第25回日本老年精神医学会

 
大会長
池田 学(熊本大学大学院生命科学研究部脳機能病態学分野)
会 場
KKRホテル熊本  〒860-0001 熊本市千葉城町3−31
Tel:096-355-0121 Fax:096-355-7955 
URL:http://www.kkr-hotel-kumamoto.com/
大会概要
タイムテーブル
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演者・座長の方へ
 
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プログラム
6月24日(木) 第1会場
 
DLB 関連
座長:木村武実((独)国立病院機構菊池病院)
I-1-1  9 : 00〜9 : 12
階段状に進行した多発ラクナ梗塞を伴うレビー小体型認知症の2例
矢田部裕介,橋本 衛,池田 学(熊本大学医学部附属病院神経精神科)
 一般的に変性性認知症は潜行性に発症し,緩徐に進行する疾患である.しかし,レビー小体型認 知症(DLB)では薬物や環境変化を契機に,突発的に症状が顕在化する例も散見される.今回,脳血管障害がDLB の症状発現に影響したと考え られる2 例を経験したので報告する.
【症例1】67歳男性.X−1年9月から急に意欲低下,動作緩慢,人物の幻視が出現した.同月,当院他科にて施行されたMRIでは右内包膝部に拡散強調像(DWI)で高信号域を認めた.以後,大きな変化なく経過していたが,X年6月より物忘れや自宅でトイレの場所がわからなくなるといった状態がみられるようになり,幻視の頻度が増えたため,X年7月,当科受診となった.神経学的には構音障害,寡動,姿勢反射障害を認めた.記憶障害は軽度であったが著明な注意障害,構成障害がみられた.認知の変動は目立たなかったが,幻視,精神緩慢,意欲低下を認めた.MRI では右基底核の陳旧性病変に加え,左内包膝部にDWIで高信号を呈するラクナ梗塞を認めた.SPECTでは後頭葉を含む全般的な血流低下を認め,心筋シンチでは心臓へのMIBG集積低下がみられた.
【症例2】75歳女性.X−1年8月頃から物忘れがみられるようになった.同年11月26日朝から尿失禁したまま歩けない状態となった.昼頃には回復したが,同日以降家事ができなくなり,虫や子供の幻視がみられるようになった.X 年2月11日より構音障害,右半身の脱力が出現し,徐々に軽快したが転倒を繰り返すため,X 年3月に当科受診となった.神経学的には両上肢の筋強剛,歩行障害,姿勢反射障害を認めた.傾眠傾向であったが記憶障害は比較的軽く,家族から認知の変動が確認された.精神症状としては幻視,誤認,異食,意欲低下がみられた.MRI では右内包膝部の陳旧性ラクナ梗塞,左被殻にDWIで高信号を呈するラクナ梗塞を認めた.SPECTでは右前頭葉,両側頭頂葉に強い血流低下を認めた.X+1年に実施したSPECT では後頭葉の血流低下を認め,心筋シンチでは心臓へのMIBG 集積低下がみられた.
【考察】2 症例は臨床症候と脳血管障害との間に時間的・空間的関連性があり,診断としては血管性認知症が考えられた.しかし,幻視やパーキンソニズム等のDLBに特徴的な症状を呈し,後頭葉血流低下所見や心筋シンチの結果は血管性病変では説明し難く,DLBと診断した.脳血管障害のような脳機能を低下させるイベントにより,DLBの症状が顕在化する可能性が示唆された.
 
I-1-2  9 : 12〜9 : 24
措置入院後の長期経過からDLBが疑われる初老期男性の一例
北村真希,稲葉政秀,武島 稔,北村 立,倉田孝一(石川県立高松病院)
【目的】レビー小体型認知症(以下DLB)は幻覚妄想,パーキンソンニズムを主症状とする認知症である.また重篤な抗精神病薬への過敏性はDLBの診断基準であると同時に他の認知症との鑑別に有用とされている.今回,当院に統合失調症として措置入院後,長期の経過を経て,抗精神病薬の過敏性やパーキンソニズムを呈しDLBが疑われる症例を経験したので報告する.
【倫理的配慮】患者本人には発表の主旨および匿名性の配慮等を説明し,同意を得た.なお本報告は当院倫理委員会の許可を得ている.
【症例】61 歳男性.既往歴:糖尿病.家族歴:姉が統合失調症,甥が精神遅滞.生活歴:高卒後に結婚し,三人の子供をもうけるが,X−11 年離婚.以後独居.
現病歴:X−28年とX−23年に抑うつ的となり,じ受診歴がある.X−20年幻視,幻聴,奇妙な行動のためA 病院に4 ヶ月入院し,X−18 年まで通院した.X−7年他人の車を破壊し,警察に保護されるも「車が三つ重なって追いかけてくる」など奇妙な訴えを繰り返すため,当院に措置入院となった.
経過:拒薬もあり抗精神病薬は内服とともにデポ剤が併用された.幻覚妄想は目立たなくなり,5ヶ月で退院.ディケアや訪問看護を利用し,通院も規則的であった.服薬コンプライアンスは悪くデポ剤は継続された.次第に錐体外路症状が目立つようになり,X−5年自宅で動けなくなったところを発見され再入院となった.CPK 上昇もあり,悪性症候群として治療.ごく少量のデポ剤と抗パーキンソン病薬を使用し,退院した.その後同様の状態で1回入院したが,精神症状は比較的落ち着いており,デポ剤は中止した.X−4年頃より実体的意識性,次いで小動物などの幻視が出現.X−2年下痢など身体疾患を契機に動けなくなり,内科入院を繰り返した.日常生活でも錐体外路症状が著しくなり同年11月に抗精神病薬を中止した.翌週に自宅で倒れており,L-DOPAを追加し,精査目的でB病院神経内科に入院し,DLBの可能性を示唆された.退院後,数日で寝たきりとなり当院4回目の入院.DLBとして,処方を調整したところ,日常生活に支障がなくなり,半年で自宅へ退院した.以後現在まで抗精神病薬なしで安定した生活を送っている.認知機能は変動しており,検査日によって大きく成績が変わっているが,HDS-Rは25点前後であり,この数年の認知機能障害の悪化はない.
【考察】措置入院後の長期経過からDLBが疑われた初老期男性例を経験した.糖尿病の既往もあり,経過は非常に長期であることから,すべてが単一疾患で説明できるものかは疑わしい.しかし,本症例はDLBを念頭に置いた治療で,繰り返していた寝たきり状態から回復し,独居を継続している.以上から比較的若年の症例でも,抗精神病薬による重篤な副作用が出現した際にはDLBを想定した治療を考慮する必要があると考える.
 
I-1-3  9 : 24〜9 : 36
精神科病棟に入院となったレビー小体型認知症と考えられる2症例
市山正樹,岡本洋平,富樫哲也,山内 繁,久保洋一郎,米田 博(大阪医科大学神経精神医学教室)
【はじめに】レビー小体型認知症(DLB)は比較的新しい疾患概念であるが,疫学的にもアルツハイマー型認知症に次いで頻度が高い.診断基準も作成されているが,日常の診療場面では鑑別が容易でなく診断に苦慮する事も多い.特に精神科に受診するDLBはその多彩な精神症状からパーキソニスムが目立たない症例では妄想性障害などの精神病圏の疾患として初期治療を開始されることもある.今回我々は精神症状が前景に立ったDLBと考えられる2症例を経験したので考察を加えて報告する.
【倫理的配慮】個人特定されないように発表の趣旨を変えない範囲で若干の修正を行った.
【症例提示】症例1:81歳,女性.X−1年より道に迷うようになり,小刻み歩行も出現した.X年5月頃には道に迷う事が頻繁になり,内服薬 の飲み忘れ等の記銘力障害も認めた.6月には「頭に何かがのっている」「死んだ人がいる」など体感幻覚や幻視を認め精査加療目的でX年7月当科入院となった.WAIS-IIIにおいてFIQ 81であるものの下位項目からは認知機能低下が示唆された.Hoehn&Yahr II度のパーキンソニズム,幻視が存在し,MIBG心筋シンチグラフィー検 査にてMIBG 集積低下,脳血流SPECT検査にて後部帯状回,側頭葉,後頭葉で血流低下を認め,probable DLB と診断した.被害妄想も認めたためクエチアピンを,probable DLB に対し塩酸ドネペジルを開始した.その後症状改善しパーキンソニズムの悪化は認めず退院となった.
症例2:60歳,女性.X−5年に歩行困難が生じ抗パ−キンソン病薬開始となった.その後幻聴,妄想が出現したためX−1年精神科病院に入院となった.抗パ−キンソン病薬の減量にて症状改善し退院となったが,再度歩行困難を認め,抗パ−キンソン病薬を増量したところ,再び幻聴,妄想を認めX 年2 月からクリニックにて抗パ−キンソン病薬は中止され症状改善した.しかし同年6月より幻視,妄想が出現したため7月当科入院となった.WAIS-IIIにおいてはFIQ 70 であり後天的に知能が低下している可能性があった.Hoehn&YahrIII度のパーキンソニズム,抗パーキンソン病薬中止後も幻視を認めDLBを疑った.MIBG 心筋シンチグラフィー検査にて後期像でびまん性にMIBG集積低下,脳血流SPECT検査にて後部帯状回,後頭葉にて血流低下を認めDLBに矛盾しない結果であり塩酸ドネペジルを開始した.妄想に対してはクエチアピンを開始したがパーキンソニズムの悪化は認めず,病状改善し退院となった.
【まとめ】塩酸ドネペジル,クエチアピンがDLBの精神症状に効果があるとする報告があるが,DLB は抗精神病薬に過敏なため錐体外路症状が出現しやすく症候をとらえた適確な診断のうえでの薬剤選択が重要と考えられる.症例1ではドネペジル5mgと低用量のクエチアピンで症状改善し,症例2ではドネペジル3mgと比較的高容量のクエチアピンを使用することで,いずれもパーキンソニズムの悪化を認めず退院可能となった.今後,症例を重ねることにより,年齢,精神症状に応じた薬物療法の工夫が必要であると考えられた.
 
I-1-4  9 : 36〜9 : 48
多剤併用下に悪性症候群を続発しlevodopa投与が奏効したレビー小体型認知症の1症例
太田共夫(横須賀共済病院精神科)
【目的】演者は,他医において双極性感情障害の診断を受けimipramin, lithium carbonate,risperidone の併用下に悪性症候群を続発したレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies :DLB)1症例に介入しlevodopaを用いて良好な治療経過を得た.本症例経過は,DLBの向精神薬感受性亢進を,悪性症候群高リスク群として把握し,その対応を考える際に有用と考え本学会で報告する.
【方法】対象は,30歳台にうつ病相で初発し,精神運動抑制優位のうつ病相と気分高揚を表徴とする軽躁を反復し他医精神科にて外来加療を継続されていた女性である.X−1年Y−3月に,短期記憶低下,集中力低下,被害妄想,幻視を続発しimipramin 30 mg, lithium carbonate 300 mg,levomepromazine 1 mg にrisperidone 1 mg/dayの追加を受けた.病像は遷延化し68歳時,X年Y月Z日には,振戦,発汗あり.4日後に高熱,亜昏迷を来たし,横須賀共済病院救急科へ搬送された.悪性症候群と診断を受けHCUへの入院下に,向精神薬の中止,輸液管理,クーリング,呼吸器設定酸素吸入対応を受けた.Dantrium 静注後CK 値は正常化したが80 mg/day の用量下に血小板減少を来たし同薬使用を中断のうえ保存的及び理学療法で経過観察とされた.高熱,日差変動を示す意識障害,嚥下困難の慢性化のためX年Y+2月Z−26日,36病日時に精神科初診となった.Lebodopa 25 mg の点滴静注を開始し50mg/day 連用7日を以て解熱,意識の清明化,振戦の軽減を得た.Bromocriptine 経口投与へ入れ替え時に再度の発熱を来たしlebodopa は経口500 mg/day へ用法・用量を変更し連用とした.
【論理的配慮】悪性症候群及び同病態の改善後に後方視から判明した潜行発病のレビー小体型認知症について本人と配偶者へ病名を告知した.さらに薬剤の適応外使用につき,作用機序を含む使用目的,方法,用量と予測される有害事象と対処法について説明した.治療内容と個人情報に配慮し学術発表につき本人と配偶者から口頭同意を取得した.
【結果】60病日時には意識清明,自律神経機能不全の消褪,錐体外路症状の軽減を得たが失見当識,短期記憶障害,失計算,判断力低下を表徴とする認知機能低下,夜間優位の幻視,パーキンソニズムの遺残を持続し,頭部MRI,EEG検査結果をも参照しprobable DLB と臨床診断を下した.次いでdonepezil 投与開始し有害事象の発現を監視しつつ5 mg/day を連用とした.
【考察】高齢者うつ病の治療経過中に進行性の認知機能低下と共に幻覚,妄想の続発を認めた際にはDLBの併存を鑑別に挙げる必要が有る.初期対応として,抗コリン作用,抗ドパミン作用を有する向精神薬の減量や変更が検討されるべきである.さらにDLBの向薬物感受性亢進は悪性症候群の高リスク群としても把握される必要有りと考えられた.DLBに続発した悪性症候群に対してlebodopa は原疾患治療にも合致し有用性が高いと考えられた.
I-1-5  9 : 48〜10 : 00
Zonisamideがパーキンソン症状および易刺激性,アパシーに効果を認めたDLB の一例
佐藤晋爾,水上勝義,朝田隆(筑波大学臨床医学系精神医学)
 Zonisamide(ZSD)は主に部分てんかんに効果を有する抗てんかん薬であるが,近年はパーキンソン症状の改善やbipolar depression の治療薬としても注目されている.われわれは,パーキンソン症状が顕著なために少量のZSD を投与したところ,攻撃性やアパシーなどのBPSD にも効果を認めたDLB の1 例を経験したので報告する.なお発表にあたり個人が特定できないよう留意した.また患者,家族に発表についての同意を得た.
【症例】75歳女性
既往・家族歴:特記事項なし.
現病歴:X−8 年ころから,前傾姿勢,すくみ足,手指振戦が目立つようになり,同時に不眠,幻視の訴えを認めるようになった.このため,A総合病院心療内科を受診した.当初,遅発性統合失調症が疑われたが,徐々に着衣失行などを認めるようになった.この際行なわれた頭部CTでは全般性の軽度の大脳皮質の萎縮を認め,さらにMMSEは13点だった.以上からDLBに診断が変更になり,X−6年からdonepezil とamantadine の投与が開始された.しかし,パーキンソン症状,アパシーともに認めていた.高齢の夫が介護することは困難であり,デイケアの利用が開始された.X−3年ころからは,易刺激的,攻撃的になり,同居している夫をたえず怒鳴り,診察室でも不機嫌で医師に大声で怒鳴ることがあった.一方,前傾姿勢が著しく強く,すくみ足で診察室に入ることもままならない状況だったことから,高齢の夫の介護には負担がかかると考え,パーキンソン症状の軽減を目的にZSD 25 mg の投与を開始した.投与開始1ヵ月後に顕著にすくみ足が軽減し,夫から「今まで出来なかった階段の上り下りなどが出来るようになった」と評価が高かったことから,ZSDを徐々に増量した.50 mg に増量した段階で,夫から「最近は一人でいられるようになった」との報告があり,さらに75 mg まで増量したところ,これまでの険しい表情から一転して終始笑顔で診察に応じ,デイケアでも食事の介助がいらなくなったとのことだった.100 mg まで増量したところで経過観察中であるが,パーキンソン症状とBPSDの軽減は維持されており,また際立った有害事象も認められていない.
【考察】アルツハイマー型認知症に比べDLBではBPSDが多いと報告されているが,一方で薬剤過敏性のためにその治療には難渋することが多 い.今回の症例では,われわれは当初パーキンソン症状の軽減を目的にZSDを投与したが,易怒性およびアパシーも軽減した.ZSDはセロトニン系に作用し,さらに少量ではドパミン合成を増加させる作用があると報告されている.認知症の攻撃性とセロトニン系,アパシーとドパミン系およびセロトニン系神経路との関連性が指摘されていることから,ZSD がBPSD に奏功したものと考えられた.顕著な有害事象を認めていないことから,ZSDはDLBのBPSDに対する治療の一つの選択肢になりえるものと考えられた.  
 
FTLD 関連(1)
座長:池尻義隆((財)住友病院)
I-1-6  10 : 00〜10 : 12
前頭側頭型認知症運動ニューロン疾患型の言語・精神症状と脳画像所見における多様性
小林良太(公立置賜長井病院精神科),川勝 忍,渋谷 譲,大谷浩一(山形大学医学部精神科)
【はじめに】認知症とALSの合併は,湯浅・三山型として知られており,前頭側頭型認知症運動ニューロン疾患型(FTD-MND)の非運動症状として,失語症などの病像を呈するとの報告がある.ここでは,FTD-MND における病像と脳画像の多様性について報告する.なお,個人を特定できないように配慮し,病歴の一部に変更を加えた.
【症例1】53歳,右利き女性.明るく社交的.現病歴:X−1年8月より口数が減少.X年1月仕事のミスが続き解雇.再就職するもミスで即解雇.就職活動するが履歴書不備で書類選考で落ちる.料理の味付けができない,メニューが単調化,家事ができない等の症状も出現した為,X 年8月当院受診.深刻味なくやや多幸的.診察中立ち去り行為あるも脱抑制は目立たず.HDS-R 19 点,MMSE 24 点,WAIS-R で言語性IQ 62 動作性IQ 48.WMS-R で一般的記憶50 未満.FAB 1/18,TMT-A 不能.レーブン9/36.頭部MRI にて両側前頭葉の軽度萎縮,SPECT で前頭葉背外側面の著名な血流低下.X+1 年1 月より嚥下障害,4月より構音障害進行,上肢の筋力低下,舌の軽度萎縮あり,5月ALS球型と診断.X+1年8月呼吸不全で死亡.
【症例2】59 歳,右利き女性.おとなしく内気.現病歴:X−4年8月手の込んだ料理が作れない,自発語減少,易怒性亢進.蜘蛛や蟻,蝉など何を見ても虫としか言わない.X−3 年3 月当院受診.病識なし.舌,筋萎縮なし.HDS-R 10点,MMSE11点.WAB でAQ 53.0,CQ 54.6.ボールをプルーンという語性錯語やスプーンをスプーニクと言う音韻性錯語あり.類音的錯読あり.頭部MRIにて左前頭葉の萎縮.SPECT で,左シルビウス裂周囲の血流低下.その後,常同行為,強迫笑い等出現.X−1 年10 月より嚥下障害出現.X 年4月舌と上肢の筋萎縮あり,5 月ALS 球型と診断.6月より人工呼吸器管理.
【症例3】68 歳,右利き男性.知的に高く,活動的.現病歴:X−1 年10 月より,「物忘れが激しい,喉に詰まる感じで言葉がうまくでない」と自覚,X 年1月他院神経内科受診,構音障害を含め神経学的所見は明らかでなく,HDS-R 21点,頭部MRIで左側頭葉の萎縮,SPECTで同部の血流低下認め,X 年2 月当院紹介.深刻味なくやや多幸的.構音障害軽度あり,舌萎縮なし.HDS-R30点,MMSE 30点.WAB でAQ 94.4,CQ 95.8,動物名12 個/分やや低下.WMS-R で言語性記憶96,視覚性記憶97,遅延再生100で明らかな記憶障害なし.WAIS-Rで言語性IQ 97,動作性IQ121で特に知識,単語,理解など意味記憶関連の課題で相対的低下.WCST はCA 5とほぼ正常.頭部MRI 再検査で,左側頭葉内側部に限局する萎縮.X年4月,構音障害が急速に悪化,嚥下障害,上肢筋力低下,舌萎縮明らかで,5月ALS球型と診断.10月より人工呼吸器管理.
【まとめ】症例1 はいわゆる三山型,症例2 はPA様,症例3はSD様と様々な病像がみられた.何れも前頭葉,側頭葉の萎縮は軽度だが,SPECT でみると症例1は両側前頭葉の背外側面,症例2は左シルビウス裂周囲,症例3は左側頭葉前部の血流低下を認め,3つの症状と対応したパターンがみられた.
 
I-1-7  10 : 12〜10 : 24
老年期意味性認知症の臨床像に関する検討;初老期発症および老年期アルツハイマー病例と比較して
清水秀明,小森憲治郎,福原竜治(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学分野),
品川俊一郎(東京慈恵会医科大学精神医学講座),
豊田泰孝,樫林哲雄,園部直美,松本光央,森 崇明  
(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学分野),
石川智久(兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室),
鉾石和彦(自衛隊阪神病院精神科),
谷向 知,上野修一(愛媛大学大学院医学系研究科脳とこころの医学分野),
池田 学(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野)
【はじめに】意味性認知症(SD)は,初老期認知症と考えられてきたが,近年の研究から老年期発症のSD(老年期SD)例も存在することが分かってきた.アルツハイマー病(AD)や前頭側頭型認知症では,初老期発症と老年期発症に関する臨床症状の異同について報告されているけれども,SD での報告はない.また,健常高齢者でも加齢による軽度の記憶障害や視空間性障害が出現するなどAD様の検査プロフィールが報告されており,老年期SDでもAD様の検査プロフィールを示す可能性がある.
【目的】老年期SD 群における初診時の各種認知症スクリーニング検査のプロフィールを初老期発症SD(初老期SD)群,対照として老年期発症AD(老年期AD)群と比較し,その特徴を明らかにする.尚,65歳未満の発症を初老期発症,65歳以上の発症を老年期発症とした.
【対象】1997年8月〜2009年10月に,当科高次脳機能外来,財団新居浜病院高次脳機能外来を受診した連続例で,SD,AD のそれぞれの臨床診断基準を満たした老年期SD群10名,初老期SD群15名,老年期AD群47名を対象とした.
【方法】3 群間の認知症重症度を合わせるため,CDRを使って統制した.老年期AD群の平均検査時年齢は,老年期SD 群の平均検査時年齢に合 わせて統制した.発症年齢・検査時年齢・罹病期間・性別・教育歴・CDR を統計学的に比較した.認知機能評価のためにMMSEとRCPM を,BPSD の評価のために精神症状はNPIを,常同行動はSRI を用いて統計学的に比較し,介護者からADL 障害についても聴取した.
【倫理的配慮】本研究は,患者あるいは家族からインフォームド・コンセントを得て行われている.
【結果】老年期SD群,AD群における構成とRCPM得点は,初老期SD群に比べ有意に低下していた.しかし,老年期SD 群で迷子になった 症例は皆無であったが,老年期AD群では13例で認められた.老年期SD 群における命名や妄想,多幸,脱抑制,常同行動などのBPSD は,老年期AD群とは異なり,初老期SD群と一致するプロフィールを示した.老年期SD群とAD群の教育歴は,初老期SD 群に比べ有意に低下していた.
【考察】老年期SD 群は認知機能検査上,老年期AD群に類似したプロフィールを示したが,迷子などのADL 障害は認めず,視空間性障害は軽度であった.老年期SD群の視空間性障害の原因として,健常高齢者でも加齢に伴うReyの図形模写課題やRCPM 得点の低下が報告されており,加齢による可能性が考えられた.しかし,老年期SD群では,初老期SD群と同様に命名の成績が低下しているなど語義失語の特徴である顕著な単語の命名と理解の障害が認められた.また,老年期SD群のBPSDは,初老期SD 群と一致するプロフィールであり,老年期AD群とは異なっていることから,語義失語とBPSDに注目することで,老年期SD はAD と鑑別可能であると考えられた.
【結語】老年期SDでは,認知機能検査上で視空間性障害が認められるため,ADとの鑑別は初老期SDほど容易ではない.しかし,語義失語やBPSDに注目することで老年期ADと診断が可能である.
 
I-1-8  10 : 24〜10 : 36
前頭側頭型認知症の行動障害(強迫症状)の数々と治療
川口 哲(ストレスクリニックウイング)
【緒言】高齢者の行動障害に頻回のトイレ通いや所構わずに行われる放尿,同じ質問の繰り返し,短時間でのご飯のかきこみ等がしばしば認められる.この様な行動障害は介護者がいくら説明しても改善することは少なく介護者の身体的負担を増大させている.時には介護者がこの様な行為を「嫌がらせ」と感じてしまい心理的な負担になることもある.今回,これらの行為を「強迫・常同行動」と捉え,フルボキサミンの投与により1週〜1ヵ月程度で改善した症例を数々経験した.それらの症例を提示し若干の考察を加えて報告する.
【症例1】74 歳,男性.主訴:おしっこが出ない(本人),5 分おきにトイレに行く(妻).
 半年ほど前からトイレに立つ回数が増えている.尿は出ていないので我慢するように妻が説得したが変化なし.泌尿器科にて軽度の前立腺肥大を指摘され薬物治療を受けたが改善せず.X 年2月当院初診.表情は平板.周囲を見渡しドアノブをつかみ,立ち上がろうとする等の行為あり.フルボキサミン12.5 mg を夕食後に投与.1週間後には就寝前に数回トイレに行くだけで昼間の頻尿は改善した.
【症例2】76歳,男性.主訴:特にない(本人)放尿,何でも口に持って行く(スタッフ).
 X 年10月まで独居.10月末に施設入所.入所後から,壁に向かっての放尿,異食が続く.
 11月23日当院初診.診察中に机の上の物をすぐ持とうとする行為を認めた.フルボキサミン100 mg 投与で1 月後には壁への放尿が消失.しかし,異食は続いている.
【症例3】84 歳,女性.行動障害:「家を作り直したい」と息子に何度も言う.説明してもしつこく繰り返す.X−5年から脳梗塞後遺症で脳外科および内科で治療を受けていた.X 年7月,易怒性,協調性のなさのため,当院初診.外来にて加療.X+1年2月,家族から「家を作り直したい」といつも繰り返して言うので困るという相談があり.フルボキサミン12.5 mg 投与で2 週間後には執拗な訴えが軽減.
【症例4】72 歳,女性.行動障害:ご飯を5分足らずでかき込む.噛まずに飲み込んでいる.介護されている時に「早く,早く」と繰り返す.X 年3月,施設入所.入所時から多動,音に対する過敏さを認めた.10 月,食行動・言動の障害のため当院初診.診察中もじっと座ることができなかった.フルボキサミン25 mg 投与.2 週間後には食事を10 分かけてよく噛んで食べるようになった.
【考察】前頭側頭型認知症の行動異常に対してのフルボキサミンの効果については池田1)の報告に詳しい.その報告では強迫・常同行動と食行動異常に対して即効性があるとされている.今回の症例提示も,その追加報告に過ぎない.しかし,高齢者に日常的に認められる(?)些細(?)な行動異常(頻尿・放尿・頻回の質問・ご飯のかきこみ等)に対し,症候学的に強迫・常同行動と捉え,治療をしたことで,著明な改善を認め介護負担を軽減した.臨床家は症候学に軸をおき,些細な異常行為に対しても「年寄りなら当然」と切り捨てずに「何の症状か」と診察をし治療に当たらなければならない.
 尚,この発表にあたり,家族の同意を得,又,院内倫理委員会で承認を得ています..
1)池田学:前方型痴呆(ピック病を含む)の薬物療法開発の戦略,臨床精神医学31(10):1195-1201(2002).
 
I-1-9  10 : 36〜10 : 48
前頭側頭型認知症の重度な行動障害に対するaripiprazoleの有用性
木村武実(独立行政法人国立病院機構菊池病院臨床研究部),林田秀樹(くまもと悠心病院),
高松淳一(独立行政法人国立病院機構菊池病院臨床研究部)
【目的】前頭側頭型認知症(FTD)では易怒性,脱抑制,常同行動,食行動異常などの深刻な行動・心理症状(BPSD)が出現するため,FTD患者に対する介護負担は極めて高い.この行動障害に対してselective serotonin reuptake inhibitors(SSRI)の効果が指摘されている(DementGeriatr Cogn Disord 2004 ; 17 : 117-21).我々は,第23 回本学会にて,「前頭側頭型認知症の行動障害に対する抑肝散の効果」について報告した.しかし,SSRI や抑肝散に対してFTD 患者は治療抵抗性を示す場合があり,抗精神病薬の投与を検討する必要性が出てくる.そこで今回,我々は非定型抗精神病薬で副作用が少ないと考えられるaripiprazole のFTD の行動障害に対する効果を検討した.
【方法】当院において,臨床診断基準(Neurology1998 ; 51 : 1546-1554)によりFTD と診断され,抗精神病薬以外の薬物に治療抵抗性を示す,あるいはNeuropsychiatric Inventory(NPI)(Neurology1994 ; 44 : 2308-2314)が30 点以上の患者14 例を対象とした.Aripiprazole(2-10 mg/日)を4 週間投与して,その前後のBPSD をNPIで評価し,その変化をWilcoxon signed-rank testによって解析した.また,NPI 改善度を従属変数,対象の年齢,性別,教育年数,開始時のNPI得点などを独立変数として重回帰分析を行った.
【倫理的配慮】本研究は当院倫理審査委員会により承認された.対象者あるいは家族に本研究の趣旨を説明して書面で同意を得た.
【結果】夜間不穏・介護抵抗の悪化により脱落した1 例以外の13 例がこの研究を遂行できた.有害事象として,3 例で軽度の筋固縮,流涎などが認められた.血液・尿検査上,異常はなかった.Aripiprazole 投与により,NPI 得点は有意に減少した(投与前;42.2±7.9,投与後;25.4±6.0,p<0.01).NPI 下位項目では,delusions(p<0.05),agitation/aggression(p<0.01),irritability/lability(p<0.01),aberrant behavior(p<0.05)などで有意な得点の減少がみられた.重回帰分析にて,NPI 改善度と有意な相関がみられたのは,「投与前NPI 得点(標準偏回帰係数:β=0.564,p<0.01)」,「性別(β=0.532,p<0.01)」,「教育年数(β=0.436,p<0.05)」であった(R2=0.920,F(5, 6)=13.812,p<0.001).
【考察】Aripiprazole はFTD の重度な行動障害を有意に改善した.この効果は,包括的で精度の高い,BPSD の評価尺度であるNPI により確認された.1 例だけはactivation により脱落したが,有害事象は軽度の錐体外路症状だけであり重篤なものはなく,臨床検査の異常も認められなかった.これらのことから,FTDの行動障害に対するaripiprazole の有用性が推察された.また,重回帰分析の結果から,行動障害がより重度で,教育年数のより長い,男性よりも女性において,NPI得点が減少する,すなわちBPSDが改善しやすい可能性が示唆された.
   
 
認知症ケア
座長:一宮 厚(九州大学健康化学センター)
I-1-10  10 : 48〜11 : 00
前頭側頭葉変性症(FTLD)の問題行動に対するルーチン化療法の試み
坂根真弓(財団新居浜病院),
樫林哲雄,小森憲治郎(愛媛大学大学院医学研究科脳とこころの医学),
大竹なほ代(財団新居浜病院),
園田亜希,福原竜治(愛媛大学大学院医学研究科脳とこころの医学),
塩田一雄(財団新居浜病院),
上野修一,谷向 知(愛媛大学大学院医学研究科脳とこころの医学)
 前頭側頭葉変性症(Fronto-Temporal Lobar Degeneration ; FTLD)は,脱抑制や常同行動など特徴的な行動異常がしばしば前景に立ち,認知症の中でもとりわけ処遇困難な疾患である.FTLD の問題行動に対する非薬物療法は,常同行動を利用したルーチン化療法が有効といわれている(Tanabe et al, 1999).しかし本療法を適用した実例の報告は数少ない.今回我々は放尿や盗食などの重大な問題行動にルーチン化療法が有効であったFTLDの2例を経験したので,疾患や症状の特性に合わせた本療法の適応について考察する.
【倫理的配慮】報告に際して,匿名性の保持や個人情報の流出に充分配慮した.
【症例提示】症例1:64 歳右利き男性.常同的周遊,異食,放尿,考え不精のため当精神科病院に入院となった前頭側頭型認知症(Fronto- Temporal Dementia : FTD)例で,入院時より自発性低下や無関心のため着替えや入浴など日常生活全般に介助を要し,盗食と失禁が出現した.症例2:68 歳右利き男性.喚語困難と錯語が著明な意味性認知症(Semantic Dementia ; SD)例で,進行に伴い食事や排泄などの生活習慣を適切に行うことが困難となり当院に入院した.日常生活全般に指示や介助を要するが言語を介した指示が入らず,墨汁や洗剤を飲む(異食),盗食,夜間の放尿,興奮して病棟から離院を試みるなど,激しい行動化を認めた.
 2例ともADL 全般にわたり決まった時に決まった行動を指示し誘導するルーチン化に成功したが,盗食と放尿は改善できなかった.そこで,症 例1(FTD)に対しては,食器数を増やし細い箸に換え食事時間の延長を企て,配膳準備や他患者の食事時間中は自室で過ごすよう誘導するという介入で盗食防止を図った.また失禁については,特定のスタッフが繰り返しトイレ誘導を行うという介入を試みた.症例2(SD)に対しては,部屋に物を置かない,他患者の食事中は別室で過ごすよう習慣づける,食事量や食器数を増やし食事時間を延長させるなどの介入で異食や盗食の防止を図った.放尿については,声かけや貼り紙による禁止,放尿する場所にポータブルトイレを設置するなど試みたが,ポータブルトイレを移動させ同じ場所に放尿を続けた.そこで,自室内にトイレの便器と同色の白いバケツを入れたところ,そ の中に排尿し放尿は消失した.
【考察】2症例ともに行動異常の出現により在宅生活に破綻を来たし入院となった事例である.盗食については,食事に専念できるよう他患者の食事という盗食を誘発させる視覚刺激を遠ざける工夫をルーチン化に取り入れた.放尿については,症例1 では特定のスタッフが一貫して同じ誘導を行うことでトイレでの排泄が可能となった.保たれたエピソード記憶や手続き記憶を利用して,馴染みのスタッフから常に同じ誘導を受ける手順が学習されたものと考えられた.症例2 では,重度の意味記憶障害により言語的指示が全く無効で,人物の同定も困難なため,スタッフと馴染みの関係を作ることもできなかったが,トイレの便器の色に条件づけられた排泄行動を利用して白いバケツへ排尿する般化行動を促すことで,排尿する場所の変更が可能となったと考えられた.ルーチン化療法は患者の症状の特異性や保たれている機能を想定し,活用する工夫が必要と思われる.
 
I-1-11  11 : 00〜11 : 12
進行期の前頭側頭葉変性症に対するケアの課題
本田和揮,矢田部裕介(熊本大学医学部附属病院神経精神科),
池田清美,荒木邦生(特別医療法人再生会くまもと心療病院),
池田 学(熊本大学医学部附属病院神経精神科)
【背景】前頭側頭葉変性症(frontotemporal lober degeneration ; FTLD)は,人格変化,行動障害を主症状とする変性性認知症である.発症から間もない場合であればデイサービスを常同化させるなど疾患特性を利用し,非薬物的な治療で家族の介護負担を軽減しながら長期的な在宅生活を継続することが可能と報告されている.今回,演者らは進行期から専門的なケアを試みた重度のFTLD の1例を経験したので若干の考察を加え報告する.なお個人の特定を防ぐために内容を一部変更した上で報告することを家族に説明し了承を得ている.
【症例】初診時年齢67 歳.右利き男性.妻と二人暮らし.発症時は臨時の集金業務をしていた.X−4年1月頃(63歳時)から仕事のミスを繰り返したため同年退職した.頑固さや易怒性が見られはじめ,X−3年に近医精神科クリニックを受診しFTLD と診断され通院を開始した.X−2年頃から言語障害が著明となり会話が通じなくなった.些細な刺激に激昂することを繰り返したため,X年9月K病院認知症専門外来を初診したものの拒否が強く診察室への入室すら困難であった.頭部CT 検査で左側頭葉の著明な萎縮が確認され,臨床症状と画像所見からFTLDの一臨床型の意味性認知症と診断した.その後も夜間周遊や家族への暴言を繰り返し家庭での療養が困難となり,X 年11月K 病院認知症病棟へ医療保護入院となった.
【入院経過】不機嫌に病棟内を徘徊し拒薬が続いた.帰宅要求が著しく,病棟のドアが開かれた時に突進を繰り返した.行動を制止されると興奮しスタッフを足蹴りしたり自室の手すりを壁から引きはがすなどの粗暴行為を認め,しばしば隔離室使用を必要とした.自室内での放尿排便も頻回であったが,フルボキサミンなどの薬物療法は無効であった.
【非薬物的介入】FTLD の特徴的症状である常同行動を形成することにより患者の行動障害を軽減することを目標に,時間を固定した(午後3時から)看護師同伴による院内散歩を開始した.病棟ドアへの突進行動に対しては,被影響性の亢進を利用して,病棟ドアが開く時には注意をそらせるために飲み物入りのコップを渡すことを試みた.その結果,約1 ヶ月後には午後3 時近くになると散歩の用意をして静かに待つようになり興奮はみられなくなった.またドアへの突進も軽減した.次のステップとして,在宅生活に向けて施設通所デイケア模擬体験として院内小規模多機能施設での短時間滞在を開始したが,他の利用者に大声で話しかけるなど迷惑行動が繰り返されたため中断した.入院から1年以上経過した現在,病棟生活には慣れ穏やかに生活しているが自宅退院の目処は立っていない.
【考察】本例では入院当初は粗暴行為などを繰り返し薬剤も効果がなかったが,常同行動や被影響性亢進などの疾患特徴を利用した非薬物的対応により行動障害は減少した.行動障害が著しいFTLD症例であっても,疾患特徴を利用すれば薬剤に依存しないケアは不可能ではないと考えられた.しかし在宅生活が可能なほどの改善は得られず,FTLD の非薬物治療に関しても早期介入が必要であると思われた.
 
I-1-12  11 : 12〜11 : 24
認知症患者介護者負担に関連する介護者因子・患者因子の検討
中嶋貴子,成本 迅,松岡照之,柴田敬祐,岡村愛子,中村佳永子,福居顯二
(京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学)
【目的】認知症患者の介護者負担は,介護者のQOLを低下させるのみならず,施設入所の決断を早める要因の一つとなることが知られており,患者本人に対する影響も大きい.介護者負担の軽減に有効な介入方法を開発するため,今回われわれは,認知症介護者負担の予測因子,および高齢介護者群・非高齢介護者群の違いについて調査した.
【方法】対象は京都府下3施設の老人性認知症診断センター(京都府立医科大学附属病院,市立福知山市民病院,京都府立与謝の海病院)に通院中の老人性認知症患者およびその介護者のうち,文書で介護者から同意が得られた51 組(患者:男性13 名/女性28 名,平均年齢76.5±8.4.介護者:男性18 名/女性33 名,平均年齢57.9±13.9).対象患者の認知機能(MMSE)・精神症状の重症度(Neuropsychiatric Inventory :NPI)・生活機能(Hyogo Activities of DailyLiving Scale : HADLS)を評価し,対象介護者には負担度(Zarit Caregiver Burden Interview :ZBI)・適応能力(Coping Inventory for StressfulSituations : CISS)・性格傾向(Maudsley PersonalityInventory : MPI)・完璧主義度(Frost Multidimensional Perfectionism Scale :FMPS)・心の健康度(Subjective Well-Being Inventory : SUBI)を評価した.介護者負担度評価を従属変数,その他の変数を独立変数としてSpearman の順位相関係数を用いた二変量相関とステップワイズ法を用いた重回帰分析を行った.介護者全体と介護者の年齢の中央値(55 歳)で二分した高齢介護者群・非高齢介護者群で解析を行った.
【倫理的配慮】患者本人および家族に対し,十分研究内容を説明し,介護者から書面による同意を得た.また解析にあたっては匿名化を行い,管理にも十分注意した.
【結果】介護者のZBI は32.7±15.8.患者のMMSE は18.5±5.8,NPI(total)は12.4±13.1であった.ZBI との二変量相関では,介護者の陰性感情であるSUBI(−)と有意な負の相関がみられ,MPI( Neuroticism ), CISS ( emotionoriented),HADLS,NPI の焦燥と有意な正の相関がみられた.重回帰分析においては,介護者全体の群でNPI の幻覚(B=3.064,T=2.620,P=0.012),易刺激性(B=1.276,T=2.058,P=0.045)とSUBI(−)(B=−0.689,T=−2.376,P=0.022)が,年齢で分類した二群で解析すると,高齢介護者群ではSUBI(−)(B=−1.015,T=−2.271,P=0.032)のみが,非高齢介護者群ではNPI の幻覚(B=6.324,T=4.226,P=0.000)のみが,それぞれ介護者負担予測因子として抽出された.
【考察】介護者負担に関連する因子として,高齢介護者群では介護者因子のみが抽出されたのに対し,非高齢介護者群では患者因子のみが抽出された.介護者が高齢になると自身の健康問題や心理的問題を抱えることが多いことから,介護者負担に関連する要因において,患者要因と比較して介護者要因が占める割合が増加していくことが考えられる.この結果から,高齢介護者においては,介護者自身へのサポートを行うことが負担軽減につながる可能性が示唆された.
 
I-1-13  11 : 24〜11 : 36
介護療養型病床における聴覚障害と認知機能・言語機能・BPSDの関係
飯干紀代子,大森史隆(九州保健福祉大学保健科学部言語聴覚療法学科),
藏岡紀子,栢木忍,吉森美紗希(医療法人猪鹿倉会パールランド病院),
中山 翼,山田弘幸(九州保健福祉大学保健科学部言語聴覚療法学科),
新牧一良,猪鹿倉忠彦(医療法人猪鹿倉会パールランド病院)
【研究背景と目的】介護保険関連施設における言語聴覚障害罹患の割合は高く,異なる言語聴覚障害を重複して持つ者が多い(黒田ら1995,飯干ら2001).そのうち,聴覚障害を持つ者は6〜9割とされるが(八木ら1996,林ら2003),聴覚障害と他の障害との関係を踏まえた研究は少なく,言語聴覚リハやコミュニケーション支援体制の構築には至っていない.本研究では,介護療養型病床における聴覚障害の実態を把握し,聴覚障害と認知機能・言語機能・BPSD の関係を明らかにして,言語聴覚リハやコミュニケーション支援の方法論を探ることを目的とする.
【対象】介護療養型病床に入院中の30例(男性5例,女性25例,平均年齢82.4±7.7 歳)で,Mini Mental State Examination(以下,MMSE)平均は17.2±5.7 点であった.認知症の原因は,AD17例,VD 8例,DLB 2例,その他3例であった.
【方法】1.聴覚:言語聴覚士によるJIS 1型オージオメータを用いた純音聴力検査.周囲雑音は52.5 dB(C 特性,10 秒平均).
2.認知機能:臨床心理士によるMMSE.
3.言語機能:言語聴覚士による言語機能検査(飯干ら2007).言語の4モダリティ(聴覚的理解,視覚的理解,発話,書字)計22 項目.
4.BPSD:看護師によるMinimum Data Set のうち,譫妄の兆候,望ましい人間関係,気分と落ち込み,問題行動など計25項目.なお,本研究は九州保健福祉大学倫理委員会の承認を受け,対象あるいは家族の了承を得た上で実施された.
【結果】1.良聴耳の平均聴力レベル(6分法)をWHO の基準で分類した結果,23/30 例(76.7%)に聴覚障害を認めた.重症度は,軽度6 例,中等度15例,準高度1例,高度1例であった.
2.聴覚障害の有無による分析では,言語機能の総得点と書字モダリティ得点において聴覚障害群が高得点であった(t=2.9,p<0.05).書字モダリティの下位項目では,仮名単語と仮名混じり短文が高かった(t=3.1,2.1,p<0.05).認知機能・BPSD は聴覚障害の有無による差がなかった.
3.聴覚障害と認知機能・言語機能・BPSDは,各々に相関を認めなかった.また,聴覚障害を主効果とした3 元配置分散分析においても差はなかった.一方,認知機能と言語機能の漢字単語書字に相関を認めた.
【考察】1.介護療養型病床における聴覚障害罹患の多さが確認された.高度難聴は少なく,補聴を含めた言語聴覚リハ適応の可能性が示された.
2.聴覚障害群は非聴覚障害群に比し,言語機能,特に仮名書字が良好であった.両群は認知機能に差がないことから,聴覚障害群の特性と考えられる.聴覚障害によりコミュニケーションは阻害されがちであるが,仮名書字を積極的に活用した言語聴覚リハやコミュニケーション支援の有効性が示唆された.
3.聴覚障害と認知機能・BPSD に一義的な関係はなかった.先行研究でも意見の分かれるところであるが,今後,認知症および聴覚障害の経過月数の統制,BPSD の評価基準の厳正化を含め,更なる検討が必要であると考えられた.
4.認知症者の認知機能の維持・改善に漢字単語書字を活用することの有効性が示唆された.