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6月16日 京王プラザホテル本館43階ムーンライト 9:00〜9:52
介入研究@
座長: 三原 伊保子((医)りぼん・りぼん三原デイケア+クリニックりぼん・りぼん)
P-C-1
うつ予防介入が地域高齢者のメンタルヘルスへの影響
兪 今((公財)ダイヤ高齢者社会研究財団,桜美林大学加齢発達研究所)
【研究目的】高齢期のうつ対策は高齢者のメンタルヘルスの改善および自殺予防に重要な意義を持つ.特に高齢期は健康,社会的な喪失体験が多く,うつ状態に陥りやすい.従来の介入研究は臨床の延長線における報告が多く,地域在住高齢者における有効なポピュレーションアプローチ方法は数少ない.本研究は高齢者のうつ予防,メンタルヘルスの向上を図るため,ポジティブ心理学手法を主としたうつ予防プログラム(PPA)が地域在住高齢者のメンタルヘルスに与える影響を明らかにすることを目的とした.
【研究方法】対象者は東京都F市在住65歳以上高齢者で2009年度基本健康診断実施できた者の中から,うつ予防教室参加および終了者44人を介入群とした.pairwise matching法(うつリスク数,性,年齢,居住地域をコントロール)で抽出し,調査同意および有効回答の得られた121人をコントロール群とした.介入群については,90分/1回,1回/週,計12回のうつ予防プログラムを提供した.プログラムはグループワークとホームワークの2部分からなる.グループワークは主に,老年期うつ知識の普及啓発,ポジティブ感情,体験に焦点を当てた内容およびモニタリング,ポジティブ経験についてのワークショップ,リラクゼーション法など5つの内容から構成されている.ホームワークは課題に沿って実施し,ダイアリーの記述および週ごとに課題完成度を報告する形式である.測定は自記式調査表を用い3時点で行った(pre → posttest → Three month follow‐up).メンタル面はGDS,不安(SATI),不眠(AIS)を評価指標とした.分析方法は量的変数の場合は一元線型モデルの反復測定,質的変数の場合はK個対応のあるノンパラメトリック分析を用いた.倫理面の配慮として,F市個人情報保護条例に沿ったうえで,あらかじめ文書により交付し,本人の同意署名を得た上で実施した.
【結果】ベースラインのGDSスコア,SAIスコアとTAIスコアは両群間有意な違いが認められなかった.AISスコアは介入群でコントロール群に比べ高い.GDSスコアはコントロール群に比べ介入群でPPA介入後著しい低下が(pre‐to post=第1レグ)認められた.さらに,follow‐upでその効果が維持されていた(post to Three month follow‐up=第2レグ).SAI,TAIスコアもコントロール群に比べ介入群で第1レグにおいて有意な改善が認められたあと,第2レグではその効果が維持されていた.AISスコアも同様にコントロール群に比べ介入群で第1レグにおいて有意な改善が認められたあと,第2レグではその効果が維持されていた.介入群のGDSスコア6点以上の群においてもうつ状態の有意な改善が認められた.
【考察】PPAの有効性は近年の研究成果からより明らかになりつつある.それは直接うつ状態のネガティブ症状を緩和することだけでなく,主にポジティブな感情,幸福感などの構築に効果的であるとされている.本研究の結果から高齢者の抑うつ状態の改善,また,不安,不眠への改善効果も得られることから,高齢者のメンタルヘルスの維持増進にも有益であり,PPAは高齢者のうつ予防支援対策,メンタル面へのポピュレーションアプローチにおいても有効なツールとして応用可能であることが示唆された.
P-C-2 
Alzheimer型認知症者のコミュニケーション障害への対応;聴覚障害に対する口形提示の効果
飯干 紀代子(九州保健福祉大学)
【研究背景と目的】2010年の本会で,認知症者の聴覚障害罹患の多さと支援の重要性を報告した.本報告では,発話者の口形提示が単語の聞こえに及ぼす効果について,聴覚障害および認知症の重症度の観点から分析する.
【対象】対象は,NINCDSADRDAによりprobable ADと診断された80例(男性23例,女性57例)で,平均年齢は81.7±9.5歳,MMSE平均点は16.8±6.0点であった.
【方法】1)聴覚検査:オージオメータ(MADSEN MIDIMATE)を用い,純音聴力検査を実施した.
2)語音了解度検査:67S語表(日本聴覚医学会2000)の20単語を用いて,言語聴覚士(以下,ST)が対象の正面約1mより,普通の大きさの声で単語を聞かせ,復唱させた.1対象に,STの口もとを注視するよう求める口形あり条件,STの口もとを白紙で覆い口形を見せないようする口形なし条件をランダムに施行した.
【倫理的配慮】本研究は九州保健福祉大学倫理審査委員会の承認を受け,対象あるいは家族に個別に説明し,承諾を得た上で実施された.
【結果】1)難聴の有無と程度:WHO分類による判定の結果,73例に難聴を認め,内訳は軽度(26〜40dBHL)21例,中等度(41〜60dBHL)40例,準高度(61〜80dBHL)12例であった.17例に左右差を認めた.補聴器保有者はいなかった.
2)語音了解度と平均聴力レベルおよびMMSEの相関:語音了解度正答数と平均聴力レベルとの間に相関を認めた(r=−.57,−.63).一方,MMSEとの間には,両条件ともに相関を認めなかった(r=−.04,−.05).
3)口形の有無による語音了解度の差:口形あり条件の語音了解度正答数は17.3±4.3,なし条件は15.7±5.7で,口形あり条件の正答数が有意に高かった(t(69)=6.19,p<.000).
4)口形の有無と聴覚障害およびMMSEが語音了解度に及ぼす影響:口形の有無を被験者内要因,聴覚障害を被験者間要因とする分散分析では,口形の主効果(F(1,76)=34.57,p<0.00)と交互作用(F(3,76)=9.78,p<0.00)が有意であった.単純主効果の検定では,聴覚障害中等度(F(3,76)=30.28,p<0.00),準高度(F(3,76)=49.26,p<0.00)において口形効果を認めた.  同様に,MMSEを被験者間要因とした場合は,交互作用を認めなかった(F(3,76)=0.64,NS).
【考察】Alzheimer型認知症者において,口形提示は単語の聞こえを促進することが明らかになった.その効果は,認知症の重症度に関わらずみられ,中等度および準高度聴覚障害に著明であった.聴覚障害者の第1選択は補聴器だが,認知症を伴う場合は継続使用が困難である(鎌田ら2003).第2選択は良聴耳側からの話しかけであるが,中等度以上の難聴では聞き取りが不完全である(WHO2001).介護・リハ職員は,聴覚障害者に対して,大声や筆談を多用するとされるが(長尾ら2003),本研究より,補聴器使用が困難あるいは良聴耳側からの話しかけが無効の場合,従来多用される方法に加え,正面から口形を見せて話すことは,コミュニケーション方法として有効であることが示された.
P-C-3 
認知症高齢者に対する地方自治体の移動・外出支援に係る検討;支援マニュアルに対する意見及び要望(自由記述回答)に着目して
水野 洋子((独)国立長寿医療研究センター長寿政策科学研究部)
【目的】わが国では,65歳以上の認知症罹患率から推定し,少なくとも35万人の認知症高齢運転者が存在する可能性がある(荒井ら,2005).そのため,今後は地域における代替移動手段の確保が必要となる.そこで本研究は,認知症高齢者の移動・外出支援において重要な役割を有する地方自治体に着目し,荒井ら(2010)が作成した「認知症高齢者の自動車運転を考える家族介護者のための支援マニュアル(以下,支援マニュアル)」に係る意見及び要望等を把握することにより,認知症高齢者への移動・外出支援に係る有用な知見を得ることを目的とした.
【方法】2010年9月1日〜10月20日の間に,全国の市区町村(2010年9月1日現在の1,750件)を対象として,郵送法による自記式質問票を用い,1)認知症高齢者に対する(または,認知症高齢者も利用可能な)移動・外出支援事業の実施状況,及び,2)参考資料として同封した「支援マニュアル」に対する意見及び要望等について調査を実施した(回答数:1,067市区町村,回収率:60.9%).調査項目のうち,「支援マニュアル」に対する意見及び要望(自由記述回答)については,IBM SPSS Text Analytics for Surveys 3.0.1を使用して,キーワードの出現頻度によるカテゴリ化を実施した.
【倫理的配慮】調査に際しては,質問票において,研究の意義及びデータの管理,使途について明記した上で実施した.
【結果】1)認知症高齢者に対する(または,認知症高齢者も利用可能な)移動・外出支援事業の実施状況:回答が得られた1,067市区町村のうち,600の市区町村(56.2%)において実施されていることが明らかとなった.
2)「支援マニュアル」に対する評価(必要な情報が得られたか):1,067市区町村のうち,944の市区町村(88.5%)が当該「支援マニュアル」から必要な情報を得ることができたと回答していた.
3)「支援マニュアル」に対する意見及び要望:当該質問項目へは,自由記述形式にて回答を求めた.その結果,1,067市区町村のうち,65市区町村から回答が得られた(6.1%).回答者の内訳は,「認知症高齢者に対する移動・外出支援事業を実施している」市区町村からの回答が6割を占めた(n=41;63.1%).自由記述回答を解析した結果,57市区町村(87.7%)からの回答については,地方自治体が有する課題認識として捉え得ることが確認された.最も多く抽出されたカテゴリは,当該「支援マニュアル」のような「マニュアルの必要性」であり,特に事業を実施していない地方自治体において顕著に高い傾向が認められた.また,「行政以外の主体の関わりの必要性」等,地方自治体のみによる支援の実現は難しい現状を示すカテゴリが確認された.具体的な行政以外の主体としては,「医師,医療機関」が最も多いことが明らかとなった.
【考察】本研究の結果,認知症高齢者への移動・外出支援の実現には,参考とし得る手引きや医師の役割が重要であることが明らかとなった.今後も他の調査項目の解析を進め,支援の実現に資する知見の構築が重要と思われる.
P-C-4 
患者と家族への統合的介入方法による認知症患者の精神症状とQOLに与える影響の検討
佐藤 順子(名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学,八事病院)
【目的】認知症の精神症状は介護者のみならず,患者のQOLにも影響を与える.従来は,薬物療法が認知症の精神症状への治療の主体であった.しかし,2005年に米国食品医薬品局による勧告後,抗精神薬の使用が認知症患者の生命予後に影響する危険性があり,薬物療法の使用は制約がある.一方,認知症に関する非薬物療法は,行動,感情,認知,刺激などに焦点をあてた4種類のアプローチに大別される,しかし,回想法やリアリティオリエンテーション,音楽療法などはいずれも,認知症の精神症状の緩和への有効性の検討は少ない.また,介護者への認知症の精神症状の介護教育が重要と推測されるが,現在までのところ精神症状の改善に実証性のある介護教育の研究は少ない.そこで,認知症患者への認知機能活性化アプローチと併用して,介護者にも心理教育を行う統合的な介入を行い,患者の精神症状の緩和ひいては患者のQOLを改善するのか検討したい.
【対象者】八事病院の物忘れ外来におけるサポートグループセラピー「うらら会」に参加している軽度から中等度の認知症と診断された患者のうち,@本研究に書面同意が得られ,A患者の家族に主介護者がいるなどの条件を満たす患者と主介護者を対象とする.
【方法】患者には回想法や音楽療法などの非薬物療法を,介護者には心理教育を併用した統合的な介入をオープン研究で行う.患者の精神症状の評価には,日本語版Neuropsychiatric Inventory(NPI)を使用し,患者のQOLの評価として,Quality of Life‐Alzheimer's disease(QOL‐AD),介護負担の評価としてZarit Caregiver Burden Interview(ZBI),また,患者の認知機能は,Mini‐Mental State Examinaion(MMSE)及び日本語版Alzheimer's Disease Assessment Scale‐Cognition Japan version(ADAS‐Jcog)などで評価する.
【倫理的配慮】この研究は,八事病院倫理委員会において承認を得て,すべての対象者に目的と方法を説明したうえで同意を得ている.
【結果】統合的介入方法は,認知症患者の精神症状の改善やQOLの向上に有効であり,介護者の介護負担も改善した.しかし,重度の妄想や幻覚,焦燥感の強い患者には効果を認めないケースも認めた.
【考察】認知症患者への認知機能活性化アプローチや家族心理教育を統合したプログラムは,軽度の認知症の精神症状の改善には有効であった.しかし,重度の妄想や幻覚などの精神症状に関しては,これらのプログラムの有効性は不十分であった.このような問題点を踏まえ,今後は症例数を増やし,より有効な統合的介入方法を考案していきたい.
P-C-5 
デイサービス利用者に対する認知トレーニングの効果;多施設無作為割付単盲検試験
森原 剛史(大阪大学医学部精神科)
【目的】認知機能に対する非薬物療法が注目されているが,その効果は依然不確かなままである.研究の信頼性や研究結果の安直な解釈に対ししばしば疑問の声が上がっている(Nature Neurosci 2007:10, 263, Nature2010:465, 775).Cochrane Libraryは認知トレーニングの有用性を結論する以前に,信頼性の高い研究そのものがほとんどないことを指摘している.本研究では可能な限り厳密な研究デザインを用いて認知トレーニングと作業療法の有用性を比較検証した(臨床研究登録UMIN:R000000878).
【方法】信頼性の高いエビデンス構築のため以下のような研究デザインを用いた.(1)6つのデイケア施設で合計117名,(2)無作為割付,(3)単盲検,(4)計画外介入の除外(スタッフの数の統制,一般介護職員へのブラインド化),(5)対象はアクティブコントロール.認知機能はプラセボ効果が大きいことが知られている.たとえ無効なプログラムであっても,プログラムに参加したという刺激のみで認知機能検査結果等が改善することがしばしばある.これを回避するため,対象群にも濃厚なプログラム(作業療法)に参加してもらった.  6か月の介入前後にADAS‐cog(主要アウトカム),MMSE,FAB,MOSES,FIM,GDS,ZBIを評価した.また介入開始時に採血(ApoE多型解析)をした.介入は30分を週2回,6か月間行った.
【倫理的配慮】被験者および代諾者に対して参加の同意を本人(可能な限り)と代諾者から文書で得た.連結可能匿名化してデータを管理,解析した.ゲノムに関する個人識別情報は鍵をかけ厳重に保管している.大阪大学をはじめ各施設の倫理委員会の審査承認を受けた.
【結果】介入前に比べ認知トレーニング群は介入後のADAS‐cogが有意に改善していたが(P<0.001),作業療法での改善は有意でなかった.両群の改善効果を比較すると認知トレーニング群は作業療法群よりも有意にADAS‐cogがより改善していた(p<0.05).サブグループ解析をすると脳卒中の既往の有無により2つの介入に対する反応性が有意に異なっていた.脳卒中の既往ない者では認知トレーニングによる改善効果が作業療法に比べ大きく(p<0.05),脳卒中の既往がある者では逆に作業療法によるADAS‐cogの改善が大きかった(p<0.05).
【考察】認知トレーニングによる認知機能の改善が認められた.しかしながら他の機能への効果の般化については今後検討する必要がある.  脳卒中の既往がない者に認知トレーニング,ある者には作業療法が効果的であった.どのような高齢者にどのような活動を勧めるべきかについて重要な示唆が得られた.
P-C-6 
介護職員に対する実践者研修の役割;研修前後の職業ストレスとコーピングスキルの変化
滝澤 毅矢(明星大学)
【背景と目的】わが国では,高齢化の進行によって要介護高齢者も増加し,常時介護が必要で家庭生活が困難な高齢者の介護を目的とする特別養護老人ホームや老人保健施設が増加している.しかしそこで働く職員たちは様々なストレスを感じていたり,離職率が高いことが知られている.伊藤ら(2004)は,介護職員は,仕事に対して精神的負担感や肉体的負担感を感じていると報告し,安藤ら(2007)は,心理的な仕事量の負担感が心理的反応や身体的ストレス反応との関係が強く,そこにストレスコーピングや介護の張り合い感が関連していると報告している.これらの点から,介護職員の心理的ストレスケアマネージメントを実施することは,精神的健康の維持だけでなく,介護事故防止にもつながり,より良い仕事環境作りに寄与することが可能であると考えられる.正確な知識を持つことや支援が得られるようにすることはストレス軽減に役立つことが知られている.そこで本研究では,実践者研修を受講した介護職員の研修前後の抑うつ感,職場ストレス並びにコーピングスタイルの変化について比較検討することで,ストレスマネージメントとしての研修の意義を調査した.
【方法・倫理的配慮】平成20年8月から平成22年3月までに行われた実践者研修に参加した介護職員うち研究参加に同意を得られた134名(男性41名,女性93名)を対象とした.  講習初日に1回目の質問紙を,講習終了日に2回目の質問紙を施行した.質問紙として,職業性ストレス簡易調査票(下光ら2000),べック抑うつ尺度(Beck Depression Inventory‐II;BDI),コーピング尺度(職業ストレス測定用,島津・小杉1997)を用いた.研修前後でこれらの値がどのように変化したかを検討した.なお,本研究は北里大学病院・医学部倫理委員会の承認を得ている.
【結果・考察】研修前に比べ,研修後ではコーピング尺度の点数が上昇し(t(df)=4.626(134),p<.01),職業性ストレスは低下した(t(df)=3.752(134),p<.01).講習では認知症疾患に対する知識を得たり,対応を討論するなかで,現在の問題点をみつけ,現場で検討していく.これらを通して個人のコーピング能力が上がり,ストレスも軽減した可能性が示唆された.また,職業性ストレスの修飾因子である,上司・同僚からの支援,配偶者・家族からの支援,友人からの支援を多く受けるように変化した.これは研修中に討論をする中で相談することの重要性にきづいて,行動が変化した可能性があると思われる.  今回の調査はサンプルサイズが小さく,コントロールを置いていないという限界はあるが,研修がストレスを軽減したり,コーピングスキルをあげることに寄与することを示した.今後はどのような研修がよりストレスマネージメントに寄与するのか検討していきたい.
   
6月16日 京王プラザホテル本館43階ムーンライト 9:52〜10:44
介入研究A
座長: 上田 諭(日本医科大学精神医学教室)
P-C-7 
認知能力の衰えた人の「胃ろう」造設に対する反応(パイロット・スタディ)
新里 和弘(東京都立松沢病院精神科)
【目的】日本は超高齢化社会になりつつあると同時に世界一の長寿国となった.かつてであれば老衰死していたであろう人が経鼻栄養や胃ろうといった医療技術を用いて生きている現実がある.認知症がある場合患者は十分な意思能力を示しえない.日本では伝統的に家族による代行決定がなされてきた.そのため認知症者は本人の意向とは無関係に処置を受け入れることとなる.しかし認知症者にも「好き」「嫌い」の感覚は根強く残るように思われる.本研究では,認知症の患者に対して,ラポールがついたと思われる時点で,胃ろうについての簡単な質問を行い胃ろう造設に対する反応を調査した.
【対象と方法】都立松沢病院の認知症病棟に平成22年9月から12月まで入院した認知症の患者および医療生協すずしろ診療所で診察を行った認知症患者のうち,長谷川式簡易知能スケールで概ね5点以上,言語的コミュニケーションのつく患者とその家族に対して行った.対象数は男性5名(83.4±6.8歳),女性は18名(80.8±7.2歳),診断はアルツハイマー型認知症が最も多く15名(65%),ついで老年期精神病4名(17%),血管性認知症の3名(13%),その他であった.以下の定型化された内容を回診時のルーティン質問として行った.なお調査においてはプライバシー保護を確実に行い対象者に負担や迷惑が及ばないよう留意した.
【質問】 「夜はよくお休みですか」 「ご飯はおいしいですか」 「お通じはありますか」 「特に痛いところはありませんか」 「食事の時,むせたりご飯がつかえたりする感じはありませんか」 「年をとると飲み込みが悪くなりがちです.そのため肺炎を起こしたりします.そんなことは今までありませんか」 「そんな時治療として,おなかに穴をあけて管で栄養を入れるのがいいという人もいます.あなたはそういうようにされますか」
【結果】上記の質問に対する返答としては,「いや」「そんなことはしない」「おそろしいや」などの拒否的返答の見られた者が20名(87%),「その時になってみないとわからない」「先生にお任せするしかないです」といった判断を保留した者が3名(13%),胃ろうを受けてもよいと返答したものはいなかった.判断を保留した群のHDS‐Rの得点は拒否的返答の群の得点より高かった(前者15.6点,後者14.6点).
【考察】「認知機能の衰えた人」の意向について調べられた研究は,われわれの知る限りほとんど存在しない.自分の身体に及ぼされる行為についての「判断」「選択」はその人の「好き,嫌い」に強く影響されるものであり,今回の調査を通じてその能力は認知機能の衰えた人々でも相当程度維持されているように思われた.胃ろうを受けてもよいとする認知症者がいなかったという事実は胃ろう造設時に考慮すべき結果と思われる.
P-C-8 
循環器専門病院におけるせん妄回診の取り組み
竹原 歩(兵庫県立姫路循環器病センター)
【目的】循環器医療の臨床では,疾患の重症度は高く高齢者が多いため,せん妄をはじめとする心理・行動上の問題を抱えている事例が少なくない.このような情勢に呼応すべく当院では,医師・心理士・看護師によるせん妄回診を行っている.今回はせん妄回診の活動内容について報告する.
【せん妄回診】毎週1回,医師(高齢者脳機能治療室神経内科医・精神科医),臨床心理士,看護師(精神専門看護師・老人専門看護師),医療安全管理者で全病棟をラウンドし,医師・看護師からせん妄を中心とした患者の心理・行動上の問題について相談を受ける.そして,診断,薬物療法・非薬物療法と安全上の配慮について提案をしていくものである.
【方法】2010年1〜8月までの期間,介入した事例を対象に後方視的検討を行った.
【倫理的配慮】使用するデータは「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイドライン」(厚生労働省)に基づき,記号および数値に変換し,患者個人を特定できないよう配慮した.
【結果】総相談件数は112件であった.患者背景は男性72名(64.3%),女性40名(35.7%),平均年齢は75.3±12.3歳,診療科は循環器内科43件(38.4%),心臓血管外科34件(30.4%),神経内科19件(17.0%),脳神経外科13件(11.6%),外科3件(2.7%)であった.相談者は医師66件(58.9%),看護師46件(41.1%)であった.依頼理由は不穏59件(52.7%),不眠19件(17.0%),不安・焦燥11件(9.8%),症状評価6件(5.4%),事前発現予防4件(3.6%),不定愁訴3件(2.7%),問題行動3件(2.7%),抑うつ3件(2.7%),意欲低下2件(1.8%),食欲低下1件(0.9%),家族支援1件(0.9%)であった.  また,せん妄回診の取り組みの前後(前2009年5〜12月,後2010年1〜8月)の入院患者についての高齢者脳機能治療室医師への併診依頼数を比較した.開始前は76件(入院患者数3357名)であったのに対し,開始後は139件(入院患者数3555名)と有意な増加がみられた.
【考察】相談のあったケースは高齢者が多く,併診依頼数の増加もみられたことから,せん妄を中心とした患者の心理・行動上の問題に対しては,老年精神医療に携わるスタッフの貢献が求められていると考えられた.  せん妄回診の取り組み前後の向精神薬の使用状況やチューブトラブル・転倒・転落事故件数の変化等詳細な報告は発表時に行う.
P-C-9 
小グループの認知症家族介護者教室が介護者の介護負担感・肯定感に与える効果の検討;非無作為化比較対照研究
扇澤 史子(東京都健康長寿医療センター)
【目的】認知症のケアでは,本人だけでなく家族介護者への支援も重要である.しかし家族介護護者への心理教育の効果について十分に検討されてきたとは言い難い.本研究では,少人数クローズドグループの認知症高齢者の家族介護者教室の介護負担感および肯定感に及ぼす効果について,対照群との比較を通して検討することを目的とした.
【方法】対象:介入群は,2007年7月〜2009年11月に実施した7期の小人数クローズドグループ(各4〜6名)の認知症の家族介護者教室に参加し,文書による研究への同意のあった34名(60.2±12.3歳,男女:6:28,介護期間:26.0±24.8カ月,続柄:娘19,夫5,妻5,嫁2,息子1,その他2,居住形態:同居16,二世帯4,別居14,被介護者:AD32,DLB2)であった.また対照群は,2010年10月〜12月に物忘れ外来を受診し,文書にて研究への同意を得られたAD又はDLBの連続症例の家族介護者のうち,回答に不備がなく,調査期間中に介護環境に変化のなかった34名(63.4±13.5歳,男女:10:24,介護期間:60.3±49.6カ月,続柄:娘14,妻8,夫6,息子5,その他1,居住形態:同居21,二世帯4,別居9,被介護者:AD31,DLB3)であった.方法:介護者教室は,週1回2時間×4回(4週間)の構造で,臨床心理士2〜3名と認知症看護認定看護師1名が関わり,前半は講義,後半は自由交流とした.各回の講義内容は,(1)認知症の知識,(2)社会資源・介護保険,(3)経験者の話,(4)本人と介護者の心の健康であり,参加前後に介護負担尺度(J‐ZBI),介護肯定感尺度(桜井,1999)を施行した.対照群に対しては,受診時および4週後(郵送)にJ‐ZBIと介護肯定感尺度を質問紙にて調査した.その後,介入の有無における介護負担感・肯定感の比較・検討を行った.
【倫理的配慮】本研究は,同センターの倫理委員会の承認を受け,対象者には研究の主旨と途中の同意撤回の自由を説明し,文書にて同意を得た.
【結果】全対象者のJ‐ZBIの前後変化量は,年齢,続柄,居住形態,介護期間,介入の有無について重回帰分析を行った結果,独立して介入の有無のみとの関連が認められた(β=−.24,95%CI[−9.62,−.09],p<.05).よって介入の有無とJ‐ZBIの前後の点数について混合要因分散分析で検討したところ交互作用があった(F(1,66)=4.14,MSe=200.18,p<.05).下位検定の結果,各群のJ‐ZBIの前後変化については,介入群が前後で有意に下がった(前35.94±16.78点→後32.82±15.87点,p<.05)のに対し,対照群は前後で変化を認めなかった(前27.18±14.86点→28.91±16.83点,n.s.).介護肯定感尺度については,重回帰分析で関連のあった要因はなく,介入の有無による影響を認めなかった.
【考察】小人数のクローズドグループの介護者教室が家族介護者の負担感を軽減する可能性が示唆された.早期に家族介護者に対して,認知症についての理解を促す知識や対応法,社会資源の情報提供や情緒的サポートを行うことは,介護負担軽減に重要であると考えられる.ただしベースライン時の介入群の負担感が対照群に比して差があったことが結果に影響した可能性も否定できず,無作為化比較研究を行うことを今後の課題としたい.
P-C-10 
SEDテストを用いて認知症リハビリテーションを行おうという試みについて
清原 龍夫((医)長寿会清原龍内科)
 アルツハイマー型認知症の進行段階をよりわかりやすく表示するために,発症後何年かという時間を入れたテスト(SED;Stage Estimation of Dementia)を考案し発表した(第26回日本認知症学会/IPA2007).SEDテストはどんな症状がいつ頃に出現するかに注目して,それを用いて認知症が出現してから現在どの段階にいるかを,1500点中何点かで表現し,その点数を表示された直線に乗せることによって発症後何年,余命は何年などを推定できるように工夫したテストであるが,今回,どの段階でこれまで働いていた機能が消失していくかをSEDテストの点数と比較して患者を良く知る家族ないし介護者から聞き取ることによって調べた.目的は,どのような機能に対するリハビリをいつ開始したらよいのかを知るためである.その際及び研究発表のすべての段階で患者個人が特定できないように,患者にたいする倫理的配慮を常に優先した.結果は,(以下認知症の進行段階を1500点満点で示す.1500点は死亡に相当する.)3点;記憶障害,20点;感覚変化,50点;時間だけでなく場所の見当識障害,60点;巧緻性低下・立ち上がりに時間がかかる,70点;嚥下障害,230点;易転倒,270点;着衣失行,370点;手引き歩行,570点;ピサ徴候,支えられ歩行,672点;口内食物貯留,750点;歩行不能,1100点;嚥下不能,発語不能.
 まだまだいろいろな機能の消失がアルツハイマー型認知症の経過中におこっているが,OT,PT,STの方々に我々認知症専門医がリハビリ指示を出す際に,現在の認知能力,合併症とともに,今患者が認知症のどの段階にいるのかを点数表示することによって,療法士の方々が,結果でのべたように,今後消失する機能を予測でき,いつ何に対するリハビリを行えばよいのかを知る事ができるのではないか,と考える.
P-C-11 
和歌山県における認知症予防事業の取り組み;和歌山県独自の認知症予防メニューを用いた効果の検討
大饗 義仁(和歌山県立医科大学附属病院紀北分院脳神経外科)
【目的】和歌山県では,平成18年度より認知症予防事業の取り組みが開始され,和歌山県と和歌山県立医科大学が協同し,@和歌山県独自の認知症予防メニューの開発,A市町村への認知症予防教室の普及,B認知症の早期発見,医療機関受診をスムーズにすすめる体制作り,C認知症の理解と認知症予防の重要性を県民に啓発を目的として,行って来た.平成18年度と平成19年度はモデル事業として2市町村で行い,平成20年度からは,県全域の普及型事業として行って来た.今回,県全域の普及型として行った平成20年度,平成21年度の認知症予防事業の結果を検討する.
【方法】和歌山県の各市町村の保健師を中心に事前に研修会を行い,和歌山県全域でこの予防事業を実施できるように,また実施していただくよう研修を行った.1つの教室に対し30人前後を目標に老人クラブや一般高齢者より参加者を募集し,認知症予防教室を3ヶ月間行う.教室の内容としては,各自が毎日家で取り組むものとして,1)ドリル,2)30分の散歩,3)新聞を声に出して読む,4)日記を書く.また,2週間に1回は参加者に集合してもらい,同一学習として,折り紙,貼り絵など,グループ学習として旅行,料理,ガーデニングのプランなどを実施した.評価としては,教室前後にてアンケート調査,IADL,MMSE,仮名ひろいテストを施行し,改善が認められるかなどを検討する.
【倫理的配慮】教室参加者全員に,あらかじめ今回の事業の趣旨と概要を説明した上,同意書に署名を得るという方法で同意を得た.また,取得したデータは,対象者に番号を付し,個人が特定されないよう配慮し,個人情報が流出しないよう,細心の注意を払った.
【結果】和歌山県の30ある市町村のうち,今回の認知症予防教室を実施できたのは,平成20年度で,12市町村16教室,平成21年度で,16市町村,22教室であった.教室開始時の参加者は,それぞれ308人と413人であった.教室前後での変化では,平成20年度,平成21年度ともにMMSE,仮名ひろい,IADLすべてにおいて改善が認められた.また,教室前のMMSEが低いほど点数が上昇する傾向も認められた.途中で教室に参加しなくなった者(中断者)は,平成20年度で40人(13.0%),平成21年度で42人(9.2%)であった.
【考察】今回の認知症予防教室にて,参加者の認知機能の向上および日常生活能力の向上が認められた.また,数値としては評価できていないが,参加者の表情がいきいきしてくるといった効果も認められた.今後の課題として,できるだけ中断者を少なくするためには,経験を積んだスタッフの育成が必要になってくると考えられる.また介護予防すべてに言えることであるが,継続することが大切であり,いかに自主活動につなげていけるかを検討する必要がある.最後に認知症の疑わしい者に対して受診勧奨をし,医療機関との連携もできつつあるものの,未だ不十分であり,医療,介護,行政,地域のかきねを越えた認知症対策のネットワークの構築が必要である.
P-C-12 
化粧療法の認知症に及ぼす効果に関する文献的検討
岡本 和士(愛知県立大学看護学部公衆衛生学)
【目的】化粧療法によって,認知症の改善・進行を遅らせることができるという先行研究はみられるが,なぜ化粧療法が認知症に効果的なのかというメカニズムについての報告は少ない.そこで,本研究の目的は化粧療法がなぜ認知症に及ぼす効果を文献的検討から解明することにある.
【方法】文献収集にあたり,医学中央雑誌web版にて文献検索を実施した.その際keywordとして@化粧,A化粧・認知症,B化粧・看護師を用いた.検索の条件として,収載誌の発行年を2000年から2010年,論文の種類を「症例報告除く」,「原著論文」,「会議録は除外」と指定した.以上@〜Bの各keywordで検索し,該当した87件のうち,本研究目的に適合した15篇を分析対象とした.
【結果及び考察】研究目的に適合した15篇の文献から,化粧療法を実施した後の認知症高齢者の変化について11項目を抽出した.その中でも特に多く認められた変化が「会話の増加」「笑顔の増加」であった.化粧療法により「会話の増加」「笑顔の増加」という変化が現れた背景には,化粧療法を実施した際の認知症高齢者の会話の内容としては,「若い頃は毎日化粧をしていた」など,若い頃のことを思い起こした内容が多かった.認知症は前頭前野が障害されると言われている.化粧行為が認知症の進行防止に対し,以下のようなメカニズムが考えられた.  つまり化粧という行為が,認知症高齢者にとって強い誘因となり,情緒に働きかけ,回想により昔の楽しい思い出を引き出させ,快の感情を高めることにつながると考えられた.  この感情を司る中枢が前頭前野にあるため,その快の感情が前頭前野の活性化つまり,この快の感情が,気分を高揚させ,意欲や自尊心の向上などこれらの状態が相乗的に影響し合って,結果的に認知状態の改善につながる可能性が考えられた.  したがって,この前頭前野が化粧により活性化された状態が,「笑顔の増加」や「会話の増加」として表出されたのかもしれない.気分を高揚し,笑顔や会話の増加につながったのかもしれない.  これらを考え合わせると,化粧療法は直接認知機能の向上に影響を及ぼしているのでなく,「会話の増加」「笑顔の増加」による前頭前野の活性化を介して,間接的に認知機能の改善に影響を与えている可能性が考えられた.
   
6月16日 京王プラザホテル本館43階ムーンライト 16:59〜17:58
神経心理A
座長: 數井 裕光(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
P-C-13 
大腿骨頸部骨折患者における認知機能低下に関する考察
橋本 洋一(苫小牧東病院老年科)
 大腿骨頸部骨折は2010年において日本全国で年間17万例の発生があったと類推されているが,その70%が立位からの転倒がその受傷原因と考えられている.今回,我々は2010年1月1日から12月31日までの1年間に当院に通院あるいは入院した大腿骨頸部骨折患者130名について,合併症の有無とADL改善度について比較検討した.対象患者130名中,性別で男性:女性=35:95と女性が男性の約3倍を占め,年齢では80歳代の女性が最多数(50名で全症例の約4割弱)を占めた.立位からの転倒の危険について,加齢に加えて過半数を占める脳梗塞,脳出血による片麻痺や血管性パ−キンソニズム(多発性ラクナ梗塞)による小刻み歩行,すくみ足等の歩行能力の低下が類推された.その一方,合併症の中で特に認知面に着目し検討した結果,視空間無視,失語,注意力障害,構成障害(コ−ス立方体テスト 40以下ではより顕著),記銘力障害等の高次脳機能障害の関与が強く示唆された.また,アルツハイマ−型認知症が約3分1を占め,記憶力,判断力,理解力の低下等(MMSE 10以下の群においてはより顕著)のため,転倒するリスクが高く,大腿骨頸部骨折の受傷の大きな原因をなしており,またADL改善の大きな阻害因子になっていることが強く示唆された.高次脳機能障害と共に認知症の存在が大腿骨頸部骨折の主要な原因であり,ADL改善の阻害因子であることを留意し,その受傷予防に取り組む必要があると思われた.  
【倫理的配慮】本発表は,大腿骨頸部骨折の発生予防の観点から,高次脳機能障害,認知症の関与に注目したが,過去の診療記録を中心に分析し,個人情報の流出に十分な配慮を払った.
  また,当事者の承諾および当院倫理委員会の承諾を得ました.
P-C-14 
健常高齢者のADAS-J cog.「単語再生課題拡張版」の成績;リストの並行性とWMS-R論理記憶との関係
佐久間 尚子(東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム)
【目的】ADAS‐J cog.「単語再生課題拡張版」の有用性を検討するため,都市在住高齢者を対象とする介入研究のベースラインデータを用いて,リストの並行性と単語再生およびWMS‐R論理記憶や他の認知課題との関係を分析した.
【方法】対象:東京都A区在住の65歳以上の全高齢者のうち4月から9月生まれで高齢者施設に入所中を除く3827人を対象とする郵送法によるアンケート調査において,自治体のウォーキング教室への参加希望を記入し,説明会にて参加同意の得られた95名(65−90歳で平均74.7歳).検査方法:自治体の会議室にて精神科医と心理検査者による個別面接検査を実施した.精神科医はCDR評価とMMSEを実施し(約30分),心理検査者は以下の認知機能検査を実施した(約60分).認知機能検査:AQT,WMS‐Rの論理記憶(直後と遅延再生),ADAS‐Jcog.「単語再生課題拡張版」,WAIS‐Vの符号および補助問題と類似,TMT‐AとTMT‐Bを実施した.実施の都合上,今回はADAS‐Jcog.「単語再生課題拡張版」の6リストのうち2リスト(以下A,B)を実施した.AB,BAの順序を対象者にランダムに割り当て,リストの提示順序を相殺した.各リストでは10単語の音読記銘とその直後再生を3回実施した.AB間にWAIS‐Vの類似を挟んで2リスト実施した.
【倫理的配慮】本研究は東京都健康長寿医療センター研究所の倫理委員会の承認を得て行われた.
【結果】CDR=0と判定された78名(男性32名,女性46名)を以下の分析対象とした.78名の平均年齢は74.1歳(65−88歳),平均教育年数は13.5年(9−20年),GDS‐15うつ評価尺度の平均得点は2.4点(0−8点),老研式活動能力指標によるIADL平均得点は12.0点(9−13点),MMSEの平均得点は28.6点(25−30点)であった.リストの並行性:正再生の平均得点は1回目A5.5,B5.7,2回目A7.5,B7.7,3回目A8.4,B8.5であった.提示順序を群間要因,リスト(A,B)と試行(3回)を群内要因とする3要因分散分析を行ったところ,試行の主効果のみ有意であり(p<.001),他は一切差がなかった.単語再生と他の認知課題の関係:最尤法プロマックス回転による因子分析を行い検査間の関係を検討した.MMSE,AQT3種(色,形,色と形)とTMT‐AとTMT‐Bの反応時間,論理記憶2種(直後,遅延),符号(粗点)と3種の補助得点(対再生,自由再生,視写),類似(粗点)の13変数に,ADAS単語再生の試行別3得点を加えた@16変数と3試行の合計点を加えたA14変数の2つの因子分析を行った.@では5因子(累積説明率65%)が,Aでは4因子(同60%)が抽出された.いずれも因子1(AQT,符号,TMT),因子3/4(符号の対再生,自由再生),因子4/5(MMSE,類似)は共通し,単語再生と論理記憶が因子2/3に分離するか1因子にまとまるかによって因子数が異なった.
【考察】ADAS‐J cog.「単語再生課題拡張版」のリストの並行性が再認された.単語再生は論理記憶とは異なる検査であるが,合計点を用いれば,論理記憶の代用となる可能性が示唆された.
P-C-15 
認知症症状と妄想の発現の契機に関する心理社会的要因;レビー小体型認知症とアルツハイマー病における検討
太田 一実(順天堂東京江東高齢者医療センター・PET-CT認知症研究センター)
【目的】変性性認知症の症状は緩徐に進行するのが特徴とされているが,実際には,生活環境の変化などを契機にして突然発現することも多い.アルツハイマー病(AD)とレビー小体型認知症(DLB)はともに代表的な変性性認知症であり,症状には共通点と相違点がある.そのため,症状発現の契機にもそれぞれ特徴があると考えられる.  また,妄想は両疾患に出現しやすい精神症状だが,ADは物盗られ妄想が多いのに対し,DLBは幻視に関連した妄想が特徴的である.我々はこれまでに,ADに物盗られ妄想が出現する心理社会的因子として,女性や,独居,神経症傾向が強い病前性格などがあることを報告したが(Murayama et al, 2009),DLBの妄想についてはまだ明らかにされていない.  本研究では,症状顕在化の心理社会的な契機について両疾患の差異を検討した.また,両疾患の妄想に関連する心理社会的要因の差異を検討した.
【方法】当院物忘れ外来において,probable DLBと診断された53例(平均年齢79.9±6.6歳),および,probable ADと診断された52例(平均年齢76.0±8.2歳)を対象とした.初診時に本人または家族が記入する質問紙によって,症状出現の契機の有無,契機の内容,同居者の有無を調査した.また,DLB群を,妄想がある14例(妄想化群)と妄想がない39例(非妄想化群)に分類し,CDR,MMSE得点,性別,同居者の有無,病前性格としての神経症傾向の有無を比較した.
【倫理的配慮】本研究は当院の倫理委員会の承認を得た研究の一部である.
【結果】症状発現の契機は,DLB群が53例中22例(41.5%),AD群が52例中12例(23.1%)にあり,χ2検定の結果,DLB群での割合は有意に多かった(p<.05).契機の内容では,DLB群に「生活環境の変化」がやや多かったものの,χ2検定の結果,有意な偏りは見られなかった.また,同居者の有無にも有意な偏りはなかった.  DLBの妄想化群と非妄想化群をCDRごとに分類した結果,χ2検定で有意傾向の偏りがみられた.特にCDR2は17例中8例(47.1%)が妄想群に含まれ,他群よりも高頻度だった.MMSE得点は,t検定の結果,妄想化群は非妄想化群に比べて有意に低かった(p<.05).性別,同居者の有無,神経症傾向の有無は,χ2検定の結果,有意な偏りはみられなかった.
【考察】本研究では,DLBはADよりも症状発現の契機が多いことが示唆された.これは,DLBがADの特徴に加えて幻視など多彩な症状を示すため,症状の顕在化につながる心理社会的な契機も多いことが一因であると考えられる.実際,有意ではなかったものの,引っ越しなどによる生活環境の変化は DLBに高頻度だった.また,DLBの幻視に関連した妄想には,認知症重症度や認知機能との関係が示唆されたものの,性別や同居者の有無,病前性格などには関係がみられず,ADの物盗られ妄想とは異なった特徴が示唆された.[本研究は平成22年度厚生労働科学研究費補助金「認知症の行動心理症状に対する原因疾患別マニュアルと連携クリニカルパス作成に関する研究」においてなされた成果である]
P-C-16 
重度認知症者の認知機能検査に関する研究;重度認知症者のための新しい認知機能検査
田中 寛之((医)晴風園今井病院,大阪府立大学総合リハビリテーション学研究科)
【目的】現在汎用されているMMSE,HDS‐Rなどの認知機能検査は重度認知症者にとっては「床効果を示す」「集中力が続かない」などの問題点が指摘されており,重度認知症者の残存している認知機能を正確に評価することが難しい.  海外では重度認知症者の認知機能を測定するためにSevere Mini Mental State Examination(SMMSE),Severe Cognitive Impairment Rating Scale(SCIRS)が開発されている.  今回の目的はSMMSE,SCIRSを用い,重度認知症者の認知機能を幅広く把握することである.
【方法】本研究は2010年11〜12月の間に介護療養型病院に入院する患者に対して行った.
対象者:DSM‐Wの診断基準に従い,病歴,症状,神経学的所見および画像所見によって認知症と診断された患者29名.
認知機能検査:各対象者にHDS‐R,MMSE,SMMSE,SCIRSを施行し,これらの評価成績とCDRの重症度分類の相関を検討することによって,重度認知症者に残されている認知機能を明らかにする.
【倫理的配慮】各検査の所要時間はおのおの約10分で対象者の疲労に配慮し,同週内の2〜4回に分割して実施した.研究計画は大阪府立大学総合リハビリテーション学研究科研究倫理委員会の承認を得た.
【結果】対象者はCDR2または3,年齢92.9±5.7歳,男性5名,女性24名であった.  各検査はspearmanの相関係数により有意な相関(p<0.001)を認めた.  表1に示すようにMMSE,HDS‐Rに比べSMMSE,SCIRSは最小値と最大値の差が大きく,標準偏差も大きい.  MMSE,HDS‐Rの成績は低得点領域に偏る傾向があったが,SMMSE,SCIRSでは成績がより散在化し,比較的高得点域の成績を示したものが多かった.SMMSEとSCIRSの成績はMMSE,HDS‐Rの低得点域の成績に焦点を当て,より高い感度で測定したものであるということができる.
【考察】SMMSEとSCIRSは既存のHDS‐R,MMSEと比較して,重度認知症者に残存する認知機能をより詳細に評価できることが示唆された.今後は対象者数を増やして検討すべきである.
P-C-17 
アルツハイマー病における脳由来神経栄養因子遺伝子多型と神経心理検査の関連性;脳由来神経栄養因子遺伝子多型の臨床的意義
永田 智行(東京慈恵会医科大学精神医学講座,DNA医学研究所分子遺伝学部門)
【背景】脳由来神経栄養因子;brain‐derived neurotrophic factor(BDNF)はシナプス間隙で分泌され,神経細胞の伸長・生存やシナプス可塑性に関わる液性タンパク質である.ヒトにおけるBDNF遺伝子多型は精神病障害,気分障害,アルツハイマー病(Alzheimer disease;AD)でその発症への候補遺伝子として調査されている.ヒトの遺伝子多型の中で,エクソン8に位置する一塩基多型(single nucleotide polymorphism;SNP)rs6265(G>A)は66番目のアミノ酸コドンをバリン(Valine;Val)もしくは,メチオニン(Methionine;Met)へ変換し機能的差異を生じる.A(Met)保有者はG(Val)保有者に比べ海馬容積低下や,健常老人で有意に認知機能低下へ関与しているとされる.本研究では,ADとamnestic‐mild cognitive impairment(A‐MCI)患者における,2か所のSNPs(rs6265,C270T)の機能的意義を検索する.
【方法】慈恵医大附属病院,および附属柏病院外来へ通院中のA‐MCI,AD患者の中で,本研究へ参加した148人から採血し,血球成分を遠心分離後,DNAを抽出した.PCR法でSNPs周辺領域DNAを増幅し,SNaPshot反応後,GeneScanを用いて標的SNPsの遺伝子型を同定した.各ゲノタイプ間における年齢,性別,罹患期間,教育年数,Behave‐AD,MMSE,FAB(Frontal Assessment Battery),CDRSBスコアを一元配置分散分析,post‐hoc検定を用いて比較した.性別はχ二乗検定を用いて比較した.P‐value<0.05を有意差があるとした.
【結果】C270T(C>T)(C/C:140,C/T:8,C/C:0)の2群間において年齢,性別,教育年数,罹患期間,MMSE,Behave‐AD,CDRSBスコアで有意差を認めなかった.一方,FABスコア(P=0.012)とその下位スコア(conflicting instruction;P=0.012,prehension behavior;P=0.009)で2群間に有意差を認めた.global CDR=1.0のAD患者を抽出し2群間(C/C:74,C/T:8)で比較したところ,同様にFABスコア(P=0.018),下位スコア(conflicting instruction;P=0.015,prehension behavior;P=0.012)で有意差を認めた.また,rs6265(G>A)(G/G:39,G/A:94,A/A:15)のゲノタイプ間でどの項目においても有意差は認められなかった.
【結論】AD患者においてC270Tは遂行機能を反映したFABスコアへの影響が示唆され,今後さらにサンプル数を増やし検討する必要がある.
【倫理的配慮】本研究は大学倫理委員会の承認を得ており,患者とその家族より文書で同意を得ている.
【利益相反】なし.
P-C-18 
日本版Montreal Cognitive Assessment(MoCA-J)とVSRADの解析結果との関連;MoCA-Jに関する基礎的検討-その1-
藤原 佳典(東京都健康長寿医療センター)
【目的】一般臨床の現場ではMCIや認知症の早期診断において,高精度かつ簡便な神経心理検査とMRI等の一般診療で実施しやすい画像検査を組み合わせたアプローチが重要である.そこで,Nasreddineら1)はMCIスクリーニング検査としてMoCA(Montreal Cognitive Assessment)を開発した.我々はMoCAを翻訳し,その妥当性・信頼性を検証し,MoCA‐Jを提示した(Fujiwara et al, 2010)2).一方,VSRAD(Voxel‐based Specific Re‐gional analysis system for Alzheimer's Disease)は我が国で開発された,早期アルツハイマー病診断支援システムであり,spatial parametric mappingを用いたvoxel‐based morphometryを自動的に処理できることから近年,臨床現場で広く用いられるようになった.本研究の目的は,MoCA‐Jの成績とVSRADの指標との関連を横断分析により明らかにすること.
【方法】対象は,2008年6月〜2010年12月に東京都健康長寿医療センターもの忘れ外来を受診した患者であり,健常群(CDR0,n=6),認知症疑い(CDR0.5,n=28),軽度認知症群(CDR1,n=21),中等度認知症群(CDR2,n=4)とした.対象者の年齢,性,修学年数,MoCA‐J,MMSE,HDS‐R,GDS(geriatric depression scale)15項目短縮版,老研式活動能力指標等を調べた.VSRADについては,MRIの検査結果を解析し,明らかな脳血管障害症例を除き,@海馬傍回の萎縮の程度,A脳全体の中で萎縮している領域の割合,B海馬傍回の中で萎縮している領域の割合,C海馬傍回の萎縮と脳全体の萎縮を各々定量的に評価した.
【倫理的配慮】本研究は東京都健康長寿医療センター倫理委員会の承認を得て実施した.尚,個人が特定できない形での検査結果に関するデータの使用について,対象者全員に同意が得らえている.
【結果】VSRAD≧1(関心領域内の萎縮がやや〜強く見られる,n=41)において,有意な相関がみられたVSRADの指標は,@海馬傍回の萎縮の程度,A脳全体の中で萎縮している領域の割合とMoCA‐J高得点(各r=−0.237,p=0.033;r=−0.260,p=0.021),MMSE高得点(各r=−0.221,p=0.048;r=−0.350,p=0.002)であった.またA脳全体の中で萎縮している領域の割合とHDS‐R得点の相関も有意であった(r=−0.282,p=0.012).一方,VSRAD<1(関心領域内の萎縮は殆ど見られず,n=18)において,VSRADの4指標は3つの認知機能検査のいずれとも有意な相関を示さなかった.
【考察】MoCA‐Jは海馬の萎縮に加えて,脳全体の広範な萎縮を反映している可能性が示唆された.
【文献】
 1)Nasreddine ZS, et al. J. Am. Geriatr. Soc., 53:695‐699, (2005)
 2)Fujiwara Y, et al. Geriatr. Gerontol. Int., 10:225‐232, (2010)
【謝辞】本研究は,平成22年度科学研究費補助金・挑戦的萌芽研究「軽度認知低下の早期発見にむけた簡易生化学マーカーの開発」(研究代表者藤原佳典)により実施した.
P-C-19 
日本版Montreal Cognitive Assessment(MoCA-J)における下位検査課題の有効性;MoCA-Jに関する基礎的検討-その2-
鈴木 宏幸(東京都健康長寿医療センター)
【目的】従来の認知症スクリーニング検査ではMCIの鑑別が困難であることが指摘されている.MCIスクリーニングを目的として開発されたMoCA(the Montreal Cognitive Assessment)の日本版であるMoCA‐Jは,感度・特異度ともに高く(93%,89%)1),認知機能の変化の検出にも有用であることが示されている2).しかしながら,MoCA‐Jには従来の検査と類似した下位検査課題が含まれており,すべての課題がMCIのスクリーニングにおいて有効であるかは明らかになっていない.本研究では,MoCA‐Jにおける下位検査課題ごとのMCIスクリーニングの有効性について検討することを目的とする.
【方法】対象:MCI群30名(CDR0.5,平均年齢77.3±6.3歳,平均教育年数11.5±3.1年),健常群36名(CDR0,76.4±3.3歳,12.3±1.3年)であった.MCI群は東京都健康長寿医療センターもの忘れ外来を受診した患者であり,健常群は研究のモニターボランティアであった.健常群においては認知機能低下を説明する精神的・神経的疾患を有していない事を確認した.また,年齢・教育年数において両群の間には有意な差が無いことを確認した.MoCA‐Jの概要:MoCA‐Jは12の下位検査課題(TMT‐B簡略版,図形模写,時計描画,命名,5単語遅延再生,数唱,ビジランス(Target detection課題),計算,復唱,音韻カテゴリ語想起,類似,見当識)から構成されており,本研究では下位検査課題ごとに得点を求めた.
【倫理的配慮】本研究は東京都老人医療センター(現東京都健康長寿医療センター)倫理委員会の承認を得て実施した.尚,個人が特定できないという形での検査結果に関するデータの使用について,対象者全員に同意が得らえている.
【結果】下位検査課題のうち,TMT‐B簡略版とビジランスを実行系課題として,図形模写と時計描画を視空間課題として,復唱と音韻カテゴリ語想起課題を言語課題として再集計し得点化した.下位課題ごとに健常群からMCI群をスクリーニングする際のROC曲線を描いた.有意であった課題のうち,5単語遅延再生が感度・特異度ともに最も高かった(87%,81%).次いで有意であった項目は,言語課題(80%,72%),類似(57%,75%),数唱(43%,86%),実行系課題(40%,92%)であった.視空間課題(30%,94%),計算(27%,81%),命名(23%,97%),見当識(23%,89%)はMCI鑑別において有意ではなかった.
【考察】MCIの鑑別に有効である課題が示された一方で,特異度を維持すると感度が低下する課題が示された.これらの課題はMCIと健常高齢者のパフォーマンスに差がみられず,軽度に認知機能が低下したとしても正答することが可能な検査であることを示唆している.
【文献】
 1)Fujiwara Y, et al. Geriatr. Gerontol. Int., 10:225‐232, (2010)
 2)鈴木宏幸他,老年精神医学雑誌,22(3):(2010)
【謝辞】本研究は,平成22年度科学研究費補助金・若手(B)「映像を利用した集団版認知機能評価検査の開発と有効性の検討」(研究代表者:鈴木宏幸)により実施した.
   
6月16日 京王プラザホテル本館43階ムーンライト 13:45〜14:30
老年精神薬理@
座長: 植木 昭紀(うえき老年メンタル・認知症クリニック)
P-D-1 
抗コリン薬は認知症の神経変性を増強するか:モデルマウスを用いた検討;P301S変異タウ遺伝子導入マウスを用いた,生化学的・病理学的検討
吉山 容正(国立病院機構千葉東病院神経内科,臨床研究センター神経変性疾患研究室)
【目的】抗コリン薬が認知機能を低下させることは知られているが,これはアセチルコリン系の神経伝導を障害することによる,機能的な作用と考えられている.しかし,一部の研究では,抗コリン薬の投与により,アルツハイマー病の病理が増強する可能性が指摘され,病態自体の促進作用のある可能性も否定できない.昨年,われわれはアセチルコリンエステラーゼ阻害薬であるドネペジルがタウオパチーモデルマウスのタウ病理,神経変性を抑制することを報告した.このことをふまえ,抗コリン薬がタウオパチーモデルマウスの神経変性を増強する可能性を考え,抗コリン薬一つでパーキンソン病にしばしば投与されているTryhexyphenidyle(TP)と過活動膀胱に対して投与され,中枢作用が比較的少ないと考えられるPilopebline(PP)をタウオパチーモデルマウスであるPS19に投与しその神経病理,生化学的変化を検討した.
【方法】われわれが開発したタウオパチーモデルマウスであるPS19(P301S変異タウ遺伝子導入マウス)に3ヶ月齢からTP,PPを投与し,10ヶ月で解剖し,病理学的,生化学的に検討した.
【結果】TP投与群では,タウ病理の増強と神経変性,シナプス変性の増強が認められた.われわれの今までの検討から,これらの神経変性の増強には炎症性の変化が重要な役割を演じていることが推定されることから,マイクログリアの活性化を検討したところ,TP投与群で明らかなマイクログリアの活性化が認められた.タウタンパクの不溶化を検討するとTP投与で不溶化の増強が認められた.タウタンパクの不溶化にはリン酸化が重要な役割を演じていることから,tau kineseの活性を検討した.GSK3β,CDK5,MAPKsの活性をみると,TP投与で亢進しており,タウのリン酸化を促進する酵素活性が上昇していると考えられた.炎症性機序の亢進が神経変性の増強に伴う二次的なものか,あるいは直接的なものかを検討するために,全身性の炎症を誘発するLPSを腹腔投与し,同時にTP,PPを投与したところ,TP投与で脾臓のIL‐1βの発現が増強し,同時に海馬の神経細胞のIL‐1βの発現も増強した.また同時に脳内のマイクログリアの活性化も生じた.これらのことから,抗コリン薬が炎症性機序を増強することにより神経変性を強めている可能性が示唆された.
【考察】抗コリン作用を持つ薬剤は非常に広範に,特に高齢者に頻用されている.一方,抗コリン薬の投与が認知機能を低下させることはよく知られた事実であるが,認知症自体の病態を促進するかどうかは明らかではない.今回の検討で,抗コリン薬が炎症性機序を促進し神経変性を増強する可能性が示唆された.アセチルコリンが抗炎症性作用を持つことが最近報告されており,今回の抗コリン薬が,おそらく中枢のムスカリン阻害より末梢性の炎症を増強することが,中枢の炎症機序も増強するのではないかと推定された.
P-D-2 
フェルラ酸・ガーデンアンゼリカ抽出物のBPSDに対する効果;前頭側頭型認知症とレビー小体型認知症の場合
木村 武実((独)国立病院機構菊池病院臨床研究部)
【目的】前頭側頭型認知症(FTD),レビー小体型認知症(DLB)の行動・心理症状(BPSD)を軽減するために,従来から抗精神病薬が使用されてきた.しかし,BPSDに対する非定型抗精神病薬の投与により死亡率が1.6〜1.7倍高まることが報告されている.特に,後期高齢者の場合は,BPSDを副作用なく軽減する抗精神病薬以外の治療法の開発が臨床現場では強く要請されている.近年,フェルラ酸・ガーデンアンゼリカ抽出物(FEL)のBPSDに対する効果の可能性が示唆されている(Brain and Nerve2010;67:787‐796).そこで,我々はFELのFTDとDLBのBPSDに対する有効性と安全性を調べるためにオープンラベル試験を行った.
【方法】当院において,臨床診断基準(Neurology1998;51:1546‐1554)(Neurology2005;65:1863‐1872)によりそれぞれ診断されたFTD10名,DLB10名を対象とした.FEL3g/日(分2)を4週間投与して,その前後のBPSDをNeuropsychiatric Inventory(NPI)で評価し,その変化をWilcoxon signed‐rank testによって解析した.また,NPI改善度を従属変数に,対象者の年齢,性別,診断,教育年数,開始時のMMSE得点,開始時のNPI得点などを独立変数として重回帰分析を施行した.
【倫理的配慮】本研究は当院倫理審査委員会により承認された.対象者あるいは家族に本研究の趣旨を説明して書面で同意を得た.
【結果】20例全例がこの研究を遂行した.副作用は認められず,血液・尿検査上の異常はなかった.FEL投与により,NPI得点は有意に減少した(投与前;28.3±9.6,投与後;17.7±9.7,p<0.001).NPI下位項目では,delusions,hallucinations,agitation/aggression, anxiety, apathy/indifference,irritability/lability,aberrant behaviorなどで有意な得点の減少がみられた.対象をFTD群とDLB群に分けると,両群ともにNPI得点は有意に減少した(FTD:投与前;32.3±11.1,投与後;22.0±10.2,p<0.01)(DLB:投与前;24.2±5.9,投与後;13.3±7.3,p<0.01).重回帰分析にて,NPI改善度と有意な相関がみられたのは,投与前MMSE得点(標準偏回帰係数:β=0.466,p<0.05)であった.
【考察】FELはFTDやDLBのBPSDを有意に改善した.この効果は,包括的で精度の高い,BPSDの評価尺度であるNPIにより確認された.一方,副作用や臨床検査の異常は認められなかった.これらのことから,FTD,DLBのBPSDに対するFELの有用性が推察される.また,重回帰分析の結果から,投与前MMSE得点が高いほどBPSDが改善しやすい可能性が示唆される.
P-D-3 
物忘れ外来の症例における抗コリン活性;無投薬の症例の検討
小西 公子(都立東部療育センター薬剤部,昭和大学横浜市北部病院メンタルケアセンター)
【はじめに】コリン欠乏性の認知症であるアルツハイマー病(AD)の症例は抗コリン(AA)の負荷に脆弱性を示す.我々は血清抗コリン活性(SAA)をAAの負荷の指標として,SAA陽性群(SAA+)は記銘力低下などの認知機能の低下(Konishi et al, Psychogeriatrics, 2010)や幻覚,妄想,日内リズム障害などの行動心理学的症候(BPSD)を呈すること(Hori et al, Neruropsychobiology, 2011)を報告してきた.また,AAがADにおいては内因性に出現し(Hori et al, Neruropsychobiology, 2011),ADの病理を進行させる可能性(Konishi et al, Psychogeriatrics, 2010)を報告した.SAAは薬剤の抗コリン活性によっても陽性となる.そこで今回,服薬のない症例を対象に,初診時にSAAを測定し,内因性のAAの存在の可能性を検討した.
【対象と方法】当メンタルケアセンターの物忘れ外来を受診し,服薬のない症例を対象に,SAAを測定し,SAA+とSAA陰性群(SAA−)間で,デモグラフィックデータや認知機能を検討した.本研究は,昭和大学の倫理委員会の承認を得た上で,対象症例の本人ないし家族に研究の趣旨を説明し,口頭および書面での同意を得た上で試行した.
【結果】全15症例中,SAA+5症例とSAA−10症例となった.SAA+の平均SAA活性は4.16nMであった.両群間で男女比,教育歴(年),発症時年齢(歳),検査時年齢(歳),罹病期間(年),MMSE得点(点),MMSEの年間低下率(点/年)に有意差は認められなかったが,SAA+はSAA−と比較して,罹病期間(年)が短く(mean(SD):SAA+1.8(2.0),SAA−6.0(6.0)),MMSEの年間低下率(点/年)が高い(mean(SD):SAA+5.3(6.0),SAA−2.1(2.1))傾向が認められた(p=0.10〜0.20).
【考察】服薬のない症例であっても,初診時に1/3がSAA陽性であり,ADにおける内因性のAAの出現の可能が示唆された.また,SAA+は SAA−と比較し,有意差は認められなかったものの,罹病期間(年)が短く,MMSEの年間低下率(点/年)に高い傾向が認められたことから,内因性のAAが認知機能の低下を促進する可能性が示唆された.AAが非特異的炎症反応と関係し,ADの病理を促進すること,アセチルコリン(Ach)は抗炎症回路を促進することから,Achの低下は抗炎症反応を抑制し,炎症反応を惹起させるために内因性のAAが出現し,ADを進行させる図式が想定され,記銘力低下がAch低下と関係があるために,こうした症例のAch低下を予防し,Achを維持するために,抗認知症薬の早期投与が必要であると考えられた.また,BPSDにて受診した症例も約1/3がSAA陽性であり,ほぼ同程度のSAA陽性率であり,SAA+の罹病期間が2.1年であるために,物忘れ外来へのより一層の早期受診を啓蒙する必要性があるものと考えられた.
P-D-4 
ハロペリドールで誘発されるラットの遅発性ジスキネジアに対する抑肝散の改善作用
関口 恊二((株)ツムラ ツムラ研究所)
【目的】遅発性ジスキネジア(tardive dyskinesia: TD)は抗精神病薬の長期投与による副作用として知られている.DA過敏説,GABA不全説,ラジカルやグルタミン酸(Glu)興奮毒性による神経変性説などが提唱されているが,未だその病因は確立されていない.近年,Miyaokaら1)は神経症,不眠症,小児の夜鳴きやBPSDなどに用いられている漢方薬・抑肝散が統合失調症患者のTDおよび精神症状を改善することを報告した.我々は,これまでに抑肝散がGluトランスポーターを介したGlu取込み改善作用やセロトニン 1A受容体パーシャルアゴニスト作用などによる神経細胞の興奮抑制作用を有することを明らかにしてきた.しかし,TDに対する基礎研究は十分に検討していない.そこで,本報ではTDモデルラットを用いて抑肝散の薬効とその作用機序としてのGlu神経の関与を検討した.
【方法】6週齢Wistar系雄性ラットに38mg/kgのHaloperidol decanoate(Hal)または対照として0.55ml/kgのsesame oil(溶媒)を4週毎に後肢筋肉内へ投与した(初回投与を0週とし,その後4,8,12および16週の5回投与).12週目でTDの指標としてvacuous chewing movement(VCM)の発現回数をカウントした.12週目で8回以上VCMを発現した動物(18匹)をその後の薬効評価試験に用いた.すなわち,選択したTD発症ラットをHal+1ml/kg蒸留水(DW),Hal+0.1g/kg抑肝散,およびHal+0.5g/kg抑肝散群にそれぞれ6匹ずつ分け,抑肝散(0.1および0.5g/kg)またはDW(1ml/kg)を12から15週目までの3週間,1日1回経口投与した.対照群(sesame oil投与群)にも同様のスケジュールでDWを投与した.これらの群はいずれも各被験薬液投与期間後の3週間,すなわち,15から18週まで投与を中止した.この間,VCM回数は毎週測定した.  線条体の細胞外液Glu量は,同様に8回以上のVCM発現動物に抑肝散またはDWを3週間投与した15週目にマイクロダイアリシス・HPLC法を用いて測定した.ダイアリシスプローブは測定の3日前に線条体(脳座標:A:+0.5,L:3.1,H:−4.5)に挿入・固定した.
【結果】対照群では試験期間を通してほとんどTDは発症しなかった.それに対しHal+DW群のVCM回数は有意に増加した.抑肝散(0.1および0.5g/kg)の3週間投与は,この増加を用量依存的に抑制した.抑肝散休薬により,改善効果は消失したが,リバウンド現象は認められなかった.また,Hal+DW群の線条体の細胞外液Glu濃度は,対照群と比べ有意に増加した.その増加は抑肝散(0.1および0.5g/kg)の3週間投与により用量依存的に抑制された.
【考察】抑肝散の3週間投与はHal誘発TDを抑制した.その作用には線条体のHalによる細胞外液Glu濃度上昇に対する抑制作用の関与が推察された.
 1)Miyaoka T, et al., Prog Neuropsycho‐ pharmacol Biol Psychiatry. 32(2008) 761‐764.
P-D-5 
高齢者の睡眠障害へのramelteonの効果;自記式アンケート結果からの検討
阿瀬川 孝治((医)三精会汐入メンタルクリニック)
【背景】高齢者の睡眠障害は頻度も多く,糖尿病,高血圧症などの生活習慣病や生活の質(QOL)と密接に関連している.その治療やケアは老年精神医学の中でも重要な課題の1つである.従来使用されている薬剤は高齢者において有害事象が出現しやすいことから,より安全な薬剤が求められていた.2010年7月にメラトニン受容体作動薬ramelteonが処方可能となり,高齢者に対する効果や安全性が期待されている.
【目的】本調査は高齢者の睡眠障害に対してramelteonの有用性の評価を行うことを目的とした.
【方法】汐入メンタルクリニックでramelteonを処方した患者に対し,服用後の評価についてアンケート調査を行った.アンケートは2010年10月1日〜同年12月28日の間に外来を受診した患者本人,または家族に主旨を説明し,理解・協力の得られた方に対して行った.質問は効果について9項目,副作用について8項目でそれぞれ5段階の選択肢を設ける選択方式とした.集計は5段階の回答をスコア化し,基本統計から全体の傾向を見た.年齢による効果の違いを見るために,65歳以上とそれ以下に対象を分け,別々に集計し比較を行った.また,他の薬との併用による効果,または副作用の傾向を見るためzolpidem,triazolam,brochizolamとの併用がある場合を別に集計し比較した.
【倫理的配慮】データ分析の段階で個人を特定できる情報を除外し,連結不可能,匿名化された情報として扱い,統計処理及び解析を行った.本報告は一般企業・団体との関連はなく,利益相反は生じない.
【結果】対象者の内訳は65歳以上が62名,その他が194名で,ramelteonを処方した患者の52%であった.ramelteon使用後の効果について効果ありとの回答は,寝つきについては65歳以上で61%,それ以下で56%,熟睡感については65歳以上で53%,それ以下で47%であった.寝つきについて65歳未満では12%が悪化したとの回答があったが,65歳以上では3%に留まった.副作用については眠気,倦怠感などほとんどすべての項目で65歳以上の方が少なく,64歳以下の方が敏感に反応している傾向が見られた.いずれの年齢層でも63%がramelteonをまた使いたいと回答した.  zolpidemとの併用がある場合,効果については日中の眠気の増加,副作用については頭痛,便秘などの強い傾向が見られた.
【考察】本研究は,ramelteonの市販後半年という短い期間でのアンケート調査であり,十分な評価が行えたとはいえない.しかし,明らかに65歳以上の場合の方が睡眠の質が向上したとの回答が多いことがわかった.また,診療にあたった医師は,寝つきや熟睡感などの睡眠の質向上について,多くの高齢者について効果があるように感じている.今後,さらに調査を進め,ramelteonの高齢者への有用性を評価していく必要を感じている.