第25回日本老年精神医学会

 
大会長
池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部脳機能病態学分野)
会 場
KKRホテル熊本  〒860-0001 熊本市千葉城町3−31
Tel:096-355-0121 Fax:096-355-7955 
URL:http://www.kkr-hotel-kumamoto.com/
大会概要
タイムテーブル
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プログラム
6月24日(木) 第2会場
 
症例(認知症の鑑別診断)
座長:今村 徹(新潟医療福祉大学)
I-2-1  9 : 00〜9 : 12
後頭葉領域の限局的血流低下を呈したposterior cortical atrophy が疑われた1症例
都野田礼美,入谷修司,尾崎紀夫(名古屋大学医学部付属病院精神科)
 度重なる交通事故や書字失行などが初発症状で,緩徐進行性に記名力障害,意欲発動性の減退,計画的な行動遂行困難などの症状をともない,SPECT 脳血流検査で後頭葉領域の限局した血流低下を呈した症例を経験したので報告する.
【症例】58歳女性
【生活歴/家族歴/既往歴】同胞3人の第2子として生育.高卒後縫製業に従事.56歳から母親(認知症)の介護のため仕事をやめ母親と2 人暮らし.既往歴に特記すべきことなし.
【現病歴】X−2 年(56歳),認知症の実母の介護が始まる.X−1年(57歳)3月,何十年も無事故であった自動車運転で,センターラインを無視するような自損事故(廃車)を立て続けに3回おこす.従前から書字は達筆で筆まめであったが,それが稚拙となり,友人に手紙を出すも住所が読み取れず返送され,その後何度も同じ質問を家族にするようになった.元来きれい好きであったが部屋も乱雑で片付けをしなくなり,被介護者である母親から「何かおかしい」と指摘された.X年9月,近くに住む姉がうつ病をを心配し,近医Aメンタルクリニックを受診し,そこより精査依頼され,同月B 大学病院精神科に入院となる.入院時,対人接触性良好で,病棟内生活は問題なく過ごすが,自らの疾患に関しては深刻味がなく,実母の介護のことの方を気にしていた.「検査は何時でしたか?」などの同じ質問の繰り返しがみられた.
【検査所見】文字の書き取り,写字,絵の模写検査では,画数の省略や重複,書字の稚拙さや漢字の偏と旁の位置異常,変動する空間無視が観察された.頭部MRI にて軽度の頭頂葉萎縮を認めるが血管障害を疑う所見はなく,SPECT(Tc-ECD)にて両側の比較的限局した後頭葉中心の血流低下を認めた.心理検査ではMMSE 17/30 点,ADAScog14/70 点,ベンダーゲシュタルト165点と軽度から中程度の認知機能低下および図形記載の崩壊を認めた.パーキンソン症状なし.視野検査にて中枢性の右鼻下側欠損をみとめた.発語の流暢性に異常はない.
【考察】交通事故を契機に,種々の認知機能障害,主に視空間認識異常や書字失行が目立ち,その後記憶障害が続発した症例である.検査にて,視空間異常(無視)があり,図形構成の認知機能が低下し,神経画像で有意な脳萎縮は目立たないが一次視覚野をふくんだ後頭葉の血流低下がみられた.以上のことから,臨床像としてPCA(posteriorcortical atrophy)がもっとも疑われた.PCAの背景疾患としてアルツハイマー病やレビー小体病,プリオン病などの報告があり,臨床的には,若年発症で,女性に多く,病初期から視空間認識の障害,構成失行を認め,後頭葉の萎縮が目立つとされている.本症例はMRI では萎縮は目立たないが,同部位に著明な血流低下を認めた.PCAが単一の疾患単位か,あるいは主疾患のvariantと考えるかは今後の症例の蓄積が必要である.また,認知症患者の交通事故には,今回報告したような病態も潜んでいることが考えられた.
 
I-2-2  9 : 12〜9 : 24
コルサコフ症候群との鑑別を要した家族性アルツハイマー型認知症の一例
園部直美,福原竜治,森 崇明,新谷孝典,越智紳一郎,園部漢太郎,谷向 知,上野修一(愛媛大学医学部附属病院精神科),池田 学(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野)
【はじめに】当科での検査入院にて一旦コルサコフ症候群と診断されたが,6年後に家族性アルツハイマー型認知症と診断を変更した1例を報告する.
【症例】53 歳,男性,右利き,大学卒.
【家族歴】祖母,叔父,父,従兄弟が若年発症アルツハイマー型認知症.
【病歴】X−16 年(37 歳時)頃より仕事上のストレスから飲酒量が増えるようになった(ウイスキーボトル1 本/日).X−9年頃より仕事の用件を忘れる等のミスが目立つようになり,X−8年,休職し断酒目的で近医精神科病院に入院した.X−7年に復職したが単純作業もできない状態であった為,X−7年10 月断酒目的で近医内科に入院した.記憶障害が強いことから当科での精査をすすめられ,X−6年2月(47歳時)に当科受診.初診時,記憶障害の自覚はあり,作話は認めなかった.MMSE : 18/30(見当識-5,Serial 7-4,想起-3)で,近時記憶,見当識,注意の障害は認めるも頭頂葉症状はなく,同年3月当科に精査入院した.入院後は易怒性,抑うつ,多幸などの症状を認め感情は不安定であった.頭部MRIでは明らかな萎縮を認めず,SPECTでは前頭葉内側に軽度血流低下を認めた.入院後MMSE : 23/30(見当識-5,想起-2)と改善し,その他の検査ではWAIS-R : FIQ 105(VIQ 109 PIQ 99),ADAS :13/70(単語再生5.3,見当識5,単語再認2.7),RCPM : 30/36 だった.近時記憶障害,見当識障害,人格変化などの症状,経過よりコルサコフ症候群の診断で退院となった.その後,当科外来に通院していたが,認知機能の変化を認めず,禁酒も維持できていた為,X−2年8月で近医へ紹介となった. しかしその後,徐々に口数が減り発話が乏しくなった.X−1年からは年に数回強直間代様のけいれん発作を起こすようになったが,発作後はそれまでと変わりなく生活・行動できていたため病院を受診しなかった.アルコールは全く摂取していなかったが,次第に歩行が不安定となり転倒しやすくなった.X 年10月中旬にけいれん発作を起こし,以後ミオクローヌスが著明となり,簡単な指示にも従えず突発的に怒ったり,笑ったりするようになった.そのため同年10月,精査希望し当科を再診した.診察時歩行は不可能で,疎通は全く取れず,指示を理解できず拒否が強かった.偶然認めた自発話では語間代を認めた.急速に症状が進行していることから精査目的で11月当科に入院した.入院後の遺伝子検索により,APP遺伝子の変異が発見され,家族性アルツハイマー型認知症と診断した.
【倫理的配慮】発表では匿名性を考慮した.遺伝子検索に関しては本学倫理委員会の承認を受け,家族に書面で同意を得て行った.
【考察】1回目(X−6年)の入院時,症状は非定形的であったが,入院後認知機能のある程度の改善を認め,アルコール多飲歴があることを考慮しコルサコフ症候群と診断した.本症例は当時から作話が目立たない点や認知症の家族歴があることなど,診断について議論があった.遺伝子検索を行うことで家族性アルツハイマー型認知症と診断された本症例について詳細に報告したい.
 
I-2-3  9 : 24〜9 : 36
正常圧水頭症とアルツハイマー型認知症の共存と考えられた一例
佐野祥子,橋本博史,島田藍子,井上幸紀,切池信夫(大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学)
 正常圧水頭症(NPH)は治療可能な認知症に分類され,アルツハイマー型認知症(DAT)や血管性認知症など他の認知症との鑑別が臨床上重 要であるが,これらの認知症と共存する場合も少なくないと言われている.今回,我々はNPHに対するシャント術後,症状が一時的に改善したのちに認知障害が徐々に進行し,精神科病棟への入院を要する行動心理症状(BPSD)を伴うDATを共存したと考えられる症例を経験したので報告する.
 症例は83歳男性.X−4年(79歳時)より記銘力障害が出現し,徐々に増悪した.また,歩行障害や尿失禁もみられるようになり,X−3年に A 病院脳外科にてNPHと診断され,シャント手術を施行された.術後,臨床症状はいったん改善したものの,記憶障害,見当識障害が顕著となったために,B病院を紹介された.その後,夜間不眠,徘徊,嫉妬妄想が出現し,妻への粗暴行為に至り介護困難を来したため,X年1月に当科を紹介され,精査加療目的で入院となった.入院時,「妻が家で誰かとこそこそしている」と訴え,妻に対して暴言をはき攻撃的となったが,病棟スタッフには穏やかに応答していた.日常生活では食事は自力摂取が可能であったが,更衣には介助が必要な状態であった.神経心理テストでは改訂長谷川式簡易知能評価スケールは17点,MMSEは13点を示し,頭部MRI検査では両側側脳室の著明な拡大および両側海馬の萎縮を認めた.さらに,頭部SPECT 検査ではeZIS画像にて後部帯状回および頭頂葉楔前部における著しい血流低下を認めたため,NPH にDAT を共存していると考え,塩酸ドネペジルの投与を開始した.一方,入院前より精神症状は日内変動し,夜間を中心に不穏,徘徊を呈し,夜間せん妄を伴っていたため,リスペリドンを中心に薬物調整を行った.その後,夜間せん妄は消退し,粗暴行為もみられなくなったため,X年2月に娘が勤務しているC病院へ転院となった.
 
I-2-4  9 : 36〜9 : 48
臨床症状からの診断と,SPECT 所見からの診断が一致しない認知症の一例;前頭側頭型認知症か? レビー小体型認知症か?
中野心介(福岡大学医学部精神医学教室,医療法人社団新光会不知火病院),尾籠晃司,西村良二(福 岡大学医学部精神医学教室)
【はじめに】認知症は早期診断,早期治療が望まれるが,原因疾患の鑑別について苦慮するケースも多い.本症例では,前頭側頭型認知症(以下FTD)の臨床症状を呈しながら,SPECT所見では後頭葉の血流低下を認め,レビー小体型認知症(以下DLB)を疑われ,その鑑別診断に苦慮したので報告する.
【症例】A 氏:63 歳男性.《主訴》死にたい.《家族歴》特記事項なし.《既往歴》身体的には,X−20年ごろから糖尿病,高血圧症,腰椎ヘルニアで経過観察中.《処方》ブロムペリドール3 mg/day,フルニトラゼパム1 mg/day.《生活歴および現病歴》同胞6人中第3子.成長・発達に問題なし.B 大学を卒業後,国家公務員として就職.24歳で結婚し1男1女をもうけ,現在妻と2人暮らし.X−6年に抑うつ気分が出現し,C精神科病院に2度入院した.X−4年に早期退職し自宅療養していたが,抑うつ気分は改善することはなかった.X−1年10月,内科加療を受けていたD病院の屋上から,遺書を残して飛び降りようとしたが,出来ずに帰宅.その後,妻の意向で受診したE病院に第3回入院となった.X年2月E病院退院後から,つじつまの合わない言動が増え始め,孫に突然怒鳴りつけるようになった り,家電製品を破損したりするようになった.希死念慮も持続していた.また,小刻み・前傾歩行も出現した.X年3月,自殺目的で,割った自分の眼鏡を飲み込み,当院消化器内科外来にて処置を受けた.翌日C病院に医療保護入院.入院時より食事の時間を何度も確認するなどの常同行動がみられた.X年4月,認知症の精査のため当科紹介となった.《入院後経過》複雑な質問をするとすぐに「分かりません」と諦める考え不精,検査時間などを何度も確認するなどの常同行動,共用の氷をトングでつかんで直接口に持ってゆくなどの脱抑制行動,および,それらの行動について全く悪びれないなどの病識欠如を認めた.また,軽度の錐体外路症状を認め,転倒が多かった.X年5月に,C病院に転院となった.《神経心理学的検査》HDS-R : 25点,MMSE : 29 点,WCSTネルソン型保続数:1回目: 18,2回目: 22.《脳画像所見》MRI:軽度の脳室拡大,両側側頭葉,後頭葉,および海馬・海馬傍回の軽度萎縮を認めた.脳血管障害は認められなかった.VSRAD Zscore=1.35.SPECT:両側側頭葉後部,頭頂葉後部〜後頭葉に相対的血流低下を認めた.特に左後頭葉の血流低下が著明であった.前頭葉,側頭葉の血流低下はほとんど検出されなかった.
【考察】本症例は認知症であり,FTD の診断的特徴(Neary ら,1998)をほぼ満たしていた.一方でSPECT 所見は,後頭葉を中心とした血流低下を認め,DLB を示唆する所見であった.本症例のパーキンソニズムは薬剤性の可能性が高く,DLB の臨床診断基準に当てはめると一致する所見は少なかった.また,他の認知症疾患も除外診断出来なかった.今後さらなる知見の集積による診断基準の確立が期待される.
   
 
BPSD関連
座長:埴原 秋児(信州大学)
I-2-5  9 : 48〜10 : 00
認知症患者と性的逸脱行動
福島章恵,上村直人,谷勝良子,井関美咲,藤田博一,今城由里子,諸隈陽子,小松優子,下寺信次(高知大学精神科)
【はじめに】認知症患者のBPSD の中でも性的逸脱行動は,介護保険主治医意見書の評価項目に存在しながらも,実態についてはこれまでほとんど調査などがなされていない.そこで今回我々は,K 県内の高齢者介護に携わる専門職員を対象に高齢者の性的逸脱行動に関するアンケート調査を施行し,専門職員から見た認知症患者の性的逸脱行動について調査・分析を行った.
【対象と方法】対象はK 県内で高齢者介護に携わる介護職,看護職,ケアマネージャー,ケースワーカーなどの専門職員.アンケート郵送形式で調査を行い,参加協力可能者1134 名に,2009.11-12月に質問紙を郵送し回収した.アンケート回収は743名(65.5%)であった.調査内容として,対象者の経験年数,GHQ-12,性的逸脱行動への遭遇の有無,その内容,受けた時のストレス度評価としてIES-R(出来事インパクトスケール),また被介護者である高齢者の認知症の有無,認知症の背景疾患について評価した.
【倫理的配慮】本研究は高知大学医学部倫理員会の承認を得て行った.
【結果】性的逸脱行動に遭遇したものは743名の回答者中373 名(50.2%)であった.その中で認知症の有病率は234名(62.7%)であった.234名の中で性的認知症患者の背景疾患が判明してないものを除き,アルツハイマー型認知症(以下AD群)86名,血管性認知症(以VD群)63名であった.性的逸脱行動に遭遇しながらも認知症のない者84 名(以下対照群)を比較対象とした検討では,経験年数,GHQ,ZBI得点では有意な差は,AD群,VD群両者はなかったが,IES-R 得点において対照群とAD 群,VD 群で有意な差があった.性的逸脱行動の内容分析では,介護者に身体的触れる性的逸脱行動の他にも,卑猥な言動や性的欲求を満たすための言動といった行動の他,被介護者の性的行動を見たり,遭遇することによる視覚的影響による性的逸脱行動という様々な内容の性的逸脱行動が存在することが判明した.また認知症の有無,AD 群とVD 群でも性的逸脱行動の内容でも発現率に差異があり,疾患的な性的逸脱行動出現のメカニズムの違いが考えられた.
【考察と結語】以上から,認知症患者を含む高齢者の性的逸脱鼓動は決して稀ではなく,またその行動内容にもさまざまな形態があり,背景疾患により出現率が異なっていた.そのため今後,さらに客観的な指標を用いて認知症患者の性的逸脱行動の評価を行う必要があると考えられた.
 
I-2-6  10 : 00〜10 : 12
認知症患者の嫉妬妄想についての検討
小川雄右,橋本 衛,矢田部裕介,兼田桂一郎,本田和揮,遊亀誠二,一美奈緒子,勝屋朗子,池田 学(熊本大学医学部附属病院神経精神科)
【目的】配偶者が浮気をしていると信じる嫉妬妄想は老年期にみられる代表的な妄想の一つである.嫉妬妄想は臨床現場においてしばしば治療に難渋するため,有効な対応法を考えるうえで,その背景要因を検討することは有意義である.
【対象】2007年4月から2010年1月の期間に,熊本大学医学部附属病院認知症専門外来を受診し た同居の配偶者のいる認知症患者のうち,初診時のNPI の妄想の項目で嫉妬妄想があった患者を対象とした.本人あるいは家族から書面にて研究に対する同意を得,匿名性に十分配慮した.
【方法】対象全例の背景疾患,認知機能,脳画像所見,他の精神症状を診療録より後方視的に調査した.
【結果】同居の配偶者のいる患者は298名で,そのうち14名に嫉妬妄想を認めた.性別は男性5名,女性9名だった.疾患の内訳は,レビー小 体型認知症(DLB)が6名(全患者33名),アルツハイマー型認知症が5名(同132名),血管性認知症が3名(同20名)だった.MMSE得点は平均18.1点,CDR の平均は1.2 点.14名中12名が,高血圧症を合併していた.また,14名中12名にMRIもしくはCTにて,基底核もしくは視床の梗塞あるいは出血が疑われる所見を認め,14名中13 名にSPECTにて前頭葉の血流低下を認めた.嫉妬妄想以外の妄想としては,幻の同居人を5名,物盗られ妄想を4名の患者に認めた.他の精神症状では,無為・無関心および易刺激性が多く,それぞれ11名,8名に認めた.幻覚は6名(幻視5名,幻聴3名)に認めた.
【考察】嫉妬妄想を呈した認知症患者の背景疾患はDLB が最も多かった.多くの症例で高血圧,視床・基底核の血管性病変を合併しており,この部位の血管性病変が嫉妬妄想を誘発する可能性も考えられた.脳機能障害との関連については前頭葉機能の低下との関係性が推察された.
 
I-2-7  10 : 12〜10 : 24
アルツハイマー病患者に認める妄想症状の分類と発現メカニズムの検討
野村慶子,數井裕光(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室),木藤友実子(日本生命済生会日生病院精神科),高屋雅彦,和田民樹,杉山博通,山本大介,武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
【目的】アルツハイマー病(AD)患者に認められる妄想症状を分類し,その分類された症状の発現メカニズムを考察した.
【対象】2003 年2 月から2009年10月の間に大阪大学医学部付属病院神経科精神科神経心理外来を受診した外来患者でNINCDS-ADRDA のprobable AD の診断基準を満たし,初診時60歳以上であった125例(平均年齢75.9±6.3,男性:女性=49 : 76).
【方法】過去1 カ月間においてNeuropsychiatricInventory(NPI)の妄想下位項目にある8種類の妄想(被害妄想,物盗られ妄想,嫉妬妄想,ファントムボーダー(PBS),替え玉妄想,自宅誤認,見捨てられ妄想,TV 誤認)を認めたかどうかを信頼のおける主介護者から聴取・評価した. 妄想症状の有症率を検討し,探索的因子分析で分類した.なお,各観測変数について因子負荷量が0.5 以上のものを有意と判定した.
【倫理的配慮】本研究の報告にあたり,得られた個人情報は全て匿名化し,個人が特定されないように配慮した.
【結果】妄想は49 例で認められた(39.2%).もっとも有症率が高かった妄想は物盗られ妄想で25 例(20%)に認められた.そしてPBS と自宅誤認が続いて多く認められた.反対に有症率の低かった妄想は見捨てられ妄想,嫉妬妄想,替え玉妄想であった.因子分析より8 種類の妄想は3つの因子と1 つの独立症状に分類された.因子1には自宅誤認,替え玉妄想,見捨てられ妄想が分類され,それぞれ因子負荷量は0.761,0.721,0.698 であった.因子2 にはTV 誤認と被害妄想が分類され,因子負荷量はそれぞれ0.773 と0.758 であった.嫉妬妄想と物盗られ妄想は因子3 に分類され,因子負荷量は0.824 と0.771 であった.PBS は各因子について因子負荷量が0.5以上にならず(因子1 : 0.463,因子2 : 0.497,因子3 : 0.162),独立症候と考えた.
【考察】AD で認められる妄想は4 つに分類された.因子1 の発現には情報の誤認や誤った解釈から自分の家が自分の家でないような気がする,家族が家族でないような気がするという不安感や恐怖でもたらされる阻害感や喪失感が関与していると考えられた.因子2 には自己と他者や自己と関連のないものとの区別が困難になることでメディアの内容や他者間の情報も自己に関連するかのように感じてしまうことが関与していると考えられた.因子3 は猜疑心や他者への責任転嫁が関係していることが考えられた.PBS はどの因子にも分類できず,独立症状として扱ったが情報の誤認や誤解と関連のある因子1 や2 に対して因子負荷量が高く,誤認に近い症候であると考えられた. 
 
I-2-8 10 : 24〜10 : 36
音楽性幻聴に幻視を伴った高齢女性の2例
渡辺健一郎,荘 将也,清水 聰,紋川友美,紋川明和(金沢医科大学精神神経科学教室)
音楽性幻聴は高齢女性に認めることが多いとされる.その頻度は不明だが,比較的まれとされ,幻視を伴うことはさらに少ない.今回われわれは,音楽性幻聴に幻視を伴った高齢女性の2 例を経験したので報告する.
【症例1】78 歳,右利き,女性.既往歴:48 歳,左耳の突発性難聴.50 歳,高血圧.70 歳,右耳の聴力低下.現病歴:78 歳時に耳鳴りの悪化に伴い,民謡の伴奏が一曲分一日中聴こえるようになった.同時に夜間にカーテンの陰に「ねずみが見える」などと訴えるようになった.2 ヶ月後に耳鼻科を経て当科を紹介された.初診時は音楽性幻聴,幻視の訴えに,実体的意識性を伴っていた.HDS-R は27 点.経過:ドネペジルにより耳鳴りは軽減.エチゾラムの追加により音楽性幻聴が軽減.抑肝散追加で幻聴は消失,幻視は軽減した.経過中にレム睡眠行動障害様の訴えが明らかになった.検査結果:頭部MRI・SPECT では有意な 所見を認めなかった.MIBG 心筋シンチグラフィーでは心筋の集積低下を認めた.FIQ は103.
【症例2】78 歳,右利き,女性.既往歴:67 歳,C 型肝炎.現病歴:72 歳時にうつ病と診断され,抑うつ状態で他院に3 回の入院歴がある.修正型電気けいれん療法も受けている.1 回目の入院から「演歌が聞こえる」などと訴えていた.76歳時にパーキンソン症状が出現.77 歳時に当院に紹介された.当科初診時のHDS-R は25 点.経過:音楽性幻聴の加療に4 ヶ月ほど入院.ドネペジルや非定型抗精神病薬,抗てんかん薬などを使用したが幻聴に変化はなかった.抗うつ薬や抗パーキンソン薬の中止も試みたが,音楽性幻聴に変化はなかった.退院後は徐々に認知機能の低下を認め,78 歳時には「死んだ親戚が見える」な どと訴えるようになった.このため当科に再入院.HDS-R は16 点であった.入院後は言語性の幻聴も明らかになった.このときはドネペジルに加え,非定型抗精神病薬の使用で幻聴・幻視は軽減した.検査結果:初回の入院でMIBG 心筋シンチグラフィーでは心筋集積低下を認めた.2 回目の入院では,頭部MRI では基底核を中心とした多発性梗塞像,SPECT では両側の前頭葉・側頭葉に血流の低下を認めた.FIQ は59.
【考察】症例1 では高血圧の病歴があり,MIBG心筋シンチグラフィーの所見はやや信頼性に欠けるが,経過や症状を加味して考えると,レビー小体病に関連して音楽性幻聴と幻視が出現したと思われる.症例2 ではMIBG 心筋シンチグラフィーは抗うつ薬中止後3 週間での検査である.しかし,報告例では,パーキンソン病に関連したもののほか,抗うつ薬によるもの,脳腫瘍によるもの,特発性のものなど病因は多彩である.また,症例1 では認知症を伴わず,症例2 では認知症化に伴って幻視が出現した.報告例では,認知症を伴うものと伴わないものがある.音楽性幻聴と幻視の合併には,診断的に大きな意味は乏しいと考えられる.
【倫理的配慮】両例とも適応外使用となる薬剤については,投薬の都度,本人の家族の同意を得て使用した.発表については,両例とも本人・家族の同意を得た. 
   
 
症候学
座長:數井裕光(大阪大学)
I-2-9  10 : 36〜10 : 48
遅発性Tourette 症候群を呈した認知症の3症例
野澤宗央,井関栄三,一宮洋介,新井平伊(順天堂東京江東高齢者医療センター)
【はじめに】遅発性Tourette 症候群は抗精神病薬の長期服用後にTourette 症候群類似の不随意な動作や発声が出現する病態であり,主に統合失調症の症例で報告されてきた.今回我々はアルツハイマー病の2 症例,前頭側頭型認知症の1 症例において遅発性Tourette 症候群を経験したので報告する.
【倫理的配慮】症例の匿名性を保つため理解を損なわない程度で内容の一部に改変を施した.また適応外処方に関しては本人,家族に対し作用・副作用について十分な説明を行い,理解・同意を得ている.
【症例1】91 歳女性.88 歳頃より健忘が出現した.89 歳時には1 日40 回以上トイレと部屋を行き来するなどの常同ないし強迫的な行為が出現した.諸検査にてFTD を疑い,情動・行動障害に対してrisperidone の投与が開始された.約10ヶ月後より「アーアー」「ンーンー」といった甲高い泣き声のような「奇声」をあげるようになった.同薬剤を減量したが,改善に至らず入院となった.入院後より主剤をrisperidone からquetiapine へ変更し,1 週間後より症状の軽快を認め,3 週間後には「奇声」は消失した.
【症例2】77 歳女性.74 歳頃より健忘を認め,アルツハイマー病と診断されdonepezil が開始となった.約2 年後より「あっあっ」といった甲高い「奇声」を認めた.当初「奇声」に対し,risperidone 等が処方されたが,症状は一進一退であり,入院に至った.入院後donepezil を中止し,「奇声」に加え,夕暮れ症候群に対しquetiapine を開始したところ,約1 週後「奇声」は消失した.
【症例3】75 歳女性.70 歳頃より物忘れが出現した.その後物盗られ妄想が出現し,当時はquetiapine 主剤の薬物療法にて比較的穏やかに過ごせていた.74 歳時に不安・焦燥感,食欲低下を呈し当院入院となった.入院後よりsertralineに加えolanzapine のオーギュメンテーション療法を施行し,症状軽快し退院となった.退院1年後より口唇ジスキネジアに加え「うーうー」といった低い「奇声」を認めるようになった.そのためolanzapine を一時減量したが,不安症状の再燃を認めた.現在家族の強い希望もあり様子をみている.
【考察】遅発性Tourette 症候群を呈した認知症の3 症例を報告した.症例1,2 は原因薬剤の中止,quetiapine への変更で改善がみられた.症例3は原因薬剤の減量にて精神症状の悪化を来たし,現在も症状は継続してみられている.今後,ドパミンに影響を与える薬剤を使用するにあたり,遅発性Tourette 症候群が副作用として生じる可能性を考慮し,高齢者に対応困難な奇声がみられた場合はこれまで稀であるとされてきた遅発性Tourette 症候群の可能性を再認識する必要がある. 
 
I-2-10  10 : 48〜11 : 00
拒食を主訴としてもの忘れ外来を受診した4 症例について
徳原淳史(あさかホスピタル,埼玉社会保険病院,慶應義塾大学医学部精神神経科),藤澤大介(應義塾大学医学部精神神経科,国立がんセンター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部),高橋志雄,佐久間啓(あさかホスピタル)
【背景】もの忘れ外来では,時に拒食を主訴とする症例を経験するが,その報告は少なく,治療に苦慮することも少なくない.今回我々は,拒食を主訴としてもの忘れ外来を受診した4 症例を経験したため,若干の考察を加え報告する.
【倫理的配慮】個人が特定されないよう発表の趣旨を変えない範囲で若干の修正を行った.
【症例1】90 歳男性.診断はアルツハイマー型認知症,気分障害.88 歳より物忘れが目立ち,90歳に抑うつ気分,拒食を認めて当院を初診.脱水症を認めたため入院とした.拒食は,気分障害(抑うつ状態)に付随したものと考えられた.sulpride 100 mg を内服後,抑うつ症状,拒食は改善した.抑うつ症状改善後のMini MentalState Exam(MMSE)は17 点,長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は13 点.しかしその後,誤嚥性肺炎を併発して死亡した.
【症例2】87 歳女性.診断はレビー小体型認知症.82 歳より物忘れ,86 歳より幻視,被害妄想を認めた.近医でdonepezil 5 mg が処方された.87歳より拒食を認めて当院を初診した.初診時MMSE 12 点,HDS-R 3 点であった.妄想,興奮症状を伴い,拒食は認知症の周辺症状(行動障害)に付随したものと考えられた.入院後risperidone 0.5 ml を投与したが,誤嚥性肺炎を繰り返して死亡した.
【症例3】79 歳女性.診断は混合性認知症.74歳より物忘れを認め,77 歳に近医にてdonepezil5 mg が処方された.78 歳時グループホームに入所した. 不穏に対して近医でtiapride 50 mg,sodiumvalproate 400 mg が投与されたが,ふらつきを認めたため当院を初診した.初診時MMSE 3 点,HDS-R 3 点.興奮に対し,抑肝散7.5 mg,quetiapine 30 mg を投与したが,拒食を認め,入院とした.興奮症状を伴い,拒食は認知症の周辺症状(行動障害)に付随したものと考えられた.haloperidol 5 mg を点滴投与したが拒食は続き,olanzapine 5 mg を追加した.しかしパーキンソニズムのために抗精神病薬を中止せざるを得ず,その後鼻腔栄養を開始したが,誤嚥性肺炎を併発して死亡した.
【症例4】80 歳女性.診断は髄膜腫手術後の器質性精神障害.79 歳より幻視,被害妄想を認めた.頭部CT にて左前頭部に髄膜腫を認め,腫瘤摘出術を施行した.術後も被害妄想を認め,拒食を呈した.近医にてolanzapine 5 mg を処方されたが拒食は続き,当院初診.初診時,MMSE 20 点,HDS-R 18 点であった.拒食は,器質性精神障害の妄想症状に付随したものと考えられた.olanzapine を7.5 mg に増量後,妄想症状は軽 快して,食事摂取は良好となった.
【考察】本4症例はいずれも拒食を呈した症例である.拒食の原因として,気分障害,認知症の周辺症状,器質性精神障害の精神症状,身体疾患,薬の副作用等の鑑別が重要である.身体合併症のリスクを考慮すると,拒食が改善した後は,抗精神病薬の減量・中止を早期に検討し,誤嚥等の副作用の出現を未然に防止することが重要と考えられた.
 
I-2-11  11 : 00〜11 : 12
認知症医療における性差医学の重要性;当院入院患者の検討から
北村 立,北村真希,田中那々,倉田孝一(石川県立高松病院)
【目的】認知症患者の症状や入院に至る背景などの性差について検討した研究は少ない.そこで我々は,石川県立高松病院入院患者の診療録を後方視的に調査し,認知症入院患者における性差を検討した.
【倫理的配慮】当院倫理委員会の承認を得ており,個人を特定する情報の漏出はない.
【対象と方法】2006 年4 月〜2008 年3月の2年間に,当院の認知症治療病棟へ入院した患者のべ355 人のうち,期間中の初回入院患者男性122人,女性170 人について,(1)社会的背景(年齢,居所,世帯,要介護度),(2)入院時の状態(主訴,診断,認知症の程度,認知機能,日常生活動作能力,精神症状),(3)経過(在院期間,退院先)を比較・検討した.状態の評価は入院後1週間以内に行われた.認知症の程度は臨床的認知症評価尺度(CDR)を,認知機能はMMSE と長谷川式認知症スケール(HDS-R)を,日常生活動作能力(ADL)はN 式老年者用日常生活動作能力評価尺度(N-ADL)を用いた.精神症状はBehave-AD の7 つの下位項目の有無で評価した.統計はStat View 5.0 を使用し,t検定,U検定,χ22検定で有意差のあったものは,post hoc セル寄与率を算出し,その値が1.96 より大きかった項目を有意差ありとした.
【結果】(1)平均年齢は,男性79.0 歳,女性82.0歳で女性が高かった.5歳毎の年齢区分で比較すると,女性は90歳以上が多く,男性は75−79歳が多かった.入院前の居所は性差があり,男性は一般病院が多かった.世帯構成では女性は単身世帯が多く,男性は高齢夫婦世帯が多かった.要介護度は性差がなかった.(2)主訴は,男性は暴力が,女性は抑うつ・食欲低下が多かった.診断は,男性は血管性認知症が多く,女性はレビー小体型認知症が多かった.CDR は男性2.6,女性2.2 で性差を認めた.HDS-R とMMSE の平均得点は,男性が7.9 と10.0,女性が11.3 と12.9 で,いずれも女性が高かった.N 式ADL 得点は男性23.5点,女性28.7 点で,女性が高かった.下位項目では歩行以外に有意差を認めた.精神症状は,男性に攻撃性と日内リズム障害が多く,女性に妄想,幻覚,情動障害,不安・恐怖が多かった.(3)2009年9 月末時点で男性117 人(96%),女性162 人(95%)が退院していた.退院者の平均在院期間は男性130.2 日,女性116.3 日で有意差がなかった.退院先では男性は一般病院と死亡が多く,女性はグループホームが多かった.
【考察】女性では,幻覚,妄想,情動障害,不安といった精神症状が男性よりも多かった.高齢者 の幻覚妄想状態や不安抑うつ状態が女性に多いことは以前から指摘されているが,認知症においても同様であった.女性にレビー小体型認知症が多かったことも関係しているだろうが,高齢者の精神症状の性差についてはさらに検討する必要がある.男性は女性に比べ,高齢夫婦世帯が多く,認知機能やADL が低く,認知症は重度で,暴力などで入院した後は一般病院への退院や死亡が多かった.男性患者は妻の介護が不可能になった時点で入院となるケースが多く,死を目前にした老年症候群の終末像としての認知症がイメージできる.今回の結果から男女では入院に至るプロセスが異なると考えられるが,現在の認知症の医療・介護において性差はほとんど考慮されていない.認知症対策をより効率的なものにするには,性差医学的視点を取り入れるべきだと考える. 
 
I-2-12  11 : 12〜11 : 24
デイサービスを利用する老人の身だしなみ障害について
奥田正英,佐藤順子,濱中淑彦,水谷浩明(八事病院精神科)
【目的】社会生活を送るにはいわゆるTPO に合わせて身だしなみを整えることが欠かせない.しかし認知障害が進むと適切な身だしなみを整えることが難しくなる.昨年の本学会で施設に入所している老人の身だしなみ障害について報告した.本年度は施設のデイサービス(DS)を利用している老人について,身だしなみの調査を行ったので報告する.
【方法】対象は,A 市内の特別養護老人ホームにあるDS に通所をしている老人10名(男女比3 :7,平均年齢84.0±7.6 歳)である.認知能力や日常生活動作(ADL)は,障害高齢者日常生活自立度(寝たきり度)の判定基準,認知症高齢者日常生活自立度の判定基準(認知症自立度),改訂長谷川式簡易認知症検査(HDS-R),BarthelIndex(BI)を用いて評価した.また身だしなみについて整髪,洗面,口腔ケア,服装など日常生活で必要な身だしなみに関する認識や行為の11項目について,0:全介助,1:部分介助,2:自立の3 段階評価をして検討を加えた.
【倫理的配慮】調査対象については本研究の主旨を文書で説明して,本人あるいは家族から承諾の署名を受けた.また個人情報の取り扱いには充分な配慮をした.
【結果】今回調査した対象は,DS の利用年数が2.6±2.5 年,寝たきり度は凡そA2,認知症自立度は凡そIIIであった.HDS-R は平均11.2±8.7,BIの身辺処理指標が28.4±7.9,移動指標が33.9±15.2,合計が62.3±19.0 であった.身だしなみの項目では殆どが一部介助を要する状態であった.身だしなみの調査の11 項目の合計点数は13.9±5.3 であった.この合計点数と有意な相関を示す項目について検定した.その結果年齢,DS の利用年数,寝たきり度とは相関を認めなかったが,認知症自立度と有意な相関を示した(p<0.05).身だしなみの下位項目では,整髪,鏡の使用,洗面,口腔ケアに関する項目,また足元の靴下や履物まで含めた服装の項目と高い相関(p<0.01)を示した.またHDS-R の得点とも高い相関を示した.BI の身辺処理指標とは相関を示したが,移動指標との間には相関を認めなかった.
【考察】今回の身だしなみ調査は在宅でDS を受けている老人を対象にしたので,一般に認知能力やADL は施設ケアの症例よりも高いと考えられる.今回の身だしなみ障害の結果から寝たきり度やBI の移動指標とは相関を示さないことから,身だしなみは運動能力よりも認知能力に関係することが判った.また身だしなみ障害と身だしなみの下位項目では寒暖の判定よりも鏡が使用できた方が良好な相関関係であり,またHDS-R からも年齢,場所,計算,即時再生など,より現実的な即時対応能力との間に相関を認めた.BI の身辺処理指標の下位項目では飲食の項目以外では相関を認めなかった.以上のように身だしなみには,より現実的で即時的な対応を要する認知能力と関連することが示唆された.しかし,症例数が少ないので今後さらに症例を増やして検討を加えたい. 
 
I-2-13  11 : 24〜11 : 36
地域在住高齢者における「人格特性」と「日常生活満足度」「認知機能」に関する検討
橋本 学,森 崇洋,高島由紀,八尾博史,杠岳文(独立行政法人国立病院機構肥前精神医療センター),村川 亮(独立行政法人国立病院機構小倉医療センター)
【目的】地域在住高齢者の人格特性が,主観的Quality of Life(QOL)や認知機能とどのように関係しているかについて検討した.
【方法】肥前精神医療センターで施行した背振脳MRI 健診(2008 年度)の参加者のうち以下の検査が施行できた60 名(男性25 名,女性35 名,年齢72.5±8.2 歳)を対象とした.いずれも検査当時および過去において精神神経疾患に罹患していなかった.参加者の人格特性を調べるため,Minnesota Multiphasic Personality Inventory(MMPI)新日本版を施行した.主観的QOL の指標として「日常生活満足度評価表(SDL)」の11 項目について調査を行い,各項目を満足(5点)から不満足(1 点)までの5 段階で評価した.認知機能検査として,Mini Mental State Examination(MMSE),Frontal Assessment Battery(FAB),modified Stroop test,リバーミード行動記憶検査(RBMT)を施行した.多群間の比較として,Kruskal-Wallis 検定を施行後,多重比較を行った(p<.05 を有意).
【倫理的配慮】研究の趣旨を説明し,すべての参加者から研究に関する同意を文書で得た.
【結果】MMPI の有効回答が得られたのは58名であった.そのうち,T スコアがすべて正常域に入っているものを第0 群(29 名),Hs,D,Hy尺度のいずれかがT スコア70 を超えているものを第1 群(10 名),Si 尺度がT スコア70 を超えているものを第2 群(5 名),Pa,Sc,Ma 尺度のいずれかがT スコア70 を超えているものを第3 群(5 名)とした.L 尺度のT スコアが70 を超えているものを第4 群としてまとめた.SDL のうち,「身の回りが自分でできること」,「歩けること」,「家庭内の仕事ができること」の3 項目は年齢との負の相関がみられたが,SDL総点を含めた他の項目は年齢とは有意に相関しなかった.MMPI の各群とSDL との相関をみると,第1 群,第2 群ではSDL の総点および「健康であること」,「住みやすい住居があること」において有意に得点が低かった.MMPI の第1 群ではStroop test partIIにおいて有意に所要時間が短かったが,他の認知機能検査においてはMMPIの群間で有意差はみられなかった.
【考察】Neurotic triad といわれるHs,D,Hy尺度のいずれか1 つがT スコア70 を超えていた者(第1 群)は約17%,社会的内向性の指標であるSi 尺度がT スコア70 を超えていた者(第2群)は約9% 存在していた.これら2 群の被験者においては,SDL 総点において他の群と比べて有意に得点が低く,神経症的ないしは社会的内向性の傾向を有している者は,臨床的に病的レベルでなくてもQOL に影響を与えている可能性が示唆された.一方,これらの人格特性においては,高齢者であっても認知機能への影響はほとんど認められなかった.また,L 尺度高値の第4 群については,SDL 得点は第0 群との間に有意差はみられないが,回答の妥当性そのものを再検討する必要があるかもしれない. 高齢者のQOL を高めるためには,画一的な健康対策だけでなく各個人の人格特性に応じたアプローチも必要ではないかと考えられた.