第25回日本老年精神医学会

 
大会長
池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部脳機能病態学分野)
会 場
KKRホテル熊本  〒860-0001 熊本市千葉城町3−31
Tel:096-355-0121 Fax:096-355-7955 
URL:http://www.kkr-hotel-kumamoto.com/
大会概要
タイムテーブル
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プログラム
6月25日(金) 第1会場
 
FTLD 関連(2)
座長:尾籠晃司(福岡大学病院)
II-1-1  9 : 00〜9 : 12
32歳で発症した舞踏病様不随意運動を伴う前頭側頭型認知症の一例
河上 緒(東京都立松沢病院精神科,東京都精神医学総合研究所老年期精神疾患研究チーム,横浜市立大学精神医学),新里和弘(東京都立松沢病院精神科,東京都精神医学総合研究所老年期精神疾患研究チーム),湯本洋介(東京都立松沢病院精神科),大島健一(東京都立松沢病院精神科,東京都精神医学総合研究所老年期精神疾患研究チーム),安野みどり(東京都立松沢病院精神科),新井哲明,秋山治彦(東京都立松沢病院精神科,東京都精神医学総合研究所老年期精神疾患研究チーム),新井 誠(東京都精神医学総合研究所統合失調症研究チーム),糸川昌成(東京都立松沢病院精神科,東京都精神医学総合研究所統合失調症研究チーム),後藤 順,市川弥生子(東京大学付属病院神経内科),岡崎祐士(東京都立松沢病院精神科)
 我々は,32歳で発症し,両下肢に舞踏病様の不随意運動を伴い,急速に人格変化が進行したFTD の1例を経験したので報告する.症例は36 歳女性.家族歴は父親がアルコール依存症,叔母が統合失調症,弟が精神疾患の疑いである.元来,活動的な性格だった.21歳で中国の大学に進学し,その後発症まで同国で生活をしていた.X−4年(32歳),情動変化,意欲低下,家事遂行困難が出現した.X−2年(34歳)には呂律不良,「行こう行こう」等の反復言語,常同的周徊,貧乏揺すり,過食が出現した.万引きで,捕まったこともあった.10月に中国の病院を受診し,うつ病の診断の下,加療が開始された.脱抑制的行動が目立つようになり,X−1年(35歳)5月北京の病院に入院となった.Fluvoxamine,Olanzapine の薬物療法やECT(計8 回)が施行されたが,奏功しなかった.MRI で前頭側頭葉変性症が疑われ,Memantine による薬物療法が開始になった.入院継続のためX年7月に帰国し,我々の病院に入院となった.入院時,MRIにて両側前頭・側頭葉に強い萎縮,両側側脳室拡大,尾状核の委縮,SPECT にて両側前頭・側頭葉の血流低下を認めた.言語理解や相貌認知は良好で,構音障害や失語は見られなかった.HDSR14 点,MMSE 18 点,髄液中総タウ蛋白157pg/ml,リン酸化タウ22.7 pg/ml と正常であった.両下肢の舞踏病様不随意運動および筋トーヌス低下が認められたことから,ハンチントン病,DRPLA,SCA 17 の原因遺伝子を検索したが,いずれもCAG リピートの異常伸長は認められず,これらの疾患は否定された.TARDNA-binding protein of 43 kDA(TARDBP)およびgranulin (GRN)においても,変異は同定されなかった.Memantine は国内未発売のため中止し,Donepezil を開始したところ,尿失禁や夜尿が出現し,8日後に中止した.抑肝散とTrazodonehydrochloride に切り替え,不安焦燥,徘徊に若干の効果がみられた.しかし,症状は急速に進行 し12月には自発言語はほとんど消失し,口唇傾向,盗食,不潔行動が散見されるようになった.HDS-R 3 点,MMSE 6 点まで低下していたが,視空間認知は良好であった.本邦におけるFTDの既報告例と比較し,本例は,若年発症,精神疾患の家族負因,舞踏病様不随意運動を伴う等の点が特異である.舞踏病様不随意運動および眼球運動障害を伴うFTD でTARDBP 変異を有する例が最近報告されているが,本例では同遺伝子の変異は同定されなかった.本例は,FTD で規定される疾患群の多様性を示しており,今後さらに詳細な症候学的・遺伝子的解析が必要である.患者の家族歴,生育歴,現病歴において個人情報保護のため,趣旨に影響を与えない範囲で若干の改変を加え,父,叔父から症例提示の承諾を頂いた.
 
II-1-2  9 : 12〜9 : 24
前頭側頭型認知症の発症前に精神病症状が約11年先行した1初老期症例
田端一基,森川文淑,猪俣光孝,直江寿一郎(医療法人社団旭川圭泉会病院)
【はじめに】前頭側頭型認知症(FTD)の発症前に統合失調症様の精神病症状が約11年間出現した症例について報告する.
【倫理的配慮】本症例の発表に際しては匿名性の保持,個人情報の流出防止について十分配慮した.
【症例】62歳,女性.診断は1998年のNeary らの診断基準により前頭側頭型認知症(FTD).X−11年(50歳)に不眠,体をちくちくされるという体感幻覚,狐の霊がついている憑依妄想が出現しA 病院を受診,スルピリドによる薬物療法で短時間で症状は改善した.その後何度か同様の状態が出現し短期間の薬物療法で改善することを繰り返した.X−5年(56歳)に支離滅裂な会話内容,突然興奮し精神運動興奮状態が出現し当院に紹介入院.リスペリドンによる薬物療法で1か月ほどで精神症状は改善した.X−2年2月(59歳)時に幻聴,作為体験で全裸で道路に出るため入院,精神運動興奮が著しく電気けいれん療法(ECT)を施行し症状が改善,X−2年10月には幻聴,被害妄想,拒食・拒薬で入院,ECT で改善している.X年(61歳)時より人格変化が認められ当院物忘れ外来を受診.精神症状はアパシー,融通のなさを認め病識は欠如,WCST では著しい保続を認め,脳MRI で前頭・側頭葉に著しい脳委縮,脳血流SPECT で前頭・側頭部の血流低下を認め1998年のNeary らの基準によりFTD と診断された.X年5月著しいアパシーに対してパロキセチンによる薬物療法を行ったところ,じっとしていられず空の電気がまのスイッチを入れる,コンロを使用しようとしてガスだけを出し火をつけない,内服薬も一度に3 回分服用するなど行動にまとまりを欠くようになり入院.入院後昏迷状態を呈しECT を施行した.昏迷は解除され行動のまとまりも認められるようになった.現在は薬物療法は行なっていないが精神症状として軽度のアパシーを認める.
【考察】FTD の発症の約11年前から精神病症状が認められたFTD の62歳女性症例を報告した.同様の報告はReischle らがlate onset の統合失調症類似の症状で発症した53歳のFTD 症例を報告している.また鈴木らはECT で改善したFTD 類似の症状で発症した緊張病の51歳男性症例を報告している.本症例は統合失調症様の精神病症状態がFTD の発症に約11年間先行して存在していた.統合失調症圏の疾患とFTD の単なる合併例なのか統合失調症圏の疾患にFTD を発症する一群があるのか今後症例を蓄積していく必要があると考えられた.
 
II-1-3  9 : 24〜9 : 36
幻覚,妄想で初発した前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia : FTD)の一例
今村 徹(新潟医療福祉大学言語聴覚学科,新潟リハビリテーション病院神経内科),佐藤杏奈(新潟医療福祉大学言語聴覚学科),佐藤卓也(新潟リハビリテーション病院リハビリテーション部言語聴覚科)
前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia :FTD)では妄想の頻度は低く,幻覚は極めて稀であるとされている.今回我々は被害妄想と幻聴を呈したFTD の一例を報告する.
【症例】73歳女性.右利き.
【主訴】(本人)とくにない.(家族)幻聴,被害妄想,身なりや家事に気を使わなくなった.
【既往歴】精神疾患や幻覚,妄想の既往なし.
【生活歴】元競馬場勤務.長年独居生活.
【現病歴】6 ヵ月ほど前から身なりや家事などに構わなくなり,料理も単純なものしか作らず,趣味のパッチワークにも関心を示さなくなった.同じ頃から,3 軒隣の住人に盗聴器を仕掛けられているという被害妄想と,夜間その家からカラオケの声が聞こえてくるのでれない,自分の話したことと同じことが聞こえるという幻聴を繰り返し訴えるようになった.生活上物忘れは目立たなかった.家族とともに当院神経内科を受診した.
【神経学的所見】特記事項なし.
【神経心理学的所見】意識清明.質問には無表情で超然とした態度で答え,感情表現に乏しかった. 幻覚や妄想に話を向けると上記の内容を淡々と訴えた.家事や趣味活動に対して無関心になったことを指摘すると「面倒くさくなった」などと場当たり的に答えるのみ.検査には協力的であるが淡々と課題を行い,成功・失敗などにも無関心.数唱順5,逆2 桁,MMSE 得点25/30,ADAS減点6/70.近時記憶障害,構成障害はごく軽度.FAB 得点12/18.Proteus maze 11歳レベル.WCST 達成カテゴリー1 st,2 nd step とも2.BADS total score 12/24.遂行機能障害が明らかで,課題遂行は場当たり的で効率的な方略が形成されず,しばしば計画を立てずに課題を始め,規則無視もみられた.不適切な方略や無意味な試行錯誤などを自己修正することができず,誤りはしばしば保続的に繰り返された.
【検査所見】血液血清生化学検査に特記事項なし.脳波は基礎波8.5 c/s で年齢相応.頭部MRI では前頭葉にやや強い脳溝の拡大を認めたが側頭葉内側面の萎縮は軽度.頭部CT で大脳基底核,小脳などに石灰化なし.脳血流SPECT では前頭側頭葉の集積低下が明らか.
【経過】セレネース0.75 mg/日投与後,自分の話したことと同じことが聞こえるという幻聴はみられなくなった.盗聴されているという被害妄想とカラオケの声が聞こえるという幻聴の訴えは続いたが,「言ってもやめないから仕方がない」と述べるようになった.日常生活で身なりや家事に構わない,趣味活動に関心を示さないといった傾向に変化はなかった.発症1.5年目に施行したADAS日本版の減点は9/70,FAB 得点は12/18で,診察・検査場面での反応にも大きな変化はなかった.本研究については患者家族から説明に基づく同意を得た.
【考察】本症例は被害妄想と幻聴が見られたが,対人接触性の障害と情動の鈍麻,衛生管理の障害,興味関心の喪失などを呈し,神経心理学的に前頭葉課題での低下と遂行機能障害が明らかであった.さらに機能画像での前頭側頭葉の障害もみられ,FTD の範疇に含まれると考えられる.近年,幻覚と妄想を呈する非典型的FTD 症例の剖検でubiquitin 陽性,TDP-43 陽性のFTLD(FTLDU)の病理像が報告され,家族性FTLD-U で発見されたPRGN 遺伝子異常を持つFTD に一定の割合で幻覚と妄想が見られることも指摘されている.本症例もそのような神経病理学的・分子生物学的基盤を有している可能性があり,今後の検討が必要である.
 
II-1-4  9 : 36〜9 : 48
『他者への意識』がみられる前頭側頭型認知症の一例
園田亜希(医療法人鶯友会牧病院),石川智久(兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室),小森憲治郎,樫林哲雄,清水秀明,園部直美,森 崇明,福原竜治,谷向 知(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学)
【はじめに】前頭側頭型認知症(fronto-temporal dementia ; FTD)にみられる精神症状には,脱抑制や常同行動などのほか,他者を省みないいわゆる『わが道を行く』言動が病初期からみられることが特徴である.今回われわれは,FTD 特有の精神症状や行動障害を呈する一方で,ある程度他者を意識する態度がみられたFTD 症例を経験したので報告する.
【症例】57歳,男性,左利き.X−1年頃より,物の名前を言い間違える,車の運転が荒くなるなどの症状が出現,次第に落ち着きがなくなってきたため,X年12月に当科を初診した.初診時の問診票には『良くねむれない』,『物事に対して的確な判断ができない』,『聞いたことをすぐに忘れる』と書かれているが,診察時には「自分では変わっていないと思う」,「つらくはないです」と語り,深刻味に欠け多幸的であった.しかし,立ち去り行為はなく,礼節は保たれていた.頭部MRI では左前頭葉穹隆面の萎縮と深部白質の虚血性変化を,脳血流SPECT では大脳皮質の不均一な血流低下を認めた.神経心理学的検査では,MMSE 28/30(時−1,再生−1)であったが,FAB 11/18(類似性−3,語流暢性−2,運動系列−3)で前頭葉機能の低下が疑われた.臨床症状や諸検査よりFTD が最も考えられたが,家族を真剣に気遣う場面がみられた点で非典型的であり,経過観察していたところ,次第に同じものを買う,勤務地が自宅近くに異動したのに以前と同じ時刻に出勤するといった常同行動や,勤務中車から降りて放尿する,娘の授業料を使い込むなど脱抑制的な行動が顕在化した.職場には,環境変化を避け,できる限りパターン化した業務に従事できるよう依頼し,就労を続けていた.しかし,職場の協力にもかかわらず職場でも尿失禁や不適切な接客対応が出現し,職務に支障を来たすようになったため,X+2年1月に休職,精査目的にて当院入院となった.診察場面での応答は当意即答で,自由会話にて頻回に語性錯語を認めた.しかし,言い間違えたことに関しては,他者から指摘されなくてもきまりの悪そうな態度や照れ笑いがみられた.主治医の名前を尋ねるとしばらく考えて答え,間違っていると「すみません」と謝罪するような態度もみられた.遂行機能を評価するBehavioural Assessment of the Dysexecutive Syndrome(BADS)に付随する質問票Dysexecutive Questionnaire(DEX)では56 点(家人は38 点)と高いスコアを示した.Profile of Mood States(POMS)では,休職前に比べ,緊張−不安スコアの低下を認めた. 入院生活では毎朝早朝から廊下の照明をつけて回るなどの脱抑制的な行動はあるが,入院後いくぶん表情は和らぎ,歩行中の高齢患者に杖を差し出すなど他者に対する気遣いがみられた.
【まとめ】脱抑制や常同行動,被影響性亢進などの臨床症状や臨床経過,画像および神経心理学的検査所見から初期FTD と診断した.本例は発症から3年以上経過しているにもかかわらず,自らの言動に対する内省や就労時の緊張がみられるなど,ある程度病感が保たれている点において興味深い症例と考えられた.
   
 
薬物療法
座長:繁田雅弘(首都大学東京)
II-1-5  9 : 48〜10 : 00
塩酸ドネペジルの副作用と少量維持投与の必要性;易怒性や暴言・暴力などの効き過ぎ症状と循環器系副作用の低減
山口晴保(群馬大学医学部保健学科),牧陽子(群馬大学医学部保健学科,老年病研究所付属病院)
【目的】塩酸ドネペジルは,アルツハイマー型認知症(AD)の唯一の治療薬であり,広く使われている.その作用は,意欲や認知機能の向上であるが,この作用によって,易怒性や暴言・暴力が悪化して介護が困難になるケースにしばしば遭遇する.このような場合には,塩酸ドネペジルを5mg から減量すると,易怒性や暴言・暴力が減少し,しかも認知機能の悪化も防げることが経験的に知られている.そこで,今回,AD に対して塩酸ドネペジルの少量維持投与が,どのような理由でどの程度の頻度で行われたか,自験例を振り返ってデータをまとめた.
【方法】A 病院,B 病院,C 診療所にて主治医として診療に携わっているAD 患者64例,レビー小体型認知症(DLB)11例他を対象とした.2008年1月〜2010年1月までに複数回診療した患者から,塩酸ドネペジル少量維持投与患者を洗い出す後ろ向き調査を行った.本調査のプロトコルについては,国立長寿医療センターにて倫理審査を受けた.さらに実施については群馬大学疫学倫理委員会の審査を受け了承された.
【結果】AD 64例における塩酸ドネペジルの投与状況を表1 に示す.8例(12.5%)が投与なしであった.はじめから不使用4例で,その理由は不整脈1例,易怒性や暴言・暴力などのBPSD 3例で,2.5〜5 mg/日からの中止4例は,心不全が1例と,徐脈が1例,BPSD が2例であった.2.5 mg/日の少量維持投与は6例(AD の9.4%)で,5例が易怒性や暴言・暴力などBPSD の悪化,1例が下痢のためであった.DLB 11例では,4例が投与なし(BPSD で5mg から投与中止),7例が2.5 mg/日投与だった.このように,DLB 症例を除いても,介護者の負担を増大させる暴言・暴力などのBPSD で,AD において塩酸ドネペジルの少量投与が必要であった.なお,すべての例で少量維持投与後にはBPSDや下痢,徐脈など,減量の原因となった副作用は改善した.認知機能については,多くの例で悪化がみられなかった.このほか,塩酸ドネペジル2.5 mg/日とβ ブロッカー(塩酸アロチノロール10 mg)の併用により高度の徐脈(33/分)を来した症例を経験した.シロスタゾールとの併用で心房細動や心不全となった症例も経験した.前頭側頭型認知症で他医から塩酸ドネペジルを投与されていた3例では,塩酸ドネペジル中止によりBPSD が軽減して介護負担が軽減した.
【結論】塩酸ドネペジル少量維持投与は,副作用を避けるために必要であり,一割近い症例でその必要があった.よって,少量投与を一律に認めない制限を可及的に撤廃すべきである.また,循環器系の副作用(徐脈や心不全),特にβ ブロッカーなど循環器系薬剤との併用には充分な注意が必要である.
 
II-1-6  10 : 00〜10 : 12
ドネペジルの神経変性抑制作用の検討;タウオパチーモデルマウスを用て
吉山容正(国立病院機構千葉東病院臨床研究センター神経変性疾患研究室,国立病院機構千葉東病院神経内科)
【背景】ドネペジルはアルツハイマー病の治療薬として最も広汎に使用されているアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChEI)である.AChEIはアルツハイマー病で低下する神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を抑制することで,機能的に作用すると考えられている.しかし,ドネペジルの長期臨床観察やMRI を用いた脳萎縮評価研究から,ドネペジル自体がアルツハイマー病の病態抑制作用のを持つ可能性が考えられる.一方,最近,アセチルコリンに抗炎症作用があることが発見され,神経と免疫・炎症の関連作用において,アセチルコリンが重要な役割を演じていることがわかってきている.アルツハイマー病において,炎症機序が重要な役割を演じていることはよく知られていることであり,ドネペジルが抗炎症機序を介してアルツハイマー病の病態改善をもたらしている可能性がある.われわれが開発したタウオパチーモデルマウスであるPS 19 は,タウ病理発現以前より,マイクログリアの活性化が認められ,免疫抑制剤によりタウ病理,神経変性の軽減が可能なことを報告し,炎症機序の重要性を報告した.今回,このモデルマウスを用い,ドネペジルがタウ病理,神経変性,炎症機序にどのような影響を与えるかを検討した.
【方法】15 匹P 301 S 変異タウ遺伝子導入マウス(PS 19)と6 匹の野生型マウス(WT)に100 grあたり1 mg のドネペジルを混入した粉えさを2月齢から投与し,10月齢で解剖し,病理学的,生化学的に検討した.対照として薬剤を含まない粉えさを10 匹のPS 19 と6 匹のWT に与えた.
【結果】ドネペジル投与PS 19 マウスでは,シナプス変性,神経変性,タウ病理の軽減が認められた.生化学的検討でタウの不溶化が抑制され,リン酸化も軽減していた.特に,リン酸化タウ抗体AT 8 での差が著明であった.想定されるタウリン酸化酵素の活性を検討したところ,JNK の活性が強くドネペジル投与PS 19 で低下していた.神経炎症を評価するためマイクログリアの活性化を評価するためマイクログリアマーカーであるIba 1 で染色したところ,PS 19 では著明なマイクログリアの活性化が確認されたが,ドネペジル投与群では抑制されていた.ドネペジルに全身性の炎症抑制効果があるかを調べるため,リポポリサッカライドをWT マウスに腹腔内投与し,人工的に全身性の炎症を誘導したところ,ドネペジル投与群では脾臓のCOX,IL-1 β の発現が抑制されており,ドネペジルの全身性の炎症抑制効果が確認された.
【考察】アルツハイマー病においてはアミロイド仮説が広く信じられているが,近年の研究から,人においてはタウ病理と認知症症状の関連がより直接的であることが分かってきており,人の治療を想定した場合はアミロイドモデルよりもタウモデルを用いた研究がより,臨床的と考えられるため,われわれは今回タウモデルマウスを用いて検討した.ドネペジルが抗炎症機序を介して神経変性を抑制する可能性が示唆された.特にJNK の抑制が重要な役割を演じている可能性があった.アセチルコリンに生理的役割以外に病態抑制作用がある可能性が示唆された.
 
II-1-7  10 : 12〜10 : 24
塩酸ドネペジルに伴う尿失禁に牛車腎気丸が奏効したアルツハイマー型認知症の1症例
長濱道治(島根大学医学部精神医学講座,こなんホスピタル),宮岡 剛,堀口 淳(島根大学医学部精神医学講座),福田賢司(こなんホスピタル)
【はじめに】アルツハイマー型認知症に使用されている塩酸ドネペジルは,アセチルコリンエステラーゼを可逆的に阻害することにより,脳内でのアセチルコリン濃度を高め,コリン作動性神経系を賦活する薬剤である.副作用としては嘔気・嘔吐などの消化器症状が主であるが,今回我々は塩酸ドネペジル投与に伴う尿失禁が牛車腎気丸の追加投与で消失したアルツハイマー型認知症の興味深い1 症例を経験したので報告する.なお,患者個人が特定されないように配慮し,症例理解が損なわれない範囲で内容の一部を改変した.
【症例】83歳,女性.糖尿病や高血圧の既往歴はなく,薬剤の内服はない.X−1年6月頃より自分で話したことや聞いたことをすぐに忘れてしまうことがあるなどの物忘れが目立つようになった.人に会うことはあまり好まず,日中は1人で過ごすことが多かったが,徘徊や尿失禁,歩行障害などは認めなかった.トイレへの移動やトイレ動作などは特に問題はなかった.徐々に物忘れが進行し,不安感も認めたため,記銘力障害を主訴にX年4月当院初診となった.HDS-R:10 点,記銘力障害に加え,軽度の見当識障害を認めたが,物盗られ妄想や幻視などの周辺症状は認めなかった.神経学的所見や排尿・排便に関しては特記すべき所見を認めなかった.血液生化学検査では,肝機能・腎機能など異常所見を認めなかった.頭部CT では,両側側頭葉に軽度の萎縮と側脳室の拡大を認めた.以上からアルツハイマー型認知症と診断し,塩酸ドネペジルを3 mg より開始した.塩酸ドネペジル投与開始後,消化器症状を認めなかったため5 mg まで増量したところ,自分から外出するようになり,それまで拒否していたデイサービスにも参加するなど活動的になり,ADLも向上した.しかし,この頃より尿失禁がみられるようになった.排尿時痛や尿の混濁は認めなかったものの,昼夜を問わず尿失禁がみられ,次第に増悪した.このため同年10月より牛車腎気丸の投与を2.5 g から開始し,尿失禁の頻度が減少してきたため12月には5 g まで増量したところ尿失禁が消失した.
【考察】本症例は,塩酸ドネペジルを使用することで活動性が改善したが,一方で尿失禁がみられるようになった症例である.認知症治療においては,尿失禁の出現がしばしば問題となる.排尿時痛や尿の混濁がなかったことから尿路感染症は否定的であり,塩酸ドネペジルの中止による尿失禁の変化は観察しなかったが,同薬を5 mg に増量した時期から尿失禁が出現したため,今回の尿失禁は同薬の投与が原因であったと考えられた.尿失禁に対しては,抗コリン薬などの薬剤が使用されるが,認知機能低下のある高齢者には使用しにくい.従って,牛車腎気丸も選択肢の一つになり得ると考えられた.また,塩酸ドネペジル使用に あたっては消化器症状以外に泌尿器系副作用にも注意が必要であると考えられた.
 
II-1-8  10 : 24〜10 : 36
易怒性,攻撃性を伴う徘徊にparoxetine が著効したアルツハイマー病の2症例
比賀雅行,野澤宗央,新井友紀,一宮洋介,新井平伊(順天堂東京江東高齢者医療センター)
【はじめに】現在アルツハイマー病に伴う行動心理学的兆候(BPSD)に対し非定型抗精神病薬が選択されることが多い.しかし副作用などの問題で治療継続が困難になることも少なくない.今回我々は易怒性,攻撃性を伴う徘徊に対してセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であるparoxetineが著効したアルツハイマー病の2 症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する.
【倫理的配慮】症例の匿名性を保つため理解を損なわない程度で内容の一部に改変を施した.また適応外処方に関しては本人,家族に対し作用・副作用について十分な説明を行い,理解・同意を得ている.
【症例1】79歳女性.74歳頃より健忘が出現し,その後易怒性,攻撃性に加え,自宅周囲を毎日3時間程歩くといった徘徊を認めたため,78歳時に当院初診となった.臨床経過や諸検査から血管性病変の目立つアルツハイマー病と診断した.BPSD に対し抑肝散,quetiapine などの薬物療法が開始となったが,パーキンソニズムなどの副作用のため中止となった.その後paroxetine max20 mg 使用し,易怒性,攻撃性が改善し徘徊もみられなくなった.
【症例2】85歳女性.80歳頃より健忘が出現し,易刺激性に加え失行が目立つようになった.次第に夫への暴力が出現し,一時施設入所となったが,症状改善認めず85歳時に当院初診となり,臨床経過や諸検査から血管性病変の目立つアルツハイマー病と診断され入院となった.入院時より不安,焦燥感に加え,スタッフに対する暴力行為を認めた.また易怒性,攻撃性を伴う徘徊もみられ,非定型精神病薬中心の薬物療法を施行したが,副作用や効果不良などで中止に至っている.その後paroxetine max 30 mg まで使用し症状の改善を認め,退院となった.退院後は外来通院中であるが,症状の再燃は認めていない.
【考察】あくまで推測の域を超えないが,脳内セロトニンの低下により易怒性,攻撃性が亢進するという報告があり,両症例とも同様の状況に対しparoxetine が効果を示した可能性が考えられた.一方で常同性ともとれる徘徊の改善はFTD の反復行為に対するSSRI の有効性と同様に5-HT 活性の低下との関連も考えられた.症例2 では入院時より不安,焦燥感がみられており,paroxetineにより,それらの症状が改善し,それが他の症状の改善につながった可能性も否定できない.現在BPSD に対する薬物療法として非定型精神病薬が第一選択薬として用いられることが多いなか,paroxetine が有効な症例がある点は非常に興味深い.今後更なる症例の積み重ねが必要であるが,paroxetine が有効である具体的な症状の解明が期待される.
 
II-1-9  10 : 36〜10 : 48
アルツハイマー病に伴う抑うつ状態,食事拒否にaripiprazole が著効した2症例
新井友紀,野澤宗央,比賀雅行,窪倉正一,一宮洋介,新井平伊(順天堂東京江東高齢者医療センター)
【はじめに】アルツハイマー病(AD)の抑うつ状態に対してSSRI などの抗うつ薬が選択されるが,十分な効果が得られないことも多い.また食に関する症状は,高齢者において急激な身体状況の悪化につながるため,速やかな対応を必要とする.近年,治療抵抗性のうつ病にaripiprazole 併用療法が有効であるとの報告が散見されるが,認知症の症例における具体的な報告はない.今回我々はAD に伴う抑うつ状態,食事拒否に対しaripiprazole の併用療法が著効した2 症例を経験したので若干の考察を加え報告する.
【倫理的配慮】症例の匿名性を保つため理解を損なわない程度で内容の一部に改変を施した.また適応外処方に関しては本人,家族に対し作用・副作用について十分な説明を行い,理解・同意を得ている.
【症例1】77歳女性.76歳頃より健忘を認め,同年4月頃より抑うつ状態が目立つようになった.同年10月には抑うつ状態に加え,不安,焦燥感,易怒性を認めるようになった.そのため77歳時に当院初診となり,諸検査にてAD とそれに伴う抑うつ状態の診断にてdonepezil,paroxetineが開始となったが,症状改善せず,同年3 月には食事拒否を認めるようになったため当院に入院となった.入院後paroxetine を最大40 mgまで使用したが症状改善せず,aripiprazole 3 mg開始したところ,開始2日後より効果がみられ,7日後には症状の改善を認めた.
【症例2】78歳女性.74歳頃より健忘に気付かれた.翌年近医でAD と診断されdonepezil が開始となった.77歳頃より抑うつ状態,食欲低下が出現し,fluvoxamine 最大150 mg 開始となり,一時症状は改善していた.78歳時に抑うつ状態の再燃を認め,加え易怒性も目立ち,食事拒否が出現した.そのため当院初診となり,aripiprazole6 mg 開始したところ,開始2日目より効果がみられ,開始10日後には症状改善に至った.開始14日後に安静時振戦を認め同薬剤を減量,中止としたが症状の再燃はみられていない.
【考察】あくまで推測の域を超えないがaripiprazole のドパミンD2 受容体パーシャルアゴニストという特徴がドパミン機能改善に効果を示すのに加え,セロトニン5-HA1A 受容体部分アゴニスト,セロトニン5-HT2A 受容体アンタゴニストとしての作用が直接抑うつ症状の改善に寄与し,SSRI の持つセロトニン再取り込み作用の増強に繋がった可能性が考えられる.うつ病の報告と同様にaripiprazole 併用療法は少量で副作用も少なく,かつ短期間で治療効果が得られると考えらた.AD の抑うつ状態のみならず,食事拒否に対する効果も期待され,今後更に症例を重ねて検討したい.   
 
神経病理・遺伝子
座長:川勝 忍(山形大学)
II-1-10  10 : 48〜11 : 00
異なる臨床表現型を呈したPSEN 1 変異家系例
中山龍次郎,永田美智子,石塚貴周,市場美緒,中村雅之(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科精神機能病学分野),竹内康三,藤元登四郎(社団法人八日会藤元病院),佐野 輝(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科精神機能病学分野)
【目的】近年,認知症を含めた神経変性疾患は,分子遺伝学的研究の成果として,様々な遺伝的要因が関与していることが解明されてきている.常染色体優性遺伝形式をとる若年発症の家族性アルツハイマー病(FAD)では,原因遺伝子としてAPP,PSEN 1,PSEN 2 等が同定されている.しかし,これらの遺伝子変異の生物学的意義には不明な点が多く,認知症の発症病態には未だ不明な点が多い.今回我々は,反響言語を伴う失語,脱抑制,被影響性亢進などを主症状とした若年発症の認知症症例(症例A)を経験した.臨床症状,頭部MRI,脳血流シンチSPECT,心理検査等の結果を総合的に判定し,FTLD と診断した.同一家系内に若年発症のアルツハイマー型認知症(AD)患者(症例B)を認めていたため,遺伝性認知症家系における遺伝子型と表現型の相関を調べることを目的として遺伝子解析を行い,臨床表現型と併せて解析した.
【方法】文書によるインフォームドコンセントを得た後に,患者及びその家族から採血を行い,白血球から常法を用いてゲノムDNA を抽出した.ApoE 遺伝子多型及びCHMP 2 B,GRN,TARDBP,MAPT,APP,PSEN 1,PSEN 2 遺伝子の全翻訳領域及び隣接配列についてdirectsequencing法により配列を決定した.
【倫理的配慮】本症例の報告に当たっては,個人が特定されないよう十分に配慮した.また本研究を行うに当たっては,鹿児島大学医学部遺伝子研究倫理委員会の承認を得た.
【結果】症例A は常同行為,脱抑制,被影響性の亢進及び重度の失語を呈していた.頭部MRI では前頭葉,側頭葉,頭頂葉の萎縮を認め,脳血流シンチSPECT では両側前頭および左側側頭優位に高度の血流低下を認めたためFTLD と診断した.一方で,同一家系内の症例B においては病初期より記銘力低下を呈し,失書,失算,失読,着衣失行を認め,取り繕い応答が著明であった.頭部MRI では前頭円蓋部の軽度の萎縮は認めたものの側頭内側および頭頂・後頭の著明な萎縮を認め,SPECT では両側頭頂葉,側頭葉,後部帯状回の著明な血流低下を認めたためAD と診断した.遺伝子解析の結果,症例A,B ともに,PSEN1 遺伝子のexon 8 上に,P 264 L となる点突然変異c.791 C>T をヘテロ接合性に認めた.また両症例ともApoE 遺伝子型はE 3/E 3 であり,CHMP 2 B,GRN,TARDBP,MAPT,APP,PSEN 2 については疾患変異は検出されなかった.
【考察】症例A は,臨床上FTLD と診断されたものの,遺伝子解析によりFAD の原因遺伝子と言われているPSEN 1 遺伝子変異を認めた.更に,家系内のAD と診断された患者にも同じ遺伝子変異を認めた.全症例がFTLD 症状を呈したPSEN1 遺伝子変異家系例の先行報告があるが,本報告のように同一家系内で同じPSEN 1 遺伝子変異を持つにもかかわらず,FTLD とAD という異なる臨床表現型,すなわち家系内表現型可塑性を呈していた家系例の報告はない.PSEN 1 変異によって引き起こされる病変部位は非特異的で多彩な臨床表現型を呈す可能性があり,その分子病態には病変部位特異性に関わる何らかの修飾因子が存在することが示唆された.現在,本症例のアミロイドイメージングPETを予定しており,発表当日はその結果を含めて考察する.
 
II-1-11  11 : 00〜11 : 12
長期経過中に認知症症状を呈したが神経病理学的に所見を欠いた双極性障害の1剖検例
関口裕孝(医療法人静心会桶狭間病院藤田こころケアセンター),入谷修司(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野),羽渕知可子(愛知県立城山病院),鳥居洋太(国立病院機構東尾張病院),東城めぐみ(医療法人静心会桶狭間病院藤田こころケアセンター),吉田眞理(愛知医科大学付属病院加齢医科学研究所),藤田 潔(医療法人静心会桶狭間病院藤田こころケアセンター)
双極性障害30年の経過途中に臨床上認知症症状を呈したにも関わらず死後脳の病理所見で特記すべき加齢性変化を認めなかった症例を経験したので報告する.
【症例】死亡時74歳の男性.
【既往歴/生活家族歴】糖尿病(発症年齢不詳),腸閉塞(66 才,70 才時),右大腿骨頸部骨折(69才時)/3人同胞の第3 子として生育.挙児2人.元来几帳面な性格で教育大学卒業後,県立高校で英語教諭として定年まで勤務.優秀で生徒からの人望もあった.
【臨床経過】46歳頃に抑うつ状態出現し過去に躁病エピソードを認めていたことからA 病院で双極性障害と診断された.気分変動はあったが,主にうつ病相のみ通院加療されていた.53歳より抗躁病薬の内服を開始したが,うつ状態遷延した.54歳時にうつ状態増悪し排尿・排便のこだわりや職場に戻れないと不安,不眠を訴え一家心中を試み母,娘の首を絞めるといった拡大自殺企図を認めたためB 病院に5 カ月間入院した.61歳時には心気妄想・被害妄想・徘徊・不眠のためB病院入院したが,次第にせん妄の出現や見当識障害の進行,疎通性が欠如し認知症と臨床診断された.64歳頃より心気的で発語少なく歩行困難出現し不機嫌,易怒的傾向を認めた.68歳時に家族への暴力が出現.71歳時より家庭介護困難のためC 病院入院し施設入所するも介護抵抗・暴力により入退院を繰り返した.74歳で発語なくなり筆談で会話をし,全介助を要するも不穏になると無言で妻に対する暴力行為が認められた.MMSE 16 点,HDS-R 23 点であった.次第に低血糖,低アルブミン血症,肝障害およびpre DICから出血性胃炎,腸閉塞を併発し死亡した.家族の同意を得て病理解剖を行った.
【病理所見】PMI 2 時間,脳重1376 g,外見上葉性萎縮を認めない.割面で皮質白質の境界明瞭.海馬,海馬傍回を含んだ側頭葉内側部の萎縮などは目立たない.黒質,青斑核の着色良好.顕微鏡所見ではHE/KB 染色において大脳皮質で神経細胞の脱落を認めず6 層構造はたもたれる.GB 染色にて老人斑を認めず神経原線維変化(NFT)がわずかに海馬傍回で確認される.NFT Braakstage.抗α-synclein 抗体染色でLewy 小体を認めず,血管性病変(−)であった.中脳黒質の神経細胞はたもたれレビー小体の出現を認めない.淡蒼球の血管壁石灰化,青斑核の細胞数減少が疑われた.著しい人格変化,認知機能低下を伴い行動障害を前面とした認知症症状および歩行障害を示した症例であったが,臨床症状を説明しうる神経病理学的所見を欠いた症例である.臨床診断は双極性障害であるが,このような認知機能の著しい低下をきたしうる病態が有る可能性が示唆された.双極性障害の死後脳所見について若干の文献的考察を加え報告する.なお当院では一昨年よりブレインバンクを立ち上げており精神疾患の病態解明のため今後症例数の蓄積が望まれる.
 
II-1-12  11 : 12〜11 : 24
多彩な病理像を呈したアルコール依存症の一剖検例
井上輝彦,脇本いづみ,三山吉夫,藤元登四郎(八日会大悟病院老年期精神疾患センター)
認知症を来たす疾患には,アルツハイマー型認知症(AD),レビー小体型認知症(DLB),前頭側頭型認知症(FTD)等多くの疾患が含まれる.しかし,実地臨床において,それらの純粋な典型例に遭遇することはむしろ稀である.多くの症例とくに高齢者においては,様々な神経変性過程・血管性変化・さらに身体疾患が合併し,それらが様々な程度に認知機能や精神症状に影響を及ぼしている.今回は,多彩な神経病理所見を呈したアルコール依存症の一剖検例について報告する.
【症例】76歳,男性.妻が認知症.性格はおとなしくやさしいが頑固.小学校卒,農業・土方で生計を立てていた.20歳頃から一日焼酎5合を,お茶代わりに朝から飲んでいた.60歳頃,仕事をやめた.68歳頃から,意欲低下・無関心となり,好きなテレビも見なくなった.朝から飲酒,頻繁に転倒した.70歳時,物盗られ妄想あり,当院アルコール病棟に入院.その時,離脱症状を認めた.慢性硬膜下血腫が見つかり手術を受けた.特老に入所するが不眠・不穏・著明な行動障害のため対応困難.71歳時,当院認知症病棟入院.入院後も,他の患者さんに干渉する・不眠・不穏・興奮・徘徊・暴言・暴行・放尿等があり,クエチアピン,ベゲタミン,ゾピクロン,カルママゼピン等の内服,ときにフルニトラゼパムの点滴等で対応した.トイレの場所が分からず放尿することも多いが,「トイレはどこですか?」と尋ね,教えると「ありがとうございした.」ときちんと礼を述べることもあった.「今は何月?」と尋ねると「忘れた,7月け(誤).」「馬鹿は死ななきゃ治らないとは私のことじゃ.」と茶化したような返答をすることもあった.入院中,せん妄や転倒・頭部打撲を繰り返した.76歳時,誤嚥性肺炎で死亡.臨床診断,アルコール依存症,慢性硬膜下血腫,C 型肝炎.肝硬変.
【剖検所見】脳重量,1040 g.びまん性脳萎縮を認めた.組織学的には,小脳虫部上前方部にプルキンエ細胞・顆粒細胞の変性脱落を認め,さらに乳頭体の萎縮・有髄神経線維の喪失を認め,アルコール性小脳変性・慢性Wernicke 脳症に合致する所見と考えた.脳幹・辺縁系・側頭葉にはレビー小体を認めた.AD 病理は,Braak stage で神経原線維変化II,アミロイドB で,明らかなADとは言えないレベルであった.海馬歯状回にはユビキチン陽性・タウ陰性・TDP-43 陽性の細胞質内封入体を認めた.新皮質に同様の封入体は認めなかった.その他,辺縁系・側頭葉にはタウ陽性の顆粒状病変やグリアを認めた.
【考察】アルコール性病変にα-synucleinopaty,TDP-43 proteinopathy,Tauopathy が合併した病変と考えた.後方視的に症候を考察するに,経過中に幻視があるような仕草を認めたが,DLBに伴う症候と考えた.脱抑制に伴う行動障害を認めたが,FTD 独特の対人接触感の欠如は認めず,FTD の症候といえるかどうか疑問が残る.高齢者の認知症の背景病理は多彩であり,その臨床症候も多面的に捉えることが重要である.症例発表に関して,ご家族に同意を得ており,本人の同定が出来ないよう配慮した.
 
II-1-13  11 : 24〜11 : 36
ピック嗜銀球を有する意味性認知症の1 剖検例;ユビキチン/TDP 43 陽性例との比較を含めて
川勝 忍(山形大学医学部精神科),山崎猛(斗南会秋野病院精神科),林 博史,渋谷 譲(山形 大学医学部精神科),小林良太(公立置賜長井病院精神科),鈴木春芳,佐々木哲也(公立置賜総合病院精神科),深澤 隆(斗南会秋野病院精神科),大谷浩一(山形大学医学部精神科)
【はじめに】意味性認知症(SD)の殆どは病理学的には,ユビキチン/TDP-43 陽性変性神経突起を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-U/TDP-43)(以下SD-U)であり,これまでピック嗜銀球(PB)(すなわちタウ陽性)を有するSD(以下SD-T)はごく稀である.ここでは,本邦では初めてのSD-T例について病初期からの臨床経過を,SDU例との比較を含めて検討した.なお,個人を特定できないように配慮し,病歴の一部に変更を加えた.
【SD-T 症例】死亡時60歳,右利き,男性.51歳,副部長に昇進したが,書類作成の遅れ,重要な会議に二日酔いで出るなどマイペースで自覚がないため上司の勧告で受診.多弁,滞続言語.HDS-R 20/30(遅延再生−6,野菜−4),MMSE27/30,WAIS-R で言語性IQ 89,動作性IQ 96,WAB でAQ 95.1(呼称7.6)で,軽度の呼称障害,語義理解の障害などSD 症状を認めた.MRIで左に著しい側頭葉の限局性脳萎縮,SPECT で同部の血流低下.53歳,過食過飲,WCST はCA 6で正常,54歳,多弁と駄洒落が目立つ点が特徴的,55歳,「文章って何?」など語義失語が顕著,側頭葉萎縮も進行.56歳,入院,HDS-R14,MMSE 22,WAIS-R で言語性IQ 80,動作性IQ 103 と認知機能低下は緩徐.57歳,WAB呼称0.3 著明低下,収集癖,暴力行為,59歳,自発語減少,歩行障害,60歳,心不全にて死亡.全経過9年.
【病理所見】脳重量1090 g.両側側頭葉の限局性萎縮が著明,前頭葉萎縮は軽度.海馬錐体細胞および顆粒細胞,側頭葉および前頭葉内側皮質中心に多数のPB を認めた.
【SD-U 症例】死亡時73歳,右利き,女性.65歳,単語の意味,息子の顔が分からないなど意味記憶障害,常同行為,66歳,初診,多弁・ 多幸的.HDS-R 27,MMSE 29,WAIS-R で言語性IQ 72,動作性IQ 102.WAB 呼称5.1,軽度の語義失語,表層失読.WCST はCA 6 で正常.MRI で左優位の側頭葉前部,底部の限局性萎縮,SPECT で同部の血流低下.67歳,HDS-R 14,MMSE 18,69歳,同4 点と5 点で,著明な語義失語.72歳,寝たきり状態,73歳,肺炎で死亡.全経過,8年.
【病理所見】脳重1045 g,外観では中下側頭回の軽度萎縮,割面では同部の強い萎縮,一方前頭葉の萎縮はごく軽度.黒質の色素脱失なし.側頭極,中,下側頭回では,白質はグリオーシスが高度で,皮質では浅層中心に神経細胞脱落,海面状変化やグリア増生あり,ユビキチン/TDP-43 陽性変性神経突起を認めた. 【まとめ】初発症状は,両者ともに語義失語に加えて,過食や行動の異常がみられたが,前頭葉機能検査では正常だった.語義失語の進行は,SDT例ではより緩徐で途中駄洒落が見られた.画像上はともに典型的SD だが,SD-T例で中期から前頭葉内側部にも血流低下が及んだ.病理所見では,側頭葉萎縮やグリオーシスはSD-T の方が著明であった.
 
II-1-14  11 : 36〜11 : 48
FUS proteinopathy例の組織化学的検討
新井哲明(筑波大学臨床医学系精神医学,都精神研・老年期精神疾患研究チーム),小林 禅(都精神研・老年期精神疾患研究チーム,東京医科歯科大学大学院脳神経病態学),長谷川成人(都精神研・分子神経生物学研究チーム),土谷邦秋(東京都立松沢病院検査科),青木正志(東北大学医学部神経内科),横田修(University of Manchester, Hope Hospital),新里和弘,大島健一(東京都立松沢病院精神科),近藤ひろみ,羽賀千恵,下村洋子,細川雅人,秋山治彦(都精神研・老年期精神疾患研究チーム),朝田 隆(筑波大学臨床医学系精神医学)
【はじめに】2006年,前頭側頭葉変性症(FTLD)および筋萎縮性側索硬化症(ALS)に出現するユビキチン陽性封入体の主要構成成分としてTDP-43 が同定され,両疾患が共通の病理基盤を有することが明らかになった.さらに,2009年家族性ALS の一型であるALS 6 の原因遺伝子として同定されたfused in sarcoma(FUS)が,特殊なFTLD であるatypical FTLD-U,好塩基性封入体病(basophilic inclusion body disease :BIBD),神経細胞生中間径フィラメント封入体 病(neruonal intermediate filament inclusiosn disease : NIFID)の封入体にも含まれることが最近判明し,FUS proteinopathy あるいはFTLDFUSという概念が提唱されている.本研究では,FUS の脳内蓄積が確認できたFTLD およびALS例についてFUS 抗体を用いた組織化学的解析を行い,TDP-43 に関するこれまでの知見と比較検討するとともに,その病的意義について若干の考察を加える.
【対象と方法】当研究所で所蔵するNIFID 1例,BIBD 1例,家系内の他のメンバーにすでにFUS遺伝子変異が同定されている(Suzuki et al., JHum Genet, 2010)家族性ALS 1例の計3 剖検例を対象とし,2 種類の抗FUS 抗体(Sigma,HPA 008784 ; Bethyl A 300-302 A)を用いた免疫組織化学・生化学的解析を行った.
【結果】NIFID およびBIBD例では,前頭・側頭葉皮質,基底核,脳幹部に広汎に,FUS 陽性の神経細胞質内封入体(neuronal cytoplasmic inclusions : NCIs)が認められた.一方,ALS例では,基底核,脳幹,脊髄を中心に,FUS 陽性のNCIs およびグリア細胞質内封入体が多数認められたが,大脳皮質の陽性構造は目立たなかった.唯一凍結脳が保存されていたNIFID例について,サルコシル不溶性画分のWestern blot 解析を施行した結果,リン酸化を示唆する明らかなバンドの移動度の変化や断片化を示す低分子量域のバンドは検出されなかった.
【考察】核蛋白であるFUS は,転写調節というTDP-43 と類似の機能を有する.さらに,1)その遺伝子変異によりALS を発症する,2)FTLDでは神経細胞優位に,ALS では神経細胞およびグリア細胞内に蓄積する,3)臨床表現型として,ALS,FTLD,両者の合併という3 型が存在する,などの類似点が指摘できる.一方相違点としては,1)正常の神経細胞ではTDP-43 は核にのみ存在するが,FUS は核と細胞質に存在する,2)封入体を形成した細胞においてTDP-43 は核から失われるが,FUS は核の染色性が低下するものから保たれるものまでさまざまである,3)不溶性画分に回収されるTDP-43 に認められるリン酸化や断片化等の異常修飾を示唆する所見が,現時点ではFUS には認められない,などが考えられる.FUS の病的意義を明らかにするために,今後さらに詳細な病理・生化学的解析が必要である.本研究は,研究倫理委員会の承認を得て実施した.