第25回日本老年精神医学会

 
大会長
池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部脳機能病態学分野)
会 場
KKRホテル熊本  〒860-0001 熊本市千葉城町3−31
Tel:096-355-0121 Fax:096-355-7955 
URL:http://www.kkr-hotel-kumamoto.com/
大会概要
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プログラム
6月25日(金) 第2会場
 
生理・画像検査関連
座長:北村 伸(日本医科大学武蔵小杉病院)
II-2-1  9 : 00〜9 : 12
アルツハイマー型認知症者のVSRAD 値と神経心理学的検査値との関連についての基礎研究
小海宏之(花園大学),加藤佑佳(藍野病院臨床心理科),岸川雄介,園田 薫,安藤悦子,石井 博(藍野病院老年心身医療センター),成本 迅(京都府立医科大学)
【目的】Alzheimer’s Disease(AD)の臨床診断を行う上で,海馬傍回や脳全体の萎縮度を定量化できるVoxel-Based Specific Regional AnalysisSystem for Alzheimer’s Disease(VSRAD)や,認知機能の低下を定量化できる各種の神経心理学的検査は有用である.そこで今回は,VSRAD 値と各種の神経心理学的検査値との関連を把握し,今後の臨床診断を的確に行うための基礎資料を得ることを目的とする.
【倫理的配慮】本研究の実施に際し,藍野病院倫理委員会の承認を受け,患者および家族に主旨説明がなされ了解を得た.
【対象と方法】対象はNINCDS-ADRDA の診断基準にてprobable AD と診断された患者33名(平均年齢75.1±8.9歳)である.方法は対象者にMMSE,ADAS,CDT,TMT,WMS-R を個別に実施した.また,同時期の頭部MRI とVSRAD Ver.2.0 を使用して,海馬傍回の萎縮の程度,脳全体の中で萎縮している領域の割合(Zスコア2.0 を超えるボクセルの割合),海馬傍回の中で萎縮している領域の割合(Z スコア2.0 を超えるボクセルの割合),海馬傍回の萎縮と脳全体の萎縮との比較(脳全体の萎縮を1 とした場合)の各種VSRAD 値を算出した.そして,各VSRAD 値とTMT のpartA およびpartB の各遂行時間,partB/partA の遂行時間比率とにおける相関関係をPearson の積率相関係数を用いて分析し,各VSRAD 値とMMSE の総得点および各下位検査得点,ADAS の総得点および各下位検査得点,Command CDT の総得点,Copy CDTの総得点,WMS-R の各下位検査得点とにおける相関関係をSpearman の順位相関係数を用いて分析した.また,有意な相関関係が認められた項目については,G−P 分析により各VSRAD 値の上下位25% の者を抽出し,両群における有意差を検証した.統計学的解析については,SPSS 16.0J を使用して行った.
【結果】相関分析の結果,各VSRAD 値とTMTの各検査値との間に有意な相関関係は認められなかった.また,海馬傍回の萎縮の程度とADASの単語再生(ρ=0.40,p<.05),脳全体の中で萎縮している領域の割合とMMSE のSerial 7’s(ρ=−0.35,p<.05),ADAS の総得点(ρ=0.50,p<.01),単語再生(ρ=0.49,p<.01),言語の聴覚的理解(ρ=0.45,p<.01),単語再認(ρ=0.44,p<.05),WMS-R の注意集中得点(ρ=−0.46,p<.01),海馬傍回の中で萎縮している領域の割合とADAS の単語再生(ρ=0.44,p<.05)において有意な相関関係が認められた.さらに,GP分析で検証したところ,Serial 7’s 以外は各 VSRAD 値の上下位25% の者を抽出した両群間における有意差が認められ,各VSRAD 値の萎縮度の高い群は各神経心理検査の成績が低いことが明らかとなった.
【考察】probableAD 患者の海馬傍回の萎縮の程度や海馬傍回の中で萎縮している領域の割合は,聴覚的言語即時記銘力の容量(10 単語再生)との関連が強いことを示唆し,一方,脳全体の中で萎縮している領域の割合は,聴覚的言語即時記銘力の容量(10 単語再生),聴覚的言語理解(言語の聴覚的理解),聴覚的言語干渉の抑制(単語再認),持続性注意や分配性注意(注意集中)との関連が強いことを示唆すると考えられる.
 
II-2-2  9 : 12〜9 : 24
VSRADで示される海馬萎縮は初期AD 患者のいかなる機能に影響を与えるのか?
品川俊一郎(東京慈恵会医科大学精神医学講座),永田智行(東京慈恵会医科大学附属柏病院精神神経科),中山和彦(東京慈恵会医科大学精神医学講座)
【はじめに】Voxel-Based Specific RegionalAnalysis System for Alzheimer’s Disease(VSRAD)は,前駆期を含むアルツハイマー病(Alzheimer’s disesase : AD)の診断支援を目的として開発されたソフトウェアであり,MRI 画像を解析して海馬傍回の萎縮度を数値化し評価するものである.現在まで本邦を中心にHDR-S やMMSE といった認知機能スクリーニング尺度とVSRAD の相関を検討した報告が散見されるが一致した見解は得られておらず,下位尺度に関する 検討は少ない.
【目的】軽度認知障害から初期AD の患者を対象とし,VSRAD によって得られた海馬傍回の萎縮度(Z スコア)とMMSE,前頭葉評価尺度であるFAB,精神症状・行動障害の評価尺度であるBehave-AD との関連を検討する.
【倫理的配慮】本研究は東京慈恵会医科大学倫理委員会の承認を得て行われた.
【方法】2006年4月から2010年1月までに東京慈恵会医科大学附属病院および付属柏病院の精神神経科外来を受診した患者で,健忘型軽度認知障害あるいは初期AD と診断された患者(CDR=0.5 または1)のうち,初診時に頭部MRI(VSRAD)が施行でき,また顕著な血管病変を有する対象を除外した109 例を抽出した.それらの対象に対して,MMSE,FAB,Behave-ADなどの諸検査を施行した.VSRAD のZ スコアとMMSE,FAB,Behave-AD 各々との相関を調べ,また重回帰分析によって有意な説明変量を探索した.その後各下位項目において最もZ スコアと関連の強い項目を探索した.
【結果】対象109 例は,男:女=46 : 63,年齢75.9±5.8歳,罹病期間27.9±29.1 ヶ月,教育年数12.0±2.6年,MMSE 23.2±4.6 であり,CDRは0.5 : 1=49 : 60 であった.VSRAD のZ スコアは,1.9±1.0 であり,MMSE 総得点(p=0.11),FAB 総得点(p=0.25),Behave-AD 得点(p=0.96)のいずれとも有意な相関は示さず,重回帰分析においてもこれらの因子は有意な説明変量とならなかった.各下位項目において,MMSE の遅延再生(p=0.79)とは相関せず,唯一相関を示したのが,FAB のgo/no-go(p=0.02:相関係数−0.22)のみであった
【結語】少なくとも健忘型軽度認知障害あるいは初期AD 患者においては,VSRAD で示される海馬傍回の萎縮は,全般的な認知機能や精神症状・行動障害には影響を与えない.VSRAD のZ スコアが十分に鋭敏でない可能性,あるいはこの群では海馬傍回の萎縮は遅延再生のような記銘力障害でなく,go/no-go のような反応抑制に影響を与える可能性が示唆された. 
 
II-2-3  9 : 24〜9 : 36
1818F-FDG PET でびまん性後頭葉糖代謝低下を示す患者の認知機能の多様性について
藤城弘樹,井関栄三(順天堂東京江東高齢者医療センター,順天堂大学精神医学),村山憲男(順天堂東京江東高齢者医療センター),笠貫浩史(順天堂東京江東高齢者医療センター,順天堂大学精神医学),太田一実(順天堂東京江東高齢者医療センター),一宮洋介(順天堂東京江東高齢者医療センター,順天堂大学精神医学),新井平伊(順天堂大学精神医学),佐藤 潔(順天堂東京江東高齢者医療センター)
【目的】18F-FDG PET における後頭葉びまん性糖代謝低下(Diffuse occipital hypometabolism ;DOH)はレビー小体型認知症に疾患特異的に認められるとされ,アルツハイマー型認知症との鑑別診断に有用であることが報告されている.しかし,DOH が臨床経過の中でどの病期で認められるのかは明らかとなっていない.特にDLB の前駆状態における18F-FDG PET 画像所見の特徴は明らかとなっていない.
【方法】2008年1月から2009年11月までに18F-FDGPET を施行した134名について後方視的にその臨床症状を検討した.臨床情報が与えられない状況で二人の評価者が3 D-SSP 解析でZ-score>1.00 の画像においてDOH を認める症例を抽出した.その後,抽出された症例の臨床症状を検討した.
【倫理的配慮】患者の個人情報に関する取扱いには充分に配慮した. 
【結果】DOH を示す23 例が確認された.7例がprobable DLB,2 例がParkinson’s disease withdementia(PDD)の臨床診断基準を満たした.3 例に幻視,5 例にレム睡眠行動障害が認められ,それぞれ様々な認知機能を示したが,possibleDLB と考えられた.4 例がDLB の主要と示唆徴候のいずれも認めなかったものの,軽度の記憶障害を認めた.1 例が後頭葉領域に陳旧性脳梗塞を認め,臨床診断はうつ病であった.1 例は健常高齢者であった.
【考察】今回の検討で,18F-FDG PET においてDOH を示す患者の認知機能の多様性が明らかとなった.23 例中17 例でレビー小体病を示唆する臨床症状が認められた.一方,軽度の記憶障害,健常高齢者においてDOH が認められたことは, レビー小体病の前駆状態における18F-FDG PET画像所見としてDOH が特異的である可能性がある.今後,更なる検討が必要である.
 
II-2-4  9 : 36〜9 : 48
脳内ニューロン活動画像化技術NAT によるニューロン機能異常部位の可視化
武者利光,松崎晴康,田中美枝子((株)脳機能研究所),朝田 隆(筑波大学臨床医学系精神医学)
【目的】脳内ニューロン活動に伴って,電流が脳組織内に流れ,頭皮上に脈動的な電位変化が現れるので,その解析から脳内の局所的ニューロン活動を脳表面に表示する技術を開発したので,その動作と応用を述べる.
【方法】安静閉眼状態で脳電位を21 点で5 分間記録し,電位パワー変動を特徴づける規格化パワーバリアンスNPV を計算する.予め解析した健常者群の脳電位を参照して,NPV から「Z スコア」を導出する.Z>1 ならばニューロン活動は異常に活発であり,Z<−1 ならば,異常に不活発になっている.このようにして得たZ スコアを脳表面に描く技術をNeuronal ActivityTopography(NAT)と名付けた.
【結果】開眼状態のNAT 図から閉眼状態のNAT図を差し引いた差分NAT 図は,視覚刺激によって誘発されるニューロン活動の変化を示す.また,認知症で定常的に変化した脳内のニューロン活動も可視化される.その一例としてMCI およびADの平均NAT 画像を図1 に示す.赤及び青がZ> 1 および<−1 領域である.これらはSPECT による脳血流低下部位とよく一致している場合が多い.信頼のできる診断によって分類された疾患群の平均NAT 図は,それぞれの疾患のテンプレートとなる.個々のNAT 図と各テンプレートとの相関係数の二乗をその疾患との類似度と定義する.図2 は脳研と国立精神神経センター武蔵病との共同研究で得られたデータベースを用いた類似度グラフで,正常,MCI およびAD 相互の分離がよく行われている.なおこの図は内部データに関するもので,新たなデータベースを現在構築中である.鬱とMCI との分離も可能である.この技術の有効性を決めるのは各疾患のテンプレートの信頼度である.なお記録した脳電位は通信回線経由で集中的に解析されるので,このシステムは著しく安価である. 【参考文献】 T.Musha et al, Clin. Neurophysiol. 113 (2002)1052-1058. 松崎晴康,武者利光,臨床神経生理学第36 : 201-206, 2008 ; 38 : 10-15, 2010. 
 
II-2-5  9 : 48〜10 : 00
アルツハイマー病患者における嗅覚障害;双極子追跡法による推定
峯岸玄心,横山佐知子,田中宏明,山縣 文(昭和大学医学部精神医学教室),政岡ゆり(昭和大学医学部第二生理学教室),三村 將(昭和大学医学部精神医学教室),本間生夫(昭和大学医学部第二生理学教室)
【目的】近年,アルツハイマー病患者において嗅覚障害が報告されている.これまでに我々は健常者において香りを提示時の呼吸の吸息に同期した脳内活動を捉えてきた.本研究では,アルツハイ マー病患者における嗅覚障害がどの脳部位と関連するのか,さらに初期症状としてスクリーニングテストとなりうるか,などを検討する.
【方法】昭和大学病院精神科に通院するアルツハイマー病患者において以下の検査を施行した.嗅覚の検査をT&T オルファクトメーターにより行い,嗅覚の検知レベル,認知レベルを確認した.その後,脳波(19 チャンネル)を装着し,呼吸と代謝を測定するためにトランスデユーサーに接 続されたフェイスマスクを装着した.嗅覚刺激はトランスデユーサーに接続したone-way-valve(吸息流量,呼息流量が一方向へ向かうバルブ)の吸息側に提示して,呼吸流量を脳波と同時記録し,後の脳波加算のトリガー信号として使用した.嗅覚刺激のサンプルには最も認知レベルが高かったものを用いた.香りを提した時の呼吸の吸息に一致させて脳波を加算した.我々はこれまでに健常者において,吸息に同期したα 帯域の律動波(Inspiration-phase lockedalpha band oscillation, I-α)が観察されることを示した.脳波(双極子追跡法)によりI-α の起源を推定することが可能であり,健常者においては吸息開始後100ms 以内に嗅内野皮質,海馬,扁桃体に,双極子が収束した.さらに300 ms から350 ms 付近で眼窩前頭葉に,双極子が最も収束することが確かめられた.この手法を用いて,アルツハイマー病患者において検査を行った.
【倫理的配慮】すべての検査について,昭和大学医学部倫理委員会が承認した説明文を用いて,被験者とその家族に対して口頭と文書で説明し,文書にて同意を得て行った.
【結果】嗅覚検査において患者を3 つのグループに分類した.(1)嗅覚の検知,認知両方が不可能な群.(2)検知ができるが認知できない群.(3)検知,認知が正常であった群.(1)においてはI-α は認められなかった.(2)においてもI-α は認めなかったが,吸息開始後100 ms に陰性波を認め,その電源は嗅内野皮質,海馬に推定された.(3)においては健常者で認められるI-α を認め,その電源は嗅内野皮質,海馬,扁桃体,眼窩前頭葉に収束を認めた.
【考察】検知のみができた患者において100 msに陰性波を認め,電源は嗅内野皮質,海馬に推定 された.したがって香りの認知には,嗅内野皮質や海馬における記憶情報と,扁桃体における情動変化が統合され,最終的に眼窩前頭葉へ投射されると考えられた.本研究において,アルツハイマー病患者では健常者と比較して,認知できない群が多かった.これはアルツハイマー病患者における脳内神経変性が,選択的に嗅内野皮質や海馬に多くみられることによると示唆された.I-α の収集,および双極子推定によって,主観的な嗅覚の認知障害を,客観的に評価することが可能であることが示された. 
 
II-2-6  10 : 00〜10 : 12
NIRSによる園芸療法の基礎研究;野菜を話題にした共感的会話が前頭前野に与える影響
豊田正博(兵庫県立大学大学院),天野玉記(社会福祉法人清章福祉会特別養護老人ホーム清住園),柿木達也(兵庫県立西播磨総合リハビリテーションセンター)
【目的】認知症高齢者を対象とする園芸療法では,コミュニケーションが促されて笑顔や会話が増えたという報告がある.また,認知症のケアに回想法が用いられることもある.今回,身近な植物を話題にした共感的会話が前頭前野に与える影響を調べるため,近赤外分光法(NIRS)を用いて,健常成人と健常高齢者に,野菜名から回想・会話する課題を行い,酸素化ヘモグロビン濃度変化(以下Δ[oxy-Hb])を比較した.
【方法】実施は2008年10月.対象は健常成人(I群;女11名.平均年齢36.5±13.3歳)と健常高齢者(II群;女11名.平均年齢77.5±5.5歳).課題はAB 2 課題.A 課題(野菜の回想・会話,90 秒):課題開始後,「野菜名(1 回目ダイコン,2 回目トマト,3 回目ジャガイモ)から思い出すことを話してください」と課題提示をし,発話に対して検査者が共感的な受け答えをして会話を続けた.対照課題としてB 課題(50 音の復唱,90秒):課題開始後,「これから言うことを繰り返してください」と課題提示し,検査者が「あいうえお」と言った後に「あいうえお」と復唱させ,以下「かきくけこ」「さしすせそ」と同様に行った.NIRS は24 チャンネル光トポグラフィを使用し,眼窩前頭野,前頭極,前頭前野背外側部,下前頭回付近の皮質のヘモグロビン濃度を測定した.タスクはA−B の順,課題間にレストを30 秒入れて3 回繰り返した.2 群間の差の検定は,対応のないt 検定で行った.
【倫理的配慮】被験者全員に事前説明を行い,文書にて実験協力・発表の同意を得た.
【結果】両群ともA 課題遂行中に眼窩前頭野,前頭極,前頭前野背外側部,下前頭回付近のΔ[oxy-Hb]が増加.群の増加は群より大きく,各部位で有意差(p<0.05)が認められた.B 課題遂行時は,両群ともほとんど賦活は見られず有意差も認められなかった.A 課題開始から各部位のΔ[oxy-Hb]増加開始までの所要時間をみると,I群はII群より長く,遅れていた.
【考察】両群ともA 課題では前頭前野(眼窩前頭野,前頭極,前頭前野背外側部,下前頭回等)に賦活が見られたがB 課題ではみられなかった.身近な野菜から回想・会話する場合と,回想につながりにくい言葉を復唱する場合では,前頭前野の賦活に差がみられた.野菜名からの回想は,食べる,調理する,栽培するなど肯定的で心地よい会話を生じ易く,検査者,被験者も共感しながら会話を続け易かったといえる.一方,B 課題のように機械的な会話では,前頭前野は賦活しにくいと思われる.今回,健常高齢者群では,健常成人群に比して前頭前野の賦活減少と賦活開始の遅れが認められた.健常高齢者より脳の賦活が低下する場合が多いと考えられる認知症高齢者の支援では,野菜・草花・果物など植物を話題にした共感を伴いやすい身近な話題を,より回想的にもちかけ,相手に快感情がもたらされるのをゆっくり待ちながら会話を続けることが前頭葉活性化に有効と思われる. 
   
 
心理検査関連
座長:加藤伸司(東北福祉大学)
II-2-7  10 : 12〜10 : 24
Executive Clock Drawing Test の臨床的有用性に関する研究;Rouleau法との比較検討から
加藤佑佳(藍野病院臨床心理科),小海宏之(花園大学),成本 迅(京都府立医科大学),園田 薫,安藤悦子,岸川雄介(藍野病院老年心身医療センター)
【目的】我々は認知症の早期発見や経過観察に適した神経心理学的検査であるClock DrawingTest(CDT)の中でも,遂行機能に鋭敏なRoyallら(1998)のExecutive Clock Drawing Task(CLOX)法に着目した.本研究では健常高齢者と軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment ;MCI),アルツハイマー型認知症(Alzheimer’sDisease ; AD)を対象にRouleau 法(Rouleau etal, 1992)との比較検討を行い,CLOX 法の臨床的有用性に関する基礎資料を得ることを目的とする.
【対象と方法】対象は健常者(Control 群)47名(平均年齢69.3±7.1歳),MCI 群37名(平均年齢71.2±8.4歳),AD 群52名(平均年齢72.5±5.6歳)である.方法は,対象者にCDT を個別に施行し,CLOX 法とRouleau 法の2 種類で評価した.分析は,対象者の群別の平均年齢,CLOX1,CLOX 2,Command CDT,Copy CDT について一元配置分散分析とTukey 法の多重比較を適用した.次に,Receiver Operating Characteristic(ROC)分析により各CDT のROC 曲線下の面積(area under the curve ; AUC)を比較し,CLOX 法の臨床的有用性を検証した.さらに,CLOX 法のカットオフ値を設定して感度と特異度を明らかにした.
【倫理的配慮】本研究の実施に際し,患者ないし家族に主旨説明がなされ了解を得た.
【結果】対象者の群別の平均年齢に有意差はみられなかった(F(2,133)=2.7,ns).CDT の各総得点の結果は表1 の通りとなった.ROC 分析の結果,Control 群とAD 群では,AUC が高い順にCLOX 1(0.873),Command CDT(0.871),CopyCDT(0.770),CLOX 2(0.737)となり,MCI 群とAD 群ではCLOX 1(0.804),CLOX 2(0.743),Command CDT(0.739),Copy CDT(0.734)となった.95% 信頼区間(confidenceinterval ; CI)はいずれも有意であった.Control群とMCI 群では全てCI は有意ではなく,両群の判別には適さなかったのでカットオフ値の分析から除外した.その結果,CLOX 1 で11/12 点,CLOX 2 で13/14 点にカットオフ値を設定すると,Control 群とAD 群では順に感度0.79 と特異度0.87,感度0.72 と特異度0.64 となり,MCI 群とAD 群では感度0.79 と特異度0.66,感度0.72と特異度0.59 となった.
【考察】CLOX 1 はControl 群とAD 群,MCI 群とAD 群を対象とした場合,AUC が最も高く,Rouleau 法に比較してより臨床的有用性が高い 可能性が示唆される.ただし,特異度が低く検討すべき点が残るため,MCI 群の認知機能レベルを厳密に統制して再度検討することや,遂行機能の把握に鋭敏な神経心理学的検査との妥当性の検証を行い,さらなる知見を深めることが課題であ る. 
 
II-2-8  10 : 24〜10 : 36
山口キツネ・ハト模倣テスト(YFPIT)&視空間記憶テスト(VSM);アルツハイマー病で低下する視空間認知機能を簡便に楽しく評価する臨床指標
牧 陽子(群馬大学医学部保健学科,老年病研究所付属病院),山口晴保(群馬大学医学部保健学科)
【背景】認知症の外来診療では簡便に実施出来るスクリーニングテストの開発が望まれている.アルツハイマー型認知症では,早期より記憶に加えて頭頂領域に関連した視空間操作の障害が出現する.今回,アルツハイマー型認知症の初診時に行うことが出来る視空間認知機能検査を2 種類報告する.我々が特に留意した点は,患者の心理的負担を軽減するために,認知検査とは感じさせない楽しい遊びのような検査とすることである.さらに実施については群馬大学倫理委員会の審査を受け了承された.
【Yamaguchi fox-pigeon imitation test(YFPIT)】頭頂葉の視運動機能を手の模倣課題を用いて検査をした.方法:被験者は認知症88人(AD 64),MCI 19 人,健常高齢者53 人である.課題は片手を用いた単純なジェスチャーの次に,両手を用いた複雑なジェスチャーを行った.なお,視空間操作評価を目的としていることから,模倣に関する言語指示は行わない.結果:検査の特異度は94%,感度はMCI 58%,CDR 1 で77%,CDR 2 で75%,CDR 3 で90% となった(左図).誤反応パターンの分析により,自他区別に関連する視点取得の機能がMCI の段階から低下傾向にあった.(Dem Geriatr Cog Dis, in press:当日マニュアルを配布します.)
【Computerized visuo-spatial memory test(VSM)】視空間記憶はMCI から認知症への転換の指標として有用であるが,HDS-R やMMSEは記憶の言語的側面のみを評価し,視空間記憶は下位項目に含まれていない.そこで,今回パソコンを使用した簡便な視空間記憶検査を開発した.方法:被験者はMCI 10名,認知症27名,健常高齢者29名である.画面に表示される数字の位置を覚える課題で,タッチパネルで回答をする.結果:覚えた数字数(スコア)の平均は,健常群6.7,MCI 群5.7,軽度認知症群4.7 で,群間に有意差があり(右図),スコアは,HDS-R の得 点と有意に相関した.(Psychogeriatrics, resubmitted) 
【考察】YFPIT は1 分以内にできる簡便な模倣課題であるが,敏感に認知症を判別できた.MCIでも半数以上が失敗した.VSM はMCI の段階から低下するので,MCI・認知症の補助診断として有用であろう.簡便で心理負担の少ない検査で臨床像の見当をつけて,さらに詳しい神経心理検査,または面接により臨床像を把握することで,効率良く患者の困難を評価し,診療を進められると考える.
【結論】視空間認知課題を用いた簡便な検査が認知症のスクリーニングや補助診断に有効なことを報告した.
 
II-2-9  10 : 36〜10 : 48
MCIの検出に有効な記憶検査の検討;もの忘れ外来における10年間の追跡より
高山 豊(国際医療福祉大学三田病院精神科),植田 恵(国際医療福祉大学三田病院精神科,帝京平成大学),小山美恵(県立広島大学),津野田聡子(国際医療福祉大学三田病院精神科)
【目的】記憶検査の遅延再生成績が,アルツハイマー病(AD)の早期検出に有効な指標であることは,多くの先行研究により報告されている.一方,軽度認知機能障害(MCI)の検出においても同検査の成績が有効であるという報告が散見されるが,長期予後についての報告は多様であり,一致した見解は得られていない.我々は,精神科もの忘れ外来を受診した患者で健常,MCI,軽度AD と診断された群の10年後の転帰と初診時の神経心理学的検査のうち,遅延再生検査の成績について検討した.そこから,これらの検査成績を用いた場合の診断の正確さ,およびその予後の予見についての有用性を検討したので報告する.
【方法】対象は,もの忘れ外来を受診し,長期に追跡が可能であった患者90名,内訳は,健常範囲と診断された健常群31名,MCI 群29名,軽 度AD(probableAD)群30名.AD の診断基準はNINCDS-ADRDA に,MCI の診断基準はPetersen(1999)に従った.初診時にすべての患者に,内科的・神経学的・精神医学的検査,脳画像検査を,また神経心理検査としては,MMSE,RCPM,stroop test,ROCFT,10 単語記銘検査,物語の再生検査等から構成される検査バッテリーMCIS(Mild Cognitive Impairment Screen)を実施した.10年間の追跡調査の後,各群の診断の転帰と,初診時の記憶に関する3 検査(ROCFT,10 単語記銘検査,物語の再生検査)の遅延再生の成績を検討した.
【倫理的配慮】個人が特定されない形でのデータの使用について本人および家族の同意を得ている.
【結果】MCI 群のうち,18名(62%)がprobableADに移行したが,11名はMCI のままであった.また軽度AD 群は,全員に症状の悪化がみられた.健常群では,加齢による軽微な認知機能の低下はみられたものの,AD を発症する者はいなかった.一元配置の分散分析を用いて,初診時における各記憶検査成績を3 群間で比較したところ,いずれの検査においても,健常,MCI,軽度AD の順で成績が低くなり,すべての群間で有意差が認められた.次に,健常範囲かMCI かの識別に絞って検討すると,感度・特異度は各検査ともに高かった.そこで,3 検査を組み合わせた場合の有効性についても検討を試みた.各検査において感度・特異度が最適となる得点をcut-off 値とし,3検査の成績がすべてcut-off 以下であることを識別の基準としたところ,個別の検査成績よりもより高い感度・特異度を示した.またMCI のbaserate を10% とした時,陽性正診率PPV 100%,陰性正診率NPV 98.1%,20% とした場合100%,95.9% を示した.
【考察】記憶検査の遅延再生成績はMCI の検出にも有効な指標であることが示唆された.さらに複数の記憶検査を適切に組み合わせた検査バッテリーを用いると,疾患検知の感度・特異度がより向上することが明らかとなり,専門外来でのMCIの精確な鑑別診断の補助に使用できるものと考えられた.
【文献】Petersen et al : Arch Neurol, 56 : 303-308(1999) 
 
II-2-10  10 : 48〜11 : 00
認知症相談において認知機能低下を鑑別する評価指標;地域在住健常高齢者を対象としたサンプル調査からの検討
若松直樹(日本医科大学老人病研究所街ぐるみ認知症相談センター),北村 伸(日本医科大学老人病研究所街ぐるみ認知症相談センター,日本医科大学武蔵小杉病院内科),石井知香,根本留美(日本医科大学老人病研究所街ぐるみ認知症相談センター),野村俊明(日本医科大学老人病研究所街ぐるみ認知症相談センター,日本医科大学基礎科学・心理学),川並汪一(日本医科大学老人病研究所街ぐるみ認知症相談センター,北海メディカルネットワーク)
【はじめに】我々は2007年より,文部科学省社会連携研究推進事業として助成金を受け,地域に おける認知症の早期発見,早期治療の開始を目指す「街ぐるみ認知症相談センター(以下,センター)」を運営している.センターの働きは医学的行為とは異なるが,医師の管理・指導のもと臨床心理士がタッチパネル式認知症スクリーニング機器(以下,TP)やMMSE(Mini Mental StateExaminastion)により評価を行い,それを相談者の「かかりつけ医」へ情報提供することで治療的介入を早めることを一つの目的としている.TPは鳥取大学医学部浦上克哉教授らが開発したソフトウエアであり,感度,特異度ともに各種検討を経ているが,我々は相談臨床をとおして,これをさらに補強するための簡便な認知機能評価尺度の必要を感じ検討したので報告する.
【方法】簡便な脳局在の神経心理学的評価を意図して,MMSE,鹿島による「7 語記銘」,「影絵のキツネを用いた手指構成(逆キツネ)」ほか,「透視立方体模写」,「語流暢性(語頭音,カテゴリ)」,「Stroop 課題(文字/色干渉)」を用いた.また,注意・集中の指標として「順唱(最大5 桁)」,抑うつ気分の指標として「Geriatric DepressionScale 15(GDS 15)」をあわせて用いた.なおこれらの尺度のいくつかは明らかな標準化がなされていないため,今回は健常高齢者データの収集を目的として,シルバー人材センターを通して120 例のサンプルデータを得た.検討対象は実施時の健康状態聴取により,神経心理学的評価に影響を与える明らかな既往・現病歴のある者と,MMSE 24 点未満は除外した115 例.男性55名(平均年齢70.2±3.8歳),女性60名(平均年齢69.2±3.6歳)である.
【倫理的配慮】本検討は日本医科大学倫理員会の承認を経たうえで,参加者には匿名性の厳守等を充分に説明し同意を得ている.
【結果】いくつかの指標について,各々115 例全体ので結果を示す(斜体は臨床的な境界値とした2 SDの加算または減算値).〈MMSE〉27.9(24.1)点.〈順唱〉4.8(4.0)桁.〈GDS〉3.2(8.9)項目該当.〈7 語記銘〉即時再生(5 回試行);4.5(2.7)語→5.6(3.7)語→6.2(4.7)語→6.4(5.0)語→6.6(5.5)語.遅延遅延再生5.7(3.5)語.〈語流暢性〉語頭音;[し]7.2(1.4)語,[い]7.1(1.6)語,[れ]5.3(1.3)語,カテゴリ;[動物]12.8(5.5)語,[乗り物]9.4(4.1)語,[果物]10.0(5.6)語.〈Stroop 課題〉PartI; 19.8(31.3)秒,Part ; 23.3(36.6)秒,PartIII ; 32.4(54.0)秒,PartIII/PratI値1.7(2.5).
【考察】現在,TP およびMMSE によっては明らかな認知機能低下を認めないものの,本人や家族情報では何らかの機能低下が疑われる事例に対して当検査バッテリーを施行しつつある.なおこれに先行して,センター相談者のうち希望のあった36名(男性19名,平均年齢74.4±7.0歳,女性17名,平均年齢68.0±12.8歳)に対し同検査バッテリーを実施したところ,それぞれの検査においてシルバー人材センター(健常)群と有意な差を認めなかった.ちなみに,36名の来所動機は主として健忘への不安であったが,このうち63.9% は単独来所による相談であった.またこれとは別に,センター来談者のうち,同伴者なし群(110名)と同伴者あり群(138名)のTPとMMSE を比較したところ,それぞれ,TP(11.5点,8.2 点),MMSE(26.6 点,21.9 点)と,同伴者なし群は得点が有意に良好であった(p<.05).これらからみて,センターに健忘を主訴に来所する単独相談者は,その時点では概ね健常である可能性がうかがわれた.医療機関とは異なるセンターでの評価には充分留意が必要だが,当検査を通して認知機能低下の発見に努め,かかりつけ医ほかによる認知症の早期治療開始を促進してゆきたい. 
   
 
社会支援関連
座長:今井幸充(日本社会事業大学)
II-2-11  11 : 00〜11 : 12
認知症高齢者に対する自動車運転中止後の社会支援のあり方に関する検討
新井明日奈,水野洋子,荒井由美子(独立行政法人国立長寿医療研究センター長寿政策科学研究部)
【目的】65歳以上の運転免許保有者数は年々増加しており,また,加齢に伴い自動車運転に影響を 及ぼす認知症等の発症リスクが高まることから,今後,認知症や何らかの理由によって運転を中止する高齢者数は増加することが予想される.一方,先行研究では,運転中止による高齢者の健康や社会生活への負の影響が指摘されており,運転中止後の高齢者に対する社会的支援が不可欠である.そこで,本研究では,一般運転者における運転に対する意識及び運転中止後に支障が生じる可能性のある日常的な活動を把握し,認知症等により運転を中止した高齢者に対する社会支援策について検討することを目的とした.
【方法】郵送法による自記式質問票を用いて,全国の一般生活者(40歳以上の1,191名)を対象に高齢者・認知症高齢者の自動車運転に関する意識調査を実施し,1,010名(回答率84.8%)より回答を得た.本研究では,調査項目のうち,自動車を運転する者に対して複数回答で尋ねた以下の2 項目,1)運転中止を考えるときに,中止をためらうとすればその理由,及び2)運転中止後に支障があると予想される自身の活動について,年齢層別の比較と関連因子の探索を実施した.
【倫理的配慮】調査対象者に対し,研究の意義及びデータの管理について十分説明した上で,無記名の質問票を用いて得られたデータを全てコード化し,解析を行った.
【結果】40歳以上の一般運転者(n=517)において,運転中止をためらう理由として最も多く挙げられた項目は,「自身の仕事や日常生活における外出に支障が生じるため」(66%)であり,年齢層による差異は認められなかったが,小都市居住者や就業者に多いことが示された.また,「自分の生きがいがなくなるため」と回答していた者の割合は,非高齢層に比して高齢層において有意に高いことが示された.次に,運転中止後に,支障が生じると思われる自身の活動については,「食品・日用品の買い物」を挙げていた者が全体の62% と最も多かった.非高齢層では「余暇活動」(60%)がこれと並んで多く挙げられていたのに対し,高齢層では「病院へ行くこと」と回答していた者の割合(59%)が,非高齢層(38%)に比して顕著に高かった.
【考察】本研究より,一般運転者は,年齢層に関わらず,自動車運転を自身の移動手段として重視しており,高齢者では,自動車運転を生きがい等の意味合いとしても捉えていることが示された.したがって,運転中止後の高齢者にとっては,移動手段の確保のみならず,生きがい等の質的側面からの支援も重要であることが示唆される.また,高齢者では,「買い物」や「通院」など日常生活に不可欠な活動の移動手段を自動車運転に高く依存していることが示されたことから,移動支援のあり方としては,高齢者の居住環境を考慮し,移動目的に沿った支援の実現を図ることが求められる.
【謝辞】本研究は,厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業(H 19‐認知症‐一般‐025;研究代表者:荒井由美子)及び長寿医療研究委託事業(21 指‐9;研究代表者:荒井由美子)の助成により行われた. 
 
II-2-12  11 : 12〜11 : 24
若年性認知症の業務上の問題に関して;一症例を通して産業医の立場から
牧 徳彦(牧病院),谷向 知(愛媛大学脳と心の医学),石川智久(兵庫県立姫路循環器病センター)
【背景】原因疾患に因らず65歳未満発症の認知症を「若年性認知症」と定義して,その疫学的な実態調査が近年国の主導で行われている.働き盛りの現役世代で発症するため,家族の経済的負担が大きい点を指摘されており,生活支援のための医療と福祉の連携が望まれている.今回,嘱託産業医として若年性認知症の事例を経験したので,職場環境の観点から報告する.なお,本人・代諾者には発表趣旨について了解を得,発表に際しては匿名性が維持されるよう配慮した.
【症例】50歳男性,大手企業の品質管理部に勤務.X−4年4月に課長に昇進してから業務上のミスが多くなり,真面目な人柄から「うつ病」ではないかと周囲に心配されていた.X−4年11月に口周囲の違和感を訴えて,産業医の健康相談に自ら訪れた.同月には総合病院心療内科を受診して,「うつ病」と診断され,抗うつ剤を投与された.しかし,その後も症状改善せず,注意集中力低下が目立ち始め,作業効率が低下した.相談場面では,当初の深刻味が無くなり,記銘力障害も認めたため認知症を疑い,X−3年9月にE 大学精神科を受診した.種々の検査の結果,若年発症のアルツハイマー病初期と診断された.アルツハイマー病の特性を鑑み,運転を要する業務(通勤含む)や品質管理・デザインなどの細かな作業を要する業務から,書類整理や単純作業などに業務内容を変更するように会社に勧告して,会社側も出来る限りの配慮を示した.その後,同僚らの協力のもと,通常業務が継続されたが,実際には業務に対して集中力が持続できず,離席が目立ち,会社内でも迷子になるようになった.そのため,同僚らが眼を離せない事態に陥った.X−1年,他の職員から「会社が給料を払って,介護をしているようなもの.同僚の負担が大きくなっている.うつ病のように,休職して改善する疾患ではなく,今後どうするのか」と不満が上がるようになった.
【経過】主治医である精神科医師と共に対応策を検討したが,出来るだけ業務を継続させる事が能力維持に関しては望ましいとの意見では一致した.実際,発症して4年以上の経過であるが,進行は緩徐にとどまっている.しかしながら,産業保健の面では他職員に与える影響が大きく,業務運営の支障も明らかであった.
【考察】若年期認知症サミット(2007 広島)アピール宣言では,企業が社会的責任を認識して,認知症を理由とする解雇をしない事を求めると共に,国に対して,税や医療費,年金,子供の養育,就労等の支援策を講じるように要望している.また,住宅ローンや生命保険に関しては高度障害の認定を望んでいる.一方,近年は職場におけるメンタルヘルスの重要性が強調されており,本事例は職場環境の観点で言えば好ましい状況ではない.職場での不満感情は大きい.当該企業は,当該職員の残存機能を維持させる努力を十分していたと考えるが,今後は周囲の同僚への心理的・物理的支援も必要であろう.若年性認知症の啓発を一層進めて,周囲の理解の上で,働き続けることの出来る職場環境整備に取り組んでいきたい. 
 
II-2-13  11 : 24〜11 : 36
BPSDケアの実態と,医療と福祉の機能分担と円滑な連携についての調査
杉山博通,數井裕光,板東潮子,山本大介(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室),木藤友実子(日本生命済生会日生病院精神科),野村慶子,和田民樹,高屋雅彦,上甲統子,徳永博正,武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
【目的】Behavioral and Psychological Symptomsof dementia(BPSD)ケアの実態を把握し,医療と福祉の機能分担と連携に何が必要かを明らかにすること.また我々は,患者家族,福祉職,かかりつけ医,専門医が円滑に連携できるよう互いに患者情報を共有できる連携ファイルの提案を考えているが,これについての意見を聞く.
【方法】(1)対応に苦慮するBPSD,(2)専門医受診の必要性に対する認識,(3)介護に関する情報の入手方法,(4)我々の提案する連携ファイルについて,に焦点を絞ったアンケートを,患者家族,福祉職,かかりつけ医ごとに設定し,主に選択式で回答させた.2009年10月26日から2010年3月31日まで実施した.
【結果】患者家族244名,福祉職292名,かかりつけ医15名,全551名から回答が得られた.(1)対応に苦慮するBPSD:BPSD は,NeuropsychiatricInventory の項目を設定したが,対応に困ると答えたBPSD は妄想,興奮,易刺激性,異常行動,睡眠障害が多く,睡眠障害は3 群で共通して多かった.専門病院での入院治療が必要と考えるBPSD には,異常行動,睡眠障害が多く,他に,福祉職では食行動異常,かかりつけ医では興奮が多かった.また3 群とも,専門病院で入院治療すべきか,自宅・ケア施設で対応すべきか判断に悩み,入院の基準となる目安があればよいと考えている割合が高かった.精神科病院への抵抗感を持つ割合は,福祉職,患者家族で高く,かかりつけ医では比較的低かった.3 群とも,精神科病院で,どのような治療が行われているか情報が開示されれば,抵抗感が減ると回答する割合が高かった.(2)専門医受診の必要性に対する認識:専門医を受診する必要性について,専門医の診断を受けなければ支障をきたすと考えている割合は,福祉職で79%,かかりつけ医で67% と高かったが,必須であると考えている割合は,福祉職で31%,かかりつけ医で20% と低かった.また専門医を受診しやすくするためには,かかりつけ医が積極的に紹介する,専門医が往診を行う,と回答した割合が高かった.また,専門医が出張するシステムについては,数ヶ月に1 回くらいの需要があり,有料であれば1 時間5000 円以下の支払いをするという割合が高かった.(3)介護情報入手先:患者家族は,ケアマネ(28%),家族会(18%),マスコミ(15%)が高かった.情報を入手しても役に立たなかった場合の原因として,3 群とも,実習形式が望ましい,情報に具体性がないという理由が多く,患者家族では,必要な情報が探せないという理由も多かった.(4)連携ファイルについて:連携ファイルの作成は3 群とも9 割以上が支持した.掲載して欲しい項目として,診断名,処方薬,注意点,BPSD への対処方法,声かけ方法が多かった.対応法を載せて欲しいBPSD として,患者家族では,異常行動,妄想,睡眠障害が,福祉職では,異常行動,興奮,妄想が,かかりつけ医では妄想,興奮が多かった.
【考察】医療と福祉の機能分担と連携には,専門病院で入院治療すべきBPSD の基準を作成し,専門病院での治療内容を公開する必要がある.専門医受診を促進するには,かかりつけ医の紹介の強化,専門医の往診を啓発する必要がある.連携ファイルは,情報共有のために,診断名,処方薬,注意点などを盛り込み,必要とされるBPSD の対応法を盛り込んだ,個別性の高い内容である必要がある.