7月1日 オリオン 5F 一般口演発表

遺伝子

座長 :  米田 博 ( 大阪医科大学神経精神医学教室 )

II3-1 1:00-9:15

DYRK1Aのアルツハイマー病への関与について

木村 亮,紙野晃人,工藤 喬,武田雅俊

大阪大学大学院医学系研究科精神医学
 
【目的】
DYRK1A(dual specificity tyrosine regulated kinase 1A)は,21番染色体にある,Down Syndrome Critical Regionに位置しており,ダウン症患者にみられる精神発達遅滞の関連遺伝子と考えられている.また,ダウン症患者は早期にアルツハイマー病(AD)を呈することが知られている.今回,我々はDYRK1AがADとどのように関係しているかどうかを検討した.
【方法】
1)ADおよび正常群の脳組織を用いて,DYRK1A mRNA の発現を定量した.
2)神経細胞にA-betaを付加したときにDYRK1Aがどのような影響をうけるか調べた.
3)TauとDYRK1Aとの関係について細胞レベルで検討した.
【結果】
1)AD患者の脳組織では,正常群に比べてDYRK1A mRNAの発現が有意に上昇していた.
2)DYRK1Aは,A-betaにより発現が誘導された.
3)DYRK1A過剰発現細胞では,TauのThr212がリン酸化された.
【考察】
DYRK1AはADにおいて,A-betaとTauの間におけるmediatorとしての役割を担う可能性がある.
 

II3-2 1:15-9:30

アルツハイマー病脳におけるProtein Phosphatase 2A Inhibitorの発現に関する検討

谷向 仁1),Inge Grundke-Iqbal 2),Kalid Iqbal 2),工藤 喬1),武田雅俊1)

1) 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室
2) New York Institute for Basic Research in Developmental Disabilities
【目的】
アルツハイマー病(AD)脳におけるプロテインフォスファターゼ2A(PP2A)インヒビター(I1PP2A,I2PP2A)の発現量及び細胞内局在を検討した.
【方法】
病理学的にADと診断された死後脳(7例)及び年齢的にマッチしたコントロール脳(7例)を用いて,組織化学的及びウェスタンブロット法等を用いて検討を行った.
【結果】
AD脳群では,コントロール脳群に比し,I1PP2A,I2PP2AのmRNA及び蛋白レベルにでの発現の上昇が見られた.
またAD脳でのI2PP2Aの細胞内局在においては,核中心の局在から細胞質中心の局在へ移行が観察され,さらにその移行した部分はI2PP2AのN端部位であることが確認された.
最後にAD脳においてはこれらのインヒビター及びPP2A,またはリン酸化タウ蛋白は同一神経細胞に局在していることが確認された.
【考察】
AD脳では老人斑の沈着と共に,タウ蛋白質の異常リン酸化がみられるが,そのリン酸化には,蛋白リン酸化に関与するキナーゼ,フォスファターゼのアンバランスが考えられており,PP2Aの活性低下がその原因の一つと考えられている.
 今回の結果ではAD脳において,PP2Aの活性を上流で制御しているインヒビターの発現上昇及びPP2Aの局在部位である細胞質にI2PP2Aの移行が確認され,PP2Aの活性低下およびタウ蛋白質の異常リン酸化に関与している可能性が示唆された.
 

II3-3 1:30-9:45

シグマ1受容体遺伝子多型はアルツハイマー病発症の保護的因子である

氏家 寛1),内田有彦2),田中有史1),坂井 歩3)
山本光利4),藤沢嘉勝5),神崎昭浩6),黒田重利1)

1) 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科精神神経病態学分野,2) 西川病院精神科,3) さかいクリニック
4) 香川県立中央病院神経内科,5) きのこエスポワール病院精神科,6) 広島市民病院精神科神経科
 
 シグマ受容体は1976年にオピオイド受容体のサブタイプとして提唱された受容体であるが,その後,独自のサブタイプを持つ受容体ファミリーとして分離され,現在では少なくとも2種類のサブタイプ(シグマ1およびシグマ2受容体)が存在すると考えられている.シグマ受容体と精神機能の関係は,以前より研究されてきたが,シグマ受容体の機能には不明な点が多く,実態はよくわかっていない.最近,シグマ1受容体が学習記憶障害改善作用や神経細胞保護作用,あるいは神経成長因子などに関与していると報告されるようになった.今回,我々はシグマ受容体のアルツハイマー病への関与を検討するため,シグマ1受容体遺伝子多型を用いて関連研究を行った.
 対象は,アルツハイマー病群239名(男性68人,女性171人,平均年令74.4才)で,下位分類として早期発症型アルツハイマー病が82名,晩期発症型アルツハイマー病が157名で構成され,健常対照群は227名(男性68人,女性159人,平均年令72.1才)であった.診断は,NINCDS-ADRDAとDSM-?Wの診断基準に基づいて行われ,健常対照群,アルツハイマー病群ともに日本人で,年齢・性別・居住地域を一致させた.健常対照群は,精神神経疾患の既往歴及び家族歴のない者とした.なお,本研究は,岡山大学大学院医歯学総合研究科の倫理委員会で倫理審査,承認を受けて実施し,対象者または血縁者に文書及び口頭によって本研究の趣旨を説明し,文書による同意を得た.
 シグマ1受容体遺伝子の5’-flanking region(5’上流)に位置するG-241T/C-240T多型と,エクソン1に存在するQ2P多型でロジスティック回帰分析を用い,疾患対照関連解析を行った.その結果,G-241T/C-240TとQ2Pの2つの多型は完全な連鎖不平衡の状態にあった.患者群と健常対照群との間で,ディプロタイプ頻度(P=0.0085,オッズ比=0.38),ハプロタイプ頻度(P=0.037,オッズ比=0.73)ともに有意な差を認めた.サブグループ解析では,早発性AD群と健常対照群との間に有意な差はみられなかったが,晩発性AD群と健常対照群との間では,TT-241-240P2多型のホモ接合体の頻度が健常対照群で有意に高かった(P=0.025,オッズ比=0.37).更に,アポリポ蛋白Eのε4対立遺伝子のキャリア群においても,健常対照群でこのディプロタイプ頻度は有意に高く(P=0.015,オッズ比=0.25),AD発症の危険度は1/4に減少していた.
 今回の結果から,シグマ1受容体遺伝子TT-241-240P2多型が,AD,特に晩発性ADの発症に保護的な関与をしている可能性が示唆された.このTT241-240多型はGC241-240に比べ,転写活性が33.3-42.7%に減少すると報告されている.従って,シグマ1受容体発現の減少が,アルツハイマー病発症への保護的効果と関連するものと考えられた.シグマ1受容体は主に小胞体の脂質貯蔵部位の膜上に存在し,コレステロールと極小膜ドメインを形成し,脂質の貯蔵を制御し,脳内の脂質輸送系に関わっていると考えられている.シグマ1受容体遺伝子TT-241-240P2多型によるシグマ1受容体の機能的変化が,脂質供給やアポリポ蛋白Eの脂質輸送に影響を及ぼし,アポリポ蛋白Eε4対立遺伝子キャリアでアルツハイマー病発症の危険性を減らしている可能性が推定された.
 

II3-4 1:45-10:00

軽度アルツハイマー型認知症の行動・心理症状とインスリン分解酵素遺伝子多型の関連

佐藤典子1),植木昭紀1),植野秀男1),眞城英孝1,2)
吉田泰子1),後藤恭子1),守田嘉男1)

1) 兵庫医科大学精神科神経科学教室,2) 楓こころのホスピタル
 
【目的】
アミロイドβ蛋白(Aβ)の分解を担うインスリン分解酵素(IDE)の活性の低下がアルツハイマー型認知症(DAT)脳でのAβの分解抑制の1つの要因とされている.さらに症状の発現にIDE活性低下に伴うブドウ糖の脳内利用の変化が関与しているかもしれない.私たちはIDE遺伝子多型(SNPrs1999764)とDATにみられる行動・心理症状(BPSD)の関連を検討した.
【方法】
兵庫医科大学病院精神科神経科でNINCDS-ADRDAのprobable Alzheimer’s dis- easeの基準を満たし,FAST stage4(軽度)の期間経過をみた孤発性DAT患者125名と健常者(C)100名を対象とした.全ての被検者の末梢静脈血よりゲノムDNAを抽出し,IDE遺伝子多型,ApoE遺伝子多型を解析した.軽度期間中のBPSDの出現をBEHAVE-ADを用いて判定した.
【倫理的配慮】
本学倫理委員会の承認を受け,全ての対象者と対象者がDATの場合は代諾者にも研究の趣旨を説明し自由意志に基づく文書による同意を得た.
【結果】
DAT群とC群の間でIDE遺伝子多型,アレル頻度に有意差はなかった(χ2 p=0.5811).DAT群においてBPSD(χ2p=0.0079),感情障害(Bonferroni修正χ2 p=0.0357)が出現したものは出現しなかったものと比べCアレルを持つものが有意に多かった.また,ApoEε4アレルを有さないDAT群においても同様の結果を得た(BPSD: χ2 p=0.0151,感情障害: Bonferroni修正χ2 p=0.0007).
【考察】
IDE遺伝子多型とDATの発症の関連はなかった.軽度DATに出現するBPSD,感情障害とIDE遺伝子のCアレルとの関連が示唆された.
 

病態・病理

座長 :  植木昭紀 ( 兵庫医科大学精神科神経科学教室 )

II3-5 10:05-10:20

アルツハイマー病と軽度認知機能障害における脳内アミロイドイメージング

篠遠 仁1,2),福士 清1),平野成樹1,3),黄田常嘉1,4),田中典子1,5)
島田 斉1,3),佐藤康一1),棚田修二6),入江俊章1)

1) 放射線医学総合研究所分子イメージング研究センター分子認識グループ
2) 旭神経内科リハビリテーション病院,3) 千葉大学神経内科,4) 順天堂大学精神科
5) 東京女子医科大学脳神経外科,6) 放射線医学総合研究所画像医学部
 
【目的】
軽度認知機能障害(MCI),アルツハイマー病(AD)における脳内アミロイド沈着をPETにて測定し,本検査のADの早期診断における有用性を検討する.
【対象および方法】
健常対照8名(女性7例,男性1例,63±10歳,MMSE 28±2),MCI4例(男性3例,女性1例,74±3歳,MMSE 28±2),AD5例(男性2例,女性3例,65±8歳,MMSE 17±6)である.[11C]6-OH BTA-1を約10mCi静脈投与し,PET(Siemens HR+ scanner)にて脳内放射能を90分間測定した.一方,経時的に動脈採血し,血漿分離して血漿放射能を測定し,また代謝産物の割合を薄層クロマトグラフィーにて測定して入力関数を求めた.脳内に関心領域を置き,各関心領域の時間放射能曲線を求めた.40分から90分のデータをLogan plot解析し,distribution volume (DV)を求めた.さらに小脳を参照領域としてdistribution volume ratio(DVR)を算出し,脳内アミロイド結合の指標とした.またvoxelごとのDVRを算出し,SPM2を用いて健常群とAD群のt検定(uncorrected P<0.001, extent>50)を行った.
【倫理的配慮】
本研究は放医研倫理審査委員会において承認された.健常被験者,患者およびその家族に研究内容を文書および口頭にて説明して同意を得た.
【結果】
大脳皮質のDVRは健常対照では1.2±0.1,MCIでは1.5±0.3(p<0.05 compared with NC),ADでは1.7±0.3(p<0.001 compared with NC)であった.ADでは頭頂連合野,帯状回,前頭連合野,外側側頭葉において有意なアミロイド沈着がみられた.感覚運動野,側頭葉内側,後頭皮質では有意なアミロイド沈着はみられなかった(図1).MCIの4症例の内,2例ではADと同程度のアミロイドの沈着がみられたが,2例では健常対照とほぼ同様な沈着がみられた.
【考察及び結論】
ADにおける特徴的な脳内アミロイドの沈着分布がPETで示された.MCIでは,アミロイドの沈着している例と,沈着がなくほぼ健常対照と変わらない症例とがあった.今後のMCI症例の追跡調査が,本法のADの早期診断における有用性の検討には必要である.

II3-6 10:20-10:35

α−シヌクレインによるマイクログリアの活性化と神経細胞死

秦 龍二1),朱 鵬翔1),曹  芳1),阪中雅広1),池田 学2),田邉敬貴2)

1) 愛媛大学医学部統合生命科学講座機能組織学分野,2) 愛媛大学医学部神経精神医学講座
 
【目的】
1997年に常染色体優勢遺伝形式を示す若年パーキンソン病家系でα-シヌクレインが原因遺伝子であることが判明して以来(Science, 276:2045-47, 1997),この蛋白質の異常凝集が主要所見である疾患群はα-synucleinopathyと総称されるようになった.α-シヌクレインは140アミノ酸からなり,神経細胞のシナップス終末に多く存在するが,その機能ははっきりとしていない.またA53TとA30Pの2つのミスセンス変異が,家族性パーキンソン病に連鎖する変異として知られている.一方弧発性疾患としてはパーキンソン病(Parkinson Disease; PD)とレビー小体型痴呆(Dementia with Lewy bodies; DLB)でニューロンの細胞体や神経突起を中心にレビー小体などのα-シヌクレイン凝集物が集積することが知られている.以上のことより,α-シヌクレインがPDやDLBにおける神経細胞変性に重要な役割を担う蛋白であることが示唆されている.最近レビー小体を持つ変性神経細胞の周囲にはIL-1αとTNF-α陽性の活性化マイクログリアが見られることが報告されており,α-シヌクレインが蓄積された神経細胞はマイクログリアを活性化し細胞死を誘導する可能性が示唆されている.そこで本研究ではアデノウイルスベクターを用いてα-シヌクレインを初代培養神経細胞に強制発現させた後,マイクログリアと共培養する事でマイクログリアと神経細胞死の関連を検討した.
【方法・結果】
初代培養神経細胞にアデノウイルスベクターを用いてα-シヌクレインのWild type (Wt群)とvariant type のA30P(30P群)とA53T(53T群),及びLacZ(Lz群)を強制発現させたところ,6日目で53T群でのみ神経細胞死が確認された.一方ウイルス感染後2日後に神経細胞とマイクログリアを共培養すると共培養後3日目にはWt群,30P群,及び53T群で神経細胞死が認められたが,APP群とLz群では神経細胞死は見られなかった.また培養液中のNO活性を測定するとWt群,30P群,及び53T群ではNO活性が有意に上昇していた.更にカルチャーインサートを用いて,神経細胞とマイクログリアが直接は接触をしないようにして共培養すると,Wt群と30P群での神経細胞死が認められなくなった.
【考察】
α-シヌクレインのA53T変異体を過剰発現させると神経細胞死が誘導された.一方過剰発現後にマイクログリアと共培養するとα-シヌクレインのWild type,及びA30P,A53T変異体で神経細胞死が誘導され,培養液でのNO活性が有意に上昇した.従って,α-シヌクレインのWild type,及びA30P 変異体はマイクログリアを活性化させ,神経細胞死を誘導させることが明らかとなった.更にカルチャーインサートを用いた検討では,α-シヌクレインのwild typeによる神経細胞死にはマイクログリアと神経細胞とが直接的に接触することが重要と考えられた.以上より,α-シヌクレインのWild typeはマイクログリアを活性化させることで神経細胞死を誘導することが明らかとなった.
 

II3-7 10:35-10:50

拡散テンソルtractgraphyを用いたMCIとアルツハイマー病の鈎状束の比較

木内邦明1),森川将行1),田岡俊昭2),長内清行1)
井上 眞1),中川康司1),吉川公彦2),岸本年史1)

1) 奈良県立医科大学精神医学教室,2) 奈良県立医科大学放射線教室
 
【目的】
近年拡散テンソル画像を用いたアルツハイマー病(AD)研究において,白質における拡散異方性の低下が指摘されており,軽度認知障害(MCI)における白質の変化が認知症に先がけて生じることが報告されている.しかしこれらの報告は,region of interestを用いたものが多いのが現状である.共同演者の田岡は“tract of interest”(トラクトに沿った測定値:TOI)を用いた拡散異方性,拡散能の評価のより有用性を提唱している(Am J Neuroradiol. 2006).今回我々は,認知と記憶機能において役割を果たすとされる鈎状束を,ADとMCI患者においてtractographyを用いて描出しTOIにて評価検討した.
【方法】
対象は奈良県立医科大学精神科通院中で拡散テンソル画像を撮影した患者で,MCI患者6名(Peterson Criteria),AD患者(NINCDS- ADRDA Criteria)32名である.AD患者については,Mini-Mental State Examination(MMSE)の得点で,軽度(21-23点)6名,中等度(10-20点)21名,そして高度(0-9点)5名の3群に分けて比較した.拡散強調画像には1.5T臨床用MR装置(Magnetom Sonata,Siemens社)を用い,Tracto- graphyの作成には,東大医学部附属病院放射線科,画像情報処理・解析研究室の増谷らが開発したMR拡散テンソル解析ソフトウェア(dTV?U)を用いて鈎状束を描出した.拡散のパラメータとしてFA(fractional anisotrophy)とADC(apparent diffusion coefficient)を用いた.
【倫理的配慮】
通常の外来における検査の範囲内で施行しており,また,データ解析上,匿名性は保たれており,個人情報保護において配慮している.
【結果】
MCI,軽度,中等度,そして重度AD群間における年齢には有意差を認めなかった.各群間におけるFA値の比較では,MCIと軽度AD群において,軽度AD群で有意に上昇を認めた.しかしMCI・中等度AD群間,MCI・重症AD群間においては,有意にAD群において低下を認めた(Mann-Whitney U検定).ADC値の比較では,MCIと軽度AD群においては有意差を認めなかったが,MCI・中等度AD群間,MCI・重症AD群間において,有意にAD群において上昇を認めた(Mann-Whitney U検定).全対象群を用いたMMSEとFA値あるいはADC値において各々正あるいは負の相関関係を認めた(相関係数0.75,0.56).
【考察】
鈎状束を用いたTOIによる拡散異方性の検討で認知機能のレベルとFA値,ADC値において有意な相関関係が得られた.認知症の進行に伴い鈎状束においてFA値が低下し,ADC値が上昇しており,神経線維の変性過程の可能性が示唆された.しかし,MCIと軽度AD群間においては,FA値がむしろ上昇した結果となった.症例数の少なさもあるが,このような境界領域での差を検出するには,スクリーニングテスト,診断あるいは個体差などの多様な要因のため,限界があるのかもしれない.
 

II3-8 10:50-11:05

脳抽出アルゴリズムの開発とアルツハイマー型痴呆における脳萎縮の評価への応用

山下典生1),根本清貴2),松田博史3),朝田 隆1,2)

1) 筑波大学大学院人間総合科学研究科,2) 筑波大学附属病院精神神経科,3) 埼玉医科大学核医学診療科
 
【目的】
アルツハイマー型痴呆(AD)の病態的特長は進行性の脳萎縮にある.正確な脳萎縮の評価は早期診断や経過観察,治療や介入の有効性の評価に有用であると考えられ,事実アメリカの食品医薬品局は海馬の萎縮をsurrogate markerと位置づけている.今回我々は頭部MRI画像から脳部分のみを選別し,その定量を行うソフトウェアを開発した.本研究は地域調査においてこの手法を応用するものである.追跡調査中に認知機能の低下を示した群と低下を示さなかった群との間における脳萎縮の比較検討を目的とした.
【方法】
2001年より茨城県利根町で実施中の縦断調査における65歳以上の参加者から対象を得た.すなわち継続的に頭部MRI画像を撮影し,初回調査時に認知機能が正常とされ,3年間の追跡調査中に軽度認知機能障害(MCI)もしくはADと診断された20名を対象とした.一方同様の継続評価において健常なままであった10名を対照とした.頭部MRI画像から脳実質のみを選別するソフトウェアを開発し,これを用いて対象者の初回調査時,1年後の追跡調査時の脳容積を測定した.初回と1年後の脳容積の差である萎縮容量を算出し,3群(AD移行群,MCI群,対照群)間での比較を行った.
【倫理的配慮】
全ての対象者から書面によるインフォームドコンセントを得た.本研究は筑波大学医の倫理委員会の承諾を得て行った.
【結果】
撮像時の動きによるアーチファクトや信号値の不均一性が大きい画像を除き,初回調査時と1年後追跡調査時の両画像で脳実質を選別できたのは23名であった.各群の初回撮像時脳容積±SD,1年後脳容積±SD,差±SDを以下に示す.正常群(n=8,年齢73.1±5.3歳,M:F 4:4)1127.0±117.0,1123.8±115.8,−3.1±4.4,MCI移行群(n=8,年齢71.4±2.6歳,M:F 3:5)1057.2±100.4,1035.4±103.9,−21.9±6.3,AD移行群(n=7,年齢77.1±4.5歳,M:F 3:4)1023.5±63.0,1006.7±61.3,−16.8±8.9であった.Tukey-Kramerの方法による多重比較の結果,MCI移行群,AD移行群ともに正常群に比べ有意な脳容積の低下を示した(P<0.01).
【考察】
全脳容積の経時的な変化において健常群と認知機能低下群において有意な差が示され,本手法の妥当性や有用性を支持する結果と考えられる.また,MCI移行群と健常群との間に差がみられたことは,本法が精度の高い早期診断法として意義をもつことを示唆していると考えられる.
 

変性疾患

座長 :  黒田重利 ( 岡山大学大学院医歯学総合研究科精神神経病態学教室 )

II3-9 11:10-11:25

精神科病院におけるCreutzfeldt-Jakob病4症例診療経験からの検討

早原敏之1,2),松岡美穂3),渡辺朋之3),北迫周郎2),土岐弘美3)

1) 医療法人財団博仁会キナシ大林病院(併),2) 医療法人向陽会伊集院病院(現)
3) 医療法人社団以和貴会いわき病院
 
【目的・方法】
認知症疾患センターを有する民間の精神科病院において,1年余の期間に4症例のCreuzfeldt-Jakob病診療に携わった.4症例の臨床特徴からの知見および精神科病院でC-J診療が可能であった要因や意義を検討する.
【倫理的配慮】
個人特定情報の露出はない.
【結果】
1)4症例の発症時年齢は67〜78才,男性1名,女性3名.
2)1例は認知症として経過観察中に歩行障害,遅れて特徴的脳波所見が表れた.他の1例はうつ病として紹介されたが不安定歩行と脳波異常から疑い,精査にて診断された.他の2例は他院で診断後に紹介されて転入院した.1例は不安定歩行で発症,独居生活であったもう1例は呆然としているところを保護され,詳細不明.
3)発症から診断までの期間は,1年半,1ヶ月,7ヶ月,1ヶ月半(?).死亡した3例の全経過は2年7ヶ月,1年8ヶ月,5ヶ月(?),なお生存例は1年10ヶ月経過.
4)いずれの症例も無動性無言状態に陥ったが,経過の早い2例ではミオクローヌスが顕著であり,他の例はジストニーと筋固縮が目立った.
5)全例とも胃瘻造設,気管切開や延命処置は施行しなかった.3例は反復する肺炎で死亡した.身寄りの無い1例を除き,家族は心のこもった介護を行った.
6)内科医とC-J病診療経験の多い神経内科医がいたし,厚生労働省研究班によるC-J病感染予防ガイドライン(2003)が作成されており,勉強会によってスタッフ側の抵抗はなかった.
7)急性経過の例では精神科病院での診断に固執せず,1度総合病院での検査を挿入した. 
8)以後もC-J病疑い例が紹介されるようになった.
【結論】
精神科病院における4例のC-J病診療経験から検討した.
1)認知症,うつ病,神経疾患,救急といった様々な姿で現れた.ミオクローヌス,脳波でのPSDなどの特徴を認めない例,経過の長い例が含まれた.
2)内科医および神経内科医がいること,C-J病感染予防ガイドラインが作成されていることによって可能であった.
3)あらたな疾患対象への取り組みが病院スタッフへの刺激になり,また家族が度々病院内に入ることによる効果など病院のステイタス向上に貢献したと感じられた.
 

II3-10 11:25-11:40

SPECTにて左側頭頭頂葉の血流低下を呈した孤発性CJDの一剖検例

渋谷 譲1),川勝 忍1),渡部俊幸2),矢島美穂子2),大谷浩一1)

1) 山形大学医学部発達生体防御学講座発達精神医学分野,2) 市立酒田病院
【はじめに】
孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)は,その典型例において,?@急速進行性の認知症,?A脳波における周期性同期性放電(PSD),?Bミオクローヌスの三徴を認めるとされているが,診断に苦慮する症例も報告されている.今回我々は,認知症が急性発症し,SPECTの血流低下所見から血管性認知症が疑われた後,剖検により孤発性CJDと診断された症例を経験したので,報告する.
【症例提示】
〈症例〉67歳,男性,右利き.
〈主訴〉物忘れ,性格変化.
〈既往歴〉胃潰瘍,頚動脈硬化症,高血圧,糖尿病.
〈現病歴〉X年2月6日より日付を間違うようになり,表情が険しく怒りっぽく,会社で様子がおかしいと指摘された.2月17日,当科受診.HDS-R:14点,MMSE:16点.言語理解の中等度障害,語性錯語,保続を認めた.頭部CTにて異常なし.頭部MRI で左橋,基底核,大脳白質の多発性小梗塞を認め,MRAにて左中大脳動脈皮質枝閉塞が疑われた.SPECTで左側頭頭頂葉の血流低下,統計画像(e-ZIS)で後部帯状回の低下を認めた.脳波は正常. 4月のHDS-R:5点,MMSE:9点と進行.5月,胃潰瘍出血のため,外科で緊急手術(胃全摘)となった.術後肺炎を合併.言語理解は殆ど不能で,簡単な口頭指示も不能.6月末にMRSA肺炎を発症し,7月9日,死亡.
〈病理所見〉脳重量 1250g,肉眼的には大脳,基底核,脳幹,小脳に萎縮なし.上および中側頭回中心に大脳皮質の海綿状変化とプリオン蛋白沈着を認めた.海馬はよく保たれ,典型的なCJDと異なり小脳病変も殆どなし.視障も病変は軽度であった.
【倫理的配慮】
発表に際して患者の家族より了承を得た.また,発表における患者のプライバシー保護に配慮した.
【考察】
本例は,見当識障害,記憶障害,人格変化,および感覚失語で急性に発症し,SPECT で左側頭頭頂葉の著明な血流低下,MRAで MCA 領域の閉塞疑いで,当初は脳血管障害が疑われた.CT,MRI の経過観察からは血管障害は否定的で,SPECTの統計画像で後部帯状回の低下がみられたことから,アルツハイマー型認知症(AD)の可能性も考えられた.また,本例は PSD を欠き,ミオクローヌス等CJDの典型的所見を認めず,孤発性 CJD 診断基準に合致せず,臨床診断は困難であった.身体合併症による認知機能の変動も,より診断を困難にした.CJDの統計画像の報告は無いが,後部帯状回低下はCJDでもみられることが示された.本例の病変は大脳皮質が中心で,比較的稀な孤発性CJDのMM2型(頻度2%)に相当した.CJDの大脳皮質の病変は必ずしも対称性でなく,片側性でそれに対応した神経心理学的症状を呈することに注意する必要がある.
 

II3-11 11:40-11:55

錯書を伴った筋萎縮性側索硬化症の剖検例

深田育代1),和田健二1),涌谷陽介1),中野俊也1)
宮田 元2),太田久仁子1),古和久典1),中島健二1)

1) 鳥取大学医学部附属脳幹性疾患研究施設脳神経内科部門
2) 鳥取大学医学部附属脳幹性疾患研究施設脳神経病理部門
 
【目的】
我々は高次機能障害として錯書を伴った筋萎縮性側索硬化症(ALS)を経験した.本例について剖検を行い,臨床病理学的検討行った.
【症例】
患者は,死亡時69歳男性である.67歳時,構音障害,嚥下困難を自覚し,会話困難を呈した.初診時,高次機能では軽度の記銘力障害を認め,失行,失認はなかった.行動障害,感情障害などの前頭葉徴候は認めなかった.構音障害,舌線維束攣縮,舌萎縮,四肢腱反射の亢進を認め,病的反射は認めなかった.四肢筋力は正常であった.針筋電図で舌において神経原性変化を認め,発症約一年後には四肢においても同様の所見を認めた.頭部MRIでは右側優位の前頭葉から側頭葉下面にかけて萎縮を認めた.長谷川式簡易知能評価スケールは22点,Kohs立方体組み合わせ検査はIQ72,Wechsler Adult Intelligence Scale Revised (WAIS-R)は動作性IQ79,言語性IQ76,標準失語症検査(SLTA)では語の列挙,書き取り項目での得点低下を認めた.特に,仮名の濁点,半濁点の間違いや漢字の間違いによる錯書が顕著で助詞の間違いも認めた.症状は球症状を中心に急速進行し,発症約1年5ヵ月後には嚥下障害のため経管栄養となった.発症約1年9ヶ月後には誤嚥性肺炎を生じ気管切開術を行った.またこの頃より四肢の筋萎縮が出現し始めたが,筋力は比較的晩期まで保たれおり,発症2年2ヶ月後頃まで支持歩行が可能であった.意思疎通は筆談にて可能であったが,書字量は減少し単語のみとなり,また錯書の頻度は徐々に増えていった.全経過2年3ヶ月で,呼吸不全により死亡した.
【病理学的検討】
同意を得た後,剖検を行った.脊髄,脳組織について,Kl?ver-Barrera染色,ヘマトキシリン・エオジン染色,大脳においてはさらにGFAP,タウ蛋白(AT8)及びユビキチンの免疫染色を行った.
【病理学的所見】
舌下神経核および脊髄前角(頸髄優位)の運動ニューロン脱落,錐体路の軽度変性を認め,残存運動ニューロンにBunina小体を認めた.また,大脳皮質?T〜?V層の海綿状変化,皮質下グリオーシスを認めた.これらの所見は側頭葉に優位であり,さらに前頭葉〜頭頂葉にかけて広汎に認められた.この他,海馬歯状回顆粒細胞体内ユビキチン陽性・タウ陰性封入体を少数ながら認めた.
【考察】
本例は臨床的にALSの病像を呈し,高次機能障害として行動障害,感情障害などの前頭葉徴候は認めず,主に錯書を呈した症例である.運動ニューロン症状は,いわゆる認知症を伴うALSと比較して,球症状が主で四肢筋力が比較的晩期まで保たれた点が共通していた.大脳病変は前頭側頭葉の萎縮を認め,特に,右側かつ側頭葉優位であった.これまでも失語や漢字の失読失書障害を呈したALS症例が報告されており,前頭葉側頭葉萎縮を呈している.そのうち,右優位の側頭葉萎縮を呈した報告では,錯書としての脱字が高次機能障害の中核であった.本例においても右側側頭葉優位の大脳萎縮と錯書との関連性が示唆された.また,本例の病理学的所見は認知症を伴うALSに一致していた.ただし,海馬歯状回におけるユビキチン陽性・タウ陰性細胞体内封入体の所見は軽微であった.
 

SPECT

座長 :  浦上克哉 ( 鳥取大学医学部保健学科生体制御学 )

II3-12 13:00-13:15

アルツハイマー病の病識と関連する脳領域;脳血流SPECTを用いた検討

柴田敬祐1),成本 迅1),北林百合之介1),柏由紀子1),中村佳永子2),福居顯二1)

1) 京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学,2) 京都府精神保健福祉総合センター
 
【目的】
アルツハイマー病(AD)においては,記憶障害についての病識の欠如が臨床上問題となることが多い.このため,病識の程度と関連する脳領域を同定することを目的とした.
【方法】
京都府立医科大学老人性認知症診断センターを受診し,NINCDS-ADRDAの診断基準でprobable ADと診断された患者30名を対象とした.記憶障害に関する病識の程度についてSquireらの質問票[1]を用いて評価した.この質問票は患者本人と介護者それぞれに5年前と現在の記憶能力を比較してもらい,その差を病態失認スコアとして算出するもので,−160点から160点までの範囲で,点数が高いほど,患者本人が記憶障害を自覚していないことをあらわす.脳血流SPECTは,N-isopropyl-p-[123I]-iodoamphetamineを投与し,Prism Irix(Picker International, Cleveland, USA)により撮像した.画像解析にはMinoshimaらにより開発された解析ソフト3-D SSPを用いて評価した.MMSE21点以上の軽症群15名とMMSE21点未満,11点以上の中等症群15名において,それぞれSquireの病態失認スコアが4点以下の病識あり群と26点以上の病識なし群に分けて群間比較を行った.被検者には検査の内容と趣旨を説明し同意を得た.
【結果】
軽症群においては,病識あり群(8名)と比較して病識なし群(7名)において,眼窩前頭皮質,右頭頂葉,後部帯状回で有意な血流低下が認められた.中等症群では,病識あり群(6名)と比較して,病識なし群(9名)において,眼窩前頭皮質,左背外側前頭前皮質で有意な血流低下が認められた.
【考察】
眼窩前頭回は,機能低下により脱抑制を生じることが知られており,今回の結果は,以前われわれが報告した,脱抑制と病識欠如の程度が相関するという結果[2]を神経学的に支持する所見であると考えられる.軽症群と,中等症群で病識の低下と関連する領域は異なっていたことから,重症度に伴って,病識の低下に関連する脳領域は変化していくことが示唆された.

1) Squire LR, Zouzounis JA. Self-ratings of memory dysfunction : different findings in depression and amnesia. J Clin. Exp. Neuropsychol. 1988; 10: 727-738.
2) Kashiwa Y et al. Anosognosia in Alzheimer’s disease : Association with patient charac teristics, psychiatric symptoms and cognitive deficits. Psychiatry Clin. Neurosci. 2005; 59: 697-704.
 

II3-13 13:15-13:30

Charles Bonnet症候群を呈した4症例 ;幻視と脳SPECT所見の特徴

大塚太郎1,2),井関栄三1),道本雅子1),山本涼子1,2)
村山憲男1),木村通宏1),江渡 江1),新井平伊2)

1) 順天堂東京江東高齢者医療センター,2) 順天堂大学
 
【はじめに】
Charles Bonnet症候群(CBS)は,視力障害があり,意識清明で知的障害のない高齢者に,明瞭で生き生きとした幻視が出現するものをいう.これまでの報告では,視力障害の程度は様々であり,知的障害も高度でなければCBSに含められている.また,レビー小体型認知症(DLB)にみられる幻視と同一視している報告も多い.今回,CBS を呈した4症例について,幻視と脳SPECT所見の特徴を中心に報告する.
【症例1】
67歳 女性.63歳より健忘を自覚.64歳網膜色素変性症による視力低下が進行するとともに幻視が出現.「色鮮やかな山や川の中で船に乗っている」などの光景が多く,67歳当科入院.ほぼ失明状態だが,HDS-R 20点,MMSE 18点と認知機能障害は比較的軽度.頭部MRIで大脳白質のびまん性PVH,脳SPECTで後部帯状回から後頭葉全域に及ぶ脳血流低下がみられ,血管性認知症と診断.「テーブルから先が真っ青な海でキラキラ輝いている」,「病室から連れ出されて,植木やビルに囲まれたコンクリートに寝かされた」などと話し,幻覚の自覚は不十分.
【症例2】
76歳 男性.先天性の弱視であり,65歳より健忘を自覚.視力低下が進み,ほぼ失明状態の74歳頃から幻視が出現.76歳当科受診時,記銘・近時記憶障害がみられたが,HDS-R 25点,MMSE 27点と認知機能障害は軽度.頭部MRIで海馬領域の萎縮,脳SPECTで後部帯状回から後頭葉内側部の脳血流低下がみられ,軽度認知障害と診断.「道路を歩いていると廻りにきれいな草や木がみえる」,「たくさんのきれいな服をきた女性が記念写真のように並んでいる」などと話し,幻覚を自覚.
【症例3】
85歳 女性.83歳より健忘に気付かれた.84歳脳梗塞発作後より幻視が出現.85歳当科受診時,記銘・近時記憶障害,時間の失見当識がみられ,HDS-R 21点,MMSE 16点と認知機能障害は比較的軽度.頭部MRIでびまん性大脳萎縮,右後頭葉の大梗塞,脳SPECTで右優位の後頭葉および頭頂葉の脳血流低下がみられ,アルツハイマー型認知症+脳梗塞と診断.「家に居ると壁の中から人影が現れる」,「男女大勢が車座になったり,ゾロゾロ階段を登っている」などと話し,幻覚の自覚は不十分.
【症例4】
82歳 女性.健忘に気付かれていたが,82歳急激な歩行障害と視力障害の後から幻視が出現.当科入院時,記銘・近時記憶障害がみられたが,HDS-R 25点,MMSE 19点と認知機能障害は軽度.頭部MRIで軽度のびまん性大脳萎縮,右後頭葉の大梗塞,脳SPECTで右優位の後頭葉内側部の血流低下がみられ,軽度認知障害+脳梗塞と診断.「男と女が数人来て宴会をしている」「男の人が入ってきて,私を縛って金塊を盗んでいく」などと話し,幻覚の自覚は不十分.
【考察】
4症例のうち,症例1・2は視力障害の進行とともに幻視が出現し,失明状態の現在も持続.症例3・4は後頭葉梗塞後に幻視が出現し,視野狭窄は残るが,頻度は次第に減少.いずれもCBSと考えられ,多数の人物を含む色彩と動きの豊かな光景型の幻視であり,色彩と動きに乏しい不明瞭な人物が対象であることの多いDLBの幻視とは異なる点が多かった.脳SPECTでは後頭葉内側部および全域に及ぶ脳血流低下がみられ,失明ないし梗塞の影響を考慮しても有意な所見と考えられたが,DLBの脳血流低下に比べ,後頭葉内側部の局所脳血流低下がより明瞭にみられた.
【倫理的配慮】
本症例の報告については,本人ないし家族からの同意を得た.
 

II3-14 13:30-13:45

3DSRTを用いて得られた脳局所血流と認知症の精神症状の相関について

中島啓介1),高橋 恵2),佐藤愛子2),大石 智2),江村 大2),新井久稔3),宮岡 等2)

1) 北里大学医学部大学院医療系研究科精神医学,2) 北里大学医学部精神科,3) 相模台病院精神科
 
【目的】
初期認知症でみられる精神症状はまだその出現と背景についての解明はまだ十分に進んでいない.そこでこれらの精神症状の出現と脳局所血流の関係について調査した.
【方法】
北里大学東病院精神神経科の認知症鑑別外来を受診した105名のうち,MCIと診断された21名(MCI群)および,アルツハイマー型認知症と診断された54名(AD群)を対象とした.対象者には,認知機能はMMS及びCDR,精神症状はBPRSを用いて評価した.脳SPECT検査を施行し,SPECTから3DSRTによる解析を行い,対象者の脳局所血流量を測定した.それらの脳血流量と,精神症状の出現および認知記憶障害の程度を,t検定もしくはχ2検定を用いて解析した.
【倫理的配慮】
本研究についての十分な説明を本人および保護者に相当する家族に行い,調査への協力の同意が,文書にて明確に得られた症例のみを調査対象とした.またこの研究に関しては北里大学医学部倫理委員会の承認を得た.
【結果】
MCI群は平均70.3歳(標準偏差8.6),男女比は6:15,MMS平均点25.3点,AD群は平均73.5歳(標準偏差9.4),男女比は22:32,MMS平均点18.3点であった.MCI群とAD群ではMMS得点に有意差を認めたが,年齢,教育年数,性別に有意差を認めなかった.MCI群とAD群との3DSRTによる局所脳血流の比較では,MCI群の方が,両側レンズ核以外の部位で有意に血流量が豊富であった.MCI群とAD群で脳血流量の違いが大きかったので,群ごとに精神症状の出現と脳局所血流パターンの違いを検討した.  精神症状の評価として,BPRSで3以上の評価があるものを症状ありとした場合,MCI群では「抑うつ気分」(52.7%),「不安」(38.1%),「猜疑心」・「運動減退」(19.0%)の順で多く,AD群では,「運動減退」(31.5%),「抑うつ気分」(20.4%),「不安」(16.7%)の順で多く認められた.
3DSRTによる脳血流の測定と精神症状の相関では,MCI群において「不安」と左頭頂に有意な相関を認め,AD群では,「運動減退」と左脳梁辺縁,左右中心前,左中心,左右頭頂,左側頭,左レンズ核に有意な相関を,「情動的引きこもり」で左海馬に有意な相関を認めたが,「抑うつ気分」と有意に相関する脳局所血流の部位は,両群ともに見出せなかった.
【考察】
認知症の周辺症状の発現がどのような因子で規定されているのか,いまだ不明な点が多い.今回我々は,それらの精神症状の出現と3DSRTを用いて得られた脳血流に着目し,解析を行った.脳梗塞後うつ病などの研究から,抑うつ症状と皮質,基底核,視床が形成する情動のネットワークの関係が示唆され,それらの血流量と認知症の周辺症状としての抑うつ症状も相関があると考えられたが,今回の結果からは,特に有意差のある箇所は特定できなかった.しかし,運動減退に関しては,特にAD群で皮質・レンズ核の血流に有意な所見が得られ,脳血流の低下により,抑うつ症状そのものより運動減退として出現している可能性が示唆された.
 

II3-15 13:45-14:00

アルツハイマー型認知症における脳血流画像;進行度と脳血流の関連

川?洋介1),大滝純一2),古賀良彦1)

1) 杏林大学医学部精神神経科学,2) 杏林大学保健学部精神保健学
 
【目的】
アルツハイマー型認知症では早期に海馬や海馬傍回,嗅内野皮質をはじめとする側頭葉内側部での病理学的変化を生じ,大脳皮質へと進展するものと考えられている.また脳機能画像研究においても,アルツハイマー型認知症の血流低下パターンとして,初期は後帯状回・楔部の血流・代謝低下がみられ,病状の進行に伴って前頭葉皮質へ広がるといった報告がされている.今回我々は,MMSEを指標としてアルツハイマー型認知症患者の進行度別に脳血流SPECT画像(99mTc-ECD)を分類し,MMSEの得点と脳血流の変化について調査・検討した.
【方法】
杏林大学医学部付属病院精神神経科および高齢医学科に受診された60歳以上のアルツハイマー型認知症患者(25名,平均年齢76.6歳)を対象とした.MMSEの得点を (1) 24点以上(8名)(2) 20〜23点(7名)(3) 10〜19点(10名)の3群に分類し,各群における脳血流画像を用いて3DSRTによる定量解析とSPM99による定性解析を行った.コントロール群として国立精神神経センター武蔵病院で撮像された60歳以上健常者80名のデータを用いた.なおMMSE24点以上の群は,当初は軽度認知障害の診断であったが,その後アルツハイマー型認知症に移行した患者のデータを用いた.
【倫理的配慮】
本研究は杏林大学医学部「医の倫理委員会」の承認を得て,倫理的配慮のもとに行った.
【結果】
MMSE24点以上では後帯状回・楔部,左前頭前野背外側での相対的血流低下を認めた.MMSE20〜23点では後〜中帯状回,頭頂葉内側,左前頭前野背外側における相対的血流低下を認めた.MMSE10〜19点では帯状回全域と前頭前野での相対的血流低下を認めた.また全ての群で右海馬の相対的血流低下を認めていた.さらに海馬血流については,右側海馬血流量はMMSEの得点と正の相関(相関係数0.449883)を認めたが,左側海馬血流量とMMSEの得点には相関(相関係数0.276604)は認められなかった.
【考察】
アルツハイマー型認知症の初期の段階においては,過去の報告にもあるように後帯状回・楔部での相対的血流低下を認め,MMSEの得点の低下とともに血流低下部位が前帯状回にまで達し,頭頂葉,前頭葉と血流低下範囲が拡大していく様子を認め,過去の報告に矛盾しない結果が得られた.また,初期より右側海馬の相対的血流低下を認め,アルツハイマー型認知症の進行と共に血流量が低下していくものと考えられた.一方で左側海馬においては相対的血流低下を認めず,アルツハイマー型認知症の進行との関連も認めなかったことから,アルツハイマー型認知症おける認知機能の障害と右側海馬との関与が示唆された.
 

自動車運転

座長 :  越野好文 ( 金沢大学大学院医学系研究科脳情報病態学 )

II3-16 14:05-14:20

認知症高齢者における自動車運転の実態−家族介護者からの評価−

新井明日奈1),荒井由美子1),松本光央2),池田 学2)

1) 国立長寿医療センター研究所長寿政策科学研究部,2) 愛媛大学医学部神経精神医学講座
 
【目的】
本研究は,認知症患者の運転行動の実態と運転中止による日常生活への影響について明らかにすることを目的として行われた.
【方法】
2004年6月から2005年8月までに愛媛大学医学部附属病院精神科神経科外来を受診し,専門医により認知症と診断された者,および患者と同居する主たる家族介護者(介護者)を対象とした.介護者に対して,患者の運転行動に関する自記式質問票を配布し,外来再診時に回収した.患者の認知機能,行動異常・精神症状,および認知症の重症度については,Mini-Mental State Examination(MMSE),日本語版Neuropsychiatric Inventory(NPI),およびClinical Dementia Rating(CDR)により評価された.質問票における名義尺度の項目についてはFisherの正確確率検定を,順序尺度あるいは間隔尺度についてはMann-Whitney検定を用いて,項目間を比較した.
【倫理的配慮】
調査の際は,対象者に調査の趣旨を説明し,事前に承認が得られた者のみに質問票を配布した.個人が特定されないように,結果はすべてID番号で処理され,データベースは厳重に管理された.
【結果】
運転免許取得経験のある認知症患者とその家族介護者52組を対象とした調査の結果,以下の5点が明らかになった.
1)運転を継続している患者の中にCDR2の者が1割も存在した(図1),
2)運転を継続している者と認知症発症後に運転を中止した者において,認知機能及び精神症状には有意な差が認められなかった,
3)運転時の困難として,運転技能の低下や物損事故が多く認められた(図2),
4)患者の運転継続の是非が,家族の中だけで論じられる傾向であった,
5)介護者は,患者の運転中止を円滑に行うためには,医師など第三者の専門的な意見と,自動車に替わる患者の交通手段の確保が必要であると考えていた.
【考察】
認知症患者の病状に照らしながら運転技能を適宜,評価する仕組みを構築することが喫緊の課題である.また,運転中止に向けた段階的な準備を可能にするためには,患者,家族,警察,ならびに主治医等の関係者間の連携を推進するシステムの構築と地域の社会的ネットワークの強化による運転中止後の代替交通手段の確保を支援することが重要であると考えられる.

 

II3-17 14:20-14:35

塩酸ドネペジル服用とアルツハイマー病患者の自動車運転

上村直人1),惣田聡子1),岩崎美穂1),掛田恭子1)
下寺信次1),井上新平1),諸隈陽子2),池田 学3)

1) 高知大学医学部神経精神病態医学,2) 一陽病院,3) 愛媛大学神経精神医学
 
【研究目的】
アルツハイマー病患者の自動車運転に対する塩酸ドネペジルの影響について評価を行なう.
【研究方法】
対象は(1)H7年〜H16年の期間に高知大学医学部附属病院神経科精神科外来受診し,NINCDS-ARDRAのprobable ADの診断基準をみたしたアルツハイマー病患者で,(2)診断後も自動車運転を継続し,(3)塩酸ドネペジルを服用していた(以下服用群)23名の運転継続期間を評価した.比較対象として,上記(1),(2)の条件を満たしているが,塩酸ドネペジルを服用していない(以下対照群)21名を選択した.アルツハイマー病の発症時期は介護者問診から評価した.臨床評価は服用群,対照群で平均年齢69.2±10.4 vs 72.6±8.5,発症年齢67.8±2.3 vs 62.9±4.9,初診時HDS-R 22.0±4.0 vs 17.7±8.1,CDR1.0±0.4 vs 1.0±0.4,IADL4.5±1.5 vs 2.8±2.1であった.なお本調査研究は研究対象者のカルテをretrospectiveに評価したものである.比較対照の塩酸ドネペジル非服用群は,H12年の塩酸ドネペジル処方可能前に経過観察が打ち切られているか,H12年以降は,ドネペジル服用に対して家族がまだ必要ないと判断していたり,費用がかかるなどの理由がほとんどで,合併症などの理由で服用していないものはいなかった.
【倫理的配慮】
本調査に関しては,高知大学医学部の倫理委員会の承認を得て行った.なお,塩酸ドネペジルの服用に関しては,H12年以降,全対象者に薬物治療の説明を行っている.
【研究結果】
痴呆発症後の運転継続可能期間(月)は服用群対対照群では35.9±6.0 vs 29.6±4.6ヶ月(P=0.09;Mann-Whitney U検定)で有意差はなかった.また痴呆の診断後の運転継続可能期間(月)では服用群対対照群で17.3±5.2 vs 5.3±3.7ヶ月(P<0.006;Mann-Whitney U検定)であった.
【考察】
痴呆発症後の運転継続可能期間では有意差はなかったが,痴呆診断後の塩酸ドネペジルの服用の有無で運転継続可能期間に有意差が見られた.以上から塩酸ドネペジルは認知機能のみではなく,アルツハイマー病患者の運転能力の維持・継続に有効であることが示唆された.今後症例を増やした検討が必要と思われる.
 

II3-18 14:35-14:50

光トポグラフィと運転シミュレータを用いた高齢健常者と認知症患者の運転能力の検討

富岡 大1),三村 將1),矢野円郁1,2),山縣 文1),橋太郎1)
鳥居成夫1),古田伸夫3),中込和幸4),小寺治行5)

1) 昭和大学医学部精神医学教室,2) 慶應義塾大学社会学研究科,3) 国立精神・神経センター武蔵病院
4) 鳥取大学医学部統合内科医学講座精神医学行動分野,5) トヨタ自動車第一車両技術部
 
【目的】
警察庁の調査では,現在65歳以上の高齢者の3人に1人が自動車運転免許を保有しており,高齢者の移動手段としての自動車の重要性とともに,その安全性を的確に評価することが急務となっている.近年では,認知症患者数の増大を背景に,高齢ドライバーの運転能力について,さまざまな報告がなされてきているが,脳機能画像を用いた検討は少ない.本研究では,光トポグラフィ(以下NIRS)を用いて模擬運転中の前頭葉の活動を計測し,運転行動時における健常高齢者および軽度の認知症患者の危険場面への対応と前頭葉活動について検討した.
【方法】
対象は普通自動車運転免許を持ち,測定時において実際に運転を継続中の高齢健常者30名(男性;28名,女性;2名,平均年齢;70.8±4.3歳,平均MMSE;28.1±1.9点),および,認知症またはその疑いとして外来通院中の患者8名(アルツハイマー病;4名,原発性進行性失語症;2名,血管性認知症;2名,いずれもCDR;0.5〜1.0).NIRSの計測にはETG-4000(日立メディコ製)を用いた.左右の前頭部において,52チャンネルのプローブより酸化ヘモグロビン値(Oxy-Hb)を測定し,ベースラインと課題賦活中のOxy-Hbを比較した.NIRS計測中の課題としては,実際の市街地場面を走行中の画面を見ながらハンドルおよびアクセル/ブレーキの操作を行う運転シミュレータ TEDDY(豊田中央研究所製)を用いた.(実験1)まず,ベースラインとして,運転操作は行わず画面を見ているだけの条件でOxy-Hbを計測し,課題賦活中は画面に合わせて運転操作を行いながら計測を行い,両者を比較した.(実験2)次に,ベースラインとして,相対的に安全な場面で運転操作する条件を用い,課題賦活中は,歩行者やバイク,自転車が飛び出してくる相対的に危険な場面で運転操作を行う条件として,両者を比較した.
【倫理的配慮】
NIRSを用いた研究は昭和大学医の倫理委員会の承認を得ている.本研究の実施にあたっては口頭および文書で研究協力の説明と同意を得,匿名性の保持および個人情報の流失防止には厳重に注意した.
【結果】
(実験1)実際に運転操作を行っている時には,画面を見ているだけの時に比べて,前頭葉外側領域のOxy-Hbの軽度の上昇が見られた.一方,前頭葉内側領域では変化がないか,むしろ活動の減少が観察された.
(実験2)高齢健常者群では,危険場面走行中にアクセルからブレーキへの明らかな反応のピークがみられ,さらに安全場面走行中と比較して危険場面走行中では,両側前頭葉前方部外側を中心に広汎なOxy-Hbの上昇を認めた.患者群では,危険場面走行中のアクセルからブレーキへの反応が鈍く,また健常者と比較してOxy-Hb の上昇に顕著な違いはなかった.個々の症例ではOxy-Hb 上昇が保たれている例と不良な例が存在した.
【考察】
光トポグラフィは模擬運転施行中の被験者の前頭部脳活動を簡便に評価でき,運転に動員される脳機能の経時的変化をみるのにも有用と思われた.
 

II3-19 14:50-15:05

認知症患者の自動車運転と交通事故予測

諸隈陽子1),上村直人2),惣田聡子2),岩崎美穂2)
掛田恭子2),下寺信次2),井上新平2),池田 学3)

1) 一陽病院,2) 高知大学医学部神経精神病態医学教室,3) 愛媛大学医学部神経精神医学教室
 
【研究目的】
認知症患者が起こす自動車事故の実態を把握するために中長期的調査を行なった.
【研究方法】
調査は,1995年9月〜2005年8月の期間に高知大学神経科精神科外来および関連機関を受診した運転免許を保持する認知症患者83名を対象とした.
調査内容は,
(1)認知症の鑑別診断
(2)診断後の自動車運転継続期間
(3)調査期間中の交通事故・交通違反の有無と内容
について評価した.
【倫理的配慮】
本研究は高知大学倫理委員会の承諾を得て施行した.
【研究結果】
調査を行った83名中,34名(41.0%)が交通事故を起していた.認知症の原因疾患別の交通事故発生率は,AD群では41名中16名(39.0%),VaD群では20名中4名(20%),FTLD群では22名中14名(63.6%)であった.またそれらの交通事故のうち,警察などの事故処理や行政上の対応がなされていたのは34事例中8例(23.5%)のみであった.
運転継続期間は,診断後から運転中断までの期間はAD群19.1±16.3ヶ月,VaD群9.7±9.2ヶ月,FTLD群9.9±14.0ヶ月であった.運転免許の更新は,83名中42名(50.6%)が免許更新手続きを行い,すべての対象者が更新に成功していた(AD群 41名中26名(63.4%),VaD群20名中6名(30%),FTLD群 22名中10名(45.4%)).
免許更新成功後でも42名中21名(50%)が交通事故後を起こしていた(AD群 26名中10名(38.5%),VaD群6名中3名(50%),FTLD群 10名中8名(80%)).FTLD群では22名中8名(36.3%)が,切迫した交通事故の危険性があったため,精神科病院への強制入院を必要とした.
【考察】
医師が運転を危険であると判断しても,免許更新を試みた認知症患者すべてが更新に成功した.更に免許更新後も半数では交通事故を起している現状から,認知症高齢者の自動車運転に関する行政的対応には限界がある.現時点では,認知症高齢者の運転能力を誰が責任をもって評価するのかという社会制度が不在であるため,これらの問題の解決を妨げていると考えられた.
 

検査認知

座長 :  高山 豊 ( 国際医療福祉大学附属三田病院精神科 )

II3-20 15:10-15:25

高齢者用集団認知検査「ファイブコグ」検査の作成

矢冨直美1),朝田 隆2)

1) 東京都老人総合研究所,2) 筑波大学臨床医学系精神医学
 
【目的】
軽度認知障害や認知症の評価法に関して,年齢や教育水準を考慮した基準を持つ認知検査が求められているが,我が国ではそれらを考慮した認知検査はまだ開発されていない.本報告では,集団でも個人でも実施可能で,年齢や教育水準を考慮した基準を持つ「ファイブコグ」検査を作成して,その信頼性等を検討したので報告する.
【方法】
作成:国際老年精神医学会のAgeing Associated Cognitive Decline(Levy,1994)らの基準に示された5つの認知領域にしたがって,手がかり再生課題,文字位置照合課題,動物名想記課題,時計描画課題,類似課題からなる5つの認知検査を作成した.
標準化:東京都区内に在住する65歳から84歳までの1,573名の高齢者にファイブコグを実施した.その中から,別の調査から明らかになっている手段的日常生活能力の5歳ごとの得点分布にしたがうように各年齢群200名,計800名を分析サンプルとして抽出した.各課題得点を正規化変換を行い,その上で年齢,教育年数,性別を独立変数とした推定を行って,それらの変数の係数を決定した.この推定値と標準誤差から年齢別,教育年数別,性別の標準化のデータを得た.
信頼性:特に介入を行っていない65歳から84歳までの276名の高齢者を対象に,初回と初回から約6ヶ月後にファイブコグ検査を実施し,再テスト法による信頼性の検討を行った.
妥当性:ファイブコグ検査の課題のうち,新たに開発したカテゴリー手がかり再生課題,文字位置照合課題,類似課題については,65歳から84歳まで369名を対象に実施して,妥当性を検討する認知検査を実施した.妥当性の基準となる検査としては,日本語版ウエクスラー記憶検査法の論理記憶?T,論理記憶?U(杉下,2001;WMS-R,Wechsler,1987),Trail Making Test(Reiten,1958),日本語版WAIS-R成人知能検査法の類似(品川,1990)を用いた.
【倫理的配慮】
これらの検査データの収集に当たっては,書面と口頭で研究目的を説明し,書面での同意を得ている.その際には対象者にこれらの検査を受けることは自由であり,拒否しても何らの不利益はないことを伝えている.
【結果】
ファイブコグ検査の各課題の得点分布を検討すると時計描画課題は,高得点に偏った分布を示したが,他の課題については,分布には問題はなかった.標準化については,年齢と教育年数と性別でそれぞれの得点を推定する推定式が得られ,これをもとに標準得点の算定が可能となった.信頼性の検討では,ほぼ十分な再現性が示され,信頼性が確認された.また,3つの課題の妥当性についても,ほぼ十分な妥当性が得られた.その中では,類似課題はWAIS-Rの類似とやや低い相関を示していた.
【考察】
これらの結果から,ファイコグ検査は,65歳から84歳までの高齢者を対象とした,年齢,教育年数,性別に基準化した認知的評価の手段として使用できるものと思われる.しかし,さらに今後の標準化にあたっては,教育年数や年齢までも統制した十分な数の代表サンプルによる標準化の検討が必要であろう.
 

II3-21 15:25-15:40

軽度アルツハイマー型認知症者の表情認知に関する研究

小海宏之1),岸川雄介2),園田 薫2)

1) 藍野病院臨床心理科,2) 藍野病院加齢医学精神医療センター
 
【目的】
認知症者への適切なケアを行う上では,まず,精神機能について的確にアセスメントを行うことが重要となる.そのため,従来から主に知的側面に関する認知機能研究が積極的に行われてきたが,情動的側面に関する認知機能研究は,ほとんど行われてきていない.そこで本研究では,軽度アルツハイマー型認知症者の表情認知における特徴について検討することにより,認知症者の情動機能に関する今後の研究の基礎資料にすることを目的とする.
【方法】
対象は健常な高齢者10名(健常群,平均年齢61.5±3.8歳)と,DSM-?W-TRでアルツハイマー型認知症と診断され,Clinical Dementia Rating(CDR)で認知症の重症度が軽度(CDR 1)と判定された老人性痴呆疾患治療病棟に入院中の患者10名(軽度認知症群,平均年齢76.0±11.6歳)である.方法は,まず対象者にMini-Mental State Examination(MMSE)を実施することにより,対象者の全般的な知的側面の認知機能に関して評価した.次に,対象者にSuperLab Pro V.2.04でプログラミングした幸福,怒り,悲しみ,ニュートラルの情動認知を誘発する表情写真8枚,イラスト8枚および線画4枚の計20枚のスライドを,ノートパソコンにて1枚ずつランダムに提示し,各刺激図版に対して情動カテゴリー名を強制選択させる課題を行った.そして,両群間における各刺激に対する正反応の出現率や反応時間に有意差があるのか否かについて検証した.
【倫理的配慮】
本研究を実施するにあたっては,患者ないし家族に主旨の説明がなされ了解を得た.
【結果】
MMSEの平均得点は,健常群では29.2±1.1点であり,軽度認知症群では17.4±3.0点であった.両群別の表情認知刺激ごとの正答率におけるχ2検定の結果,表情写真の幸福(χ2=5.57,p<0.05),怒り(χ2=15.43,p<0.01),イラストの悲しみ(χ2=5.48,p<0.05),線画の怒り  (χ2=4.80,p<0.05)において両群間に有意差が認められ,健常群に比較して軽度認知症群の方が正答率が低かった.また,両群別の各刺激への平均反応時間におけるt検定の結果,表情写真の幸福(t=4.62,p<0.01),ニュートラル(t=2.82,p<0.01),イラストの悲しみ(t=2.51,p<0.05),ニュートラル(t=3.65,p<0.01),線画の幸福(t=2.35,p<0.05),ニュートラル(t=2.61,p<0.05)において両群間に有意差が認められ,軽度認知症群の方が健常群より反応時間が遅かった.さらに,ANOVAの結果,イラストが線画よりも反応時間が有意に短く,幸福が悲しみおよびニュートラルよりも反応時間が有意に短かった.
【考察】
今回の研究により,軽度認知症者は健常者と比較して,とくに幸福とニュートラルの表情認知に時間を要し,さらに,怒りの表情認知を誤る率が高いことが明らかとなった.また,情動タイプについては幸福の表情認知は短時間に誤りなく認知することが可能であり,提示刺激についてはイラストによる表情認知が短時間に誤りなく認知することが可能であることが明らかとなった.これらのことは,幸福の情動認知は,他の情動認知とは異なる脳の部分で認知処理している可能性を示唆しており,軽度認知症者の場合,線画では情報量が少な過ぎ,背景にある情動を推定することが困難になると考えられる.
 

II3-22 15:40-15:55

Probable DLB10例の治療効果と視覚認知機能の推移に関する報告

眞鍋雄太1),乾 好貴2),外山 宏2),岩田仲生1),小阪憲司3)

1) 藤田保健衛生大学医学部精神医学教室
2) 藤田保健衛生大学医学部放射線科学教室,3) 横浜市立大学医学部精神医学教室
 
【抄録】
Lewy小体型痴呆(以下DLBと略す)における高次機能障害としては,Mini mental state examination(以下MMSEと略す)検査項目中のinterlocked pentagon描画が稚拙であることが多い.今回,probable DLB10症例に対して,donepesil未投与の初診時と治療6ヶ月後にSPECT/3D-SSP及びinterlocked pentagon描画を施行し関連を検討した.治療に良好に反応した9症例に関しては,後頭葉の血流改善と共に描画された図形に関しても形状の改善を認めた.しかし状態の悪化を来たした1例においては,描画図形の形状において更なる稚拙化を認めた.
当日はデータを提示しつつ説明し,同検査項目がDLB治療におけるstate markerとなるのではないかとの仮説を提起したい.なお,本研究は十分な説明と同意を文書にて取得した上で実施した.
【方法】
donepesil未投与の10症例を対象とした.Endopointを加療開始6ヶ月後に設定し,初診時及び6ヶ月時にinterlocked pentagon描画とI123IMPを核種とするSPECTを施行.SPECTデータは,NEURSTATにてZ-scoreを表示し,さらにStereotactic Examination Estimation(SEE)解析を施行.描画されたinterlocked pentagonは,それぞれ完全型,不完全だが対象に近似の不完全型,形状が明らかに異なる崩壊型,何らかの原因で課題遂行不可能な描画不能の4型に分類.SPECTの血流改善程度と描画図形の推移を検討した.
 

検査心理

座長 :  今井幸充 ( 日本社会事業大学大学院福祉マネジメント研究科 )

II3-23 16:00-16:15

日本語版Dysexecutive Questionnaireによるアルツハイマー型認知症の実行機能評価

品川好広1),仲秋秀太郎1),本郷 仁1),村田佳江1)
佐藤順子2),辰巳 寛3),松井輝夫4),古川壽亮1)

1) 名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学,2) 八事病院
3) 名古屋第二赤十字病院,4) 海南病院
 
【目的】
アルツハイマー型認知症(AD)初期の主症状はエピソード記憶の障害であるが,最近比較的初期のADにおいても実行機能障害が存在することが注目されている.また,実行機能障害と認知症の神経精神学的症状との関連がいくつか報告されている.精神行動異常が認知症患者のQOLの低下や介護負担の増加をもたらしていると考えられているので,今回,実行機能の構成要素を日本語版Dysexecutive Questionnaire(DEX)を用いて探索した.
【方法】
対象:名古屋市立大学病院こころの医療センターに2004年6月から2005年8月までに通院の122人のAD患者およびその介護者(NINCDS/ADRDAの診断基準によるprobable AD).認知機能:The frontal Assessment Battery(FAB)を使用.神経精神学的症状:The Neuropsychiatric inventory(NPI)を用いて評価.統計解析:SPSS 11.0J for Windowsを用いて日本語版DEXの信頼性と妥当性,そして因子分析をおこなった.
【倫理的配慮】
この研究は名古屋市立大学医学部倫理委員会において承認を得て,すべての対象者に目的と方法を説明したうえで同意を得ている.
【結果】
男女比:男性46人,女性76人,平均年齢:72.0±7.7(SD),MMSE:20.8±2.0(SD)であった.因子分析の結果,日本語版DEXから3因子が抽出された.内的信頼性はCronbach’s alpha係数0.93(95%CI=0.92 to 0.95),外的信頼性はIntraclass correlation coefficient 0.95(95%CI=0.91 to 0.95)と良好であった.また,日本語版DEX はFAB(第2因子 r=−0.65 P<0.01)とNPI(第1因子 r=0.60  P<0.01,第3因子 r=0.56 P<0.01)と有意な相関を認め構造妥当性も証明された.
【考察】
今回の結果得られた日本語版DEXの3因子のうち,第1因子をApathy,第2因子をThe planning and the monitoring process of the purposive action,第3因子をHyperactivityと命名.今回の結果から,ADにおける実行機能障害は精神行動異常と認知機能の側面から成ると考えられた.
 

II3-24 16:15-16:30

レビー小体型認知症の鑑別におけるベンダーゲシュタルトテストの有用性

村山憲男1),井関栄三1),杉山秀樹1),山本由記子1)
山本涼子1),木村通宏1),江渡 江1),新井平伊2)

1) 順天堂東京江東高齢者医療センター,2) 順天堂大学
 
 ベンダーゲシュタルトテスト(Bender-Gestalt Test; BGT)は,従来は主に脳器質性疾患の鑑別に利用されてきた心理検査であるが,近年,変性性認知症疾患の鑑別には有用でないことが指摘されている.しかし,これらの研究は主にアルツハイマー病(Alzheimer’s disease; AD)患者が対象であり,レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies; DLB)患者について検討した研究はまだない.DLBは,ADに次いで多い老年期の変性性認知症疾患であるが,両者は進行性の認知機能障害など共通した臨床症状から鑑別が困難であるといわれている.しかし,幻視などの視覚認知障害はDLBに特有の症状であり,鑑別の手がかりとして注目されている.これは,心理検査の構成課題でゲシュタルト崩壊を示唆するような独特な障害として示されることが多い.
本研究では,DLB患者とAD患者におけるBGT得点を比較検討し,両疾患の鑑別におけるBGTの有用性について検討した.
【方法】
平成17年から18年に,当センターのメンタルクリニック外来に受診した患者のうち,McKeithら(1996)の臨床診断基準でprobable DLBと診断された20名,NINCDS-ADRDAでprobable ADと診断された26名,および非認知症高齢者11名を対象者とした.各群に対してBGT,HDS-R,MMSEを,DLB群とAD群に対して頭部MRIを実施した.BGTは,異常な描画結果に対して決められた得点を加算していくPascal-Sattel法を用いて採点した.これは,本邦で最もよく利用されている採点法であり,比較的詳細な評価が可能で,欧米でも得点の信頼性と妥当性が確認されている.全群間の年齢,教育年数,DLB‐AD群間のHDS-R,MMSE得点に統計的な有意差は認められなかった.また,頭部MRIではDLB群,AD群ともに顕著な血管病変は認められなかった.
【倫理的配慮】
各検査の臨床的必要性を説明し,本人ないし家族介護者からの同意を得た.
【結果】
平均BGT得点は,DLB群が140.9(SD 43.6),AD群が65.1(SD 17.1),非認知症群が53.2(SD 17.7)であった.分散分析およびTukey法による多重比較の結果,DLB‐AD群間,DLB‐非認知症群間に有意差が認められた(p<.01).また,下位項目をχ2検定によって検討した結果,DLB群とAD群は非認知症群よりも,8)波状になっている,32)不必要なボツ点・ダッシュで,さらに,DLB群はAD群と非認知症群よりも,5)ボツ点の過不足,11)小円の列の誤り,20)交叉点のズレ,29)角の欠如,39)図形の誤り,40)歪み,などで異常と評価された割合が多かった(p<.05).
【考察】
従来の研究と同様, AD群と非認知症群のBGT得点に有意差は認められなかった.一方,DLB群のBGT得点はAD群や非認知症群よりも有意に高く,BGTはDLBの鑑別に有用であることが示唆された.また,DLB群とAD群は共通する評価項目で異常が認められたが,DLB群にはゲシュタルト崩壊を示唆する描画結果などAD群にはない異常も認められ,両疾患の構成障害の機序には共通点とともに相違点があると考えられた.