6月30日 会議室601 6F 一般口演発表

薬物治療I

座長 :  地引逸亀 ( 金沢医科大学神経精神医学 )

I6-1 9:00-9:15

高齢統合失調症の非定型薬へのきりかえの試み

金川英雄1),櫻木章司2)

1) 東京武蔵野病院,2) 櫻木病院
【目的】
高齢社会の到来で,精神障害者の寿命も著しく伸びている.統合失調症患者は高齢になると自然寛解するとも言われていたが,必ずしもそうとは言えない.当院には12の開放及び閉鎖病棟があり,65床の精神障害者高齢者病棟もある.統合失調症が多いが,全例ではない.そこに50年以上の当院継続入院患者が8名いて,最長は1948年入院の女性で,全体では女性7名,男性1名であるが他病棟にも数名いる.全例統合失調症で,身体合併のために一時的に都立病院などに転院した例は除いてである.2003年時点でその病棟の問題点は長期にわたる入院で,多種類のメジャートランキライザーや副作用止め,下剤の大量投与だった.そのため一つの方法として非定型薬への切りかえを考えた.
【方法】
精神障害者高齢者病棟で2003年4月1日から2006年2月末日までに定型から非定型薬オランザピンとペロスピロンを中心としたスイッチングをし,演者が入院中に直接面接,投与しじかに効果判定ができた症例を分析した.定期的に検査を行い,糖尿病の患者にはペロスピロンを使用した.
【結果】
2006年3月1日現在,定型薬からオランザピンを中心としてスイッチングした症例が19例,ペロスピロンを中心とした症例が10例だった.非定型同士でスイッチングした例は除いた.高齢であり一律に変薬することは避け,本人の状態を観察しながら慎重に行った.定型薬はハロペリドール,クロルプロマジン,レボメプロマジンが多かった.頭部MRI,CTで全例に脳萎縮,小梗塞,小出血像をみた.
【倫理的配慮】
本人,ならびに家族にスイッチングのさいは説明をし,了解を得るようにした.当病棟にも2人の薬剤師が入り服薬指導をしており,情報交換に努めた.
【考察】
1)ハロペリドールなどの注射回数が減った.多かった理由は過去に精神症状が悪く,経口で抑制作用の強い薬物を使用していたが,高齢で体力低下にしたがい調節が困難となり,若干弱めの薬物療法で精神症状悪化時に,筋注で症状を抑え経過観察していたためと考えられる.これは夜間,休日など人によって注射の判断基準が異なる点と高齢者に一過性に血中濃度をあげるのは身体への影響が強い点が問題であった.
2)以前は嚥下機能が悪いのに非常に大量の薬を飲まなければいけなかったり,朝,昼,夕,寝る前と一日4回に分けて飲んでいた人が多かった.いわゆる副作用止めといわれる抗パーキンソン薬やその他の薬の量を減らせ,一日に飲む回数も減った.
3)副作用が少ないためデリケートな薬物調節ができ精神症状が改善し,笑顔が出てきたり作業療法につなげられたりした症例もあった.統合失調症のある一群はかなり高齢でも,薬物療法の調節で効果がある可能性がある.
4)変薬をして下痢になる症例があったが,下剤の減薬で調節がつき量も減った.
5)オランザピンの口腔内崩壊錠は嚥下の悪い高齢者に有意義だった.他施設の症例を追加してさらに当日言及したい.

I6-2 9:15-9:30

音楽性幻聴にカルバマゼピンが有効であった高齢女性の1例

大原聖子,川村友美,渡辺健一郎,清水 聰,岩崎真三,窪田 孝,榎戸芙佐子,地引逸亀

金沢医科大学精神神経科学
【はじめに】
音楽性幻聴とは外的な刺激なしに歌や旋律が聴こえてくる状態である.単一症候性のものは高齢女性に多いとされる.治療には抵抗性で,抗精神病薬は効果に乏しい.
今回われわれは高齢女性に発症した音楽性幻聴に対しカルバマゼピンが有効であった1例を経験したので報告する.
【症例提示】
84歳,女性,右利き.夫とは30年前に死別し,息子夫婦,孫夫婦と同居していた.高血圧,高脂血症,糖尿病,甲状腺機能低下症が指摘されているが,いずれも内服にてコントロールされていた.X年7月一過性に回転性のめまいがあり,以後お経や童謡が聴こえるようになった.このため11月上旬より近医でパロキセチン10mg/日の投与を受けた.症状は若干改善したが,完全には消失しないため,11月下旬に精査加療のため当院に入院した.入院時は明らかな神経学的な異常は認めなかった.意識も清明で,音楽性幻聴の他には精神症状は明らかではなかった.童謡は女性ひとりの声によるもので,お経は男性ひとりの声によるものであり,伴奏はともなっていなかった.HDS-Rは25/30であった.脳波では,基礎波は7Hzのθ波か8Hzの遅いα-波がびまん性に出現しており,全般的に徐波化を認めた.頭部のMRIでは多発性の脳梗塞を認めた.SPECTでは平均脳血流量は,48ml/100g/min前後で左右差はなかった.耳鼻科では感音性難聴を指摘された.WAIS-RはFIQ72(VIQ74PIQ73)であった.入院後は童謡の曲目が増え,ひとりの男性による軍歌も聴こえるようになったため,12月上旬よりパロキセチンを中止してペロスピロン8mg/日に切り替えた.お経は消失したものの,男性の声による言語性幻聴が加わったため,ペロスピロン12mg/日とした.しかし,過鎮静の傾向を認めたため,12月中旬にペロスピロン8mg/日として,カルバマゼピン100mg/日を追加した.数日後に言語性幻聴が消失したのでカルバマゼピンは有効と判断し,ペロスピロンを中止してカルバマゼピン単剤による治療とした.単剤に変更後,それまで両耳から聴こえていた音楽が左耳からだけになり,音量や頻度も減少した.カルバマゼピンを漸増して150mg/日となったところで幻聴は完全に消失した.
【倫理的配慮】
本人および家族に症例報告の同意を得た.発表に直接関係ない部分は省略した.
【考察】
カルバマゼピンが有効であった音楽性幻聴の例は何例か報告されている.そのメカニズムは不明だが,側頭葉の異常脳波がカルバマゼピン選択の指標と考えられている.しかし,側頭葉の異常脳波が明らかでなくても,カルバマゼピンが有効な例もあり,本例もびまん性の徐波を認めただけであった.

I6-3 9:30-9:45

高齢認知症の精神、行動障害に対するバルプロ酸の効果

水上勝義1),畑中公孝2),石井映美2),茂呂和生2),田中芳郎2),朝田 隆1)

1) 筑波大学臨床医学系精神医学,2) 石崎病院精神科
認知症の精神,行動障害に対してバルプロ酸が有効との報告が散見されている.しかし本邦では,比較的少数例を対象とした報告が少数あるにすぎず,十分な検討は行われていない.そこで今回我々は,バルプロ酸が使用された症例の診療録を後方視的に検討し効果や安全性について検討した.
【対象】
対象は,2002年4月から2005年7月に石崎病院痴呆疾患センターを受診した認知症患者のうち,その精神,行動障害の治療にバルプロ酸が使用された123例(80.3歳)(男41例,女82例)である.バルプロ酸治療8週時の平均投薬量,幻覚・妄想,易怒性・興奮,攻撃的言動,不眠・せん妄,不適切・無目的行為など各症状の改善度,全般改善度,副作用などについて,診療録を参照し後方視的に検討した.薬剤使用に際しては,患者本人または家族に対し,薬剤名,薬理特性,副作用,使用の必要性などについて説明し同意を得た.また個人情報保護に厳密に注意して情報管理した.
【結果】
123例の内訳は,アルツハイマー病54例,血管性認知症26例,混合型22例,レビー小体型認知症や前頭側頭葉変性症を含むその他の認知症21例であった.認知症の重症度は,CDR1が47例,CDR2が59例,CDR3が17例であった.8週時のバルプロ酸平均投薬量は,137.7mgであった.中止例は10例であり,来院せず6例,無効中止2例,症状改善による終了1例,眠気による中止1例であった.バルプロ酸単独使用例は28例,抗精神病薬の併用ありが95例であり,併用薬としてはチアプリドが85例(8週時の平均投薬量34.8mg)と最も多かった.また定型,非定型抗精神病薬の併用例は13例であった.この13例を除いた110例(バルプロ酸単独またはバルプロ酸+チアプリド使用例)の 症状別の改善率は,幻覚・妄想51例中6例(11.8%),易怒性,興奮84例中71例(84.5%),攻撃的言動47例中33例(72.2%),不眠・せん妄58例中38例(65.5%),不適切・無目的行為55例中16例(29.1%),その他39例中20例(51.3%)であり,易怒性・興奮や攻撃性の改善が目立った.またアルツハイマー病54例についての症状別改善率でも,易怒性・興奮(86.8%)や攻撃性(61.5%)の改善率が高かった.110例の全般改善度は,著明改善が9例,中等度改善度45例,軽度改善37例,不変16例,軽度悪化2例,中等度悪化1例であり,中等度以上の改善を示した例は49.0%であった.副作用は14例(12.7%)にみられ,ふらつき,歩行障害が9例,眠気2例,この他吐き気,錐体外路症状,頭重感などであり,重篤なものはなく,いずれも減量あるいは中止により改善した.また検討し得た範囲では,高アンモニア血症をはじめとする血液検査異常は認めなかった.
【結論】
高齢認知症の易怒性・興奮や攻撃性に対し,比較的低用量のバルプロ酸治療は安全かつ効果的と考えられた.

I6-4 9:45-10:00

塩酸ドネペジルが奏効した前脳基底部健忘の一例

荻原朋美1),安里勝人2),小林美雪1),宮下光弘1),埴原秋児3),天野直二1)

1) 信州大学医学部精神医学教室,2) 長野厚生連安曇総合病院,3) 信州大学医学部保健学科
【目的】
前大脳動脈や前交通動脈の動脈瘤破裂後に記憶障害を中心に人格変化・空想的作話などの特異な症状を認める症例が報告されている.これらは前頭葉底面の前脳基底部に障害部位があるため前脳基底部健忘と呼ばれる.前脳基底部にはコリン作動性のニューロンが多く前脳基底部健忘の出現にアセチルコリン系の障害が関与している可能性がある.今回,右前交通動脈動脈瘤破裂後に持続性の健忘や行動異常を呈し塩酸ドネペジル投与によって行動異常が改善した1症例を報告する.
【症例】
67歳女性.右手利き.X年5月18日,突然の頭痛,脱力感,意識障害で発症,A病院に搬送され,右前交通動脈動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断された.発症2日目にクリッピング術施行.術後せん妄が続いたが徐々に改善し,発症3週目より歩行可能になった.作話,多弁などの精神症状,無断離院などの行動異常が続くため,発症8週目にB病院精神科転入院した.入院時,意識は清明.神経学的には異常を認めなかった.頭部MRIでは右前頭葉眼窩面に梗塞像を認めた.MMSE22点で見当識,遅延再生に障害を認めた.多弁多動,脱抑制,空想的な作話がみられた.発症当時の出来事などの想起は出来ず著しい作話のため逆向健忘の評価は困難であった.一方,新規の人物である看護師や他患の名前を正確に記憶することは可能であった.WAIS-Rは注意が持続できず施行不能.WMS-Rの複数の項目でスケールアウトし遅延再生の項目は施行不能であった.徘徊,脱抑制などの行動障害に対してリスペリドン1mgから開始し3mgまで増量したが,行動障害に改善はみられず,傾眠や錐体外路が出現したため中止した.発症15週目から塩酸ドネペジル3mgを投与,翌週に5 mgに増量した.塩酸ドネペジル投与開始3週目には徘徊と空想的な作話が消失した.見当識も正確になり,病棟内の日課も把握し予定の管理も可能になった.くも膜下出血発症当時の事は想起できたが時間の前後関係が正しくないことや,発症後からドネペジル投与開始までの間に関する強い健忘を残した.発症19週目,ドネペジル投与後4週目の心理検査ではMMSE24点.WAIS-R FIQ74,VIQ79,PIQ71とWMS-Rでは注意集中の項目で低下がみられた.塩酸ドネペジル投与後2年経過するが精神症状や行動障害の改善は維持されている.
【考察】
本例は右前交通動脈動脈瘤破裂後に著しい注意障害と前向健忘を中心とした記憶障害,多動や俳回などの行動異常,奇妙で空想的な作話など前脳基底部健忘の報告例と合致する症候がみられている.Damasioらは前脳基底部健忘の成因としてコリン作動性のニューロン群の損傷を重視している.最近,Benkeらは前脳基底部健忘11例に対し,塩酸ドネペジルopen-label投与を行い,塩酸ドネペジル投与中のエピソード記憶の改善を報告した.本例も,塩酸ドネペジル投与により行動障害・記憶障害が改善し,アセチルコリン系の障害が病状に関与している可能性が考えられた.
なお,塩酸ドネペジルの適用外使用と本学会の発表に関しては本人と家族の了承を得ている.

薬物治療II

座長 :  岸本年史 ( 奈良県立医科大学精神医学講座 )

I6-5 10:05-10:20

アルツハイマー型認知症に伴う攻撃性に対する塩酸ペロスピロンの効果

芦刈伊世子1),渡邉衡一郎2),稲垣 中2),鹿島晴雄2)

1) あしかりクリニック,2) 慶應義塾大学医学部精神神経科学教室
BPSD (Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)「痴呆の行動と心理症状」に対する非定型抗精神病薬の有効性については一般的に広く認められるようになっているが,生命予後を短縮させるという問題点が指摘された結果,BPSDに対する薬物療法が躊躇される傾向も散見されるようになった.しかしながらBPSDによって介護困難に陥っている介護家族あるいは施設介護にとって適切な薬物療法は,劇的な効果を発揮するだけでなく,介護負担を軽減することにも大いに役立っているということも事実である.
 本研究は日常臨床現場におけるBPSDに対する薬物療法の効果を自験例で明らかにすることにある.その中でもBPSDには比較的使われることの少なかった塩酸ペロスピロンを処遇困難な攻撃性の強い事例に対して使用した結果,極めて効果の良好な事例を多数経験し,さらに錐体外路症状の発現が極めて少なかった.ここでその自験例をまとめて発表するとともにその作用機序を考察した.
【対象】
東京都内にあるあしかりクリニックにおいて平成16年4月から18年2月までに来院した攻撃性が存在して介護困難な状態になっているアルツハイマー型認知症の患者21名である.対象者が説明の理解が困難な場合,その家族に薬物の期待される効果と副作用,生命予後が短縮する可能性が高まるという説明を十分行った.
【方法】
本人に塩酸ペロスピロンを少量から処方した.投与時にBehavior Pathology in Alzheimer’s Disease Rating Scale (以下BEHAVE-AD)を用いて対象者の異常行動・精神症状を評価した.塩酸ペロスピロンの量を漸増し,約1ヶ月後に再度BEHAVE-ADを評価した.下位項目の攻撃性については暴言,威嚇や暴力,上記以外の焦燥を各々0,1,2,3の4段階で評価し,その総点を評価した.
薬物誘発性の錐体外路症状についてはDrug Induced Extra-pyramidal Symptoms Scale(以下DIEPSS)を用いて投与前,投与後に評価した.
【倫理的配慮】
調査に関してその趣旨を本人とその家族に説明し,同意を得た.
【結果】
対象者の背景は平均年齢84.1歳,女性17名(81%),MMSE平均15点,発症年数平均5.3年であった.悪性腫瘍や糖尿病,腎不全などの重症合併症はなかった.
BEHAVE-ADの攻撃性については,投与前は平均7.14点,投与後は2.95点であった.DIEPSSの概括重症度については,投与前は平均1点,投与後は1.23点であった.
【考察】
ベンゾイソチアゾール骨格を有する非定型抗精神病薬塩酸ペロスピロンはハロペリドールに比べ,抗ドーパミン2作用が強いにもかかわらず,カタレプシー惹起作用が弱いことから,錐体外路系副作用が少ないことが期待されていた.実際に自験例でも攻撃性の改善が顕著に見られ,さらに薬剤性錐体外路症状発現は極めて少ない結果であった.アルツハイマー型認知症における攻撃性の改善のための薬物治療を行う場合,ペロスピロンは有効であると思われるが,他の血管性認知症,びまん性レビー小体病,前頭側頭型認知症などについても今後検討する必要があると思われた.発表当日は例数を増やして発表する予定である.

I6-6 10:20-10:35

横浜市認知症高齢者緊急一時入院事業におけるリスペリドン内用液の使用経験

勝瀬大海1),都甲 崇2),塩崎一昌2),境 玲子1),藤川美登里1),加瀬昭彦1),小阪憲司1)

1) 横浜舞岡病院,2) 横浜市立大学医学部精神医学
【目的】
横浜舞岡病院では横浜市認知症高齢者緊急対応事業の一環とし一時入院事業に携わっている.具体的には一時入院事業として,認知症高齢者が問題行動や精神症状の急激な悪化または継続のため本人の安全な生活や家族の介護の継続が困難になった場合に14日以内の入院加療を行なっている.当院では2004年4月以降に入院となった症例について,興奮や攻撃性が著しく,入院加療開始が困難であった場合は,リスペリドン内用液を入院時より用いて治療を行なった.今回,このようにリスペリドン内用液を入院時に用いた症例の特徴や治療経過をその他の症例と比較し検討を行った.
【方法】
対象として2004年4月から2005年12月までに一時入院事業により入院となった症例を用いた.これらの対象を興奮や攻撃性が著しくリスペリドン内用液を入院時に用いた症例(A群)とその他の症例(B群:精神症状や使用薬剤は問わない群.精神症状や問題行動がみられるが,入院加療の開始に問題となるような著しい興奮や攻撃性が認められなかった症例)の2群に分類し,それぞれ年齢,性別,疾患名,身体合併症,入院となった精神症状,抗精神病薬のCP換算量(入院時,最大量,退院時),身体拘束の有無,Behave-ADの得点(入院時,退院時),転帰を後方視的に比較検討した.なお,副作用や身体合併症がみられた場合には抗精神病薬は速やかに減量した.
【倫理的配慮】
今回の研究は臨床経過を後方視的に検討したもので患者の治療には不利益を生じることはない.また,匿名性にも十分に配慮している.なお,認知症の精神症状に対する抗精神病薬の使用については適応外である旨と副作用などを説明し,家族の同意を得た後に治療を開始した.
【結果】
6例のリスペリドン内用液使用群(A群)と51例のその他の群(B群)に分類された.両群において年齢,性別などは大きな相違はなかった.両群の共通した特徴として,主病名はアルツハイマー型認知症が多く(58%)せん妄は全症例の44%に合併した.さらに,高血圧や糖尿病などのなんらかの身体合併症は82%の症例にみられた.入院のきっかけとなった精神症状は興奮や攻撃性が最も多く,次いで徘徊などの問題行動であった.両群で相違がみられた点として,抗精神病薬のCP換算量は入院時・最大量ともにA群で多かったが,退院時はB群の方で多かった.身体拘束はA群では行なうことがなく,B群では歩行障害や身体加療のために29%の症例で行なわれた.さらに,Behave-ADの改善率はA群がB群を上回った.転帰については両群間に大きな違いは無く,全体の56%が精神科病院への入院継続となった.
【考察】
今回の研究では,著しい興奮や攻撃性を伴う認知症高齢者の加療には,リスペリドン内用液は有効で,その後の治療でリスペリドン内用液はより速やかに減薬することができ,身体拘束を行なう必要のない可能性が示唆された.

I6-7 10:35-10:50

老年期初発の非認知症性精神症状に対する新規抗精神病薬低用量投与の効果の検討

奥村和夫

天理よろづ相談所病院精神神経科
【背景】
老年期初発の様々な精神症状に対するrisperidoneについての治療報告は既に多数なされているが,老年期初発の術後せん妄と音楽幻覚に関しては現在のところ報告はない.今回これらについて臨床的に検討を行ったので報告した.
【方法】
高齢者では基礎疾患の確定診断のための生検後,あるいは基礎疾患の術後にせん妄を来たすことがある.今回術後せん妄を呈した高齢患者2名と精神疾患の既往のない外来高齢患者2名に認められた音楽幻覚に対し,risperidone(0.2〜0.5mg/day)を投与した.
【倫理的配慮】
4名の方にはいずれも口頭と書面で同意を得た.
【結果】
術後せん妄については投与後精神状態が安定し良好な術後経過が得られた.音楽幻覚については外来通院中に症状の改善が認められた.
【考察】
高齢者に対する薬物投与は,通常の臨床量で過剰投与に至ってしまう可能性があるが,今回術後せん妄と音楽幻覚について,0.2mg〜0.5mg/dayというrisperidone の低用量投与で十分な効果が得られた.今回の結果からは,高齢者の術後せん妄と音楽幻覚に対して,低用量のrisperidone 投与が効果的である可能性が示唆されたが,今後さらなる検討が必要と思われる.

I6-8 10:50-11:05

拒食が改善した脳血管性認知症でオランザピンが有効と考えられた1例

佐藤隆郎

秋田県立リハビリテーション精神医療センター精神科
【倫理的配慮】
報告に際して個人が特定できない様に配慮の上,保護義務者の同意を得た.
【主訴】
拒食,放尿
【現病歴】
平成10年頃 物忘れ出現
平成15年 自分の子に頻回の電話,徘徊,つきまとい
平成16年3-6月 A病院精神科に入院,一時的に性的逸脱行為あり
平成16年4月16日 B病院にて慢性硬膜下血腫の手術
平成16年7月2日 グループホーム入所
平成16年11月頃 放尿出現
平成17年7月頃 拒食出現
平成17年8月17日 当センター初診,HDS-R0点
平成17年8月22日 当センター医療保護入院
【入院後の状態】
放尿,拒食に加えて,易怒性と介護への抵抗が目立った.発動性低下.四肢に筋強剛.
【検査所見】
平成17年8月23日頭部CT:右前頭葉外側に硬膜下血腫.右被殻に低吸収域,中等度の萎縮.
10月26日嚥下造影:咀嚼しないが,ヨーグルトの嚥下自体は可能.嚥下を自分で認識する能力が低下.
【薬物療法の経過】
8月22日スルピリド150mg開始したが,易怒性不変,筋強剛増悪したため,8月30日スルピリド中止.
9月2日メトクロプラミド10mg開始,9月9日15mgに増量.易怒性不変,水分200-300mlと逆に拒食悪化して9月20日メトクロプラミド中止.
9月20日にミルナシプラン30mg開始したが,不眠になったため9月26日ミルナシプラン中止.
9月28日オランザピン2.5mg開始.筋強剛はメトクロプラミド内服中と同程度で,スルピリド内服中よりは軽度.10月30日ころからかなり急激に拒食が改善して,1500ml/日水分摂取が可能になって,11月2日補液不要になった.ゆっくりした変化だったが,平成18年1月頃から易怒性がやや改善して,放尿,介護への抵抗が軽減.
【オランザピン投与後の症状変化のまとめ】
拒食の改善,易怒性はやや軽減(この2点は時期がずれている)
発動性低下は不変
【拒食が改善した機序の考察】
(1)易怒性が改善した二次的結果
(2)オランザピンの食欲中枢への直接的作用
の2点が考えられた.
【結語】
拒食が改善した脳血管性認知症の一例について,オランザピンが有効と考えられた.

DLB

座長 :  井関栄三 ( 順天堂東京江東高齢者医療センター )

I6-9 11:10-11:25

レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症における局所脳血流量に関する検討

館農 勝1),内海久美子1),小林清樹1),齊藤正樹2),高橋 明2),藤井一輝3),森井秀俊3),寺岡政敏1)

1) 砂川市立病院精神神経科,2) 砂川市立病院脳神経センター,3) 砂川市立病院放射線科
【目的】
レビー小体型認知症(DLB)は,アルツハイマー型認知症(AD)についで頻度の高い老年期認知症性疾患とされ,幻視,パーキンソン症状や認知機能の変動性などの特徴的臨床症状を有するものの,認知症を伴うパーキンソン病をはじめとした他の疾患との鑑別が困難な場合も少なくない.今回我々は,脳血流SPECTの結果を局所脳血流自動解析ソフト3DSRTを用いて解析し,DLB, ADにおける局所脳血流について検討を行ったので報告する.
【方法】
対象は,砂川市立病院もの忘れ外来および精神神経科一般外来を受診したDLB 14例(平均77.1歳),AD 42例(平均79.1歳),対照群18例(平均76.1歳)である.DLB群はDLB consortiumの臨床診断基準でprobable DLBと診断した者,AD群はNINCDS-ADRDAのprobable ADの基準を満たした者で65歳以降発症の者のみを対象とした.対照群はDLB群,AD群と同内容の検査を施行し最終的に認知症はないと診断した者とした.3群の年齢と利き手の他,DLB,AD両群の重症度を相関させるため行動観察尺度であるClinical Dementia Rating(CDR)でCDR1(軽度)とCDR2(中等度)と評価した者を対象とし,また両群のMMSE,HDS-Rの平均点には統計学的に有意な差を認めないことを確認した.全例に99mTc-ECD 脳血流SPECTを施行し, 3DSRTを用いて局所脳血流量(rCBF)を求めた.
【倫理的配慮】
本研究の主旨について説明し,患者またはその家族から同意を得た.また,個人が特定できないよう配慮の上,データ解析を行った.
【結果】
対照群に比べ,DLB群,AD群の両認知症群に共通して血流低下が認められたのは,3DSRTの12のセグメントのうち両側の頭頂,角回,脳梁周囲であった.対照群に比べ,AD群でのみ有意な血流低下を認めたのは,両側海馬と視床,それに右脳梁辺縁で,DLB群にのみ血流低下が認められたのは,両側後大脳であった.DLB群とAD群とを比較した際に血流量の有意な差が見られたのは両側後大脳のみで,DLB群において有意に低下していた.
【考察】
これまでに,99mTc-HMPAOを使用しSPMなどの定性画像を用いた手法で,DLBではADに比べて後頭葉での血流が低下していることが報告されている(Lobotesis K et al. Neurology, 2001, Colloby SJ et al., Eur J Nucl Med Mol Imaging, 2002).今回我々は,99mTc-ECDを核種に使用してPatlak plot法を行い,3DSRTで局所脳血流量の定量化を行うことにより,DLBにおいてADに比較して後大脳で有意に血流が低下していることを確認した.近年改定されたDLBの臨床診断基準に脳機能画像の所見が加えられるなど,DLBの診断におけるSPECT所見の重要性は増大している.しかし,従来のような視察法による脳機能画像所見の評価では評価者の主観による誤差や評価者間のばらつきが生じることが懸念されてきた.比較的簡便で局所脳血流量の客観的定量評価を可能とする局所脳血流自動解析ソフト3DSRTを用いた脳血流SPECTの解析は,DLBの臨床診断に有用であると考えられる.

I6-10 11:25-11:40

治療抵抗性であったレビー小体型認知症についての臨床的考察

長濱康弘,翁 朋子,鈴木則夫,平川圭子,松田 実

滋賀県立成人病センター第3内科(老年神経内科)
【目的】
レビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies,DLB)の症状は薬剤治療と適切なケアの提供により改善することも多いが,中には非常に治療困難な例がみられる.我々は今後のDLB患者の治療・ケアに役立てるために,治療困難例の症状や治療経過について検討した.
【方法】
当科外来を受診したDLB患者のうち,症状改善が困難で経過が不良であった4例について臨床症状,各種検査所見,治療経過における共通点を検討した.
【倫理的配慮】
臨床症状以外の情報は全て匿名性を高め,個人情報保護に配慮した.
【症例概略】
〈症例1〉81歳男性.X−2年から易転倒性と認知機能の動揺が,X−9ヶ月から幻視,不眠,徘徊が始まった.MMSE 22.人物の幻視,誤認,パーキンソニズム(PA),易怒性,便秘を認める.焦燥感,倦怠感を訴え多動である.デイサービスと薬剤治療を行うも不眠,幻視,暴力,倦怠感,多動が改善せずX+5ヶ月にA病院に入院.入院後6ヶ月経っても徐々に症状が悪化している.
〈症例2〉77歳男性.X−6ヶ月からADL障害がみられ,その後幻視と認知機能の動揺がみられた.MMSE 19.人物の幻視,PA,易怒性,不眠,夜間徘徊を認める.腹部不快を訴え多動である.薬剤治療でも攻撃性や幻視が改善せずX+2ヶ月にB病院に入院.入院後2ヶ月経っても徘徊,不眠,幻視は改善せず.
〈症例3〉75歳男性.X−3ヶ月に妄想が出現,X−2ヶ月から認知機能の動揺がみられ,その後幻視,不眠,妄想が増悪.MMSE 23.人物の幻視,PA,易怒性,夜間の独語,便秘を認める.焦燥感,嚥下困難感を訴える.クエチアピンを一時服用したが,拒薬,拒食のためX+1ヶ月にC病院に入院.入院後4ヶ月経っても拒薬や易怒性が継続し症状は徐々に悪化している.
〈症例4〉71歳女性.X−6ヶ月から記憶障害,認知機能の動揺,胸部不快の訴えが始まり,X−2ヶ月から易転倒性,幻視,不眠がみられた.MMSE 16.人物の幻視,誤認,PA,便秘,口渇がみられ,倦怠感,胸腹部不快を訴え多動である.デイサービスと薬剤治療を行うも易怒性,妄想,幻視,多動は悪化しX+12ヶ月にA病院に入院.入院後4ヶ月経っても多動,不眠,幻視は継続している.
【検査結果】
4例中3例ではMMSEが同程度のDLBに比べ構成障害が強かった.全例でCT上海馬萎縮は目立たず,SPECTで頭頂葉・後頭葉の血流低下が明らかであった.
【結果と考察】
共通する特徴は以下の通りであった.1)DLBの中核症状全て(幻視,認知機能の動揺,PA)が認められる,2)易怒性,焦燥感など感情障害がみられる,3)倦怠感,腹部・胸部不快感など心身症的愁訴や不眠がみられる,4)多動である,5)構成障害が強く,頭頂後頭葉の血流低下が明瞭に認められる,6)海馬萎縮は目立たない.
これらの症例では各種薬剤による治療やデイサービスの利用によっても症状が改善せず,入院後経過も不良であった.上記特徴を示すDLB患者において非定型抗精神病薬などに対する反応が乏しい場合,治療予後が悪い可能性を考慮して家族指導やケアプラン作成を行う必要があるかもしれない.また,このような症例をいかに治療するかについても更なる検討が必要であろう.

I6-11 11:40-11:55

レヴィ小体病疑い例の長期経過

渡辺多恵

小矢部大家病院
【はじめに】
幻覚状態で発症し痴呆症状が変動した一例の長期経過を経験した.パーキンソニズムと明らかな幻視を伴い,レヴィ小体病疑い例の一例と考えられ報告する.
【症例提示】
1929年生まれ女性.生来健康,結婚し2女挙児.長年夫と雑貨店を切り盛りしてきた.25歳時前置胎盤剥離で帝王切開したほかは特に既往歴なし.(現病歴)X−13年12月より食欲低下(8kg体重減少),不眠,失神,動悸を主訴とした不安発作のためN病院内科入院.失神の原因検索で問題なく,精神症状不変だったところX−12年2月より「人が見える」と不穏になりK医大受診,幻覚妄想状態と診断され日当院へ紹介入院<第1回入院>.少量の向精神薬で軽快,6月退院.X−11年4月通院中断.夫と二人ぐらしの家事,店番を問題なくやっていた.X−8年6月食欲低下,不眠,不安心気状態で受診,外来で少量の抗うつ薬で軽快,小康状態.X−7年2月より,吐き気と企図時震顫,食べ物をこぼす,字がかけない,腱反射の亢進が急に悪化し2月から入院<第2回入院>.入院中寂しいからといって他患者の布団に入るなど人格レベルの低下を認めたが徐々に改善,6月に退院.外来通院中「おしっこが出ず体中におしっこが回っている」との訴えあり,また動きが鈍くなり,自分でボタンが留められない,趣味のカラオケにいかない,などの精神運動減退症状が浮動していたがこの時点の長谷川式22点.X−6年4月向精神薬追加したところねたきりとなり5月入院<第3回入院>.脳循環改善剤主体の処方に変更,9月退院.退院時長谷川式29点.X−5年夕方のそわそわ感,不安.何でも夫に尋ねるという依存性の亢進あり.抗うつ剤追加で軽快,お化粧しカラオケ,陶芸教室にいく.X−4年11月よりはっきりとした蜘蛛の幻視.「こーんな大きなのが寝室の電気のスイッチ紐の丸いところについていて怖くて触れない」「障子の穴からゴキブリが次から次へとでてきて気持ちが悪くて」.にもかかわらず不安感は強くなく「ものわすれがひどくて夫に助けてもらってる」との陳述がある.X−3年5月,急激に便失禁.店のそろばんで計算ができなくなる,蜘蛛は見えないが頻尿を主とした不安心気状態が増悪入院<第4回入院>.8月退院.X−2年蜘蛛が見えるがそれなりに安定,長谷川式も25点.夫の入院の留守を守る.X−1年4月本人にしかわからないようなすっぴんすっぴんといった言葉を使い出し,摘便してくれと夫に懇願するよう身の回りのことができなくなり入院<第5回>.入院中肺炎に罹患,転院死亡.
【倫理的配慮】
家族に対し口頭および書面で説明し同意を得ている.
【考察】
全経過13年で亡くなったレヴィ小体病疑い例である.不安発作や幻視を伴う軽度認知症の上に,夫が突然面倒を見られなくなるような痴呆症状の急性増悪のためその都度入院となった.縦断的にみると,失神を契機にしたパニック発作,明らかな幻覚妄想状態が明らかな認知症症状の前に現れている.また数日から1,2週間の経過で急速に増悪する認知症症状は,緩やかに回復し,認知症症状が出ても数年にわたって日常生活が可能であった.