7月1日 コスモス 3F 一般口演発表

スクリーニング

座長 :  加藤伸司 ( 東北福祉大学総合福祉学部 )

II2-1 9:00-9:15

軽度認知障害およびアルツハイマー病における尿・血清酸化ストレスマーカーの検討

布村明彦,田端一基,千葉 茂

旭川医科大学医学部精神医学講座
 
【目的】
近年,多数の研究によって,アルツハイマー病(Alzheimer’s disease; AD)の病態に酸化ストレス(oxidative stress; OS)が関連することが示唆されている.われわれは,孤発性および家族性ADやAD型の脳病理が出現するダウン症候群の剖検脳を用いて,神経細胞の酸化傷害がADの神経変性過程において早期段階の変化であることを明らかにしてきた(文献1〜4).今回われわれは,尿や血清で測定可能なOSマーカーがADの早期診断上有用であるかどうかを検討する目的で,ADなどの認知症の前段階と考えられる軽度認知障害(mild cognitive impairment; MCI)症例およびAD症例におけるOSマーカーの変化について検討した.
【方法】
健常対照群39例(平均65歳),MCI群10例(平均72歳,international working group on MCIの診断基準を満たし,clinical dementia rating; CDRが0.5でmini-mental state examination; MMSEが24点以上),AD群33例(平均71歳,ICD-10診断基準を満たし,CDRが1以上あるいはMMSEが23点以下),および前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia; FTD)群4例(平均63歳,Nearyらの臨床診断基準を満たす)を対象に研究を行った.各群の対象から朝食前に尿および静脈血を採取し,OS強度の指標として尿中8-hydroxydeoxyguanosine (8-OHdG,ELISA法)および血清CoQ10酸化率(血清ubiquinone/ ubiquinol比,HPLC法),OSに対する防御能力の指標として血清総抗酸化能(serum total antioxidant status; STAS,比色法)を測定した.
【倫理的配慮】
旭川医科大学倫理委員会の承認の下,患者および保護者に本研究の主旨を説明し,同意を得た.
【結果】
OS強度の指標では,尿中8-OHdGは対照群に比較してAD群のみで有意に高値であったが,血清CoQ10酸化率は対照群に比較してMCI群とAD群で有意に高値であった.一方,OS防御能力の指標であるSTASは,対照群に比較してMCI群とAD群で有意に低値であった.STASはAD群で最も低値であり,AD群とMCI群との間にも有意差が認められた.また,いずれのOSマーカーでもMCI群あるいはAD群とFTD群の間に有意差は認められなかった.
【考察】
以上の結果から,AD症例では尿・血清中のOSマーカーを用いてOSの増加やOSに対する防御能力の低下が観察されることが明らかになった.また,MCI症例においても血清CoQ10酸化率やSTASの変化が認められたことから,これらのOSマーカーがADの早期診断上有用である可能性が示唆された.OSマーカーの疾患特異性に関しては,今後種々の認知症疾患を対象に多数例で検討することが必要である.
【文献】
1) Nunomura A. et al., J. Neurosci. 19:1959- 1964, 1999
2) Nunomura A. et al., J. Neuropathol. Exp. Neurol. 59:1011-1017, 2000
3) Nunomura A. et al., J. Neuropathol. Exp. Neurol. 60:759-767, 2001
4) Nunomura A. et al., Neurobiol. Dis. 17:108- 113, 2004
 

II2-2 9:15-9:30

スクリーニングに使用する記憶検査の予測妥当性の検討−利根町研究−

児玉千稲1),山下典生1),木之下徹2),池嶋千秋1),谷向 知3),朝田 隆3)

1) 筑波大学人間総合科学研究科,2) こだまクリニック,3) 筑波大学臨床医学系精神医学
 
【目的】
認知症前駆状態つまり近未来に認知症に移行する危険性の高い群の早期発見,早期介入は重要な課題である.そのスクリーニングには,様々な種類の記憶検査が用いられている.しかし,どの記憶検査によるスクリーニングが,認知症に移行する危険性の高い群をより正確に予測できるのだろうか?我々は,利根町において,認知機能を中心に,3年間の追跡調査を行ってきた.そこで,本研究では,ベースライン時に施行した6つの記憶検査のうち,どの記憶検査が認知症へ移行した群を最も正確に予測したかという予測妥当性の探索的な検討を目的とする.
【方法】
利根町研究に参加した65歳以上の住民のうち,ベースライン調査の参加人数は1916名,3年後の追跡調査に参加した人数は1062名であった.ベースライン調査において,6つの記憶検査(32単語ヒント後再生,32物品図自由再生,32物品図自由再生+ヒント後再生,Wechsler Memory Scale-Revised(WMS-R)論理再生?T,論理再生?U,3単語遅延再生)をすべて受けた対象者は758名であった.ベースライン時にすでに認知症レベルと判断された26名を除いた732名中,3年後の追跡調査に参加された対象者は542名であった.追跡調査時には精神科医による面接が行われ,18名が認知症レベルと判断された.6つの記憶検査の認知症への移行予測については,ロジスティックモデルにより分析した.各記憶検査得点を予測変数とし,認知症レベルに移行したか否かに対する各々の記憶検査の説明力を検討した.
【倫理的配慮】
対象者から書面によるインフォームドコンセントを得た.また,本研究は筑波大学医倫理委員会の承認を受けて行った.
【結果】
各記憶検査得点を予測変数とした6つのモデルを分析した結果,いずれの検査も有意に認知症レベルへの移行を予測していた.ただし,それらの適合度指標を比較した結果,モデルの適合度に差がみられた.32単語ヒント後再生,論理再生?T,3単語遅延再生に比して,32物品図自由再生,32物品図自由再生+ヒント後再生,論理再生?Uのモデルの適合度が良好であった.
【考察】
本研究結果より,精神科医の診断による認知症レベルへ移行する群を予測するうえでは,32物品図の自由再生,32物品図自由再生+ヒント後再生,論理再生?U(物語遅延再生)が有用であることが暫定的に示唆された.いずれも難易度の高い課題であり,かつ,干渉課題後の遅延再生課題である点が共通している.地域における認知症への移行群の予測という点では,施行する記憶課題にある程度の難易度が必要であるものと考えられた.ただし,本研究では追跡時に認知症レベルとされた人数が18名と少ない.そのため,本結果は不安定である可能性が高いという限界が残されている.今後さらに追跡調査を続ける必要がある.
 

II2-3 9:30-9:45

集団検診方式による認知症早期発見の有用性;4年継続受診例と脱落例の分析から

杉山智子1),須貝佑一1),丸井英二2),林 邦彦3)
松村康弘4),山本精一郎5),杉下知子6)

1) 認知症介護研究・研修東京センター,2) 順天堂大学医学部公衆衛生学教室,3) 群馬大学医学部保健学科
4) 国立健康・栄養研究所,5) 国立がんセンター情報研究部,6) 三重県立看護大学
 
【目的】
認知症の早期発見は認知症疾患の進行予防や介護予防の方策を考えるうえで重要な課題になりつつある.われわれは各自治体で在宅の高齢者を対象に行われている高齢者検診に物忘れ検診を追加することで認知症の早期発見と早期対応が容易になるのではないかとの見通しから簡易な検診システムを作り,3年間,4回にわたって追跡調査を行ってきた.今回,その結果の一部をまとめて報告する.
【方法】
2002年に浴風会病院で実施していた高齢者検診に訪れた65歳以上の在宅の高齢者に調査研究趣旨を説明し,当初の参加希望者338人を調査対象とした.参加希望者は毎年増え,物忘れ検診の参加延べ人数は2005年検診までに648人となった.このうち,2002年から2005年まで4回継続して受診したケースと2005年検診を受診しなかった脱落ケースを調査対象とした.
 検診は,2002年はMMSE,頭部X線CT検査を実施,2005年はMMSE,物語記憶再生テスト,頭部X線CT検査の組み合わせで行った.
MMSEは臨床心理士が行い,頭部X線CTの判定は精神科医,神経内科医が視察による判定を行った.分析にはSPSS13.0を用いた.
【結果】
物忘れ検診受診者の内訳は2002年スタート時点で男性123人,女性215人,平均年齢75.1±5.7歳だった.初回検診時のMMSEの平均は27.3点で,このうち認知症レベルの知的低下が疑われる24点以下のケースは32人,9.5% みつかった.2005年まで継続4回受診したケースは185人で2002年スタート時点の54.7%にあたる.4回継続受診者の2002年検診時のMMSEの平均は28.2点,2005年のMMSEの平均は28.3点で2002年と2005年のMMSEの平均値に有意差は認められなかった.しかし,4回継続して受診したケースで24点以下だったのは2002年で5人(2.7%)だったが,2005年には14人(7.5%)と約3倍に増えている.初回検診時にMMSE24点以下だった32人のうち27人はその後受診せずにいることがわかった.2005年検診の脱落例の2002年スタート時点の平均MMSEと4回とも検診を継続した例のスタート時点のMMSEとには当初から有意差がみられた.脱落した例について現在の健康状態を電話調査した結果をあわせて報告する.
【考察】
簡易な物忘れ検診でも頭部X線CTなどの画像検診を加え,連続して追跡することで認知症の早期発見が可能である.初回検診時に認知レベルの高い群が継続して受診し,認知レベルに問題のあるケースがその後の検診で脱落する傾向がある.集団検診では検診脱落者の追跡が重要で,この群の中に高率に認知症,あるいはその他の疾患の発生が多いことを示唆する結果だった.
 

II2-4 9:45-10:00

事故の高危険群を検出できるスクリーニング法と基準の検討

松本光央1),池田 学1),豊田泰孝1),上村直人2),博野信次3),田邉敬貴1)

1) 愛媛大学医学部神経精神医学,2) 高知大学医学部神経統御学講座,3) 神戸学院大学人文学部人間心理学科
 
【目的】
現在,認知症患者の運転中止を決定する方法,基準については世界的に見ても統一されたものはない.しかし,運転中止が必要な認知症の運転者を把握し,円滑な運転中止のシステムを構築することは,社会の安全と認知症患者のQOLの維持を両立させる上でも必要不可欠である.
 そのため,患者およびその家族がまず訪れる,かかりつけ医の診療などでも簡便に判定できる評価基準で,安全に運転できる群,明らかに安全に運転できない群と,危険が予想され精査が必要な群を弁別できるスクリーニング基準を設定することを目的に研究を行った.
【方法】
愛媛大学医学部附属病院精神科神経科と高知大学医学部附属病院神経科精神科の専門外来の診療録データベースから,初診時に運転を続けていたアルツハイマー病患者を抽出し,発症後に事故,違反歴のある群26例とない群23例に分けて神経心理学的検査のプロフィールを比較した.その特徴の違いから基準を設定し,事故の危険性の高い群,低い群を弁別する感度,特異度を算出した.
【倫理的配慮】
データ及び資料は第三者から個人が特定できない形式で厳重に管理した.
【結果】
CDR 2以上の例は全員運転上の問題を有しており即時中止が望ましく,CDR 1以下の更なる精査が必要な群の弁別においては,海外で多く推奨されているようなCDR,MMSE単独ではなく,両方を併用し判定することで有用な指標となりうる可能性が示された.
【考察】
運転中止は,対象者の社会的孤立を招く原因ともなり,その基準は十分な妥当性を持つ必要があり,設定は慎重に行われる必要がある.欧米では,一定の基準が提示され,認知症患者の運転中止に関するシステムが整ってはいるものの,それらの基準の妥当性が確立されているわけではない.実際に運転上の問題を有する群と,家族から見ても問題の認められない比較的安全な運転が保たれていると考えられる群を比較検討した研究はほとんどなく,今回の我々の研究は,今後本邦のみならず世界における高齢者,特に認知症患者の運転問題を議論するうえで有用な指標となりうると考える.
しかし,今回の研究は例数が少なく,地域の交通環境の特異性や患者本人以外に運転のできる同居者がいるかどうかといった家族構成が影響を及ぼしている可能性は否定できない.今後さらに多数例での妥当性の評価が必要であると考える.
 

精神障害

座長 :  千葉 茂 ( 旭川医科大学医学部精神医学講座 )

II2-5 10:05-10:20

統合失調症の生命予後

一宮洋介1,2),一宮祐子2),桜井信幸2),高橋耕一2)

1) 順天堂大学浦安病院メンタルクリニック,2) 川越同仁会病院
 
【目的】
統合失調症の生命予後を検討するため,統合失調症患者の死亡原因を調査した.
【方法】
1963年までに川越同仁会病院を初診した定型統合失調症患者129症例について,同一治療チームが継続関与し,経過観察しているが,今回は2006年1月現在の転帰を調査検討した.
【倫理的配慮】
本研究においては患者個人を特定できるような情報を用いず匿名性に配慮した.
【結果】
129例の転帰は,入院患者15例(平均年齢69.7歳),外来患者19例(平均年齢72.1歳),他院通院中3例,施設入所22例,死亡63例,行方不明7例であった.死亡63例(49%)中,死亡原因の明らかなものは49例(男性25例:平均年齢68.2歳,女性24例:平均年齢65.9歳)であった.死亡原因は,悪性腫瘍14例(食道癌1例,胃癌2例,大腸癌3例,肝臓癌1例,胆嚢癌2例,肺癌1例,上顎洞癌1例,乳癌2例,子宮癌1例),肺炎9例,心不全6例,脳梗塞・糖尿病・腸閉塞が各3例,心筋梗塞・窒息が各2例,肝硬変・胃潰瘍・熱中症が各1例,自殺3例,他殺1例であった.
【考察】
死亡時平均年齢は男女とも平均寿命を下回り,生物学的脆弱性の存在が示唆された.消化管の悪性腫瘍,腸閉塞,高齢患者の肺炎と窒息は長期にわたる定型抗精神病薬の服用の影響を考慮すべきと思われた.
 

II2-6 10:20-10:35

各種唾液ステロイドホルモンからみた、中高年男性の抑うつ・不眠症状

沖真利子1),本間誠次郎2),平岩幹男3),長谷川寿一1)

1) 東京大学総合文化研究科認知行動科学,2) 帝国臓器メディカル開発研究部
3) 戸田市立医療保健センター健康推進室
 
【目的】
中高年男性で増加する気分・睡眠障害の内分泌学的背景として,男性ホルモンの代表であるテストステロン(T)の減少の他に,副腎由来の2種のホルモン ― ストレスホルモンであるコルチゾール(F)および,加齢によって顕著に減少するアンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)― のバランス異常が注目されている.Fの過剰分泌は,幅広い年齢層のうつ病患者で確認されているが,DHEAに関しては,基礎値の増加1),減少2),変化なし3) のすべてが報告されており,一貫していない.本研究では,生理活性型のホルモン濃度を血液よりも鋭敏に反映する唾液を試料として,朝・昼・夕方のT・F・DHEA濃度から,中年期男性の抑うつ・不眠症状を検討した.
【方法】
健常男性36名(M = 53.6歳,SD = 4.4)を対象に,9時・12時・17時の計3回唾液を採取し,液体クロマトグラフィー・タンデム型質量分析法でT・F・DHEA濃度を測定した.朝と夕方のDHEA濃度のみが,年齢と有意に負に相関した(それぞれr =−.52,p<.005; r =−.38,p<.05).また,夕方においてのみ,T濃度がF・DHEA濃度と弱く正に相関した(それぞれr = .30,p<.1; r = .31,p<.1).対象者は,自己評価式抑うつ性尺度(SDS)およびアテネ不眠尺度に回答した.なお,この研究は東京大学総合文化研究科内の「ヒトを対象とした実験研究に関する倫理審査委員会」より承認を得た.
【結果】
採取時間帯ごとのホルモン濃度と尺度の関係は以下の通りであった.
1)朝 F濃度がSDS尺度得点と強く正に相関した(r = .45,p<.1).また,T濃度が同じくSDS尺度得点と弱い正の相関傾向にあった(r = .31,p<.1).DHEA濃度はいずれの尺度とも有意な関連がなかった.
2)昼 F濃度がアテネ不眠尺度得点と強く正に相関した(r = .56,p<.005).T濃度はいずれの尺度得点とも有意に相関しなかった.DHEA濃度はSDS尺度得点と弱い正の相関傾向にあった(r = .30,p<.1).
3)夕方 いずれのホルモン濃度も各尺度得点と有意に相関しなかった.
【考察】
午前中の高濃度のFが,中高年期男性の気分・睡眠の質の低下と関連する可能性が示された.夕方の試料に関しては,うつ・不眠と結びついた内分泌動態が,日中の社会生活の影響によってマスキングされうることが示唆された.T・DHEAについては,予測された結果とは逆に,濃度が高いと抑うつ症状が強い傾向が見られた.しかし,これらの相関は比較的弱かったことから,両ホルモン濃度は,Fほどには影響を及ぼさない可能性が考えられた.
1) Heuser et al. (1998). Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, 83:3130- 3133.
2) Michael et al. (2000). Biological Psychiatry, 48:989-995.
3) Fabian et al. (2001). Biological Psychiatry, 50:767-774.
 

II2-7 10:35-10:50

初老期のうつ状態にTrichoteiromania合併し認知症との鑑別を必要とした症例について

小野和哉,石黒大輔,中村晃士,沖野慎治,中山和彦

東京慈恵会医科大学精神医学講座
 
 初老期のうつ病は身体的愁訴や不安焦燥が強いことが知られているが,その生物学的原因については不明なことが少なくない.また衝動制御の障害あるいは強迫性障害の類縁疾患として推定されているTrichoteiromaniaは一般に若年期の疾患として考えられ,成人例は比較的まれでありその病因には種々の議論がある.今回我々は,40歳中ごろより易疲労感を生じ,51歳の初老期になり不安焦燥感,軽度の抑うつ感,を主訴とし,ひきこもり,状態を緩徐に呈してきたうつ病様状態の女性患者を経験した.操作的診断では大うつ病の診断基準をみたすものの,うつ病としての経過が長期間であること,症候では制止症状は目立たず,慢性に緩徐に適応能力の低下をきたしており,また認知機能検査で前頭葉機能低下を示し,うつ病として考えることには躊躇を感じる事例であった.認知症の初期症状を疑ってMRIやSPECTなどを施行するも画像診断上の問題は認めなかった.入院後の薬物療法ではSSRIはいずれも効果に乏しく,クロミプラミンの投与に切り替えてより改善感があり,Trichoteiromaniaにおいても50%程度の改善を示した.しかし全体の認知機能水準に変化は少なく,家庭生活への適応が困難な状態が持続し,MCIなど認知症周辺領域の病態との慎重な鑑別を要した.Trichoteiromaniaとしての症候が患者のうつ症状のある種の防衛的機制なのか,あるいは認知症に基づく適応不安に関する防衛的機制なのかについて判然としなかった.当日は症例を呈示し,患者の認知面の障害の体験様式について精神病理学的考察を加えたい.本症例報告は,個人情報に留意した一部の改変を行い,また患者の同意を得て行うものである.
 

心理介入

座長 :  黒川由紀子 ( 慶成会老年学研究所 )

II2-8 10:55-11:10

軽運動を中心とした運動介入が高齢者の記憶能力に及ぼす影響―利根町研究―

征矢英昭1),坂巻裕史1),加藤守匡2),本山輝幸1),朝田 隆3)

1) 筑波大学大学院人間総合科学研究科運動生化学研究室
2) 山形県立米沢女子短期大学健康栄養学科,3) 筑波大学臨床医学系精神医学
 
【目的】
認知症予防手段としての運動の有用性が注目を集めている.近年多くの研究から日常的な身体活動,特に有酸素性運動が高齢者の認知機能改善に有効であると報告されている.我々は,運動による前頭前野の活性化は,多くの運動処方で用いられる運動強度(LT強度:最大酸素摂取量の50〜60%)よりも低強度で生じることを確認しており,軽運動が認知機能を改善させるという仮説を立てている.これまで運動による認知機能への介入効果を,形態や運動能力などの項目と関連付けて縦断的に検討した報告はない.本研究では,軽運動を用いて運動介入を行い,介入期間中の運動実施状況及び介入前後の運動能力等の変化と記憶力の変化との関連を縦断的に検討した.
【方法】
利根プロジェクトの対象者である2001年5月1日現在で利根町に在住している高齢者で介入参加の同意が得られた327名(男性148名,女性179名)を介入群とし,運動介入を行っていない460名(男性192名,女性268名)を非介入群とした.介入期間は2003年6月から2005年5月までの2年間であり,町の3ヶ所の集会所において,月に2回ずつ計6回,1回1時間の運動集会と家庭での軽運動を実施した.参加者には家庭での軽運動実施量をログダイアリーに記録させその記録を基に各被験者の軽運動による消費エネルギー量を算出した.認知機能はファイブコグテストを用いて評価し,介入群には運動介入1年前,介入直前,介入1年後,介入2年後の4回行い,非介入群には介入開始1年前,介入2年後の2回行った.また介入群は,個人特性として年齢,性別,教育年数,身体活動量,尿中コルチゾール値,形態として身長,体重,BMI,運動能力として脚筋力,有酸素性能力,反応時間を測定した.
【倫理的配慮】
本研究は筑波大学倫理委員会の承諾を得ており,実施に際しては書面により同意を得た後に実施した.
【結果】
記憶スコアは介入群では,介入前の1年間では有意な変化は見られなかったが介入後で有意に増加した.非介入群では,記憶得点に有意な変化は認められなかった.介入群では,脚筋力及び身体活動量において有意な増大,尿中コルチゾール濃度及び選択反応時間において有意な低下が認められた.また,介入による記憶スコアの変化量は,身体活動量の変化量,軽運動実施量及び運動集会参加回数との間に有意な正の相関関係が認められた.
【考察】
軽運動を中心とした運動介入により,高齢者の記憶力が改善したことが確認された.軽運動の継続的な実践,日常的な身体活動量の増加,慢性的ストレスの軽減,地域集会などへの積極的参加が記憶力改善に重要な役割を果たす可能性が示唆された.この詳細な要因は不明だが,軽運動実施による前頭前野での脳血流代謝改善など運動に内在する脳機能への生理・生化学的変化の影響さらには介入に附随する社会的なコミュニケーションの影響といった間接的要因が認知機能に何らかの好影響を及ぼしたと推察される.
 

II2-9 11:10-11:25

要介護高齢者への“顔-氏名”の記憶リハビリテーション

若松直樹1,5),三村 將2),小松伸一3),池田 徹4),柴田 博5)

1) 医療法人青仁会鹿屋高齢者研究所,2) 昭和大学医学部精神神経科
3) 信州大学教育学部教育科学講座,4) 医療法人青仁会池田病院内科,5) 桜美林大学加齢・発達研究所
 
【目的】
アルツハイマー病を含む認知症患者の記憶障害に対する認知訓練においても,健忘症候群における誤りなし(排除)学習 errorless learning (Wilsonら,1994)の原理が有効であることが示されている(Clareら,2002).われわれはさらに,軽度のアルツハイマー病患者を対象に,保たれている潜在記憶に基盤を置く“知覚的符号化”による誤りなし学習と,いまだ残存している顕在記憶に基盤を置く“概念的符号化”による誤りなし学習とを比較し,後者の条件がもっとも学習効率が高いことを報告した(若松ら,2004).今回,この概念的符号化による誤りなし学習が,継続的な記憶訓練の場面でも臨床的に有効か否かを確認するため,“顔-氏名”対連合学習を用いた訓練を実施したので報告する.
【方法】
対象は軽度のアルツハイマー病患者を中心とする要介護高齢者24名(全員女性,平均82.3±5.6歳).全例MMSEが20〜25点(22.5±1.8点)で,老人保健施設等のデイケアに通所中である.対象を3群に分割し,それぞれ以下の異なる学習条件に割り当て,8名の未知人物の顔写真とその氏名を記銘してもらった.各群の平均年齢とMMSE得点に差はなかった.条件1(誤りなし・概念的符号化): 「清らかな水が流れている近くに住んでいるので清水さん」と教示する.条件2(誤りあり・知覚的符号化): 当該氏名の語頭音(例えば「し」)を提示し,その音で始まる他の氏名を複数生成させた後に正答を教示する.条件3(誤りなし・知覚的符号化): 当該氏名の正答を直接教示し,それを3回復唱させる.学習訓練は全4回/1週間.評価は各訓練直前・直後での,写真を手がかりとした,手がかり再生(以下,再生)数で行った.【目的】アルツハイマー病を含む認知症患者の記憶障害に対する認知訓練においても,健忘症候群における誤りなし(排除)学習 errorless learning (Wilsonら,1994)の原理が有効であることが示されている(Clareら,2002).われわれはさらに,軽度のアルツハイマー病患者を対象に,保たれている潜在記憶に基盤を置く“知覚的符号化”による誤りなし学習と,いまだ残存している顕在記憶に基盤を置く“概念的符号化”による誤りなし学習とを比較し,後者の条件がもっとも学習効率が高いことを報告した(若松ら,2004).今回,この概念的符号化による誤りなし学習が,継続的な記憶訓練の場面でも臨床的に有効か否かを確認するため,“顔-氏名”対連合学習を用いた訓練を実施したので報告する.
【倫理的配慮】
本研究では文書または口頭で研究協力の了承を得た上で,匿名性の保持および個人情報の流失防止には充分留意した.
【結果】
訓練直後の再生数は時期と学習条件についてそれぞれ有意な主効果を認めた.訓練直前の再生数(すなわち2回目以降は前回訓練からの遅延再生を指す)にも,時期と学習条件についてそれぞれ有意な主効果を認めた.直前再生・直後再生ともに時期×学習条件の交互作用は認めなかった.多重比較検定では,直前再生・直後再生とも誤りなし・概念的符号化条件が,誤りあり・知覚的符号化よりも有意に高成績であった.さらに,直前再生(前回からの遅延再生)については,誤りなし・概念的符号化条件が誤りなし・知覚的符号化条件より成績の上昇が顕著であった(図1).
【考察】
先行研究における誤りなし学習の有効性を再確認し,さらに誤りを排除した上での符号化条件については,残存する顕在記憶を指標とする概念的符号化が継続的訓練においても有利と思われた.前回の訓練から時間をおいた遅延再生に際して,概念的符号化条件が有利であるならば,軽度アルツハイマー病患者の日常生活能力の向上にも援用可能であると思われる.

 

II2-10 11:25-11:40

アルツハイマー型認知症患者に対する臨床美術の効果

松岡恵子1,2),宇野正威1,3),金子健二4)

1) 吉岡リハビリテーションクリニック,2) 国立精神・神経センター精神保健研究所
3) 東北福祉大学,4) 芸術造形研究所
 
【目的】
絵画や陶芸などの臨床美術活動はアルツハイマー型認知症(以下,AD)を有する患者にしばしば用いられるが,それらが認知機能に及ぼす効果は一貫した結果が得られていない.本研究では,臨床美術を行った患者に長期的な認知機能の評価を行い,臨床美術が認知機能に及ぼす長期的効果について検討した.
【方法】
本研究で介入対象となったのは,もの忘れ外来に2年以上継続して通院するAD患者である.臨床美術プログラムを希望した患者16名には,臨床美術専門家による約3時間の臨床美術プログラムを月に3度行った.プログラム開始前,開始一年後,開始二年後にMini-Mental State Examination(MMSE)とWechsler Adult Intelligence Scale- Revised(WAIS-R)により評価を行った.また,対照群として,臨床美術プログラムを行わなかったAD患者8名にもそれぞれの時期に同様の評価を行った.
【倫理的配慮】
本研究の対象者からは臨床美術による介入研究参加およびデータの公表について同意を得ている.
【結果】
介入群では,開始一年後のIQは不変であり,下位検査では「数唱」「符号」で改善した一方,「絵画配列」で低下が見られた.開始二年後になると,「動作性IQ」「全検査IQ」「単語」「絵画配列」「符号」で有意に低下していた.対照群では一年後に「言語性IQ」「動作性IQ」「全検査IQ」「単語」「理解」「符号」が低下し,二年後も「動作性IQ」を除いたそれらの下位検査およびIQが低下していた.このWAIS-Rの変化を個々の症例で検討したところ,介入群のうち2名は2年後のIQ低下が10以上と大きかった.一方,2年後でもIQが低下していない患者は,介入群では5名(31%)であったが,対照群では1名(13%)であった.
【考察】
臨床美術による介入を行った群では,介入一年後に「数唱」や「組合せ」の改善が示唆された.一方,介入を行わなかった群ではIQの低下がみられ,改善した項目はなかった.このことから,臨床美術介入により一年後の認知機能が改善したことが示唆される.改善した項目は「数唱」といった注意力に関する機能,そして「絵画完成」「組合せ」といった有意味図形の構成に関する機能と考えられた.また対照群において大きく低下していた「符号」が介入群で低下していなかったことは,臨床美術により系列処理能力の低下が抑えられたものと解釈された.
 介入から二年後の結果では,両群ともにIQの低下がみられた.しかし個別に検討すると,介入群ではIQが低下しない症例が対照群と比較して高い割合で存在した.一方,介入群でもIQ低下が著しい群があり,臨床美術の認知リハビリテーション効果には症例差があると考えられた.どのような症例でより高い効果が得られるかを臨床像と画像所見などから検討する.
 

II2-11 11:40-11:55

認知症高齢者の虐待問題介入に関する検討

上野秀樹1),東儀瑞穂1),中村亮介1),源田圭子2),入谷修司3)

1) 東京都立松沢病院精神科,2) 東京都立墨東病院精神科,3) 名古屋大学医学部精神科
 
【目的】
わが国が高齢社会に突入して久しい.しかし,高齢者の急増に伴って,それを支えるシステムはいまだ不十分である.その状況下で平成17年11月にいわゆる高齢者虐待防止法が成立したが,高齢者虐待の実態は未だ十分に把握されていない.今回我々が医療現場で経験したケースを紹介し,高齢者虐待問題の介入の方法の実情と問題点を考察したので報告する.
【方法】
検討すべき症例提示
 今回,認知症性精神科専門医療で経験した認知症性高齢者の夫婦2人暮らしの2事例を提示し,法的処遇を含め,危機介入の方法について考察したので報告する.
症例1)80歳男性と78歳の女性の夫婦2人暮らし.妻は,重度の認知症,夫は,軽度の認知症.平成x年11月より妻の顔や手足に打撲痕がみられるようになった.夫から妻への暴力と予想された.地域の保健師が介護サービスをすすめても夫が他人の介入をいっさい拒否.平成x+1年4月,家の奥から怒鳴り声が聞こえ,打撲痕がひどくなっているとの近隣の通報が保健所にあり,保健福祉センターから,医師/保健婦が状況を確認にいった.夫は一貫して易怒的でかつ拒否的で介入を拒み,妻の保護の緊急性をみとめた.関係機関が,それぞれの保護者となりえるキーパーソンを探し出し,2人同時に医療保護入院させ危機介入をおこなった.
症例2)91歳の男性と85歳の女性の2人暮らし.夫は重度の認知症で妻は中等度認知症.平成x年10月から妻が夫をこん棒で叩く等の行為がみられるようになった.それにともなって,不安,焦燥,夜間不眠等がみられるようになった.その後,暴力行為はエスカレートし,近隣にすむ長男が警察と地域保健師に通報.夫をまず医療保護入院させる.次いで妻を外来で治療開始.妻には,散財傾向があり成年後見制度を利用し,経済的な保護をはかった.
【倫理的配慮】
症例提示は,報告の趣旨を損なわない範囲で個人を同定できないように改変して,個人情報を保護した
【考察】
高齢社会になり,老老介護はもはや珍しくなくなり,その中には呆呆介護という状況も散見されるようになった.
今回の症例は,精神保健福祉法を活用し高齢者の保護を図った.しかし,それは精神保健福祉法の立場からは拡大解釈の危機をはらんでおり問題点も存在すると考えられる.高齢者虐待に関連する法令/制度には,民法,老人福祉法,介護保険制度,成年後見制度,人身保護法,刑法などがあり,平成17年11月に,高齢者虐待防止法が成立した.今回の2症例の介入については精神保健福祉法に則った介入で対処を行った.精神保健福祉法の趣旨,すなわち精神症状によって入院の可否を判断するということからは,虐待の状況のために精神科入院を行うのは問題がのこる.しかし,児童虐待に相当する児童相談のような保護施設も現実的ではない.今回提示した症例のような,特殊な背景ではあるが今後も増えて行く可能性があるケースの処遇についていかなる法的な保護が望ましいかを考えて行く必要がある.
 

せん妄

座長 :  和田有司 ( 福井大学医学部精神医学教室 )

II2-12 13:00-13:15

せん妄様錯乱状態を呈した2症例 −高齢者の“躁状態”についての考察―

新里和弘,上野秀樹

東京都立松沢病院精神科
 
【はじめに】
せん妄とは,認知機能の低下や幻覚,不眠といった精神症候群を伴った意識障害の一型である.高齢者に高い頻度でみられ,その診断・治療について,苦慮することも少なくない.
今回,高齢の躁うつ病の患者に,せん妄様の錯乱状態がみられた2例を経験した.両例ともにせん妄様のまとまらなさを呈したが,多動,多弁,欲動の亢進,強い睡眠障害がベースにあり,主病像は躁状態と思われた.
【症例提示】
症例1 現在85歳の女性
72歳頃から,躁とうつの波が見られるようになったが生活に支障は生じなかった.本人83歳時の6月頃から,頻回の電話,多買,多弁,怒りっぽくなり,睡眠も座椅子で取るといった状態が続き,同年7月5日に初診し13日に入院となった.入院後2週間ほど,特に夕方から,被害的言辞が活発となり行動がまとまらずほとんど眠れず,夜間せん妄様の状態.EEGではα波がやや遅く,徐波の出現はなし.頭部CT:年齢相応.塩酸チアプリドで治療を行なったが,症状の改善に2週間を要した.その後バルプロ酸を加剤.入院前後の記憶は割合保たれていた.3ヶ月で退院.現在も通院中で,明らかに躁とうつの波は残るが,感情の変動幅は大きくない.HDS-R=28点.
症例2 現在86歳の女性
61歳頃からうつと躁を繰り返す.73歳時の2月初旬から急激に躁的錯乱状態.同月15日当院に入院となった.入院当初は意味不明な言辞,暴れて騒ぐなどみられ見当識も不良.EEGはα波が中等量出現.不整なδ波が散見.頭部CT:年齢相応.ハロペリドール,リチウムの改善したが,健忘を認めた.退院時のHDS-R=28点.現在も外来に通院しているが年に2〜3回の躁状態がみられる.躁状態時は1〜2週間程度続き,不眠が強く多弁で,行動・疎通ともまとまらず,せん妄様となる.バルプロ酸の増量,またうつ状態時にはフルボキサミンの増量で対処している.
【倫理的配慮】
患者のプライバシーの保護に配慮し,プライバシーに関わる内容は一部変更して報告をおこなう.
【考察】
高齢者のせん妄は,脳の予備能の低下が潜在的に存在しそこにさまざまな身体疾患や中枢神経疾患が加わって出現することが多いが,今回の経験から身体的・器質的障害のみならず,「躁状態」という機能性の障害からもせん妄様状態は惹起されうるということが明らかとなった.
治療に際し「せん妄」の治療ではなく「躁状態」の治療に主眼を置くべきであることは留意すべき点である.せん妄様の状態は,「仮性のせん妄状態」として捉えた方が治療上適当なのではないか.
例えば症例1では,治療に塩酸チアプリドではなく,抗躁作用のある薬剤を替わりに用いればより早急な症状の改善がみられた可能性がある.また,このような「仮性せん妄状態」では,抗うつ薬をせん妄の治療薬として用いることは危険である.
さまざまな身体疾患,神経疾患において,その症状の出方が高齢者では非典型となることはよく知られている.高齢躁うつ病患者の躁状態も,症状のでかたが典型的でなく,「仮性せん妄」の形をとって出現することがある,と知ることは,せん妄の診断治療に際して重要であると思われる.
 

II2-13 13:15-13:30

当院における高齢者せん妄患者に関する臨床的検討 ―睡眠覚醒リズム障害に着目して―

原田大輔1),伊藤 洋1),秋山恵一1),沖野慎治1)
林田健一1),石野裕理2),山寺 亘3),中山和彦3)

1) 東京慈恵会医科大学青戸病院精神神経科
2) 国立がんセンター中央病院緩和ケア科,3) 東京慈恵会医科大学精神医学講座
 
 高齢者医療場面,特に入院治療場面において,不眠・せん妄などの睡眠覚醒障害や,抑うつ・不安などの精神症状が出現することは,しばしば経験するところである.中でもせん妄は,その頻度の高さ,生命予後への悪影響,あるいは転倒など事故の危険性からみても重要な症候群と考えられる.一方で,せん妄の原因が多要因性であるが故に,実際の臨床場面,特に身体診療科においては,その診断および治療に困難を伴うことが多いようである.また,睡眠覚醒リズム障害は,入院という環境変化において容易に引き起こされ得る.入院に対する不安,夜間の治療行為・物音による睡眠障害,あるいは入院生活に付随する光曝露量低下や活動量不足は,サーカディアンリズムに対して障害を与える.このリズム障害が身体活動の低下や高次精神活動の障害につながり,多くはせん妄の発症へと至る.
そこで今回我々は,東京慈恵会医科大学青戸病院精神神経科に同院の身体科より兼科依頼された入院患者の調査を通して,せん妄の実態を把握すると共に,その誘発因子として分類される睡眠覚醒リズム障害に着目し,せん妄の発症予防における睡眠環境調整の有効性を検討することを目的とする.
対象は,平成14年4月1日から平成15年3月31日までの期間に兼科依頼された入院患者112名(男性57人,女性55人)に対して,発症率・患者特性・依頼科・基礎疾患・発現状況・依頼理由・診断率,といった項目に関してretrospectiveに解析を行った.精神科診断には,ICD-10を使用した.
睡眠覚醒リズム障害に関しては,腕時計型活動量連続測定計(活動計)を用いて,せん妄を呈した高齢癌患者と健常者(若年者・高齢者)の活動量の違いを検討した.尚,以上は同院の倫理委員会により承認を得ている.
その結果は,以下のようであった.

(1) せん妄発症率:26.8%
(2) 平均年齢:72.1±10.1歳
(3) 依頼科内訳:外科30.0%>内科26.8%>泌尿器科20.0%
(4) 基礎疾患:悪性腫瘍56.7%>脳血管障害10.0%>肝障害=心筋梗塞6.7%
(5) 発現状況:ターミナルケア下20.0%>環境変化16.6%>術後=アルコール性疾患13.3%
(6) 他科におけるせん妄の正診断率:88.9%
(7) 精神科とのせん妄診断一致率:26.7%

活動計装着例を検討すると,せん妄時には健常高齢者と比較して,夜間活動量が高く,昼夜の二相性は消失していた.せん妄消失時には,日中の活動性が比較的増加,夜間活動量は減少し,ある程度の睡眠覚醒リズムが確立されていた.
せん妄は発症頻度が高く,また診断が困難な病態であるといえる.また,せん妄の持続期間が長いほど生命予後は悪化するという報告もあり,せん妄の早期診断・治療の必要性は高い.今後,病棟スタッフ全体に対する啓蒙と教育を行っていく必要があると思われる.
当日は症例数を増やし,同様に報告する予定である.
 

II2-14 13:30-13:45

高齢期に肝性脳症を呈した1例:定量脳波解析を中心に

田端一基,石丸雄二,田村義之,稲葉央子,布村明彦,千葉 茂

旭川医科大学医学部精神医学講座
 高齢期に肝性脳症を呈して入院した後,治療により良好な経過をたどった1例において,経過中施行した5回の脳波検査に定量脳波解析を加えたので報告する.
【症例】
67歳,女性.
57歳時に原発性胆汁性肝硬変と診断され,当院内科に通院していた.67歳時,入院30日前から活動性が低下して身だしなみに無頓着になり,家事も行わなくなった.次第に会話のつじつまが合わなくなり,入院12日前に当院脳神経外科を受診した.脳MRIのT1強調画像で両側淡蒼球に高信号域が認められたが,脳神経外科的疾患は否定され,当科を紹介された.初診時,失見当識や遅延再生の障害が認められ,Mini-Mental State Examination(MMSE)は22点であり,精査のため入院した.入院1日目,了解が悪く,持込禁止の荷物を何度も持ち込む,人目を気にせず下着を更衣するなど異常行動が認められたが,神経学的異常所見は認められなかった.同日の脳波検査では基礎律動は7〜8 Hzであり,高アンモニア血症(206 μg/dl)が認められた.脳血流SPECTではびまん性の脳血流低下が認められた.肝性脳症と診断し,同日から分枝鎖アミノ酸製剤投与と蛋白(20 g/日)および熱量(1,400 kcal/日)の摂取制限を行った.入院7日目までは明らかな失見当識が持続していたが,その後改善され,入院16日目に意識障害は消失した.MMSE得点は,入院後3日目24点,16日目29点と上昇した.血清アンモニア値は,入院3日目85 μg/dl,5日目87 μg/dlと低下し,8日目には103 μg/dlと再上昇したが,14日目85 μg/dl,21日目84 μg/dlと低下した.入院1日目,4日目,11日目,19日目および56日目に脳波検査を施行し,定量脳波解析を行った.脳波記録は国際10-20法に従い,両側耳朶電極を基準電極とし単極誘導にて記録した.開閉眼を繰り返した後,アーチファクトの混入が少ない10秒間を視察的に抽出し,キッセイコムテック社製ATALASを用いて高速フーリエ変換によるパワースペクトラム解析を行った.δ(2.0-4.0Hz),θ1(4.0-6.0Hz),θ2(6.0-8.0Hz),α1(8.0- 10.0Hz),α2(10.0-13.0),β(13.0-30.0Hz)の6周波数帯域毎のパワー値を算出し,前頭部および後頭部における相対パワー値を経時的に比較した.入院1,4,11,19および56日目の前頭部δ帯域相対パワー値(δ%)は順に,23.2%,21.5%,3.5%,5.9%および7.5%であった.一方,後頭部α2帯域相対パワー値(α2%)は順に13.3%,42.7%,49.5%,73.6%および50.9%であった.
【考察】
本症例では,臨床症状と一致して高アンモニア血症が認められ,肝硬変による肝性脳症と診断された.入院時の意識障害(肝性昏睡?T度)に対応して,定量脳波解析では前頭部δ%高値および後頭部α2%低値が顕著であった.意識障害の改善とほぼ一致して前頭部δ%の減少が認められたが,これに先行して後頭部α2%の増加が認められたことは興味深い所見と考えられた.Amodio(1999年)らは,軽症肝性脳症の定量脳波解析(側頭−後頭部双極誘導)において,δ%およびθ%のみが精神症状の変化と相関すると述べているが,今回の検討からは,後頭部のα2%が肝性脳症の臨床評価において鋭敏な指標である可能性が示唆された.
 

リエゾン

座長 :  一宮洋介 ( 順天堂浦安病院メンタルクリニック )

II2-15 13:50-14:05

一過性に前頭葉機能障害をきたした慢性硬膜下血腫の一例

永田智行,小高文聰,小曽根基裕,山寺 亘,中山和彦

東京慈恵会医科大学精神医学講座
【はじめに】
慢性硬膜下血腫の精神症状として,意識障害,認知機能低下,性格変化,気分障害などが認められ,その病態として,血腫圧迫による二次的な両側視床の血流の低下などが考えられている.しかし,慢性硬膜下血腫患者において脱抑制・保続・人格変化・反社会的行動といった行動異常に関する報告例は少ない.今回,慢性硬膜下血腫の経過中に前頭葉機能障害と思われる行動異常が出現し,血腫の消失とともに症状が改善した一例を経験したのでここに報告する.
【症例】
70歳女性.
X年3月よりゴミの不法投棄が出現し,警察に保護されることがあった.同年7月,睡眠薬を服用後自宅に倒れているところを家族に発見され当科入院となった.診察時,病棟内の物品の破損や落書きなど非道徳的・脱抑制行動を認め,病識の欠如も認めた.入院時スクリーニング検査で前頭葉機能検査(FAB)9点,MMSE28点と解離を伴い,前頭葉機能障害が示唆されたため,頭部単純CTを施行したところ右前頭葉から側頭葉にかけ水腫を含む硬膜下血腫を認めた.脳神経外科兼科となったが,手術適応でなかったため約2週間保存的に経過観察しその後通院にてフォローアップとなった.退院後は入院時に認めた異常行動は認められず,X+1年4月には頭部CT上,血腫は消失し,前頭葉機能検査も18点まで改善した.
【倫理的配慮】
今回,症例を報告するにあたり,患者の名前・年齢・日付に関し若干の変更を加えそのプライバシーを厳守することで倫理的配慮を加えた.
【考察】
本症例にて認められた異常行動は血腫の程度に比例して軽快したことから慢性硬膜下血腫に起因したものと考えられる.このことから老年発症で一過性に反社会的行動・常同行為などの異常行動を伴った前頭葉機能障害を認める場合,慢性硬膜下血腫を鑑別する必要がある.
 

II2-16 14:05-14:20

たこつぼ型心筋症を呈したパーキンソン病の1例

丸山哲弘

飯田市立病院総合診療科
【はじめに】
たこつぼ型心筋症は,急性心筋虚血に類似した徴候とともに,左室壁運動異常が一冠動脈の支配領域を越えて出現し,あたかも「たこつぼ」を思わせる左室形態を呈する病態で,しばしばストレスの強い場合にみられる.今回,不安障害を呈したパーキンソン病患者においてたこつぼ型心筋症を発症した1例を経験したので報告する.
【症例】
主訴:前胸部痛,現病歴:○年×月,右手指の安静時振戦出現,○+2年から動作緩慢が出現し,某病院受診し,四徴を認めパーキンソン病と診断され,L-dopa200mg投与.○+4年,歩行障害が強くなり,ペルゴリド250μg から750μg,次いでDOPS300mgから600mgが追加投与.○+7年,抑うつ気分が出現し,SNRIのトレドミン45mgから75mgが投与.○+8年△月,夜20時突然前胸部が締め付けられるような痛みが出現.当院救急センターを受診したが,心電図で明らかな異常がないため,経過観察.その後も症状が治まらないため,翌日近医を受診し心電図異常を指摘され,当院紹介.最近,夫の33回忌を控え,その準備のため精神的なストレスが強かったが,パーキンソン病のため手間がはかどらなかった.夜間興奮して眠れなかったり,不安を強く訴えることが多かった.既往歴:虫垂炎(17歳).
【入院時現症】
一般身体所見:血圧120/66,脈拍64/分整,貧血・黄疸なし,頸部異常なし,心肺腹部異常なし.神経学的所見:意識清明,精神状態:不安,やや抑うつ的,脳神経異常なし,頸部軽度筋固縮,四肢:筋固縮軽度(右>左),振戦なし,動作緩慢軽度,深部反射正常,病的反射なし,姿勢反射:retropulsion+,歩行は小刻み,腕振り乏しい.
【心理テスト】
MMSE: 28/30,Zung SDS: 46,SCID:anxiety disordersの診断:特定不能の不安障害,コーネル・メディカル・インデックス:subnormal,STAI:特性不安48,状態不安56,Y-G test:C type(情緒安定・内向型).
【経過】
当初虚血性心疾患が疑われたが,画像所見からたこつぼ型心筋症と診断し抗不安薬などを投与し経過観察したところ症状は軽快した.
【考察】
たこつぼ型心筋症をきたす病態として,肉体的ストレス(男性),精神的ストレス(女性)
外科的侵襲(特に胆嚢),高齢女性,クモ膜下出血,褐色細胞腫,神経疾患(ギランバレー,筋緊張性ジストロフィー)などが報告されている.本例は基礎疾患にパーキンソン病があり,心理社会的ストレスが加わり,たこつぼ型心筋症を発症したものと考えられた.パーキンソン病でたこつぼ型心筋症を発症した症例は文献的に報告がない.また,本例のたこつぼ型心筋症の発症にノルアドレナリン系薬剤(DOPS,SNRI)が関与した可能性も考えられた.
【結語】
パーキンソン病の経過中にたこつぼ型心筋症を併発した76歳女性例を報告した.たこつぼ型心筋症の成因として,精神的ストレスおよび抗パーキンソン病薬+SNRIの相互作用に伴うカテコラミン過剰が考えられた.
本症例を発表するにあたり対象者に本研究の目的及び内容について十分説明し,参加の同意を得た.
 

II2-17 14:20-14:35

健忘の背景にてんかんの高齢発病をみた例について

岩崎 弘,樋之口潤一郎,須江洋成,高橋千佳子,中村 敬,中山和彦

東京慈恵会医科大学精神医学講座
 
 てんかんの発病率は乳幼児期が最も高く加齢とともに減少するが,50歳過ぎから再び増加に至ることから,高齢化が進む現在,高齢者におけるてんかんの発病に注意が促されている.今回我々は物忘れがみられ認知症の疑いにて受診した3症例を経験したが,てんかん発作がその症状の発現に深く関っていると考えられるものであった.高齢であってもてんかん発病の可能性を常に念頭におくべきと考えられたので報告する.なお,本症例報告は個人情報に留意し,一部改変を行っている.
【症例1】
73歳,女性,69歳のころよりときおり覇気がなく,上の空で反応が乏しくなる状況がみられるようになった.しかし,いつのまにか普段と変わらない状態にもどっているので様子をみていたという.しかし,次第に日に何度となく同様の症状がみられ,物忘れも目立つようになり認知症のはじまりではないかと心配した家族が付き添って当科を受診した.本人はそのときの様子をなんとなく夢心地であると話したが,自覚は乏しいものであった.脳波検査にて左右独立して,耳朶の活性化所見ないし前側頭部に棘波の出現がみられ,症状は側頭葉てんかんに基づくものと想定した.現在,フェニトイン服用にて症状は改善している.
【症例2】
76歳,女性,以前より呼吸器疾患にて当院通院中であった.75歳のとき薬物療法を目的で入院となったが,家族からみると近年物忘れが目立ち,さらに病気に対する恐怖に加え,昼夜を問わず下肢の辺りからザワザワするものが上がってくる感じや近くを誰かがサッと通り過ぎる感じがして怖いと訴えたため,認知症を疑われ当科受診となった.脳波検査にて右後方領域にシータ律動の出現から徐々に遅くなりデルタ律動にいたるパターンがくり返しみられ,症候性局在関連性てんかんを想定し抗てんかん薬を開始しフェニトイン,クロナゼパムにて症状は軽快している.
【症例3】
73歳,女性,1年ほど前より自分でも何となく物忘れを自覚するようになった.娘が実家に帰った際,本人の車の運転が突然無謀になったことに驚いたという.また,突然自分がどこにいるのか分からなくなることがあった.そのため物忘れの原因精査を目的に当科を受診した.診察の結果から数分〜(数時間)単位で断片的に追想が困難な状態がみられることが明らかになった.脳波検査にてときおり左〜右側の耳朶活性化所見をみとめたため,側頭葉てんかんを想定しカルバマゼピンの服薬を開始し,症状は軽快している.
高齢者のてんかん発作では運動症状が目立たず,二次性全般化に進展し難いともいわれるが,自験例は高齢者におけるてんかん発作の特徴を改めて示すものと考えられた.高齢者であっても健忘や認知障害の背景にてんかんの発病(病態)が関っている可能性があり注意が必要である.
 

II2-18 14:35-14:50

介護家族の視点からみた認知症高齢者の終末期医療に関する研究

山下真理子1),小林敏子2),松本一生3),小長谷陽子4)

1) 大阪府済生会中津病院神経内科,2) 平成会新高苑,
3) 大阪人間科学大学人間科学部社会福祉学科,4) 認知症介護研究・研修大府センター
 
【目的】
認知症高齢者の終末期医療では,病末期での意思表示が不可能となるため,ほとんどの例で家族が代理人として治療方針の決定に関与する.そこで,看取り家族の視点から,認知症高齢者が終末期に受けた医療内容(嚥下障害発症後の治療的対応も)とその場所,家族が希望したこと,看取り後の気持ちなどについて調べ,高齢者自身や家族の考える尊厳ある終末やそれを実現するための条件とは何かについて検討した.
【方法】
認知症高齢者の看取り家族(大阪市および大阪府家族会,病院付属訪問看護ステーション,認知症専門の診療所を通じて収集)を対象にアンケート形式で調査を行った.
【倫理的配慮】
調査の主旨などを説明し,アンケート送付の同意書を取得後にアンケートと同意書を送付し,返送してもらった.調査への参加は家族の自由意志によること,調査結果については秘密を守ること,終了後にアンケート用紙や結果を収録したフロッピー等はすべて破棄すること,結果の発表時には個人を特定する情報は用いず,プライバシーを厳守することを説明に明記した.
【結果】
調査に参加した看取り家族は41名(男性1:女性40),男性の年齢52歳,女性の平均年齢63.5歳であった.看取られた被介護者は親19例,舅・姑13例,配偶者7例,その他2例,男性17名(平均年齢79.8歳),女性24名(平均年齢89.4歳)であった.認知症の原疾患はアルツハイマー病45%,血管性認知症29%,混合型認知症2%,パーキンソン病12%,その他12%であった.最期を迎えた場所は自宅22%,特養5%,それ以外は病院(一般病院49%,介護型病院17%,認知症専門病院7%)であり,入院の理由は「肺炎」と「経口摂取不良」が多かった.被介護者の最期が近いと家族が感じた理由は「経口摂取不良」66%,「寝たきりになった」44%,「呼びかけに無反応」39%,「会話不能」37%であった.終末期であることとその際の治療方針の説明は70%強の例で入院した病院の医師が主に行い,かかりつけ医と認知症の専門医の関与は7〜15%であった.治療方針の選択に際して家族が重視したことは「自然な最期」78%,「苦痛のないこと」71%,「家族に悔いが残らないこと」63%が多く,「本人の意思を反映していること」は24%,「一日でも長く生存すること」は17%にとどまった.終末期の治療は「点滴」が最多で61%,「経鼻チューブ」24%,「胃瘻」17%で,「見守りのみ」も17%あった.経口摂取の困難に対しても「できるだけ工夫をして経口摂取を継続」が34%あった.看取り後の気持ちは約2/3で「充分なことができた」「安らかな死であった」「心の準備ができていた」「悔いはない」との回答であった.なお被介護者自身が意思表示をしていたのは24%であった.
【考察】
認知症では経口摂取困難に伴う肺炎などの合併症や他疾患の合併・悪化により最期を迎えることが多く,自宅で自然経過のまま看取られることもあるが,多くは一般病院や介護型病院で終末期治療を受けながら6ヶ月以内に最期を迎えていた.また,多くの家族は被介護者の状態を受け入れ,無理な延命を望まず,自然な最期を希望していることもわかった.
 

気分障害

座長 :  木村真人 (日本医科大学付属千葉北総病院 )

II2-19 14:55-15:10

老年期うつ病とMCIの鑑別の重要性;相反する経過をたどった2症例の考察から

武島 稔1),北村 立1),大山育子2),金田礼三2),小林克治2),倉田孝一1)

1) 石川県立高松病院精神科,2) 金沢大学大学院医学系研究科脳情報病態学
 
【目的と方法】老年期うつ病は若年者に比べて症状が非典型的であり,正確な診断を下すことが困難である.今回我々は,1)うつ病と診断され,長期にわたる抗うつ薬治療で改善せず,塩酸ドネペジルで認知機能の著明な改善を認めた軽度認知障害(MCI)の1例,2)MCIと診断され,長期にわたる塩酸ドネペジルや抗精神病薬の治療にて改善せず,抗うつ薬治療への変更で寛解を得た大うつ病性障害の1例,を提示し,診断上および治療上の問題点を考察した.
【倫理的配慮】
患者,家族に今回の研究の趣旨を説明し,同意を得た.
【症例1】
53歳男性.会社員.
糖尿病と高脂血症にて近医内科で治療中.喫煙歴あり.両親が脳血管障害で死亡.元来明るく活発だったが,X−1年3月頃から不眠,勤務中の居眠り,意欲低下が出現.X−1年4月頃からは休日も外出せずにぼんやりと過ごす事が多くなった.同年10月にA病院精神科を受診し,大うつ病性障害と診断され,休職した.Mianserin,milnacipranによる治療を受けた結果,症状はやや改善した.しかし,簡単な作業上のミスが多く,他人の車にぶつけたまま駐車する等の非常識な行動も認めるため,maprotiline に治療を変更されたが,改善なく,X年6月17日当院へ入院.本人は抑うつ気分を否定し,食欲も旺盛だったが,意欲低下を訴え,会話は迂遠だった.HDS-R,MMSEとも23点で注意集中力,語流暢性の障害が目立った.Wisconsin card sorting test(WCST)では保続的エラーが多発していた.MRI上,両側基底核と視床に多発する小梗塞像を認めた.CDRは0.5点.脳血管障害によるMCIに診断を変更し,抗うつ薬を中止して塩酸ドネペジルを開始したところ,2週後の7月25日にはHDS-R,MMSEとも30点となり,WCSTの成績も著明な改善を示した.意欲低下は残存するが復職を果たした.
【症例2】
65歳女性,無職.
X−8年に夫が死亡してから発語が減り,元気がなくなり,食欲が減退してきた.X−5年8月頃から昼夜逆転し,硬貨をポストに入れる,上半身裸で外出する,他人の畑の作物を黙って抜く,等の奇妙な行動がみられるようになった.話しかけても無言のことが多く,日中はほとんど自室に閉じこもっていた.近医にて認知症の診断で塩酸ドネペジルなどが処方されたが,状態変わらず,X年1月31日,当院に紹介入院.入院時HDS-R 22点,MMSE 22点,CDR 0.5点.MCIに伴う行動異常としてperospironeを中心とした治療が行われたが,時に廊下をフラフラと徘徊する以外は,ほぼ終日臥床して過ごす状態が続き,次第にADLが低下していった.X年10月より治療をmilnacipranおよびolanzapineに変更したところ,他患と自然に会話し,積極的にレクリエーション活動に参加するなど活動性が上昇し,X+1年1月31日には,HDS-R 29点,MMSE 25点までに改善した.自宅への退院が可能な状態であるが,入院期間が長くなり,家族との関係が疎遠となってしまい,実現されていない.
【まとめ】
認知機能に障害があり,活動性の低下を主徴とする老年期患者においては,うつ病とMCIとの鑑別を常に念頭に置く必要がある.また,各々の疾患に応じた治療を早期に施すことが,その後の患者の社会適応に大きな影響を与えると考える.
 

II2-20 15:10-15:25

軽度認知障害と高齢者うつ病の鑑別診断;海馬のマルチショット拡散強調画像による検討

林 博史1),川勝 忍1),深澤 隆1),澁谷 譲1)
鈴木春芳2),小林良太2),大谷浩一1)

1) 山形大学医学部精神科,2) 公立置賜総合病院精神科
 
【はじめに】
アルツハイマー型認知症(AD)はうつ状態を呈することがあり,ADとうつ病性仮性認知症の鑑別が困難な場合がある.報告者らは,昨年,一昨年の本学会においてマルチショット拡散強調画像により,軽度認知障害(MCI)段階のADでも海馬CA1や海馬支脚などの萎縮を検出できることを報告した.今回,うつ状態と記憶障害を認め,後にADに進行した症例(症例1,2)と,高齢者うつ病の症例(症例3,4)について本方法を用いて比較検討した.
【症例提示】
症例1は71歳,女性.X−3年頃より,抑うつ気分を認めうつ病として近医通院していた.X−2年頃より物忘れを自覚するようになった.財布の置忘れやカードの暗証番号が覚えられないなどを訴えX年1月初診.初診時MMSE27点.マルチショット拡散強調画像にて海馬の内部構造の描出が不明瞭だった.症例2は68歳,男性.X−2年,胃潰瘍による吐血で入院した際に「点滴チューブが自分を縛り付ける」といった妄想が見られた.X−1年頃より,物忘れを自覚するようになり,自殺念慮も出現したためX年10月初診.初診時MMSE25点.マルチショット拡散強調画像で海馬台の菲薄化が見られた.
症例3は70歳,男性.X−3年頃よりうつ病として近医通院していたが,軽快しないためX−2年3月当院初診.X年8月より物忘れを自覚し,火の消し忘れや日時を誤って受診するなど見られた.その時のMMSE26点.マルチショット拡散強調画像で海馬の内部構造は明瞭で萎縮は見られなかった.症例4は80歳,女性.うつ病にてX−19年より当院通院.X年3月,抑うつ気分,不眠,頭重感,記憶力低下の訴えあり,その時のMMSE26点.マルチショット拡散強調画像で海馬台等の萎縮は見られなかった.
【倫理的配慮】
海馬のマルチショット拡散強調画像検査時には,検査の意義を本人に説明し同意を得た.また,発表では匿名性を考慮した.
【考察】
高齢者でうつ状態と記憶障害を認め,後にADに進行した症例では,MCIの段階で海馬の内部構造に変化が見られた.本方法により,視察的にADとうつ病を早期に鑑別できる可能性が考えられたが,症例数を増やし更なる検討が必要である.
 

II2-21 15:25-15:40

演技的、退行的行動が目立った不安・焦燥型うつ病の2症例

上田 諭,小山恵子,高橋正彦,町田なな子

東京都老人医療センター精神科
 
【はじめに】
老年期の不安・焦燥型うつ病において演技的,退行的行動が際立って認められた2症例を経験した.うつ症状は無けいれん性電気けいれん療法(ECT)により軽快し,これらの行動も全く消失した.2症例にみられた神経症的行動について臨床的に考察した.
【症例】
1.73歳女性.
結婚後,2男をもうける.夫と二人暮らし.病前性格は,積極的,几帳面,神経質.72歳時,大動脈弁狭窄症がみつかり手術を受けた後,不眠,食欲低下,寒気を訴え,当科を初診,以後数回の入院で薬物療法が行われたが,明らかな改善を得られず,強い焦燥感が持続し寒気や腹痛など心気症状も目立った.74歳時の入院では,「胃がなくなった」「私は海に捨てられもう死んでいる」などと心気・否定妄想を語り,Cotard症候群を呈した.同時に,臥床が目立つ中で,人のいる看護室まで歩いてきて緩慢に倒れ,そのまま横になり続けたり,男性医師に近づいて手を握り自室へ連れて行こうとしたりする姿が頻繁に見られた.ECT施行後は,否定妄想や悲観的言動が消失,活動性も向上した.寒気は残存したが,上記のような行動はなくなり,控えめで対人配慮をわきまえた態度になった.Lithium,quetiapine, olanzapineの内服で小康を保っている.
2.72歳女性.
結婚後2男1女をもうける.夫が病死後,娘一家と同居.病前性格は,几帳面,社交的,心配性.65歳時,世話をしていた幼少の孫が一時行方不明になったことを契機に,不眠,意欲低下が出現.焦燥感が強く「身の置き所がない」と動き回ることが多かった.67歳時に精神科を受診.薬物療法が無効で,ECTが著効したが数ヶ月で再燃した.他院に4回入院後,72歳で当科を初診し3回の入院がある.これらの入院中,訪室した医師や看護師の手を握って離さない,「助けて」としがみつく,などの行動がしばしばみられた.夕食後就寝まで「病室に一人でいられない」と看護室に入り,制止されても医師や看護師のそばに座ったままでいることも常であった.ECTにより改善後は同様の言動は全く見られなくなり,控えめで上品な態度に戻った.Lithium,quetiapineの内服でほぼ1年寛解を維持している.
【倫理的配慮】
症例の匿名性を保つため,理解を損なわない程度で症例の内容の一部に改変を施した.また,ECTの施行にあたっては,本人および家族に効果と副作用について説明し,同意を得た.
【考察】
症例はともに執着気質といえる病前性格を有し社会適応も良好で,発症契機が明らかなことや症状経過からみて,うつ病と診断できる.老年期うつ病を,精神運動抑制の強い「抑制型」と不安・焦燥感が前景に立つ「不安・焦燥型」に分けると,2症例は後者の典型といえるが,特徴的に見られたのは,演技的,退行的,依存・攻撃的な言動であった.元来他者配慮的な性格をもつ患者にこのような神経症的症状が生じる背景には,心的エネルギーの低下と強い焦燥感がもたらす一過性の退行現象があると思われ,「メランコリー者の偽ヒステリー性行動様式」(A. Kraus)ともいえるものである.こうした言動は,医療者にその評価と治療方針を混乱させる恐れがあり,その結果患者の苦痛をさらに高める危険があるが,これらは老年期の不安・焦燥型うつ病を特徴づける症状の一つと考えられる.
 

II2-22 15:40-15:55

老年期うつ病と日常生活動作;うつ病はADLにどのような影響を与えるか

齊藤はるな1),市川かおり1),野見山哲生2),巽 信夫1),埴原秋児3),天野直二1)

1) 信州大学医学部精神医学教室,2) 信州大学医学部予防医学講座,3) 信州大学医学部保健学科
 
【目的】
老人におけるうつ病が,基本的日常生活動作(bADL)と応用的日常生活動作(iADL)にどのような影響を与えるかを検討した.
【対象と方法】
対象は信州大学精神科神経科で治療を受けている65才以上の外来,入院患者で,ICD-10によりうつ病と診断され,目立った身体障害を持たず,認知症もなかった.調査時,うつ病は急性期から慢性期であり,うつ病の程度は軽度から中等度であった.うつ病の重症度はHamilton Depression Rating Scale(Ham-D),認知機能はMini Mental State Examination(MMSE),日常生活動作(ADL)はHyogo Activities of Daily Living Score(HADLS)とBarthel Index(B.I.)により,それぞれ2回評価した.解析には2回目から1回目の点数を引いた差を用いた.
【倫理的配慮】
すべての患者に本研究の説明をし,文書にて同意を得た.
【結果】
参加した患者は78名で(男性23名,女性55名),平均年齢は72.0±5.2才,1回目と2回目の平均調査間隔は28.7±14.2日だった.Ham-D,MMSE,HADLS(iADL,bADL)において,それぞれの二回目の点数は一回目に比べて,有意な改善を示した.HADLSに対するHam-Dの一元配置分散分析の結果では,うつ病がHam-Dにおいて5ポイントより改善したとき,HADLが有意に改善することが示された.さらに,重回帰分析により,Ham-Dの変化はHADLSの変化に有意に寄与することが明らかになった.
【考察】
今までの介入研究では,うつ病の治療と共に身体疾患に由来した身体機能障害が改善したという報告が多い.本稿のように,身体機能障害をもたないうつ病患者で,治療とともにADLが変化したことを示す研究はほとんどみられない.うつ病の中核症状には,活動に対する興味,意欲の喪失や活力の低下があることから,老年期うつ病でもiADLが低下することは予測できる.しかしながら,この結果では,うつ病治療の経過でiADLと同様にbADLも変化することが明らかになった.
うつ病重症度とADLの変化との相関性については,具体的に「身づくろい」と「電話をかける」という動作が障害されており,うつ病の兆候が単純な日常動作にも表現されることは興味深い.
 

ECT

座長 :  一瀬邦弘 ( 東京都立豊島病院 )

II2-23 16:00-16:15

高齢者に対するパルス波治療器を用いた電気通電療法

熊谷 亮,松宮美智子,菊地祐子,山科 満,一宮洋介

順天堂浦安病院メンタルクリニック
 
 順天堂浦安病院では平成17年9月から電気通電療法(m-ECT)に対しパルス波治療器が導入されるようになった.これに伴い,高齢の患者に対しても電気通電療法がおこなわれるようになってきている.
今回われわれは平成17年9月から平成18年2月までの間に行われたm-ECTの中で,特に高齢者に対し行われたものについて考察を行った.
対象となった期間中にm-ECTが施行された患者数は述べ18名であり,うち10名が60歳以上であった.治療の対象となった疾患は躁うつ病,脳梗塞後うつ病,妄想性障害,パーキンソン病であり,全例に症状の改善が認められた.特にパーキンソン病に対しては,パーキンソニスムだけでなく抑うつ状態や幻覚妄想状態に対しても効果的であった.副作用としては施行後の高血圧や心電図異常,朦朧状態,健忘および低栄養状態による麻酔効果の遷延があった.低栄養状態の症例については治療が中止された.また3名が治療終了後に症状再燃し,再入院・m-ECTの施行を要した.若年例に対するm-ECTは入院日数の短縮に貢献していたが,高齢者の場合は身体合併症の影響や退院後の介護問題などもあり,必ずしも入院日数が短縮されるわけではないことがわかった.
当日は症例を提示しつつ考察を行う.
 

II2-24 16:15-16:30

アルツハイマー病に伴う幻覚・妄想の寛解維持にサイン波ECTが有効であった1例

橋本 学1,2),亀田正志1,3),渡辺義文1)

1) 山口大学医学部高次神経科学講座(神経精神医学)
2) 産業医科大学リハビリテーション医学講座,3) 杏祐会三隅病院
 
【はじめに】
激しい幻聴・妄想によりしばしば不穏状態を呈したアルツハイマー型認知症で,BPSDの再燃防止にパルス波ECTが効果的でなく,サイン波ECTが有効であった症例を経験した.
【倫理的配慮】
症例の特定ができないよう発表の趣旨と関係のない部分には改変を加えた.
【症例】
77歳,女性.
X−4年(73歳)頃から物忘れが出現し,金銭管理も十分できなくなった.X−1年8月頃から,「太鼓の音がする」「男の声がする」という幻聴や「自分は癌だ」「自分には犬神がついている」という妄想が出現した.同年11月「(自宅が)爆発する」と言って激しく興奮し,家族を家から追い出すなどしたため,精神科救急システムによりS精神科病院に緊急入院となった.せん妄など意識障害は認めなかったが,幻聴・妄想著しく,興奮時には隔離が必要なほどであった.同年12月精査加療目的で山口大学医学部附属病院精神科に入院となった.
【治療経過】
臨床所見や検査結果などを総合して検討した結果,臨床的にはレビー小体型認知症(DLB)ではなく,アルツハイマー型認知症(AD)であると診断した.塩酸ドネペジルはBPSDに対して効果がなく,抗精神病薬では顕著な錐体外路症状が出現し転倒の危険性が高く,効果が現れるであろう投与量まで増量することが困難であったため,BPSDに対する治療として全身麻酔下にてパルス波治療器によるECTを行うこととした.施行にあたっては家族から文書による承諾を得た.週2回のパルス波ECT施行によって幻聴・妄想は完全に消失するに至った.しかし,ECTを中断したり,施行間隔を空けたりすると,幻聴・妄想が再燃し,不穏・焦燥の激しい状態が出現した.ECTの施行間隔を急性期と同様にすると幻聴・妄想は消失するものの,ECTを中止すると症状の再燃を繰り返し,ECTを中止することができなかった.ECT治療器をパルス波(100%エネルギー)からサイン波(100V,5sec)に変更して行ったところ,幻聴・妄想が完全に消失しただけでなくそれらの症状の再燃を認めなかった.その後,サイン波治療器によって継続ECTを約半年間行ったが,その間BPSDの再燃はなく情動も安定した状態が維持された.維持ECTは行わなかったが,その後もBPSDの顕著な再発は認めていない.
【考察】
パルス波治療器とサイン波治療器では治療効果は同等であるとする文献が多いが,治療現場ではそれとは異なる印象がある.本症例でもパルス波ECTで100%エネルギーまで電気量をあげていたにもかかわらず,ECT中断後の症状再燃を繰り返した.一方,サイン波治療器では症状の再燃をきたすことがなかった.本症例についてはサイン波ECTの方がより効果が高かったといえる.サイン波治療器の問題点は,パルス波よりも認知機能障害がおきやすいことである.中等度の認知症である本症例の場合,サイン波ECTによると考えられる認知機能の悪化が一時的に認められたものの,可逆的な変化であり原状に復した.
【まとめ】
パルス波治療器で寛解維持が困難であった中等度の認知症症例であっても,サイン波治療器によって長期に持続するせん妄や記憶障害の悪化などを引き起こすことなく,寛解維持が可能であったという意味で示唆的な症例と考えられた.