6月28日(土) 口頭発表
6月28日(土) 第2会場(国際会議室)
検査
工藤喬(大阪大学)
- II-2-1 9 : 00〜9 : 15
- 認知機能検査(COGNISTAT)とMRI のVSRAD 解析の比較検討
- 石束嘉和,熊沢佳子,嶋津奈,平沢俊行,佐々木皆里,玉井眞一郎,奥住祥子(横浜市立みなと赤十字病院精神科)
- 【目的】認知機能を調べる方法として最近日本語版が出されたCOGNISTAT(NeurobehavioralCognitive Status Examination)は比較的簡便に行えて各種の認知機能の詳細を知ることができる検査である.COGNISTAT は,3 領域の一般
因子(覚醒水準,見当識,注意)と5 領域の認知機能(言語,構成能力,記憶,計算,推理)が評価できるようになっており,一般因子および5領域の認知機能を評価する以下の11 の下位検査が用意されている.(1)見当識,(2)注意,(3)語
り,(4)理解,(5)復唱,(6)呼称,(7)構成,(8)記憶,(9)計算,(10)類似,(11)判断.一方,早期アルツハイマー病診断支援システムとして我が国で開発されたVSRAD はアルツハイマー病診断の経験値に基づく客観的判断を目指
したものである.早期アルツハイマー病では,脳萎縮が海馬において特に著明であるため,1.5 TのMRI により収集した脳全体の立体データを専用端末に取り込み,専用解析ソフトで脳全体と海馬の萎縮の程度を一定値(ボクセル値)へ変換し
た後,健常人のデータベースと照合・解析する.実際には海馬体の周辺にあたる嗅内野を含むいわゆる海馬傍回のあたりを中心に解析される.萎縮の程度は0(萎縮なし)以上の数値で表され,海馬の萎縮が脳全体のそれより強いほど,大きな数
値となる.PET などの高額な装置を使うことなく,MRI にて簡便に脳萎縮の程度を知ることができることから最近注目されている検査法である.今回,我々は認知機能検査であるCOGNISTATの下位項目とVSRAD で表される海馬の萎縮と
の関係を明らかにすることを目的として本調査を行なった.
【方法】横浜市立みなと赤十字病院精神科外来をもの忘れを主訴として受診した患者のうちCOGNISTAT 検査とMRI 検査のVSRAD 解析を施行し得た17 例(男性3 名,女性14 名,平均年齢74.5 歳)の検査結果について,COGNISTAT の上記11 因子と,VSRAD の(a)
海馬傍回の萎縮の程度,(b)脳全体の中で萎縮している領域の割合(%),(c)海馬傍回の中で萎縮している領域の割合(%),(d)海馬傍回の萎縮と脳全体の萎縮の比較(倍)との相関係数を求めた.
【結果】VSRAD の(a)項目と有意に負の相関を認めたものは,「構成」と「記憶」であった.VSRADの(c)項目と有意に負の相関を認めたものは「構成」「記憶」「計算」であった.
【考察】アルツハイマー病の特徴的な症状としては見当識障害,構成障害,記憶障害が挙げられ,これらは比較的初期から認められる.VSRAD は海馬の萎縮の程度を知ることから早期にアルツハイマー病を検出することを目的として開発された
システムであるが,VSRAD の指標はアルツハイマー病の上記症状のうち,「構成」と「記憶」を主に反映することがわかった.これらを総合すると,見当識障害は目立たなくとも構成障害と記憶障害がありVSRAD にて海馬の萎縮が検出され
るならばアルツハイマー病の可能性が高いと推定されることになる.
- II-2-2 9 : 15〜9 : 30
- NIRS による園芸療法の基礎研究;園芸が人の前頭連合野に与える影響
- 豊田正博,杉原式穂(兵庫県立大学自然・環境科学研究所),柿木達也(兵庫県立西播磨総合リハビリテーションセンター)
- 【目的】園芸療法は,非薬物療法の一つで,心身機能の維持や回復,生活の質の向上などが目標となる.高齢者を対象とした園芸療法では,導入後に認知機能検査得点の向上例なども報告されている.しかし,他の非薬物療法と同様に,介入効果
の客観的・科学的な検証が大きな課題である.そこで,園芸作業が認知機能に与える影響について注目し,基礎的知見を得るために,NIRS(近赤外分光法)により,認知機能と関連する前頭連合野の,園芸作業中の賦活について検証した.
【方法】対象は,20 代から70 代までの健常成人で男性2 名,女性15 名(平均年齢52.0 歳)である.園芸療法においてよく行われる草花の鉢植えを,課題(1):土を混ぜる,課題(2):土を鉢に入れる,課題(3):花を鉢に植える,という3 課題
に分けて前頭連合野のoxy-Hb 量を測定した.課題の説明は,各課題直前に口頭と演示で行った.光トポグラフィ装置(52 チャンネル)を使用し,脳血流中の酸素化ヘモグロビン(oxyHb)の変化を測定した.課題では,15 秒のベースラインの
後に,各課題とレストを3 回繰り返した.実験1では,上記の3 課題を独立して行った.実験2では,左右の腕を体の前で弧を描くように動かす動作を対照課題とし,課題(1)の結果と比較した.実験は,静かな屋内で実施し,所要時間は約30
分であった.2007 年6 月4 日から6 月11 日に
実施した.
【倫理的配慮】すべての被験者に対して事前説明を行い,実験協力および発表について文書にて同意を得た.
【結果】実験1:課題(1),(2),(3)すべてで,前頭連合野にoxy-Hb 量の増加がみられ,園芸課題遂行中の血流増加が確認された.実験2:課題(1)と対照課題のoxy-Hb 量を比較した結果,課題(1)の前頭連合野背外側部(46 野および45 野付近)における賦活が大きく,有意差が認められた(p<
0.05).
【考察】実験1:今回の課題(1),(2),(3)には,口頭説明による言語的情報の保持,演示による視覚イメージ情報の保持,結果(目標)を想定しながらそれに近づける作業の遂行という要素が含まれている.前頭連合野の賦活にはこうした要因が関
係しているのではないかと推察される.実験2:課題(1)と対照課題の遂行には,口頭説明による言語情報の保持,演示による視覚イメージ情報の保持が必要である.さらに,対照課題は,指示通りに手を動かし続ける,課題(1)は,土を混ぜる,と動作は異なるものの,どちらも目的をも
つ課題である.つまり両課題は,言語と視覚に関する情報を一時的に保持し,目的達成のため,状況に合わせて情報を取捨選択していくワーキングメモリを必要とする課題といえる.特に,背外側部(46 野付近)は,このワーキングメモリ機能
を中心的に担うエリアと考えられている.しかし,課題(1)のように2 種の用土という実物を見て触りながら,作業の経過に応じて,土が混ざっていない所をまぜるという結果(目標)に近づける行為では,対照課題に比べてより多くの情報の入出
力が脳の各領域で行われたと考えられる.このことが,ワーキングメモリをより強く働かせる結果となり,背外側部の大きな賦活につながったと推察される.
- II-2-3 9 : 30〜9 : 45
- アルツハイマー病と老年期うつ病における作動記憶課題遂行中のNIRS 所見
- 山縣文,富岡大(昭和大学医学部精神医学教室),高橋太郎(川口病院),小林仁美,磯村順子,三村將(昭和大学医学部精神医学教室)
- 【目的】アルツハイマー病(AD)では,その初期においても,エピソード記憶の障害とともに,前頭葉機能の低下に随伴した作動記憶障害がみられる.また,老年期うつ病でも注意,集中力の低下や学習障害といった認知機能障害を伴いやすく,
作動記憶障害が関与していることが知られている.作動記憶は近年の神経心理学的研究や神経機能画像研究により前頭前野背外側領域との関連が示唆されている.今回我々は,近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)を用い,AD,うつ病における作
動記憶課題遂行中の前頭前野の活動性について検討をした.
【方法】NINCDS-ADRDA のprobable AD の診断基準を満たす11 名(男性2 名,女性9 名,平均年齢74.2±2.7 歳,MMSE:22.7±6.8 点),DSM‐IVの診断基準を満たす老年期うつ病20 名(男性6 名,女性14 名,平均年齢73±4.1 歳),
対照高齢健常者12 名(男性7 名,女性5 名,平均年齢70.8±4.2 歳)を対象とした.52 チャンネルNIRS(Hitachi ETG-4000)を用い,課題遂行中の左右前頭葉を標的部位とし,ベースライン(“1〜9 の数字を順番に1 Hz のメトロノームに合
わせて繰り返し言う”)からみた,賦活課題遂行中のoxy-Hb 値の変化量を算出し比較した.賦活課題としてはRandom number generation(RNG)パラダイムを用い,60 秒間に1〜9 の数字をできるだけ不規則に言ってもらった.
【倫理的配慮】本研究は昭和大学倫理委員会の承認を受けた.被験者には,本研究について十分説明をし,書面にて同意を得たうえで行った.
【結果】NIRS データについては,各群ともに,課題開始とともにoxy-Hb 値の増大がみられ,課題終了に伴い減衰がみられた.健常群と比較して,AD 群,老年期うつ病群はともに,課題遂行中のoxy-Hb 値の増大は,左右の前頭前野背外側領域
で,有意に賦活が不良であった.一方で,AD 群と老年期うつ病群の比較では,課題遂行中のoxy-Hb 値に有意な差は認めなかった.
【考察】RNG は比較的簡便に実施できる作動記憶課題であるが,ことにAD 群,老年期うつ病群において,この課題施行中の前頭前野の賦活が不良であることが示された.今回,老年期うつ病とAD の前頭葉機能低下の違いをNIRS にて判別す
ることは困難であったが,この課題はAD 患者ないし老年期うつ病の患者にも臨床的に実施することが可能な作動記憶課題であり,今後AD・老年期うつ病患者を含めた老年期の患者における前頭前野機能障害の検出にNIRS が有用である可能
性が示唆された.
- II-2-4 9 : 45〜10 : 00
- 認知症における脳波所見の臨床的意義;てんかん性異常放電とアルツハイマー型認知症との関連
- 【目的】最近アルツハイマー病(AD)モデルマウスの海馬にてんかん性放電が検出され,AD の病態への新たな視点として注目されている(Palopet al. 2007).一方,臨床的には認知症に対する電気生理学的見地からの研究は十分されていると
はいえない.今回われわれはAD 早期の脳波所見を検討し,認知症他類型との比較および臨床因子との関連を調べた.
【方法】対象は物忘れを主訴に天使病院精神神経科を受診した症例のうち,推定発症より5 年以下の75 症例(男性21 例,女性54 例)とした.対象の年齢は56‐89(平均77)歳であった.診断は病歴,MRI,SPECT,認知機能検査より総
合的に決定した.脳波検査は開閉眼,光刺激,過呼吸賦活,睡眠賦活を行い,視察的に判定した.脳波所見は基礎活動と突発波の有無とに分けて検討した.基礎活動は以下のように重症度を分類し
た.すなわち,正常:9 Hz 以上の基礎波および少量の4‐8 Hz 徐波混入,境界:9 Hz 以上の基礎波および散在性4‐8 Hz 徐波混入,軽度異常:(1)9 Hz 未満あるいは非対称性の基礎波(2)中等量
の4‐8 Hz 徐波混入,中等度異常:(1)9 Hz 未満あるいは非対称の基礎波(2)多量の4‐8 Hz 徐波または4 Hz 未満の徐波混入,重度異常:(1)基礎波の欠如または平坦徐波化(2)連続性の徐波または多量の4 Hz 未満の徐波混入,の基準により分類し
た.突発波は背景活動より突出した棘波,鋭波,高電位徐波とした.次に脳波所見と認知症類型,検査時年齢,発症年齢,罹病期間,周辺症状(BPSD)の有無,MMSE 得点との関連を調べた.
【倫理的配慮】研究に際し,個人は特定できないよう配慮した.
【結果】対象の診断類型はAD 43 例,軽度認知障害3 例,前頭側頭型7 例,脳血管性5 例,混合型2 例,レヴィ小体型4 例,正常脳圧水頭症5例,皮質基底核変性症1 例,分類困難5 例であった.MMSE 得点は3‐29(平均20)点であった.
脳波に何らかの異常を認めた例は50 例(67%)であった.基礎活動については正常26 例(35%),境界19 例(25%),軽度異常19 例(25%),中等度異常8 例(11%),重度異常3 例(4%)であった.基礎活動の異常の程度と検査時年齢,発
症年齢,罹病期間,BPSD 合併との間に有意差は認められなかったが,MMSE とは有意に関連があり,重度異常でMMSE が低得点であった.AD では正常および境界が30 例(70%)を占めたのに対し,他類型では異常の程度にばらつきが
みられた.突発波は12 例(16%)に認められ,AD では1 例のみであった.これに対し,分類困難例では全例に突発波を認め,うち4 例は抗てんかん薬で症状改善が得られた.
【考察】脳波の基礎活動異常は認知症の重症度と関連があったが,非常に重症度が高い症例以外は明らかな相関とはいえず,早期AD ではむしろ他類型より異常は低頻度であった.突発波はAD ではまれであり,Palop et al. の実験報告を支持す
る結果は得られなかった.しかし,突発波を伴った症例のうち抗てんかん薬投与で症状改善した例があり,一部認知症の病態に異常放電が関与する可能性があった.
参考文献:Palop J et al. Neuron 2007 : 55 : 697-711
6月28日(土) 第2会場(国際会議室)
ECT
山口登(聖マリアンナ医科大学)
- II-2-5 10 : 00〜10 : 15
- 当院におけるECT を施行した老年期精神障害症例の検討
- 宮軒将,森美佳,木村勲生(医療法人実風会新生病院),清水光太郎,前田潔(神戸大学大学院医学系研究科精神医学分野)
- 【目的】精神科電気けいれん療法(以下ECT)はその即効性及び有効性から難治性うつ病など様々な精神疾患に対して広く用いられている.最近では全身麻酔科での修正型電気けいれん療法が行われるようになり,より安全な標準的手法になって
いる.老年期精神障害の治療においては副作用から向精神薬による薬物療法が有効でない場合があり,治療に難渋する症例も多くみられる.このような症例ではECT の有効性がこれまでも報告されている.今回我々の施設でECT を施行した65
歳以上の症例について検討した.
【方法】当院では平成18 年7 月よりパルス波治療器(Thymatron(R))を導入し,全身麻酔科での修正型電気けいれん療法を行っている.平成18年7 月から平成20 年2 月までに当院でECT を行った患者は15 名で65 歳以上の症例について
調査した.
【倫理的配慮】施行に際しては患者もしくは家族の同意,さらに院内のカンファレンスで多職種の同意を得て行っている.
【結果】対象は4 例,平均年齢76 歳ですべて女性であった.疾患別にみると統合失調症圏が2名で気分障害圏は2 名であった.いずれも昏迷状態や自殺の切迫している重篤な症例であった.効果については3 例有効であったが,1 例は無効
例であった.有効例では向精神薬の副作用や身体拘束に伴う合併症が少なく,早期に回復し,離床につながった.また効果が持続せず,維持的に毎月1 から2 回のECT を行っている症例があった.副作用については健忘,頭痛,頻脈,高血圧など
が見られたがいずれも一過性であった.
【考察】老年期の精神障害についてはその副作用から十分量の向精神薬を使用できない場合があり,また薬剤に対する反応性に乏しい症例も多い.われわれの経験した4 例のうち3 例が有効であり,しかも重篤な副作用は見られなかった.効果の継続性については短期間で再燃する症例もあり,
個々の症例に応じてECT の維持的治療を行うなどの工夫を要すると考えられた.老年期の精神障害においてECT は自殺の切迫や昏迷状態など重篤な症例の場合,早急に病態を改善させる目的のみならず,身体拘束などの行動制限や向精神薬の
副作用に関連した身体合併症を回避するためにも選択すべき治療法であると思われる.
- II-2-6 10 : 15〜10 : 30
- レビー小体型認知症のアパシーに対して修正型電気けいれん療法が著効した1 症例
- 田端一基,森川文淑,猪俣光孝,直江寿一郎(医療法人社団旭川圭泉会病院)
- 【はじめに】認知症に伴う心理行動特徴としてアパシーはよく見られる症状である.今回われわれはアパシーを呈した老年期のレビー小体型認知症(以下,DLB)の症例に対して修正型電気けいれん療法(以下,mECT)を施行し,著効した1
症例を経験したので報告する.
【倫理的配慮】本症例の報告にあたっては個人情報の流出防止,匿名性の保持に関して十分に配慮している.
【症例】症例は72 歳女性.現病以前の精神神経疾患の既往はない.仕事をやめたX−2 年(70 歳)頃より1 日中ごろごろと臥床するようになり,何事にも無関心となり活動性も低下した.倦怠感,身体愁訴もく近医内科を受診しうつ病と診断されてパロキセ
チンを服用したが症状は改善せずX 年7 月(72歳)に当院を受診,入院した.入院時の精神症状は,抑うつ気分は強くないが興味の喪失,精神運動静止,自発性の低下を呈しアパシーが認められた.神経心理検査ではMMSEで19 点と認知機能の低下を認め,神経学的検査
では片側性のパーキンソニズムを認めた.脳MRI では軽度のびまん性の脳萎縮と脳溝の拡大を認めた.血液生化学検査では特記すべき所見はなく梅毒反応も陰性であった.入院後「風も無いのにカーテンが揺れている」,「床にびっしり虫が張り付いている」など活発な
幻視を認め,実は入院前のX−1 年12 月頃より同様の幻視が存在していたことがわかりDLB が疑われた.脳血流SPECT(123I-IMP)では特異所見は認めなかったが,123I-MIBG 心筋シンチグラフィでは早期像,後期像ともに心縦隔比が著明に低
下しており臨床的にprobable DLB と診断された.精神症状のアパシーは薬物療法で全く改善せず,アパシーの改善目的でmECTを施行した.mECTの施行に際しては家族および本人の同意を得,さらに循環器内科の精査を受け,心・循環系のリス
クが無いことを確認した上で,プロポフォールによる麻酔,サクシニルコリンによる筋弛緩を行いmECT を施行した.計6 回のmECT 施行で自発性低下は改善,臥床がちであった生活態度から病棟レクリエーションにも参加するなど積極的にな
り,活動性も増加した.幻視,パーキンソニズムには変化は認められなかった.X 年10 月には自宅に退院した.
【考察】認知症に伴う心理行動特徴のアパシーに対してmECT が著効した症例を報告した.アパシーは認知症疾患の心理行動特徴としてしばしば認められ,かつ薬物治療による改善が困難な症状である.心・循環系のリスクを除外できる
アパシーを呈する認知症患者においてmECT は有用な治療手段であると考えられた.
- II-2-7 10 : 30〜10 : 45
- 前頭側頭型認知症の心理行動徴候に修正型電気けいれん療法が有効であった3 症例
- 森川文淑,田端一基,猪俣光孝,直江寿一郎(旭川圭泉会病院)
- 【はじめに】前頭側頭型認知症(Frontotemporaldementia : FTD)は前頭葉機能の障害に伴う多彩な精神症状および行動異常を呈することが特徴でありこれらの精神症状および行動異常は薬物療法による改善が期待できないことが多い.今回
我々はFTD の主症状および前駆症状に対し修正型電気けいれん療法(m-ECT)が有効であった3 症例を経験したため報告する.
【倫理的配慮】症例の匿名性を保つため理解を損なわない程度で内容の一部に改変を施した.またm-ECT の施行にあたっては本人および家族に有用性と副作用について十分な説明を行い文書にて同意を得た.
【症例1】69 歳女性.67 歳時より不眠,食欲低下,胸腹部不快感が出現し増悪した.複数の身体科を受診するも器質的異常なく当科を受診した.以後外来および入院にて薬物療法を行ったが,胸腹部不快感,四肢のだるさなどの心気的症状や不
安焦燥感が強く病状は不安定であった.68 歳時には,常同行為(決まった時間に同じ道をぐるぐると歩き回る)やアパシーが目立ち,同時期のMMSE は25 点,HDS-R は24 点,脳MRI では前方優位の脳萎縮,脳血流SPECT では前頭・側
頭葉の著明な血流低下を認めた.不安焦燥が強く,常同行為も著しく衝動性も亢進し大声を出すようになった.薬物療法が奏功せずm-ECT を施行した.m-ECT により不安焦燥,衝動性は改善,活動性も向上した.
【症例2】59 歳男性.57 歳時と58 歳時に衝動的に大量に服薬をするエピソードがあり,同じく58歳時には昏迷状態を呈し当院に入院,m-ECT を施行した.昏迷は改善したが59 歳頃より深刻味の無さ,常同言語,アパシーが出現.同時期の
MMSE は15 点,HDS-R は10 点,脳MRI では前方優位の著明な萎縮,脳血流SPECT では前頭・側頭葉の血流低下を認めた.
【症例3】57 歳男性.52 歳頃より芸能事務所にモデルを希望する履歴書を送る奇異な行動,家族,部下への暴言,暴力行為,金銭の浪費が出現.54歳頃よりめまい,耳鳴を執拗に訴えるようになった.55 歳時に衝動性の制御が困難となり些細な
ことで激昂し刃物を振り回し興奮したため入院した.気分障害を疑い薬物療法を行ったが奏功せず,m-ECT を施行し興奮は改善した.56 歳頃より常同行為,食行動異常(過食,異食),認知機能障害が出現.同時期のMMSE は22 点,HDS-R は
18 点,脳MRI では前方優位の萎縮,脳血流SPECT では前頭・側頭葉の血流低下を認めたためFTD と診断した.
【考察】m-ECT によりFTD の精神症状が改善した3 症例を報告した.m-ECT により症例1 と症例3 はFTD の主症状である衝動性,常同性が改善し,症例2 はFTD の前駆症状と考えられる昏迷が改善した.これらの症状は薬物療法による改
善が困難であり,その際m-ECT は選択されるべき治療法と考えられた.
6月28日(土) 第2会場(国際会議室)
気分障害
木村真人(日本医科大学千葉北総病院)
- II-2-8 10 : 45〜11 : 00
- 脳器質性変化を伴う高齢者のうつ病の診断と治療に関する実態調査
- 肝付洋,高橋恵,北村由美子,中島啓介(北里大学東病院精神神経科),新井久稔(相模台病院精神科),宮岡等(北里大学東病院精神神経科),浦久保安輝子(東京荏原病院)
- 【目的】わが国では急速な高齢者社会の進展に伴い,高齢者のうつ病がその自殺率の高さから注目されている.高齢者では加齢に伴う脳器質性変化の合併が多いため,うつ病の有病率や病態,治療法に特別な配慮が必要であるかを明らかにするこ
とは重要である.今回われわれは認知症に焦点を当て,合併するうつ病の診断や治療に関して老年精神医学会専門医を対象にアンケート調査を行った.
【方法】日本老年精神医学会専門医802 名へのアンケート調査を実施した.2007 年3 月に日本老年精神医学会の協力を得て,認知症を合併するうつ病の診断,治療に関するアンケートを送付した.212 名からの返信がありこれを解析対象とした.
【結果】診断はDSM‐IVまたはICD-10 を使用するとの回答がそれぞれ49%,45% と大多数を占めた.診断時に重視する症状は抑うつ気分,希死念慮,自責感が上位にあがった.うつ病に認知症を合併したときには90% 以上で治療法を変更し,
約半数がドネペジルを追加するとしていた.アルツハイマー病(AD)を合併したうつ病において約75% の医師が積極的(50% 以上に使用する態度をとる)にドネペジルを併用し,抗うつ薬においても約75% の医師が積極的に併用するとして
おり,その上位はパロキセチン,ミルナシプラン,フルボキサミンであった.睡眠導入薬に関しては時々使用すると解答した医師が最も多く約30%で,ゾルピデム,ブロチゾラム,ゾピクロンの使用が多かった.脳血管性認知症(CVD)合併の
うつ病においても抗うつ薬と睡眠導入薬の使用頻度や上位使用薬剤はAD 合併のうつ病と同じであった.ドネペジル併用に積極的な医師も25% 程度おり,約半数が脳循環改善薬,約30% が抗凝固薬を積極的に使用すると解答した.AD,CVD
どちらの場合も気分安定薬を使用する場合はバルプロ酸,抗精神病薬を使用する場合はクエチアピンとリスペリドンが主に選択されていた.抗うつ薬の中止は症状寛解後6 ヶ月を目安とする意見が最も多く約30% であった.修正型電気けいれん療法に関しては強い希死念慮がある場合に使用
するとしたものが約15% であった.
【考察】世界精神医学会(WPA)のテキストでは認知症に合併したうつ病の治療に関しては抗うつ薬への反応が50−60% に認められ,SSRI,SNRIが第一選択薬とされているが,通常に比べ少量からの開始や時間をかけて十分量まで増量すること
が推奨されている.なお,寛解後の治療は1 年から2 年が推奨されている.今回の回答からは6ヶ月の回答が多かったが,今後治療期間に関しては検討が必要であろう.薬物の併用に関しては現在のところエビデンスに乏しく,安全性の面から
も単剤投与が基本であろう.今回の調査結果では,寛解後の治療以外では実際に行われている治療は概ねWPA などの推奨と一致していると考えられる.さらに,薬物療法以外の治療,即ち,家族への心理教育や環境調整の重要性も強調されており,
診断時に病歴を注意深く聴取し,できる限り鑑別を行うこと,抗うつ薬使用に関しては反応が乏しい場合は診断などを再考し,適切な治療を選択する必要があると考える.
- II-2-9 11 : 00〜11 : 15
- 精神科救急病棟における老年期双極性うつ病の検討;双極型障害の比重
- 武島稔,北村立,北村真希,栃本真一,倉田孝一(石川県立高松病院精神科・神経科)
- 【目的】老年期精神医学において,認知症と単極性うつ病が注目を集め,多くの知見が集まりつつあるが,双極性障害に関する研究はいまだ少ない.さらに,老年期双極性障害の研究の大部分は躁病相に関するもので,うつ病相に関する知見はほと
んどない.今回,私たちは老年期双極性うつ病の概要を把握するために後方視的な検討を行った.
【方法】対象は,2003 年1 月から2007 年12 月までに当院精神科救急病棟に入院した60 歳以上の双極性障害患者および大うつ病性障害患者(DSM-IV-TR).診療録を後方視的にレビューし,気分エピソードの初発年齢,初診時および最終診
断,病相回数,入院回数,精神病性の特徴,精神科疾患の家族歴などについて検討した.
【倫理的配慮】診療録レビューによる後方視的研究であり,全てのデータは通常の診療行為の過程で得られたものである.個人情報が特定されないよう発表には配慮を行った.
【結果】対象期間内の60 歳以上の入院エピソード234 のうち,67 エピソード(28.6%)が大うつ病エピソードであり,その56%(36 例)が大うつ病性障害(MDD),33%(18 例)が双極II型障害(BP-II),9%(4 例)が双極I 型障害(BPI)
に由来した.そこで,対象を均一化するために,症例の大部分を占めるBP-II とMDD について更なる解析を行った.BP-II は初診時には56%がMDD と診断されており,初診時からBP-II と診断された症例は33% に過ぎなかった.一方,
MDD では11% が認知症など他の精神疾患と診断されていたが,89% は初診時から診断は変化していなかった.入院時年齢は,BP-II で中央値66 歳,MDD で中央値68.5 歳であり,有意差を認めなかった.気分エピソードの初発年齢はBPII
で中央値59 歳,MDD で中央値62.5 歳であり,有意差(p=0.014)を認めた.また,過去の大うつ病エピソードの回数は,BP-II で中央値2(1-9)回,MDD で中央値1(1-54)回であり,BPIIで有意に多かった(p=0.028).その他,入院
回数,精神病性の特徴,comorbidity,気分障害の家族歴,画像所見については有意な差は認めなかった.
【考察】今回の研究において,精神科救急病棟への入院という高い重症度の高齢者うつ病エピソードの群においては双極性うつ病が42% という多数を占めていた.双極性うつ病は,治療上,抗うつ薬が無効ないし有害に作用することが多く,近
年では気分安定薬や非定型抗精神病薬の使用が推奨されており,単極性うつ病と大きく治療戦略が異なる.従って高齢者の大うつ病エピソードにおいても,常に相当数が双極性うつ病の可能性があることを念頭において診療を行う必要があると思
われる.BP-I は躁病エピソードの既往のために診断が容易であるが,BP-II では,軽躁病エピソードを検出することが困難であるため,結果に示したように初期の診断が困難である.今回の研究では,気分エピソードの発病が若いこと,反復性
のうつ病エピソードが多いことなど双極性うつ病の臨床的な特徴が,高齢者においても診断上参考になることが判明した.これら臨床的特徴を勘案して当初から双極性うつ病を慎重に除外することが重要であると考える.
- II-2-10 11 : 15〜11 : 30
- 老年期うつ病に抑肝散が奏効した一例
- 今村容子,嶽北佳輝,井上雅晴,入澤聡,三井浩,鈴木美佐,吉田常孝,藤山佳子,木下利彦,吉村匡史(関西医科大学付属病院精神神経科)
- 【はじめに】うつ病は老年期の精神疾患の中でも最も多く認められるものの一つであり,その症候学的特徴としては(1)精神運動抑制が目立たない(2)心気的愁訴が多い(3)不安・焦燥感が強い(4)希死念慮が強く,しばしば自殺企図を行う(5)心気・罪
業・貧困・被害などの妄想形成傾向が強い(6)意識障害や仮性認知症症状が出現しやすいなど若年・中年期のうつ病に比べ非定型的な臨床像を呈することが多い.今回老年期うつ病の不安や焦燥感に抑肝散が奏効したと考えられる症例を経験したの
で報告する.
【症例】64 歳女性.
【現病歴】X−1 年夏頃から特に誘引なく些細なことで焦燥感を表出し,激昂するようになった.X年7 月に浮遊感,四肢の痺れ,頭痛を訴え近医に検査入院したが,特に異常は指摘されなかった.同年8 月頃から全身倦怠感や浮遊感が増悪し,
意欲低下・抑うつ気分も出現し,家事や外出,インスリン自己注射,内服薬自己管理もできなくなった.そしてX 年10 月に当科受診となり,精査加療目的で同日医療保護入院となった.
【入院経過】入院時の長谷川式簡易知能評価スケールは28 点で抑うつ気分,焦燥感に対しパロキセチン20 mg,バルプロ酸400 mg を開始した.第5 病日に自殺企図,焦燥感の増大,暴言や衝動行為,脱抑制行為が認められたためパロキセチ
ンを中止し,バルプロ酸を増量した.せん妄状態にあると考えられたため,第7 病日からミアンセリン30 mg を開始した.更にリスペリドン1ml を投与したところ第18 病日より誤嚥性肺炎を合併した.
身体症状の悪化に伴いせん妄の増悪が認められ,内科的加療後,第27 病日よりミアンセリン10mg を再開し20 mg まで増量した.第31 病日には全身状態やせん妄状態も改善したが,強い焦燥感や不安感が持続していた.そのため第35 病日から抑肝散7.5 g を開始したところ不安・焦燥感の軽減に加え,徐々に意欲の改善が認められ,行
動面においてはインスリン自己施注も可能となった.また,ハミルトンうつ病評価スケールは第3病日では42 点であった得点が,第42 病日で7点と改善を認めた.また,123I-IMP 脳血流SPECTでは抑肝散投与前後では頭蓋内の殆どの部位で血
流が増加していた.以後問題行動の再燃がみられないことが確認されたため,第65 病日に退院となった.
【考察】抑肝散の構成成分の一つであるチョウトウコウはセロトニン2 A 受容体を抑制することにより不安,焦燥感,抑うつ気分を抑制し,また血管内皮細胞のNO を増加させ血管を拡張し,脳血流を改善させる効果があるといわれている.
このような作用が今回の症例において脳血流や抑うつ気分の改善に寄与した一因として考えられる.
【まとめ】抑肝散は認知症の周辺症状に対して有効であることが既に多数報告されているが,今回の様な認知症以外の老年期精神疾患に対しても効果的である可能性が示唆された.
6月28日(土) 第3会場(401+402)
薬物療法
布村明彦(山梨大学)
- II-3-1 9 : 00〜9 : 15
- 長期間にわたりドネペジルを使用した症例の治療効果と治療上の問題点
- 井上淳(浜松医科大学精神神経科),星野良一(医療法人香流会紘仁病院精神科),野島秀哲,岡本典雄(岡本クリニック)
- 【目的】ドネペジルは,アルツハイマー病患者の認知機能障害の改善に有効性を有する薬剤であるが,その治療効果には一定の限界がある.今回は,3 年以上の長期間,ドネペジルによる治療を受け,継時的に認知機能の評価をできたアルツハイマー
病の外来症例51 例を対象に,ドネペジルの認知機能改善効果と,治療上の問題点を検討した.
【方法】対象の性別は男性11 例,女性40 例で,治療前の平均年齢は76.6±6.9 歳(51 歳−86 歳)であった.対象は治療前にClinical DementiaRatings(CDR),Mini Mental State Examination(MMSE),Rorschach test による認知評価
(RCI)による評価を受け,治療開始後4 か月ごとに同じ評価を受けた.治療期間は平均46.9±8.9 か月(36 か月−60 か月)であった.
【倫理的配慮】いずれの症例も家族に対してドネペジルによる治療の利益・不利益を説明し,本人と家族の同意を得た上で治療に導入した.また,定期的に受診して認知機能の評価をする必要性を説明し,同意を得た.
【結果】治療前のCDR は平均1.2±0.4(0.5−2),最終評価時のCDR は平均1.8±0.8(0.5−3)であり,有意に低下していた(p=0.000001).対象のうち28 例では最終評価時までCDR が維持されていたが,23 例では最終評価時までに治療
前と比較してCDR の低下がみられていた.CDRの低下がみられた評価時期は平均31.5±14.0 か月(12 か月−60 か月)であり,CDR が維持されていた期間は平均37.9±14.8 か月(8 か月−60か月)であった.認知機能の継時的評価では,
MMSE は20 か月以降に治療前と比較して有意な低値を示し,RCI は8 か月に治療前と比較して有意な高値を示し,36 か月以降に有意な低値を示した.また,治療経過中にBehavioral and psychologicalsymptoms of dementia(BPSD)が発現
したのは13 例(25%)で,内訳は抑うつ気分・意欲低下4 例,易怒性4 例,せん妄2 例,徘徊・多動2 例,不眠1 例であり,8 例では追加の薬物療法が必要であった.易怒性と徘徊・多動を示した6 例はCDR の低下がみられた以降にこれらの問題行動や精神症状が出現していた.
【考察】これらの結果から,ドネペジルによる治療効果は,治療が良好に経過した場合にも,治療開始後3 年を経過した前後に分岐点があり,BPSD への対応を含めた治療方針の見直しが必要になることが示唆された.
- II-3-2 9 : 15〜9 : 30
- アルツハイマー病における高容量donepezil の治療効果
- 野澤宗央,杉山秀樹,一宮洋介(順天堂東京江東高齢者医療センター),新井平伊(順天堂大学医学部精神医学教室)
- 【目的】Donepezil 5 mg/日を長期服用していた症例においてdonepezil 10 mg/日に増量した際の効果や副作用を検討し,高用量のdonepezil 治療効果とアルツハイマー病(AD)の危険因子であるアポリポ蛋白E 4 の関連について.
【対象および方法】対象は当院通院中のAD 57 例(男性16 名,女性41 名)を対象とした.尚,軽度から中等度のAD に対しては,適応外である旨を本人,家族に説明を行い,両者の了承をえたのみ増量をおこなった.さらに遺伝子解析の同意
を得られた43 例においてアポリポ蛋白E 4 の解析をおこなった.Donepezil 10 mg/日投与前日,投与後4 週後,投与後8 週後にそれぞれHDS-R,MMSE を用いて認知機能の評価を行った.
【倫理的配慮】本研究の趣旨を説明し,本人及び家族から同意の得られたものについて検討を行った.また個人が特定されないよう配慮した.
【結果】全57 例中,50 例において有効性解析が可能であった.Donepezil 5 mg の内服期間は平均59.4±48.6 週間であった.脱落した7 例(男性2 名,女性5 名)はすべて副作用によるものであった.Donepezil 10 mg を投与したそれぞれの時期に
おけるHDS-R・MMSE 得点の変化を分散分析によって検討した結果,有意差は認められなかった.CDR 3 の高度AD 群,CDR 2 の中等度AD 群,CDR 1 の軽度AD 群に分け,それぞれの時期におけるHDS-R・MMSE 得点の変化を分散分析に
よって検討した結果,有意差は認められなかった.Donepezil 5 mg 内服期間52 週間以上の群と52 週未満の群の2 群間において時期におけるHDS-R・MMSE 得点の変化をt 検定によって検討した結果,有意差は認められなかった.アポリポ蛋白E 遺伝子型E 4/4 群,E 4/3 群,
E 3/3 群において各時期におけるHDS-R・MMSE 得点の変化を分散分析によって検討した結果,有意差は認められなかった.
【考察】以上の結果より8 週間という期間においてdonepezil 10 mg を内服することにより認知機能障害の進行の抑制が可能であると考えられた.経過を見守るしかなかった症例においても,10mg に増量することによりdonepezil 本来の効果
である認知機能障害の進行を遅らせることが再度可能であると考えられた.重度AD だけでなく,軽度から中等度のAD に対しても,donepezil 10 mg は認知機能の進行抑制という形で効果があること考えられた.アポリポ蛋白E 4 の有無はdonepezil 10 mg の
治療効果に影響を与えないと考えられた.我々の症例における副作用の出現率は12.3%であった.我が国のdonepezil 10 mg の治験において副作用の発現率は40% 以上と高値であり,消化器症状をはじめ,様々な副作用を認めている.
7 例のdonepezil 5 mg 内服期間は平均22.9±27.0 週間(最短7 週間,最長83 週間)と全症例数の平均59.4±48.6 週間と比べ短く,5 mg を長期間内服していることが,10 mg に増量した際の副作用の軽減につながる可能性も考えられた.
- II-3-3 9 : 30〜9 : 45
- 認知症行動心理症状(BPSD)に対するアリピプラゾールの使用経験
- 久永明人(医療法人サンメディコ下田クリニック),鳴海末千(医療法人サンメディコ認知症高齢者グループホームヴィラ弘前)
- 【緒言】認知症行動心理症状(BPSD)が強くケア困難な事例では,抗精神病薬の適応外投与を行わざるを得ないことも少なくない.今回,われわれは,糖尿病を合併し,レビー小体病が疑われた認知症に伴う行動心理症状に対してアリピプラゾ
ールを投与し,血糖コントロールは悪化し追加治療を要したものの,BPSD の著明な改善が認められた1 症例を経験した.アリピプラゾールの使用に関しては未知の部分が多く,興味深いと思われたため報告する.
【倫理的配慮】本例は認知障害の進行のために自己決定能力が低下しているものと考えられた.そのため,日頃から長男が本例の契約を代行してきた経緯があり,長男に対してアリピプラゾールの適応外使用の必要性に関するインフォームド・コ
ンセントを行い,投与の承諾を得た.また,本報告に関する許可も長男から得た.
【症例】71 歳,女性.50 歳代に糖尿病の診断を受け,70 歳時,インスリン治療に導入された.一方,56〜57 歳頃より物忘れが始まり,次いで何事にも無関心となった.また,以前に住んでいた所への帰宅願望が繰り返され,無気力で易怒的
ともなった.70 歳時,糖尿病での内科入院中,夜間に独語(幻視,幻聴)が現れ大声を発していた.入院治療後,独居生活に戻ることができず,X−1 年12 月下旬,認知症対応型グループホームに入居した.X 年9 月中旬,夜間不眠が目立つ
ようになり,夜間に幻聴や幻視と対話をするような大声での独語や常同行動(手叩き)が現れ,日中には表情が険しく不機嫌となり拒絶や拒食も現れた.これらの症状に対しアリピプラゾールを3mg から投与して12 mg まで漸増したところ,12
mg 投与3 週間後(10 月下旬)には,不機嫌さがやや改善した.X+1 年1 月以降,入浴を拒否することはあったが,落ち着きが得られ,不眠が改善し,口調が穏やかになり,笑顔を見せながら自発的に会話できるようになった.アリピプラゾ
ール12 mg は5 ヶ月にわたり継続投与しており,BPSD の経過は良好である.しかし,経過中,血糖コントロールが悪化し(HbA1c が7.0% から7.9% に上昇),SU 剤を追加投与した.
【考察】本例では,頭部画像診断を実施できなかったため,認知症の原疾患を同定できていない.しかし,鮮明な幻視や抗精神病薬投与により錐体外路症状が現れやすかった既往などからレビー小体病が疑われた.本例は糖尿病合併例であったた
めMARTA の投与が禁忌であり,今回,BPSDへの抗精神病薬投与に際し,錐体外路性副作用などの有害作用が少ないとされるアリピプラゾールを選択した.アリピプラゾールをBPSD に対して用いた治験報告はなされていないが,アリピプラゾールの
統合失調症への投与に関する2 臨床治験の結果によれば,対照と比較して有意な血糖変動は認められていない.しかし,本例では,アリピプラゾール投与後に明らかに食後高血糖が悪化しており,HbA1c の上昇が起こっていた.ところが,本例
ではアリピプラゾールの投与と相前後して腰痛の再燃があったため,疼痛によるストレスが血糖上昇に関与していた可能性も考えられた.一方では,アリピプラゾールの投与と腰痛治療を同時進行で行わざるを得なかったため,アリピプラゾール投
与後のBPSD の改善についても,疼痛によるストレスが軽減されたことが少なからず影響していた可能性は否定できない.本例では,アリピプラゾール投与後の血糖上昇に対してSU 剤を追加投与した後,ようやくアリピプラゾール投与前の状
態にまで血糖コントロールが改善した.本例の経過から,BPSD に対してアリピプラゾールが有効な場合があると考えられた.しかし,BPSD への投与に限らず,アリピプラゾールを糖尿病合併例に投与する場合に,他の抗精神病薬と同様に,
血糖上昇の副作用にも注意を払いつつ慎重に経過観察する必要があると思われた.
- II-3-4 9 : 45〜10 : 00
- アルツハイマー型認知症および軽度認知障害における当帰芍薬散の効果;SPECT 研究
- 松岡照之,柴田敬祐,清水愛子,北林百合之介,成本迅,福居顯二(京都府立医科大学大学院精神機能病態学)
- 【目的】当帰芍薬散は,漢方医学的には末梢循環不全(〓血)を改善する効果があるとされ,伝統的に更年期障害や月経不順などに頻用される.近年の研究で当帰芍薬散はアセチルコリン神経系賦活作用などを有することから,抗認知症薬として
の効果が期待されているが,その治療効果を検討した画像研究は今まで報告されていない.今回の研究では,アルツハイマー型認知症(AD)および軽度認知障害(MCI)における当帰芍薬散の脳血流改善効果を明らかにすることを目的とした.
【方法】対象は京都府立医科大学附属病院に通院中のNINCDS-ADRDA の診断基準を満たすprobable AD の患者2 名および,AmericanAcademy of Neurology の診断基準を満たすMCI の患者2 名(男性1 名,女性3 名,平均年齢78.3±3.0 歳).対象にツムラ当帰芍薬散エキ
ス顆粒(TJ-23)7.5 g/日を8 週間投与し,投与の前後でMMSE,123I-IMP SPECT,血液一般検査を実施した.SPECT 画像はSPM 2 を用いてpaired t-test を行い,治療前後において血流が改善した脳領域を解析した.
【倫理的配慮】本研究は京都府立医科大学医学倫理審査委員会の承認を受け,書面による同意を得て実施した(受付番号C-97).
【結果】当帰芍薬散の投与後,MMSE 得点の改善が認められたのは3 例,不変は1 例であった.MMSE の平均得点は治療前が23.3±4.5 点,治療後が24.5±5.1 点であった.投与前後において,中帯状回(midcingulate cortex ; MCC)におけ
る有意な血流改善を認めた(図1;p<0.001,uncorrected,k=100).当帰芍薬散の投与期間中,有害事象の発現はなく,血液検査上も異常所見を認めなかった.
【考察】当帰芍薬散の投与前後において有意な血流改善を認めたMCC は,ワーキングメモリーなど様々な認知機能との関連が報告されている.本研究の結果から,AD における当帰芍薬散の認知機能改善効果の神経基盤として,MCC における
脳血流増加が推察された.なお,当日は症例数を増やして発表する予定である.
-
- 〓は「ヤマイダレ」に於
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6月28日(土) 第3会場(401+402)
自動車運転(1)
上村直人(高知大学)
- II-3-5 10 : 00〜10 : 15
- アルツハイマー病患者の自動車運転に対する患者と家族の認識のズレに関する検討
- 寺川智浩,清水祐子,石嶋友絵(医療法人敦賀温泉病院介護老人保健施設ゆなみ),寺川悦子,加藤千穂(医療法人敦賀温泉病院リハビリテーション科),玉井顯(医療法人敦賀温泉病院神経科精神科),池田学(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野)
- 【はじめに】認知症を抱えた高齢者に自動車運転中の事故が多いことは周知のとおりである.一方,高齢者の「足」となる公共交通機関は地方へ行くほど過疎化で利用者も少なく,運行数を減らすなど交通網は充分ではない.福井県嶺南地方も,車
は重要な「足」となっており,認知症を伴うドライバーの運転規正は今後大きな課題の一つと思われる.しかし,認知症患者の運転中止は困難であり,その要因の一つに,先行研究でも患者の病識欠如が挙げられている.今回,アルツハイマー病
(Alzheimer’s disease ; AD)患者の運転についてアンケートにて調査し,検討する機会を得たので報告する.
【目的】調査時点で運転中のAD 患者の運転能力に対する認識や事故の認識について患者本人と家族にアンケート調査し,認識のズレを検討した.
【方法】調査は,運転能力を問うものを中心に,事故の有無,家族からの指摘(運転中止の試み)の有無などに関するアンケートを独自に作成し用いた.対象は,2007 年11 月1 日−30 日に当院神経科精神科外来を受診した連続例813 名中,60 歳以上の運転免許証保有者167 名,うち同意の得
られた調査時点で運転中の者90 名に対し,患者本人とその家族にアンケートを実施した.その中でAD 患者29 名中今回は患者本人・家族とも回答のあったAD 患者24 例(男性19 名,女性5名)について検討した.アンケートに併せ,HDSR,
CDR なども実施した.
【倫理的配慮】患者本人および家族に対し,十分研究内容を説明し,書面にて同意を得た.
【結果】対象の平均年齢は76.3 歳(69−83 歳),HDS-R の平均は20.1 点(4−29 点),CDR の平均スコアは1.1(0.5 が6 名,1 が13 名,2 が5名)であった.患者本人への質問「運転に対する自信はあるか」の問いは,大変ある5 名,ある14 名,少しある
2 名,あまりない2 名,ない1 名であった.それに対し,家族への質問「運転を止めてほしいか」の問いには,運転を絶対に止めて欲しい3 名,止めて欲しい2 名,そろそろ止めて欲しい9 名,止めて欲しいとはあまり思わない9 名,思わな
い1 名であった.「事故の有無」についての問いでは,患者本人の認識は,ある7 名,ない17 名であったのに対し,家族の認識は,ある11 名,ない13 名であった.
【考察】現在も運転中のAD 患者の場合,運転に自信のある者が大半を占めた.一方,家族の半数以上は運転を中止して欲しいと考えており,両者に大きな認識のズレを認めた.しかし,家族の中にも患者に運転を中止して欲しいとは思っていな
い者も相当数存在した.止めれば交通網の不充分さから,「足」がなくなり買い物へ行けないなど生活に対する不安が生じることからくるものと考えられた.また,事故の有無に関しても,患者の認識は家族からの情報とかなりくい違っていた.
したがって,運転免許証更新時の自己申告に関する先行研究同様,運転中止の判断をAD 患者自身に委ねると,運転中止の時期を誤り,事故を起こす危険が高いことが明らかとなった.
【結論】先行研究同様,AD 患者自身の判断に運転中止を委ねると,中止の時期を誤り,事故を起こす危険が高い.また家族の判断に委ねても中止が遅れる可能性もあることが推測された.
- II-3-6 10 : 15〜10 : 30
- 認知症高齢者の自動車運転の中止に対する一般生活者の認識;有用な社会支援策の構築に関する一考察
- 新井明日奈,水野洋子,荒井由美子(国立長寿医療センター研究所長寿政策・在宅医療研究部)
- 【目的】認知症高齢者が自動車運転を中止することは,移動手段を失うことへの抵抗感や記憶障害等の症状ゆえに,運転者本人及び家族介護者にとって,多大なる困難を伴うものである.さらに,高齢運転者と家族の間に,運転に対する意見の相
違や葛藤が生じた場合,運転中止が円滑に行われない可能性がある.そこで,本研究では,一般生活者に対する意識調査から,対象者の年齢層と運転免許保有状況によって,自動車運転に関してどのような認識の差異があるのかについて明らかに
し,認知症高齢者の運転中止に対する有用な社会支援策の構築に寄与することを目的とした.
【方法】2007 年10 月に,全国の一般生活者パネル登録者から割付法を用いて抽出した40 歳以上の1,191 名を対象として,郵送法による自記式質問票を用い,認知症高齢者等の自動車運転に関する意識調査を実施した.本研究では,認知症高齢
者の運転中止に関わる,運転の危険性や関連法令の知識,運転者の運転に対する意識,また,最適な中止方法等について,対象者を,高齢(65 歳以上)/非高齢(40〜64 歳)及び免許保有/非保有にて4 群に分類し,統計学的に分析した.
【倫理的配慮】対象者に対し,本調査研究の意義及びデータの管理について十分説明した上で,無記名の質問票を用いて得られたデータを全てコード化し,解析を行った.
【結果】解析対象者は,高齢・免許保有者(平均年齢72.9 歳)192 名,高齢・非保有者(75.5 歳)258 名,非高齢・免許保有者(48.0 歳)451 名,及び,非高齢・非保有者(52.9 歳)109 名であった.この4 群において,「自動車を運転する者
が認知症に罹患した場合,その運転は危険である」とのコンセンサスはほぼ得られていることが示された.一方,道路交通法上の関連規定についての知識の程度は,特に運転免許非保有者において低い傾向であった.また,運転することを「誰もが
持っている権利である」と認識している者の割合は,高齢・免許保有者において顕著に高かった.免許保有者が運転中止を躊躇する理由として多く挙げていたものは,「自分自身/家族の外出に支障が生じる」という理由であり,高齢者では,非
高齢者に比して「自分の楽しみ/生きがいを失う」という理由が有意に多かった.自動車を運転する者が認知症に罹患した場合の,自動車運転の安全性を判断する最適任者や運転継続が可能かどうかを判断する最適任者,また,運転中止の最適な方
法について,対象者4 群には若干の差異は認められるものの,いずれにおいても,「医師(医療機関)」という回答が最も多く挙げられていた.
【考察】認知症高齢者の円滑な運転中止を実現するためには,運転者本人及び関係者間における,自動車運転に対する認識の差異を勘案し,その乖離を小さくしていくような支援策を検討する必要がある.また,一般生活者における,医師や医療
機関への高い信頼感を活用して,医師や医療機関を介した支援体制の可能性を模索すべきであると考えられる.
【謝辞】本研究は,厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合研究事業)H 19−長寿−一般−025(研究代表者:荒井由美子)の助成により行われた.
6月28日(土) 第3会場(401+402)
自動車運転(2)
宮永和夫(南魚沼市立ゆきぐに大和病院)
- II-3-7 10 : 30〜10 : 45
- FTLD(前頭側頭葉変性症)と自動車運転
- 谷勝良子,上村直人,井関美咲,惣田聡子,諸隈陽子,下寺信次,加藤邦夫(高知大学医学部神経精神科学教室),池田学(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野)
- 【はじめに】現在改正道交法では,アルツハイマー病と血管性認知症と診断されれば免許の制限が行なわれる.しかしながらFTLD 患者がむしろ交通事故の危険性が高いことも指摘されている.そこでFTLD 患者の自動車運転と交通事故につ
いてアルツハイマー病(以下AD)患者との比較検討を行なったので報告する.
【対象と方法】対象は1)1995.10 月−2006 年10月の期間に高知大学神経科精神科を受診し,2)FTLD 及びAD と診断され,3)診断時に運転免許を保持し運転継続しているもので1 年以上観察可能であった連続例を対象とした.FTLD の
診断は1998 年のNeary らの診断基準,AD 診断はDSM-IV の診断基準を用いた.対象者の平均年齢69.2±9.8(FTLD 群67.6±8.5,AD 群69.9±10.3),性別男女46/21(FTLD 群16/4,AD群30/17),平均MMSE 19.4±6.2(FTLD 群19.2±7.3,AD 群19.5±5.6),平均CDR 0.9±0.5
(FTLD 群0.9±0.5,AD 群1.0±0.5),平均罹病期間1.6±1.1(FTLD 群1.7±1.3,AD 群1.5±1.0)であった.
【倫理的配慮】対象者は研究参加同意を書面で行い,高知大学倫理委員会の承諾を得た.
【結果】FTLD 群では認知症発症後の運転行動変化を85% に認め,車間距離の維持困難(前の車をあおる)70%,わき見・注意散漫運転50%,信号無視35% の順であった.交通事故は20 例中14 例(75%)で見られ,診断から初回事故ま
での期間は平均1.38 年であった.一方AD 群では発症後76.6% で運転行動変化を認めたが,運転行動では運転中行き先を忘れる72.3%,車庫入れの失敗21.3%,車間距離の維持困難(ノロノロ運転)10.6% の順であった.交通事故は47
例中5 例(19.1%)で見られ,事故までの期間は平均3.4 年であった.
【考察】FTLD 患者はAD 患者とは運転行動が異なり,その上に交通事故の危険性が高かった.以上からFTLD 患者の自動車運転はAD 患者よりも注意が必要であり,かつ公共交通上の観点からみても法的対応を含めた医学的,社会的整備が重
要である.
- II-3-8 10 : 45〜11 : 00
- FTLD(前頭側頭葉変性症)と自動車運転;FTD とSD の運転行動の差異について
- 諸隈陽子,惣田聡子,上村直人,井関美咲,下寺信次,谷勝良子,加藤邦夫(高知大学医学部神経精神科学教室),池田学(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野)
- 【はじめに】本学会において共同演者がFTLD 患者の運転と交通事故についてアルツハイマー病(以下AD)患者との比較検討を行い,より危険性が高い事を指摘したが,脱抑制などの顕著な前頭側頭型認知症(以下FTD)と語義失語や意味
理解障害を来す意味認知症(以下SD)患者の運転行動の比較検討はこれまでほとんど見受けられない.そこで演者らは,同じFTLD でも前頭葉機能障害の目立つFTD と側頭葉機能障害の目立つSD 患者の運転行動を比較検討したので報告す
る.
【対象と方法】対象は1)1995 年10 月−2006 年10 月の期間に高知大学神経科精神科を受診し,2)FTLD と診断され,3)診断時に運転免許を保持し運転継続しているもので1 年以上観察可能であった連続例を対象とした.FTLD の診断は
1998 年のNeary らの診断基準を用いた.対象者の平均年齢67.6±8.5(FTD 群68.4±7.0,SD群66.8±10.2),性別(男/女)16/4(FTD 群8/2,SD 群8/2),平均MMSE 19.2±7.3(FTD 群21.4±8.0,SD 群17.1±6.3),平均CDR 0.9±0.5(FTD 群0.9±0.5,SD 群0.9±0.6),平均罹病
期間1.7±1.3 年(FTD 群1.8±1.7,SD 群1.6±0.8)であった.
【倫理的配慮】対象者は研究参加同意を書面で行い,高知大学倫理委員会の承諾を得た.
【結果】FTD 群,SD 群の両群で年齢,MMSE,CDR,罹病期間に有意な差は認めなかった.両群に共通の運転行動変化としては,車間距離(70%)の維持困難を認めた.FTD 群ではわき見運転・注意力散漫運転(70%)が多く,一方SD
群では信号無視(40%)が多かった.調査期間中の交通事故の有無では両群とも70% に認めた.
- II-3-9 11 : 00〜11 : 15
- FTLD(前頭側頭葉変性症)と自動車運転;左萎縮優位型SD と右萎縮優位型SD 患者の運転行動の差異について
- 上村直人,谷勝良子,井関美咲,惣田聡子,諸隈陽子,下寺信次,加藤邦夫(高知大学医学部神経精神科学教室),池田学(熊本大学大学院医学薬学研究部脳機能病態学分野)
- 【はじめに】本学会において共同演者がFTLD でも前頭葉機能障害の目立つFTD と側頭葉機能障害の目立つ意味認知症(以下SD)患者の運転行動を比較検討し報告した.そこでさらに演者らは,SD 患者でも萎縮が左右のいずれが優位かにより
運転行動に差異が見られるかについて検討したので報告する.
【対象と方法】対象は1)1995 年10 月−2006 年10 月の期間に高知大学神経科精神科を受診し,2)SD と診断され,3)診断時に運転免許を保持し運転継続しているもので1 年以上観察可能であった連続例を対象とした.SD の診断は1998 年
のNeary らの診断基準を用いた.語義の障害のある左萎縮優位群をL 群,相貌認知や図形理解の障害を認める右優位萎縮群をR 群とする.対象者は10 名でL 群7 名,R 群3 名であった.平均年齢は66.8±10.2(L 群67.5±10.8,R 群61.5
±12.0),性別男女8/2(L 群6/1,R 群2/1),平均MMSE 17.1±6.3(L 群17.0±7.7,R 群18.0±1.4),平均CDR 1.0±0.5(L 群1.1±0.7,R群0.5±0.0),平均罹病期間1.5±0.5 年(L 群1.5±0.5,R 群1.5±0.7)であった.
【倫理的配慮】対象者は研究参加同意を書面で行い,高知大学倫理委員会の承諾を得た.
【結果】L 群ではR 群と比較し車間距離維持困難が85.7%(6/7)と高い一方で,R 群では信号無視が66.6%(2/3),わき見運転は33.3%(1/3)とL 群より多く見られた.運転行動変化ではL群85.7% vsR 群66.6%,交通事故発生率ではL
群71.4%,R 群66.6% であった.
【考察】SD 群の萎縮の左右差による運転行動の相違について検討した.車間距離の維持ではL群が,信号無視ではR 群に多く見られた.これらから,側頭葉の左右差が,運転行動や交通違反の差異に反映されていると考えられた.
今後症例数を増やしての検討が必要である.
6月28日(土) 第3会場(401+402)
FTLD
一宮厚(九州大学)
- II-3-10 14 : 00〜14 : 15
- 前頭側頭型認知症の行動障害における抑肝散の効果
- 木村武実(独立行政法人国立病院機構菊池病院),林田秀樹,古川仁美,宮内大介(くまもと悠心病院),塩沢真揮,高松淳一(独立行政法人国立病院機構菊池病院)
- 【目的】前頭側頭型認知症(FTD)の行動障害を軽減するために,従来より抗精神病薬が汎用されているが,この副作用により患者のADL,QOLは極めて制限されてきた.我々は,Iwasaki らによる認知症の心理行動障害(BPSD)に対する抑
肝散の有用性の報告に基づき,FTD の行動障害に抑肝散を試用して効果を認めた5 症例について報告する.
【対象と方法】FTD 患者5 名(66〜85 歳,女性4 名).全例に抑肝散(7.5 g/日)を投与し,投与前後の臨床症状の変化をthe NeuropsychiatricInventory(NPI)とthe Stereotypy RatingInventory(SRI)を用いて評価した.
【結果】全例で1〜2 週後より臨床的効果を認めた.NPI とSRI の得点(Mean±S.D.)は,治療前:55.6±5.4,22.2±6.5,4 週後:30.0±7.8,11.6±7.5 であった.治療中,血液検査上の異常や副作用はなかった.
【症例提示】66 歳,女性.X 年3 月,浪費が目立ち,同年4 月,無断欠勤,なおざりな家事,万引き,などがみられたため,当院を受診.「仕事も家事も何でもやっている」と取り繕い,多幸的で,手指による机叩きと首振りなどの常同行動が
みられた.神経学的には異常所見は認めなかった.Mini-mental state examination は19 点,NPIは64 点,SRI は12 点.血液検査では異常なく,頭部MRI では左側頭葉が萎縮していた.性格変化,常同行動,意欲低下,判断力障害,病識欠如,
などがあり,左側頭葉萎縮が認められたため,FTD と診断した.抑肝散投与2 週後に万引き,常同行動がなくなり,家事も少し始め,通所リハビリテーションに週3 回行くようになった.NPIは27 点,SRI は0 点と低下した.
【考察】抑肝散はFTD の行動障害を副作用なく軽快した.この効果を包括的で精度の高い評価尺度であるNPI,SRI により確認できた.米国のメタアナリーシスによると,BPSD に対する抗精神病薬の投与は死亡率を高めるため,
FDA はBPSD のコンロトールに抗精神病薬を使用すべきではないと勧告している.一方,抑肝散に抗精神病薬でみられるような副作用はなく,副作用の1 つに挙げられる食欲の低下はFTD で観察される過食,盗食などの食行動異常を軽減し
かえって有用と考えられる.中枢神経系におけるドーパミン,セロトニン,グルタミン酸などのアンバランスがBPSD の背景にあり,前頭葉・側頭葉,視床下部におけるセロトニンの異常がFTD の行動異常に関連すると報告されている.
抑肝散は5-HT2A 受容体アゴニストによって起こるマウスの頭部の異常運動を有意に減少させ,亜鉛欠乏ラットにおけるカリウム刺激によるグルタミン酸の上昇を抑制するといわれている.したがって,抑肝散はセロトニン,
グルタミン酸の機能異常を修正することによりFTD の行動障害を軽減した可能性が推測される.
- II-3-11 14 : 15〜14 : 30
- 語義失語例における環境音認知の障害;進行性失語例との比較を通して
- 田中康裕(松山記念病院精神科),小森憲治郎,松本伊津美,樫林哲雄,石川智久,谷向知(愛媛大学医学部医学系研究科脳とこころの医学分野)
- 【目的】動物の鳴き声や救急車のサイレンなどの有意味環境音は,言語と同様に聴覚モダリティを介して日常生活でしばしば遭遇する意味表象である.意味性認知症(Semantic Dementia : SD)においては,語のみならず環境音の認知も障害されるとの報告がみられるが,環境音認知障害もまた
語義失語と同様SD における意味表象消失の反映であろうか.喚語困難や了解障害を呈するアルツハイマー病(AD)による進行性失語例との対比を通して,SD の環境音認知の特徴を明らかにする.
【方法】対象:SD 例;79 歳右利き男性教育年数15 年,約1 年前から相手の話を聞かない,判断力の低下,何度も同じことを尋ねるなどの症状を呈し受診.精査により左側頭葉前方部の葉性萎縮に伴う語義失語像が確認され初期のSD と診断.語彙再獲得訓練を施行し1 年半当科通院継続中.
AD 例;77 歳右利き男性教育年数12 年,2 年前から徐々に進行する言葉の出にくさを自覚し,神経内科受診し,AD と診断され塩酸ドネペジル服用.SD との鑑別で当科を受診し,左半球優位のびまん性萎縮に伴う著明な喚語困難ならびに言
語性記憶把持障害,計算障害を呈する超皮質性感覚失語と診断.語彙再獲得訓練を施行し4 ヶ月当科通院継続中.
【課題】環境音課題として,動物の鳴き声11 種類のデジタル音源を提示した.使用した11 種類の生物は,ほ乳動物7 種,鳥2 種,は虫類および昆虫各1 種であった.音提示に対して動物名の呼称を行った(環境音呼称).次に,対象動物の
線画を提示して呼称,または説明を求めた(線画呼称・説明).さらに,全対象動物の線画の中から音源に対応する線画の指示を求めた(全線画指示).また同一カテゴリーの4 種類の線画から選択する条件でも指示課題を実施した(4 選択指示).
【倫理的配慮】各被験者,並びに主介護者家族に対して,検査の趣旨を説明した上でビデオ撮影による検査時の記録に関する同意を得て,主介護者家族同席のもとで実施した.
【結果】SD 例では,環境音呼称0/11,線画呼称・説明8/11,全線画指示5/11,4 選択9/11.環境音呼称は不能で,既知感もなく動物であることすら分からない反応がみられた.語彙再獲得訓練の影響もあり線画の呼称8/11・説明9/11 を合わせ
ると約80% 可能であったが,指示では,約45%と振るわず,選択肢を減らした場合に改善したが,かなり迷い時間がかかった.AD 例では,環境音呼称8/11,線画呼称・説明11/11,全線画指示9/11,4 選択10/11.環境音呼称はやや困難であったが,説明を求めると即座
に反応し約70% の環境音の同定は可能であった.指示では約80% で,選択肢を減らすと,約90%に成績向上した.指示での反応速度もSD 例とは異なりAD 例では明らかに速かった.
【考察】語彙再獲得が可能な初期SD 例においても,動物の鳴き声を用いた環境音の認知は著しく障害されていた.一方,重度の換語困難や了解障害という失語像を呈するAD 例において,環境音認知はむしろ良好であった.環境音認知の早期か
らの低下はSD に特有の意味記憶障害を反映している可能性が示唆された.
- II-3-12 14 : 30〜14 : 45
- 人身事故をおこし出所後にはじめて診断された意味性認知症の一例
- 深澤隆,川勝忍,渋谷譲,大谷浩一(山形大学医学部発達生体防御学講座発達精神医学分野),木下修身(斗南会秋野病院)
- 認知症患者では自動車事故の危険性が高いことが報告されているが,前頭側頭型認知症や意味性認知症(Semantic dementia, SD)を含む前頭側頭葉変性症frontotemporal lober degeneration(FTLD)では病初期に記憶障害や見当識障害よ
りも脱抑制や常同行為などの精神症状や行動異常のため他の疾患と比較して運転行動上面での危険性が高いことが指摘されている.最近,認知症患者の運転能力の評価や疾患ごとの検討が行われつつある.今回我々は,発症初期に飲酒・死亡事故を起こし,その後の公判でも診断をされないまま
実刑判決を受けていたSD の1 例を経験したので報告する.
【症例】75 歳右利き,男性.X‐5 年頃から同じ話を何回もする傾向に気づかれていたが,日常生活に問題はなかった.X‐3 年12 月,会合で飲酒して友人に送られて帰宅したのに,運転して飲食店に出かけ,途中,通行人を撥ね(死亡),その
まま通り過ぎて飲食店で飲酒しているところを逮捕された.刑事裁判の公判では,容疑を認めたかと思うと,一転「俺は悪くない,ぶつかったのは石だ,友人にはめられた」と同じ訴えを繰り返していた.X‐2 年6 月に実刑判決を受け,X 年11
月まで服役した.出所時には,迎えに行った次男のことが分からず「おまえは誰だ」と言っていた.一方的に話し続ける,落ち着きのなさなどが著明で家人の介護が困難なためA 病院精神科を受診し,SD と診断され,X 年12 月,加療目的でB
病院を紹介され医療保護入院となった.
【入院時現症】笑顔で多弁,同じ訴えを一方的に繰り返し,刺激に反応して診察中に歌い出すなど脱抑制的であり,注意・集中力障害を認めた.病識は欠如していた.入所中に約20 kg の著明な体重増加あり過食傾向が伺われた
【神経心理学的所見】MMSE:10/30,HDS-R:4/30 WAIS-R:VIQ;70,PIQ;73,IQ;69,WAB 失語症検査:失語指数;58.7.自発語は流暢だが,物品呼称,語想起,カテゴリーによる語列挙の低下などの単語理解の障害を中心とする語
義失語が著明であった.類音的錯読や相貌認知の意味記憶障害を認めた.全ての質問の後に,「俺は悪くない,何もしていない」と訴えるなど滞続言語が著明であった.
【MRI 画像所見】両側側頭葉底部と前部に高度萎縮,側脳室下角の高度拡大を認めた.側脳室前角も拡大していた.萎縮は優位半球にやや強かった.
【倫理的配慮】患者の匿名性に配慮し,個人情報には変更を加えた.
【考察】本症例では,事故当時に既にSD による症状が認められていた可能性が高く,公判記録からみても被影響性の亢進と滞続言語,語義失語が相まって,公判の進行にも影響している様子が伺えた.本例のように診断されずに見逃されている
FTLD があることに注意が必要である.一方,被害者を人として認知していなかった可能性もあり,事故原因として右側頭葉障害の影響も考慮する必要があるかもしれない.本症例の経験からSD での対象認知と関係した危険回避能力,注意
能力を含む運転能力についても医学的検討が必要と考えられた.
- II-3-13 14 : 45〜15 : 00
- 高齢で発症した意味性認知症の3 例
- 兼田桂一郎,橋本衛,柏木宏子,矢田部裕介,一美奈緒子,池田学(熊本大学医学部附属病院神経精神科)
- 意味性認知症(semantic dementia : SD)は側頭葉の限局性萎縮に伴い語義の理解,相貌の同定障害などの意味記憶の障害が病初期及び全疾患経過を通じ優勢な脳変性疾患群である.通常50 代,60 代の初老期に発症し,日々のエピソード記憶
は保たれるといわれている.近年,高齢発症のSD 例では近時記憶障害が生じやすいことが報告され,SD の発症年齢と臨床症候との関係が注目されている.今回我々は70 歳以降に発症したSD3 症例の臨床症候を検討した.
【症例1】82 歳,右利き女性.80 歳頃より徐々に人や物の名前が思い出せなくなった.漢字も読めなくなり,それまで行っていた婦人会の役員などを辞し自宅で無為に過ごすようになった.同じ話を繰り返すようになり82 歳時に家族の勧めで
物忘れを主訴に初診.初診時,神経学的には異常所見なし.見当識,近時記憶の粗大な障害を認めず.発話は流暢で発話量も保たれていたが,その内容は同じ話の繰り返しで,いわゆる滞続言語を認めた.著明な呼称ならびに語義理解の障害を認
め,呼称時の語頭音効果はなく,諺の補完も障害されていた.復唱は保たれていたが,「時計」をジケイと読む類音的錯読を認めた.失行,計算障害,構成障害,明らかな視空間認知障害は認めず.MMSE:20/30.CT では左側頭葉の前方〜底面
にかけての限局性萎縮を認めた.
【症例2】75 歳,右利き男性.73 歳頃より徐々に無気力不活発となり,物の名前も出てこなくなった.毎日,同じ材料で焼きソバを作る,定刻に車で同じコースをドライブするといった常同行動,時刻表的生活が見られるようになった.物の置忘
れも増えたため物忘れを主訴に妻同伴で初診.初診時,神経学的異常なし.見当識は保たれていたが,記憶検査では近時記憶障害を認めた.自発話は流暢で発話量は保たれていたが,著明な呼称ならびに語義理解の障害を認めた.呼称時の語頭音
効果はなく,諺の補完も障害されていた.復唱は保たれていたが,「海老」をカイロウと読む類音的錯読を認めた.失行,計算障害,構成障害,明らかな視空間認知障害は認めなかった.MMSE:25/30.MRI では左方優位の両側側頭葉前方〜底
面にかけての限局性萎縮を認めた.
【症例3】76 歳,両手利き男性.74 歳頃より物の置忘れが多くなった.その後同じ事を繰り返し話すようになり,毎日定刻に妻と散歩やドライブをするといった常同行動,時刻表的生活,甘い物や麺類をよく食べるなど食行動変化も見られる様
になった.物の名前も出てこなくなり,食事を食べたことを忘れることも多くなり,精査目的で入院.初診時,神経学的には異常所見なし.注意集中力は保たれていたが,著明な近時記憶障害,場所と日時の見当識障害を認めた.自発話は流暢で
発話量は保たれていた.呼称ならびに語義理解の障害を認め,呼称時の語頭音効果は認めなかった.諺の補完は可能で,復唱も保たれていたが,「願望」をネガイノゾムと読む類音的錯読を認めた.熟知相貌や有名建造物の認知障害を認め,視覚性
の意味記憶の障害が疑われた.その他,計算障害を伴っていたが,失行,構成障害,明らかな視空間認知障害は認めなかった.MMSE:11/30.MRI では左方優位の両側側頭葉前方〜底面にかけての限局性萎縮を認め,SPECT では左側の側
頭葉,前頭葉外側の血流低下が目立った.
【考察】3 症例とも明らかな語義の障害があり,また症例3 では視覚性意味記憶の障害も認められたことから全例SD と診断した.しかし,症例2 は近時記憶障害を,症例3 は近時記憶障害に加え見当識障害や失算が認められ,SD としては非
典型的であった.いずれの症例も側頭葉の限局性脳萎縮を認めたが,この臨床症候の差は,高齢発症のSD の背景疾患の多様性を示唆するものと考えられた.
6月28日(土) 第3会場(401+402)
遺伝子・病理
米田博(大阪医科大学)
- II-3-14 15 : 00〜15 : 15
- アルツハイマー病における塩酸ドネペジルの治療効果とnAChRβ 2 遺伝子多型との関連
- 佐藤典子,植木昭紀,植野秀男(兵庫医科大学精神科神経科学教室),眞城英孝(兵庫医科大学精神科神経科学教室,楓こころのホスピタル),守田嘉男(兵庫医科大学精神科神経科学教室)
- 【目的】アルツハイマー病(AD)の発症とニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)β 2 遺伝子G1053T 多型との関連が報告されている(Neurosci. Lett., 2004 ; 258 : 142-146).また塩酸ドネペジルがnAChRα4β2 およびα 7 サブユニットを介してグルタミン酸誘発性やアミロイド
誘発性の神経細胞死に対して神経保護効果を示すことが明らかとなっている.今回の研究において私たちはAD の発症や塩酸ドネペジルへの治療反応性とnAChRβ2 遺伝子多型との関連を検討した.
【方法】兵庫医科大学病院精神科神経科で,NINCDS-ADRDA のprobable AD の基準を満たし,FAST stage 4(軽度)の孤発性AD 患者222名と健常者(C)209 名を対象とした.末梢静脈血よりゲノムDNA を抽出した.遺伝子多型の解析はnAChRβ2G1053T をSilverman らの方法,ApoE をWenham
らの方法に従い,RFLP(restriction fragment length polymorphism)を用いた.次にAD 群で塩酸ドネペジル単剤服用者116 名に対し,塩酸ドネペジル投与開始時と1 年後にそれぞれ日本版ウェクスラー成人知能検査改訂版(WAIS-R)を施行した.1 年後のIQ から投与開始時のIQ を引いた値を認知機能
の悪化度の指標とした.
【倫理的配慮】本学倫理委員会の承認を受け,すべての対象者と対象者がAD の場合は代諾者にも研究の趣旨を説明し自由意志に基づく文書による同意を得た.
【結果】AD 群とC 群の間でnAChRβ2 遺伝子型頻度(χ2=0.4990 ; p=0.7792),アレル頻度(χ2=0.425 ; p=0.5142)に有意差はなかった.nAChRβ2 遺伝子G/T 型(33 名,言語性:−1.9±6.0,動作性:−1.4±7.3,全検査:−2.0±5.8)がG/G 型(83 名,言語性:−5.4±6.0,動
作性:−6.4±7.8,全検査:−6.3±6.4)に比べ1 年間の認知機能の悪化度が有意に低かった(言語性:t=2.817 ; p=0.0057,動作性:t=3.140 ;p=0.0022,全検査:t=3.284 ; p=0.0014).ApoEε4 を有するAD を除外しても同様の結果を得た.塩酸ドネペジル服用開始時の年齢,性別,
教育年数,MMSE 得点,DAD 得点,WAIS-Rの言語性,動作性,全検査IQ,1 年間の認知症に伴う行動・心理症状の出現,身体疾患の有無,リハビリテーションの実施に関してG/G 型とG/T 型の間で有意差はなかった.
【考察】AD の発症とnAChRβ2 遺伝子G1053T多型に関連はなかった.AD の認知機能障害に対する塩酸ドネペジルの有効性とnAChRβ2 遺伝子G1053T 多型との関連が示唆された.
- II-3-15 15 : 15〜15 : 30
- アルツハイマー病におけるDNM 2 の減少がAPP およびAβ に関する代謝を変化させる
- 鎌形英一郎,工藤喬,木村亮,谷向仁,紙野晃人,武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室)
- 【目的】我々は以前,老年性アルツハイマー病(LOAD)とDynamin 2(DNM 2)のSNP の間に有意な相関があることを示した.今回の研究ではDNM 2 とアルツハイマー病(AD)の病理の間にある関係について調べた.
【方法】我々はAD 脳におけるDNM 2 のmRNA発現についてreal-time PCR を用いて調べた.次にDNM 2 とAβ の関係について調べるため,APPsw が導入されたSH-SY5Y 細胞(SY5Y/APPsw)において,分泌Aβ をELISA を用いて
測定した.APP の局在を調べるため免疫染色およびsubfractionation を行った.
【結果】Real-time PCR の結果,AD 脳の海馬ではコントロール群に比べmRNA の発現が低下していた.次にSY5Y/APPsw においてDominantNegative として働くDNM 1 K 44 A およびDNM 2 K 44 A 双方のプラスミドを同時に導入したところ,
分泌Aβ が上昇した.siRNA を用いDNM 1 およびDNM 2 の双方をノックダウンしたときにも同様に分泌Aβ の上昇が見られた.また,上記のDNM 1 とDNM 2 の機能を減少させた細胞におけるAPP について調べたところ,細胞膜へ局在する傾向が見られた.
【考察】今回の研究で,LOAD においてDNM 2は減少しており,そのことがAPP の局在を変化させ,アミロイド代謝に影響している可能性が示唆された.
- II-3-16 15 : 30〜15 : 45
- 老年精神疾患における海馬歯状回レクチン反応性球状沈着物;認知症と統合失調症における海馬歯状回分子層レクチン反応性球状沈着物
- 池本桂子(福島県立医科大学医学部神経精神医学講座),西村明儒(横浜市立大学医学部法医学講座),西克治(滋賀医科大学法医学講座)
- 【目的】糖鎖は,発生の形態形成過程の細胞間認識に関わり,また変性疾患における異常が指摘されるなど,精神疾患死後脳のプロテオミクス解析のマーカーとして重要である.われわれは,アルツハイマー型(DAT)またはタングル型認知症
(DTT),統合失調症(Sch)において,各種レクチン反応物を見出し,組織化学的特徴や出現頻度を検討している.これらの所見は,精神疾患の病態解明と死後診断に応用できる可能性がある.本学会では,精神疾患の海馬歯状回におけるレクチ
ン反応物について報告したい.
【方法】法医剖検脳から作成した海馬のパラフィン切片を使用した.DAT 6 例,DTT 5 例,Sch 15例,若年対照群16 例,高齢対照群6 例の計48例であった.剖検時,家族から病歴を聴取し,家族の承諾の下,主治医に病歴を確認した.全例に
対し,HE,Periodic Acid Schiff’s reagent(PAS),Alcian blue(AB)等の古典的染色とBodian,Bielschowsky,Gallias-Braak の鍍銀染色を施行し,病変の有無を検索した.認知症例は,老人斑および神経原性線維変化の出現頻度によって
DAT,またはDTT と診断した.若年対照群は,肉眼的・病理組織学的に外傷や病変がなく精神疾患の既往のないもの,高齢対照群は,認知症症状がなく,組織化学的には変性所見があっても軽度であるものとした.各症例の連続組織切片に対し,10 種類のレク
チンおよび,コンドロイチン硫酸,Lewis X(CD15),タウ蛋白,β アミロイド,GFAP,componentP,ユビキチンなどに対する抗体を用いて免疫染色を施し,3,3-diaminobenzidine H2O2 によって発色した.
【倫理的配慮】この研究は,福島県立医科大学および横浜市立大学医学部の倫理委員会によって承認されている.また,滋賀医科大学ブレインバンク規定および日本法医学会の倫理規定を遵守した.
【結果】DAT およびDTT の8 割以上(9 例),Sch全例において,海馬歯状回分子層に直径3〜10μm の球形の反応物(spherical deposit : SPD と略す)が認められた.これらは,PNA,Con Aなどのレクチンと強く反応し,WGA との反応は弱く,DSA およびPSA とは反応しなかった.コ
ンドロイチン硫酸とは強い反応性を示した.PSDは若年対照群の約25%(4 例),高齢対照群の20%以上(1 例)に認められたが,認知症やSch の場合と比較して出現頻度が低かった.SPD は,形態的にアミロイド小体に類似しているが,サイズが小さく,タウ蛋白,ユビキチン,ヘマトキシリ
ンに染色性を示さなかった.
【考察】SPD の出現頻度が認知症,Sch において高い傾向がみられたことは,これらの疾患の海馬歯状回分子層の神経新生領域において,異常な糖代謝が生じている可能性を示唆する.今後,詳細な検討を行いたい.
- II-3-17 15 : 45〜16 : 00
- 前頭側頭葉変性症の3 剖検例
- 井上輝彦,三山夫,宇田川充隆,藤元登四郎(八日会大悟病院老年期精神疾患センター)
- 運動ニューロン疾患(MND)や前頭側頭葉変性症(FTLD)においてユビキチン封入体(UI)を認める.最近,UI の主要な構成蛋白がTDP-43(TAR DNA-binding protein-43)であることが明らかとなり,TDP-43 proteinopathy としての疾
患概念も提唱されている.今回,FTLD のMNDを伴う症例と伴わない症例の典型例と,臨床病理学的に非典型例と考えられたFTLD 症例について,特にTDP-43 の染色性について検討したので報告する.
【症例1】80 歳,男性.73 歳頃より反社会的行動や迷惑行為を認めたが,本人はそれには無頓着であった.また,多幸的であり,常同行動や徘徊もみられた.自発語はほとんどなく,行動を制すると粗暴行為を認めた.これら症状は徐々に進行,
意欲は低下,行動も減少していった.臨床診断は前頭側頭型認知症.80 歳時,誤嚥性肺炎で死亡.脳重量1200 g.側頭葉前方に強調された脳萎縮を認めた.組織学的には前頭・側頭葉皮質II‐III層に神経細胞脱落,海綿状変化,グリオーシスを
認めた.同部の小型神経細胞と海馬歯状回にUIを認めた.UI に一致してTDP-43 陽性所見を認めた.FTLD-U と診断した.
【症例2】64 歳,女性.61 歳ごろより,発語困難,自発語減少,物忘れ等の症状が見られた.62歳時には,自発語は消失,著明な上肢の筋力低下,嚥下困難が見られた.63 歳時,筋萎縮性側索硬化症を伴う前頭側頭型認知症と診断された.64
歳時,誤嚥性肺炎で死亡.脳重量1060 g.前頭・側頭葉皮質II〜III 層に神経細胞脱落・海綿状変化,グリオーシス,皮質脊髄路の変性脱落,黒質の変性,骨格筋に神経原性筋萎縮を認めた.海馬歯状回と前頭・側頭葉皮質II〜III 層の小型神経
細胞にUI を認めた.UI はTDP-43 陽性であった.FTLD-MND と診断した.
【症例3】71 歳,女性.65 歳頃,歩行が不安定となったため仕事をやめた.このころより家事も困難となった.67 歳頃,自発語減少,尿失禁も認めた.グループホームで大声で叫ぶことがあった.68 歳初診時,自発語は「アー,アー」のみ,状
況にそぐわない泣き笑いを認めた.起立・歩行不能で全介助の状態であった.69 歳時,強迫性握り反射陽性,強迫性感情を認めた.70 歳時,名前を呼べば目を向け笑顔を見せることはできた.71 歳時,誤嚥性肺炎で死亡.脳重量1000 g.著
明な前頭葉白質の脱落を認め,前頭葉皮質II‐III層には神経細胞脱落・海綿状変化・グリオーシスを認めた.同部の小型神経細胞内にUI を認めた.延髄舌下神経核にはBunina bodies を認めた.UIはTDP-43 陽性であった.海馬歯状回にはUI は
認めなかったが,細胞質にTDP-43 陽性・核は陰性の神経細胞を認めた.臨床的にはMND の症状は明らかでなく,剖検脳の肉眼所見も典型例とは異なるが,病理組織学的にはFTLD-MNDと考えられた.
【考察】これら3 症例は,いずれもTDP-43 の核内への分布が障害されていると考えられた.TDP-43 の核内での機能喪失が病変形成に関与しているものと考えられ,TDP-43 の核内分布障害の証明がこれらの疾患の診断には重要と考えられた.
【倫理的配慮】これら症例の学会発表に関して,家族の承諾を得ている.
6月28日(土) 第4会場(501)
症例報告(1)
小林克治(医療法人社団澄鈴会粟津神経サナトリウム)
- II-4-1 9 : 00〜9 : 15
- 右半球優位の脳萎縮と血流低下を認めたアルツハイマー型認知症と考えられる1 例
- 川村友美,渡辺健一郎,清水聰,窪田孝,地引逸亀(金沢医科大学精神神経科学教室)
- 【症例】67 歳,男性.右利き.野球のみ,右投げ左打ちに矯正.自営業.
【家族歴・既往歴】特記すべきことなし.
【現病歴】X−1 年11 月ごろより物忘れが目立つようになり,集金などがきちんとできなくなって赤字が増えた.このため12 月には被害的になって「やくざに騙されて借金が増えた」と言うようになった.また徐々に易怒性が目立つようになり,X
年3 月に10 日ほど金沢医科大学神経内科に入院して精査を行ったが,さらに精査加療の継続のため,4 月4 日に精神科に入院となった.
【入院経過】時間的見当識障害を認め,記銘・記憶障害が顕著で,HDS-Rは19 点だった.入院直後に夕食を食べたのを忘れて「自分だけ食事を出してもらえなかった」と易怒的・被害的になることがあったが,少量の抗精神病薬で収まった.その後は,記憶障害については「年なので」「新聞を見ていないので」などと言い訳することが目立った.8
月ごろより主治医の名前や性別を忘れるようになり,9 月ごろより,ペーパータオルを意味なく枕元に集めてくるといった収集行為を認めるようになった.11
月にリハビリなどのため転院となった.このときHDS-R は7 点であった.また,抗精神病薬の中止後も易怒的・被害的になることはなかった.
【神経心理学的所見】当科入院時,失語・失行・失認は認めず,構成行為にも明らかな問題はなかったが,漢字にほぼ限定した失読・失書を認めた.4−5
月の検査ではFIQ 78(PIQ 72,VIQ 84),GMI は55(視覚性記憶73,言語性記憶53)であった.
【画像所見】3 月の頭部MRI では右側頭葉や右海馬にやや優位な全般性の萎縮を認め,99 mTc-ECD によるSPECT でも右側頭葉を中心とした血流の低下を認めた.9
月にはMRI での脳萎縮の左右差は明瞭ではなくなり,SPECT 上では左側頭葉の血流低下も顕著になった.
【考察】本例は記憶障害が顕著であった点やMRIで海馬の萎縮を伴った全般性の脳萎縮を認めた点から,アルツハイマー型認知症と考えられる.アルツハイマー型認知症の場合,右半球優位の脳萎縮や血流低下は精神症状による社会的な適応の悪さや構成障害との関連が報告されている.本例では当初に被害的・
易怒的な面を見せており,これは右半球優位の脳萎縮と関係していたと思われる.構成障害が明らかではなかったのは,血流低下が比較的側頭葉に限局していたことによると思われる.
また,本例では被害的・易怒的な面が消失した後に,左側頭葉の血流低下が明らかになった.漢字にほぼ限定した失読・失書などの症状は,この左側頭葉の血流低下と関連していたと考えられる.
【倫理的配慮】家族より口頭で症例報告の了解を
得た.
- II-4-2 9 : 15〜9 : 30
- 塩酸ドネペジル中断中に認知機能が著明に低下した高度アルツハイマー型認知症の一例
- 島田藍子,橋本博史,秋山尚徳,片岡浩平(大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学),河邉譲治,東山滋明(大阪市立大学大学院医学研究科核医学),甲斐利弘(大阪市立総合医療センター精神神経科),井上幸紀,切池信夫(大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学)
- 【はじめに】今回,治験参加目的で塩酸ドネペジル(ドネペジル)中断中に著明な認知機能の低下を示し,ドネペジル(5 mg)による認知機能障害の進行遅延効果が認められた高度のアルツハイマー型認知症の症例を経験したので報告する.
【倫理的配慮】ドネペジル中止および治験参加については家族および本人に対して文書にて十分説明の上,文書同意をえた.
【症例】症例は74 歳の男性.X‐12 年(62 歳)より心房細動,高血圧にて近医で加療されていた.X‐7 年(67 歳)頃から物忘れが出現し,同年6月当科を受診した.その後,徐々に記銘力障害が進行し,X‐5 年6 月には日時に対する失見当識,
失書,辻褄の合わない言動を認めた.同年7 月のECD-SPECT 検査にて両側後部帯状回および頭頂葉楔前部における有意な血流低下を認めたため,アルツハイマー型認知症と診断した.ドネペジル投与後,一時的に意欲が改善し,口数も増え,
活動的になったが,徐々に認知機能は増悪し,X‐3 年12 月(71 歳)には人物への失見当識,着衣失行,失禁がみられ,日常生活全般において介助が必要になり,高度認知症状態へと移行した.X‐1 年9 月(73 歳)にSUN Y 7017(メマンチン)
の第III相臨床試験を家族に説明したところ,参加の同意を得たため,9 月27 日(MMSE は12 点)よりドネペジルのwash out を開始した.しかし中止3 日後より,室内での徘徊,多動,脱衣行為,ドアを開け閉めする常同行為が出現し,トイレの便器にも座れなくなった.10 月25 日の来院
時にはMMSE は0 点となり,二重盲検開始前に認知機能の著明な低下を認めたため,治験を中止し,ドネペジル5 mg/日投与を再開した.再投与後の11 月22 日にはMMSE は8 点まで戻り,認知機能障害の改善を認め,徘徊や脱衣行為の頻度
も減少した.現在はドネペジルを10 mg/日に増量し,経過観察中である.本症例について若干の考察を加えて報告する.
- II-4-3 9 : 30〜9 : 45
- DLB と診断されたが,精神機能や生活機能が寛解状態となった1 例
- DLB と診断されたが,精神機能や生活機能が寛解状態となった1 例を経験したので報告する.60 台の男性が抑うつ状態を発症した.パーキンソン症状を認めていたが妄想が存在しており抗うつ薬の他に抗精神病薬の投与を開始した.パー
キンソン症状の増悪に伴い抗精神病薬の減量や変更を行ったが抑うつ状態は悪化し,妄想を伴う重症うつ病と薬剤性パーキンソニズム,という評価で入院治療を行った.入院後,生き生きとした詳細な幻視,抗精神病薬への過敏性,MIBG 心筋
シンチグラフィーでの取り込み低下,認知機能障害,などが認められ診断をDLB に変更した.次第に全身衰弱が進行し寝たきりの状態になると同時に昏迷を呈するようになり,電気痙攣療法を施行した.その後,精神状態は寛解に達し,認知機
能障害や全身衰弱は改善したが,パーキンソン症状は残存した.最終的にはパーキンソン病とうつ病の並存,あるいはうつ病を伴うパーキンソン病,と診断した.以上の経過から,精神障害の薬物療法を開始す
る際にはパーキンソン症状に留意し,安易な抗精神病薬の投与は避けるべきであるとの教訓を得た.また認知機能の評価は精神症状や薬剤の影響を十分に考慮して行うべきであると考えられた.さらに,DLB とパーキンソン病は特徴的な臨床症状
や所見が数多く共通しているため慎重な診断を必要とし,特に精神障害を伴う場合には,精神症状や治療薬剤が与える影響に留意すべきであると考えられた.
6月28日(土) 第4会場(501)
症例報告(2)
中村祐(香川大学)
- II-4-4 9 : 45〜10 : 00
- 長年のセネストパチーが躁状態ないし混合状態への治療で改善した2 症例
- 【はじめに】セネストパチーは,狭義の単一症候例以外に統合失調症やうつ病との関連が指摘されているが,躁状態に伴う例はあまり報告されていない.今回,躁状態ないし混合状態への薬物療法によって,長年続いたセネストパチーが改善をみ
た初老期女性の2 症例を報告し考察した.
【症例】1.初診時64 歳女性.社交的な性格.中卒.結婚後,2 子あり.小売店勤務.既往歴なし.X‐7 年ころから,冬になると頭重感を訴え,活動性が低下し春には軽快した.X‐5 年6 月,転んで足を骨折した後から,意欲低下,希死念慮とと
もに,「お腹が切られる」「お腹がゴソゴソする」「背骨が揺すられる」と訴え精神科を受診した.うつ病と診断され,fluvoxamine などが処方された.効果はなく,X‐4 年5 月には訴えは消失,気分は改善し逆に興奮しやすくなった.冬に訴え
が始まり,春に改善して攻撃的になる状態を毎年繰り返した.X 年10 月,「お腹が切られるように痛い」と訴え,内科に入院したが問題を認めず,当科を初診した.例年同様の訴えがとくに強く,徐々に食欲も低下し家事もできなくなった.器質
的異常は認めず,うつ状態と考え,paroxetine 20mg を投与したところ,X+1 年6 月から過活動,多弁となった.腹部の訴えは不変であった.Paroxetine を中止し,lithium 800 mg を投与したところ,8 月には躁状態はなくなり腹部の訴え
も消失した.季節による症状の再燃もみられていない.2.初診時54 歳女性.執着性格.高卒.結婚後,3 子あり.パート勤務.既往は,X‐1 年に卵巣腫瘍の手術.手術後から,「お腹がぐぐっと動く」「お腹が押される」「背中が引っ張られる」と連日訴
えた.婦人科の精査では問題を認めなかった.X年9 月当科を初診.抗うつ薬が処方されたが,その後も「お腹の臓器が動いている」と訴え,希死念慮も聞かれた.器質的精査で異常は認めなかった.X+4 年より抗精神病薬が併用され,訴え
は一時的に弱まるものの持続した.X+9 年から,「お腹が引っ張られる」などの訴えが強まり入院しfluvoxamine 250 mg が主剤となった.多弁で場にそぐわない笑いが多くなったが,訴えは不変だった.X+10 年(64 歳)から「股間が裂かれ
るように痛い」「歯ぐきが膿だらけ」との訴えも加わり,家事もできなくなり,夫に「私は人間じゃない.殺して」と言うようになった.抗うつ薬を加えたが,執拗な訴えは同じだった.X+13年,lithium 600 mg とolanzapine 10 mg を開始
し,trazodone 75 mg を残して抗うつ薬を中止した.多弁さや落ち着きのなさが消失し,セネストパチー症状も軽快した.家事や外出もするようになった.
【倫理的配慮】個人情報保護の点から,症例の細部を改変した.
【考察】症例1 では躁状態に対するlithium 投与で,症例2 では混合状態に対するlithium とolanzapine の投与で,気分の改善とともに長年難治であったセネストパチーも改善した.これまで抗うつ薬中心の治療を行っており,躁的要素を
より重視する必要があった.セネストパチーとうつ病との関連は指摘されているが,躁状態ないし混合状態に伴う症例や気分安定薬の奏効例の報告は少ない.躁的要素がセネストパチーの背景となっている例があることを示唆するものであり,治
療的には気分安定薬や非定型抗精神病薬が重要と思われた.
- II-4-5 10 : 00〜10 : 15
- 初老期・老年期に嫉妬妄想を呈した5 症例の検討
- 大原一幸,西井理恵,西川慎一郎,高長明律,守田嘉男(兵庫医科大学精神科神経科学講座)
- 今回我々は,初老期・老年期に嫉妬妄想を呈した5 症例を経験した.生活史の中で配偶者に現実に浮気されていた例は1 例であった.パーキンソン病関連障害が2 例であった.妄想知覚,物盗られ妄想などの他の妄想,あるいは誤認を基
盤として,嫉妬妄想へと妄想主題が展開しているように思われた.発表当日はさらに詳しく検討し報告する予定である.(なお症例発表に際し,個人情報の保護に配慮し若干の変更を加えている).
【症例1】59 歳女性.性格は神経質,真面目.51歳頃よりパーキンソン病と診断されドーパンミンアゴニストを中心に治療されていた.53 歳時に夫の浮気が発覚したことがあったが,特に責めることもなかった.56 歳頃より,夫の携帯電話の
使用料が高いと言うようになり,「私の嫌いな林檎ジュースが入っている」などと訴え,夫が隣人と浮気していると確信するようになった.56 歳時当科紹介受診.クエチアピンなどで治療を開始したが,被害妄想,迫害妄想が悪化し大量服薬に
て自殺企図を図った.その後当科にて入院治療となり被害妄想,迫害妄想は消失した.退院後も嫉妬妄想が持続し,妄想知覚により夫が浮気していると確信することが持続していた.また,「精神科の薬を夫にのまされている感じがする」と,被
害念慮が出現することも時々みられる.
【症例2】65 歳男性.元来の性格は真面目だが執着気質であった.61 歳時,妻が浮気をしていると言い妻に暴力をふるうようになった.62 歳頃関節痛が出現し,当院内科にて早期慢性関節リウマチとしてプレドニンが投与された.その後も妻
が浮気していると確信しているため,63 歳時当科受診.受診時にも妻の浮気を確信しており,「傘が入れ替わっている,数えるときりがない」と訴え,様々な妄想知覚から妻の浮気を確信していた.少量のオランザピン2 mg 投与したところ速やか
に嫉妬妄想は消失した.その後数回退薬し嫉妬妄想が再燃したが,オランザピン再投薬により嫉妬妄想は速やかに消失した.MMSE=30 点.
【症例3】70 歳女性.67 歳時乳癌を手術し,リンパ管腫がみられていた.68 歳頃より,物忘れが出現し,夫を死んだ妹と誤認することもみられた.69 歳時当科受診.MMSE=11 点.物盗られ妄想がみられ,「新聞配達の女性にお金をやった,
浮気している」「夜,女の人を連れ込んでいる」と訴えるようになった.しかし診察時には嫉妬妄想について否定した.嫉妬妄想は“お金がなくなるのは,女にお金をやっているに違いない”ということより生じているようであった.
【症例4】71 歳,男性.64 歳頃より手指振戦が出現し,当院神経内科にてパーキンソン病にて治療されていた.66 歳頃より,夜間に大声を上げることがあった.69 歳頃より,「家の中に子供がいる」という幻視とともに,「妻が隣りの主人と
浮気している」と言うようになった.l-dopa などにて治療されていた.妻への暴力が顕著となったため,71 歳時当科紹介受診.パーキンソン症状は寡動,仮面様顔貌,姿勢反射障害が顕著で典型的なパーキンソン病であった.さらに「夢の中に
いる感じ」と述べた.嫉妬妄想のほかには,誤認が顕著であり,「妻が入れ替わる」「家の物が入れ替わる」と述べ,レビー小体型認知症と考えられた.治療が開始されたが,病状に変動があるものの著変なく経過している.
【症例5】75 歳男性.20 歳時統合失調症と診断され治療を受け,近医精神科クリニックにて外来治療が維持されていた.幻覚妄想状態もなく,70歳頃まで仕事ができていた.72 歳頃より物忘れが出現し,幻聴が出現.目の前の妻を妹と誤認す
るようになり,妻が「男遊びをしている」と嫉妬妄想を訴えるようになった.MMSE=15 点.MRIにて海馬の著しい萎縮がみられた.
- II-4-6 10 : 15〜10 : 30
- 「幻の同居人」を呈した遅発性パラフレニアに関する臨床的検討;認知症と遅発性パラフレニアにおける「幻の同居人」の症候学比較
- 深津亮(埼玉医科大学総合医療センター),藤井充(札幌高台病院),中野倫仁(北海道医療大学心理学科),戸塚貴雄(埼玉医科大学総合医療センター)
- 【目的】1984 年Rowan,EL は,「自分の家の中に誰か知らない人たちが住み込んでいて,さまざまなかたちで自分を苦しめる」と訴える3 症例を報告し,「幻の同居人(phantom boarders)」と命名した.本邦においては2 年後の1986 年に永
野らが症例報告を行った以降,この特有の症状は多くの研究者の注目を集め様々な視点から報告されている.この「幻の同居人」は,「天井裏や,床下に住んでいる」,「留守にすると部屋のなかに入ってき
て,いろいろなものに触れていく」など「招かれざる客」であり,「幻の侵入者」といえる.Rowan,EL が報告した3 症例はいずれも70 歳代の女性で,知的能力の低下や気分障害は明らかではなく,脳器質性障害を示す徴候も認められないことから
「幻の同居人」は遅発性パラフレニア(lateparaphrenia)にみられる被害妄想と位置づけられている.一方,「幻の同居人」症状は,遅発性パラフレニア以外の疾患においても認められる.例えば,認知症においても稀ならず見出されることから演者ら
は臨床症候学的な検討を加えその特徴を明らかにした.すなわち「幻の同居人」は侵入者ではなく家族を中心にした血縁者,父親,母親,弟,妹,甥など馴染み深く訪問者であり,「幻の血縁者」というべきものである.彼らは他者性に乏し
い身内のものであり敵対的な行動はなくむしろ愛他的行動を示すことが多かった.また幻視がみられありありとした姿を見せたり,TV 徴候,Mirror徴候,あるいはカプグラ症候群,重複記憶障害など妄想性誤認症候群を示すことも少なくなかった.
そこで「幻の同居人」症状を呈する遅発性パラフレニアについて症候学的検討を加え,認知症に見られる「幻の同居人」との異同を明かにすることを目的にした.
【倫理的配慮】個人が特定されないように配慮し個人情報は厳重に管理して,匿名下に学会・論文に公表することにも同意を得ている.
【症例・結果】「幻の同居人」を呈した遅発性パラフレニアとして5 例を同定した.その特徴は以下の通りである.いずれの症例も知的能力の著しい低下はみられない.気分障害も明らかではなく,器質性障害を示唆する徴候も認められていない.
発病年齢は61−75 歳で,女性4 例,男性1 例であった.「幻の同居人」は「家の中に入ってきて食い散らかしていく」,「物やお金を盗んでいく」,「夜中にドンちゃん騒ぎをする」等の被害的内容が中心である.しかし,「夫の息子が二階に住み
着いている.時々,降りてきて手伝ってくれる」などむしろ協調的親和的な訴えも見られた.幻聴を訴える症例が多かったが,幻視は見られなかった.1 例でカプグラ症候群,重複記憶障害など妄想性誤認症候群に類似の症状を示していた.TV
徴候,Mirror 徴候は見られなかった.MRI で年齢に比して萎縮傾向が強い症例もみられた.
【考察・結論】遅発性パラフレニアにおける「幻の同居人」症状は「幻の侵入者」が「幻の血縁者」よりも多かった.認知症においては「幻の血縁者」が多く対照的であった.遅発性パラフレニアにおいて社会は保持され他者の存在が想定されるなど,
背景にある病態の相違を反映するものと考えられた.
- II-4-7 10 : 30〜10 : 45
- 性欲亢進と全般的活動性低下を同時に呈した左内包膝部梗塞の一例
- 矢田部裕介,橋本衛,兼田桂一郎,一美奈緒子,池田学(熊本大学医学部附属病院神経精神科)
- 【症例】61 歳,矯正左利き男性,教育歴16 年.糖尿病,高血圧,高脂血症の既往がある.
【現病歴】X 年6 月末から急に無気力,無関心となり,同年7 月15 日朝から混乱状態となったため,A 病院を受診した.頭部MRI で左内包膝部に新しいラクナ梗塞を認め,同院入院となり,その後,B
病院脳神経外科に転院し,精査加療が行 われた.同院にて施行したMMSE は18/30 点,脳血流SPECT(99mTc-ECD)では両側前頭葉,両側頭頂葉,左側頭葉,左基底核の血流低下を認めた.同院退院後も認知機能の回復なく,意欲低下が続くため,X
年9 月に当院初診となった.
- 【神経学的所見】意識は清明,麻痺はなく,その他特記すべき所見なし.
【神経心理学的所見】前向性健忘,軽度の見当識障害,注意障害を認め,MMSE は19/30 点,数唱は順唱5 桁/逆唱2 桁であった.語列挙では「動物」8,「て」2 と前頭葉機能の低下が示唆された.発話は流暢で明らかな失語はなく,失行,失認は認めなかった.
- 【画像所見】発症3 ヶ月後の頭部MRI では両側基底核,左内包膝部,右視床に多発性の陳旧性ラクナ梗塞を認めた.いずれの部位も明らかな拡散制限を認めなかったが,前医で施行した初回MRIの結果を考慮すると,今回の症候は左内包膝部梗 塞による認知機能障害,意欲の低下であると考えられた.
【行動変化】自宅では活動性が著しく低下しており,一日中ゴロゴロと過ごす一方で,毎日妻に性交渉を求めるといった性欲亢進を認めた(それ以前は月に1 回程度).それ以外の脱抑制的ないしは性的な逸脱行動は認めなかった.当科初診1
ヶ月後,相変わらず活動性は低く,日中も臥床がちに過ごすことが多いが,畑仕事を少し手伝ったり,テレビを観るようになっていた.活動の増加に反比例して,性行為の頻度は数日〜1 週間に1回へ減っていた.当科初診3 ヶ月後には,毎日
畑仕事に出掛けたり,トイレに新聞をもって入るといった意欲面の改善を認め,MMSE 29/30 点と認知機能も改善を示した.性欲についても,性交渉を求める頻度は月に1 回程度と発症前の状態に戻った.
【考察】一般的に,性欲亢進はKluver-Busy 症候群や躁状態との関連で論じられる.その場合,同時にその他の欲動亢進を伴うが,本症例では全般的な活動性が低下する一方で性欲亢進のみを認めた.このことは,性欲が他の欲動とは異なる神経
基盤を有していることを示唆する.また,活動性低下と性欲亢進が同時に起こり,活動性の改善と比例して性欲亢進も改善した経過から,これらの症候は今回の内包膝部病変が引き起こしたものと示唆される.発表当日は性欲亢進と神経基盤との
関係について,さらに考察して理解を深めたい.
6月28日(土) 第4会場(501)
病態
保田稔(医療法人社団俊仁会大植病院)
- II-4-8 10 : 45〜11 : 00
- 軽度アルツハイマー病における物盗られ妄想の危険因子
- 村山憲男(順天堂東京江東高齢者医療センター),井関栄三,山本涼子,一宮洋介(順天堂大学医学部精神医学教室),長嶋紀一(日本大学文理学部),新井平伊(順天堂大学医学部精神医学教室)
- 【目的】物盗られ妄想は,アルツハイマー病(Alzheimer’s disease ; AD)患者に最も多く出現する精神症状のひとつであり,他の年代の精神疾患にはほとんどみられない.そのため,物盗られ妄想の危険因子として,記憶障害などAD に特有
の障害が関係していると考えられるが,これまでの研究では明確な結果が得られていない.この原因のひとつに,従来の多くの研究は嫉妬妄想などを含めた妄想全般を対象にしていることが挙げられる.妄想の種類によって関係する危険
因子が異なる可能性があり,妄想の種類を限定して検討する必要がある.また,物盗られ妄想と認知機能障害の関係を検討した研究では,認知症重症度を統制していないことが多い.そのため,得られた結果が物盗られ妄想に関係するのか,認知
症重症度に関係するのかを明確にすることが困難である.さらに,AD の物盗られ妄想には,これまで統計的には検討されてこなかった生活環境や病前性格,社会的認知機能などの心理社会的因子も関係している可能性が高い.
本研究では,軽度AD における物盗られ妄想の危険因子に限定し,従来は検討されてこなかった因子を含めて統計的に検討した.
【方法】A 病院物忘れ外来を受診し,NINCDSADRDAの臨床診断基準によってAD と診断された患者のうち,物盗られ妄想が認められた患者14名(妄想群),妄想群に対して年齢,教育年数,CDR による認知症重症度を統制した物盗られ妄
想が認められない患者42 名(統制群)を対象にした.すべての対象者に対してMMSE とCOGNISTATを実施した.本来COGNISTAT の下位課題である「語り」は採点されないが,本研究では登場する2 者間の関係を適切に言及した
か否かを評価した.また,診察に同行した家族から,家族構成と,病前性格として外向性と神経質の有無を調査した.
【倫理的配慮】倫理的配慮として,対象者とその家族に研究の内容を説明し,参加の同意を得た.
【結果】性別について直接確率計算法による検定を行なった結果,妄想群は統制群よりも有意に女性が多かった(p<.05).また,同居者の有無について検定を行なった結果,妄想群は統制群よりも有意に単居者が多かった(p<.05).同居者を
配偶者と子・孫に分類して検討したところ,妄想群は配偶者の同居が有意に少なく(p<.05),子・孫との同居には有意差は認められなかった.病前性格では,妄想と外向性に有意な関係はなかった
が,妄想群は神経質あることが有意に多かった(p<.05).両群のMMSE 得点およびCOGNISTAT下位課題得点についてT 検定を行った結果,いずれも有意差は認められなかった.しかし,直接確率計算法による検定の結果,「語り」では,妄想群は登場する2 者
の関係に言及をすることが有意に多かった(p<.05).
【考察】これまでの研究と同様,妄想群と統制群における認知機能検査は共にAD に特徴的な結果を示していたが,両群間の有意差はいずれの機能にもみられなかった.一方,「語り」では,妄想群は統制群よりも二者の関係に言及をすることが
有意に多く,物盗られ妄想を示すAD 患者は社会的認知機能が保たれている場合が多いことが示唆された.さらに,物盗られ妄想は,女性や単居生活,病前の神経質などとも有意に関係していた.これらの結果から,AD の物盗られ妄想は,中核
症状である認知機能障害に,これらの危険因子が加わった場合に発生しやすくなると考えられる.
- II-4-9 11 : 00〜11 : 15
- donepezil 服用Alzheimer 病患者の認知機能障害進行に及ぼす高cholesterol 血症の影響
- 岡崎味音,宇田川至,杉山恒之,富永桂一朗,中村悦子,田中絢子,橋本知明,荻野あずみ,関野敬子,竹内愛,島田隆生,塚原さち子,田所正典,穴井己理子,山口登(聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室)
- 【目的】高コレステロール血症はアルツハイマー病(Alzheimer’s Disease ; AD)の発症に関係することが既に報告されている.しかしAD 発症後,症状進行への影響は明らかとなっていない.そこで,今回我々は,塩酸ドネペジル服用中AD 患者
において高コレステロール血症の認知機能への関与を検討した.
【方法】対象は聖マリアンナ医科大学病院神経精神科外来でDSM‐IVにてAD と診断された外来患者(N=48,平均年齢76.92 歳,男性19 名,女性29 名,平均教育年数11.59 年,基準時の平均長谷川式認知症スケール得点20.58).全例が
塩酸ドネペジルを内服している.認知機能評価として長谷川式認知症スケール(HDS-R),聖マリアンナ医大式コンピューター化記憶機能テスト(STM-COMET)を用い,基準時と1 年後に評価した.1 年間の追跡調査であり,総コレステロー
ル非高値群(血清コレステロール220 mg/dl 未満)31 名と総コレステロール高値群(血清コレステロール220 mg/dl 以上)17 名の二群に分け,ADの症状進行度を認知機能の年間変化量により比較した.二群間の各々の人数,平均年齢,教育年数,
平均中性脂肪値,高血圧症患者の占める割合,糖尿病患者の占める割合には有意差は認められていない.
【倫理的配慮】聖マリアンナ医科大学病院生命倫理委員会承認の上,全ての対象者および家族に研究の主旨を説明し書面で同意を取得いる.
【結果】(1)HDS-R 得点の年間変化量では総コレ
ステロール非高値群と総コレステロール高値群の間に有意差は認められなかった.(2)STM-COMETでは下位項目において,総コレステロール高値群で総コレステロール非高値群に比較して遅延再認
(Delayed Verbal Recognition)機能の有意(p<0.01)な低下がみられた.(3)直後自由再生(ImmediateVerbal Recall),遅延自由再生(DelayedVerbal Recall),項目再認(Memory ScanningTest),記憶リハーサル課題(Memory Filtering
Test)では有意差はなかった.
【考察】AD 初期症状は言語記憶障害であり,とくに手がかりなしの想起である再生は極初期から障害される.一方,手がかりありの想起である再認はAD 初期では機能が一部残存する.この残されていた再認機能が高コレステロール血症により
障害され機能低下が進行したと考えられた.血液脳関門で脳内コレステロール循環とコレステロール体循環は独立している説もあるが,臨床研究や動物実験では血漿コレステロール値と脳内アミロイドβ 蛋白量が比例関係にあると報告さ
れ,脳神経細胞死が亢進した可能性がある.また,高コレステロール血症下では,脳内の微小血管が動脈硬化性変化をおこし認知機能障害を促進した可能性がある.
【結論】塩酸ドネペジル服薬中のAD 患者において,高コレステロール血症は記憶機能障害の進行を促進する可能性が示唆された.よって,高コレステロール血症下では塩酸ドネペジルの効果が減弱することが推定された.
- II-4-10 11 : 15〜11 : 30
- 薬剤性せん妄のある脳血管性認知症患者の入院後の活動変化;IC タグモニタリングシステムを用いた客観的評価
- 山川みやえ(大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻),繁信和恵(財団法人浅香山病院),牧本清子,朱燦群(大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻),芦田信之(甲子園大学),田伏薫(財団法人浅香山病院)
- 【目的】認知症患者の入院理由は,せん妄など対応困難なものが多い.そのような精神症状がでている急性期の認知症患者は,入院することで症状が軽減し,治療の過程で生活リズムが形成されて落ち着いてくるが,入院後の行動や症状の変化を
客観的に示した研究はほとんどない.本研究では,IC タグモニタリングシステムを用いて薬剤性のせん妄で入院した脳血管性認知症患者の入院後の活動性レベルを客観的に示し,活動性の変化について考察した.
【方法】大阪府下にある総合病院の老人性認知症専門治療病棟(約60 床,閉鎖病棟).データ収集:本研究は2006 年11 月から約4 ヶ月間実施されたIC タグモニタリングシステムによる研究プロジェクトの1 つである.データ収
集項目は以下のとおりである.年齢,性別,認知症歴,服薬状況,認知機能レベル(MMSE),行動心理学的症状(NPI-NH),脳波,IC タグモニタリングシステムによる歩行状況.IC タグモニタリングシステム(Matrix 社製):
予め,病棟内の天井裏にIC タグを受信するためのアンテナを設置し(15 箇所),患者の衣服にICタグ(13.7 g)を装着した.IC タグを装着した患者が,アンテナの下を通ると,その時間と場所の情報が自動的にコンピューターに蓄積される.
このシステムにより患者の時間別歩行距離や歩行場所が連続してモニタリングできた.対象者:薬剤性せん妄のある脳血管性認知症患者81 歳,女性.認知症歴1 年.2007 年1 月に入院した.入院時MMSE スコア18,CDR スコア2
であった.薬剤性のせん妄による不穏,興奮のため入院した.入院後はそれまで投与されていた薬剤の服用を一切中止した.
【倫理的配慮】本研究は大阪大学及び当該病院の医学倫理委員会の承認を得て実施した.研究参加要請時は,患者の意思決定代理人が,研究内容についての説明を受け同意書に署名した上で参加した.
【結果】対象者は入院後1 ヶ月半弱で症状改善のため退院した.退院日付近には外泊等で連続したデータを収集することが出来なかったため,本研究では,入院後5 週目までの活動について分析した.表は,時間帯(日中:6 : 00−21 : 00,夜:21 : 00
−0 : 00,深夜:0 : 00−6 : 00)ごとの歩行割合と歩行距離を入院経過週数ごとにあらわしている.入院1 週目では,時間帯ごとの歩行割合と歩行距離は日中と夜で最も少なく,その後増加し,入院3 週目をピークにその後日中と夜の歩行距離,
歩行割合は減少した.入院1 週目に測定したNPI-NH スコアは,妄想が4(頻度×重症度),脱抑制が3 であったが,入院4 週目では,共に0であった.脳波所見は入院時がbackgroundactivity 5 Hz,40 μV で,入院4 週間後はbackground activity 7-8 Hz,50 μV であった.
【考察】薬剤性のせん妄により,薬で抑えられていた患者の活動状況の変化を,歩行距離として把握できた.したがって,本研究では,IC タグモニタリングシステムを用いたことで,NPI のようなスタッフの主観的判断による指標のほかに,
客観的なものでも検証できるようになった.
6月28日(土) 第4会場(501)
心理検査(1)
池尻義隆(財団法人住友病院)
- II-4-11 14 : 00〜14 : 15
- 日本語版AQT のアルツハイマー型認知症スクリーニングテストとしての妥当性
- 高橋ふみ,藤原砂織,山下元康,福島攝,飯塚邦夫,井上由紀子,粟田主一(仙台市立病院神経科精神科・認知症疾患センター)
- 【目的】A Quick Test of Cognitive Speed(AQT)は,40 個の視覚刺激を迅速に連続呼称するもので,1 要素呼称テスト(色,形)と2 要素呼称テスト(色−形)によって構成されている.色−形の2 要素呼称テストは,visual stimuli とsemantic
field の間で迅速な知覚と概念の切り替えを要請するものであり,頭頂葉機能の評価に役立つと言われている.本研究の目的は,日本語版AQT を作成し,アルツハイマー型認知症の高齢者を対象に,本検査のスクリーニングテストとしての妥当
性を検討することにある.
【方法】対象は,2007 年1 月〜12 月に仙台市立病院認知症疾患センターを新患受診した患者のうち,神経心理学的検査(MMSE,COGNISTAT,AQT)を実施し,NINCDS-ADRDA の診断基準でprobable AD の基準を満足し,研究目的のデ
ータ利用について本人または家族から口頭または書面で同意が得られ,かつデータに欠損のない連続症例109 人(男40 人,女69 人,年齢59〜89歳,平均年齢±標準偏差=78.7±5.9 歳)である.1)MMSE,COGNISTAT の総得点を外的基準
としてAQT との相関を分析した.2)COGNISTAT 下位得点を外的基準としてAQTとの相関を分析した3)COGNISTAT 下位項目を主因子法・Promax回転で因子分析し,抽出された潜在因子の因子得点とAQT との相関を分析した.
統計解析にはSPSS 16.0 J for Windows を使用し,相関分析にはSpearman 順位相関係数を用いた.尚,本研究は仙台市立病院倫理委員会の承認を得て実施した.
【結果】1)AQT 色−形はMMSE の総得点(r=‐.25,p<.01),COGNISTAT の総得点(r=‐.25,p<.01)と有意に相関した.2)AQT 色−形は,COGNISTAT の計算(r=‐.32,p<.01),構成(r=‐.24,p<.05),理解(r=‐.20,
p<.05),復唱(r=‐.20,p<.05)の下位項目と有意に相関した.
3)COGNISTAT の下位項目から3 つの潜在因子が抽出され,それぞれを「視覚構成/概念」(構成,呼称,類似),「注意/作業記憶」(復唱,注意,理解),「記憶/見当識」(記憶,見当識)と命名した.AQT 色−形は「視覚構成/概念」「注
意/作業記憶」の因子得点と有意に相関した(r=‐.27,p<.01).
【考察】既存の認知症スクリーニングテストを外的基準として,AQT の収束的妥当性が確認された.AQT は「記憶/見当識」とは独立に,「視覚構成/概念」「注意/作業記憶」に関連することから,AQT が頭頂葉機能を反映することが示唆
された.健常群,MCI 群,AD 群を対象とする弁別的妥当性の検討と,amnestic MCI 群の縦断調査による予測的妥当性の検討が今後の課題である.
参考文献:Wiig EH, Nielsen NP, Minthon L,Warkentin S : Alzheimer’s Quick Test :Assessment of Parietal Function . ThePsychological Corporation, 2002.
- II-4-12 14 : 15〜14 : 30
- RBMT の臨床的有用性についての一検討
- 首藤賢,小海宏之,岡村香織,前田明子,藤田雄(藍野病院臨床心理科),岸川雄介,園田薫,石井博(藍野病院加齢医学精神医療センター)
- 【目的】認知症の診断を適切に行うためには,記憶,視空間構成,遂行などの認知機能評価に加え,生活障害を客観的に評価することも重要となる.Rivermead Behavioral Memory Test(RBMT)は,行動記憶などを客観的に評価できる心理検査
であり,生活障害をとらえる検査としての有用性が期待されている.そこで本研究では,RBMTで顕著な障害を示唆するScreening Score(SS)が0 点の患者について,RBMT とMini-MentalState Examination (MMSE), Alzheimer’s
Disease Assessment Scale-Japanese cognition(ADAS-Jcog.),Clock Drawing Test(CDT),Trail Making Test(TMT)との関連性を明らかにし,生活障害をとらえる上で,RBMT の臨床的有用性を検討するための基礎資料を得ることを
目的とする.
【方法】対象はNINCDS-ADRDA によりprobableAlzheimer’s Disease(probable AD)と診断された外来患者24 名である.方法は,RBMT のSSが0 点の患者を対象者から抽出し,RBMT の各下位検査におけるStandard Profile Score(SPS)
とMMSE,ADAS-Jcog.,CDT,TMT の各下位検査の得点との相関をSpearman の順位相関係数ρ を算出して検証した.
【倫理的配慮】本研究を実施するにあたっては,患者ないし家族に主旨の説明がなされ了解を得た.
【結果】対象者のうちSS が0 点であった者は11名(45.8%,平均年齢80.0±8.2 歳)であり,MMSE の平均得点は19.9±3.6 点であった.また相関分析により有意な相関が認められたのは,RBMT 顔写真とMMSE 復唱(ρ=−0.67,p<
0.05),RBMT 道順(直後)とMMSE 口頭従命(ρ=−0.67,p<0.05)のみで,この他のMMSE,ADAS-Jcog.,CDT,TMT の各下位検査における得点とRBMT の各下位検査におけるSPS との間には有意な相関は認められなかった.
【考察】本研究より,probable AD 患者のうち45.8% の患者が,RBMT のSS が0 点で行動記憶などに顕著な障害を認めることが明らかとなった.またRBMT の各下位検査のSPS と,MMSE,ADAS-Jcog.,CDT,TMT の各下位検査におけ
る得点との間には有意な相関はほとんど認められないことも明らかとなった.これらはRBMT の各下位検査がMMSE,ADAS-Jcog.,CDT,TMTの各下位検査とは独立した認知機能を測定していることを示唆するものと考えられる.さらに
RBMT はprobable AD 患者の生活障害を鋭敏にとらえ,これを定量化できる可能性を有することも考えられる.なおRBMT の顔写真とMMSEの復唱,RBMT の道順(直後)とMMSE の口頭従命では有意な負の相関が認められ,RBMT
の顔写真や道順(直後)に正答できない患者でもMMSE の復唱と口頭従命は正答できていた.これは視覚情報過程と言語情報過程の違いを反映し,復唱と口頭従命は易しい課題であることを示唆すると考えられる.今後は対象患者数をさらに増や
し,Behavioral and Psychological Symptoms ofDementia(BPSD)などを評価することが可能な認知症行動評価尺度との関連性も含めた検討をすることが必要であると考える.
- II-4-13 14 : 30〜14 : 45
- 新旧教育制度による神経心理学的検査得点の相違の検討;利根町研究
- 児玉千稲,池嶋千秋,野瀬真由美,山下典生(筑波大学大学院人間総合科学研究科),安野史彦,朝田隆(筑波大学臨床医学系精神医学)
- 【目的】近年,認知症に移行する危険性の高い群の早期発見,早期介入は重要な課題であり,スクリーニングには,記憶,知能など様々な種類の認知機能検査が用いられている.通常,障害の有無の評価は,従来報告されてきた健常高齢者の平均
点を基準とし,年齢,教育年数を考慮してそこからどの程度得点が低下しているかによって行う.しかし,昭和10 年生まれの高齢者では,教育制度が旧制から新制へと移行している.この教育制度の変化が検査得点の平均値に影響を与えている
かどうかはほとんど検討されていない.今日,アルツハイマー病(AD)に関する世界的な研究組織としてのAlzheimer DiseaseNeuroimaging Initiative(ADNI)という研究組織が世界の4 極で運営されている.そこで得られた結果は,今後のAD の治験における基準値と
して用いられると見込まれる.そこで我々は,茨城県利根町において行った調査で得られた結果より,ADNI で使用される検査のうち4 つの検査について,旧制教育を受けた高齢者と新制教育を受けた高齢者の平均点について検討することを目的
とする.
【方法】利根町研究に参加した65 歳以上の住民のうち,検査施行時に65 歳から69 歳であった認知的に障害の認められない193 名を対象とした.4
つの認知機能検査は,Wechsler MemoryScale-Revised(WMS-R)論理的記憶(記憶), Trail Making Test
A&B(注意),時計描画検査(視空間機能),言語流暢性検査(言語)である.昭和10 年3 月31 日以前に生まれたもの(旧制中学入学者)と昭和10
年4 月1 日以後に生まれたもの(新制中学入学者)とに分け,US-ADNI にならった教育年数ごと(0‐9 年,10‐15 年,16年以上)に平均値と標準偏差を算出し,その相違を検討した.
【倫理的配慮】対象者から書面によるインフォームドコンセントを得た.また,本研究は筑波大学医倫理委員会の承認を受けて行った.
【結果】旧制中学入学者の人数は132 名(教育年数0‐9 年;54 名,10‐15 年;61 名,16 年以上;17 名)であり,新制中学入学者の人数は61 名(教育年数0‐9 年;20 名,10‐15 年;31 名,16 年以上;10 名)であった.平均点と標準偏差につ
いては当日発表する.
【考察】認知症の早期発見を実現するために診断テストについては,世界的なコンセンサスが求められる.今回,65‐69 歳の健常高齢者のデータを用いて,WMS-R
の論理的記憶II,Trail makingtest A&B,Clock drawing test,Category fluency test
について,旧制教育を受けたものと新制教育を受けたものの得点差について検討を行った.本研究の結果は,基礎的なデータとして,今後の認知症診断における一助となると考える.
6月28日(土) 第4会場(501)
心理検査(2)
三村將(昭和大学)
- II-4-14 14 : 45〜15 : 00
- 日本語版MMSE の復唱問題に関する一検討;4 文節復唱と5 文節復唱を用いて
- 小海宏之,岡村香織,首藤賢,前田明子(藍野病院臨床心理科),岸川雄介,園田薫,石井博(藍野病院加齢医学精神医療センター)
- 【目的】日本語版Mini-Mental State Examination(MMSE)の復唱問題として4 文節復唱と5文節復唱を用い,臨床診断および認知症の重症度との関係性を数量的に明らかにすることにより,復唱問題の臨床的解釈についての基礎資料を得る
ことを目的とする.
【方法】対象は認知症疾患専門病棟の入院患者140名(平均年齢79.0±9.8 歳)である.小海ら(2000)による重症度判別基準を参考に分類した内訳は高得群13 名,境界群26 名,軽度群28 名,中度群36 名,重度群37 名であった.方法はMMSE を
実施する際,復唱問題として小海ら(2000)による4 文節問題と北村(1991)による5 文節問題の両方を実施し,評価は正答か不正答でそれぞれ評価した.分析は,文節の長さと正答率,診断および認知症重症度との関係性を把握するために
それぞれの正答率に関するクロス集計を行った.また,認知症の重症度と下位項目との関連性を明らかにするために,認知症の重症度段階ごとに判別分析を行い,下位項目の寄与率も調査した.
【倫理的配慮】本研究を実施するにあたっては,患者ないし家族に主旨の説明がなされ了解を得た.
【結果】クロス集計結果より,4 文節復唱が不正答であった者が中度群で3 名(2.1%)であったのに対し,重度群では29 名(20.7%)であり,4 文節復唱が正答するか否かと,中度と重度のcutoff ポイントがほぼ一致していた.5 文節復唱が不正答であった者が境界群で3 名(2.1%)であ
ったのに対し,軽度群では10 名(7.1%)であり,5 文節復唱が正答するか否かと,境界域と軽度のcut off ポイントが概ね一致していた.また,判別分析による正準判別係数は,高得群と境界群では注意と計算0.96,時間的見当識0.87,地誌的
見当識0.76,文章構成0.66,境界群と軽度群では注意と計算1.26,時間的見当識1.16,地誌的見当識0.99,言語的遅延再生0.52,軽度群と中度群では地誌的見当識0.81,時間的見当識0.71,注意と計算0.55,図形構成0.54,中度群と重度
群では物品名呼称0.50,注意と計算0.41,読字従命0.39,口頭従命0.38 であり,これらの下位項目が,それぞれの群の判別にとくに寄与することが明らかとなった.さらに,5 文節復唱が不正答であった者のうち,MMSE により計4 名が高
得群および境界群と判定されていた.このうち2名はMCI と診断されており,これはMCI と診断されている12 名のうちの16.7% を占めていることも明らかとなった.
【考察】本研究により,4 文節復唱が正答するか否かと,中度と重度のcut off ポイントがほぼ一致し,その時の4 文節復唱の正準判別係数は0.24であり,ある程度の寄与率を有していると考えられる.また,5 文節復唱が正答するか否かと,境
界域と軽度のcut off ポイントが概ね一致していたが,その時の5 文節復唱の正準判別係数は0.11であり,寄与率は高くはないと考えられる.さらに,MCI 患者のうちの5 文節復唱が不正答だった者16.7% は,近年,明らかになってきたMCI
からの認知症発症率と同程度の割合と考えられる.今後は,これらの患者が認知症に移行するか否か縦断的に経過観察を行い,5 文節復唱の下位項目がMCI から認知症への移行を早期発見するうえで重要な指標となるか否かを検証するのが課題で
ある.
- II-4-15 15 : 00〜15 : 15
- ADAS-J.cog.の単語再認の検討;虚再認に注目して
- 竹内直子,福永知子,川口裕子,松浦加奈(大阪大学大学院医学系研究科精神医学),鵜飼聡(和歌山県立医科大学神経精神医学教室),武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学)
- 【背景】アルツハイマー病(AD)の経時的変化や治療効果を評価するために作成されたAlzheimer’s Disease Assessment Scale 日本版(ADAS-J.cog.)は,広範囲の認知機能を評価することが出来るため,AD 患者に限らず,MMSE(Mini-Mental State Examination)より少し詳
細に全般的な認知機能を評価する場合に,日常臨床で頻繁に用いられている.ADAS-J.cog.では認知機能の中核症状である記憶障害の重症度とその推移を,「単語再生」,「単語再認」で主に評価している.緊張・不安等の情動因子による効率の低
下を招きがちな「単語再生」よりも,「単語再認」の方が潜在的能力も含めて記憶の側面をある程度正確に測定できるのではないかと我々は考えている.しかし,現行の採点法では,ダミー単語への誤反応(虚再認)は採点しないため,当初より,
記憶障害を正確に評価するには不十分であるとの批判があった.本研究では,現行の採点法と虚再認を考慮した3 種の修正採点法とを相互比較し,より正確な記憶障害の評価法について検討する.
【方法】*2000 年〜2008 年に阪大病院神経科・精神科を受診したAD 患者,Mild CognitiveImpairment(MCI)患者にADAS-J.cog.とMMSEを実施.
*「単語再認」採点法
(1)現行の採点法:12−正解数の平均修正採点法
(2)a:不正解数の平均
b:12−(正解数の平均+正の棄却数の平均)÷2
c:12−正の棄却数の平均
*外的基準:MMSE の合計得点
*虚再認の有無とADAS-J.cog.合計得点,その下位項目得点,MMSE 得点との関連について検討.
【結果】*現行採点法と,3 種の修正採点法によ
る単語再認得点とMMSE 得点を比較すると,いずれも有意な相関がみられたが,現行採点法よりも,各修正採点法の方が,MMSE との相関は高かった.
*現行採点法による「単語再認」得点とADAS-J.cog.の他の下位項目間の相関は低かったが,修正採点法ではADAS-J.cog.下位項目間の整合性は高かった.
*虚再認数とADAS-J.cog.得点,MMSE 得点,ADAS-J.cog.下位項目の「単語再生」「見当識」「テスト教示の再生能力」の間には,有意な相関があった.
【考察】現行採点法より修正採点法のほうが記憶障害をより鋭敏に評価すると考えられる.また,虚再認は,記憶機能だけでなく,言語機能や行為などの多面的な認知機能障害と関係していると考えられる.記憶障害を評価する上で,虚再認を考
慮する重要性が示唆された.しかし,本研究では記憶障害評価の外的基準としてMMSE 得点のみを外的基準としている点は今後の検討課題である.
- II-4-16 15 : 15〜15 : 30
- 高齢者アルツハイマー型認知症患者の長期フォローにおける病状進行の変化;ApoE 表現型の差異による変化に関して
- 金谷潔史,阿部晋衛,酒井稔,藤井広子(東京医科大学八王子医療センター老年病科),岩本俊彦(東京医科大学老年病科)
- 【目的】アルツハイマー型認知症(DAT)の発症に,ApoE 4 が危険因子であることは知られているが,長期予後との関係は不明である.そこでわれわれは,DAT
の病状進行とApoE 4 の有無との関係を調べるために,DAT 患者を長期追跡し, 認知機能の変化を検討した.
- 【対象】塩酸ドネペジルによる内服加療を長期継続している外来通院のDAT 患者で,3 年以上経過観察を行った40 症例(男性16 名,女性24
名,初回検査時の平均年齢77.92 歳)を対象とした.
【方法】DAT 患者に1 年ごとに認知機能検査として,MMSE 及びADAS-Jcog.を施行した.ApoE表現型で4 を含むApoE 4(+)群:18 例と,含まないApoE 4(−)群:22 例とに分類し,経過観察期(1 年・2 年・3 年)のそれぞれの段階において初回認知機能評価得点(0 年)との変化を縦断
的に検討した.統計処理はWilcoxon の符号付き順位検定を用いた.さらに,(+)群,(−)群の2 群間での各経過地点での得点を横断的に比較した.統計処理にはMann-Whitny のU 検定を用いた.
【倫理的配慮】全ての患者および家族に,採血および心理テストのインフォームドコンセントを行い,文書をもって同意を確認した.
【結果】MMSE について縦断的検討(Wilcoxon)においては,(+)群:(P<0.01),(−)群:(P<0.05)の両群において3 年経過時点での有意な得点の低下が見られた.横断的検討(U 検定)においては,1 年後の地
点でのみ(+)群の方が有意に低い傾向(P<0.1)が示された.ADAS-J cog.について縦断的検討において(+)群では,3 年経過地点で初回得点と比較しての有意な悪化が見られた(P<0.05).横断的検討においては,3 年経過地
点で有意に(+)群の得点の方が(−)群と比較して悪いという結果が示された(P< 0.05).ADAS-J cog.の下位項目について.縦断的検討において有意差が示されたのは,「単語再生」「口頭命令」「見当識」であった.「単
語再生」については両群において1 年目・2 年目に有意な改善が示された(P<0.05).「口頭命令」では(−)群の2 年目にのみ有意な改善傾向を示した(P<0.1).「見当識」は3 年目において,(+)群で有意な悪化を(P<0.05),(−)群で
は悪化傾向を示した(P<0.1).横断的検討ではいずれの項目・地点においても,両群の得点に有意差は示されなかった.
【考察】ApoE 4 は,DAT 発病の危険因子とされているが,今回の検討では,ApoE 4 の保有は発病のみならず,長期予後においても症状悪化の危険因子であることが示唆された.
6月28日(土) 第5会場(502)
疫学・ケア
柿木達也(兵庫県立西播磨総合リハビリテーションセンターリハビリテーション西播磨病院)
- II-5-1 14 : 00〜14 : 15
- 高年者健診時の脳検診希望者と物忘れ外来の高齢受診者における血液検査と頭部CT所見
- 吉田亮一,大友英一(浴風会病院内科),須貝佑一(浴風会病院精神科)
- 【目的】任意に脳検診を希望する群と物忘れ外来の高齢者群について,血液検査結果や頭部CT 所見を比較することで,それぞれの客観的な健康状況を把握した.
【方法】対象は高年者健診時に,2007 年に頭部CT検査を自主的に受けた(検診群)445 例と06/10/16〜07/12/19 における65 歳以上の物忘れ外来受診者151 例である.血液検査は通常の血算と生化,頭部CT はCVD の有無,PVL の出現頻度,
脳萎縮,脳回萎縮,脳室拡大の肉眼による5 段階分類を実施し,それぞれについて,前期高齢者(65−74 歳),後期高齢者(75−84 歳),超高齢者(85 歳以上)に分類し,検診群と物忘れ群で比較した.
【倫理的配慮】今回の研究はいずれも個人の所見や情報を発表するものではなく,脳検診者では初回受診時,物忘れ外来受診者は担当医が結果説明時に,高齢者の脳研究への協力について承諾を得ている.
【結果】1)年齢分布は検診群が前期27.2%,後期61.6%,超高齢者11.2%,平均77.3 歳,物忘れ群が前期32.5%,後期57.6%,超高齢者9.9%,平均78.1 歳であり,両群はほぼ同様であった.2)血液検査では検診群が物忘れ群に比し,アルブミ
ン,Hb,RBC,Ht の項目で,前期,後期の年代群で有意に高値であった(P<0.001).しかし超高齢者ではそれらに差はなく,BUN,Cre,尿酸が物忘れ群で高く,特にBUN は有意であった(P<0.05).3)脳萎縮のみの症例は,検診群79.8%,
物忘れ群78.8% で同様の割合であった.しかし年代別に比較すると,後期高齢者は検診群,前期高齢者と超高齢者は物忘れ群が多かった.4)ラクナ梗塞症例は,検診群の4.9% に認められ,その値は物忘れ群の7.3% より少なかった.その割
合を年代別に比較すると,前期高齢者と後期高齢者とも,検診群が物忘れ群に比し少なく,逆に超高齢者は検診群8.0%,物忘れ群6.7%,より多い傾向であった.5)アテローム血栓性梗塞は,検診群2.0%,物忘れ群1.3% で,心原塞栓性脳
梗塞は,検診群1.3%,物忘れ群0.7% で,物忘れ群で少ない値であった.6)脳萎縮の程度別分類は,物忘れ群と検診群では変化ない状態であった.しかし年代別には前期高齢者では物忘れ群,超高齢者では検診群が,脳萎縮がやや目立つ傾向
であった.7)脳室拡大の程度は検診群が物忘れ群より軽度で,逆に脳回萎縮は検診群が物忘れ群より有意に目立つ傾向であった(p<0.01).8)PVL の出現程度は,検診群より物忘れ群でやや目立つ傾向であった.年代別の比較では,前期高
齢者はほぼ同様で,後期高齢者や超高齢者で物忘れ群がより進行していた.
【考察】高齢者では任意に脳検診を希望する群は,物忘れ外来受診者より血液data は良い傾向にあり,より健康であると考えられた.またCT 所見は全体的には両群で差がない結果であったが,年代別には種々の相違があり,これは物忘れ群の基礎疾患の影響と思われた.特に脳萎縮のパターン
で相違が生じていた結果については,物忘れ群には正常圧水頭症のような病態の存在が示唆された.C
- II-5-2 14 : 15〜14 : 30
- 地域高齢者住民における認知機能の評価と時間予測
- 大塚邦明(東京女子医科大学東医療センター内科),堀田典寛,高杉絵美子(東京女子医科大学東医療センター内科・在宅医療部),山中学(東京女子医科大学東医療センター内科),山中崇(東京女子医科大学東医療センター内科・在宅医療部),松林公蔵(京都大学東南アジア研究所)
- 【目的】ヒトを含めたほとんどの高等動物には,概日時計以外に,比較的短い時間経過を推し測る体内時計が備わっている.積極的に行動のタイミングや間合いをとり,環境へ適応するために重要な役割を果たすとともに,精神活動にも深く関わ
っている.そこで,フィールド医学調査にて地域住民を総合的に機能評価することにより,認知機能の改善と時間認知との関わりを検討した.
【方法】高知県T 町在住の,75 歳以上の高齢地域住民のうち,2004 年から2007 年までの毎夏,体位変換に伴う血圧・脈拍の変化,心電図,血管の硬さ(AI,中心血圧,baPWV,CAVI,ABI),ADL
機能(Functional Reach(FR),Up & Go, Button test),肥満,糖尿病,血清脂質,貧血,10 秒の時間予測(Time
Estimation,TE),抑うつ,認知機能(MMSE,HDSR,Kohs 立方体試験,時計描画,かな拾い試験)を調査することができた,141
名(女99 例,男42 例,72〜98 歳;平均79.7 歳)を対象とした.TE は仰臥位安静にて7 回,10 秒の時間を予測するように命じ,その経過時間を記録した(各々,TE
1〜TE7).この3 年間の追跡調査から,MMSE スコアが3 以上増加した場合を認知機能の改善と定義 し,Cox 比例ハザード回帰にて,認知機能の改善にどのような要因が関与したかを解析した.
【倫理的配慮】CGA 評価に際しては,T 町住民の総意のもとに実施し,個人情報の保護に留意した.
【結果】2004 年から2007 年への収縮期/拡張期血圧は,各々,154/88 から138/77 mmHg へ改善(p<0.001).BMI
は24.6 から22.5 へ改善(p<0.001).血清クレアチニン,総コレステロールは有意の変化をみなかったが,中性脂肪は132.2 から103.8
へ改善した(p<0.001).一方,Up &Go は,15.3 から14.9 秒と不変,FR は27.0 から25.7 cm へ増悪(p<0.05),MMSE/HDSR
は,26.8/26.4 から26.7/26.1 と不変であった.認知機能の改善は,141 名中15 名に観察され,この 改善に関与する要因として,FR
の改善度(3 年3 cm増加の相対リスク(RR)1.19,p<0.05),BMI の改善度(3 年1.5 増加のRR 0.52,p<0.05),座位の脈拍数(3
bpmのRR 0.82,p<0.05)が抽出されたが,血圧・心電図所見・血管 の硬さ・糖尿病・高脂血症・貧血・抑うつ等の関与は統計上有意でなかった.一方,TE
は認知機能の改善に関与し,10 秒の予測が3 秒大きいことのRR は,TE1〜TE7 で各々,1.33,1.34,1.25,1.24,1.24,1.22,1.17(p<0.005)であった.
【考察】3 年後の認知機能の改善に,ADL 機能や肥満度の改善とともに,時間認知のかかわりが大きいことが抽出された.日常行動から複雑な精神活動までほとんどの高次脳機能の活動に,時間認知の関与が推察されており,認知機能の改善を図
る手段の1 つとして,この時計機構の解明が有用であると期待される.
- II-5-3 14 : 30〜14 : 45
- 茨城県における若年認知症の有病者数と基礎疾患に関する調査
- 池嶋千秋(筑波大学大学院人間総合科学研究科),安野史彦,水上勝義,佐々木恵(筑波大学臨床医学系精神医学),谷向知(愛媛大学大学院医学系研究科脳・神経病態制御医学講座),朝田隆(筑波大学臨床医学系精神医学)
- 【目的】茨城県における65 歳未満の認知症患者について,有病率の推計および基礎疾患に関する調査を行った.
【方法】2006 年4 月1 日から9 月30 日までの間に65 歳未満であった認知症患者を対象とし,茨城県内の医療,保険・福祉,行政,および関連する可能性のある全ての機関に対し2 段階の郵送アンケート調査を行った.1 次調査では当該患者
の有無について,2 次調査では診断病名,現在の病状の概要など,より詳細な情報を尋ねた.特に2 次調査では,当該患者個人の生年月日とイニシャルの情報から,複数機関による重複報告例の割り出しを試みた.認知症の定義はDSM-IV の診
断基準を満たすものとし,「若年性認知症診断の手引き」を作成しアンケートに添付した.また,主な医療機関からの報告例については匿名性を保持したうえで,各疾患の診断基準に従い,主治医との協議のもと基礎疾患について改めて確認を行
なった.
【倫理的配慮】本研究は筑波大学倫理員会の承認を得て行われた.調査の実施に当たっては,個人情報の保護を厳守した.
【結果】アンケートは2475 機関に配布された.回答率は1 次調査88.3%,2 次調査84.2% であり,285 施設から686 名の回答を得た.このうち35 名は複数の機関から重複して報告がなされており,83 名は年齢または疾患が調査の対象外
であった.このため実際の人数は540 名(男性309 名,女性229 名,性別不明2 名,年齢範囲31〜64 歳)となった.回答率および30 歳以上65歳未満人口をもとに推計したところ,本県における当該患者数は726.3 人となり,人口10 万対有
病率は50.0(95% CI 46.5−53.8)となった.認知症の基礎疾患は脳血管性認知症(VaD,46.7%)が最多であり,次いでアルツハイマー病(AD,29.3%),レビー小体型認知症(DLB,6.5%),前頭側頭型認知症(FTD,3.0%)であった.な
お,284 名(52.6%)については,基礎疾患の診断に関して再確認を行なった.全疾患における発症時の平均年齢は54.3 歳(年齢範囲25−64 歳,標準偏差6.5)であり,疾患ごとの発症時の平均年齢には統計学的に有意な差は認められなかっ
た.また,各疾患とも年齢が高くなるにつれ有病率が高くなる傾向を示した.
【考察】有病率の推計については,欧米諸国における先行研究と同様の結果を得た.基礎疾患の割合については,欧米諸国の調査やわが国における忘れ外来を対象とした調査と比較し,VaD の割合が高かった.この理由として,本県には脳血管
障害患者を主たる対象とするリハビリテーション専門病院が複数存在することが考えられた.また,平成7 年における同様の調査と比較し,DLB,FTD の割合が増加していた.この背景には,同疾患の認知度の向上および診断技術の進歩が反映
されていると考えられた.今後はさらに調査地域を広げ,より正確な有病率が算出されることが望まれる.
- II-5-4 14 : 45〜15 : 00
- 地域高齢者におけるGDS, Apathy scale
- 古田伸夫,須貝佑一(社会福祉法人浴風会浴風会病院認知症介護研究・研修東京センター),三村將(昭和大学医学部精神医学教室)
- 【目的】地域住民の抑うつ,アパシーと認知機能の関連について検討する.
【方法】当センターでは2002 年から杉並区高齢者健診にあわせて“頭の健診”として地域高齢者の生活習慣調査(運動,食生活,趣味活動など),認知機能検査(MMSE),頭部CT を施行し,前方視的に認知機能の低下と生活習慣の関連を調査している.
平成19 年度は従来の項目に追加して抑うつ尺度としてGDS-15,アパシーの評価としてApathy scale(やる気スコア)を施行した.
【倫理的配慮】集団検診受診者には研究目的,方法につき文書にて説明,同意を得ている.また個人が特定されることのないようにデータの取り扱いには十分な配慮を行っている.
【対象】GDS,Apathy scale ともに有効な回答であった例は313 例であった.平均年齢は78.2 歳(66‐94 歳)で,男性123 名,女性190 名で性別による年齢差は認めなかった.
【結果】1.GDS
性別による有意差は認めなかった.
GDS スコアにより0‐4;正常,5‐9;抑うつ傾向,10‐15;抑うつ状態の3 群として評価すると,228 名(72.8%)が抑うつ傾向,27 名(8.6%)が抑うつ状態となった.各群の年齢に有意差は認めなかった.
2.Apathy scale
性別による有意差は認めなかった.
- Apathy scale スコアにより0‐13;正常,14 点以上をアパシーありとして評価すると130 名(41.5%)がアパシーありとなった.2
群間においてアパシー群の年齢が有意に高かった.
3.GDS & Apathy scale & MMSE
GDS とApathy scale は有意に相関し,抑うつとアパシーの関連が示唆された.また,Apathyscale とMMSE には有意差相関が認められたが,GDS とMMSE の間には有意な相関は認められなかった.GDS 3 群間のMMSE 得点は正常(28.5±2.23),
抑うつ傾向(28.3±2.27),抑うつ状態(28.1±2.45)の順であったが,統計学的に有意差を認めなかった.Apathy scale 2 群間におけるMMSE 得点は正常(28.6±2.00),アパシー群(28.0±2.57)で有意差を認めた.
4.年齢とGDS & Apathy scale & MMSE
年齢とGDS,Apathy scale,MMSE には有意な相関が認められた.
【考察】地域高齢者の72.8% が抑うつ傾向にあり,8.6% が抑うつ状態との結果となったが,自記式尺度によるものでありその解釈には注意が必要である.しかしうつ病の有病率としては過去の報告と同様であり,地域における高齢うつ病の対策が
重要と考えられる.またアパシーについては脳血管障害やその他身体機能の低下などが大きく関連するとされるが,アパシーと認知機能低下の関連が考えられ,活動性や社会的交流の低下,認知症との関連が考えられる.
年齢と抑うつ,アパシー,認知機能低下にはそれぞれ関連があり,地域高齢者をサポートする上で重要なファクターと考えられる.C
6月28日(土) 第5会場(502)
その他
大川愼吾(兵庫県立姫路循環器病センター)
- II-5-5 15 : 00〜15 : 15
- 施設老人にみられた姿勢の障害について
- 奥田正英,佐藤順子,濱中淑彦,水谷浩明(八事病院)
- 【目的】姿勢の制御は運動の制御系に組み込まれており,主に皮質下の多くの中枢レベルで統合されると考えられている.また姿勢の制御には神経系,筋・骨格系が相互に協調的に関与して機能している.認知症が進行した老人の中には不自然な
姿勢のままに何時間もすごすなど姿勢の異常を認める.今回私たちは施設療養中の老人で姿勢の異常を認めた症例について臨床医学的な特徴について検討したので報告する.
【方法】対象は,A 市内にある特別養護老人ホームに入所している老人で本年1 月に調査を行い,障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)の判定基準を用いて座位の保持ができるB 1 以上の自立度を示す老人の中で姿勢の異常を認めた症例
14 名(男女比4:10,平均年齢79.6±10.4 歳)である.これらの症例について臨床診断,食事,排泄,歩行,入浴などの日常生活能力(ADL),改訂長谷川式簡易認知症検査(HDS-R),また頭部CT や脳波検査を行い検討した.
【倫理的配慮】各症例については匿名性を保ち個人情報の取り扱いには充分な配慮をした.
【結果】今回調査した特別養護老人ホームに入所している老人の中で認められた姿勢の障害を示す症例は全入所者の中では13.1% であり,B 1 以上の自立度の症例の中では17.7% であった.臨床診断は脳器質性精神障害が9 名であり,脳血
管障害が5 名,アルツハイマー型認知症が3 名,パーキンソン症候群が1 名であった.また機能性精神障害が5 名であり,全例統合失調症で遅発性の症例が多かった.要介護度は平均3.1±0.8,認知症高齢者の日常生活自立度は凡そランクIII,
寝たきり度はA 1 が8 名,B 1 が6 であり,HDSRは平均7.9±7.2 であった.ADL では,食事,排泄,歩行,入浴など一部介助歩行を要するものが多かった.意思の伝達に関しては発話があるものの会話が難しい症例が多かった.
姿勢の障害は前屈で左右のいずれかに傾斜を示す症例が多かった.頭部CT では側頭葉の萎縮,側脳室の拡大など異常所見を認め,脳波所見でも左右差を示す徐波の混入を多くに認めた.
【考察】施設療養中の老人で姿勢の異常を認めた症例について検討したところ,多くの要因が姿勢の異常に関与することが判った.脳血管障害で明らかな器質的な要因と考えられる症例,機能性精神障害でみられ症例,更にはアルツハイマー型認
知症で空間での姿勢の気付きの障害が考えられる症例など中枢神経の大脳皮質下のレベルに加え,大脳皮質レベルの障害も考えられた.またADLも低下した症例が多く,筋・骨格系の萎縮や障害など末梢性の要因も関与すると考えられた.姿勢の制御が障害されると転倒事故など生命予後にも
直接関係するのでADL の改善が期待できるような要因の検討など今後の課題であると考えられた.
- II-5-6 15 : 15〜15 : 30
- 地域在宅高齢者における抑うつ度と食生活習慣との関連
- 山口潔,秋下雅弘(東京大学医学部附属病院老年病科),山田思鶴,浜達哉(老人保健施設まほろばの郷),亀山祐美(東京大学医学部附属病院老年病科),神崎恒一,鳥羽研二(杏林大学高齢医学),大内尉義(東京大学医学部附属病院老年病科)
- 【目的】高齢者の高次生活機能の維持には,食品摂取の多様性を高く保つことが重要であるとの報告がある.うつ状態をもつ高齢者では,食欲の低下や意欲の低下などから食習慣の変化が予想される.そこで,地域在住高齢者において,うつ状態
と食生活習慣との関連を検討した.
【方法】長野県K 村に在住する高齢者896 名(全村調査,平均年齢77 歳,男性385 名,女性511名)を対象に,介護予防基本チェックシート(厚生労働省研究班),食品摂取頻度調査票(熊谷らを改変)を用いて聞き取り調査を行った.抑うつ
度は,基本チェックリストに含まれるうつに関する質問の合計点とした.具体的な質問項目は,最近2 週間について,毎日の生活に充実感がない,これまで楽しんでやれていたことが楽しめなくなった,以前は楽に出来ていたことが今ではおっく
うに感じられる,自分は役に立つ人間だとは思えない,わけもなく疲れたような感じがする,の5項目の質問を行い,はいあるいはいいえで答えてもらった.食品多様性スコアは,肉類,魚類,牛乳,卵,大豆製食品,緑黄色野菜,海藻類,芋類,
果物,油脂類の10 食品群を,それぞれを毎日とった場合を1 点とし,その合計点とした.それぞれの関連を年齢および性別を調整し重回帰分析で解析した.
【倫理的配慮】調査前に,本人および介護者へ研究について説明を行い文書にて同意を得た.
【結果】抑うつ度は,食品多様性スコアと有意な関係があり(β=−0.085,p=0.026),抑うつ度が高い人は食品摂取の多様性が低いことがわかった.また,各食品群の摂取頻度と抑うつ度との関係では,果物の摂取頻度のみ有意な関係があるこ
とがわかり(β=−0.231,p=0.010),抑うつ度が高い人は果物の摂取頻度が低いことがわかった.
【結語】うつ状態の高齢者では,食品摂取の多様性および果物の摂取頻度が低いため,介護予防の観点から栄養指導が必要であると考えられた.今後は,縦断研究により食生活習慣と抑うつ度との因果関係について検討したい.
- II-5-7 15 : 30〜15 : 45
- 単身認知症患者におけるインフォームドコンセントの問題
- 佐藤隆郎(秋田県立リハビリテーション精神医療センター)
- 【目的】県立病院である当センターには,行政からの要請もあって,年間3 例程度,保護者のいない単身の認知症患者が入院する.当センターは,基本的にリハビリテーション科と精神科の2 科のみの病院であり,内科の診察は循環器科医によ
る週1 回の診察だけである.重篤な身体疾患に関しては他院を受診することにしているが,理解力の低下した単身の認知症患者については,治療についてのインフォームドコンセントが問題となる.当センターで,治療を強固に拒否した単身の
認知症患者で,他院受診を断念した症例に関して,インフォームドコンセントの問題を考察した.
【倫理的配慮】個人が特定されないように,病歴の一部を抽象化した.
【症例】63 歳男性.最終診断:水頭症による認知症(疑診)生活歴:金属会社で27 年間働いた.結婚歴なし.他県に姉がいるが交流なし.現病歴:不詳の部分が多い.40 代に窃盗で2 回逮捕された.55 歳時身の回りのことが全然できず,
生活保護の受給を開始した.X−1 年役所まで歩いて来て金の無心をした.もっぱらコンビニの弁当で生活.X 年8 月食欲不振あり.8 月29 日閉塞性黄疸でA 病院入院.閉塞性化膿性胆管炎の診断で治療され,11 月15 日退院.単身生活は困
難として役所職員同伴で11 月21 日当センター初診.
【初診時所見】記憶障害,見当識障害,計算障害,構成障害,保続あり,HDS-R 11 点.尿失禁あり.後方突進現象が陽性であったが,小刻みでなく歩行は安定していた.
【検査所見】頭部CT:両側側脳室,第3 脳室の著明な拡大.第4 脳室の拡大は目立たず.脳血流シンチグラム:前頭葉,側頭葉,頭頂葉の広汎な領域で著明な集積低下.Frontal AssessmentBattery(日本語版)6 点.
【治療経過】本人の保護を主目的として,初診日に即入院とした.本人の治療に同意する能力はないと判断して,唯一の親族である他県在住の姉に連絡したところ,本人との関わりを拒否したため,市町村長同意の医療保護入院とした.入院10 日
目ころから,患者は主治医の診察を一切拒否した.心理検査は,患者が「帰れ」と心理士にどなったために断念した.脳血流シンチグラムの際にはジアゼパム10 mg の静注を行った.頭部CT のフォローは,患者が移動しようとせず断念.画像所
見から水頭症が強く疑われたが,腰椎穿刺は鎮静が必要だが患者に対する利益よりも危険の方が大きいと考えて,精神科では施行しなかった.役所に手術が必要かもしれないと連絡したところ,手術については関与しないとのこと.結局,おそら
く罹病期間が長いことと,脳血流が低いことから,認知症症状の治療可能性が低いと推測して,脳外科の強制的な受診には踏み切らなかった.全身状態に大きな変化なく,X+1 年退院して施設に入所した.
【考察】今回の場合,他院受診及び治療に誰が同意するのかが問題であった.入院への関与を拒否した姉から治療の同意を得ることは不適切と判断した.また,市町村長からの治療の同意は,一般的には行われていない.成年後見制度は,元来財産を管理/処分することに関する制度であり,治
療への同意は想定されていないものと考えられる.患者の同意がない状況でも,複数の医師の合議により患者の利益となると判断されれば治療を行うシステムの病院があるが,当センターにはそのようなシステムは整備されていない.治療を拒否
する単身認知症患者の身体疾患については,今後治療の必要性が討論されることが望まれる.その際には,議論が複雑になるが,認知症の状態と,身体疾患の生命への危険性/治療可能性も考慮されるべきである.