第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月17日(金) G610

自動車運転 2

座長:木村 通宏(順天堂東京江東高齢者医療センター)

 

痴呆性疾患における運転免許更新時の
申請書の問題について

岩崎美穂1),上村直人1),惣田聡子1),掛田恭子1),井上新平1),
池田  学2),諸隈陽子3)

1) 高知大学医学部神経精神病態医学教室,
2) 愛媛大学医学部神経精神医学教室,3) 一陽病院

UG6-17

【目的】2002年6月から改正道路交通法が施行され,同時に免許更新者全員に病状に関する申請書提出が義務化された.痴呆患者は病識が乏しく,実際の免許更新時の申請書提出の状況は不明な点も多い.そこで我々は,痴呆患者における病状申請書の問題点を探るために,痴呆患者を対象に,病状申請書と同様の文面を用いたアンケート調査を行ったので報告する.

【方法】2002年6月〜2004年12月に高知大学神経精神科を受診した痴呆患者で,運転免許を保持している20名を対象にアンケートを施行した.調査は免許更新時と同様の文面を拡大したA4版の用紙一枚を作成して用いた.本来の病状申請書では,虚偽の記載をした場合罰則規定が存在するが,今回のアンケート調査は,実施の免許更新とは無関係である事も合わせて説明を行った.対象者は,男性14名 女性6名で,臨床診断ではアルツハイマー型痴呆13名,脳血管性痴呆5名,前頭側頭葉変性症2名であった.対象者の平均年齢は71.0±6.5歳で,重症度評価であるCDRはCDR 0.5:3名,CDR 1:10名,CDR 2:7名であった.痴呆の告知および運転中断勧告は,具体的な病名の告知はほとんどしていないものの,病的な物忘れがあること,
日常生活に支障をきたしている事を全員が説明を受けている.

【倫理的配慮】研究調査に当たっては,高知大学医学部の倫理委員会の承認を得て行われた.なお調査に当たっては,アンケートに関する趣旨を説明し,文書にて患者ないし家族に同意を得た.

【結果】痴呆患者20名中15名(75%)では,医師からの中止勧告はないと回答した.またわずかに2名(10%)が中止勧告を受けていると回答したが,いずれも脳血管性痴呆の患者であった.運転免許更新にあたり何らかの問題があるかどうかという自己申告を促す問いでは,12名(60%)が問題なしと回答し,記入なしも7名(35%)みられた.

【考察】以上の結果から,痴呆患者は自身の病状を申請書の形式で反映することは困難であると考えられた.そのため,本申請書の目的とする,疾患を持つ人を運転能力評価である臨時適性検査につなげることは,痴呆患者ではほとんど機能していないことが示唆された.そのため痴呆患者では,運転継続に危険のある人をスクリーニングできるかもしくは,臨時適性検査につなげることが可能な,新たな評価方法を考案する必要があると思われる.

 

痴呆患者と運転免許の診断書の問題について

上村直人1),池田  学2),掛田恭子1),岩崎美穂1),惣田聡子1),
井上新平1),諸隈陽子3)

1) 高知大学医学部神経精神病態医学教室,
2) 愛媛大学医学部神経精神医学教室,3) 一陽病院

UG6-18

【目的】改正道路交通法が施行され,痴呆性疾患も一定の制限を受けるようになった.しかしながら改正道路交通法,およびその施行令,また警察庁の通達からみても主治医や専門医(現時点では精神保健指定医)に課されている診断書の作成に当たっては問題も多い.そこで,改正道交法施行後で運用されている痴呆関連の法案や,警察庁通達を概観し,それらの課題について述べる.

【方法】2002年6月施行の改正道路交通法,とその後に公表された法令や文書を検索し,上記目的に必要なものを選択した.その結果,改正道路交通法と施行令,および警察庁通達などの関連法案,文書,免許更新時の病状申請書,主治医に課される診断書と診断書記載ガイドラインが選択され,これらを用いて痴呆性疾患への対応上の問題点を抽出した.

【倫理的配慮】特記事項はない.

【結果】2002年6月施行の改正道路交通法,およびその施行令,警察庁通達の文面では,医師が何らかの形で患者の運転能力の評価に関与せざるを得ない状況が存在した.各都道府県公安委員会に提出をする要求される運転能力評価診断書の作成に当たっては,主治医は患者の運転能力評価において,将来の交通安全性についての意見を求められていた.また,警察庁通達上の対応マニュアルにおいて,アルツハイマー型痴呆と脳血管性痴呆は免許取り消しとされ,それら以外の痴呆性疾患では予後予測を鑑みて,臨時運転適性検査を精神保健指定医が施行すると規定されていた.

【考察】上記資料分析から,1.病名で運転制限がされること,2.公安委員会提出の診断書の運転能力判断基準が理解しにくい事,3.改正道交法が臨床現場への認識が十分に周知徹底されていない事,4.諸外国の制度以上に厳格な予後予測を医師にも求められている事,5.運転の問題に関する医療側の主体性が見られないことなどが現在の課題であると考えられる.

 

ドライビングシミュレーターを用いた
アルツハイマー病患者の運転能力評価の試み

松本光央1),池田  学1),豊田泰孝1),上村直人2),荒井由美子3),田辺敬貴1)

1) 愛媛大学医学部神経精神医学,
2) 高知大学医学部医学科神経統御学講座神経精神病態医学教室
3) 国立長寿医療センター研究所長寿看護・介護研究室

UG6-19

【目的】現在我が国では運転免許を所有する痴呆症患者の数が増加している.平成14年6月の改正道路交通法では,痴呆が運転免許取り消し,または停止の対象として明確化されたが,我が国ではこれまで痴呆患者の運転能力評価に関する医学的検討を加えた研究はほとんどない.今回我々は教習所,運転免許センターなどで広く用いられているドラービングシミュレータ(以下シミュレーター)を使用し,医学的立場からアルツハイマー病(以下AD)の重症度と運転能力の関連について検討する.

【方法】愛媛大学,高知大学精神科神経科専門外来を受診したAD患者(51〜79歳,男12名,女6名)で,来院時点で運転していた者と健常高齢者(48〜79歳,男12名,女6名)のボランティアを対象とした.シミュレーターのプログラムのうち「練習課題」を10分間行い,操作感を体験した後,単一の刺激に対し単一の反応を要求される「単純反応課題」,複数の刺激に対し各々異なる反応を要求される「選択反応課題」,30 km,40 km,50 kmの速度で走行する景色を模した画面を見ながらの道路に沿ったハンドル操作の技量を評価する「ハンドル操作課題」,ハンドル操作を行いながら複数の刺激に対し,各々異なる反応を要求される「注意配分・複数作業検査」からなる「運転適性検査」を施行した.その結果をAD群と健常群で比較,検討した.

【倫理的配慮】研究計画を口頭及び書面にて本人,家族に告知し,同意の得られた者を対象とする.研究において得られた対象者個人を特定しうるデータは本研究以外の目的に使用しないことを厳守する.

【結果】シミュレーターのプログラムによって算出された「運転検査結果」の項目のうち,事前の調査によって年齢による有意差の無い項目において,AD群と健常群の成績の比較を行った.その結果,「単純反応検査」の“ブレーキ反応時間”,「選択反応検査」の“アクセル反応時間”,「ハンドル操作検査」の“速度適応”においては,重複は大きいもののADの重症度に従い,結果が増悪する傾向が得られた.一方「単純反応課題」の“ブレーキ反応むら”,「選択反応課題」の“アクセル反応むら”や,「注意配分・複数作業検査」の“アクセル反応むら”ではADの一部が健常群よりも良い成績となる傾向を認めた.また各下位項目において要求された反応と異なる反応をした回数である“誤反応数”は,健常群では年齢に従って増悪する傾向が有意にあるが,AD群では健常群よりその数が多く,ADの中では,重症度に従い増加する傾向が認められた.

【考察】CDR=1以上の患者では健常群より成績が悪い者が多く,海外の運転中止基準と矛盾しないと考えられた.しかし,多くの項目でAD群と健常群とは重複が大きく,現在のシミュレーターのプログラムでは運転に危険を伴うAD群の抽出は困難である.運転中止を勧告すべきAD群の抽出は,既存のシミュレーターの結果の評価だけでは困難で,@検査結果の算出プログラムの検討A検査プログラムそのものの開発,等の工夫が必要と考えられた.