6月30日 会議室606 6F 一般口演発表

BPSD I

座長 :  田中邦明 ( 埼玉県立精神医療センター )

I5-1 9:00-9:15

専門外来連続例における若年発症ADと高齢発症ADの精神症状の比較検討

 豊田泰孝,池田 学,松本直美,松本光央,森 崇明,石川智久,兵頭隆幸
福原竜治,鉾石和彦,小森憲治郎,品川俊一郎,田辺敬貴

愛媛大学神経精神医学
【目的】
若年期に発症する「アルツハイマー病」と老年期に発症する「アルツハイマー型老年認知症」の異同についてはこれまで多くの議論が行われてきた.近年では両疾患が基本的には同一とする考え方が主流となっており,アルツハイマー型認知症またはアルツハイマー病(以下AD)と総称されるようになった.しかし基本的な病理所見は同じであっても臨床症状を詳細に比較すると様々な相違点が指摘されている.今回我々は精神症状に着目し,専門外来連続例における若年発症ADと高齢発症ADの精神症状の差違について検討した.
【方法】
1997年1月から2005年9月までに,愛媛大学医学部附属病院精神科神経科の高次脳機能外来を受診した連続例のうち,NINCDS-ADRDAのprobable ADを満たし,信頼できる介護者から情報が得られ,受診時65歳以上70歳未満を除外した307名を対象とした(今回の研究では,介護者・家族の記憶による発症時期は,発症時期を正確に反映しているかどうかの判断が非常に難しい場合があるため,受診時65歳以上70歳未満は除外した).対象を若年発症群(受診時65歳未満,以下EO-AD)と高齢発症群(受診時70歳以上,以下LO-AD)に分け,両群の初診までの罹病期間,初診時のNPI・MMSE・CDRを比較した.
【倫理的配慮】
諸検査は全て患者もしくは家族の同意を得た上で施行した.また本報告に関しては匿名性の保持及び個人情報の流出には充分に配慮した.
【結果】
EO-ADは46名(平均年齢55.3±5.2歳,男性24名,女性22名),LO-ADは261名(平均年齢75.3±5.4,男性80名,女性181名)であり,EO-ADでは男女比はほぼ1:1であった.EO-ADとLO-ADの初診までの罹病期間及び初診時のMMSE・CDRに有意差はなく,認知機能・認知症の重症度は同程度であった.しかしEO-ADではNPIの総得点が有意に低く(Mann-Whitney U検定p=0.0036),またNPIの項目別では,得点者数が妄想・幻覚・異常行動で有意に低く,得点数では妄想・幻覚・興奮・脱抑制・異常行動で有意に低かった.EO-ADでは,精神症状の中でうつ(43.5%)と無関心(56.5%)の頻度が高かった.
【考察】
今回の研究では,EO-ADとLO-ADの初診時の認知機能・認知症の重症度は同程度であったが,その精神症状を比較すると,EO-ADは精神症状が活発ではなかった.精神症状の中ではうつ・無関心の頻度が高かった.若年で認知症を発症した場合,うつ病と診断されていることがしばしばあり,認知症を念頭におき慎重に診断する必要がある.
 

I5-2 9:15-9:30

施設老人にみる「指しゃぶり」行動について

 奥田正英,吉田伸一,佐藤順子,濱中淑彦,水谷浩明

八事病院精神科
【目的】
認知症が進行した老人の中には指しゃぶりに耽っている人を見かけることがある.片手の指のみならず両手の指を口に入れ,一日中しゃぶるために指がふやけるなど様々な指しゃぶり行為を観察する.それため各症例によって対応にも工夫が必要である問題行為の一つである.また指しゃぶりは認知症の進行により病的な退行現象を示し正常な幼児の発達とは逆行する現象であると見做すことができるが,すべての重度認知症の症例に認められるわけでもない.今回私たちは施設療養中の認知症老人で指しゃぶり行為を認めた症例について臨床診断,認知症の程度,日常生活能力などについて評価を行い,臨床医学的な特徴を調べたので報告する.
【方法】
N市内にある特別養護老人ホームに入所している老人の方に2005年4月および10月の2回に亘り調査を行い,指しゃぶり行為を認めた8例(男女比1:7,平均年齢84.5±5.9歳)を対象にした.これらの症例について臨床診断や改訂長谷川式簡易認知症検査(HDS-R)を行い,日常生活動作(ADL)について食事,排泄,歩行,入浴,視力,聴力,会話の能力を3段階で評価した.また脳の画像診断を頭部CTで行った.
【倫理的配慮】
各症例については匿名性を保つなど個人情報の取り扱いに充分な配慮をした.
【結果】
今回調査した特別養護老人ホームに入所している老人の中でみられる指しゃぶり行為の2回の調査時点での有症状率は平均8.4%であった.臨床診断はアルツハイマー型認知症5例,脳血管型認知症2例,ピック病1例であった.HDS-Rは平均0.9±2.5,食事は部分介助を受けているものが多く,排泄はオムツを使用し,歩行は車椅子レベルが多く,衣類の着脱は全例が全介助を受けていた.入浴は全介助の特殊浴が多かった.視力はやや低下し聴力も難聴を認めるものが多かった.意思の伝達については発話があるものの会話が難しい症例が多かった.指しゃぶり行為については片指,両指,それに指噛みを認めるものがあった.頭部CTでは前頭葉よりも側頭葉の萎縮が多く,また側脳室の拡大が著しい症例が見られた.
【考察】
成長過程にみられる指しゃぶりは胎児期から生後1〜2ヶ月まで観察され,軽重の差があるものの2〜5歳の間に消失すると言われている.認知症では病状が進行するに従い次第に高次精神機能が障害され,より原始的な機能が表出されると考えられる.今回の調査で特別養護老人ホームでは凡そ1割弱が指しゃぶり行為を示し,臨床診断では約6割強がアルツハイマー型認知症であることが判った.HDS-Rで評価した知的機能ばかりでなく,ADLも著しく低下しており,言語による意思の交流も困難な状態にあるものが多かった.また脳の画像診断でも大脳皮質の萎縮,ことに側頭葉の萎縮が多く認められた.このように認知症にみられる指しゃぶり行為は認知症が進行して生活能力や言語能力など高次精神機能が重度に障害を受けた時期に,一部の症例で病的な退行現象として出現するものと考えられた.しかし,何故に一部の重度認知症に出現するのか,症状の持続期間はどれくらいなのか,また他の行動・心理症状との関連はどうかなど疑問が多い.今後さらに指しゃぶり行為の臨床精神医学的な意味について検討を加えたい.
 

I5-3 9:30-9:45

地域における認知症患者の精神症状による介護負担の検討

 松本直美1),池田 学1),福原竜治1),品川俊一郎2),石川智久1),森 崇明1)
豊田泰孝1),松本光央1),足立浩祥3),博野信次4),田辺敬貴1)

1) 愛媛大学医学部神経精神医学講座,2) 東京慈恵会医科大学精神医学講座
3) 大阪大学保健センター,4) 神戸学院大学人文学部人間心理学科
【目的】
認知症患者は認知機能障害に加え,しばしば多様な精神症状と行動障害を呈し,このような症状は介護者の負担を増加させる重要な要因のひとつとなっている.本邦において精神症状による介護負担度を研究した報告はあるが,精神症状の種類による介護負担度の差を詳細に検討した研究は少ない.今回我々は,地域における認知症患者の精神症状を評価し,精神症状の種類における介護負担の差について検討した.
【方法】
対象は第3回中山町疫学調査にて認知症と診断された患者のうち,主介護者が同居している患者64名(Alzheimer病28名,脳血管性認知症23名,その他13名).主介護者に対しNeuro- psychiatric Inventory(NPI)およびNPI Caregiver Distress Scale(NPI-D)を施行し,精神症状と各精神症状が与える介護負担度を評価した.同時にZarit介護負担尺度を行ない全般的な介護負担度を,Minimental State Examinationにより認知機能を,Clinical Dementia Ratingにて認知症の重症度を評価した.
【倫理的配慮】
対象となった患者の家族に対し口頭および書面で研究目的について説明し,同意を得た上で行った.また本報告に関しては匿名性の保持及び個人情報の流出には十分に配慮した.
【結果】
出現頻度の最も高い症状は無為(61%)で,最も低い症状は多幸(3%)であった.症状を呈していた患者における介護負担度の平均値は興奮(2.2±1.4)が最も高く,次いで易怒性(2.0±1.5),脱抑制(2.0±1.3),妄想(1.9±1.6),異常行動(1.9±1.2)の負担度が高かった.一方,負担度が最も低い症状は多幸(0.0±0.0)で,次いでうつ(0.6±0.5),不安(1.1±0.6)の負担度が低かった.負担度は症状の頻度よりも重症度との相関がより強かった.各精神症状において,負担度が高い患者ほどNPIにおいて多数の症状の下位項目に当てはまる傾向が認められた.
【考察】
精神症状による介護負担度は精神症状の種類により差があり,それは出現頻度とは関係がなく,出現頻度が少ない症状でも介護者には大きな負担となる症状が存在することが示唆された.
出現している各精神症状を正確に把握する事が,臨床において治療すべき症状を明確にし,介護負担を軽減する事に役立つと考えられた.
 

I5-4 9:45-10:00

老年期の不安・身体表現性障害の症候学的特徴

 頴原禎人

東京慈恵会医科大学精神医学教室,新生会豊後荘病院
2006年には老年期人口が20%を超えると言われ,老年期の精神疾患を様々な方面から支えるシステムの整備は急ピッチで行われている.しかし老年期は多くの喪失体験を迎える時期でもあり,適応困難・不安も大きいことには変わりはない.多くの疫学調査では老年期でも不安障害は気分障害より有病率が高いことが知られている.しかし老年期の抑うつに注目した先行研究は多いが,不安障害・身体表現性障害に着目した論文は多くない.今回我々は長期経過を追跡できた老年期症例から,不安を中心とした症候学的検討を行い,若干の知見を得たので報告する.

1998年4月から2005年6月の間,東京慈恵会医科大学付属病院精神神経科外来を受診し,初診時65歳以上のInternational classification of Disease(ICD)-10におけるF4(神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害)と診断された症例を対象とした.研究趣旨を説明し同意が得られ,初診時に長谷川式簡易認知症スケール(HDS-R)が27点以上を確認することで認知症性疾患を否定された症例を対象とした.除外基準として精神遅滞・精神病性障害の合併を認めない症例を抽出した.その結果54例がエントリーされた.2年間の観察期間中に認知症へと診断変更した症例が8例あり,最終的に46例を「老年期F4群」とした.
倫理的配慮:対象者に本研究の目的及び内容について十分説明し,参加の同意を得た.
今回の調査の対照群として同期間,同施設で45歳以上65歳未満の初発の6ヶ月以上の経過観察が可能であった「初老期F4群」と比較した.対照群では認知症への診断変更症例は認められなかった.
調査対象の老年期F4群は平均年齢72.2歳,男女比は2:3.平均HDS-R 28.9点,平均ハミルトン不安尺度(HAM-A)は19.4であった.対照群である初老期F4群は79例,平均年齢54.9歳,男女比は同等であった.平均HAM-Aは21.9であった.認知症が顕在化した8例は平均年齢73.8歳,全て女性,平均HDS-Rは28.3点であった.診断内訳はアルツハイマー型認知症が3例,血管性認知症が5例であった.
老年期F4群の診断内訳は不安障害が31例(67%),身体表現性障害15例(33%)であり,下位診断では全般性不安障害が17例(38%),心気症13例(28%)に診断が集中する傾向が認められた.これに対して初老期F4群では診断分布が多彩になりパニック障害の診断が多くなる傾向が認められた.
今回の調査で,初診時の発症状況から,老年期に体験されやすい不安として(1)家族等の支持機能の喪失不安(36%),(2)加齢などの不安(30%),(3)対人関係の不安(28%),(4)慢性的な介護等の負担(28%),(5)近親者に投影される不安(19%),(6)社会的役割の喪失(17%),(7)大きな身体疾患体験後の不安(15%),(8)近親者の死去・喪失の不安(15%),と8種に類型化をした.
当日は老年期F4群と初老期F4群の不安症状を比較し,精神病理学的考察を行う.
 

BPSD II

座長 :  藤川徳美 ( 独立行政法人国立病院機構賀茂精神医療センター )

I5-5 10:05-10:20

自己鏡像を「双子の妹」と認知する人物誤認症状を呈したアルツハイマー型認知症の一例

村井かおり,山本泰司,保田 稔,前田 潔

神戸大学大学院医学系研究科精神神経科学分野
【はじめに】
ある文献によるとアルツハイマー型認知症(以下DAT)における人物誤認の発生率は25.4%であり,その多くは中等度から重度の認知症であるという.今回我々は妄想が先行し比較的軽度のDATの症例において鏡に映った自分の像を「双子の妹」と認知する特徴的な人物誤認症状を呈した症例を経験したため考察を交えて報告する.
【症例提示】
75歳 女性 (右利き)X−6年より夫に対して嫉妬妄想があった.X−3年,夫が亡くなりこの頃より,「近所の人が殺されて自分も狙われる」などの被害妄想や「近所の人に物をとられる」という物盗られ妄想が出現し始めた.X−1年,鏡に映った自分の姿を自分であると認識できず,自己鏡像と会話をするようになり,ステンレスの蛇口に映った自分の姿も認識できなくなった.さらに,棚の上に住んでいる誰かにお腹を叩かれたり,睫毛や眉毛を抜かれたり書かれたりするという体感幻覚及び妄想も認めるようになった.最近,内科で糖尿病の治療を開始したが,薬も「とられるから飲めない」と内服しない.X年9月に当院を紹介受診し,初診時の神経心理検査ではMMSE19/28,ADAS15.7,FAB7/18,Logical Memory7/50,頭部MRIにて全般性の大脳萎縮を認めるのみであった.以上よりDATと診断してドネペジル,チアプリドの内服を開始した.入院後の脳SPECTでは右側優位に頭頂葉から側頭葉にかけて著明な血流低下,及び3D-SSPにて側頭葉内側部と後頭葉外側面の軽度血流低下を認めたことから,初期のDATと診断した.入院直後から「自分と同じ顔をした双子がついてきている」と言い,トイレなど鏡のある所で自己鏡像に話しかける様子が見られた.見当識は比較的保たれており食事,洗濯など日常生活には特に問題は無かったが,会話内容は迂遠で妄想的な部分と現実的な部分が混在しており理解困難な部分もあった.入院5日目に再検査したMMSEでは25/30と改善したが,ADASの再検査では14.7,FAB11/18,Logical Memory5/50で前回と同様であった.「双子の妹」の妄想は体系化しており「父がよそに産ませた子」など「妹」の生い立ちを具体的に説明し,物盗られ妄想も不変であった.他者の鏡像は正しく認識でき,カメラのモニター画面に写る自己像や手鏡の自己の鏡像は正しく認識できる.壁にかかる大きな鏡の像は「妹」と表現することが多いが時に「自分」と正しく認識しうる.手鏡と洗面台の鏡を隣り合わせに並べると,手鏡の像は「自分」,洗面台の鏡の像は「妹」と言う.『同じじゃない?』と尋ねると徐々に「そういえば私かなあ…」と言動内容が揺らぐ様子もある.
【倫理的配慮】
本人および本人の長女に対して,匿名化を行い症例報告をすることで同意を得た.
【考察】
本症例は軽度のDATにも関わらず鏡に映る自己像を「双子の妹」と認知する特徴的な人物誤認症状を呈した.DAT発症の5,6年前から嫉妬妄想があることから背景に認知内容が妄想に傾き易い傾向があり,その後に認知機能の低下が加わったことで人物誤認症状が顕在化したと推測できる.また頭部画像検査ではMRIで軽度の大脳萎縮のみで左右差はないが,脳SPECTにて著明な右優位の血流低下を認める.妄想性人物誤認症候群での非優位大脳半球や両側大脳半球の器質的損傷の意義を主張する意見もあり本症例との関連が示唆される.
 

I5-6 10:20-10:35

アルツハイマー病患者の鏡像現象;-その2 言語学的検討-

藤井 充1),深津 亮2),村上新冶3),中野倫仁4)

1) 札幌高台病院,2) 埼玉医科大学総合医療センター 3) 札幌医科大学保健医療学部作業療法学科,4) 北海道医療大学心理学科
 アルツハイマー病(AD)患者には初期から中期にかけて視空間認知障害や鏡像現象などの特有の症候が現れることが知られている.これらの症候を高次脳機能,心理学的研究,認知機能,画像研究など学際的方法論の導入によって新たなる地平が拓かれる可能性が示唆される.我々はこれまでのADにおける精神機能の解体過程を視空間−言語機能の視点から種々のモダリテイを用いて検討を加えてきた.また鏡像現象については空間−トポス論からの解析を試み,視空間の解体過程は視空間言語機能の解体と密接に関係することが明らかにされた.そこで今回は顕著な鏡像現象を呈したAD患者について若干の言語学的検討を加え興味ある結果を得たので報告する.
知覚が「−の呈示」という体験を反省することによってはじめて「−の」ということを伴ってまさに今体験している知覚が明らかになる.そのつど変化する知覚のうちには共に働いている現れかたと妥当性とからなる全体的な地平が包含されている.

初老期アルツハイマー病患者で記録した鏡像現象でみられた言語表現を詳細に検討したところ「−の」の表現が多用され「−」のにはいわゆる指示詞に類する用語が多用されている事が知られている.
そこで合計40分ほどの鏡像現象にみられた指示詞について検討をおこなったところ,名詞相当,連体修飾のコソアではソとアがコにくらべて多用されており形容詞相当,副詞相当のソンナやソウもコやアよりも多かったが,場所格名詞相当と方向格名詞相当のコソアではソ系のソコ,ソッチはほとんどみられなかった.例えばココ,コッチが31回,アソコ,アッチが33回出現していたのに対してソコは0でソッチはわずか1度みられただけであった.
通常対話場面では聞き手の存在を顧慮してソ系が多用され独白の場合は自己抑制の必要はなくコ,アが多用されるため,鏡像現象での発話はこの点では独白よりも会話に近い.
また場所,方向をあらわす指示詞にソ系がほとんどみられずア,コ系が多用されているが,コの縄張りが話し手中心,ソの縄張りが聞き手中心に場が構成されると考えると,話している自分を中心に空間指示の場が設定されているものと考えられる.
このほか鏡像世界で語られるものとは何なのか,また鏡像がなぜそのような世界を語ることを誘発するのかなどについて考察する予定である.
なお対象者および配偶者には本研究の趣旨を理解していただき,また発表することについても同意を得ている.
 

I5-7 10:35-10:50

「幻の同居人」を呈した認知症例に関する症候額的検討

深津 亮1),藤井 充2),中野倫仁3)

1) 埼玉医科大学総合医療センターメンタルクリニック,2) 札幌高台病院,
3) 北海道医療大学心理学科
 
 既知の人物や身近な物品が違ったものに変化していると妄想的に解釈する妄想状態は妄想的誤認症候群(delusional misidentification syndromes)と総称されている.この症候群は老年期には比較的見られることが多く,身近な人物が替え玉にすり替えられたとするカプグラ症候群,よく知っている人物が変装して現れるとするフレゴリ症候群,自分が2人いるとする二重自己身症候群などがよく知られている.これらのほかにも重複錯誤記憶,幻の同居人,鏡像現象,TV現象なども共通する部分が多く症候学的な異同や発症機序に関して興味がもたれている.
「幻の同居人」はRowan ELによって遅発パラフレニーにおいて記載されたのが初めてとされる.「家の中に知らない人たちが住み込んで,迷惑をかけられる」,「天井裏や床下に誰かが住んでいる」,「留守の時に部屋のなかに入ってきていろいろな物に触れていく」などと確信的に訴えられる.その後,Burns Aらによって症候学的に整理されて,以下の4つのカテゴリーに分類された.単純型妄想,複雑型妄想,幻覚症,誤認症候群である.いわゆる妄想性誤認症候群は複雑型妄想に分類されるが,これらの症候群の症候学的な特徴や他の誤認症候群との関係,認知機能障害との関係などに関しては不明な点が多く残されている.そこでこれらの症候群を呈した症例に関して症候学的な特徴や他の妄想的誤認症候群との関係,認知機能障害との関係などに関して若干の検討を加えたので報告する.
これらの症状を呈した症例は10例でいずれも認知症に罹患していた.認知症の程度はいずれの症例も中期から後期に至る時期に出現している.認知機能の障害は中等度から重度に移行する時期に出現していると考えられる.また「同居人」とは,誰か知らない他人のほか,既に亡くなっている両親,夫などの家族,子供あるいは配偶者の隠し子などである.人だけではなく動物(ペットの犬や猿)が同居している症例もあった.家の中に侵入してきて脅迫したり盗んでいくなどの被害的に捉えている例も見られるが,むしろ協調的で食事を用意したり客としてもてなしたりして歓迎し礼を尽くしている例が多かった.また鏡像現象,TV現象などの他の誤認症候群を呈する症例が見いだされた.
これらの「幻の同居人」の背景には,自己と不可分になっている住に誰か他人が侵入してくるのではないか,という高齢者の心性が想定されているが,同時に願望充足的な面も関与している可能性があると思われる.これらの点について考察を加える.
なお,本症例報告は,個人情報に留意し一部改変し,患者の同意を得て行った.
 

FTD

座長 :  川勝 忍 ( 山形大学医学部精神神経科 )

I5-8 10:55-11:10

SSRIが効果を示した semantic dementia (SD) の一症例

西田圭一郎1),吉田常孝1),入澤 聡1),吉村匡史1),織田裕行1),松田郷美1),田近亜蘭1)
片山裕美1),南 智久1),鈴木美佐1),河 相吉2),延原健二1),齊藤朱実3),木下利彦1)

1) 関西医科大学精神神経科,2) 関西医科大学放射線科,3) 関西医科大学神経内科
 
【はじめに】
前頭側頭葉変性症は包括的概念であり,臨床症状から前頭側頭型認知症,進行性非流暢性失語,意味性認知症(SD)の3型に分けられている.SDは,流暢だが内容に乏しい自発語,呼称障害に見られる著明な語義の消失などの言語障害,相貌失認等の特徴を有する認知障害がある.今回我々はこのようなSDの症状に対してパロキセチンが効果を示した一症例を経験したので報告する.
【症例提示】
69歳女性.X−2年頃から,「(同居の)夫が居なくなった」「(娘は一人しかいないが)大きな娘と小さな娘がいる」等の奇妙な言動が見られるようになり,近医を受診したところ“認知症”と説明を受け,塩酸ドネペジルが投薬開始となった.しかし特に変化はなく,「(本人を前にして)お父さんはどこ?」と尋ねるなど,相貌失認などの症状も出現した.また日常生活では,自発性は低下しており,何事にも無関心となり,無為に過ごしがちであった.X−1年8月頃までドネペジルを内服していたが,その後は家人判断で服薬を中止していた.X年4月,精査希望で当院初診となった.受診時,意識は清明,質問に対して返答するものの,表層的で会話の内容は乏しかった.抑うつ気分は認めず,多幸的であった.意味記憶の障害は言語にとどまらず,物品や相貌にも及び,同席している夫に対しても「(この人は)知らない人です」との発言を認めた.MRIにて両側側頭葉前方の萎縮を認め,脳血流SPECTにても同部位の血流低下を認めた.よってLund and Manchester Working Group(1998年改変)の臨床診断基準からSDと診断した.自発性の低下,無為な生活状況に対して,X年8月から,SSRI(パロキセチン)を投与した.投与後1週間ほどで,自発性の低下は改善し,家族の勧めに応じ,外出するようになり,相貌失認も改善し,「夫が帰ってきたんです」と喜ぶようになった.X年11月,脳血流SPECTを再施行した所,全般的な血流増加を認めた.
【倫理的配慮】
患者のプライバシーの保護に配慮し,発表内容と直接関係のない点に関しては一部変更して報告する.
【まとめ】
今回SD患者にSSRIの投与を行った.前頭葉症状である自発性の低下の改善とSDの特徴的な症状である相貌失認の改善がみられた.それに伴い脳血流SPECTは,前頭葉を中心とした大脳全般での血流増加がみられた.
 

I5-9 11:10-11:25

Autoimmune dementiaが疑われた初老期前方型認知症の一例

綿貫俊夫1),橋本 学1,2),渡辺義文1)

1) 山口大学医学部高次神経科学講座(神経精神医学),2) 産業医科大学リハビリテーション医学講座
 
【はじめに】
1985年にAumaitreらがBasedow病とSjogren症候群を合併し,脳血管炎のためにdementiaに至った1例をAutoimmune dementiaとして報告している.今回我々は前頭葉症状,側頭葉症状など前方型認知症の病像を呈した初老期男性例を経験したが,Basedow病やSjogren症候群などの自己免疫疾患の関与が疑われる症例であった.この症例について報告する.
【症例】
55歳,男性
【主症状】
脱抑制,常同行動
【家族歴】
母が脳梗塞,精神科的遺伝負因なし
【既往歴】
X−17年にうつ病,X−15年頃より高血圧,X−2年に糖尿病
【現病歴】
X−17年にうつ病で約1ヶ月間精神科病院に入院したが,退院後は元通り職場復帰を果たした.X−2年に近医で糖尿病を指摘され市内の総合病院に入院した.徐々に抑うつ気分,意欲低下,自責感などが認められるようになり希死念慮を伴うようになったため同年7月に精神科病院に二回目の入院となった.しかし,入院当初より両足を広く拡げた歩行が認められるなど,これまでとは違った病像を呈し治療は遷延化した.X−1年4月に自宅退院となったが,職場復帰は困難と判断され同病院のデイケアに通うようになった.しかし,デイケアでも他人の食事を盗って食べるなどの問題行動が目立ち,注意すると暴言を吐くなどして上手く適応することはできなかった.同様に自宅でも妻に対する暴言や暴力などが見られ,常同行動や嗜好の変化も目立つようになったため,X年11月に精査目的で当院に入院となった.
【身体所見】
ドライアイ,甲状腺腫を認め,神経学的には構音障害,錐体路徴候,病的反射陽性,四肢運動失調,失調性歩行,左上下肢筋力低下を認めた.
【神経画像検査】
頭部MRIで深部白質,脳幹部などにFLAIR画像で多発性の異常高信号域を認めた.
【認知機能検査】
HDS-R 28点,MMSE 24点,ADAS-J cog. 10.6点,WAIS-R IQ92.
【血液生化学検査】
FBS 87,HbA1c 5.0%.TSH 測定感度以下,fT3 4.4pg/ml.
【倫理的配慮】
症例の特定ができないように病態と直接関係のない部分には修正を加えた.
【考察】
病歴,臨床症状,行動特徴からは前頭側頭葉変性症(FTLD)が考えられたが,神経画像検査の結果からFTLDは否定でき,多発性硬化症(MS),Basedow病によるdementia,Binswanger病やCADASILを含むVascular dementia,進行性皮質下グリオーシスなどの可能性が考えられた.そのため神経心理学的検査,神経画像的検査,髄液による生化学的検査,遺伝子検査などを施行したが,臨床的に診断を確定することが困難であり,暫定的診断をvascular dementiaとして経過観察を行うこととした.しかし,Sjogren症候群やBasedow病という自己免疫疾患が認められたことから,自己免疫的な機序によって脳内の微小血管に血管炎を起こした可能性も否定できず,Autoimmune dementiaとしての可能性も残された.
【まとめ】
自己免疫疾患による認知症を疑った症例であるが,諸検査の結果,臨床診断を確定するに至らなかった.しかし,Autoimmune dementiaという概念を考える上で示唆的な症例と思われ,今後の病像の変化を注意深く見守っていく必要があると思われた.当日はより詳細な臨床経過や検査結果を提示し,考察する予定である.
 

I5-10 11:25-11:40

運動ニューロン疾患を伴う認知症の2症例についての臨床・病理学的検討

山本涼子1,2),井関栄三1),村山憲男1),峯岸道子1),木村通宏1)
江渡 江1),新井平伊2),日野博昭3),畑中大介3),藤澤浩四郎3)

1) 順天堂東京江東高齢者医療センター,2) 順天堂大学医学部精神医学講座,3) ほうゆう病院
 
【はじめに】
運動ニューロン疾患を伴う認知症(dementia with motor neuron disease : D-MND)は認知症と運動障害を来たす疾患で,前頭側頭型痴呆の運動ニューロン疾患型に相当する.臨床的には,初老期に人格変化や脱抑制などのピック病(Pick’s disease : PiD)類似の前頭葉症状を示し,神経症状として線維性攣縮を伴う上肢の筋萎縮と球麻痺がみられる.神経病理学的には,前頭・側頭葉前方部に限局する軽度の萎縮とユビキチン陽性封入体を伴う神経細胞変性を特徴とする.今回,PiDないしD-MNDと臨床診断されたが,剖検によりD-MNDと確定診断された2例を報告する.本例の研究報告の同意は家族からの同意を得ている.
【症例1】
55歳 男性.現病歴:51歳人格浅薄化・脱抑制にて発症.52歳人格変化と行動異常が目立ち,神経学的に異常はなく,頭部MRIで両側前頭葉前方部に限局した萎縮を認め,PiDが疑われた.その後,常同行為・周徊・発語減少が進行.54歳嚥下困難・深部腱反射の亢進がみられたが,Babinski反射陰性.55歳肺炎により全経過4年で死亡.
神経病理所見:脳重 1340g.肉眼的に,前頭葉窮隆面・側頭極に軽度の萎縮.光学顕微鏡的に,萎縮部皮質表層の海綿状態・神経細胞脱落.中心前回皮質で一部Betz細胞の変性.中脳黒質で中等度の神経細胞脱落.顔面神経核に軽度の神経細胞脱落とブニナ小体.舌下神経核に高度の神経細胞脱落とブニナ小体.脊髄前角で中等度の神経細胞脱落.錐体路の変性は明らかでない.免疫組織化学的に,萎縮部皮質と側頭葉皮質表層にユビキチン陽性封入体を持つ神経細胞が散在.海馬歯状回顆粒細胞に多数のユビキチン陽性封入体.
【症例2】
68歳 女性:64歳多弁・脱抑制で発症.65歳歩行障害・構音障害・強迫泣が出現し,頭部MRIで両側前頭葉と右側頭葉に限局した萎縮がみられ,D-MNDが疑われた.67歳起立困難・発語減少・嚥下障害・深部腱反射が亢進し,両側Babinski反射陽性.68歳全経過4年で肺炎により死亡.
神経病理所見:脳重 1000g.肉眼的に,前頭葉窮隆面・側頭極・右側頭葉に軽度の萎縮.光学顕微鏡的に,萎縮部皮質表層に軽度の海綿状態・神経細胞脱落.中心前回皮質でほとんどのBetz細胞が変性.中脳黒質の神経細胞は保たれる.顔面神経核はほぼ保たれるが,腫大神経細胞をみる.舌下神経核・脊髄前角に軽度の神経細胞脱落をみるが,ブニナ小体はなし.大脳脚から頚髄までの錐体路が両側性に変性.免疫組織化学的に,側頭葉皮質を含む萎縮部皮質にユビキチン陽性封入体を持つ神経細胞が多数散在.海馬歯状回顆粒細胞に少数のユビキチン陽性封入体.【考察】臨床的には2症例とも,人格変化などの前頭葉症状で発症し,画像上前頭葉萎縮がみられたが,歩行障害などの神経症状の有無により症例1はPiD,症例2はD-MNDが疑われた.神経病理学的には萎縮部皮質と歯状回顆粒細胞にユビキチン陽性封入体を持つ神経細胞変性がみられたことから,ともにD-MNDと診断された.大脳皮質および脳幹神経核の神経細胞変性は症例1により強くみられたが,運動野から錐体路におよぶ1次運動神経系の変性は症例2に強くみられた.
 

I5-11 11:40-11:55

前頭側頭型認知症の2剖検例

井上輝彦1),三山吉夫1),藤元登四郎1),飯谷弘美1)
鶴衛亜里沙2),長友慶子2),松田 祐2),石田 康2)

1) 八日会大悟病院老年期精神疾患センター,2) 宮崎大学医学部精神科
 前頭側頭型認知症(FTD)は,失語や行動障害が目立つが記憶障害・失行等が顕著でないことで,アルツハイマー型認知症とは症候学的に区別される.さらに画像で,前頭葉側頭葉に限局した萎縮あるいは血流低下を認めれば,臨床的にはFTDと診断される.しかし,その背景にある病理学的変化は多岐に及んでおり,その臨床病理学的診断は,剖検によらなければならない.今回は,最近経験した前頭側頭型認知症2剖検例を報告する.
【症例1】
67歳,女性,発症直前まで美容師として働いていた.家族歴・既往歴に特記すべきことはない.65歳の頃より言葉が少なくなり,外出中に方向を間違えることがあった.66歳のときには「アー,イタイ」と発語するのみとなった.死亡する6ヶ月前には,全身の筋固縮,強迫泣き・笑い,無言―無動状態となった.MRIで前頭葉側頭葉の著明な萎縮,側脳室前部の著明な拡大をみとめ,SPECTでは,主として前頭葉と側頭葉前部のごく一部に著明な血流低下を認めた.67歳のとき誤嚥で死亡した.全経過は2年であった.剖検するに脳重量は1,000g.前頭側頭葉の高度な萎縮を認めた.大脳皮質表層の海綿状態,神経細胞脱落とグリオーシスを認めたが,ピック球,老人斑,神経原線維変化は認めなかった.前頭葉皮質の主として表層部にユビキチン封入体が散見されたが,海馬歯状回には同封入体は認められなかった.臨床的に前頭側頭葉変性症の範疇の疾患と考えられるが,病理学的にはユビキチン封入体を伴う前頭側頭葉変性症と考えられた.ユビキチン封入体の出現パターンがユニークな症例と考えられた.
【症例2】
90歳,男性,不動産業を営んでいた.既往歴では,前立腺肥大で入院歴がある.73歳のとき意欲低下を認めた.74歳の頃から漢字を思い出せないことが多くなった.75歳の頃より,もの忘れが目立ち始めた.徐々に言語了解が悪くなり,78歳のときには会話はできなくなった.経過中に明らかな行動障害はなかった.79歳には無言―無動の状態となった.90歳のとき誤嚥性肺炎で死亡した.全経過は17年であった.剖検するに脳重量は945g.前頭側頭葉の著明な萎縮を認めた.大脳皮質表層に広範な神経細胞脱落,グリオーシス,海綿状態を認めた.前頭側頭葉,海馬には著明な皮質下白質グリオーシスを伴っていた.大脳・小脳皮質,海馬には多数の老人斑,神経原線維変化を認め,黒質,側頭葉皮質,視床下部にレビー小体が散在していた.海馬歯状回神経細胞には,タウ,ユビキチンともに陽性のピック球が存在した.病理学的にはピック病とSDATの合併と考えられた.
(これら症例の発表に関しては,家族の同意を得ており,報告内容については,本人の同定が出来ないよう配慮した.)
これら2症例は,臨床的にはいずれも進行性失語様の言語障害で発症したFTDと診断されるが,その病理学的背景は明らかに異なっていた.FTDにおいて,より病因に近づいた診断ができるよう臨床病理学的な知見の蓄積がまだまだ必要と考えられた.
 

介護福祉I

座長 :  小林敏子 ( 平成福祉会新高苑 )

I5-12 16:10-16:25

群馬県もの忘れ検診事業における予防活動の有効性

宮永和夫1),米村公江2)

1) 群馬県こころの健康センター,2) 群馬大学医学部精神科
 
【目的】
群馬県もの忘れ検診事業は平成13年度に開始され,今年で6年目になる.検診地域および受診人数は年々増加しているが,それと併せて目的としてきた認知症予防事業も成果を上げつつある.今回は,初年度から実施している3町村について,MMSEの年次変化と介護保険における介護度の変化についてまとめたので報告する.
【方法】
毎年実施しているもの忘れ検診結果と県がまとめた介護保険情報を用い,以下の2つの内容を検討した.
【倫理的配慮】
もの忘れ検診については,毎年個人に通知を出し,同意の下に実施し,また本人に結果を通知している.介護保険情報については,公に報告された情報を加工したものである.
【結果】
1.MMSEは,前年度と比較し改善ないし不変群が2/3,悪化群が1/3となった.
2.介護度は,平成12年度を基準として,平成15年までの動きを追い,Ku村では介護度の軽度化(要支援〜介護度1の増加,介護度3〜5の減少)を見た.これと対照的に,県全体では経年ごとにいずれの介護度の比率も増加していた(平成15年度の介護度2を除いて).
【考察】
もの忘れ検診事業と平行して実施された認知症予防事業は,有用と結論づけられた.当日は,実施内容も含めて報告する.
 

I5-13 16:25-16:40

重度認知症患者デイ・ケア対象者の検証

三原伊保子,廣澤美佐子,大内千賀子

三原デイケア+クリニック りぼん・りぼん
【目的】
重度認知症患者デイ・ケアは精神科医を施設基準とする精神科専門療法である.その起源は介護保険の通所リハビリテーションと同様に老人保健法のもと設定された老人デイ・ケアであるため,そのあり方,特に対象者については両者の区別化がしばしば論議の対象となっている.そこで今回は当院の過去5年間の重度認知症患者デイ・ケアの通所者を検証し,当該デイ・ケアのあり方を考察する.
【方法】
対象は平成13年7月から平成18年2月までの4年8ヶ月の当院デイ・ケアの通所者114名である.このうち,当該デイ・ケア通所開始時の精神症状・行動異常の有無,生活障害の程度,通所開始前の介護保険による通所系サービス利用経験の有無等から,当院の重度認知症患者デイ・ケアの対象となった患者の傾向を検証する.
【倫理的配慮】
本研究は個人を特定するような表現をさけ匿名性に配慮している.
【結果】
通所患者114名のうち精神症状・行動異常が通所開始時に認められたものはその78%であった.また,重度認知症患者デイ・ケア通所開始以前に介護保険の通所系サービスを中断していたものは33名で通所者の28.9%である.中断の理由は本人側の拒否によるものが16名,介護事業所側から精神症状等により通所継続困難とされたケースが7名であった.また,この中には介護計画時に検討したが実現しなかったケースは含まれない.
【考察】
昭和58年に老人デイ・ケアが設定された当初は精神科医が施設基準であったが,後にデイ・ケア普及のために,精神科医以外の医師でも可となり,重度痴呆患者デイ・ケアのみが精神科医を基準として残された.その理由は痴呆(認知症)疾患患者の治療には専門療法としての精神科的アプローチを必要とする場合が少なくないということであったように理解している.今回の検証でも重度認知症患者デイ・ケアの対象者は,単に生活障害が重度であるというばかりではなく精神症状・行動異常が効率に認められ,また,他の通所系サービスでは対応困難で中断となり当該デイ・ケアの通所となっているケースも少なくないことがわかった.このことからも,精神科専門療法としての重度認知症患者デイ・ケアの役割が示唆されるものである.
 

I5-14 16:40-16:55

家族介護者による要介護高齢者に対する虐待の関連要因

佐々木恵1),新田順子2),安部幸志1),荒井由美子1)

1) 国立長寿医療センター研究所長寿政策科学研究部
2) 訪問看護ステーション京たなべ,京都府訪問看護ステーション協議会
【目的】
本研究は,家族介護者による,要介護高齢者に対する虐待に関連する要因を明らかにすることを目的として行われた.
【方法】
対象者は,京都府訪問看護ステーション協議会Eブロックを構成する14の訪問看護ステーションを介護保険により利用していた合計589組の利用者ならびにその介護者とした.利用者に対しては訪問看護師が訪問調査を行い,介護者に対しては留置法による自記式質問紙調査を行った.412名(70.0%)から質問紙を回収し,有効回答は398名(67.6%)であった.利用者についての性別,年齢,痴呆性老人の日常生活自立度(厚生省,1993),障害老人の日常生活自立度(厚生省,1991),視覚障害の有無,聴覚障害の有無,精神症状・行動異常(BPSD)(Troublesome Behavior Scale; 朝田ら,1994)の有無,認知機能(Short Memory Questionnaire; 牧ら,1998)であった.介護者についての調査項目は,性別,年齢,利用者との続柄,一日あたりの介護時間,一日あたりの外出可能時間,介護期間,介護負担(日本語版Zarit 介護負担尺度; Arai et al., 1997),虐待(不適切処遇の測定項目; 上田,2000)の有無であった.
【倫理的配慮】
本研究は,家族介護者ならびに要介護高齢者から書面による同意を得て行われた.要介護高齢者自身による判断が困難な場合には,家族介護者が要介護高齢者に代わって判断した.
【結果】
虐待に関する9種類の項目において,398名の家族介護者のうちの119名(34.9%)が,少なくとも1種類を行った経験があると報告した.最も頻度が高かったのものは,「感情的に傷つけることを言う」(16.8%),「無視をする・しゃべらない」(13.6%)であった.単変量分析により,虐待と関連が見られたものは,BPSD(χ2=19.45,p<0.001),障害老人の日常生活自立度(χ2=5.72,p =0.020),聴覚障害(χ2=4.51,p =0.039),続柄が実子か否か(χ2=4.44,p =0.042),介護負担(χ2=11.91,p =0.001)であった.つぎにこれらの変数を投入した多変量ロジスティック回帰分析を行ったところ,表1に示されている結果となった.要介護高齢者にBPSDがあること,介護者が要介護高齢者の実子であることが,虐待の関連要因として特定された.
【考察】
本研究では34.9%の介護者に虐待の経験があることが示された.特に,「感情的に傷つけることを言う」「無視をする・しゃべらない」が高頻度であることが示され,外顕性の低い虐待の有無を同定することの重要性が示唆された.また,虐待の関連要因として高齢者にBPSDがあることが特定され,先行研究の知見(Compton et al., 1997)を支持した.また,BPSDと介護負担との関連も先行研究において繰り返し示されてきているため(Arai et al., 1999, 2004; Coen et al., 1997),介護負担の軽減や虐待の予防のためには,BPSDに対する対応が急務であると考えられる.また,介護者が要介護高齢者の実子であることが虐待の関連要因として特定され,特に実子に対する予防的アプローチが必要であることが示唆された.
 

介護福祉II

座長 :  斎藤正彦 ( よみうりランド慶友病院 )

I5-15 I17:00-17:15

介護施設職員の有する専門的知識の多寡と認知症高齢者の生活の質との関連に関する研究

数井裕光1),原田和佳2),江口洋子3),徳永博正1),遠藤英俊4),武田雅俊1)

1) 大阪大学大学院医学系研究科内科系臨床医学専攻情報統合医学講座精神医学
2) 原田医院,3) 東京歯科大学市川総合病院精神神経科,4) 国立長寿医療センター包括診療部
【目的】
認知症高齢者の介護を適切に行うためには認知症,およびその介護法に関する専門的な知識が必要である.本研究では介護支援施設において,職員の専門的知識の多寡とその施設を利用している認知症高齢者の生活の質(QOL)との関連を検討した.
【対象】
山口県,兵庫県,滋賀県に位置する8つのデイサービスセンターと4つのグループホームの職員140名(男/女:24/116,平均年齢43.4±11.8歳)とこれらを利用している認知症高齢者91名(男/女:24/67例,平均年齢84.1±6.9歳).施設職員中,介護福祉士の有資格者は55名で,有資格者は無資格者より有意に若かった(それぞれ39.5±11.6歳,45.9±11.4歳).参加職員は各施設の全職員の27.7%〜100%で多様であった.施設間において,年齢,性別には有意差を認めなかったが,経験年数と勤務年数には有意差を認めた.対象となった認知症高齢者の重症度は要介護度を参考に自立(0)から要介護5(6)の7段階評価としたところ,平均は3.3±1.3であった.協力者はそれぞれの施設を利用している全認知症高齢者の14.3%〜86.7%で多様であった.施設間において,年齢,施設の利用総日数には有意差を認めなかったが,性別,重症度では有意差を認めた.
【方法】
本研究のためにProfessional Knowledge Test(PKT)を作成したが,PKTは認知症の診療経験が5年以上の医師及び看護師(複数の県にある複数の施設の専門家)10名,大阪大学病院の2年目の研修医10名,非医療職者10名に対して施行し,それぞれの平均点が17.7±2.2,11.4±1.8,6.3±1.9で,3群間で有意差を認めることを確認している.そして今回の協力施設職員にPKTを施行し,その得点を施設ごとに平均して施設のPKT点を算出した.一方,認知症高齢者のQOLをQOL-Dで評価した.QOL-Dの下位項目の得点は6個の大項目ごとに平均し,さらに陽性の4つの大項目の和から陰性の2つの大項目の和を引きQOL-D得点とした.
【倫理的配慮】
本研究への参加に対する同意は全て書面で得た.またデータは全て匿名化するとともにデータ管理については細心の注意を払った.
【結果】
PKTの平均点は10.4±3.1.デイサービス勤務者とグループホーム勤務者との間には有意差は認めなかった.介護福祉士の有資格者の方が無資格者よりも有意に得点が高かった(有資格者:12.0±2.9,無資格者9.4±2.9).PKT得点は施設職員の年齢と有意な負の相を認めたが,性別,経験年数,現施設での勤務年数との間には有意な相関を認めなかった.一方,QOL-D得点の平均は8.4±2.8.デイサービス利用群とグループホーム利用群との間でQOL-Dスコアには差を認めなかった.QOL-Dスコアは年齢,性別と有意に相関したが,施設の利用期間,重症度とは有意に相関しなかった.各施設の介護福祉士資格取得率とも有意な相関は認めなかった.施設のPKT点とQOL-D得点との間には有意な相関を認めた(r=0.27, p<0.01).そしてこの有意相関は,認知症高齢者の年齢,性別,重症度を交絡因子とし,QOL-D得点を従属変数,施設のPKT点を独立変数とした偏相関分析でも残った(β=0.24,P<0.05).
【考察】
本研究より専門的な知識をより多く有している職員がより多い施設ほど認知症高齢者のQOLが高いことが示された.これまでにも介護職員に対する専門教育の有効性を示す報告はあったが,認知症高齢者のQOLを良くする可能性を示唆した研究は本研究が初めてであり,今後さらに適切な介護者教育の方法の開発が必要となるであろう.(本研究は平成16,17年度厚生労働省科学研究費補助金「痴呆性高齢者におけるケアサービスの質的評価に関する研究」で行われた.)
 

I5-16 17:15-17:30

認知症患者における介護保険サービス利用の効果

九鬼克俊1),濱田伸哉1),堀部智之1),前田 潔2)

1) 加古川市民病院精神神経科,2) 神戸大学大学院精神神経科学分野
 
 今後,わが国では超高齢化社会を迎え,認知症患者数が急激に増加すると予想される中,認知症に対する有効な治療法の普及は非常に重要な課題と考えられる.認知症に対する治療は,続発性認知症である「treatable dementia」を除けば,現在のところ根治療法は無い.血管性痴呆に対しては基礎疾患のコントロール等の再発予防策を実施することにより進行を予防することはできると言われているが,アルツハイマー型認知症をはじめとする神経変性疾患による認知症に対しては,進行を阻止することは不可能で,塩酸ドネペジルによる進行の遅延化,behavioral and psychological symptoms of dementia(以下BPSD)に対する対症療法としての薬物療法,廃用症候群とBPSDの予防と治療や認知機能低下の遅延化を目的とした様々な認知リハビリテーション,作業療法,リクリエーション療法(以下,非薬物療法)などが行われている.こういった非薬物療法には多大な期待が寄せられており全国で実施されているが,その有効性に関する研究は少ない.認知機能の改善や情緒の安定化,問題行動の減少,活動性の向上といった効果を得られたとの報告もあるが,評価は未だ定まっていない.また,こういった非薬物療法は,介護サービスを通じて行われることが多いが,個々の非薬物療法の効果に関する報告はあっても,包括的に介護サービスの利用の有無が認知症患者に及ぼす影響を検討した報告はほとんど無い.
加古川市民病院では,認知症性疾患の早期発見と早期治療を目的として,平成14年1月より,認知症専門外来である「もの忘れ外来」を行っている.平成14年1月から12月までの1年間の受診者数は107例で,そのうち認知症と診断され,かつ半年間当院でフォロー可能であったのは33例であった.今回,我々は介護サービス利用の有無が認知症患者にもたらす影響を調査することを目的に,この33例を,介護サービスを利用した群と利用しなかった群にわけ,認知機能の変化,家族から見た変化,BPSDの変化を診療録をもとに後方視的に調査し,それぞれ2群間の相違を比較検討した.認知機能の評価はMMSEで行い,3点以上の増加を改善,3点以上の低下を悪化とし,それ以外を不変と評価した.家族から見た変化は家族の自由な供述から判断した.BPSDの評価も家族等の患者の日常をよく知る者から得られた情報により判断した.介護サービスを利用していたものは16例,利用の無いものは17例であった.調査の結果,認知機能は介護サービスの利用の有無による差は見られなかった.家族の主観的な評価では改善例は利用群で50%,非利用群で29%と利用群において改善例の割合が高く,BPS Dにおいても改善例は利用群で71%,非利用群で33%と介護サービスを利用している群において改善例の割合が高かった.介護サービスの利用は,認知症患者の認知機能には影響をもたらさないが,BPSDを改善し,家族からみた患者像を改善し看護負担の軽減する可能性があると考えられた.
発表当日は,他年度も含めたより多数の症例において同様の調査を行い,考察を付け加えて報告する予定である.
 

I5-17 17:30-17:45

老年期精神障害の治療目標−加療後の療養環境を考える−

蓮田 洸

復光会総武病院
 
【目的】
精神科病院へ入院する高齢者は社会的長期入院となってしまうケースが最近目立ってきている.家庭環境の変化により自宅での療養ができない場合,長期入院対策として介護老人保健施設等への入所が検討される.しかし,施設により病態などの入所の条件が異なるためなかなか入所に至らないケースも増えてきている.そこで今まで担当してきたケースを振り返ると共に協力を頂いた施設のアンケートなどをもとに施設入所の条件と退院のエンドポイントとの整合性を検討するに至った.
【方法】
施設入所に至ったケースの再検討に加え,ご協力を頂いた施設からのアンケートをもとに退院のエンドポイントや療養の条件などを検討する.
【倫理的配慮】
今まで入所をお願いした施設を中心に研究の目的を十分に理解して頂きアンケートのご協力をお願いした.
【結果】
ケースを再検討することである程度具体的な退院のエンドポイントが検討された.治療のエンドポイントは,その後の療養環境の条件によって最終的に検討する必要がある事が明らかになってきた.
【考察】
施設等退院後の療養環境への配慮をすることで退院のエンドポイントがある程度明確化され入院期間の短縮につながると考えられる.特に施設等の入所先が求める病態を可能な限り把握することは退院のエンドポイントはどこに置くべきなのかという今までとは違った視点を持つ必要が生じる.高齢者の退院をより促進するためには療養環境を考慮した退院のエンドポイントの検討は今後より重要になってくると考えられる.