教育講演

K-1

座長 : 斎藤正彦 ( 医療法人社団慶友会よみうりランド慶友病院)

これからの認知症対策の方向性について

渡辺由美子

厚生労働省老健局計画課認知症対策推進室
1.平成17年介護制度改革と認知症対策
○市町村を中心とした地域包括ケアシステムの構築
○地域密着型サービスの創設

2.地域を基盤とした認知症対策の展開
○かかりつけ医を中心とした早期発見・早期対応のシステムづくり
○「認知症を知り,地域をつくる10年」

3.認知症と権利擁護
○高齢者虐待防止・養護者支援法
○地域包括支援センターを中心とした権利擁護のネットワークづくり

K-2

座長 :前田 潔 ( 神戸大学大学院医学系研究科精神神経科学)

学会専門医制度について

小阪憲司

聖マリアンナ医学研究所
日本老年精神医学会では1998年に当時の長谷川和夫理事長の提案により学会認定医制度を検討することになり,同年7月に「認定医検討委員会」(松下正明委員長)が発足した.1999年10月には当時の西村 健理事長と新たに設置された「専門医認定委員会」の三好功峰委員長の連名で全会員に「日本老年精神医学会専門医制度」発足が知らされるとともに, 「専門医認定委員会」では専門医・指導医・認定施設の申請方法・申請期間・審査方法・認定方法などが検討され,「日本老年精神医学会専門医制度規則」が作成され,それに基づいて2000年より専門医制度が開始された.そして,2005年3月末をもって5年間の過渡的措置が終了し,2005年度からいよいよ試験制度による専門医制度が始まった.なお,2000年に「専門医認定委員会」のもとに,「専門医制度研修カリキュラム委員会」(武田雅俊委員長)が組織され,研修カリキュラムが定められた.また,同委員会の企画により2004年3月と6にそれぞれ「老年精神医学講座;総論」と「同;各論」が発刊された.また,2003年には「専門医試験委員会」 (小阪憲司委員長)が組織され,専門医試験への準備が進められた.
2005年5月15日には第1回学会認定専門医試験が開始され,受験者7名が全員合格した.2006年の4月23日には第2回認定専門医試験が行われた.
なお,現在の会員数は2579名,専門医数790名,指導医数514名である.
私は,前認定委員会委員長の三好功峰先生の後を継いで委員長を任されている関係で,教育講演を依頼されたので,以下の事項を中心に紹介することにしたい.

 1)日本老年精神医学会専門医制度の経緯について
 2)学会員・専門医・指導医・認定施設数の推移について
 3)専門医制度の内容について
 4)専門医,指導医,認定施設について
 5)研修カリキュラムについて
 6)学会認定専門医試験について
 7)今後の課題など

K-3

座長 : 柴山漠人 ( 認知症介護研究・研修大府センター)

心気的・身体的訴えをする高齢者の面接

三山吉夫

宮崎大学名誉教授・大悟病院老年期精神疾患センター
高齢者の精神科医療では,心気的・身体的訴えを特徴とするうつ状態と認知症とが代表的な状態である.生物・心理・社会的存在として,長年生きてきた人の本質を理解することである.個人差が大きい精神老化・身体老化を評価しながら,生活史を傾聴する態度が基本となる.患者のペースで傾聴するには,初診時には最低60分以上,再診時には30分以上かけることが望ましい.傾聴の過程で,うつ病と認知症の鑑別も可能となる.家族からの情報と患者からの情報のずれは,鑑別診断の参考になる.心気的・身体的訴えから,患者の心理的・社会的不安の要因が感じ取れるようになれば,面接は半分成功したといえる.訴えから,認知症としての症状や本人が求めているもの(薬物,検査,精神的支援等)が明らかになれば,鑑別診断やその後の精神療法に役立つ.多くは,精神科受診までに内科をはじめ複数の診療科を長期にわたって受診し,さまざまな対応(検査,投薬等)を受けているので,それまでの経過を聴きながら患者の納得度,不満度,不安,面接者への期待などを評価する.
高齢者の心気・抑うつ状態の対応には,長期間(少なくとも6か月)を必要とするが回復の可能性が高いことを早期に患者や家族に伝える.このことは,患者の焦燥感や家族のいらだちを緩和することになり,自殺の予防にもなる.再来に本人が進んでくることは,面接効果として評価される.急いで面接を終結しない方がよい.高齢者の心気的・身体的訴えの背景について,生物学的か心理・社会学的要因のいずれが優位かを考える必要はあるが,決めつけないことである.要因は複雑であることが多く,状況によって,優位性が変わったりする.面接の効果を評価しながら,生活に根ざした物語を聴くことが効果的である.
こだわりや不安の背景を一緒に考えていく態度(受容)が好ましい.心気的・身体的訴えが多い高齢者は,一般に「死」の不安が強い,と理解する.面接の最終目標は,高齢者の生きがい論,幸福論を語りあうことができるようになることである.「生」と「死」について語りあえるようになれば,面接も成功したと評価される.そのためには,「生」に対する感情,「死」に響きあえる感情の養成が必要であろう.これには,場数を踏むことも必要であるが,患者の人格を理解して傾聴するという基本的態度を失わないことである.
患者の要求(検査,薬物等)に過度に応じてはならない.検査は,必要最小限にとどめる.抗うつ剤や抗不安薬の併用は効果的であるが,あまり期待しないことである.抗うつ剤がきかないという理由で認知症と安易に診断されていることがある.長期間つき合ってきた家族への対応も高齢者の心気的・身体的訴えに影響を与える.多くの家族は,対応に疲れてうんざりしている.いきなり家族を修正しようとすると,家族からおしつけとして嫌われたりする.家族のストレスに配慮しながら家族の対応能力を評価し,面接の目標をたてることである.高齢者の心気的・身体的訴えの主たる対応は面接であり,専門医としての能力にもつながる.

K-4

座長 : 井関栄三( 順天堂大学東京江東高齢者医療センター)

認知症の周辺症状(BPSD)に対する抗精神病薬の使用実態に関するアンケート調査結果から

本間 昭

東京都老人総合研究所認知症介入研究グループ
【目的】
昨年4月に認知症に対する抗精神病薬使用に関してアメリカ食品医薬品庁(FDA)より警告が示された.認知症の精神症状及び行動障害に対して抗精神病薬は適用外使用になるが,すでに日常の臨床ではしばしば用いられている.しかし,先のFDAの警告により臨床現場に少なからぬ混乱が引き起こされているという状況がある.今後,認知症の精神症状及び行動障害に対する薬物療法に関するコンセンサスが早急に求められるが,そのための基礎的な資料として本アンケートを実施し回答を得たので概要を報告する.

【対象と方法】
老年精神医学会会員2551人(日精協との重複224人含む)および日精協会員(認知症疾患治療病棟・療養病棟開設者)1217人の合計3544人に対して平成17年9月〜11月に調査用紙を郵送で送付し回答を求めた.

【結果】
回答は1049人(老精64.5%,日精協25.1%,重複会員10.4%)から得た.回収率は29.6%であった.診療科は84.7%が精神科であり,所属施設は精神科専門病院48.6%,大学病院13.6%,クリニック11.2%であった.患者数は認知症平均外来患者数(月),37.6人,平均入院患者数18.7人であった.BPSDを有する患者数は28.5人,薬物治療患者数26.7人,抗精神病薬治療22.5人であった.BPSDの適応を有する薬剤がないことの認知では,知らないが処方している:7.6%,知っているが処方している:85.2%,知っているので処方しない:4.8%であった.適応外使用であることの患者への説明は,必ず説明している:17.6%,どちらかといえば説明している:28.4%,どちらかといえば説明していない:30.6%,説明していない:22.8%であった.FDAによる警告の認知では,知っている :86.9%,知らない:12.5%であり,警告認知後の使用状況では,従来通り使っている:21.9%,使っているが,困っている:54.1%,十分注意して使っているので問題ない:18.3%であった.BPSDの適応取得の必要性に関しては,きわめて必要である:55.6%,必要である:39.6%,必要ではない:4.4%と95.2%の回答者が必要性を認めていた.現時点では学会としての明確なコンセンサスは示されていないが,今後さらに議論を積み重ね,ガイドライン等を示していくことが必要である.当日は,現在までに得られているエビデンスを示しながら報告する.

特別講演II

T-2

Adaptation Depression and Late Life: an Integrated view

Joel Sadavoy, MD FRCP

President of International Psychogeriatric Association, Professor of Psychiatry,University of Toronto
Every challenge of late life such as loss or illness can become an unmanageable stress if it hits the individual at his particular points of psycho-physiological vulnerability. Those with preexisting, weak adaptive structures are particularly vulnerable to subsyndromal dep- ression which is the commonest form of late life depression and particularly likely to emerge under the impact of failed adaptation to late life stressors. This presentation will use subsyndromal depression as a paradigm to explore the concept of a depressogenic cascade arising from the interaction of three key interacting elements that may impair late life adaptation and lead to depression- life events that become stresses, psychophysiological vulnerabilities including depressogenic cytokine production, and developmentally determined personality-based vulnerability such as sociotropy or a tendency to negative emotions like pessimism, and meaninglessness. A method for systematic evaluation of adaptive capacities is proposed addressing concepts such as support, trust, narcissism, emotional control, friendship and involvement. Treatment implications include addressing developmental factors, alliance building, creativity, kinship and forms of psychotherapy.

シンポジウムIII  : 認知症の生物学的治療と非生物学的介入・支援

座長 :鹿島晴雄 (慶應義塾大学医学部精神神経科学教室)
 深津 亮 (埼玉医科大学総合医療センター神経精神科)

S3-1

記憶障害に対する生物学的治療

新井平伊

順天堂大学医学部精神医学教室
認知症の中核症状は認知機能障害であるが,その中心的症状は言うまでもなく記憶障害である.治療可能な認知症(treatable dementia)を除けば,現状では記憶障害を始めとする認知機能に対する根治的な治療法はない.特に,脳血管障害の予防によりその発症も抑えられる脳血管性認知症と違って,予防法もない神経変性疾患による認知症に対して,認知機能を改善させる生物学的治療法の確立が待たれることは言を待たない.認知症を引き起こす神経変性疾患も多種に及ぶが,中でも多くを占めるのがアルツハイマー病(広義)であり,しかも次に多いとされるレビー小体型認知症とも共通する生物学的介入が期待できるので,ここではアルツハイマー病の記憶障害に対する生物学的介入についてその病因・病態と共に概説し,さらに今後の新たな試みや可能性についても言及したい.
1.アルツハイマー病の病因
20世紀当初に報告されたアルツハイマー病の病態はその後の100年の間にかなり解明されてきた.その中心はアミロイド仮説である.
2.病因論から考えられる治療法
病因論に基づいて,対症療法から補充療法,そして根治的治療法へと治療法が発展してきている.
3.神経伝達物質関連薬剤
(1) ドネペジル:現在我が国で承認されている唯一のアルツハイマー病治療薬
(2) ガランタミン:海外では多くの国で承認され,我が国でも治験中
(3) アマンタジン:ドネペジルとの併用でも効果が期待されている薬剤
4.代替療法(エストロゲン,イチョウ葉エキス,ビタミン類,等)
5.βアミロイド関連療法
(1) 免疫療法:注目を浴びるワクチン療法
(2) βアミロイド生成・代謝に関わる介入:セクレターゼ,ネプリライシン関連
6.現在実施されている臨床治験
7.病態論から新たな治療法の可能性を探る
しかし,これらの生物学的治療法の確立も,非生物学的治療法の確立及び介護・看護学的発展,そして関連する法律の整備や医療・介護施設の充実などと共に展開して初めて大きな成果となることを最後に指摘したい.

S3-2

BPSDに対する生物学的治療

天野直二

信州大学医学部精神医学教室
認知症の周辺症状(?@幻覚妄想等の精神病症状,焦燥性興奮;攻撃,暴言暴力,落ち着きのなさなど,?A抑うつ症状,?Bせん妄,?C睡眠障害)は,脳の老化現象を背景に身体的・環境的・心理的なさまざまな要因が複雑に絡み合って出現する.これらは生物学的な介入のしやすい症候であり,薬物療法が中心となり,稀ながらmodified ECTが施行される.
高齢者では代謝能が低下し,身体疾患の合併が多く,薬物の副作用が出現しやすく,転倒による骨折や誤嚥性肺炎など重大な結果に陥りやすい.従って,多面的に方略を検討し,薬物療法では少量かつ短期間を心がける.
(1)幻覚・妄想・攻撃性・落ち着きのなさ等に対する薬物療法
非定型抗精神病薬が主流であり,リスペリドンとオランザピンの効果は広く認められる.リスペリドンは2 mg以上で錐体外路症状が出現しやすい.1日量0.5〜1 mgで改善し,攻撃性ではハロペリドールより効果が優れるという報告がある.オランザピンは2.5〜10 mg,クエチアピンは25〜200 mg,ペロスピロンは8〜12 mgが適量である.ハロペリドールは1 mgからの少量が望ましい.また,ドネペジルは認知機能に大きな変化がなく易怒性や焦燥が改善したという報告がある.その他ではチアプリド75〜150 mg,カルバマゼピン100〜300 mg,バルプロ酸,トラゾドン,クロミプラミン,ベンゾジアゼピン系抗不安薬のオキサゼパム,抗ヒスタミン薬のジフェンヒドラミンなども使用されている.
(2)抑うつ症状に対する薬物療法
抑うつ症状はBPSDの中でも多数を占めるとされるが,選択的セロトニン再取り込み阻害薬のパロキセチン,三環系のイミプラミン,クロミプラミンなどを用いた試験ではプラセボと有意差がないとする報告も多く,“抑うつ”の意味を再考する必要がある.
(3)せん妄に対する薬物療法
せん妄は必ずしもBPSDではないが,症候的,経時的に重なりやすい.ハロペリドールが第一選択とされ,0.5 mgから処方されてきた.リスペリドン,オランザピン,クエチアピンの少量投与が適用であり,リスペリドン1.7〜2.6 mg,オランザピン4.54〜5.9 mg,クエチアピン25〜54.7 mgで改善を認めたとする報告がある.またチアプリド25〜300 mg,非三環系抗うつ薬のミアンセリン,トラゾドン等が有用である.
(4)睡眠障害に対する薬物療法
筋弛緩,血圧降下,呼吸抑制が少なく,代謝産物が活性を持たない薬物を選択する.アルツハイマー病に伴う系統的な臨床試験はほとんどない.ゾルピデム,ロルメタゼパム,クアゼパム,ロラゼパムなどが有用であり,十分な効果が得られない場合にはミアンセリンやトラゾドンの追加も適用である.リスペリドン1 mgの投与により改善したとの報告もある.
ここでは薬物治療を中心に述べたが,当日はBPSDの概略や生物学的治療についてまとめたい.なお,BPSDに適応外である非定型抗精神病薬が汎用されるが,丁寧な説明と同意が必要である.

S3-3

認知症の記憶障害に対する非生物学的アプローチ

三村 將

昭和大学医学部精神医学教室
慢性進行性の経過をたどる認知症性疾患に対する治療アプローチは本来,全人的なものであり,また生物学的治療と非生物学的アプローチの両面を含んだ多面的・複合的なものでなければならない.認知症性疾患における非生物学的アプローチは,大きく患者本人への介入の試みと,家族・介護者への支援の2つの方向性がある.患者本人に対するアプローチは,実施の方法からみて大きく2つに分けられる.ひとつは対象をほぼ均質な障害を持つ集団とみなし,各症例は働きかけに同じように反応するという前提に基づいて施行される集団リハビリテーションである.比較的体系化された実際的な方法としては,現実見当識訓練(RO),回想法,音楽療法,絵画療法,バリデーション・セラピー,デイケア・デイサービスなどが挙げられる.もうひとつは,特に病初期の症例について,障害の様態に応じてテーラーメイドに行われる個人認知訓練ないし個人認知リハビリテーションである.個人リハビリテーションは特定の介入技法,すなわち個人認知訓練を行って高次脳機能障害の軽減を図ることが中心ではあるが,単に訓練に留まらず,適切な環境調整を行って患者の生活能力障害を可能な限り少なくしていくこと,情動的側面の支援を行うことまで含んでいる.近年ではこのような個人リハビリテーションにより,積極的に認知症患者の機能低下の進行を抑止しようとする動きが盛んになってきている.
認知症の非生物学的アプローチのうち,無作為比較試験による検討で効果のエビデンスが明確に確立されている技法はROとデイケア・デイサービスである.回想法,音楽療法,バリデーション・セラピーは有効性を証明するエビデンスはまだ十分ではない.個人認知訓練についても,無作為比較試験のエビデンスが不足しており,初期のアルツハイマー病(AD)や血管性認知症に対して明確な指針となるには至っていない.初期の認知症を対象とした個人認知訓練は,単独で実施するよりも,コリン作動薬による薬物療法との併用によって有効性が示される場合もあり,両者の関係についてさらにエビデンスが得られることが望まれる.
認知症のような慢性進行性の病態における記憶訓練を考える場合にも,非進行性の健忘症候群における枠組みが参考になる.健忘症候群患者を対象とした記憶訓練では,誤りなし学習の重要性が繰り返し確認されている.誤りを喚起する試行錯誤的な学習条件では,健忘症候群患者は自己の犯した誤りに引きずられて,かえって正答に到達できなくなる.認知症患者においても,健忘症候群患者と同様,この誤りなし学習が重要であることは定説となりつつある.われわれはAD患者を対象とした2つの検討を通じて,誤りなし条件では誤りあり条件に比べ,より学習が効率的に行われることを示した.さらに誤りなしの学習条件において,符号化を知覚的に行った場合(潜在記憶)よりも概念的に行った場合(顕在記憶)の方が学習に有利であることを示した.初期・軽度のAD患者においては,顕在記憶を基盤とする,概念的符号化を利用した誤りなし条件の有効性が期待できる.本シンポジウムでは,この概念的符号化による誤りなし学習が,「顔-氏名」の対連合学習を用いた継続的な記憶訓練の場面でも臨床的に有効であった追加実験の結果を踏まえ,初期・軽度の認知症患者に対する認知訓練のあるべき形を考えたい.

S3-4

回想法の可能性と限界

野村豊子

岩手県立大学社会福祉学部福祉臨床学科
認知症高齢者への心理・社会的アプローチの意義は,各種の方法の目的別特徴による4つの次元−認知機能障害(中核症状)の改善,情動機能の改善,BPSD(認知症の行動心理学的症状)の軽減,機能障害とは別の枠組みで捉えられる包括的QOLの向上−で示される.諸療法は?@高齢者層以外への療法として始まりその後高齢者・認知症への療法として展開したもの,?A認知症高齢者への方法開発のニーズに伴い一般の高齢者への方法が応用的に展開しているもの,?B元来から認知症高齢者を対象として開発されたものの3タイプに分けることができる.
回想法は,1963年米国の精神科医のButlerの提唱に始まり,1970年代前半に,認知症高齢者への回想法がOTのKiernatにより試みられた.グループ回想法と個人回想法に大別され,認知症高齢者のケアでは8名前後の参加者とリーダー・コリーダーの専門職がグループを構成し,回想を基にグループ内の相互交流が促される.個人回想法や地域在住の認知症高齢者と家族への訪問ライフレヴューなどの試みも始まっている.回想法では懐かしい情景等を回想するきっかけとして五感の刺激と重なる多様な小道具や材料を用いることが多い.毎回のテーマは,幼年時代から児童期・青春期など時系列的なものと,季節の行事など非時系列的なものの両者を参加者のアセスメントを基に構成し,軽度の認知症高齢者の場合,道具を用いずに行うことも意味がある.回想法の効果は多面的で,高齢者への効果には,個人・個人内面への効果と社会的・対人関係的・対外世界への効果の2者があり,前者では,ライフレヴューを促し,過去からの問題の解決と再組織化及び再統合を図る;自己の連続性への確信を生み出す;自分自身を快適にする;訪れる死のサインに伴う不安を和らげる;自尊感情を高める等が挙げられている.後者では,対人関係の進展を促す;生活を活性化し,楽しみを作る;社会的習慣や社会的技術を取り戻し,新しい役割を担う;世代間交流を促す;新しい環境への適応を促すなどが示されている.認知症高齢者自身への効果としては,情動機能の回復;意欲の向上;非言語的表現の豊かさの増加;集中力の増大;社会的交流の促進;他者への関心の増大;支持的・共感的な対人関係の形成,などである.
回想法は認知症高齢者への介入方法として多面的な可能性を持つと共に,限界を伴うものでもある.さらに,行う上での技術の裏づけとなる価値観や倫理も問われている.今後の展開においては可能性と限界と言う両面を併せ持つ方法として理解し,活用することが望まれる.

S3-5

認知症家族への支援

六角僚子

茨城キリスト教大学看護学部
障害を持ったとしても在宅で生活することは多くの高齢者にとっての希望であり,もっとも身近で深い愛情を持った家族から心のこもった介護をうけることは大きな癒しとなる.一方介護する家族にしても,その配偶者や親を介護しなければならないことは悲しいことであるに違いないが,介護すること自体が愛情表現であったり,役割の達成感を感じることでもある.しかし,時代と共に変化する今日の家族は高齢者の看護や介護を担うだけの力を失い,高齢者の生活の障害に適切に対応できないことが多いのが実態である.
その変化の中で,認知症の人を抱える家族は介護を担いきれない局面にぶつかることもある.そして家族の中でさまざまな葛藤が起きることは当然であろう.ある嫁は施設に入所した義母の姿を追い続けながら,常に胸の奥で自分自身を責めている.逆に,ある息子は施設入所以来一度も面会に来ない.「もう二度と顔を見たくない」と言う家族もいる.でも面会に来なくても,顔を見たくなくても,そこまでに至る家族歴がそれぞれの家族にはあす.また家族の一員を他者に預けるということは,大きな決断でもある.遠くから「母は元気なのだ」「生きているんだ」と家族が思って暮らせることは,実は家族に対する私たちのケアなのかもしれない.だから「あの家族はなかなか面会に来ないから利用者がかわいそう」などと一概に家族を責めることはできない.これまでの家族歴,関係を引きずってもいろいろな葛藤をケア提供者は理解して,家族とつき合っていくことが重要なのである.家族を支えることが認知症の人を支えることにつながっていくと考える.
そこで今回は家族が認知症の人を受け入れる段階を紹介していく.?@とまどい,否定的なケアをする段階,?A身内が認知症であることをわかり,否定的から脱しようとする段階,?B認知症の人に期待をつなぐ段階,?Cあきらめ,放棄する段階,?D新たなケアの試みの段階.家族は各段階を行ったり来たりしながら,時間をかけ認知症の人を受け止め,最終的には認知症の人が安心して過ごせるような環境を傍らでつくることができるまでに至るのである.その道のりは長く,家族にとっては過酷なことかもしれない.家族の歴史や役割がその家族のものであり,だからこそそれを忘れられず,受容できないでいるということは少なくない.それでも家族は頑張る.頑張るから,怒ることもあり,嘆くこともあり,ほっておくこともある.家族の受け入れる段階をしっかり観察して,家族へのケアにあたることを心がけたい.
各段階により,ケアのあり方は傾聴であったり,認知症に関する知識の提供であったり,ケアモデルの提示,励ましだったりする.家族も支えられているからこそ,次の段階に進んでいくことができるのである.ぜひ家族が発展的に段階を進んでいけるように,家族に対する個別のケアを進めていってほしい.家族が安心すれば,認知症の人も安心して過ごせるから.