第25回日本老年精神医学会

 
大会長
池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部脳機能病態学分野)
会 場
KKRホテル熊本  〒860-0001 熊本市千葉城町3−31
Tel:096-355-0121 Fax:096-355-7955 
URL:http://www.kkr-hotel-kumamoto.com/
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プログラム
6月24日(木) ポスター発表
 
薬物療法(1)
座長:堀口 淳(島根大学)
I-P-1  10 : 30〜10 : 40
当院における塩酸ドネペジルの5mg未満少量維持投与の実態調査
古田 光,細田益弘,中島さやか,秋元和美,山田健志(地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター精神科),粟田主一(地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と介護予防研究チーム)
【背景と目的】塩酸ドネペジルは現在日本で保険適応を通った唯一の抗認知症薬である.適応症はアルツハイマー型認知症に限られ,1日投与量は軽症〜中等症のアルツハイマー型認知症で5 mgを基本とし,重度アルツハイマー型認知症では10mg の投与が許されている.しかし,実際の臨床場面で,副作用出現のため5 mg 未満の長期投与を行わざるを得ず,かつ,臨床効果をあげている症例が多数あることは認知症臨床に携わる医師の中ではなかば常識となっている.今回我々は当院におけるドネペジル5 mg 少量維持投与の症例を検討し,ドネペジル少量維持投与の実態を明らかにすることを試みた.
【対象と方法】電子カルテの処方データを利用し,2007年4月1日から2009年3月31日の2年間に当院からドネペジルを処方された1,816名の中から,2007年以降に3 mg 錠を15日以上処方された患者194名を抽出し,カルテ調査を行った.当調査・研究は東京都健康長寿医療センター倫理委員会の承認を得て行われた.
【結果と考察】現在解析済みの結果を示す.抽出された患者のうち,物忘れ外来・精神科外来で処方を受けていた42例のうち,28名が5 mg 未満少量維持投与を施行されていた.少量長期投与の理由は,易怒性興奮,錐体外路症状,消化器症状,起立性低血圧などの副作用の出現のためであった.28名中9名はレビー小体型認知症の診断が適切な症例であった.5 mg 未満の投与でも認知面に一定の改善を示す例が多く,ドネペジル5 mg 未満の長期投与は臨床上有効かつ,忍容性の低い患者には必要な投与方法であることが示唆された.当日は他科を受診していた例についてのカルテ調査結果も合わせ,より詳細な解析結果を提示する予定である.  
 
I-P-2  10 : 40〜10 : 50
抑うつ状態で治療中に認知機能の低下をきたしドネペジルを使用した症例の治療効果
石田 渉(浜松医科大学精神神経科),星野良一(紘仁病院精神科),井上 淳(浜松医科大学精神神経科),野島秀哲,岡本典雄(岡本クリニック)
【目的】老年期の抑うつ状態と認知症の初期症状は鑑別が難しいものであるが,一方で抑うつ状態の治療中に認知機能の低下が発現し,ドネペジルを追加使用することは稀ではない.今回は抑うつ状態で治療中にドネペジルを追加使用した症例を取り上げ,ドネペジルを使用するまでの経過と治療効果を検討した.
【方法】対象は岡本クリニックを初診した時点で抑うつ状態と診断し,抗うつ薬を主とした治療を行い,その経過中に認知機能の低下が発現し,ドネペジルを使用した9例(男性1例,女性8例)である.初診時の平均年齢は73.6±7.8歳(63 歳−89歳)であった.対象の多くは初診から半年以内にCDR,Mini Mental State Examination(MMSE),Rorschach test による認知評価(RCI)による評価を受け,ドネペジルを使用した後は,全例が4 か月ごとに同じ評価を受けた.
【倫理的配慮】いずれの症例も家族に対してドネペジルによる治療の利益・不利益を説明し,本人と家族の同意を得た上で治療に導入した.特に適応外使用となるCDR=0.5 の症例についてはドネペジル投与について説明し同意を得た.また, 定期的に受診して認知機能の評価をする必要性を説明し同意を得た.岡本クリニック倫理委員会の承認を得た後に治療を行った.
【結果】初回の評価時のCDR では,3例がCDR=0,3例がCDR=0.5,2例がCDR=1,1例がCDR=2 であった.ドネペジルを使用する直前のCDR では,2例がCDR=0.5,5例がCDR=1,2例がCDR=2 であり,9例中6例でCDRが1 段階低下していた.初回の検査からドネペジルを追加使用する直前の検査までの平均期間は49.4±37.3月(9月−104月)とばらつきが大きく,4年以上が4例,2年以上3年未満が2例,1年以上2年未満が2例,1年未満が1例であった.1年未満の1例のみが抗うつ薬・抗不安薬などを中止してドネペジル単剤使用に切り替えたが,他の8例はそれまでの薬物療法を継続し,ドネペジルを追加使用した.ドネペジルを使用した後の観察期間は22.2±17.2月(4月−64月)であり,全例が現在も治療を継続している.治療効果に関しては,最終評価時点で2例がドネペジル使用直前のCDR と比較して1 段階以上の改善を示し,6例がドネペジル使用直前のCDR を維持していたが,1例ではドネペジル使用直前のCDRと比較して1 段階低下していた.
【考察】これらの結果から,抑うつ状態の治療中に認知機能の低下が発現した場合にドネペジルは認知機能の維持に有用といえるが,同時に,高齢者の抑うつ状態では,認知機能低下を見過ごさないように,定期的な評価を継続する必要性が高いといえる.
 
I-P-3  10 : 50〜11 : 00
激しい幻覚妄想,抑うつに対しミルタザピンが有効であったレビー小体型認知症の3症例
北村ゆり,白木幸子,真田順子(菜の花診療所)
【目的】レビー小体型認知症は,時に幻視幻聴とリンクした妄想を伴う激越型のうつ状態を呈することがある.これに対し様々な抗うつ剤や非定型抗精神病薬の投与が試みられ,一定の効果を認めることが報告されているが,その薬剤過敏性のために十分量を使用できないことも多い.また修正電気けいれん療法は度々有効であるが,施行可能な施設は限られている.今回激しい幻覚妄想と抑うつに対してミルタザピンを使用し,著効したレビー小体型認知症を3 症例経験したので報告する.
【倫理的配慮】ミルタザピンの使用においては新規の抗うつ薬であり,レビー小体型認知症に対する十分な知見はないことを家族に説明し同意を得た.症例については,匿名性の保持と個人情報が特定されないように配慮した.
【症例1】77歳女性.X−2年よりグループホーム入居中.入居前から被害妄想,興奮が見られたが徐々に増悪,個別ケアの提供やミルナシプラン,クエチアピン,抑肝散の投与,ドネペジルの増減を行うも効果なく,X年には毎晩独語し不眠,被害的なことを訴えて他の入居者に掴みかかるなどの行動が頻発,終日一対一の対応が必要となった.11月ミルタザピン15 mg 眠前の投与を開始,これにて週のうち半分は良眠するようになったが,「死にたい」など抑うつ的な訴えが続くため30mg に増量した.現在は独語,被害妄想の訴えはあるものの,他者に掴みかかるほど興奮することはなく,夜間も良眠している.
【症例2】81歳女性.夫と二人暮らし.X−1年初診時から幻視と共に夫についてのカプグラ妄想があり,夫に対し被害的だったが,通所を週3〜4 回利用し大きなトラブルはなかった.X年11月「足の立たない人が住み着いている」などと興奮し,深夜早朝に外へ飛び出すようになった.通所を週5 回に増やしたが状態は変わらず,「自分は消えないかん」など抑うつ的な訴えも出現したため12月ミルタザピン15 mg 眠前の投与を開始した.直後に腰椎圧迫骨折にて入院,幻視,不眠,興奮が一時増悪したが,投与4 週目には「家に住みついていた人の問題は解決した」と言い,抑うつ的な訴えや興奮は減少した.X+1年1月30mg に増量,夫に対する妄想は軽度残存するも不眠や興奮は軽快しカプグラ妄想も消失した.
【症例3】84歳女性.通所週4 回利用し,息子と二人暮らし.X−4年初診当時から幻視と共に幻聴があった.波はあるものの抑うつ的な訴えも続いていた.X−1年9月被害的,攻撃的訴えが増悪し,通所を拒否し,「毒が入っている」と拒食, 拒薬するようになった.通所先を変更したが状態変わらず,X年1月ミルタザピン15 mg 眠前の投与を開始した.投与2 週間後には通所を休むことはなくなり,抑うつ,拒否も改善した.
【考察】3 症例において明らかなパーキンソン症状の悪化や認知機能の悪化は認められなかったが,圧迫骨折が1 症例に発生しており,転倒の危険性は考慮が必要と考えられた.しかしいずれの症例においても興奮,幻覚妄想を伴う抑うつは軽快しており,レビー小体型認知症で度々見られる激越型のうつ状態に対しミルタザピンが有用であると考えられた.  
 
I-P-4  11 : 00〜11 : 10
レビー小体型認知症4症例の運動障害に対するゾニサミドの使用経験
小田原俊成(横浜市立大学附属市民総合医療センター精神医療センター,横浜市立大学医学部精神医学教室),秋山治彦(東京都精神医学総合研究所),塩崎一昌,都甲 崇(横浜市立大学医学部精神医学教室),山田朋樹(横浜市立大学附属市民総合医療センター精神医療センター,横浜市立大学医学部精神医学教室),平安良雄(横浜市立大学医学部精神医学教室)
【目的】現在,パーキンソニスムの治療薬としてLevodopa が汎用されているが,特発性パーキンソン病(PD)に比べ,レビー小体型認知症(DLB)の運動障害に対しては効果が少ないとされる.最近,わが国で開発された抗てんかん薬であるゾニサミド(ZNS)とLevodopa の併用療法がPD の運動障害に有用であることが確認され(Murataら),ZNS のPD に対する保険適応が追加となった.DLB では運動障害に加え,幻視や妄想などの精神症状を合併することが多く,薬剤に対する過敏性と併せ,治療に難渋する症例が多い.今回,われわれはDLB 4 症例の呈する運動障害に対し,Levodopa とゾニサミドの増強療法を行ったので,ここに報告する.
【対象と方法】対象は60〜78歳のDLB 4 症例(男性1,女性3).認知機能はMMSE,CDR,運動機能はUPDRSおよび,ADL はiADL またはBarthel index,精神症状はGDS およびNPI,介護負担感はZarit 介護負担尺度を用い,ZNS投与前,4 週,12 週の時点で評価した.有効性はCGI-I を用いて判定した.
【倫理的配慮】本研究の一部はZNS のPD に対する保険適応追加以前に行われており,各参加者および介護主担者から書面による同意を得ている.
【結果】Levodopa の反応が良好であった3症例において,パーキンソン症状の軽度〜中等度の改善を認めた.認知機能および精神症状に対する影響は認められず,介護負担感も減少した.Levodopa の反応が不良であった1 症例では,ZNS の効果は認められなかった.有害事象として,めまいと眠気がみられたが,減量により改善 した.
【考察】ZNS は,ドーパミン神経系に2相性の効果を有することが報告されている.すなわち,治療域用量ではラットの線条体における細胞内外のドーパミンレベルを増強し,高用量では細胞内ドーパミンレベルを減少させる.PD の運動障害に対する奏功機序として,ZNS がチロシン水酸化酵素のmRNA および蛋白レベルを増強し,ドーパミン合成能を高める(Murata ら)ことや,MAO−B 活性阻害作用を有する点が考えられているが,不明の点も多い.今回の経験から,ZNS(25 mg/日)は,運動障害に対するLD 反応性を有するDLB において,精神症状やADL の悪化を招かずに運動障害を改善する可能性が示唆された(Odawara ら).今後,LD の最適用量およびZNS 追加投与のタイミングなど明らかにしていく必要がある.
【参考文献】
Murata et al. : Zonisamide improves motor function in Parkinson disease : a randomized, double-blind study. Neurology 2007
Murata et al. : Novel therapeutic effects of the anti-convulsant, zonisamide, on Parkinson’s disease. Cur Pharmaceutic Des 2004
Odawara et al. : Administration of Zonisamide in three cases of dementia with Lewy bodies. PCN (in press)  
   
 
症例報告(1)
座長:原田和佳((医)和栄会原田病院)
I-P-5  10 : 30〜10 : 40
左内包膝部の小梗塞による記憶障害をきたした脳血管性認知症の1例
小田陽彦,長谷川典子,石川智久,嶋田兼一(兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室), 山本泰司,前田 潔(神戸大学病院精神科)
【目的】左内包膝部の小梗塞のみで記憶障害,前頭葉症状,脳機能画像における前頭葉の血流低下を呈した脳血管性認知症の1例を経験したので報告する.
【方法】脳血管性認知症患者の症例報告
【倫理的配慮】患者個人を特定できるような情報は用いず,一部病歴は改変し,プライバシーの保全に留意した.
【結果】患者:右利き,教育年数12年の72歳女性が,記憶障害および周囲への無関心などの行動異常の原因検索目的で当院入院した.元来,夫婦二人暮らし.特記すべき既往歴なし.母親が認知症(詳細不明).入院6 か月前ごろに急に口数が少なくなり,しゃべる時のどもりがひどくなった.話を自分からしなくなった.入院5 か月前に状態改善し,しゃべる時のどもりはなくなった.入院4 か月前,近医で頭部MRI 施行されるも無症候性の脳梗塞があるのみとされた.入院3か月前から著明な記憶障害を子供に気づかれたすなわち,当日の予定を忘れたり待ち合わせの時刻と場所を間違えたりすることが目立ってきた.入院1か月前,夫が土間で倒れているのに一切関心を向けることなく台所で用事をしているのを子供が発見.異様に感じた子供に連れられて当院受診,入院となった.入院時神経学的所見:意識は清明であり,脳神経に明らかな異常は認めなかった.病的反射は認めなかった.協調運動障害,感覚障害はなかった.診察場面では病識に乏しく「周りが大げさに騒ぐから連れてこられた」と言った.疎通性は良好.礼容は保たれていた.神経心理学的所見: Mini Mental State Examination (MMSE)25 点(時間−1,注意−4).Frontal AssessmentBattery (FAB) 7 点.ウェクスラー成人知能検査 (WAIS-)言語性知能指数66,動作性知能指数72,全検査知能指数67.VP discrepancy は15% 水準.検査所見:尿検査,血液検査で特記すべき所見なし.頭部MRI にて特記すべき脳委縮なし.T 2 WI にて左内包膝部に高信号域を認めた.頭部MRA にて特記すべき所見なし.脳血流SPECT にて左視床部の軽度血流低下に加えて,前頭葉の著明な血流低下を認めた.MIBG心筋シンチでは心臓交感神経機能は正常範囲.臨床経過:入院後,他患者との交流はほとんどせず.食事,排泄,更衣,入浴などの日常生活は支障なく行えたが,記憶障害に加えて,人に言われた言語を理解しにくい様子がうかがわれた.検査結果などから脳血管性認知症と診断された.
【考察】本例の梗塞は小さなものだったが,高度の前頭葉血流低下がみられ,神経心理検査上は前頭葉機能の低下が示唆された.前視床脚線維束離断による神経断絶現象の可能性が考えられる.鑑別診断としては前頭側頭型認知症が挙げられる.  
 
I-P-6  10 : 40〜10 : 50
非典型的な抑うつ状態からLewy body disease の診断に至った6例
青木悠太,周山祐大,木村元紀,諏訪浩(東京都保健医療公社荏原病院精神科),安来大輔(都立多摩総合医療センター精神科)
【background】Lewy body disease(LBD)は変性疾患による認知症の下位分類の中で第2の有病率であり,α-synuclein であるレヴィ小体が細胞内に蓄積することがその病態である.LBDでもレヴィ小体がどこに優位かで臨床像は大きく異なり,錐体外路症状が目立たない場合や抑うつ状態を呈すことがある.抑うつ症状を主訴に当科を受診し,非典型的な経過中にLBD の診断に至った6例を報告する.
【method/aim】現在当院精神科通院中のLBDの患者の診療録をreview し,抑うつ気分を訴えて来院した症例の来院時の症状ならびにその後の経過について検討する.尚,報告するにあたり倫理的問題の生じないように十分な注意を払った.また,診療録の照会に際しては匿名化を行い,個人情報の保護にも努めた.
【results】6 症例(75歳及び80歳:男性,66歳,70歳,75歳及び76歳:女性)で初診時の主訴が抑うつ気分であった.6症例ではいずれも不安焦燥が強く心気的・妄想的であったが思考制止が軽微であるなどの非典型的な状態を呈していた LBD の診断に至るきっかけとなったevent となったきっかけとしては,3例でdopamine antagonist 作用に対する感受性が非常に亢進していると臨床的に示唆されたためであった.他には,精神病症状を伴ううつ病と考えられても幻視中心であるもの,睡眠障害の重症度のアンバランスさ,不安感の訴えの異質さなどからLBD が疑われた. いずれの症例でもSPECT では後頭葉の選択的血流低下を認め,MIBG 心筋シンチで平均H/M1.58/1.50(SD 0.11/0.15)とup take の低下があった.また,来院時は大うつ病によると考えていた日内変動も定まった形のものではなく,Revised criteria for the clinical diagnosis ofdementia with Lewy bodies 2005(以後criteria2005)のFluctuating cognition with pronouncedvariations in attention and alertnessを満たしprobable DLB の診断となった.
【conclusion】Criteria 2005 のsupportive feature にあるdepression は,必ずしも典型的な大うつ病の症状であるとは限らない.非典型的なうつ状態を見た場合はパーキンソニズムや注意や意識の変動がないか注意を払う.大うつ病の日内変動として見過ごされている症例もあると思われる.当院で経験した非典型的な抑うつ症状を呈したLBD の症例ではSPECT や心筋シンチの核医学検査が有用であった.非典型的症状/経過をたどる老年期のうつ病を見た場合はLBD の可能性も検討するべきである.  
 
I-P-7  10 : 50〜11 : 00
頭部CT 画像からアルツハイマー型認知症の合併を危惧した統合失調症の一例
鈴木竜世(桶狭間病院藤田こころケアセンター)
【はじめに】統合失調症の患者が高齢化するに従い,認知機能の低下も進行する.その際に,統合失調症による認知機能の低下であるのか,もしくは認知症の併発であるのかに悩む.治療としても,アリセプトを併用するべきであるのかどうかということが変わってくるため,判別が望まれる.症状による違いは,認知症であっても幻覚・妄想が出現するし,統合失調症でも認知機能障害が言われており,その相違は時として難しく感じる.そこで,頭部CT にて脳委縮の概要をつかみ,診断の補助として用い,頭部CT にて海馬の萎縮が高度であればアルツハイマー型認知症併発の可能性が高いのではと考えていた.しかし,今回,頭部CT での海馬委縮は認めるが,長谷川式では認知 症はみられなかった症例を経験したので,一例報告をする.
【症例】71歳男性.同胞9 人の末子.短大卒業後,職を転々としていた.48歳時に「テレパシーで命令される」という精神症状が出現し,精神科初診.以降入退院を繰り返している.治療薬はオランザピンを主剤としている.共同住居に入所していたが,「故郷の京都で暮らしたい」といって,無断で共同住居を出ていき徘徊しているところを保護されたり,「職員にお金を盗られた」と言って不穏になる状態が続き,頭部CT で海馬の高度の萎縮がみられ,認知症の併発を疑った.そこで長谷川式簡易知能スケールを実施したが,26 点あり,ADAS の得点も10 点であった.このため,病状の主体は統合失調症であると再確認をした.
【考察】統合失調症患者が高齢化するに従い,認知機能の低下が進行する.その際に海馬の萎縮が高度であれば,アルツハイマー型認知症の併発を考えることが必要かと考えていた.しかし,今回の症例から,海馬の萎縮が必ずしもアルツハイマー型認知症を示唆しえないことを再認識した.近年統合失調症やうつ病においても海馬の萎縮はしられている.このことからも,海馬の萎縮がすぐにアルツハイマー型認知症を示しえないことが考えられる.今後,統合失調症と認知症の認知機能の低下の相違についてさらに検討することが重要と考える.なお,当日は,統合失調症とアルツハイマー型認知症の長谷川式簡易知能スケールの得点,ADAS の各項目の得点分布の違いについても提示して検討する.  
 
I-P-8  11 : 00〜11 : 10
頭頂葉に血流低下のみられたコタール症候群の1症例
山本 孝(医療法人栗山会飯田病院)
【はじめに】老年期うつ病のなかには顕著な精神病症状を伴い,診断や治療方針に迷う例がみられる.本症例は,うつ病で治療中に精神病症状が出現し,重篤な否定妄想に発展して入院治療を要した.入院時に施行したSPECT で著明な頭頂葉の血流低下がみられ,皮質基底核変性症などとの鑑別を要したが,本症例では臨床経過とSPECT 画像において可逆性の変化がみられた.
【倫理的配慮】本症例の報告に当たっては,個人が特定されないように配慮し,匿名化した発表において本人および家族に対して同意を得た.
【症例】71歳女性.X−4年に不眠,倦怠感,食欲不振,口渇等の愁訴で当科を受診して外来通院をしていた.心気的訴え(身体のしびれやふるえ,口渇,耳鳴り等)が目立ち,同居の夫に依存して過ごしていた.当院神経内科に紹介するも明らかな神経学的異常はみられなかった.X−3年に意欲低下や倦怠感とともに,一過性に幻聴のエピソードがみられた.身体の揺れや,勢いよく横になったり,上肢を動かす動作もみられた.X−2年に監視カメラで見張られてる,無線やカセットテープで悪口を流されるなどの症状が出現したが2ヶ月で消退した.X−1年にも同様の被害妄想や幻聴が再燃したが,2 ヶ月で消退した.同年末に夫が事故で入院して独居となった.X年抑うつ状態や幻聴が悪化して入院した.
【入院経過】頭部MRI では軽度の萎縮がみられた.脳SPECT で著明な頭頂葉の血流低下がみられた.上肢の粗大な振戦様の動きや,後ろに倒れたりする等の動作がみられた.「死んじゃった,死んじゃった」との言動を繰り返し,鼻と耳にティッシュペーパーを詰めて床に横たわったまま,食事も自発的に摂れない状態が続いた.夫や家族のことを尋ねても死んでいると否定した.入院後,アモキサピン,リチウムを中心に薬物調整するも改善せず,最終的にクエチアピンに切り替え,最大385 mg まで増量した.回復した夫が退院して本人の見舞いにも少しずつ訪れるようになった入院5 ヶ月目頃より症状が徐々に改善し,クエチアピン240 mg で維持をした.X+1年に入りSPECT を再検したところ,頭頂葉の血流低下部位の改善がみられた.体力低下はみられたが,幻覚,妄想は消退して意欲が回復し退院を希望したため,支援体制を整えて退院した.現在は夫と自宅で生活をして外来通院を続けている.
【考察】本症例では入院して4 ヶ月間は疎通不良で,本人自身のみならず夫や家族など全てに対し否定する言動しか発せず,コタール症候群の中心症状と考えられた.認知機能の悪化より認知症との鑑別を要したが,形態,機能の両画像とも非特異的であった.皮質基底核変性症は,前頭葉後部から頭頂葉に比較的限局した萎縮がみられる変性疾患であり,振戦や不随意運動,平衡障害や他人の手徴候など,本症例と類似した症状がみられ鑑別を要したが,本症例では,SPECT と臨床症状で可逆性の変化がみられたことより否定された.今後も臨床経過の推移を観察し,認知機能や画像などでの評価をしていく必要がある.  
 
I-P-9  11 : 10〜11 : 20
脳形態画像検査では異常が認められなかった高次脳機能障害の一例
米村公江,服部卓,須田真史,青山義之,岡野美子,藤原和之(群馬大学医学部附属病院精神科神経科),宮永和夫(ゆきぐに大和病院)
【はじめに】交通外傷後に生じた脳器質変化に基づく様々な精神医学的問題は,近年「高次脳機能障害」として周知されるようになってきた.行政用語ではあるが,器質性精神障害を認識してもらえる用語として有用と思われる.しかし,精神科,神経内科,脳外科以外の科では,まだ周知が不十分で,特に脳形態画像検査にて異常が軽度な場合は,この障害が見過ごされることも多い.今回,交通事故後遺症として耳鼻科にて嗅覚障害・味覚障害の加療を受けていたが,夫婦間トラブルがあったため,精神科に紹介となり,検査の結果,高次脳機能障害が明らかになった症例を経験したので報告する.
【倫理的配慮】発表に当たっては,発表の趣旨に影響しない情報は変更し,個人が同定できないよう倫理的な配慮を行い,御本人の承諾とともに,行った検査等については群馬大学医学部臨床試験審査委員会の承認を得ている.
【症例】X年9月自家用車の後部座席に乗っていた際,左側から飛び出してきた車に衝突され,その衝撃で,車ごと右側にあったコンクリート製の柱に激突するという事故にあった.軽度意識障害,外傷性クモ膜下出血,眼窩下壁の吹き抜け骨折を含む多発骨折,肺・肝挫傷により,HCU に入院となった.いずれも保存的治療により改善をみて,約1 ヶ月に,リハビリテーション目的で転院,約4 ヶ月のリハビリテーションを受け,X+1年2月,退院し自宅に戻った.脳外科からは脳器質的な異常は残っていないと説明されていた. 味覚・嗅覚障害が残存するため,耳鼻科には定期通院をしていた.退院後,主婦としての日常生活はできていたが,夫との間でトラブルが増加していた.X+2年,本人が別居を希望し実家に戻るという状況になり,耳鼻科主治医から,このトラブルに精神科疾患が関与していないかの判断を求められ,当科受診となった.診察時,多弁,話の繰り返しが多かった.日常生活レベルでの困難はなかったが,病前の社会活動には戻れていなかった.夫に対して「どうしても夫だという実感が湧かない,知らない人のように感じる」という違和感を語った.些細なことで怒りっぽくなるという性格変化はご自身でも自覚していた.
【検査結果】神経心理検査では,前頭葉機能障害とともに,記銘力障害がみられた.頭部MRI 検査では,特記すべき異常がなかったが,脳血流SPECT 検査にて,両側頭頂葉・海馬の血流低下,下部前頭葉での集積低下が認められ,これらが,現在の精神症状に関与している可能性が示唆された.
【考察】通常の脳形態画像検査で異常が認められない場合でも,詳しい神経心理検査や,脳機能画像検査にて異常がわかるとことで,障害を客観的に評価できることがある.その結果を,御本人を含めて周囲も共有することで,生活上の困難を軽減していける可能性が大きい. 
   
 
地域医療
座長:田子久夫(福島県立医科大学)
I-P-10  10 : 30〜10 : 40
「総合上飯田第一病院」における「物忘れ外来」(老年精神科)の現状と特徴;認知症専門外来開設の経験と1年経過後の問題点について
鵜飼克行(総合上飯田第一病院老年精神科・緩和ケア科)
総合上飯田第一病院(以後,当院)は,名古屋市北区に位置する病床数225 床の総合病院である.規模としては中小病院に属するが,23 の専門科を有する2 次救急指定病院であり,救急医療を含めた地域の中核的な役割を担っている.2008年7月に演者が当院に赴任して,精神科医一人(いわゆる,一人医長・部長)で,初めて「老年精神科・物忘れ外来」(以後,当科)を開設した.ちなみに演者は,精神保健指定医・精神科専門医・認知症学会認定専門医・老年精神医学会認定専門医の資格を有している.さらに,演者には当院赴任以前に,愛知県内の某中核病院において癌緩和ケアチーム(以後,PCT)立ち上げから3年間以上に亘り,緩和医療・緩和ケアに携わってきた経験があり,そのため当院でも入院患者の癌緩和ケアを担当することになった.このため,PCT を新たに立ち上げて,同年12月に当院においてもPCT を稼動させるに至った.これらに加えて,精神科リエゾン・コンサルテーション(精神科の全領域を含む)や,職員への産業医・メンタルヘルス活動が,現在の演者の主な仕事である.これらの役割の中で,今回は,演者の主要な仕事である「物忘れ外来」創設の経験から浮かび上がった現在の老年精神科診療上の一般的な問題点と思われることを,当科の現状および特徴と併せて,報告する予定である.  その主な論点を以下に箇条書きにして示すが,これらはお互いに密接に影響しあっている問題でもある.
1 .職員の「精神科」医療への理解と不安,その影響.
2 .「認知症診療」への身体科医師の理解.
3 .「精神科」開設による身体科救急医療への影響とその対策.
4 .地域医療連携上の役割と問題点.
5 .認知症についての職員・救急隊員・地域への啓もう活動の必要性.
6 .院内採用薬剤と医療安全上の問題.
7 .いわゆる「ひとり医長・部長」問題,その1.医療レヴェル上の問題.
8 .いわゆる「ひとり医長・部長」問題,その2.医療システム上の問題.
9 .いわゆる「ひとり医長・部長」問題,その3.体調管理上の問題.
10.いわゆる「ひとり医長・部長」問題,その4.外来スタッフ教育.
11.「認知症外来」の医療経済上の問題.
12.精神科医療と電子カルテ.
13.「診療予約制」と待機期間の問題.
14.「認知症救急」について.
15.認知症の身体合併症医療について.
16.専門病棟を持たない「物忘れ外来」の限界性.
 
I-P-11  10 : 40〜10 : 50
関西医大附属滝井病院精神科病棟における認知症患者の現状
吉村匡史,織田裕行,杉本達哉,西田圭一郎,田近亜蘭,嶽北佳輝,鈴木美佐(関西医科大学精神神経科学教室),吉田常孝(在ニューヨーク日本国総領事館),木下利彦(関西医科大学精神神経科学教室)
人口高齢化の更なる進行に伴い,認知症疾患の患者数も今後なお増加する.認知症に罹患することは身体疾患への罹患率を上昇させると考えられる.身体疾患に罹患した認知症患者においては,せん妄をはじめとした精神症状の合併が珍しくない.したがって,認知症医療における総合病院精神科の役割は今後更に重要となることが予想される.今回演者らは,われわれが所属する施設(関西医科大学附属滝井病院)の精神科病棟(以下,当病棟)を例にして,総合病院精神科病棟における認知症患者の現状を報告する.当病棟は39 床から成り,そのうち閉鎖病棟は25 床である.報告の対象は,当病棟を2007年1月から2008年12月の2年間に退院した338例のうち,退院時に認知症との診断がなされていた56例(男性18例,女性38例;退院時の平均年齢72.3±8.0歳;平均在院日数75.0日)である.認知症の原因となる疾患の内訳は,アルツハイマー型認知症(AD)27例(48.2%),前頭側頭葉変性症(FTLD)19例(33.9%),血管性認知症(VD)7例(12.5%),アルコール性認知症3例(5.4%)であった.また,入院の主たる目的の内訳は,BPSD 治療が39例(69.6%),身体合併症治療が12例(21.4%),認知症か否かの鑑別診断が3例(5.4%),介護者の入院などの介護上の問題によるものが2例(3.6%)であった.また,認知症の原因疾患別に主たる入院目的をみると,AD 27例の中ではBPSD 治療が17例(63.0%),身体合併症が8例(29.6%)などであるのに対して,FTLD 19例においては,BPSD 治療が15例(78.9%),身体合併症治療が1例(5.2%)などであった.当病棟での認知症患者の現状にみられる特徴として,認知症の原因疾患はAD に次いでFTLD が多くの割合を占めたことが挙げられる.この結果は,一般の認知症患者においてみられる現象と異なっている.また,AD の身体合併症治療目的での入院はAD 全体の約30% を占めるのに対して,FTLD における身体合併症治療目的での入院は5.2%(1例)に過ぎず,FTLD 患者の約80% はBPSD 治療目的であることから,FTLD においては他の認知症疾患と比べてBPSD が問題となりやすいことが確認された.  
 
I-P-12  10 : 50〜11 : 00
一地域で民間精神科病院が認知症医療に果たせる役割について;当院における平成21年度認知症新患の分析
近藤 等(医療法人朋心会旭山病院)
【目的】地域における認知症の早期発見・早期の医療機関への受診の促進は全国的に取り組まれている課題である.国の方針としては上記課題の達成のため,認知症疾患医療センターと地域包括支援センターが車の両輪となり,さらに日常の認知症医療はかかりつけ医(主に内科開業医が想定される)が担うことになっている.しかし認知症疾患医療センターが演者の属する地域にはなく,他地域のセンターまでも遠い.認知症の専門医も地域に少なく,当院にはある程度の認知症疾患患者が受診してくる.当院には頭部CT などの検査設備もなく,他の医療機関にその都度依頼している状況であり,また病棟も認知症専門病棟ではなく一般の精神科病棟であり,提供できる医療には限界がある.当院の認知症疾患の外来受診状況を通して,当地域の認知症医療の現状を考察する.
【方法】演者の所属する病院(医療法人朋心会旭山病院,以下,当院.宮城県大崎市鹿島台にある100 床の精神科病院.)の平成21年度(2009年4月1日〜2010年3月31日)の認知症新患受診者のプロフィールの統計をとり分析する.
【倫理的配慮】個人情報の保護等に十分配慮し報告する.
【結果】2009年4月1日〜抄録提出時点の2010年2月22日までの間に演者が診た新患患者は224 人,うち認知症の鑑別診断や治療のために受診した患者は169 人であった(当院では認知症の新患は演者が行うことになっている).男性57人(33.7%)で平均78.2歳(58歳〜92歳),女性112 人(66.3%)で平均80.5歳(62歳〜101歳).全体の平均年齢は79.7歳であった.演者が大崎市(田尻を除く)と加美郡加美町の行政による認知症相談の相談医を勤めている関係で認知症に関しては両地域内から来ている患者が多い(103 人,60.1%)が,そもそも両地域はかなりの広範囲である.ついで隣接する遠田郡から48 人(28.4%).受診経路は他院から紹介が65 人(38.5%),うち精神科からは4 人.演者が以前上記相談を受けた患者が11 人.行政機関ないし保健師,あるいは地域包括支援センターからの勧めが18 人.ケアマネージャーからの依頼が16 人,入所施設からの依頼が17 人,既に当院に通院している患者の家族が5 人などであった.診断は169 人のうち128 人(75.7%)が認知症であった.内訳はアルツハイマー型認知症が92人(うち混合型が8 人)で認知症の71.9% を占めた.ついで血管性認知症26 人,FTD が4 人,DLBD とNPH がそれぞれ3 人だった.認知症以外ではMCI と妄想性障害がそれぞれ6 人,うつ病と精神遅滞がそれぞれ4 人などである.当日は対象を2010年3月31日までの新患受診者に広げて報告する.認知症の重症度やその後の通院,入院,他院紹介状況なども分析し,地域の認知症医療において,当院の果たせる役割とその限界などについて考察する予定である.  
 
I-P-13  11 : 00〜11 : 10
要支援高齢者が在宅生活を継続するための支援の検討;認知症介入評価プログラム(TDAS)を用いて
福田敏秀(社会福祉法人こうほうえん,鳥取大学大学院医学系研究科保健学専攻病態解析学分野),浦上克哉(鳥取大学大学院医学系研究科保健学専攻病態解析学分野
【はじめに】現在,わが国において認知症は65歳以上の10 人に1 人の頻度でみられると考えられているが,認知症ケアに関しては明確な対応策は打ち出されていない.行動障害等が重度化しなければ医療や介護につながらないのが現状である.認知症を早期発見し専門職者が介入できれば高齢者の在宅生活はより継続する.しかし,在宅高齢者の認知機能調査は容易でなく他の検討をみても困難性がうかがえる.そこで今回,高齢者の認知症を客観的に評価するために認知症介入評価プログラム(TDAS, Touch Panel Type DementiaAssessment Scale)を用いて検討した.
【方法】対象者は2008年5−6月の間,Y 市S 地域包括支援センター管轄内で介護保険要支援1または2 判定の在宅高齢者(以下,要支援者という)31 人である.彼らに対してTDAS による認知機能評価と要介護認定調査(基本調査)2 から5群を用いたADL 評価を行った.また,同時に同居家族に対して一部改訂したZarit 介護負担感尺度による調査を行った.TDAS は世界的に有効性が認知されているADAS(Alzheimer’sdisease assessment scale)をタッチパネル式コンピューターを用いて簡単に施行できる.本調査は6 ヶ月間隔で行う追跡調査であり,第1 回調査2008.5−6月,第2 回調査2008.11−2009.1月,第3 回調査2009.5−6月,第4 回調査2009.11−12月に行った.倫理的配慮として,本研究を行うにあたり鳥取大学医学部倫理審査委員会の承認を得た.
【結果】TDAS 得点を「正常」,「MCI」,「認知症」レベルに分類し第1 回調査から第4 回調査の経過によりグループ化したところ,第1 回,第4回調査ともに「正常」レベル者のADL に有意な低下がみられた(p<.05)(図1).
【考察】要支援者のうちTDAS 得点において「正常」レベルを維持した者のADL 低下が明らかとなった.彼らは認知機能を保ちながらも経過とともに身体機能が低下し在宅生活が困難となっていくと推察できる.要支援者の認知機能とADL は 密接に関係しており,特にTDAS「正常」レベル者のADL 維持に対する支援の必要性が示された.このことから,認知機能レベルに応じた支援は要支援者の在宅生活をより促すと考えられる.しかし,要支援者のTDAS 得点をみると彼らの異常値は何れも軽度であり,問診だけで認知機能レベルを見極めるのは難しいケースがほとんどであった.要支援者の在宅生活を継続するために専門職者は認知症の存在とADL を関連づけて支援する必要がある.TDAS は簡単に行える認知症の評価法であり認知症のアセスメントの際有用と思われる.  
 
I-P-14  11 : 10〜11 : 20
地域における認知症予防教室のプログラム内容と効果の検討
伊藤靖代,浦上克哉(鳥取大学医学部保健学科),小椋善文(米子市長寿社会課),井上仁(鳥取大学医学部保健学科,鳥取大学総合メディア基盤センター),河月 稔,安田絵里(鳥取大学医学部保健学科)
【目的】T 県では地域在宅高齢者を対象に,各地域で認知症予防教室が実施されている.教室では様々なプログラムが行われているが,どんな事をどの程度行うのが効果的なのか,根拠を持って決定されているわけではないのが現状である.そこで,T 県内のA 市で行われている認知症予防教室の効果を多角的に評価し,教室のプログラム内容による効果の違いを検討することを目的に調査を行った.
【方法】対象は,A 市内6 地区の平成21年度認知症予防教室事業への参加者93名(男性6名,女性87名,平均年齢77.5±6.9歳)である.なお,教室への参加は,事前にタッチパネル式簡易スクリーニング法にて,「物忘れ相談プログラム」 と認知症介入評価法である「TDAS」の2 つのテストを受け,決定されている.調査項目は,予防教室プログラムの内容,教室開始時および終了時の認知機能評価(「物忘れ相談プログラム」と「TDAS」),参加者の主観的評価として教室最終日に実施したアンケート,とした.認知機能評価について,教室開始時と終了時との比較には,対応のあるt 検定およびウィルコクソンの符号付順位検定を用いた.統計解析にはSPSS 13.0 J for Windows を用い,有意水準を5% とした.
【倫理的配慮】本研究は鳥取大学医学部倫理審査委員会の承認を得て行った.対象者に番号を付し,個人が特定されないよう配慮した.
【結果】予防教室プログラムの内容は,全身を使った体操やストレッチなどの「全身運動」,口腔体操や指体操などの「部分運動」,ゲームなどの「レクリエーション」,「創作」,事前の計画も含む「外出」,あいさつや茶話会などの「その他」に分類した.6 地区の内容別割合では,地区1で全身運動が43.4%,地区6 で創作が41.6% と多く実施されていた.地区2・3・4 は外出以外の内容はほぼ同様の配分であった.地区5 は全身運動と部分運動を合わせても6.2% と少なかったが,他の内容はほぼ同じ割合ずつ実施されていた.認知機能評価のうち,「物忘れ相談プログラム」は,教室開始時が平均12.3±1.9 点,終了時が12.9±2.4 点で有意な増加を示した(p=0.02).地区別にみると,地区4 と5 において有意に増加していた(p=0.002,0.008).また「TDAS」は,開始時が平均10.0±9.3 点,終了時が7.4±6.8点で有意に減少していた(p=0.008).地区別では,地区2 と5 において有意に減少していた(p=0.028,0.027).参加者の主観的評価では,認知症の予防効果が「とてもあった」,「ややあった」と回答したのが合わせて94.5% であった.一方,認知症に対する不安は「ややある」,「とてもある」を合わせて63% であった.回答割合に地区による大きな違いはみられなかった.
【考察】予防教室のプログラム内容を地区ごとに検討した結果,運動や創作等に偏りの少ない地区において認知機能が有意に改善していた.実施するカテゴリーごとのバランスやバリエーションが,認知機能の改善に影響している可能性があると考えられる.  
   
 
薬物療法(2)
座長:谷向 知(愛媛大学)
I-P-15 14 : 30〜14 : 40
うつ状態を伴う超高齢者の認知機能に与えるFluvoxamine 単独投与の効果;初診時と一年後のMMSE の比較から
小西公子(東京都立東部療育センター,昭和大学横浜市北部病院・メンタルケアセンター),堀 宏治(昭和大学横浜市北部病院・メンタルケアセンター)
【はじめに】我々は加齢の影響で,アルツハイマー病(AD)の行動心理学的症候(BPSD)は気分症状が幻覚・妄想,攻撃性と結びつくことを報告した.また,幻覚・妄想や攻撃性が存在する場合AD は進行が早いとされており,AD の幻覚・妄想や攻撃性を制御することは介護困難の観点のみならず,AD の進行防止の観点からも重要と考えられる.一方で,我々は85歳以上の超高齢で記銘力低下,不安,抑うつ気分,妄想などを伴う症例に対して抗認知症薬を投与すると,逆に不安感や抑うつ気分を増強させることをあり,抗うつ薬Fluvoxamine のみで幻覚・妄想や攻撃性が良好に制御される症例を報告した.こうした症例において家人の話では認知機能も改善されている印象を持つとの供述をえている.そこで,今回,うつ,不安状態,幻覚・妄想や攻撃性がFluvoxamine のみで良好に制御されている超高齢者の服薬前と一年後の認知機能を調べ,Fluvoxamine 単独投与による認知機能の効果を検討した.
【対象と方法】もの忘れ外来を受診し,記銘力低下の他抑うつ気分,不安感を訴えた超高齢者で,Fluvoxamine 単独投与によりうつ,不安状態が改善された5 症例とした.なお,加齢の影響から気分症状が幻覚・妄想,攻撃性と結びとする過去の我々の報告から,加齢の影響を強く受ける超高齢者においては幻覚・妄想,攻撃性もうつ,不安状態の表れと解釈し,こうした症状の改善もうつ,不安状態の改善と解釈した.初診時(Fluvoxamine 単独投与前)と初診後一年後(投与一年後)の認知機能をMMSE にて評価し,Wilcoxon の符号付順位検定にてFluvoxamine 単独投与前と投与一年後の認知機能を比較した.なお,本研究は昭和大学の倫理委員会にて承認を受け,対象は本人および家族に研究の主旨を十分に説明した上で,同意を取得しえた症例のみとした.
【結果】1 症例を除き,4 症例でFluvoxamine 投与一年後のMMSE 総得点は投与前のMMSE 総得点より高値であった.Fluvoxamine 投与前の平均MMSE 総得点は20.00 点であったのに対し,Fluvoxamine 投与一年後の平均MMSE 総得点は20.20 点であった.Wilcoxon の符号付順位検定では,p=0.4982 で有意さは認められなかった.
【考察】Fluvoxamine 単独投与により,記銘力低下を伴った超高齢者のうつ,不安状態(幻覚・妄想や攻撃性も含める)が改善された症例において, 全症例の平均得点では有意な改善が認められなかったが,5 症例中4 症例で認知機能の改善が認められた.このために,一部の超高齢者の認知機能低下にはセロトニン伝達機能の低下との関連性も示唆された.これは,うつ状態に伴い認知機能も低下するいわゆる仮性認知症と関係するものと考えられ,実際に,超高齢者においては抗うつ薬の単独投与にるうつ状態の改善に伴い,認知機能も改善することが示唆された.  
 
I-P-16  14 : 40〜14 : 50
顕著なうつ状態にセルトラリン(sertraline)が奏効した血管性認知症の1例
岩崎真三(医療法人社団浅ノ川桜ヶ丘病院)
【はじめに】血管性認知症の臨床経過中に発現した顕著なうつ状態にセルトラリン(sertraline)が著効した1例を経験したので報告する.なお,当学会での発表に際しては,その目的を患者および保護者に十分に説明したうえで,書面による同意を得た.
【症例】症例は80歳の女性.X−8年より高血圧を合併し,降圧剤を服用している.X−6年に夫と死別した頃より,ごく軽度の物忘れが認められるようになったが,日常生活に支障はなく独り暮らしを続けていた.X−4年2月に自宅で倒れて いるのを発見されてA 病院に入院し,精査の結果,多発性脳梗塞と診断された.頭部MRI では,右放線冠を中心に深部白質にラクーナ梗塞像と顕著な側脳室周辺の動脈硬化性変化が確認され,軽度の左不全片麻痺の後遺症を残した.その後,同病院でリハビリ治療が開始されたが,失見当識および記銘記憶障害が急速に進行し,認知症を呈するようになった.同年7月頃より物盗られ妄想,介護抵抗や暴言などのBPSD が出現したため,同年8月にB 病院精神科に転院した.クエチアピン:50 mg/日,チアプリド:50 mg/日を中心とした薬物療法でBPSD は速やかに消褪したが,徐々にADL の低下を認めた.そのため,X−3 年3月よりC 特別養護老人施設に入所したのを契機に,当院での外来治療に切り替えられた.初診時,表情は穏やかで,顕著な失見当識と記憶障害はあるものの,BPSD は内服でコントロールできており,HDS-R は11 点であった.その後は,チアプリドを抑肝散に変更し,比較的落ち着いた良好な経過を辿っていたが,X−8年中旬より,「ごめんなさい,ごめんなさい,世界中の皆さんごめんなさい,迷惑をかけてごめんなさい,許してください」と罪業的な内容を喋り続け,不安・焦燥が顕著なうえ,徐々に抑うつ気分,意欲 発動性減退とともに不眠,拒絶,拒食(自殺念慮をを含む)も認め,顕著なうつ状態を呈した.セルトラリン:25 mg/日の投与を開始したが,施設での対応が困難となり,同年8月18日に当院に入院した.入院時のHAM-D:25 点で,中等度〜重度のうつ状態を呈し,うつむいたままの暗い表情で,特に罪業感と拒絶が著しかったため,補液とともにセルトラリン:50 mg/日まで増量した.増量3日後より拒食は改善し,増量1週後より徐々に罪業妄想にともなう言動は減少し始め,増量後約2 週でほぼ完全に消失した.その後,うつ状態は速やかに改善し,増量1ヵ月後には寛解した(HAM-D:3 点).施設への外泊を 繰り返し,入院2 ヵ月半で施設に再入所した.退院後は外来通院と服薬を継続しており,認知症の改善はないものの,少なくとも4 ヵ月以上はうつ状態は寛解したままで,快適な生活を維持できている.
【考察】血管性認知症に伴ううつ状態や血管性うつ病の薬物療法においては,SSRI やSNRI が第一選択薬とされており,フルボキサミンやミルナシプランでの有効症例の報告が散見される.セルトラリンは本邦で発売されている抗うつ剤の中で,最も服薬継続率が高いうえ,抗コリン作用,鎮静作用,離脱症候群および消化器症状や眠気などの副作用が少ないことから,今回選択したわけであるが,脳血管性うつに対しては,十分な抗うつ効果を示し,効果発現も迅速で,副作用も認めないことから極めて有用性の高い薬剤と考えられた.  
 
I-P-17  14 : 50〜15 : 00
抑肝散の投与を試みた老年期,初老期の感情障害の2例
青木岳也,土屋直隆(医療法人扶老会扶老会病院)
【目的】抑肝散は認知症のBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)に対する効果で知られているが,最近は他の精神・神経疾 患に対する有用性も報告されている.今回,老年期,初老期の感情障害,特に躁状態に対して同薬の投与を試行した2 症例を報告する.抑肝散の作用機序に関しては解明されていないことも多いが,過鎮静などの有害事象を生じにくいため,今後の高齢者に対する薬物療法の選択の幅を拡げるものと思われる. 【方法(検討した症例)】症例(1)82歳女性:X−16年頃に一度,軽躁状態を呈したことがある.その後,数か月に一度の頻度で多弁・多動,観念奔逸,精神運動興奮など軽躁状態を認めていたが,これまで未治療で経過していた単極型躁病の症例であり,X−1年に当院を初診した.sodiumvalproate およびrisperidone を主剤とし,一定の効果は得ていたが,高アンモニア血症や血小板減少症など副作用の発現を契機としてX年より抑肝散に切り替えた.
症例(2)62歳女性:X−20年頃の発症と考えられる双極性感情障害であり,躁状態のためにこれまで数回の入退院歴がある.躁病相とうつ病相の繰り返しパターンから急速交代型と診断される症例である.sodium valproate およびlithiumcarbonate などの薬剤を主として加療を続けてきたが,病相は抑制しきれず,また副作用の発現により,向精神薬が十分量投与できない症例であった.そのためX年より上記薬剤に加えて抑肝散を併用した.
【倫理的配慮】個人が特定されないよう,発表の主旨が損なわれない範囲で症例の内容は変更した.また本人および家族に説明し,発表の了承を得た.
【結果】症例(1):抑肝散を5.0 g から開始して7.5g で維持量としたが,その後は数カ月に一度の頻度で認めていた軽躁状態は認めなくなった.また経過中,怠薬により軽躁状態の再燃を認めたことから,同薬が病相の予防にある程度の効果を持っていたことが推測された.
症例(2):抑肝散7.5 g をsodium valproate およびlithium carbonate と併用した.病相の発現,特にうつ病相に関しては大きな変化はなかったものの,躁病相に関しては質的・量的に改善傾向を認めた.同薬の投与以来,入院することなく経過している.
【考察】抑肝散の脳内における作用機序は,そのすべてが解明されているわけではないが,同薬の構成生薬の多くが中枢作用を有しており,特にセ ロトニン神経系やグルタミン酸神経系を介して,神経細胞の過剰興奮を抑制する可能性が推測されている.軽躁状態,躁状態に対する直接的な薬理学的機序は不明であるが,本症例に関しては,同薬が病相予防に何らかの効果を与えたことが推測される.抑肝散が軽躁状態,あるいは躁状態一般について効果があるのかどうかについては不明であるが,同薬は過鎮静などの有害事象のリスクが少なく,特に高齢者への導入が比較的容易であると思われる.  
 
I-P-18  15 : 00〜15 : 10
遅発パラフレニーに対する非鎮静系第2世代抗精神病薬ブロナンセリンの有効性と安全性;ケースシリーズからSDM の視点で検討する
大下隆司,津田顕洋,古城慶子,石郷岡純(東京女子医科大学医学部精神医学教室)
【目的】遅発パラフレニーは現代の操作的診断基準では統合失調症や妄想性障害の中に組み込まれてしまうが,1955年にRoth M により提唱された疾患概念である.その病態は特徴的で,高齢になって発症する妄想幻覚症候群であるが,記銘力などの認知機能が保持されており,思考障害や情意障害,人格の崩れが目立たない.遅発パラフレニーの患者は高齢であり,抗精神病薬の副作用が出現しやすく,妄想幻覚のコントロールが難しいと言われてきた.今回,遅発パラフレニーに対して非鎮静系第2 世代抗精神病薬ブロナンセリンによる治療を行った一連の症例より,その有効性と安全性を検討する.
【方法】抗精神病薬による治療がなされていない遅発パラフレニーの患者にブロナンセリンによる治療を5例(年齢72−79;男2,女3)連続して行い評価した.主な評価尺度は,the Positive and Negative Syndrome Scale (PANSS),Clinical Global Impression of Severity (CGI-S),Clinical Global Impression of Change (CGI-C),Global Assessment of Functioning (GAF) とした.
【倫理的配慮】本人,家族に症例報告の同意を得ているが,匿名性が保たれるよう十分な配慮のもと報告する.
【結果】5例全てにおいてブロナンセリン服用後の比較的早期より効果が認められた.使用用量は,開始時4 mg/日,12 週後2−6 mg(m=2.8)/日, PANSS 総スコアは,投与前m=91.2(陽性尺度m=28.0,陰性尺度m=17.8,総合精神病理評価尺度m=45.4),12 週後m=58.0(陽性尺度m=10.8,陰性尺度m=14.4,総合精神病理評価尺度m=32.8)であり,陽性症状が顕著に改善した.副作用としてアカシジア1例,小刻み歩行1例が認められたが2例ともブロナンセリンの減量により消失した.
【考察】遅発パラフレニーは妄想幻覚が際立っているにもかかわらず,認知機能,思考能力,人格は比較的保たれており,SDM(shared decision making)による治療が可能である.ブロナンセリンは2008年に日本で承認された最も新しい第 2 世代抗精神病薬で,D 2 受容体と5-HT2A 受容体への親和性が高いが,副作用に関連すると思われるα 1,H1,M1 などの受容体に対してほとんど親和性を示さないため,その薬理学的特性から最も安全な第2 世代抗精神病薬の1つであると考えられる.そのため,説明することによって患者が選択しやすくなる薬剤と言える.過鎮静をきたすことなく良好な抗精神病効果が得られた今回の経験から,ブロナンセリンは,遅発パラフレニーなど高齢者の妄想幻覚に対し,さらにSDM にそった治療を行う上で,第一選択薬となる可能性のある薬剤であると考えられた.今後は大規模試験が必要である.  
 
I-P-19  15 : 10〜15 : 20
認知症専門治療病棟におけるブロチゾラム頓用前後の患者の活動−休息パターンの比較;IC タグモニタリングシステムによる客観的指標による評価
廖 暁艶,山川みやえ(大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻),繁信和恵(財団法人浅香山病院精神科),周藤俊治(京都創成大学),牧本清子(大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻),田伏 薫(財団法人浅香山病院精神科)
【目的】認知症患者は不眠,中途覚醒,昼夜逆転などの睡眠障害や,妄想などのBehavioral Psychological Symptoms of Dementia(BPSD)による睡眠障害が報告されている.その場合臨床現場では,しばしば睡眠導入剤が頓用で使用される.本研究は,BPSD のある認知症患者のブロチゾラム頓用前後の活動−休息パターンをIC タグモニタリングシステムから得られた客観的指標を用いて記述し,比較した.
【方法】本研究はIC タグモニタリングシステムによって収集したデータを後ろ向きに分析した.研究期間:2008年9月から2009年9月の間研究場所:大阪府A 総合病院老人性認知症専門治療病棟.研究対象者:以下の1)〜3)をすべて満たす者とした.1)認知症専門医によって認知症をきたす疾患と診断された者,2)自力で移動 可能な者,3)研究期間中にブロチゾラムを頓用処方され服用した者,隔離等の理由で連続してモニタリングできなかった者は分析から除外した.対象者の活動は,基準となる4 週間の平均活動リズム,及びブロチゾラム(0.25mg)を服用前3日間,服用した日,服用後3日間の計7日間の時間別歩行距離として記録した.IC タグモニタリングデータによって,1 時間の間に歩行距離がある場合を活動,IC タグモニタリングデータにより歩行が感知されず1 時間の歩行距離が0 のときを休息とした.睡眠パターンの先行研究で用いられている指標を基に,最も活動が少ない5時間(L5)と最も活動が多い10 時間(M10)を設定した.活動−休息パターンは,L5 の歩行距離,L5 の開始時間,M10 の歩行距離,M10 の開始時間,相対振幅,0 : 00−6 : 00 の活動状況の変化の回数(歩行⇔休息)と活動状態,7 : 00−20 : 00 の活動状況の変化の回数と休息状態,毎日の歩行距離,ある24 時間周期の1 時間の活動のピーク値(1 時間の最長歩行距離)の時間的分布からモデル化して分析した.
【倫理的配慮】本研究は大阪大学及び当該病院の研究倫理委員会の承認を得て実施した.【結果】選定基準を満たす7 人の入院患者(男性4 人)を分析した.年齢は59−85歳で,全員が徘徊行動と睡眠障害を持っていた.6 人がアルツハイマー型認知症で,1 人がレビー小体型認知症の疑いであった.全員にブロチゾラム服用前の0 :00−6 : 00,7 : 00−20 : 00 の2 つの時間帯で活動状況の変化が見られた.基準の活動リズムと比較すると,1 時間ごとの活動のピーク値の時間的分布は服用後には19 : 00 から15 : 00 に変化した.活動状況の変化には有意差は見られなかった(p<0.05).4 症例において,昼間の休息時間が長くなる傾向にあり,4 症例で,L5 とM10 の開始時間が逆転したことが示された.6 症例では,リバウンドして,服用後の最も大きいM10 を示していた.全員,明らかに服用前3日間とは異なり,1 時間ごとの歩行距離のピーク値の時間は,服用日の午後に集中した.関連因子として,年齢が上がるほど,MMSE スコアが低いほど,より多くの夜間での休息の中断や,より不安定な活動−休息パターンにある傾向が見られた.
【結論】年齢,MMSE スコアには個人差があったが,ブロチゾラムの頓用は認知症患者の活動−休息パターンに何らかの影響を与えることが示唆された.したがって老年精神医学的な領域において,ケアスタッフは,ブロチゾラムの服用後3日間は患者の行動を詳細にモニタリングする必要がある.特に,MMSE スコアが低い患者にとって,ブロチゾラムの使用はその利点や安全性について再検討の必要性が示唆された.本研究は,平成21年度厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業「認知症の行動心理症状に対する原因疾患別の治療マニュアルと連携クリニカルパス作成に関する研究」においておこなわれた.  
   
 
症例報告(2)
座長:鉾石和彦(自衛隊阪神病院)
I-P-20  14 : 30〜14 : 40
中枢神経ループスを疑われたFTLD の一例
檀上園子,西山志歩,臼井 愛,山中真美,横井正,新野秀人,中村 祐(香川大学医学部精神神経医学講座),檀上淳一(香川県立中央病院),亀田智広(香川大学医学部内分泌代謝・血液・免疫・ 呼吸器内科学)
【目的】症状性精神障害に伴う認知機能低下と認知症との鑑別には非常に難渋することが多い.
【方法】中枢神経ループスを疑われたが前頭側頭葉変性症(FTLD)であった一例を経験したため報告する.
【倫理的配慮】本症例の報告にあたって,個人が同定されないように配慮し,理解を損なわない程度で内容の一部を改変した.匿名化した発表において,本人及び家族より同意を得た.
【結果】症例は52歳女性.X−23年(29歳時)より全身性エリテマトーデス(SLE),ループス腎炎にて近医内科にて通院加療を行っていた.経過中はPSL や免疫抑制剤を使用してもコントロールは不良であったが,最近はPSL のみで不完全 寛解を保っていた.元来活動的な性格であったが,X−1年秋ごろ父が施設に入り介護が不要になったころから,話しかけても反応しなくなる,家を訪ねても出てこなくなるなどの症状が出現した.X年9月に父が亡くなってからは,家の中で寝たまま動かず,何もしなくなった.自分ではトイレに行かず,紙パンツをはいて用をたす,紙パンツから排泄物が漏れても穿きかえない,ゴミ出ししない,飼い犬の世話をしない,入浴もしないといった状態であった.X年12月前医より中枢神経ループスの疑いにて当院当科紹介受診となった. 初診時意識清明.表情の変化は乏しく,疎通は取れるものの自ら発語することはほとんどない.両手足のしびれるような異常感覚があるのみで,その他の神経学的異常所見なし.自発性の低下,社会性の消失あり.衛生,整容に無関心であり,尿便失禁も多い.著しい偏食もあり菓子かハンバーガーばかりを摂取している.血液検査にて軽度炎症反応陽性であったが,補体や抗ds−DNA 抗体は正常範囲内であり,SLE の病勢は安定していた.脳波ではα 波の全般化はあるが明らかな徐波やてんかん波はなし.髄液検査では細胞数やタンパクなどの上昇なく異常所見なし.頭部MRIにて多発性陳旧性脳梗塞,前頭葉側頭葉の萎縮あり.脳血流SPECT では前頭葉血流低下あり.神経心理学的検査では,COGNISTAT より記憶・類似・判断は重度障害,計算は中等度障害,見当識・注意・理解・呼称は軽度障害であった.FAB は6/18 点と前頭葉機能障害が認められた.ストループテストでも前頭葉機能障害を認めた.以上検査よりSLE の増悪はなく,中枢神経ループスは否定的であり,FTLD と診断した.
【考察】症状精神障害とFTLD との鑑別が困難な症例だった.当日は若干の考察を加えて報告する.  
 
I-P-21  14 : 40〜14 : 50
著明な人格変化や行動障害を認めゴミ屋敷症候群を呈した前頭側頭葉変性症の1剖検例
岩切雅彦(石崎病院精神科),水上勝義(筑波大学精神医学),畑中公孝,石井映美,袖山紀子,田中芳郎(石崎病院精神科),新井哲明(東京都精神医学総合研究所),朝田 隆(筑波大学精神医学)
【はじめに】前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration : FTLD)は,前頭・側頭葉に限局して進行性の変性を呈し,行動障害や言語障害を主徴とする非アルツハイマー型変性型認知症の一群を指す概念である.今回著明な人格変化や行動障害をみとめ,ゴミ屋敷症候群(Diogenes症候群)を呈したFTLD の剖検例を経験した.従来本症候群について臨床報告例はあるが,剖検報告はみあたらないので報告する
【症例】70歳の男性.元来,社交的,面倒見がよい性格.高校卒業後,土木関係の職業に従事した.40歳頃妻と別居し,以後独居となった.60歳頃より収集癖がみられるようになり,拾ってきた大量のごみが自宅や庭に溢れる状況であった.近所からの苦情が絶えなかったが,とくに気にとめる様子もなく,その後も同様の状態が続いた.さらに65歳頃からはゴミ集積場の残飯や他人の畑の作物を盗って食べるようになった.69歳時グループホームに入所したが,徘徊が目立ち,「腹が減った」と空腹を常に訴え過食も目立った.またしばしば暴言・暴力行為がみられた.腰椎圧迫骨折の治療のために,M 病院に入院となったが,安静が保てず,病棟内で放尿したり,ペットボトルに排尿しこれを飲むといった不潔行為が認められI 病院に転院となった. 入院時,人格変化,収集癖,異食,不潔行為,徘徊,易怒性などを認めた.質問に対し「わかんねーよー」と繰り返し,思考怠惰が認められ,MMSE 3/30 点であったが,正確な評価は困難だった.なお明かな失語を認めなかった.頭部CTにおいて前頭葉および側頭葉の萎縮を認め,特に左側頭葉内側部と前方部の萎縮が目立った.以上の臨床症状および画像所見から,前頭側頭型認知症と診断した.70歳時肺炎で死亡し,遺族の同意が得られ脳の解剖が行われた. 脳重は1190 g.脳表の肉眼所見では前頭から頭頂の穹隆面および側頭葉に軽度の萎縮を認め,割面では海馬や海馬傍回を中心とした側頭葉内側面の萎縮を認めた.光顕所見では,海馬CA 1 領域,海馬支脚,海馬傍回にかけての著明な神経細胞の脱落とグリアの増生を認めた.変性は扁桃体にまで及んでいた.前頭葉皮質も細胞構築がやや乱れ軽度の神経細胞の脱落が示唆されたが,側頭葉の変化に比して軽微であった.なお老人斑,神経原線維変化などの老人性変化は認めなかった.
【考察】本例では側頭葉内側部の変性が強く,前頭葉でみられた変化は軽度だったことから,本例で見られた著明な人格変化や行動障害に側頭葉病変の関与が大きいと考えられた.現在FTLD の病理型については検討中である.
【倫理的配慮】剖検時に家族に説明し,研究に対する同意を得ている.また抄録記載に当たり本人の同定ができないよう配慮した.  
 
I-P-22  14 : 50〜15 : 00
発症初期に語義失語を呈した家族性前頭側頭葉変性症MAPT変異症例
石塚貴周,市場美緒(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科精神機能病学分野),久保かおり(財団法人慈愛会谷山病院),中村雅之,佐野 輝(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科精神機能病学分野)
【目的】前頭側頭葉変性症(FTLD)は,前頭葉や側頭葉に変性の主座を有する神経変性疾患の総称であり,臨床的には人格変化や社会的行動障害が前景に立つ前頭側頭型認知症(FTD),語義失語を中心とした意味記憶障害が前景に立つ意味性 認知症(SD),アナルトリーを含めた言語表出障害が前景に立つ進行性非流暢性失語症(PA)に分類される.今回我々は語義失語を主症状として若年発症した家族性FTLD 症例を経験した.近年若年性の家族性FTLD の原因遺伝子が同定されてきており,遺伝子変異について臨床表現型と併せて解析した.
【方法】文章によるインフォームドコンセントを得た後に,患者から採血を行い,白血球から常法を用いてゲノムDNA を抽出した.ApoE 遺伝子多型及び遺伝性認知症の原因遺伝子として報告のあるCHMP2B,GRN,TARDBP,MAPT,APP,PSEN 1,PSEN 2 遺伝子の全翻訳領域及び隣接配列を増幅し,direct-sequencing 法により配列を決定した.
【倫理的配慮】本症例の報告に当たっては,個人が特定されないよう十分に配慮した.また本研究を行うに当たっては,鹿児島大学医学部遺伝子研究倫理委員会の承認を得た.
【結果】症例は50歳男性.兄妹から会話中に言葉が出てこないことを指摘されたことがある.「あれ,それ」等の表現が増え,「洗面器」等の平易な言葉の意味すら分からなくなったために本院当科受診し,精査目的で入院となった.入院時,語義失語を呈し,アナルトリーや音韻性錯語は認めなかった.構成失行も認めず,視空間認知は保たれていたが,取り繕い反応が強く,前頭葉症状は目立たなかった.神経心理学的検査において,WAIS-R では言語性IQ 63,動作性IQ 98 と著明なdiscrepancy を認めた.Trail Making Test,Stroop Test では平均的な時間で遂行できており,顕著な前頭葉機能障害は認めなかった.ところが,頭部MRI では前頭葉及び側頭葉内側海馬領域を中心とする,大脳皮質のびまん性の強い萎縮を認め,SPECT では前頭葉,側頭葉底部に強い血流低下を認めた.臨床症状と各種検査所見を総合的に判断し,最終的に意味性認知症(SD)と診断した.なお,現在は経過とともに全失語となり,脱欲制,常同行動,自発性低下等の前頭葉症状が前景化している.また遺伝子解析の結果,MAPT遺伝子のexon 10 上に,P 636 L となる点突然変異c.1907 C>T をヘテロ接合性に認めた.CHMP2B,GRN,TARDBP,APP,PSEN 1,PSEN 2 については,疾患変異は検出されず,ApoE 遺伝子型はE 3/E 3 であった.
【考察】本症例は遺伝子解析により家族性FTLDの原因遺伝子であるMAPT 遺伝子変異を認めた.画像所見では前頭葉から側頭葉に強い萎縮を認めていたが,臨床症状としては語義失語が中心で前頭機能障害は目立たなかった.同一家系内の若年発症の認知症患者にも語義失語を中心とする同様の症状を認めており,MAPT 変異症例はFTLDの中でも発症初期にはSD 様の病態を呈す可能性が示唆された.  
 
I-P-23  15 : 00〜15 : 10
職場における処遇困難に対して専門外来の受診が有効であったハンチントン病の1例;認知症専門外来担当医の担うべき役割の再考
山本泰司,長谷川典子(神戸大学大学院医学研究科精神医学),小田陽彦(兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室),前田潔(神戸大学大学院医学研究科精神医学)
【目的】若年型認知症においては,認知症の進行により最終的には休職せざるを得ない状況に至る.しかし,この際の患者への説明方法と同意取得に苦慮する経験は少なくない.今回,われわれは40歳代後半で発症したハンチントン病(臨床診断)の男性患者において,職場での業務をこなせない状況に陥っているにもかかわらず,産業医からの休職勧告を強く拒否し続け,産業医が対応に苦慮した症例を経験したので報告する.
【方法】症例報告である.
【倫理的配慮】患者個人を特定できるような情報は用いず,一部病歴は改変してプライバシーの保全に留意した.本人および家族から匿名性に留意したうえでの発表に対する同意を得た.
【結果】患者:40歳代男性(中国地方の某県出身)教育歴:大学卒,家族歴:父親,姉(3歳上)がハンチントン病の診断で死去.(姉は遺伝子診断で確定)主訴:「自分はどうもない」(本人),「物忘れがひどく仕事にならない,自覚がない」(妻)既往歴:X−3年,頸椎椎間板ヘルニアの手術.現病歴:X−3年頃より,軽度の四肢の巧緻運動障害が出現.上記ヘルニアの手術を受ける際,術前の頭部MRI 検査で脳萎縮を指摘された.X−2年2月より,当院神経内科を紹介受診し,choreaの診断で2 ヶ月1 回の通院治療を開始(投薬なし).同年夏頃より,出勤しても1日中ぼんやりして過ごして,単純ミスも多く業務をこなせない状態に陥った.しかし,この時期のHDS-R 26点(神経内科医施行)と正常範囲内のため,休職は不要と判断されて,そのまま経過した.家庭では妻と口論になって,暴言・粗暴行為も出現したため,X年6月に認知症によるBPSD を疑って当科専門外来を紹介受診となった.初診時のMMSE 23 点(serial-7 で-4)と低下していたが,本人は「全く問題はない」と答えた.その後の精査にてADAS 10.3,MMSE 26(再検),CDR 0.5,GDS 4,FAB 14,WMS-R のlogical memory10/7,時計描画テストで失敗など,軽度の認知機能低下を認めた.さらに,頭部MRI 検査では全般性大脳萎縮(側脳室拡大および尾状核の萎縮あり)を認めた.以上の精査結果と臨床経過,家族歴からハンチントン病に伴う認知症(若年型)と臨床診断した.本人および妻に病名告知を行ったところ,比較的冷静に受け止めることができた.さらに,本人に対しては休職を勧めたところ,その後まもなく休職診断書を受け取ることに同意して,職場へ提出したうえで休職に至った.
【考察】当科認知症専門外来を受診するまでの2年余りにわたって,職場の産業医の助言を聞き入れず,妻との口論さらには暴力までに至ったハンチントン病の1例を経験した.当科専門外来での精査の結果を本人に説明し,ようやく自身の疾患を受容するに至り,妻もようやく安心して介護と治療に専念することができた.この症例を経験して,認知症専門外来担当医の医療連携における新たな役割を認識することができて貴重な経験であった.  
   
 
検査関連
座長:前田 潔(神戸学院大学)
I-P-24 14 : 30〜14 : 40
タッチパネル式コンピュータを用いた認知症スクリーニング法と評価法の検討;認知症の早期発見への取り組みとその意義
井上 仁(鳥取大学総合メディア基盤センター),河月 稔,岡崎 舞,神保太樹(鳥取大学医学部保健学科生体制御学),清水知加子,藤原静香(鳥取県琴浦町),安田絵里,谷口美也子,浦上克哉(鳥取大学医学部保健学科生体制御学)
認知症は早期発見して早期に適正な対応を行うことで症状の改善や進行抑制が期待できることから,認知症対策の要は早期発見である.しかしながら,もの忘れは年のせいでしかたがないとして,初期症状が見過ごされる場合が多い.認知症が進行して徘徊や暴力などの周辺症状が起きて初めて医療機関に訪れていたのでは進行予防という点からは遅きに失している.我々は,認知症の早期発見を目的としたコンピュータシステムを開発して地域住民を対象としたスクリーニングの取り組みを行ってきた.本報告ではコンピュータシステムの概要と検査結果について報告する.
【対象】鳥取県K 町の65歳以上の住民1,838名を対象とした.内訳は,男性が560名(平均年齢76.6歳),女性が1,278名(平均年齢78.1歳)である.
【コンピュータシステム】スクリーニング用のテストはタッチパネル式コンピュータ装置を用いて作成した.本装置はコンピュータ画面に表示されるボタンをタッチするだけで簡単に操作ができ,コンピュータに不慣れな老人でも容易に操作できるように工夫した.テストプログラムは,スクリーニングを目的とした“物忘れ相談プログラム”と診断と介入効果の評価を目的とした“タッチパネル式認知症評価システム(TDAS)検査”(以下“TDAS 検査”と記す)の二つから成っている.“もの忘れ相談プログラム”は4 つの設問からなり15 点満点で4 分程度で終了できる.“TDAS 検査”はAlzheimer’s disease assessmentscale (ADAS)-cog を参考にして作成した検査プログラムであり,7 つの設問カテゴリーからなり,満点が0 点で,間違いが多くなると点数が増加 して全問不正解の場合は107 点となる.検査時間は約20 分である.
【スクリーニング手順】まず,“物忘れ相談プログラム”の検査結果が13 点以下の被験者をハイリスク者として抽出し,認知症予防教室への参加を促すと共に“TDAS 検査”の受診対象とした.“TDAS 検査”では14 点以上を認知症と判定して医療機関への紹介を行い,7 点〜13 点をMCIと判定した.
【結果】“物忘れ相談プログラム”の結果により479名をハイリスク者として抽出して認知症予防教室への参加を促した.認知症予防教の介入効果を評価するために,予防教室前後で“物忘れ相談プログラム”と“TDAS 検査”の点数を比較したところ,前者で約1 点,後者では約2 点の平均点数の変化が見られ統計学的に有意な変化であった.“TDAS 検査”の結果,95名を認知症と判定して医療機関への紹介を行った.また88名をMCIと判定した.医療機関へ紹介を行った者のうち66名が専門医の診察を受けて,57名がアルツハイマー病,3名が脳血管性認知症,6名はその他という診断結果であった.
【まとめ】我々が開発したコンピュータを用いた認知症スクリーニング並びに評価システムは,簡単・迅速かつ高い精度で検査が行えることから,認知症の早期発見と予防教室の評価に有効と思われた. 
 
I-P-25 14 : 40〜14 : 50
軽度認知障害(MCI)に対するSTMS-J 診断の追跡検証
高松淳一,木村武実,露口敦子,鷹木奈美子(独立行政法人国立病院機構菊池病院臨床研究部),林田秀樹(独立行政法人国立病院機構菊池病院臨床研究部,くまもと悠心病院),古閑幸則(独立行政法人国立病院機構菊池病院臨床研究部,独立行政法人国立病院機構熊本再春荘病院放射線科)
【目的】軽度認知障害(MCI : Mild CognitiveImpairment)は認知症の前駆状態として臨床的にも研究上も注目されている.この診断には複数の基準が用いられているが,我々はPetersen らによるSTMS(Short Test of Mental Status)の日本語版(STMS-J)をMCI 診断に加えている.本研究ではSTMS-J によるMCI 診断の追跡検証を行った.
【対象と方法】当院のもの忘れ外来を受診して認知症に関する一般的検査を受け,J-COSMIC の基準でMCI に該当し追跡評価可能であった12名を対象とした.全例にSTMS-J(最高38 点)を施行し,得点が28 点以下をS-MCI群(男2名,女0名,平均年齢74歳),29 点以上をS-正常群(男4名,女6名,同79歳)とした.診断時から1年毎に再評価を行い,MMSE が23 点以下になった時点で“認知症”への移行とみなした.全例に対して頭部MRI 検査および脳血流SPECT を行った.
【倫理的配慮】本研究は当院倫理審査委員会により承認され,対象者と家族に本研究の趣旨を説明して書面で同意を得た.
【結果】2年間の“認知症”移行率は,全12例では50%,S-MCI群2例では100%,S-正常群10例では40% であった.S-正常群のS-MCI 移行率は1年後20% で,2年後検査でもS-MCI のままであった.全対象において経過中にS-MCI を呈した4例中2例が1年後に“認知症”に移行した.MRI 検査では,全12例中9例で明らかな 大脳皮質や海馬の萎縮,SPECT では9例で後部帯状回や頭頂葉連合野に血流低下が認められた.
【考察】診断基準は異なるが,MCI から認知症への年間移行率は一般的には10 数%と報告されており,本研究におけるMCI群およびS-MCI群の“認知症”移行率は高いといえる.その主な理由としては,“認知症”の診断条件として操作的にMMSE 得点で区分したこと,対象が精神科病院におけるもの忘れ外来患者であることが挙 げられる.また,初診時既にMRI とSPECT検査で高頻度に認知症関連所見が認められており,“認知症”に移行しやすい対象が多かった可能性もある.対象は少ないが,S-MCI群の1年後“認知症”は50% と高率であり,STMS-J によるMCI 診断の特異性は高いといえる.一方,S-正常群から2年間でも“認知症”へ移行するものが多く含まれており,感受性の低いことが想定される.そこで,STMS-J の特性としては,“認知症”に移行しや すいMCI例を直前に予測できるが,“認知症”に移行するMCI例が正常と判定される危険性もある.その理由の一つにSTMS がamnestic MCIを標的としていることもあり,STMS-J によるMCI 診断と認知症移行を適切に把握するには,記憶障害以外の症状や画像診断を参考としたMCI 自体の鑑別,認知症への移行基準などに関して,さらに症例集積と転帰の確認による検証が必要である. 
 
I-P-26 14 : 50〜15 : 00
早期認知症におけるウィスコンシンカード分類テスト(WCST)と脳血流画像
武田直也,寺田整司(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室),佐藤修平(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科放射線医学),本田 肇,吉田英統,岸本由紀(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室),鎌田豪介(きのこエスポアール病院),大島悦子,石原武士(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学教室),黒田重利(慈圭病院)
【目的】認知症の早期から前頭葉障害,又は実行機能障害が存在すること現在では広く知られている.しかし,早期認知症の前頭葉機能障害における脳血流画像の研究報告は少ない.今回我々は早期認知症患者のウィスコンシンカード分類テスト(WCST)のスコアと脳血流との関連性を検討した.
【方法】アルツハイマー病(AD)31名,前頭側頭型認知症(FTD)12名,血管性認知症(VaD)9名,レビー小体型認知症(DLB)6名,精神疾患2名,軽度認知機能障害(MCI)6名,正常対照11名の計77名の被験者が本研究に参加した.被験者にWCST と99mTc-ECD を用いた脳SPECT を施行した.局所脳血流量(rCBF)の定量化プログラムとして3 DSRT を用いた.統計解析ソフトを用いて,WCST スコアに対するMMSE スコア,FAB スコア,rCBF の相関係数(r)を求めた.また,WCST スコアに対するrCBF,年齢,性別,罹病期間,教育年数を変数とした重回帰分析を行った.
【論理的配慮】全ての被験者から書面によるインフォームドコンセントを得た.本研究は岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の倫理委員会の承諾を得て行った.
【結果】WCST の達成カテゴリー数(CA)とrCBFとの関係をみると,両側中心前(左r=0.313,右r=0.280),両側脳梁辺縁(左r=0.251,右r=0.280),両側脳梁周囲(左r=0.238,右r=0.284),左中心(r=0.238),左頭頂(r=0.235),右視床(r=0.244)で,有意な相関が認められた.Nelson 型の保続性エラー数(PEN)とrCBF との関係をみると,右視床(r=−0.216)で,有意な相関が認められた.重回帰分析による回帰式は,CA スコアは左中心前領域のrCBF と年齢を予測変数として,CA スコア=0.173(左中心前rCBF)−0.060(年齢)−0.147 と算出された.また,PENスコアは右視床領域のrCBF を予測変数として,PEN スコア=−0.530(右視床rCBF)+28.630と算出された.
【考察】本研究の結果から,WCST のCA スコアは特に左の中心前領域の機能を反映し,PEN スコアは右視床のrCBF と相関することが示された.WCST の中でCA スコアとPEN スコアが,異なった神経基盤からなる認知機能を反映している可能性が示唆された.  
 
I-P-27 15 : 00〜15 : 10
アルツハイマー病院における各種神経心理学的検査の関連
伊澤幸洋(岡山リハビリテーション病院),浦上克哉(鳥取大学医学部保健学科生体制御学講座)
【はじめに】これまでアルツハイマー型認知症(AD)において,改訂長谷川式簡易知能検査(HDS-R)およびMMSE,ウエクスラー成人知能検査(WAIS),レーヴン色彩マトリックス(RCPM)を適用し,検査の関連性について報告した研究はこれまでにいくつかあるが,新たに改訂されたWAIS-を適用した研究は見当たらなかった.そこで本研究では,同一被検者に対して上記4 検査を実施し,改めてAD における各検査の関連について明らかにすることを目的とした.
【方法】対象:調査協力病院である鳥取県内の信生病院神経内科外来受診中のAD 78名(男性23名,女性55名)である.DSM-,NINCDSADRDAの診断基準を満足したものをAD と診断した.行動機能評価尺度FAST の内訳はFAST3;15名,FAST 4;25名,FAST 5;23名,FAST 6;15名であった.年齢:平均80.9±6.3歳.実施検査:HDS-R,MMSE,WAIS-,RCPM.
【結果】HDS-R 平均18.7±6.2 点.WAIS-の平均知能指数は,FIQ 84.3±14.0,VIQ 84.6±12.5,PIQ 86.9±15.5.RCPM 平均23.7±5.0 点.HDS-R とWAIS-の相関係数は,対FIQr=.64**,対VIQr=.67**,対PIQr=.53**(**p<.01)で動作性検査に比較して言語性検査に比較的強い正の相関を認めた.各下位検査との関連については「行列推理」を除く下位検査で弱〜中等度の正の相関を認めた.特に,「類似」,「算数」,「絵画配列」で比較的強い相関を認めた.HDS-RとRCPM ではr=.40**で相関は弱い水準であった.MMSE とWAIS-,RCPM についても同様の傾向を認めた.また,FAST の重症度に従って,WAIS-の下位検査「符号」と「記号探し」の成績低下を認めた.
【考察】認知症の知能特性としては,動作性知能に比べ言語性知能の方がより低下しやすい傾向を認めた.言語性知能については,抽象的思考力や論理的言語思考力の低下,作動記憶の低下が考えられた.一方,認知症と視覚性の演繹的思考力との関連性は低く,鑑別検査としてのRCPM の有効性はやや低いと考えられた.  
 
I-P-28 15 : 10〜15 : 20
軽度アルツハイマー認知症と老年期うつ病の認知機能障害の特徴
塚原さち子(聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室),小島綾子(聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室,学習院大学大学院人文科学研究科),田所正典,富永桂一朗,中村悦子,岡崎味音,橋本知明,野口美和,板谷光希子,副島香織,宇田川至,山口登(聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室)
【目的】当教室では,聖マリアンナ医大式コンピューター化記憶機能検査(STM-COMET)を用いて老年期うつ病(以下Dep)と軽度アルツハイマー型認知症(以下AD)の認知機能障害を比較し,Dep群はAD群に比べ言語記憶機能の障害は軽度だが,精神的敏捷性と反復再生能力はAD と同程度に低下することを発表した.今回我々はさらに詳細に検討し,AD群とDep群の認知機能障害の特徴を明らかにする.
【対象】DSM-の診断基準により大うつ病性障害と診断されたDep群18名,AD と診断されFunctional Assessment Staging(FAST)でstage 3 又は4 と判定された軽度AD群18名,健常高齢者(以下N)群18名の計54名.全対象者及び家族に研究の主旨を説明し,書面で同意を得た.
【対象/方法】全対象者にSTM-COMET と長谷川式認知症評価スケール(HDS-R)を施行した.STM-COMET は,直後自由再生(IVR),3,4,5桁の数字による項目再認課題(MST),遅延自由再生(DVR),遅延再認(DVRG),平仮名10 文字の反復自由再生(MFT)の5 項目からなる.本研究では,特にMST の正答数及び反応時間,DVRG の誤答に注目した.統計解析は分散分析及び多重比較を行った.
【結果】1)MST の反応時間:3,4,5 桁の呈示系列数と3群間での交互作用に有意傾向が見られた(p<.10).N群とDep群は,桁数が増えるにつれ反応時間が長くなるが,AD群は他の2群と比べ桁数による反応時間の変動が少ない傾向が見られた.またDep群の反応時間はN群より有意に長かった(p<.05).2)MST の正答数:3,4,5 桁の呈示系列数と3群間での交互作用に有意傾向が見られた(p<.10).AD群とDep群はどちらもN群と比較し有意に正答数が少ないが,Dep群は3 桁・4 桁ではある程度保たれていた正答数が,5 桁で減少する傾向が見られた.3)DVRG の誤答:N群と比較しAD群は,呈示されなかった単語を「有った」と回答する虚再認が有意に多かった(p<.01).Dep群では,他の2群との間に有意差は認められなかった.
【考察】AD群の特徴:MST において,N群やDep群のように桁数が増えるにつれ反応時間が長くなる傾向はなく,正答数は少ない.DVRG の誤答には虚再認が多く見られる.これらは,教示理解や抑制の困難さが関与している可能性が考えられ る.Dep群の特徴:MST において,桁数が増えると反応時間が長くなる傾向があり,正答数は5桁で減少する.DVRG の誤答に特徴的な所見は見られない.Dep群は,教示を適切に理解した上で情報処理したり再認しようとするが,速度や正確さが伴わず得点に結びつかない可能性があり,背後には自発性低下や注意集中の問題の関与が考えられる.これらの特徴は,AD とDep の鑑別に有用な所見とも考えられる.  
 
I-P-29 15 : 20〜15 : 30
意味性認知症における空間脳波解析
西田圭一郎,吉村匡史,鈴木美佐,北浦祐一(関西医科大学精神神経科学教室),磯谷俊明(仁康会小泉病院),森田紗千,木下利彦(関西医科大学精神神経科学教室)
【はじめに】Semantic Dementia(SD)は,frontotemporal dementia(FTLD)に含まれる進行性の意味記憶の障害を主な特徴とする一疾患である.SD に関する脳形態,機能画像を用いた研究は過去に数多く報告されているが,脳波定量解析による研究は少ない.そこで今回われわれは,SD 患者から測定した脳波を脳波定量解析手法の一つであるLow Resolution Brain ElectromagneticTomography(LORETA)にて解析し,得られたSD 患者の空間脳電場構造を報告する.
【対象と方法】SD 患者4名(男性1名,女性3名,平均68.5±5.72歳)と対照群としての健常高齢者22名(男性12名,女性10名,平均66.13±6.02歳)が本研究に参加した.各対象から安静閉眼時脳波を頭皮上の19 部位(国際10/20 法)より記録し,そのうち視察的にartifact 混入のない計40 秒間を解析に供した.LORETA はPascual-Marqui RD によって開発された脳機能の三次元解析表示法であり,この手法を用い,δ,θ,α 1,α 2,β 1,β 2,β 3 の独立した7 周波数帯域各々において結果を算出し,周波数帯域ごとにSD 患者と健常高齢者の2群間で比較を行った.なお本研究は本学倫理委員会の承認を得て行った.
【結果とまとめ】SD 患者のδ 帯域で,健常高齢者と比較して左の側頭葉前方下面,右の後頭葉において有意な電流密度の増加を認め,同部位での脳機能低下が示された.過去のSD を対象とした脳形態画像研究から得られた知見では側頭葉前部下面での機能低下を認めており,今回の我々の報告は一部それを支持した.またα 2 帯域で,健常者群で優位に後頭葉の集積が高かった.これは,SD 患者において正常脳波は減少を認めることを示している.この結果よりLORETA による三次元的脳電場構造の評価は,SD の脳機能評価の一助となり得ることが示唆された.