと制約されるという 指摘があるが,市場で購入する一般材も対価支払 いという負担が行われているので,公共サービス だから成長できないというのは全くの誤解である. 国民が可処分所得をどこに振り向けるかという選択の問題にすぎない.
しかし,現状の福祉産業は生産性が低く,した がって,従事者の賃金も低い.根強い需要があることは,成長の可能性を提供するものであるが, 福祉産業が本当の成長産業として経済成長を牽引するには,こうした現状を変えなければならない. この点についても,労働集約型の対人サービスであること,また公共サービスであることから生産 性の向上は望めないという指摘があるが,これも福祉テクノロジーの可能性を見落とした全くの誤 りである. 
福祉テクノロジーを用いれば,サービスの効 果・安全性の向上と生産プロセスの効率化を同時に達成することができる.ただし,そのためには, 福祉テクノロジーというコンセプトを確立して,そこここに存在している多様な技術を福祉に志向して統合して捉えることが第1.そして,福祉テ クノロジーの特性を踏まえ,それにふさわしい開発,普及,利用システムを構築する必要がある. それは,必然的に国家プロジェクトでなければならない.その内容は,具体例も交えつつ,当日に 説明する. 
 
【協賛】大日本住友製薬株式会社
 
    
6月17日(金) ハイアットリージェンシー東京B1階クリスタルルーム  8:00〜10:15
シンポジウムY:最新の認知症疫学データ
座長: 川室 優((医)高田西城会高田西城病院),山田 達夫(福岡大学医学部内科学第5教室)
S6-1 
認知症の有病率・罹患率レビュー
久永明人(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
 
I.多国間大規模認知症疫学調査 近年,認知症疫学調査の方法論を統一し,多国 間での比較検討を試みる動きが活発となってきた. 1988 年に欧州ではEURODEM(the European Studies of Dementia)が開始され,1998 年には 発展途上国における大規模調査を立案遂行するthe 10/66 study も開始された.
i)EURODEM
EURODEM は,欧州における認知症の実態を, 共通の調査方法による人口ベースの多国間多施設共同疫学調査によって明らかにするために1988 年に設立された研究ネットワークである.
EURODEM 有病率研究グループは,1980 年 から1990 年の間に出版されMedline で検索可能な12 の有病率調査のデータにもとづきプール解 析を行った.有病率は75 歳まで男性の方がやや多く,75 歳で逆転して女性の方が多くなり,ま た,5 歳階層ごとに高齢になるにつれておおむね倍増していた.すなわち,有病率は60〜64 歳で は約1% だが,85 歳以上では約30% に上った.
EURODEM 罹患率研究グループは,欧州4 か国において1990 年前後に人口ベースのコホート 調査を統一した調査方法により実施し,これらの調査データのプール解析を行った.その結果,追 跡期間中の新規認知症罹患者528 人のうち65%に相当する352 人がアルツハイマー型認知症 (AD)であった.全認知症罹患率(対1,000 人年)は年齢階層ごとに増加し,65 歳においては2.5 (95% 信頼区間1.6〜4.1)だが,90 歳超では85.6(95% 信頼区間70.4〜104.0)であった.AD 罹 患率(対1,000 人年)も同様に年齢階層ごとに増加し,65 歳においては1.2(95% 信頼区間0.6〜 2.4),90 歳超では63.5(95% 信頼区間49.7〜81.0)であった.
ii)The 10/66 study
The 10/66 Dementia Research Group は,発展途上国における人口ベースの認知症疫学調査を 行う研究部門として,1998 年にAlzheimer’s Disease International(ADI)において設立され た.The 10/66 study における有病率調査では,各国の対象者が2,000 人,都市と地方が各1,000 人となるように標本数が計画された.中国,インド,ペルー,メキシコの都市と地方,キューバ, ドミニカ,ベネズエラの都市のみで実施された有 病率調査が最初のグループとして発表された.有病率をEURODEM の結果と比較検討するため, DSM-IV を用いた有病率の解析も併せて実施された.その結果,DSM-IV 診断では10/66 診断 と比較して有病率が著しく低かった.2 種の診断で大きな差が認められた理由は不明であるが,発 展途上国においてDSM を用いた他の調査で得られた既発表の有病率が本調査と同様に先進国の有 病率よりも低く現れている結果との整合性はあり,DSM の診断基準がより狭義に設定されているた めに,発展途上国における高度には機械化されていない日常生活の中では,初期の知的機能の低下 が捕捉されにくいのではないかと論じられている.
II.全世界の認知症有病率と罹患率の推計値
ADI の研究グループは,1980 年から2004 年 にかけて出版された世界の認知症疫学調査をレビューしてメタ解析を行い,全世界の認知症人口推 計値を算出した.その結果,2001 年における全世界の60 歳以上人口6 億1,620 万人のうち, 2,430 万人が認知症に罹患しており,有病率は3.9% である.認知症人口の60% は発展途上国 在住である.罹患率(対1,000 人年)は7.5 であり,2001 年において年間460 万人が新たに認知 症に罹患し,7 秒に1 人は新規罹患者が発生した計算となる.さらに,認知症人口は20 年ごとに 倍増し,2040 年には全世界で8,100 万人となる.発展途上国在住者の割合は2040 年時点で71% にも増加する.
 
S6-2
我が国の最新認知症疫学調査;方法
山田茂人,渡辺 至(佐賀大学医学部精神医学講座)
 
A.研究目的
全国で同一時期に統一された方法で認知症の有病率を調査することで,認知症の患者総数と基礎 疾患を明らかにし,今後の我が国の医療・介護サービスの必要量の推計や今後の認知症医療・介護 に関する施策立案に活用することを目的とする.
B.研究方法
調査対象は佐賀県伊万里市黒川町19 行政地区 中15 行政地区に在籍する65〜99 歳の全住民(556 名(平成21 年10 月1 日現在))である. 対象者リストは,伊万里市の個人情報保護委員会の承認を得て,住民基本台帳を閲覧して作成した.
本来の計画は65 歳以上,99 歳までの住民を5 歳幅の7 階層に分けて,現在の階層別人口に応じて調査人数を定めるが,伊万里地区においては, 65 歳から99 歳までの黒川町15 行政地区の全住民を対象とした.平成21 年度に東部の4 地区, 平成22 年度にそれ以外の11 地区を調査した.
各行政地区毎に対象者全員に調査の意義,目的, 方法を記した文書を配布し,調査への参加を依頼するとともに各区長会や婦人会などを通じて本調 査への参加を呼び掛けた.調査を受けることを承諾した対象者には第2 段階(1 次面接)の1 週間 前に事前調査として,心理士等の調査員が各自宅を訪問し(第1 段階),家族から対象者のCDR に関する情報を集めるとともに訪問自体を各地区公民館(一部は各施設・自宅にて実施)で行われる1 次調査のためのエピソード記憶として利用 した.同時に対象者から書面にて調査の同意を得た.また月に1 回行われている婦人会の集会で 対象者のCDR に関するアンケートを同居家族か ら取ることにより,事前調査の基礎情報とした.
第2段階(1 次面接)では,予備調査の情報を参 考にMMSE,CDR,論理的記憶及び問診を心理士が行った.次に一般生化学検査のための採血を 行った.尚,遺伝子検査用の採血は改めて専用の書面にて調査の同意を得たもののみに行った.第 2 段階(1 次面接)参加者のうち,MMSE≦26もしくはCDR≧0.5 の参加者について2 次面接として,精神科医師による問診,神経学的診察, 認知機能,うつ状態評価,脳血管障害の評価を行った.うつ状態の評価にはGDS を使用し,脳血管障害の診断にはNINDS-AIREN による probable vascular dementia の診断基準用い,AD の診断にはNINCDS-ADRDA 研究班による 診断基準を用い,DLB の診断にはレビー小体型認知症(DLB)の臨床診断基準改定版(CDLB ガイドライン改訂版),前頭側頭型認知症の診断にはNeary ら(1998)の診断基準によった.ま た軽度認知障害は,Petersen のMCI 基準を用いた.
第3段階として,第2段階対象者の希望者に頭部MRI 撮影を行った.要介護度調査は,調査対象者に情報開示の承諾を文書で得たのち行った.
 
S6-3
全国認知症有病率調査の結果報告
池嶋千秋(八潮中央総合病院,筑波大学大学院人間総合科学研究科),久永明人(筑波大学大学院人 間総合科学研究科),下方浩史(国立長寿医療研究センター),山田達夫,合馬慎二(福岡大学神経内 科),中島健二,和田健二(鳥取大学脳神経内科),山田茂人,渡邉 至(佐賀大学精神神経科),目 黒謙一(東北大学高齢者高次脳医学),川室優,俵木一志(高田西城病院),角間辰之,青山淑子(久 留米大学バイオ統計センター),水上勝義,朝田 隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
 
平成21‐22 年度厚生労働科学研究費補助金(認知症対策総合研究事業)「認知症の実態把握に向けた総合的研究」において行われた地域疫学調査の結果について報告する.
対象地域は宮城県栗原市(人口約7.8 万人), 茨城県北相馬郡利根町(約1.7 万人),愛知県大府市(約8.4 万人),島根県隠岐郡海士町(約2.4 千人),大分県杵築市(約3.2 万人),佐賀県伊万里市黒川町(約1.8 千人),新潟県上越市(約20.4 万人)の7 地域であった.これらの地域における平成21 年10 月1 日現在の高齢化率は17.2% から38.0% であり,平均で25.8% であった.調査への総参加者数は3,394 名(M/F:1,547/ 1,847)であり,各地域の参加率は48.4% から79.2%,全体では62.5% であった.参加者の平 均年齢は79.1 歳(SD 9.0,年齢範囲65‐104 歳), 平均教育年数は9.7 年(SD 2.5)であった.同意の得られた1,885 名については頭部MRI を施行 した.また,これまでに3 地域で803 名についてアポリポ蛋白E 遺伝子の解析を終えた.各地 域における認知症の有病率は,標本抽出率および 参加率を加味した場合14.0% から21.7% であり,さらに平成21 年の全国人口を基に標準化した場 合は12.4% から19.6% と推定された.認知症の基礎疾患の割合は各地域共通してアルツハイマー 病,脳血管性認知症の順で多かった.また,各地域の軽度認知障害の有病率は11.1% から19.9% であった.全参加者のうち介護保険で要支援1以上の認定を受けている者は863 名(25.4%)であった.
本調査における認知症の有病率は,従来わが国 で推定されてきた認知症の有病率10% 程度に比べて高値である.この背景には余命の延長に伴う 高齢者人口の増加が寄与している可能性がある.今回対象となった7 地域の平均高齢化率は同年 の全国高齢化率22.7% とは約3% の差にすぎなかったが,前期高齢者と後期高齢者の構成比に着 目すると全国が12.0%/10.8% であったのに対し7 地域平均が13.3%/14.7% とより高い年齢層で の差が大きい.
今後はさらに調査地域を拡大し詳細な解析を重ねることによって,より精度の高い全国レベルでの有病率推定を試みる予定である. 
 
S6-4 
熊本県における若年性認知症実態調査;訪問調査結果について
橋本 衛(熊本大学医学部附属病院神経精神科),矢田部裕介,兼田桂一郎,小川雄右,本田和揮, 遊亀誠二,池田学(熊本大学大学院生命科学研究部脳機能病態学分野)
 
【背景と目的】若年性認知症は社会的に重要な役 割を担う年代に発症するため,その当事者の苦痛のみならず,介護負担,経済的困窮,遺伝性など, 家族にも極めて深刻な結果をもたらす疾患群である.2006‐2008 年に熊本県を含めた5 県,2 都 市で実施されたアンケート調査では,全国で約3.8 万人の若年性認知症患者の存在と,原因疾患 として血管性認知症の頻度が最も高いことが示された.しかし調査方法が医療機関や介護施設の職 員へのアンケート調査であったため,原因疾患や重症度などの病態ならびに家族の負担やニーズな どの詳細な把握が困難であった.そこで,熊本県在住の若年性認知症患者を直接訪問し下記の内容 を調査した.
(1)アンケート調査の診断の正確性を調べる.
(2)患者本人を診察し,若年性認知症の病態を調べる(神経所見,認知機能など).
(3)家族と面接し,本人のBPSD,ADL に加えて家族の負担やニーズを調べる. 
【方法】調査対象は,「若年性認知症の実態と対応 の基礎基盤に関する研究(厚生労働省班研究;朝田隆班長)」によって熊本県内で確認された若年 性認知症患者は488 名のうつ,訪問調査への同意が得られた患者112 名(23%)である.研究 担当者が,自宅もしくは入院・入所先を訪問し,患者に対して神経精神医学的診察,神経心理検査 (MMSE,FAB など)を,家族に対して病歴や経済基盤の聴取に加えてNPI,ZBI などを実施した. 本研究は熊本大学医学部倫理委員会の承認を得て実施した.訪問調査については全例本人もしくは 家族に研究の意義,内容を説明のうえ文書で同意を得た. 
【結果】112 名中認知症は105 名で,統合失調症 や失語症などの認知症以外の疾患が7 名(6%)含まれていた.診断では,アルツハイマー病(AD) が46 名,血管性認知症(VaD)22 名,前頭側頭葉変性症(FTLD)8 名,頭部外傷後遺症(TBI) 8 名の順に多かった.112 名中20 名でアンケート調査と訪問調査の結果が異なり,診断一致率は 82.1% であった.診断については,アンケート調査でFTLD とされていた診断をAD に変更す る症例が最も多かった.重症度をAD などの変性疾患(61 名)とVaD やTBI などの非変性疾患 (44 名)の間で比較したところ,変性疾患ではMMSE が10 点以下の重度の70% を占めていた 一方で,非変性疾患では55% がMMSE 20 点以上の軽症例であった.家族の心配事については, 経済問題,介護保険が利用できないこと,情報量が少ないこと,性の問題,など若年性認知症に特 有と考えられる問題が聴取された.また両親が我が子の将来を心配するケースも少なくなかった. 
【考察】本調査によって,アンケート調査の診断 は概ね正確であったが,認知症以外の疾患が一定の割合で含まれていること,FTLD の診断が難 しいことが示された.変性疾患と非変性疾患では経過や予後だけではなく重症度にも著しい差があ り,若年性認知症の支援を考える上でこられを区別して対応すべきであると考えられた.家族の心 配事も若年性に特有の内容が多く,若年性認知症に関しては高齢認知症とは異なる支援が必要であ ることが確認された. 
 
S6-5
これからの認知症施策
堀部賢太郎(厚生労働省老健局高齢者支援課認知症・虐待防止対策推進室)
 
未曾有の高齢化社会に伴い,認知症高齢者は増加の一途であり,それは65 歳以上人口の増加が頭打ちになった後も「高齢者人口の高齢化」傾向 に伴って四半世紀にわたって続くと推計されている.
現在の認知症施策は,平成20 年の「認知症の 医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」での提言をアウトラインとして進められている.プロ ジェクトでは「実態の把握」「研究開発の促進」「早期診断の推進と適切な医療の提供」「適切なケア の普及および本人・家族支援」「若年性認知症」の5 本柱がまとめられた. 
「実態の把握」に関しては,まさに本シンポジウムで報告いただいているとおり. 
「研究開発の推進」は,特に絶対数が多く病理 学的生理学的知見が蓄積しているアルツハイマー型認知症を標的としたものを中心に進められてい る.βアミロイドの産生抑制や分解促進等を標的とした研究のほか,リン酸化タウに着目した研究 など,厚生労働科学研究ではこれら複数の標的を視野に入れての多面的な研究が進められている. 
「早期診断の推進と適切な医療の提供」に関しては,専門医療機関の整備(認知症疾患医療センター等),認知症地域医療支援事業におけるかか りつけ医認知症対応力向上研修や認知症サポート医研修を進めており,特に同サポート医には地域 連携の推進役としての役割が期待されている.また,平成22 年度からは同サポート医のフォロー アップ研修も予算化された.
「適切なケアと本人・家族支援」は医療と介護 の連携,そして認知症の方ご本人とご家族をいかに支援してゆくかという点が肝要である.実践者 研修から指導者研修まで階層化された認知症介護関連研修が行われているほか,「認知症サポータ ー100 万人キャラバン事業」において養成された認知症サポーターは,平成22 年度末時点で200 万人以上と,当初目標の100 万人を大きく超えて増加し続けている.
「若年性認知症」に関しては,就労や家族への支援等,若年発症ならではの問題性が少なくなく,そのため必要となる支援も雇用や福祉など多方面 にわたるという特性があり,専用コールセンターの設置や就労支援ネットワーク構築などの施策を 進めている. 
また平成23 年度認知症関連予算事業に関して は,従前の細分化されかつ都道府県を中心とした枠組みから,市町村圏域を中心とし,より地域の 実情に添った効果的な取組が可能になるような「認知症地域支援施策推進事業」への発展的再構 成を行ったところである. 
 
【協賛】株式会社ツムラ
 
    
6月17日(金) ハイアットリージェンシー東京B1階クリスタルルーム 10:15〜12:00
シンポジウムZ:認知症家族介護のつらさ;うつ病から心中・殺人まで
座長: 高橋 祥友(防衛医科大学校防衛医学研究センター行動科学研究部門)
S7-1
介護うつ
谷向 知(愛媛大学脳とこころの医学)
 
認知症についての啓発が,マスメディアや市民 フォーラムなどを通して盛んに行われている.ま た,「認知症になっても安心して暮らせる街づく り」や認知症をサポートするキャラバンメイト研 修会が全国各地で開催されている.その結果,「認 知症は単なる老化とは異なり病気である」,「認知 症には早期診断さ重要である」,「認知症はアルツ ハイマー病だけでなく,中にはよくなるものもあ る」,といった認知症疾患を理解し,どのように 対応するかといった情報は浸透してきている.し かし,これらはあくまで認知症の患者サイドにた ったものがほとんどであり,介護殺人,介護心中 という衝撃的な出来事が報道され,ようやく認知 症を介護する家族や介護専門職の負担や苦悩に焦 点をあてたものがみられるようになってきている が決して多いわけではない.また,うつ病は精神 医学において,自殺との関連で語られることが多 いが,介護に伴ううつを取り上げられることは極 めて少ない.
介護保険制度の利用は,介護者の負担を軽減し ていることは確かではあるが,「家にいたいとい うのにデイサービスに行ってもらう」,「福祉サー ビスを利用中に施設職員の手を煩わせていない か」という葛藤や申し訳ない気持ちがうずまいて いる.また,進行性の認知症に対する将来への不 安などもあり,決して精神的な負担が十分に軽減 しているとはいえない. 
疫学調査によればうつ病の生涯有病率は6-7% とされてきたが,近年の研究では15% 前後とい う報告が多い.平成21 年,花巻市で行われた実 態訪問調査では,1430 人から回答を得,4 人に 1 人が軽度から中等度のうつ症状がみられたとい う報告がある.また,同時期朝田らが行った若年 認知症家族を行った調査では,実に6 割以上の 介護者が抑うつ状態であった.今回,われわれが 認知症介護者に行った認知症専門外来を受診に同 伴した主介護の約5 割が,また認知症の人と家 族の会の参加介護者の7 割で抑うつを認めた. ただし,うつ病評価尺度で高得点の割合は認知症 専門外来に付き添う家族の方が高い傾向がみられ た.海外の報告においても介護者がうつ病に罹患 する割合は,一般の3 倍とも10 倍ともするもの がみられ,我国の調査結果と差異はなく,認知症 に伴う介護者のうつに関しては万国共通の課題と して取り組む必要があると考えられる. 
また,認知症介護に伴う抑うつの問題としては, 認知症を見取り介護を卒業した場合,介護保険を はじめとするソーシャルサポートは終了するが, 看取ったのちに介護者が抑うつになることも少な くはなく,どのように支援していくかということ が今後の課題であるといえる. 
当日は,これらのことを踏まえて,介護うつに ついて概説したい. 
 
S7-2
家族介護者から
橋本愛彦(介護者ご家族)
 
平成バブル真只中に学生時代を修了して,一生 の安泰を目指して大手金融機関に就職するが,堅 実なサラリーマン生活へ適応出来ない不甲斐無さ を真剣に受け止めて,一念発起で脱サラして,三 年半に及ぶ自由業の資格の受験勉強に入る.これ が今となっては,妻子のいない身軽さとともに, 10 年以上に及ぶ母親の老後のサポートを可能に した.
マザコンと馬鹿にされても良い,母親依存性と 分析されても良い,今の僕は,人間の尊厳性を失 いつつも,寿命を全うしようと一生懸命に毎日頑 張っている母親を支えていることに,自らの存在 意義,遣り甲斐を感じている.現在,僕の活動時 間の70% 位は,母親の余生のサポートに費やさ れている.客観的にみて変な存在かもしれないが, 親孝行が稀薄化しているかどうか分からないが, こんな人も広い世の中には一人二人存在していて も許されるだろう. 
1 日も長い間母親のお世話をしていたいと真剣 に考えている一方で,本当は,1 日も早く自由に なりたい,楽をしたいと願ってもいることにはっ と気付く.そして,もう二度とは同じ轍は踏みた くはないと率直に思う.しかし,現実は,僕が毎 日頑張って行かなければ,母親は短期間に完全に 歩けなくなるだろう.また,勝手な思い込みかも しれないが,最終的には母親の寿命にも影響があ るかもしれない.このサポート生活において,何 がそんなにも辛いのだろうか.排泄の後片付けと か,自由が無いとかが辛い訳ではない.人間の高 度な認知機能が失われ,最も基礎的な能力である 直立歩行が出来なくなり,1 日,1 日と弱って行 く母親の状況を一番近くで見ていることが重くて辛い.本当に心が疲れる. 
何がそんなにも大変なのだろうか.僕だけの独 りぼっちのサポート生活だから,二本の足で365 日立ち続けなければならない.体調不良や怪我を して休む訳にはいかないのだ.例えそうなっても, 何とか耐えて頑張って行かなければならない.ネ バーギブアップの戦いなのだ.代打も代走もいな い.
独りで大半のことは完結しなければならないか ら,完全主義を目指さなければならない.家の戸 締まりから始まって,車の安全運転,何事も指差 し確認慎重にならなければならないのだ.夜間の 気象条件の悪い時には,車の運転は極力控えるの だ.万が一事故でも起こしてしまって加害者にな ってしまったら,次の日から母親のお世話は出来 なくなってしまうからだ. 
何故そこまで頑張らなければならないのか.誰 も責めたくはない.多くを語りたくはないが,や っぱり家族のマンツーマンによる愛情サポートが 一番だと考えるからだ.我が国の高福祉とは言え ない現状において,家族への愛情や忠誠心が試さ れてしまうのだ.家族への思いと,自分の人生へ の思いが,究極のジレンマとなって心を悩ませる. でも母親がある限界まで元気であって,長く住み 慣れた我が家において,僕の少々のサポートさえ 有れば暮らして行けるのであれば,限界までは出 来る限り頑張ってみたいと思っている.ある意味, これは独りの人間にとって自らの我慢,忍耐の限 界へのチャレンジだと思う.無知蒙昧な僕は苦し い時に,高福祉先進国の北欧諸国に生まれれば良 かったと苦し紛れにそう思ってしまうことがある. 
 
S7-3 
介護殺人,心中にみられる認知症介護のつらさ
湯原悦子(日本福祉大学社会福祉学部)
 
はじめに
2005 年に保坂らによって行われた『介護者の 健康実態に関するアンケート』では,回答した在宅介護者8,500 人中,約4 人に1 人がうつ状態 で,65 歳以上の約3 割が「死にたいと思うことがある」と回答した1).介護に関する様々な困難 により,介護者が要介護者を殺害する,あるいは介護者が要介護者を道連れに心中を試みるなどの事件(以下,介護殺人)が新聞等でも報告されて いる.本報告では,このような事件の実態を示し,事件が生じる背景として,認知症やうつがどのよ うに関わっているかについて検討する. 
1.介護殺人の実態
介護殺人の実態は,次の3 つの調査や統計で 知ることができる.(1)厚生労働省の「高齢者虐待 の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関する 法律に基づく対応状況等に関する調査結果」によ れば,2006〜2009 年度までの4 年間に「虐待等 による死亡例」は113 件生じていた.(1)警察庁 の犯罪統計によれば,犯罪の直接の動機・原因が 「介護・看病疲れ」であるものは2007 年〜2009 年で殺人が93 件,傷害致死が7 件であった.(3) 筆者が全国30 紙の新聞記事のデータベースを検 索して調べた「親族による,介護をめぐって発生 しており,被害者は60 歳以上,かつ死亡に至っ た事件」は,1998〜2010 年で495 件生じていた. この調査によれば,被害者は女性が73.3%,加 害者は男性が73.4%,続柄では,夫が妻を殺害 する事件が33.9% で最も多かった.被害者の年 齢は80 歳以上が43% と半数弱を占めた.加害 者が60 歳以上の事件は全体の57.4% を占めて いた.事件の背景に認知症の影響が疑われるもの は160 件(32.3%)確認できた. 
2.事件における認知症とうつの関わり
介護者は,要介護者から繰り返し「死にたい」 言われると,言われた時は真に受けなくても,自 分自身が体調不良の時には「このまま一緒に死ん でしまったほうが幸せかもしれない」と考える傾 向が見られる.また,介護者はうつになると,判 断力が落ち,物事を冷静に考えられなくなる.そ して,死ぬことこそがこの苦境を抜け出す唯一の 方法であると思い込む恐れがある.
また,夜間の徘徊,絶えず大声を出すなどの BPSD は,介護者を追い詰める大きな要因となっている.(当日は,事例を提示しながら説明する).
おわりに
介護のために眠れない,目が離せない,この先 も介護を抱えた生活が続くのはつらい,そう考え る人であっても,ほとんどの人は要介護者を殺し はしない.ただし,ごくまれに,殺人や心中とい う事件にまで至ってしまう人がいる.多くの人が 踏み止まる一線を越える,その背景に要介護者や 介護者のうつがみられるケースは少なくない.従 って,うつに対し適切な支援を行う,介護者を追 い詰めるBPSD の対応方法を学ぶなどの試みは, 介護殺人防止に有効に働くと考えられる.
引用文献 
1 )保坂隆(主任研究者)厚生労働科学研究こ ころの健康科学研究事業『自殺企図の実態と 予防介入に関する研究平成16−18 年度 総括研究報告書』116 p. http : / / hosaka-liaison . jp / download / 20090407 soukatsuhoukoku.pdf 2011.3.7閲覧 
 
S7-4
認知症の家族支援
藤本直規,奥村典子(医療法人藤本クリニック)
 
診断後に,選択の余地もなく,期限の定まらな い認知症介護を担わされる介護家族への支援は,医療の重要な役割である.本発表では,われわれ のクリニックで支持療法として行っている様々な家族支援を紹介する. 
1.予約時の家族支援
予約電話の際に,受診に拒否的な患者の受診方 法,症状への対応などを家族が質問してきた場合は,可能な範囲で丁寧に答える.状況に応じて, 緊急受診の手配,地域包括支援センターへ連絡,介護保険サービスの緊急利用へつなげる.家族支 援は予約時から始まっている. 
2.診断までの家族支援
1)初診時 
受診の動機になった症状,受診を決めるまでの 葛藤,妄想対象になっていることへの怒り,診断 結果に対する不安,家族間の考え方の違いなどについて,家族に自由に話してもらう.診断までの 検査の手順と,診断後に治療と支援体制が始まることを伝え,受診に繋いでくれたことをねぎらう. BPSD への対応方法を聞いてきた場合は,その背景にある中核症状とそれへの対応を説明する. 診断までの間でも,常時,相談は可能と伝える. 
2)診断と告知 
家族に検査結果と診断名を伝えて,薬物療法・ 非薬物療法の説明とクリニックの支援体制,介護 保険申請の窓口の紹介を行う.基本的には病気の 進行は緩やかで,診断後に突然生活が変わるわけ でないことを伝える.いつでも相談できることを 伝え,連絡用の携帯番号を教える. 
3.診断後の家族支援
1)外来心理教育 
a.家族個別面接 
診断直後の家族を対象に,診察日とは別に家族 への個別心理教育の日を設け,日常生活で困って いる出来事の背景にある中核症状とそれへの対応 を説明している.中核症状への適切な関わりが介護負担の軽減につながるため,心理教育は何度も 繰り返す必要がある.しかし,頻回に通院できない介護家族には,デイサービスの連絡ノートを心理教育用に用いるなどの工夫をする.数年間介護 保険を利用せず介護していた夫に対して,看護師が数ヶ月にわたる毎日ファックス通信での個別心 理教育を行ったことがあるが,信頼関係が築けるまで傾聴・共感に徹し,相手の介護方法への支持 を心がけたところ,介護サービスを利用し,家族交流会に参加するようになった. 
b.本人・家族集団心理教育 
病名告知後,病気の受容が困難で,介護保険サ ービスの利用に消極的な軽度認知症患者と家族に対して,月二回,一回約1 時間,1 グループ数人 の心理教育を行っている.本人心理教育は,仲間同士の自由な話し合いの後に,様々なアクティビ ティ活動を行いながら,認知症についての情報提供を行っている.家族へは,中核症状についての 情報提供とピア・カウンセリングの場を提供した. 本人が症状を認めて仲間と過ごせるようになることは,家族への精神的な支援になる. 
2)本人・家族交流会 
2 ヶ月ごとに患者本人・家族交流会を行ってい る.毎回15〜20 名の認知症患者と30〜50 名の家族の参加があり,若年認知症患者の参加も多い. ミニ講義を行った後,家族関係別(夫,妻,嫁,娘・息子など)に小グループを作り,ピア・カウ ンセリングの場を提供している. 
4.相談活動
滋賀県から委託された相談センターで受けた相談は5年間に 約2000 件あったが,半数がクリニックに受診歴のない介護家族からで,残りの半数が専門職からであった.専門職への支援は,介護 家族への支援に結びつく. 
5.家族支援のポイント
認知症の介護家族へは,敷居の低い相談体制と支持療法的なオーダーメイドの支援が必要である. 
 
【協賛】MSD株式会社
 
    
6月17日(金) ハイアットリージェンシー東京B1階クリスタルルーム 14:00〜16:00
シンポジウム[:認知症ケア科学こと始め
座長: 井口 昭久(愛知淑徳大学健康医療科学部),加藤 元一郎(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
S8-1 
認知症の生活機能障害;神経心理学的基盤
石合純夫(札幌医科大学医学部リハビリテーション医学)
 
認知症とは,認知障害が後天性に生じることに よって,社会的・職業的機能の著しい障害が生じ, 病前の機能水準と比べて著しい低下が起こった病 態である.それでは,認知障害とは何かというと, DSM‐では,記憶障害,失語,失行,失認,実 行機能の障害が挙げられ,ICD-10 では,記憶, 思考,見当識,理解,計算,学習能力,言語,判 断を含む多数の高次皮質機能障害と表現されてい る.DSM‐の記述は,アルツハイマー型認知症 の記憶障害と脳卒中における巣症状とを混ぜ合わ せた内容であり,古典的な神経心理学が対象とし てきた症候の羅列である.それゆえに,神経心理 学的評価がしやすい項目ということができる.一 方,ICD-10 の方は,思考,理解,判断の障害と いうように全般的な認知にかかわる表現があるが, 測定が難しい内容である.WAIS‐成人知能検 査には「理解」の下位検査があり,例えば「鉄は 熱いうちに打て」ということわざの説明を求める. このようなことわざや抽象的な語の説明ができな くなるのは,意味性認知症では特徴的であるが, 認知症一般の症状とは言えない.認知症の中核症 状として高頻度にみられ評価が容易な神経心理学 的症状は,アルツハイマー型認知症における近時 記憶障害に限られると言っても過言ではない.本 発表の前半では,認知症でみられる古典的な神経 心理学的症状について,アルツハイマー型認知症 と前頭側頭葉変性症に分けて概観したい.
後半では,認知症の生活機能障害として問題と なる,複数の物品を用いて手順を踏んで一つの目 標を達成する行為の障害について考えたい.例えば,ローソク,ローソク立て,マッチを用意して 「ローソクに火をつける」という古典的課題は, Liepmann の定義における観念失行の検査として 用いられた.Liepmann は左半球後部の損傷で観 念失行が生じると考えたが,近年では,このよう な行為障害を失行と捉えない立場が主流である. 一方で,もう少し複雑な内容を含むnaturalistic action(以下,「日常的多段階行為」と呼ぶ)の 研究が別な流れで進んできた(Schwartz et al., 1998 など).日常的多段階行為の障害は,左半球 損傷に限らず,右半球損傷,外傷性脳損傷,認知 症で広く認められ,認知症では,認知機能の程度 によりその障害が予測されるという(Giovannetti et al., 2002).日常的多段階行為は,目標は1 つ でも下位に複数の段階的行為と物体があり,それ らの相互関係が一義的に決まるとは限らず,様々 な誤反応が起こり得る.その障害メカニズムは一 様でない可能性が高く,例えば,非特異的な注意 資源の制限がある場合にも,時間的に限られる一 段階の動作ができて多段階行為が困難という障害 が起こる.認知症患者の生活機能障害についても, 古典的な「失行」というラベルで一括して考えず に,神経心理学的に多面的な評価を行って問題点 を抽出し,個々の例に適した支援方法を検討しな ければならない.すなわち,手順が思い出せない のか,道具と対象物が複数の場合にそれらの対応 のさせ方がわからなくなるのか,その場合に個々 の動作が混乱するのか,全般性注意が不足してい るのか,等に応じて適切な介入方法を探る努力を したい. 
 
S8-2 
アルツハイマー型認知症の行為障害への介入
小川敬之(九州保健福祉大学保健科学部作業療法学科)
 
アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease ; AD)の神経細胞変性は海馬領域を含む 側頭葉内側部と側頭・頭頂連合野に多く見られ, 進行と共に記憶の障害そして動作の障害が重層的 に出現し,日常生活の様々な行為に障害をきたし てくる.特に頭頂連合野に由来する高次脳機能障 害(視空間構成障害,観念運動失行,観念失行, 着衣失行など)はケアやリハビリテーションを提 供する場合に大きな支障となることが多い.しか しながらAD が呈する高次脳機能障害は前頭連合 野の機能低下(全般的な注意障害など)や短期記 憶障害などに修飾され,なおかつ認知症の行動・ 心理学的症状(behavioral and psychological symptoms of dementia ; BPSD)出現に伴う混 乱などで行為障害の本質が何であるかということ が明確に出来ないことも多い.またそうしたこと が介護やリハビリテーションを提供するうえで難 しい疾患であるという印象を作り上げている一要 因にもなっている.
現在,筆者はデイケア,デイサービスにて認知 症(特にAD を中心として)のリハビリテーショ ンに携わっているが,AD が呈する動作の障害に 介入する場合,以下の点を念頭に置き介入を行っ ている.
(1)impiarment レベルに由来する症候の整理(記憶障害,注意障害,高次脳機能障害など)
(2)生活史・個人史(narrative)に由来するその個人の動作手順や癖,考え方などの収集;洋服 を着る手順,仕事の内容や行程,趣味など.
(3)環境要因(environment)による影響;鏡の前では鏡現象を誘発し混乱を助長する.ざわついた環境が嫌いである,など.
しかし,実際場面では行為遂行に影響を及ぼす 要因は流動的,偶発的なことが多い.そのため,今この瞬間に高次機能障害が影響しているのか, 記憶障害に影響されながらも本人が描いている現実と介護者の意図としているケアがうまくかみ合 っていないことによる問題なのか,周囲が騒がしくて落ち着けない心理状況なのか,など人的なも のも含めた周辺環境と行為遂行時の反応を注意深く観察することも必要である. 
今回,動画で紹介する場面はセルフケアにおける行為障害の例である.食事をしたり,洋服を着たりというセルフケアは人が物心ついた頃から毎 日繰り返し行い体に染みこんだ動作の記憶(procedural memory 手続き記憶)でもある.し かしこの手続き記憶もADの場合は頭頂連合野に由来する企図的(explicit)な場面では失行を誘 発してしまいうまく出現しないが,大脳基底核に由来する自動的(implicit)な動作がでるような タイミングや誘導を行うとうまく出現することがある.そのことを踏まえ,今回のシンポジウムで は行為遂行の入り口における注意点と手続き記憶をうまく出現させるための介入について考えてみ たい.
 
S8-3 
具体的な生活障害行動とその対応
山倉敏之,井上浩希(筑波記念病院リハビリテーション部),朝田隆(筑波大学臨床医学系精神医学)
 
筑波記念病院では2007 年4 月より若年性認知 症患者を対象とした精神科デイ・ケアを開設し運営している.対象は65 歳以下の若年性認知症の 方で,週一回木曜日に実施.参加者の基礎疾患は アルツハイマー型認知症,前頭側頭型認知症,レビー小体型認知症である.デイ・ケアのコンセプ トとして「主体的な活動」をテーマに掲げている. プログラムの実施は数名一組の目的別グループ活動の形態で,スタッフはグループや個人の能力に 合わせて介入を行っている.
本講演では,上記のようなデイ・ケアでの若年性認知症患者との関わりから,日常生活場面にお ける具体的な生活障害行動事例を動画で紹介し,その解釈と対応方法について述べる. 
生活障害行動事例1(食事動作):外出先での食 事場面.自宅だと箸だけが剥き出しに置いてあるが,外出ということもあり,割り箸を使用しなけ ればならない状況.そこで箸袋から上手く割り箸を出せないことから混乱に陥ってしまう.すると それは連鎖し,ペットボトルの開封や弁当の開封にも支障が出てくる.しかし食べる準備を整え, 食べ始めてしまえば「食べる」という普段の状況に戻って,混乱せずに食事を継続することができる. 
生活障害行動事例2(更衣動作):コートを脱い でハンガーに掛ける,ハンガーに掛かっているコートを外して着る場面. ハンガーから外すことよりも掛けることの方が難しい.この場合,体から 離れたコートの上下や前後の位置関係が捉えられずに混乱をきたしてしまう.そのためハンガーの 使い方は分っているのに出来なくなってしまう. 対応としては,ハンガーの片方を少し入れた状態で渡すべきだろう.なぜならそれ自体が誘導のヒントになり,スムーズにできる可能性が高まると 考えられるからである.一方でハンガーからコートを外すという行為は,引っ張ればはずれてしま うくらい単一な動作なため混乱が少ないといえる. 
生活障害行動事例3(着座動作):乗車時の着座 場面.車に乗り込んだ時に,座れるスペースがあるという認識はある.ただそこが椅子ではないこ とが認識できていない.仕切り直しを促すことで, 動作がリセットされて比較的スムーズに座れることが多い.人によっては着席動作を極めてゆっく りと慎重に行うこともある.自分自身と座面との距離を上手く測れないので,恐怖心が生じている と思われる. 
生活障害行動事例4(階段昇降動作):外出先で の階段昇降場面.各段の縁は見づらい様子で,手すりにつかまり,少し足で探りを入れながら,ゆ っくりと降りている.この場合,階段であるということはわかっている.手すりにつかまってゆっ くり降りることから,平地ではないことを理解していることは分かる.もっとも連続する同じ図柄 が平面のように見えているのかもしれない.このように立体的に捉えられないため,足探りをして いると思われる.また上手く降りられないことから恐怖心は強いことが,降りきった時のほっとし た表情から見て取れる.一方で登りについては基本的に下りと同様だが,前傾位がとれバランスが良いため,恐怖心は少なく比較的スムーズなのだ と思われる. 
以上は生活行動障害の一例である.このような 障害は様々な生活場面で,多くあると思われる. これらを個々に整理し,それぞれへ対応を生み出す必要がある.
 
S8-4
脳波解析による新技術;NAT(Neuronal Activity Topography)
武者利光,松崎晴康,田中美枝子((株)脳機能研究所),岡本良夫(千葉工業大学),石井賢二(東京都健康長寿医療センター),朝田 隆(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
 
脳内で活動するニューロンから脳組織内に流れ 出す電流の一部は頭蓋骨を貫いて頭皮に沿って流れ,再びニューロンに戻り,頭皮上に脳電位(脳 波)を発生する.したがって脳波はその発生源で あるニューロン活動についての情報を豊富に含んでいる.脳波パワー(脳波電位の二乗値)の時間 変動は,ニューロン活動頻度の変調度を表しているものと解釈されるので,脳波パワーの規格化バ リアンスNPV(Normalized Power Variance)は関係するニューロン活動に関するマーカーになる.
頭皮上の21 点での脳波(2〜40 Hz)を安静閉 眼状態で5 分間記録し,インターネット回線を経由してサーバコンピュータ上で解析し,その結 果は直ちに端末のパソコン上で可視化される. 21-channel の脳波データは帯域幅0.78 Hz の96個の周波数ビンに分割され,その各々について NPV が計算されるので,2016(=21×96)個のNPV の値が「NAT 状態」を特徴づける.2010 年に厚生労働省の疫学プロジェクト(利根プロジ ェクト:代表朝田隆)により,精度の高い52 名の健常コントロール・データが得られ,NPV 値 はZ スコアに変換され,標準脳表面にZ スコアマップ(NAT マップ)として局所的ニューロン活 動が可視化される.Z>1 およびZ<−1 はそれぞれニューロン活動の過大変動(hyperactivity) および過小変動(hypoactivity)状態を表す.各脳機能疾患に関するテンプレートNAT マップを 作成しておくと,これらと被験者のNAT マップとの類似度から,鑑別診断情報が数値化される. またその経時変化から,治療効果を視覚的に追跡できる.なおNPV の臨床的な意味付けを得るた めに,SPECT による局所的脳血流量低下部位(T.Musha, et al., Clin Nerophysiol, 113 (2002) 1052-1058)およびFDG-PET による糖代謝変化部位との対応関係をしめす(武者利光,松崎晴康, 石井賢二「FDG とNAT の同時測定」日本生体医工学会2011 年).これらの対応関係からNAT によるニューロン活動異常と,局所的脳血流量低下および糖代謝低下と関連のあることが確認され る. 
 
S8-5 
認知症ケア;基盤となる脳科学
泰羅 雅登(東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科・認知神経生物学分野)
 
これまでに学習をツールとしたコミュニケーシ ョンを中心とした介入療法により(東北大学・川島隆太教授との共同研究による),認知症ケアに 一定の効果をあげてきた.脳科学研究は介入療法のこのような効果に対しての仮説と説明を提供するが,まだ,不十分な点も多く残されている. 認知症ケアに対して脳科学研究がどのように役立ち,貢献できるのか,また,どのように貢献す るべきなのか,このシンポジウムで考えたい.
 
S8-6
記録画像の有用性
横川 清司(NHKエンタープライズ)
 
はじめに
認知症の人の日常は,どのような困難に満ちて いるのでしょうか.
在宅で配偶者や家族が,その人の習慣や癖を知 りつつ介護しているにしても認知症になり,理解 や表現に困難を抱えた人の思いに24 時間365 日寄り添っていることが出来るのだろうか.
施設に暮らす認知症の人を介護者はどのくらい 観察し,その人の,その時々の思いに寄り添うことが出来ているのだろうか.
診察室にいる医師に日頃の状態を正確に伝えら れているのだろうか.
こうした疑問を解く鍵の一つとして,ドキュメ ンタリー的手法による映像が使えるのではないか. 信頼関係を背景として日常生活の奥深くまで入り込んだ映像は,その人の自然な振る舞いと混乱を捉えることで,その人の困難に寄り添うことが出 来るのでないか.
若年性認知症の人の日常生活の取材を通して得 たドキュメンタリー映像から本人の思いと行動にアプローチする.
A:アルツハイマー認知症と8 年前に診断された.男性61 歳.
トイレの場所.トイレのドアにトイレと書いてあ るが,見えていないのか.それとも,文字の意味に気付かないのか.
歯みがき.右手と左手の操作が苦手.ペースト のキャップはスムースに外せたが歯ブラシにペーストを着けるのは難しい.ブラシ部分と柄の部分 の違いを指先で探っている. 
日常生活のすべてに,細かな段取りがあり,両 手を使うなど複雑な行為が混乱を招く.なぜ,自分だけがこのような目に遭わなければならないの か.悔しさが募る 
B:アルツハイマー認知症6 年前に診断された. 男性58歳. 
ブランコ乗りを日課としているが,これまでスム ースに出来ていたことが半年後失敗した.直後の大声は混乱ではなく,悔しさの現れであろう. タクシーに乗り込む時,右足はスムースにのせたが左足が付いてこない.手を貸そうとすると苛 立つ.悔しい思いは,本人が一番感じていること.待つ時間が必要. 
「日常」はなんと多くのことを試されるのだろう. 「出来るのか出来ないのか」試される事の底知れぬ不安の中で,認知症の人は緊張感を強いられ ている. 
ドキュメンタリーは,当然の事ながら本人・家 族の了解のもとで撮影が行われる.お互いがカメラの存在を了解し,無視し成立する連帯関係である.
映像が表すものは,行為だけではなく,そこに本人の感情が写っているという事である.この感情を無視してケアはあり得ない. 習慣として獲得した行為の諸々が,実行不能になった時,大いなる失意と緊張の中で営まれる日 常生活を客観的に記録し検証する.
今後の医療,介護の教育ツールとして活用に向け た検証が望まれる.認知症フォーラムのVTR 映像(12 分)を上映します. 
 
【共催】ヤンセンファーマ株式会社