7月1日 スバル 5F ポスター展示

症例報告(1)

座長 :  小林克治 ( 金沢大学大学院医学系研究科脳情報病態学 )

PC-1  10:00-10:10

一過性の運動障害を呈しprobable DLBと診断した2症例

嶋田兼一1),寺島 明1),石井一成2),吉原育男1),大川慎吾1)

1) 兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室,2) 兵庫県立姫路循環器病センター放射線科
【はじめに】
レビー小体型認知症(DLB)は,変動する認知機能障害,詳細で具体的な内容の幻視,特発性パーキンソニズムを中核症状とした進行性認知機能障害を示す疾患である.DLBでは支持項目として,失神・繰り返す意識消失発作・自律神経障害・抑鬱・体系的な妄想などが報告されている.今回我々は,一過性の運動障害を呈し,臨床経過・画像検査からprobable DLBと診断した2症例を報告した.一過性の運動障害を示す疾患として,DLBの鑑別が必要であると考えられた.
【症例】
症例1 
82歳男性 81歳頃より物忘れが出現した.82歳頃より,一過性の両ないし単下肢不随意運動・構音障害・歩行障害が繰り返し出現するようになった.急性期頭部MRI・脳波は著明な異常なかった.MMSE24・ADAS19.3,頭部MRIにて両側海馬萎縮あり,IMP-SPECTにて後頭葉を含む瀰漫性大脳血流低下がみられた.MIBG-SPECTでは心臓/縦隔比の低下を認めなかった.精査入院中,認知機能の変動・幻視・錐体外路症状を認め,probable DLBと診断した.
症例2 
73歳男性 72歳時に24時間で消失する一過性の突進歩行が出現,近医受診にて多発性脳梗塞・パーキンソン症候群との診断を受けた.発作性歩行障害から3週間後,数日にて軽快する異常行動が出現し,当科受診した.MMSE28・ADAS6.3,頭部MRIにて右頭頂葉皮質・皮質下に出血性脳梗塞,多発性ラクナ梗塞・瀰漫性大脳萎縮を認めた.MRAでは右内頚動脈に50%の狭窄性変化を認め,脳波は著見なかった.IMP-SPECTにて後頭葉を含む瀰漫性大脳血流低下,MIBG-SPECTでは心臓/縦隔比の低下を認めた.脳血管障害として外来加療中,一過性の異常行動を繰り返した.変動する認知機能障害・パーキンソニズムを呈することからprobable DLBと診断,アリセプト投与開始,異常行動は消失した.
【考察】
症例1は一過性・再発性の歩行障害・構音障害を呈しており,当初脳血管障害・癲癇が疑われた.初診時病歴では,認知機能の変動・幻視・パーキンソニズムは明らかでなかったが,いずれも経過中に出現した.IMP-SPECTは,後頭葉を含む広範な大脳血流低下を示しており,DLBが示唆された.
症例2は一過性の突進歩行で発症,急性期の頭部画像所見は多発性ラクナ梗塞を認めるのみであった.異常行動出現後に撮像した頭部MRIは右頭頂葉に梗塞巣を認め,脳血管障害・遅発性癲癇が疑われた.アリセプト投与後,異常行動は消失した.IMP-SPECT・MIBG-SPECTはいずれも,DLBを示唆する所見であった.DLBは持続性進行性のパーキンソニズムを示すが,一過性ないし再発性の運動障害を示した報告はみられない.発作性の運動障害を呈する疾患として,DLBを鑑別する必要があると考えられた.

PC-2  10:10-10:20

レビー小体型認知症が疑われ、薬剤性頸部ジストニア(antecollis)がみられていた2症例

大原一幸,高長明律,西井理恵,西川慎一郎,守田嘉男

兵庫医科大学精神科神経科
【はじめに】
レビー小体型認知症(DLB)の診断基準の示唆症状の中に,抗精神病薬への過過敏性が挙げられている.抗精神病薬による過過敏性は幻覚妄想状態の悪化や悪性症候群様症状の出現をさす.今回我々は,DLBと考えられる症例に対して非定型抗精神病薬が投与され一過性に頸部ジストニア(antecollis)を呈していた症例を経験した.若干の考察を加え報告する(なお本症例報告は,個人情報に留意し,一部改変を行なった).
【症例1】
年齢は70歳代後半 女性 右利き.はっきりとした人間の幻覚が出現し,夜間せん妄状態となるため近所の私立病院に入院.クエチアピン(25mg)2錠が投与されたが幻覚症状は改善しなかった.約1ヶ月後,頸部が前屈し始め,次第に顕著となった.そのため当院初診となった.受診時,長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は14点.著しい時間の失見当識,健忘,構成障害がみられ,「孫がいる」「座布団を被っている」と幻視を訴えた.神経学的には軽度の筋固縮がみられたのみ.頭部MRIでは硬膜下水腫がみられたが,そのほかには内側側頭葉の萎縮も顕著ではなかった.脳血流シンチでは,頭頂-側頭-後頭葉に血流低下がみられた.2ヶ月後施設入所となったが,入所後クエチアピンが中断され,幻覚の訴えはみられるものの首下がりは無くなったと家族から報告された.
【症例2】
年齢は70歳代前半 女性 右利き.受 診の2年前より記銘力障害が出現.次第に,娘を誤認したり,人物(お爺さん)の幻覚がはっきりと出現するようになった.そのため近くの精神科病院を受診.DLBを疑われ,夜間の興奮に対してリスペリドン1mgが処方された.その後次第に頸部の首下がりが出現したため,当院受診となった.受診時HDS-Rは18点であり,構成障害,注意障害が顕著であった.意識障害は明らかではなかったが,眼の前の娘を認識できなかったり,人物や動物の幻視を訴えた.ドネペジルを投与するも症状は改善せず,夜間せん妄状態となるため約3ヶ月間当院入院.夜間せん妄のない昼間でも覚醒・注意の変動があった.頭部MRIでは軽度のび漫性萎縮がみられ,脳血流シンチでは頭頂-側頭-後頭葉に血流低下がみられた.入院後,せん妄に対して極少量のリスペリドンから使用開始し,次第に首下がりは消失した.
【考察】
本2症例は,McKeith らによる改訂されたDLBの診断基準の中核病像を2つ以上有しており,probableDLBと診断しうる.診断の示唆症状として抗精神病薬への過過敏性が記載されているが,首下がりなどのジストニア症状として抗精神病薬の過敏性が出現する可能性があるものと考えた.

PC-3  10:20-10:30

若年発症のFTD(Pick type)と考えられた一例

吉原育男1,2),山根有美子2),青木信生2),田淵実治郎2)
山本泰司2),保田 稔2),前田 潔2)

1) 兵庫県立姫路循環器病センター高齢者脳機能治療室,2) 神戸大学医学部附属病院精神科神経科
【はじめに】
今回われわれは,26歳発症という極めて早い発症のFTD(pick type)の一例を経験したのでここに報告する.
【倫理的配慮】
本人,家族に症例報告の同意を得,匿名性に配慮した.
【症例】
28歳,男性,JRの運転士
【診断】
FTD(pick type)
【家族歴】
娘はダウン症,父方従弟がうつで自殺
【生活歴】
地元の公立小,中学校を卒業.小学校では少年野球チーム,中学高校では軟式野球部に所属し活発であった.高卒後,JRに就職.3年後,運転士に昇格した.22歳で結婚し,翌年第1子出生.真面目で優しく,子供の面倒もよくみていた.
【現病歴】
平成X−2年(26歳時)より職場で他人の弁当を勝手に食べることがあり,“変わった奴”と噂になる.同年秋,友人が不審に思い本人を呼び出して咎めたが,本気にもせずすぐにその場を立ち去った.家庭では何度も手洗いする,水道やガス栓の確認を頻回にするようになった.次第に子供の面倒をみなくなった.平成X−1年から運転士の定期試験に受からず,内勤に異動. 妻の判断で大学病院精神科受診し神経症を疑われた.別のクリニックでは統合失調感情障害と診断され,抗精神病薬を処方された.同時期,日に何度も入浴したりハンバーガーを何度も買いに行くことが続いた.  X年,家族から禁止されていたにも関わらず一人で車で出かけ追突事故を起こしそのまま逃走.妻と警察に出頭したが,ダンスを踊り反省する様子は全くなかった.行動の抑制がきかず,退行的言動が著しいため精神科病院に入院となった.約半年の入院治療も症状の改善認めず,精査目的で当科に転院となった.
【治療経過】
MMSE28点.MRIでは前頭葉皮質の萎縮を認め,IMP-SPECTでは前頭葉から前部側頭葉にかけて血流低下著明.神経学的異常所見は認めず.また,家族の同意を得て遺伝子検査も施行した. 突然駆け出す,奇声を発しながらベッドの上で飛び跳ねる,女性看護師に抱きつくなどの逸脱行為のため隔離・身体拘束を余儀なくされた.一貫して多幸的で処遇に対する不満も無い様子.会話は表層的で,毎回全く同じ内容の話を繰り返す.分単位までこだわる時刻表的生活も認めた.  脱抑制・異常行動に対し,入院5週目よりfluvoxamineの投与を開始.150mg/dayまで増量したところ,入院10週目までNPIによる評価で明らかな改善を認めた.しかし,その後の症状は治療前と大きな差異なく,長期的治療のためX+1年,他院に転院となった.
【考察】
FTDの診断的特徴を全て満たすことと画像所見から,FTD(pick type)と診断した.潜行性の性格変化は26歳から始まったと考えられる. FTDの脱抑制・異常行動に対しfluvoxamineが有効であるという報告があるが,本症例においても一時的な改善を認めた. 尚,発表当日は当科で経験した別の若年発症のFTDの一例についても言及しながら,若年FTDの特徴について述べる.

PC-4  10:30-10:40

フルボキサミンとクエチアピンが多動性に有効であった若年発症前頭側頭型認知症の1例

勝瀬大海2),古川良子2),網野賀一郎3),平安良雄2)

1) 横浜市立大学附属市民総合医療センター精神医療センター
2) 横浜市立大学医学部精神医学教室,3) 精神医学研究所附属東京武蔵野病院精神神経科
 29歳時発症の前頭側頭型認知症(FTD)例の治療経験を報告する.多動性および長時間反復する常同行為が在宅での主たる介護負担となっており,薬物療法を開始した.フルボキサミン(FLVX)が多動性・常同行為に対して部分的な効果を示したものの,消化器症状により減量を余儀なくされた.その後,クエチアピン(QTP)の追加投与により,多動性の改善とともに常同行為の時間は減少し,介護上の負担は減少した.FTDにみられる行動・精神症状(BPSD)に対しては,セロトニン再取り込み阻害薬が有効であるとする知見が集積されつつある.
 本症例においても,多動性・常同行為に対してFLVXが部分的に有効であったが,QTPを併用することにより,さらに行動面における改善が確認された.QTPはFTDにみられるBPSDに対して有用である可能性が示唆された. 倫理的配慮;本症例報告は,個人情報に留意し,一部改変を行い,書面にて患者家族の同意を得て行った.
【参考文献】
小田原俊成ほか:フルボキサミンとクエチアピンが多動性と常同行為に有効であった若年発症前頭側頭型認知症の1例.老年精神医学雑誌16:1403-1408,2005

症例報告(2)

座長 :  中村 祐 ( 香川大学医学部精神神経医学講座 )

PC-5  10:40-10:50

tamoxifenによりうつ病相の遷延化した一症例

伊藤賢伸,馬場 元,川島立子,新井平伊

順天堂大学医学部精神医学教室
【目的】
近年悪性腫瘍に伴ったうつ症状については,リエゾン精神医学の観点から多く検討されている.特に乳癌は,女性に多く見られ,抑うつを呈する症例はいくつか報告されている.その原因については,はっきりとしていないが,罹患や手術に対する心因反応の他に,外見の変化によるself-esteemの低下や,ホルモンの影響などが考えられている.また,再発予防の抗がん剤としてtamoxifenなどの抗estorogen剤が投与されることが多いが,それにより,抑うつ状態の増加することが指摘されている.今回うつ病の既往のある患者が,乳癌手術後にtamoxifen投与され,その後精神病症状を伴う重症のうつ病を呈し,遷延化した症例を経験したので,報告する.
【倫理的配慮】
今回の報告は症例報告であるため,患者の匿名性に配慮し,個人情報には若干の訂正を加えた.また,Tamoxifenの中止に当たっては,投与した外科医に連絡し,乳がん再発の可能性が低いことを確認し,本人家族にTamoxifenを中止することの危険性について十分な説明を行ったうえで,了承を得た.
【結果】
入院後半年以上にわたり,寛解にいたらず,外泊も困難な状態が続いていた.Fluvoxamine,Miancerin,Milnacipranなど十分量,6週間以上にわたり使用したが,症状の改善は得られなかった.その後外科医と相談の上,Tamoxifenを中止し,4週間ほど経過をみた.抗うつ薬はMiancerin 60mg,Milnacipran 100mgで変化させなかった.評価はHamiltonうつ病評価尺度で行った.中止直前は22点であったが,中止後1ヶ月で7点まで減少した.看護師や家族の評価もよく,外出し,笑顔が認められるようになった.
【考察】
Tamoxifen中止後,うつ病の症状の改善が認められた.今回の報告は症例報告であり,Tamoxifenとうつ病の重症化,遷延化について因果関係を認めるかどうかは今後の大規模研究を待たなければならない.また,Tamoxifenがどのようにうつ病と関連しているのかについては,図のようないくつかの仮説があるが,まだはっきりしたことはわかっていない.しかし,Tamoxifenがうつ病と関連している可能性は示唆された.

PC-6  10:50-11:00

音楽性幻聴に対する治療経験;−老年期発症の2症例について−

田中絢子,柳田 浩,荻野あずみ,宇田川至
関野敬子,森岡悦子,岡崎味音,山口 登

聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室
感覚器の機能低下が生じる老年期においては幻覚や妄想といった精神障害が合併しやすいとされている.音楽性幻聴は聴覚障害を有する高齢女性に多く,その中でも脳器質性変化や社会環境・心理的要因がその発症に強く関係することが従来より報告されている.今回我々は老年期初発の音楽性幻聴を主訴に入院した2例について報告する.本学会で発表する旨を説明し書面で同意を得た.
【症例I】
78歳 女性 主訴;「お経が聴こえる」→「パズラーが問題を出す」既往歴;左耳下腺腫瘍 家族歴;なし  合併症;顔面神経麻痺・眼瞼下垂 現病歴;独居.X年2月「お経が聞こえる」といった幻聴が出現,近医精神科受診.抗うつ薬など処方されるが軽快せず,次第に「問題です」と繰り返し「パズラー」から聞こえてくるようになり,8/ 14当院精神科受診.risperidone処方するも改善せず,10/4精査加療目的にて入院となった.入院後olanzapine投与開始とし増量とともに幻聴体験は軽快.多少の幻聴が残存するものの「自分で作っている声なんです」と病識が窺えた.また,他患者との交流・実際のパズルを解くなど外界に注意を向けることで更に幻聴が軽減.その後は独居生活への不安を訴えたため,本人希望により施設入所決定し12/2退院となった.
【入院後検査所見】
長谷川式簡易知能評価スケール(改訂版)HDS-R得点;29/30   WAIS-R;言語性IQ92・動作IQ92・全検査IQ91  EEG;8〜9Hzの低振幅なslowαがびまん性に出現 聴力検査;両側40dBの感音性難聴 頭部MRI;年齢相応の脳萎縮性変化 SPECT;左側頭葉・両側後頭葉の血流低下
【症例II】
83歳女性 主訴;「お経がうるさいんです」 既往歴:加齢性黄斑変性症・甲状腺癌・遊走腎 家族歴;なし 合併症;高血圧・高脂血症 現病歴;独居.新興宗教に信心している.X−1年12月転居を契機に上記主訴出現.不眠・食欲低下を認めX年3/24当院精神科受診.risperidone内服するも嘔気にて中断.sulpiride及び perospirone に切り替えるも効果不十分.olanzapineに変更し幻聴は軽減するも,独居生活への不安を訴えたため8/30にN病院へ転院.その後転居などの環境調整施行し幻聴消失した.
【入院後検査所見】
HDS-R得点;29/30 WAIS-R;言語性IQ83・動作IQ103・全検査IQ91 EEG;8〜9Hzの低振幅なslowαがびまん性に出現 聴力検査;両側40dBの感音性難聴 頭部CT;陳旧性のラクナ梗塞,年齢相応の脳萎縮性変化 SPECT;両側頭頂葉から側頭葉の血流低下
【まとめ】
両症例とも音楽性幻聴の特徴を有し,olanzapineと環境調整的アプローチが奏功している.薬理学的プロフィールとし前頭前野でのACh放出促進作用が認知機能の改善に関与した可能性が推測された.本症例を通して老年期初発の音楽性幻聴においては,聴覚機能変化,脳機能・器質的要因,高齢者の社会環境要因が複雑に関与していると考えられる.そのため治療面では新規抗精神病薬と同時に環境調整的アプローチが有用であると考えられた.

PC-7  11:00-11:10

純粋無動症とアルツハイマー型認知症の姉妹例(Tauopathyの姉妹例)

野倉一也,東 文香,牧浦葉子,山本\子

藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院神経内科
【はじめに】
最近神経変性疾患の一部について分子医学的観点からTauopathy とα- Sinucleinopathy に分けて論じられる事がある.われわれは姉妹で同じTauopathyに属すると考えられる2疾患と考えられるが神経症候的には際立った対比を生じている姉妹例を経験したので報告する.
【症例】
患者は2歳違いの姉妹例であり,それぞれ80,78歳である.姉は乳癌手術の既往があり5年前より,すくみ足と小歩を主とした歩行障害が出現,最近両側眼瞼痙攣を合併している.この歩行障害にはレボドパ製剤は奏功せず,また投薬の変更とは関係なく軽微な寛解増悪を繰り返している.経過中に明らかな眼球運動障害や核上性眼球運動障害はなく,上半身には明らかなパーキンソン症候も有さず,特徴的な歩行障害から純粋無動症と診断した.長谷川式痴呆診査スケ−ルでは26点であるが性格は明るく,活動的である.頭部MRIでは軽微なラクナ梗塞,MIBG心筋シンチではパーキンソン病は否定された.妹は78歳であり,姉と同じ女学校を卒業しているが成績はきわめて優秀であった.3年前より記憶障害が出現し徐々に増悪中である.H16年には長谷川式痴呆診査スケ−ルでは16点であり最近は14点,特に近時記憶障害がある.その他の高次機能では地誌的な記憶障害があり,しばしば外出先から帰宅が困難であった.神経学的には正常でパーキンソン症候群はない.性格はきわめて鷹揚で明るく,自らの認知障害に対してほとんど悩んでいない.しかし常に指摘されていることもあり,記憶障害の自覚がある.頭部MRIは萎縮が主体であり,SPECTでは前頭側頭葉を主体として血流低下が認められた.
【心理社会的背景】
この姉妹は大変仲が良く,特に姉が夫を亡くしてからは行動をともにすることが多かった.しかし,妹が姉の宅に迎えに行くことが最近困難になった.途中で姉の宅にいくことを健忘してしまうかららしい.姉は運動障害が主体で妹の手助けがあれば(ちょっと手を引いてもらうだけで歩行がスムーズになる)歩行が可能で,一方姉は妹の低下した記憶を補って余りあり二人で旅行に出かけることが可能であった.現在でも妹の夫の助けで仲の良い姉妹がお互いに協力しあって病院受診もし,生活を楽しんでいる.
【考察】
姉は純粋無動症であり進行性核上性麻痺の類縁ないしは同疾患であり,妹はアルツハイマー型認知症であり,もし診断が正しければ両者は同じ疾患群であるTauopathyで説明できる.厳密には両者で蓄積するTauの種類は異なるが,ところでこの姉妹例の興味深いのは神経症候学的なphenotypeが異なるためにTauopathyでありながら助け合って仲良く生活ができている点にある.

PC-8  11:10-11:20

道順障害とretrosplenial amnesiaを伴ったMarchiafava-Bignami病の1例

石川博康1),菅原純哉1),清水徹男1),下村辰雄2)

1) 秋田大学医学部精神科,2) 秋田県立リハビリテーション・精神医療センターリハビリテーション科
【緒言】
Marchiafava-Bignami disease(MBD)はアルコール多飲者や栄養障害者に生じる特異な疾患で,脳梁に限局した脱髄病変を生じる疾患と報告されている.近年多くの報告がなされるようになったが,病態は依然不明である.臨床症状では運動失調や意識障害や痙攣の他に,幻覚や痴呆を生じることが指摘されている.我々は長期大量飲酒の患者において,せん妄と異常行動で発症し,retrosplenial amnesiaと考えられる健忘症候群と道順障害を呈する臨床像を経て軽快に至ったMBDの1例を経験したので報告する.
【症例】
X−2に退職した後,朝食と昼食をほとんど摂らず,夕食はおかずとワイン1瓶という生活を続けていた.X年10月26日より断酒した.11月10日急に行動にまとまりを欠くようになり,不要な物を買い込む,車を車庫に入れられない,携帯電話をテレビにかざし「念力を受けている」と言う,等の行動変化がみられた.同日の夜に「仕事に行く」と言って家を出て行こうとした.妻の判断で11月11日に当院精神科を初診,アルコール離脱せん妄が疑われ入院となった.
【入院時現症】
神経学的には手指振戦と軽度の失調歩行を認めた.精神医学的には幻視,幻聴,電波体験,記憶見当識障害,作話,道順障害などを認め,病識は著明に低下していた.MMSEは17,NPIは41であった.
【検査所見】
末血,生化学検査では軽度低蛋白血症とγGTPの軽度高値以外に異常は無し.vit B1,vitB12,葉酸は正常範囲内であった.脳波検査では9Hzの基礎波を認めた.
【入院後経過】
失調歩行からウェルニッケ脳症を疑い点滴静注及び内服にてサイアミンの投与を開始しが,せん妄は悪化した.行動にまとまりを欠き,失禁,易怒性,帰宅要求が目立った.12月13日にはMMSE13点,NPI60と認知機能,精神症状とも悪化した.詳細な認知機能の評価は不可能であったが,10分前の会話を覚えていないなどの前向性健忘,20年以上前の生活圏にいると主張する逆向性健忘,自室や病棟までの道順や方向を想起できないなどの道順障害が認められ,病識は欠如していた.12月13日よりリスペリドン1mg/日を開始した後せん妄は改善傾向となり,MMSEは1月5日には22点,1月19日には29点と改善した.せん妄の回復過程では健忘症候群と当惑作話が目立った.せん妄が改善した後の神経心理学的検査ではごく軽度の記憶障害を認める以外,認知機能障害はみとめられなかった.頭部MRIでは,11月24日に両側脳梁膨大部の下部に限局したT2WI及びFLAIRで高信号を呈する異常信号を指摘でき,1月12日には脳梁病変の一部がDWIで高信号を呈し,3月9日には脳梁病変の一部に改善が見られた.MRIで左右対称性に脳梁病変を認めたことからMBDと診断した.
【考察】
本症例は急激にせん妄が出現し,経過中道順障害と健忘症候群を呈したが,最終的にはほぼ認知機能障害を残さず改善した.脳梁膨大部の下部は脳梁膨大後域と接しており,脳梁膨大部に脱髄が生じたことで脳梁膨大後域に一過性の機能障害を来たしたともの考えた.また,本症例の脳梁病変は脳梁膨大部の下部に限局し指摘が困難であった.限局した脳梁病変を見逃さない為にはFLAIR像や冠状断,矢状断が有用と考えられた.

リエゾン

座長 :  白川 治 ( 神戸大学大学院医学系研究科環境応答医学講座精神神経科学分野 )

PC-9  11:20-11:30

広島大学病院総合診療科リエゾン心療チームによる入院高齢患者への精神的ケア

山下美樹1,2),佐伯俊成1),萬谷智之2),大園秀一2),山脇成人2),田妻 進1)

1) 広島大学病院医系総合診療科,2) 広島大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経医科学
【背景と目的】
広島大学病院(以下当院)では,総合診療科を窓口として精神科医6名からなるリエゾン心療チームが入院患者に対するコンサルテーション・リエゾン精神医療活動を行っている.その依頼患者を70歳以上の高齢者群,69歳から40歳の中高年群,39歳以下の若年者群の3群に分け,それぞれに特有な傾向について解析し,高齢者への精神的ケアの方略を検討する.
【対象と方法】
2005年4月から2006年1月までの10ヶ月間に当院総合診療科へ診察依頼のあった身体科入院患者325例(高齢者群76例,中高年群154例,若年者群95例)を対象として,依頼科,精神科診断,Performance Status,がん患者の割合,転帰などについて後方視的に調査した.
【結果】
各群において性別の構成が大きく異なっており,男性の占める割合が高齢者群61.8%,中高年群59.7%,若年者群41.1%となっていた.依頼科は高齢者群では外科44.7%,内科23.7%と,この2科で68.4%を占めていたが,中高年群では外科24.7%,内科38.3%で代わりにICUが14.3%となっており,若年者群では外科6.5%,内科23.2%,ICU34.7%とICUの割合の多さが目立った.精神科診断では高齢者群はせん妄が38.2%と最も多く,ついで適応障害(25.0%)の順であったが,中高年群では適応障害(24.0%),せん妄(21.4%),通常反応(15.6%)と疾患にばらつきがあり,若年者群では適応障害が44.2%と半分近くを占めていた.また,自殺企図により入院となった患者の占める割合が高齢者群3.9%,中高年群11.0%,若年者群32.6%と若年者群に多いことがひとつの特徴であった.Performance Statusの面からはADLに影響のない人の割合が若年者群75.8%,中高年群63.0%,高齢者群46.1%と年齢が高くなるにつれて減少しており,逆に転帰までの日数は若年者群16.4日,中高年群19.7日,高齢者群25.9日と年齢が高くなるにつれて長くなっていた.がん患者の占める割合は高齢者群47.4%,中高年29.9%,若年者群6.5%と大きな差を認めたが,がんの病名開示率は高齢者群80.6%,中高年群82.6%,若年者群100%となっていた.
【結論】
当院総合診療科で行っているコンサルテーション・リエゾン精神医療活動において,紹介となる患者のうち70歳以上の高齢者における傾向を調査した.高齢者群でせん妄の割合が多いことは,一般的に高齢者にせん妄が出現しやすいことに合致しており,外科からの紹介が多いことは,術後にせん妄が出現しやすいことを反映していると考えられた.また,せん妄のようにコミュニケーションがとりにくい患者やADLに影響のある患者が多いことから,患者・家族のみならず病棟スタッフにかかる負担も大きく,精神科医の定期的な関わりを求めるニーズが大きいことがわかった.がん患者の占める割合が半分近くとなっているが,病名開示率は若年者群に比べて低くなっており,治療の進行や身体状況の悪化に伴い精神的ケアを要する状態になる可能性が高く,当院で行っている緩和ケアチームの活動と連動しながらサポートを行っていく必要性があると考えられた.

PC-10  11:30-11:40

入院せん妄のリエゾン診療;2004年1年間のまとめ

今村達弥

新潟勤労者医療協会下越病院心療科
【はじめに】
当院は15科290床(療養病床42)の管理型臨床研修指定病院である.2004年1月より無床精神科として心療科が開設された.入院患者のリエゾン診療のうち,約半数はせん妄関連の依頼である.そこで今回,入院「せん妄」リエゾンについてまとめたので報告する.尚,今調査ではアルコール離脱せん妄は除いた.
【背景】
高齢者の入院にはせん妄の合併が多い.2004年当院に入院した70歳以上の骨折患者146例のうち,32%がせん妄によると思われる「不穏」状態を呈し,19%が抗精神病薬投与を受けた.また,当院の70歳以上の平均在院日数は,男性35日,女性44日と長い傾向にあるが,せん妄を合併するとさらに長期化する.せん妄への対応を適切に行うことは,身体疾患の治療,合併症防止,リハビリテーション,家族受け入れの促進などを進めていく上で重要である.
【方法】
2004年1〜12月の間に「不穏」などの理由で心療科リエゾン依頼があった症例について,せん妄の有無,原因,治療,転帰などについて分析する.尚,せん妄治療に抗精神病薬を用いる場合には,家族に口頭または文書にて説明し同意を得ている.
【結果】
1年間のリエゾンで男15,女26,計41人の「せん妄」依頼があり,平均年齢は80.6歳であった.39人がせん妄診断(アルコール離脱を除く)となり,24例が認知症のBPSDであった.70歳未満の依頼は稀(4例)であった.非認知症せん妄15例の診断内訳は,薬剤性2例,術後2例,終末期3例,その他のせん妄8例であった.身体疾患には,消化器疾患が多く,次いで骨折,脳器質性疾患などがあった.看護師による前兆症状の捕捉は5割に満たなかった.7割以上は入院から3日以内に発症している.死亡退院を除くと,非認知症せん妄11例の寛解率は約9割であったが,認知症に伴うせん妄23例の寛解率は約5割であった.9割に薬物療法が施行されたが,そのほとんどが非定型抗精神病薬あるいはミアンセリンの少量内服で対処し得た.発症からリエゾン依頼までの日数(依頼ラグ)が3日以内と5日以上で比較すると,鎮静薬注射日数が平均で1.2日vs5.4日,平均在院日数で50日vs136日と,依頼ラグが長い程,鎮静薬注射日数が多く,在院日数も長くなる傾向があった.また,入院時に認知症の評価がされていないと,有意に依頼ラグが長かった(9.6日vs26.6日).
【考察】
70歳以上の患者が,入院して3日以内に,多訴多弁・常同・焦燥などの症状を呈した時は,せん妄発症を考えるべきである.看護師にせん妄の前兆を捉える事を期待するのは無理がある.せん妄発症の準備因子として認知症の把握は重要である.早期に認知症の評価がされれば,心療科リエゾンを含め早期の対応が可能となる.非認知症せん妄は,適切な治療を行えば多くは寛解する.家族から病前の情報を入手し,予後について不要な心配を与えないようインフォームド・コンセントを得て治療を行えば,寛解後の家族の受け入れもスムーズとなると思われる.不穏の評価が正しくなされていないと,漫然と事後的にハロペリドール等の鎮静薬注射が施行され,身体疾患の治療やリハビリに支障をきたしていることが予想される.今後は,せん妄の早期発見についてスタッフ教育を行い,非薬物的治療を含めた対応を十分検討していき,合併症や入院長期化をできるだけ防いでいくことが必要と考える.

PC-11  11:40-11:50

総合病院における高齢者のせん妄治療

中西達郎1),阿部麟太郎1),永田智行1),青木公義1)
橋爪敏彦1),加田博秀1),笠原洋勇1),中山和彦2)

1) 東京慈恵会医科大学附属柏病院精神神経科,2) 東京慈恵会医科大学精神医学講座
【はじめに】
一般身体科から精神科へのコンサルテーションにおいて,せん妄の治療は,最も多い依頼のひとつである.せん妄の発現は身体治療の妨げになることが多く,せん妄が長期化することで,身体疾患の悪化や在院日数の延長など,影響は大きく,せん妄患者に対する早期発見,早期介入は病棟において重要課題となっている.当院は精神科病床をもたない総合病院であり,この研究は精神科にコンサルテーションされた高齢者のせん妄患者の背景を明らかにする目的で施行された.
【対象と方法】
当院にて,2004年11月1日より2005年4月30日までの6ヶ月間に一般身体科より精神科にコンサルテーションされた65歳以上の新患患者すべてに対して,精神科医がDSM-IV-TRを使用した面接を行い,せん妄の診断がついた30症例について調査した.調査項目は,年齢,性別,依頼科,基礎疾患,せん妄の症状,薬物療法の内容,コンサルテーションの回数,せん妄の治療期間である.
【倫理的配慮】
本報告は,個人情報の保護に留意し,個人が同定できるような情報は排除して行われた.
【結果】
せん妄患者は男性18例(60%),女性12例(40%)であり,平均年齢は74.8歳(男性73.7歳,女性76.4歳)であった.依頼科の内訳は,外科9例(29%),内科7例(23%),救急診療部5例(17%),CCU5例(17%)であった.基礎疾患は悪性腫瘍9例(30%),手術後7例(23%),心不全6例(20%),骨折4例(13%)であった.精神科依頼時のせん妄症状は夜間の不穏状態が22例(74%)が過半数を占めていた.せん妄の薬物療法に関しては,リスぺリドン内用液が22例(73%)に使用されており,平均使用量は1mgが最も多く54%に使用されていた.経口摂取できない症例に対してはハロペリドールが静脈内投与されており,平均使用量は5mgであった.コンサルテーションの回数は5回が6例(20%)で最も多く,5回以内が19例(63%)で過半数を占め,せん妄の治療期間(症状消失もしくは軽減)は平均22日間であった.
【考察】
今回の調査結果より,一般身体科では外科,内科(循環器)からのコンサルテーションが多く,せん妄発現時の身体状態としては,悪性腫瘍,手術後,心不全を多く認めた.これらの疾患の患者に対する早期アプローチの重要性が示唆され,早期介入により在院日数の短縮に寄与できる可能性もあると考えられた.また,依頼されたせん妄患者は,病棟で管理上の問題となりやすい過活動型のせん妄患者のみであり,活動低下型のせん妄は見過ごされている可能性が高く,活動低下型せん妄に対するアプローチは今後の課題とされた.せん妄の薬物療法に関しては,健康保険適応外となる非定型抗精神病薬が大部分の症例で使用されており,今後はこのことに関して患者,家族に対するインフォームドコンセントの問題も重要になってくると考えられる.

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座長 :  田中稔久 ( 大阪大学大学院医学系研究科精神医学講座 )

PD-1  10:00-10:10

アルツハイマー型認知症の病名告知に関する意識調査

鈴木貴子1),今井幸充2),佐藤美和子3),渡邉浩文4),本間 昭5),浅野弘毅6)
五十嵐禎人7),長田久雄8),小長谷陽子9),萩原正子10),六角僚子11)

1) 桜美林大学加齢・発達研究所,2) 認知症介護研究・研修東京センター,3) 桜美林大学大学院国際学研究科
4) 目白大学人間社会学部,5) 東京都老人総合研究所,6) 認知症介護研究・研修仙台センター
7) 東京都精神医学総合研究所,8) 桜美林大学大学院,9) 認知症介護研究・研修大府センター
10) 日本訪問看護振興財団,11) 茨城キリスト教大学
【目的】
昨今社会的な流れを反映して,情報の開示やインフォームド・コンセント(説明と同意)への国民の意識が高まりつつある. 本研究では,アルツハイマー型認知症患者への病名告知に対して,医師がどのような意識を持ち,告知を行っているかという実態を明らかにし,告知を促進あるいは阻害している要因を検討することを目的とした.
【方法】
1)先行研究で紹介されているアルツハイマー病告知に関する項目について,KJ法を行い項目を整理した.その結果を参考に,筆者らが必要と考えた項目を加え,「告知の判断」に相当すると思われる項目3項目,「告知への基本的な考え」に相当すると思われる項目14項目,「告知を行う条件」に相当すると思われる項目10項目,「告知のメリット・ディメリット」に相当すると思われる項目12項目,「告知を行わない条件・理由」に相当すると思われる項目18項目,合計57項目を作成した.
2)1)にて筆者らが作成した57項目について,2006年2月から2006年3月にかけて日本老年精神医学会会員のうち2,550名を,またタウンページに掲載されている内科開業医のうち県別構成比にあわせて2,450名を無作為に抽出し,計5,000名にアンケート用紙を郵送した.回答方法は,上記57項目について“1(非常にそう思う)”から“6(全くそう思わない)”の6件法で行い,それぞれ1から6点で配点した.
【倫理的配慮】
被調査者は全て無作為抽出により選出された医師であり,回収方法は,被調査者個人が特定されることのないよう無記名による郵送返却とした. また本研究を行うにあたり,認知症介護研究・研修東京センター倫理委員会の承認を得た.
【結果】
被調査者の内訳は,内科医359名,精神科医501名,その他117名の合計977名であり,回収率は19.5%であった.また男性は被調査者全体の86.3%となる843名,女性は全体の13.2%の129名,不明5名であった.また,被調査者の年齢は27歳から95歳と幅広く,平均年齢は52.82歳であった.  考案した57項目については,斜交解最尤法プロマックス回転による因子分析を行い,各因子おける得点間のピアソンの積率相関係数,KMO指数, Bartlettの球面性検定,Cronbachのα係数による検討を行った.詳細については,発表当日提示予定である.
【考察】
本研究では,医師を対象とした調査の中でも,ある程度高い回収率が得られたと考えられる.これは現在介護保険の実施などにより,アルツハイマー病告知が身近になってきていること,その一方で,未だにアルツハイマー病患者への病名告知がなかなか行われなかったり,行うことに抵抗が感じられるなど,医師夫々の関心の高さや背景が本研究に反映されていると予測された.

PD-2  10:10-10:20

軽症アルツハイマー病患者の微細脳電場構造(microstates)

吉村匡史1,2),Thomas Koenig 2),磯谷俊明1,3),柳生隆視1,4),延原健二1)
吉田常孝1),菊知 充2,5),入澤 聡1),杉本達哉1,6),南 智久1,7),中平暁子1)
鈴木美佐1),木下利彦1),Werner K. Strik 2),Thomas Dierks 2)

1) 関西医科大学精神神経科学教室,2) ベルン大学精神科精神神経生理学教室(スイス)
3) 亀廣記念医学会関西記念病院,4) 長尾会ねや川サナトリウム,
5) 金沢大学大学院医学系研究科脳医科学専攻脳情報病態学,6) 関西医科大学高度救命救急センター,7) 爽神堂七山病院
【目的】
今回演者らは,軽症アルツハイマー病(mild-AD)患者の微細脳電場構造(microstates)の特徴を評価する目的で,mild-AD患者と健常高齢者の脳波を用いた研究を行った.
【方法】
17名のmild-AD患者(男性5名,女性12名,平均年齢73.6±5.5歳)と17名の健常高齢者(男性8名,女性9名,平均年齢70.3±8.9歳)が本研究に参加した.診断にはNINCDS-ADRDA及びDSM-?を,重症度判定にはFunctional Assessment Staging(FAST)を用い,本検査のStage-4の基準を満たすものを軽症と判定した.全対象から,19誘導(国際10/20法)の安静時自発脳波を約5分間記録した.記録したデータのうち,視察的にアーチファクトの混入を認めない一対象あたり計20秒間(10エポック)の脳波データを,エポック毎に128/秒のサンプリング周波数にてAD変換した.得られた電位値の行列(19×256)を平均基準電極波形に変換し,2-20 Hz のフィルターを通したデータをmicrostate analysisにて解析した.頭皮上から記録される脳電場は,一定の類似した電場構造が持続した後に急速に他の電場構造に変化するといった経過を示す.このようなほぼ安定した電場構造が連続して出現する区間はmicrostateと呼ばれ,脳機能の最小単位を担う電気的最小単位と考えられている.本手法(microstate analysis)では,全ての脳波データに空間的クラスターリングを用いることにより,class A-Dの4種類のmicrostate(図)を得た.更に,各microstateの平均持続時間(duration),平均出現回数/分(occurrence),百分率(contribution)を算出した.両群間でのmicrostateの形状の比較にはTANOVAを用いた.duration,occurrence,contributionの比較には,各変数に関して,群(mild-AD患者と健常高齢者の2群)とmicrostate class(A-Dの4 class)を因子とするrepeated measures two-way ANOVAを行い,因子間で有意な交互作用を認めた際にはpost hoc t-testを行った.
【倫理的配慮】
研究実施にあたり,患者本人とその家族,健常高齢者本人に対して本研究に関する説明を十分に行い,文書にて同意を得た.
【結果】
class B,Dの形状において両群間で有意差を認めた.mild-AD患者のclass Aのcontributionが健常高齢者に比して有意に増加,class Cのcontributionは有意に減少していた.また,mild-AD患者のclass Cのdurationが健常高齢者に比べ有意に短縮していた.
【考察】
両群間でのmicrostateの形状の差異は,mild-AD患者の脳器質的変化を反映する可能性があると考えられた.contributionに関する結果は過去の報告と一致していた.mild-AD患者のdurationの短縮は,脳内情報処理過程の障害を示唆するものと推測された.更に,class Cは脳機能の安静状態を反映すると考えられており,そのdurationの短縮は,mild-AD患者が健常高齢者に比して緊張の高い状態にあったことをも示す可能性があると考えられた.

PD-3  10:20-10:30

アルツハイマー型認知症患者の不安と局所脳内糖代謝の関連について

橋本博史1),David L. Sultzer 2),河邉譲治3),甲斐利弘4)
秋山尚徳1),片岡浩平1),井上幸紀1),切池信夫1)

1) 大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学,2) UCLA Department of psychiatry and Biobehavioral Sciences
3) 大阪市立大学大学院医学研究科核医学,4) 大阪市立総合医療センター精神神経科
【目的】
アルツハイマー型認知症(DAT)患者において,不安症状はしばしばみられ,介護者に多大な負担をもたらすため,臨床上重要である.これまでの神経画像研究で扁桃体や大脳辺縁系など側頭葉内側部が不安障害の病態生理に関連していることが示唆されている.今回,我々はDAT患者の不安症状と局所脳内糖代謝の関連性について検討した.
【方法】
対象はNational Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke - Alzheimer’s Disease and Related Disorders Association(NINCDS-ADRDA)でprobable Alzheimer’s Diseaseと診断された41名である.安静時に[18F] fluorodeoxyglucose(FDG)-PET検査を施行し,局所脳内糖代謝を測定した.不安症状の評価はNeuropsychiatric Inventory(NPI)の不安項目を用いて行った.統計学的脳画像解析ソフトStatistical Parametric Mapping(SPM)2を用いて,DAT患者脳内局所脳代謝と不安スコアの相関について検討した.認知機能の評価はMini Mental State Examination(MMSE)を用いておこなった.
【倫理的配慮】
本研究の内容については,本人および家族に十分に説明した上で,文書にて同意をえた.
【結果】
NPIの不安項目のスコア(頻度×重症度)と安静時の両側前部海馬傍回,嗅内皮質および左側上側頭回,島における糖代謝の間に有意に負の相関を認めた.これらの負の相関はMMSEの値で調整するためにANCOVAを用いても有意であった.NPIの不快/抑うつ項目のスコアで補正したところ,不安スコアが高いほど右側の海馬傍回,嗅内皮質における代謝が低下している傾向がみられた.一方,不安スコアと脳内糖代謝の間に正の相関はみられなかった.
【考察】
今回の結果から,DAT患者における不安症状の発現に,両側側頭葉内側部の糖代謝の低下が関連している可能性が示唆された.また,側頭葉・大脳辺縁系における機能障害が疾患に関わらず,不安症状と関連していると考えられた.

PD-4  10:30-10:40

家族性高脂血症原因遺伝子(PCSK9,USF1)とアルツハイマー病発症との関連

柴田展人1),大沼 徹1),東 晋二1),東麻衣子1),臼井千恵1),大久保拓1)
渡邊朋子1),川島立子1),北島明佳1),植木 彰2),長尾正嗣3),新井平伊1)

1) 順天堂大学医学部精神医学教室,2) 自治医科大学附属大宮医療センター神経科,3) 長尾病院精神科
【はじめに】
近年,アルツハイマー病(AD)発症と脂質代謝異常との関連が注目を集め,高脂血症治療薬のADの症状抑制効果についても疫学的に報告されている.遺伝学的にはApolipoprotein E4 (Apo E4)がAD 発症の危険因子として認識されているが,他の脂質関連遺伝子についてはこれまでのところ有意な報告はあるが,Apo E4 のような共通した結果は得られていない.Upstream stimulatory factor 1(USF1)とProprotein convertase subtilisin/kexin type 9(PCSK9)は家族性高脂血症原因遺伝子として注目されている.特にUSF1はβ-amyloid precursor protein(APP)との関連も強く,Aβ産生への関与も示唆されている.血清脂質とAD発症の疫学的な関連性については未だコンセンサスが得られていない.今回我々はUSF1およびPCSK9遺伝子多型(SNP)がAD発症およびAD症例における血清脂質に与える影響について検討した.
【対象】
対象は演者らの所属する医療機関の外来および入院患者で,NINCDS-ADRDAによって臨床的に診断されたAD236症例と,年齢をマッチングさせた健常対照者120例である.AD80症例については血清総コレステロール値を得ている.対象者には本研究の主旨,目的について十分説明し,文章による同意を得た.またAD症例については本人及び家族から同様にして同意を得た.尚,本研究は順天堂大学医学部倫理委員会の承認を受けている.
【方法】
対象者の末梢静脈血を採取し,標準的方法により白血球からgenomic DNA(gDNA)を抽出した.USF1遺伝子上の3つのSNPおよびPCSK9遺伝子上の2つのSNPの決定はPCR-RFLP法により行った.各SNPの頻度についてAD症例群と健常対照群間でFisher’s exact probability testにより統計学的に検討した.また血清総コレステロール値についてもMann-Whitney’s U検定により行った.
【結果】
両群間でUSF1遺伝子SNPおよびPCSK9遺伝子SNP頻度に有意差は認められなかった.また各SNP多型により血清総コレステロール値を比較したが有意な結果は得られなかった.詳細については当日報告する予定である.

ECT

座長 :  山口 登 ( 聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室 )

PD-5  10:40-10:50

遺伝性脊髄小脳変性症経過中に緊張病性昏迷を呈し、ECTで有効であった一例

鈴木一正1),井藤佳恵1),高野毅久2),原田伸彦1)
海老名幸雄1),高松幸生1),粟田主一3),松岡洋夫2)

1) 東北大学病院精神科,2) 東北大学大学院医学系研究科精神神経学,3) 仙台市立病院精神科
【はじめに】
カタトニアは,無言,無動,興奮,筋強剛,拒絶症,常同行為などからなる症候群で,通常は感情・精神病症状が伴う.カタトニアは,精神障害の患者だけでなく神経疾患の患者においてもみられることが知られている.遺伝性脊髄小脳変性症(SCD)に合併したカタトニアに関しては,我々の知る限りでは,ECTで軽快した1例報告があるのみである.今回我々は,SCD経過中に緊張病性昏迷を呈してECTが奏効した症例を経験したので報告する.
【症例提示】
症例は58歳女性.48歳時から眼振,動作時失調が出現し,当院神経内科にて遺伝性脊髄小脳変性症(SCD)の脊髄小脳失調6型(SCA 6)と診断された.SCDの進行は緩徐で,独歩可能であった.50歳代前半より,味覚,触覚,温覚がないことを訴えていた. 58歳3月,脳梗塞の義父を2年間介護した後に,気分沈滞,意欲低下,絶望感,食欲低下,不眠を訴え,次第に杖歩行となり,臥床することが多くなった.不安を感じたり,誰かが近づいたりすると,頭部や四肢を揺さぶる常同運動がみられた.うつ病の診断のもとにA精神科に入院し,trazodone 50mg/dayが投与されたが,希死念慮,自責感は高まり,拒食もみられた.入院1ヶ月後に突然不穏になり病棟内を歩き回ったが,その1週後に無言,無動,筋強剛,拒絶症,発汗,語唱,常同運動からなる緊張病性昏迷状態を呈した.昏迷は2ヶ月持続し,体重はA精神科入院時から10kg減少した. 58歳7月に当科へmodified ECT目的で転院した.迅速で確実な改善が必要と考えられ,保護者の同意の下に急性期ECTを計11回施行した.7回経過後に発語可能になったが,「周りの人間が皆ろう人形にみえる」「唇や歯が裏返しになっている」と離人感を訴えた.急性期ECTコース終了後には,精神症状は完全寛解した.小脳性失調や眼振は今回の精神病性エピソード以前のレベルに戻った.精神病性エピソードについては全健忘を示した.精神症状の再発予防にparoxetine 40mg/dayが投与された.リハビリ後に独歩可能となり,59歳2月に退院した. ECT反応後よい寛解は1年半維持されたが,60歳時に味覚,触覚,温覚の低下,気分沈滞,意欲低下などうつ病を再発した.Paroxetineにclomipramine 150mg/dayを加えると寛解し,現在まで1年間維持している.
【結論】
本例(SCA 6)のようにSCDの一部には経過が緩徐であり,合併症さえなければ長期間QOLを損なうことがないものがある.SCD経過中においてもカタトニアを早期診断し,時機を逸しないECTが必要である.

PD-6  10:50-11:00

初老期以降の薬物治療抵抗性精神病性うつ病にECTが有効であった一例

高松幸生1),鈴木一正1),海老名幸雄1),高野毅久2),粟田主一3),松岡洋夫1)

1) 東北大学病院精神科,2) 東北大学大学院医学系研究科精神神経学,3) 仙台市立病院精神科
 精神病性うつ病には,抗うつ薬と抗精神病薬の併用が有効とされているが,薬物治療難治性(抵抗性,不耐性)の症例も少なくない.特に,初老期以降は,加齢により身体的予備能も低下していることもあり,治療に難渋する場合が多い.このような症例に対して,電気けいれん療法(ECT)の有効性が示唆されている.
 今回我々は,薬物治療抵抗性精神病性うつ病にECTが著効した一例を経験したので報告する.
 症例は50歳女性.
 元来,内気でおとなしく,真面目な性格.X−4年7月(46歳)乳癌の手術を受けたが,その術前から落ち着きがなくなり,気分の高揚が認められた.術後は医師への不信感や,「はずかしめにあった」,「誰かにつけられている」,「警察に追われている」などの被害念慮が認められた.同年にA精神科受診し,統合失調症と診断されて抗精神病薬を中心とした薬物療法を受けた.1年ほどで症状は軽快し,X−3年9月(47歳)からは,薬物治療は中止されていた.その後復職できるまでに回復したが,散発的に気分の高揚は認められていた.X−2年7月(48歳)に気分高揚,被害関係念慮が認められ,再度抗精神病薬(Risperidone 3mg,Haloperidol 1mg)が再開になり,症状は一時軽快した.同年11月に母親の介護をきっかけに,抑うつ気分,意欲低下,食思不振,体重減少(14kg)が認められた.A精神科から入院治療を勧められ,X−1年3月B病院に入院した.抗精神病薬と抗うつ薬の併用療法(使用薬物最大量:Risperidone 6mg,Olanzapine 25mg,Chlorpromazine 25mg,Sulpiride 150mg,Amoxapine 225mg,Imipramine 150mg,Paroxetine 20mg,Fluvoxamine 50mg,最大chlorpromazine換算1150mg/日+imipramine換算375mg/日)にて治療するも改善が見られなかった.X年5月(49歳)には悪性症候群(発熱,CK上昇,筋強剛)が疑われたため,一時薬物療法は中止となった.同年6月ECT目的にて当院へ転院となった.入院時,抑うつ気分,興味・喜びの喪失,精神運動抑制,意欲低下,希死念慮,食欲低下,睡眠障害,太鼓の音や女性の叫び声といった幻聴,友人を殺してしまったという罪業妄想,他人から嫌がらせを受けているという被害妄想が認められ,日中はほとんどベッドで横になっている状態であった.頭部MRI・脳波では明らかな異常なく,脳SPECTでは両側前頭葉を主体として,両側側頭葉,頭頂葉にかけて全般的な集積低下を認め,MMSEは27点であった.薬剤治療抵抗性の精神病性うつ病と診断し,ECTの適応と考えられ,急性期ECT 12回を施行した.ECTは著効し,維持治療にParoxetine 40mg,Lithium 800mgが加えられた.ECT終了時は軽度の意欲低下がみられたが,徐々に改善を認め寛解に至った.ECT終了2週間後の脳SPECTでは入院時と比較して若干の血流の改善が見られ,MMSEでは30/30点であった.X年12月に退院し,現在まで8ヶ月間再発はなく,寛解を維持している. 本症例は,薬物治療抵抗性の初老期精神病性うつ病であり,その治療にECTが著効し,その後の寛解維持にParoxetine 40mg,Lithium 800mgが有効であった.

PD-7  11:00-11:10

中高齢期の難治性うつ病に対する継続ECTの寛解維持効果

高野毅久1),鈴木一正2),粟田主一3),海老名幸雄2),高松幸生2),松岡洋夫1)

1) 東北大学大学院医学系研究科精神神経学,2) 東北大学病院精神科,3) 仙台市立病院精神科
【目的】
ECTは薬物治療で治療困難なうつ病に対する有効な治療法として認められているが,急性期ECT反応後の再燃率が高く,寛解維持が臨床上の課題となっている.すでに我々は1995年以降,当科において急性期ECTを実施したDSM-?の大うつ病性障害の診断基準を満たす45才以上の連続症例を対象に,17項目Hamilton Rating Scale for Depression(HAM-D)を評価尺度としてpros- pectiveに以下の研究を行った.第1相研究として急性期ECTの短期的治療効果を調査し,反応率86.2%(29例中25例)であった.第2相研究として第1相研究の急性期ECT反応例を対象として採用し,継続薬物治療のみで6ヶ月間追跡調査した結果,6ヶ月再燃率は52.0%(25例中11例が再燃,2例が脱落)であった.今回,我々は第3相研究として継続薬物治療のみでは再燃予防が困難な中高齢期のうつ病に継続ECTを施行しその寛解維持効果を調査した.
【対象と方法】
第2相研究において継続薬物治療で追跡中の6ヶ月に再燃した11連続症例において,再燃後のエピソードが急性期ECTに反応し(HAM-Dのスコアが50%以上改善かつ12点以下となり,これが1週間以上持続)かつ本人から継続ECTのインフォームド・コンセントを得られることを採用基準とし,これを満足した症例を対象に第3相研究を行った.第3相研究は,継続薬物治療併用下に,継続ECT(1週間に1回の頻度で4回,2週間に1回の頻度で4回,4週間に1回の頻度で3回の計11回)を6ヶ月間または再燃するまで施行し追跡した.治療転帰はHAM-Dで追跡的に評価し,HAM-Dの得点が18点以上となり,再び大うつ病エピソードの基準(DSM-?)を満足した場合を再燃とした.
【倫理的配慮】
本研究は,東北大学病院倫理委員会で承認されている.ECTは,すべて修正型ECTで施行された.急性期ECTは本人または保護者の,継続ECTは本人の同意のもとに施行された.
【結果】
第2相研究において再燃した11例(男性1例,女性10例)のうち,薬物治療に反応した女性2例を除いた9例(男性1例,女性8例)が第3相研究に参入した.しかし,9例のうち1例は,継続ECTプロトコールの施行頻度を超えてECTを施行したため除外した.その結果,第2相研究において継続薬物療法による寛解維持に失敗した8例のうち3例が6ヶ月間の寛解維持に成功し,3例が再燃した.残りの2例は,現在継続ECT施行中である.
【考察】
中高齢期の薬物難治性大うつ病性障害に対するパルス波治療器によるECTの短期的治療効果は,上記の基準を採用する限りでは86.2%の反応率を示したが,継続薬物治療のみでは,6ヶ月再燃率は52.0%であり,半数以上が再燃した.これらの寛解維持困難例に対し,継続薬物療法併用下に継続ECTを施行したところ,8例中3例が6ヶ月間の寛解維持に成功した.ただし,本研究においては,サイン波治療器による治療例とパルス波治療器による治療例の両方が含まれることが研究の限界として挙げられる.しかし,急性期ECT反応後,継続薬物治療によって寛解維持が困難な症例において,継続ECTは有効な治療手段になる可能性が示唆される.

心理介入

座長 :  矢冨直美 ( 東京都老人総合研究所認知症介入研究グループ )

PD-8  11:10-11:20

施設高齢者を対象とした心理機能および認知機能における園芸療法の効果

杉原式穂1,2),青山 宏3)

1) 専修大学北海道短期大学みどりの総合科学科
2) 札幌医科大学保健医療学研究科,3) 札幌医科大学臨床作業療法学講座

【目的】
現在,高齢者の健康維持のための1つの介入方法として,園芸療法(Horticultural Therapy:以下HT)が活用されている.筆者らは,2004年に養護老人ホーム入所者8名を対象に,心理機能に対するHT効果を調査した.本研究では,新たな対象者に対して,統制群を用いた研究デザインにてHTの心理機能及び認知機能への効果を再検討したので報告する.
【方法】
1.対象者の概要:B市養護老人ホーム,特別養護老人ホームの入所者で質問に自らの判断で回答できる36名を対象として選出した.そしてHT介入を行う実験群16名(男性7名,女性9名,平均年齢77.6±6.9歳)と対照群20名(男性4名,女性16名,平均年齢81.5±6.2歳)の2群を設置した. 2.実施概要:選出された実験群を2グループに分けて筆頭筆者が所属する短期大学内温室にてHTを実施した.各グループ週1回の活動とし,2005年10月から12月までの3ヶ月間,午後1時30分から2時30分までHTを行った.尚,対照群はこの期間,特別な介入は行わなかった. 3.評価項目:改訂PGCモラールスケール(以下PGC),高齢者うつ評価尺度(以下GDS-15),STAI特性不安(以下STAI),改訂長谷川式簡易知能評価尺度(以下HDS-R),Mini-Mental State Examination(以下MMSE),前頭葉機能検査(以下FAB)であった.
【倫理的配慮】
本研究は,札幌医科大学倫理委員会の承認を得て開始した.対象者36名には,「研究の目的と方法」「同意しない場合も不利益を受けないこと」「同意をいつでも取りやめることができること」「その他,人権に係わる事項」について十分な説明を行い,研究協力に関する承諾を書面にて得た.また,介入を行わない対照群に関しては,希望者に対して研究後にHTの機会を設けた.
【結果】
実験群におけるHT介入前後の結果は次のとおりであった.心理機能の変化では,PGC(p=.002),GDS-15(p =.000),STAI(p =.013)のすべてにおいて,有意な改善が認められ,認知機能面では,FAB(p =.003)に有意差が見られた.一方,対照群の結果は,STAI(p =.001)において有意に悪化し,認知機能には有意差が見られなかった.
【考察】
3ヶ月後に対照群の不安が増す中で,HTに参加した高齢者は不安が軽減し,QOLの向上,うつの改善が明らかとなった.これは,植物の育成に積極的に関わることで,施設生活では味わうことのできない,満足感や達成感が得られたためと推察される.一方,HDS-R,MMSEは有意差はないものの実験群では得点が上昇し,対照群では減少した.さらにHT終了1ヵ月後は,実験群の得点が次第に減少傾向を見せた.このことから,植物の育成プロセスを思い出したり,新たな園芸技術や植物の名前を覚える活動を定期的に行うことが,認知面に何らかの影響を与えることが示唆された.

PD-9  11:20-11:30

認知症患者に対する学習療法の効果について

堺 俊明,魚橋武司,広瀬裕子,河野弘光
上西裕之,浜野照美,垣之内鈴子

魚橋病院
【はじめに】
川島は,PETやfMRIを用いた脳科学的根拠に基づく介入として学習療法を提唱した.学習療法とは,脳機能のイメージ研究から,文章の音読や,単純な計算といった認知課題を行うことにより,脳の前頭前野を含む広範囲な脳領域が活性化され,コミュニケーションやADLの改善,意欲や自発性の向上などに効果があることが実証されている.  本研究では脳血管性認知症とアルツハイマー型認知症を対象に,川島が提案する学習療法を行なうことで,両疾患群に対してどのような影響を与えるのか検証した.
【方法】
対象者は,脳血管性認知症と診断された患者9名(男性2名,女性7名,平均年齢78.8±7.8歳)および,アルツハイマー型認知症と診断された10名(男性2名,女性8名,平均年齢77.1±7.1歳)であった.実施期間は2005年6月中旬から8月中旬までの2ヶ月間で,毎日10〜15分間程度学習療法を実施し,計61回のセッションが行われた.学習療法には,俳句や詩,昔話の書かれた絵本,および小学1〜2年生レベルの計算ドリルで,患者の能力にあわせて読み,書き,計算の学習内容を用いた.評価方法については,認知機能は改訂長谷川式簡易痴呆スケール(HDS-R)を用い,評価は臨床心理士が学習療法の前後に行った.また,ADLの評価はNMスケール(N式老年者用精神状態尺度)およびN-ADL(N式老年者用日常生活動作能力評価尺度)を用いて,看護師が学習療法の前後に評価を行った.
【倫理的配慮】
研究の目的を家人に口頭にて説明し,個人が特定できないように配慮した.
【結果】
学習療法前後における脳血管性認知症群とアルツハイマー型認知症群との得点の変化を表1に示した.学習療法前後のHDS-Rの平均値について脳血管性認知症およびアルツハイマー型認知症両群について比較したところ,脳血管性認知症群のみに学習療法前後で有意な得点の変化が見られた(p≦.05). また,NMスケール及び,N-ADLスケールについては,両疾患群とも有意な得点の変化は見られなかったが,個々の事例ではADLの改善が見られた事例があった.
【考察】
前頭前野に繰り返し刺激を与える事により認知症の改善,身体機能の現状維持及びADL拡大を目的に学習療法を行った.その結果,脳血管性認知症患者ではHDS-R得点の前後比較において改善が見られ,また,両疾患群においてADLの改善が見られた.このことより,川島の述べているように学習療法が前頭前野を刺激し,患者の残存能力の維持・拡大に効果があることが分かった.

PD-10  11:30-11:40

もの忘れ外来におけるサポートグループセラピーの試み

佐藤順子1,2),奥田正英1),吉田伸一3),仲秋秀太郎1,2)
松井輝夫4),濱中淑彦1),水谷浩明1)

1) 八事病院精神科,2) 名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学
3) 公立陶生病院メンタルクリニック,4) 厚生連海南病院
【目的】
もの忘れ外来は1997年4月より認知症を対象として,電話相談,医学的診断,リハビリプログラム「うらら会」,家族支援プログラム,さらに入院や入所の相談を含めて活動している.高齢社会と言われ,2000年4月からは在宅介護を主体とした介護保険制度も始まり,高齢者をとりまく環境は急激な変化を迎えている.その中でも, 認知症を有する高齢者については身体的な疾患を有する高齢者よりも理解されにくく,介護する家族の心理面や介護負担についても複雑な問題を抱えている.今回は「もの忘れ外来」における多職種のスタッフによるサポートグループセラピーの取り組みを報告する.
【方法】
1997年4月より2006年3月までの間に当院のもの忘れ外来を受診した患者について診療録及び検査結果,その他記録により,後ろ向きに検討した.外来受診は予約制とし,CT,脳波,レントゲン,血液検査に加え,記憶,知能(HDS-R,MMSE,Raven’s CPM,三宅式記銘力検査,Rey’s図形)などの神経心理学的検査を行い,医師が診察を通して総合的に鑑別診断,重症度を判定する.さらに,精神保健福祉士が家族と面談し,インテークをとる.その後,ケース会議を通じて,リハビリプログラムのグループセラピー「うらら会」に参加となる.「うらら会」のスタッフは,言語聴覚士,作業療法士,音楽療法士,精神保健福祉士,医師で構成された認知症リハビリの専門チームです.内容は,前半はリアリティオリエンテーションの手法を用いて,見当識の訓練を行い,次に記憶障害の訓練や注意・集中力を高める認知リハビリテーションを行う.途中,全身体操で身体的リハビリテーションを行い,ミニ音楽療法で気分転換を図る.後半は,非言語的コミュニケーションを利用した音楽療法,作業療法,コラージュや回想法などの活動で楽しみながら,賦活,交流を図っている.会の最後には,お茶とお菓子を頂きながら,その日の学習を振り返る.また「うらら会」と平行して,介護者を対象とした家族支援プログラムも行い,医師,看護師,介護福祉士,精神保健福祉士が医療,福祉,看護,リハビリなどについての説明・相談に応じている.また家族会自体が家族同士の交流の場としての機能を果たしている.
【倫理的配慮】
今回の研究は臨床で診断精査目的に施行されたデータを後方視的に検討した.症例については匿名性を保ち個人情報の保護に配慮した.症例については,本人及び家族の同意を得た.
【結果】
もの忘れ外来を受診した患者のデータや神経心理学的検査の推移について報告する.「うらら会」が始まった当初から9年間に渡って参加を続けている症例についての神経心理学的検査の推移を報告する.また介護者に行ったアンケートや介護負担(ZBI)の結果についても報告する.
【考察】
2000年4月より介護保険が施行され, 認知症の患者においても在宅介護を受けることができるようになった.しかしながら軽度認知症の患者においては,ディサービスの対象とはならず,積極的なリハビリを希望している.さらに認知症の治療法が確立されていない現在,進行と共に様々な問題が起こることが予測される.認知症についての最新の情報を提供し,ニーズに合った迅速で柔軟な対応ができる体制作りが必要である.
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