第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月17日(金) G610

自動車運転 1

座長:宮永 和夫(群馬県こころの健康センター)

 

大都市・地方都市・山間部での自動車運転に関する
意識調査の結果について

豊田泰孝1),池田  学1),松本直美1),松本光央1),森  崇明1),石川智久1)
品川俊一郎1),足立浩祥1),繁信和恵2),上村直人3),博野信次4),田辺敬貴1)

1) 愛媛大学医学部神経精神医学講座,2) 財団法人浅香山病院
3) 高知大学医学部医学科神経統御学講座神経精神病態医学教室,
4) 神戸学院大学人文学部人間心理学科

UG6-14

【目的】2002年6月に改正道路交通法が施行され,痴呆症患者は行政から運転免許を停止または取り消されうると定められた.しかし誰がどのように判断し運転中止を決定するか等の問題は解決されていない.そこで我々はわが国の実態に則した痴呆症患者の自動車運転に関するガイドラインの作成や,運転中止に伴う痴呆症患者の権利擁護を議論する前提となる地域住民のこの問題に対する意識調査が急務と考え,大都市・地方都市・山間部に在住の高齢者に意識と実態の調査を施行した.

【方法】愛媛県I市(昨年の本学会で報告,回答者数106名,男性31名,女性75名,平均年齢74.8歳),N町(回答者数892名,男性354名,女性538名,平均年齢75.5歳),大阪府S市(回答者数1732名,男性1207名,女性525名,平均年齢72.5歳)にそれぞれ在住し,同意を得た65歳以上の高齢者に対し,自記式で無記名アンケート調査を行った.視力障害などにより,回答が困難な場合適宜スタッフが援助をおこなった.

【倫理的配慮】調査にあたり書面にて同意を得た.また無記名アンケートとし,得られた情報が外部に漏れることがないよう配慮し,管理を徹底した.

【結果】「痴呆症患者は運転をやめるべきだと思うか」という質問に対して,「思う」という回答は大都市91.0%・地方都市89.6%・山間部91.6%であった.運転免許保有者に対しおこなった「運転できないと日常生活上困るか?」という質問に対しては,「非常に困る」という回答は大都市部41.6%・地方都市74.0%・山間部73.2%であった.「痴呆症患者が国から免許を取り消されうることを知っているか?」という質問に対し,「知っている」と回答したのは大都市部21.8%・地方都市16.9%・山間部16.9%であった.「運転をやめる決定を誰がするか?」という質問に対し,「本人」と回答したのは大都市部30.4%・地方都市32.1%・山間部27.5%であり,「家族」は大都市部77.0%,地方都市69.8%,山間部65.1%,「医師」は大都市部59.4%・地方都市57.5%・山間部31.3%,「行政機関」は大都市部36.8%・地方都市26.4%・山間部18.9%であった.

【考察】痴呆症患者は運転をやめるべきだという意見が多かった.地方では自動車への依存度が高かった.運転免許を国から取り消されうることを知っているのは約2割にとどまっており,啓発が必要と考えられた.運転中止決定者として「家族」・「医師」が多く,「行政機関」は少数であった.十分説明をしないまま患者が事故を起こした場合,医師の責任が問われる可能性がありえ,今後さらに検討する必要があると考えられた.

 

厳冬期の北海道におけるアルツハイマー病患者の運転状況

内海久美子1),小林清樹1),寺岡正敏1),池田  学2)

1) 砂川市立病院精神科,2) 愛媛大学医学部神経精神医学教室

UG6-15

【目的】北海道では,日常生活において自動車運転が不可欠な地域が大部分である.一方,厳冬期には,大雪,凍結などによる視界不良,スリップで交通事故が多発する.このような地域特性の中で,痴呆患者の運転状況を把握することが重要であると考え予備的研究を実施した.

【方法】砂川市立病院精神科通院中のアルツハイマー病患者で,平成17年1月1日の時点で自動車運転を継続していた者と主たる介護者.<症例1>60歳,男性,平成9年頃発症.MMSE 13/30,CDR 2.<症例2>69歳,男性,平成12年頃発症,MMSE 16/30,CDR 2.<症例3>72歳,男性,平成14年頃発症,MMSE 12/30,CDR 2.

【倫理的配慮】本人,介護者に対し研究内容を十分に説明した上で,半構造化面接を実施した.

【結果】<症例1>平成16年頃より夜間は近所でも運転中に迷い始め,6月には駐車中の車に接触,9月には遠方の大都市に迷い込み保護された.現在も運転中.<症例2>平成15年頃から運転中に迷うようになり,自ら近所のみの運転に限定している.<症例3>家族も運転に不安を感じておらず,現在も運転中.

【考察】地域の特性により,厳冬期にはなおさら自動車運転が欠かせず,厳冬期に運転の中止ないし休止に至る例は必ずしも多くないことが予想された.痴呆患者をかかえる高齢者世帯の孤立を防ぐためにも,運転中止と代替交通機関の整備は並行して進められるべきであろう.

 

運転実車検査により運転危険性が明らかとなった
前頭葉症候群の一例

惣田聡子1),上村直人1),岩崎美穂1),掛田恭子1),諸隈陽子2),井上新平1)

1) 高知大学医学部神経精神病態医学教室,2) 一陽病院

UG6-16

【はじめに】軽微な自損事故以外には記憶障害や認知障害の目立たない前頭葉症候群を呈する症例に免許センターの協力で実車テストを施行する機会を得たので報告する.

【症例提示】74歳 男性 70歳時から物忘れに加えて妻に怒りっぽくなり,置忘れを妻のせいにしたり,車で道を間違えて妻に対し怒ることがあった.その後,買い忘れや目に付いたものを大量に買い込む等の症状が顕著となりX−2年に当科初診となった.X−1〜X年初旬にかけて運転中に車をぶつけたり,タイヤを溝に落としたりするようなことが続いているにもかかわらず,患者は反省も無く運転を継続する為,痴呆の精査及び運転継続の危険性の評価目的にX年7月当科入院となった.
<精神症状>周りへの礼節は保たれている.粗大なエピソード記憶障害はない.入院前後では妻に対して怒りっぽくなる.車をぶつけるも反省することはなく,また繰り返す.入院主治医には軽微な自損事故を起しているにもかかわらず「事故はない」という.
<神経学的・神経心理学的所見>神経学的に特記すべき異常なし.MMSE 26/30,RCPM 29/37,ストループ パートV-T:0.2s,WCST(第一施行CA3 TE:24 PEM:8 PEN:14 DMS:2 IVR:1 第二施行CA:2 TE:17 PEM:2 PEN:5 DMS:4 IVR:0)
<神経放射線学的所見>
頭部MRI:前頭葉(左>右)有意の萎縮 脳室周囲中等度PVHを認める.
SPECT(3D-SSP解析):左前頭葉眼窩面〜側頭葉の代謝低下像
<運転実車評価>実車テスト:確認行為の不備,停止線越え停止,赤信号の見落とし,バック時の後方確認見落とし,急発進,急ブレーキなど多数の安全運転上の問題が明らかとなり,同席した家族も驚くが,実車テスト結果を評価者から本人自身に伝えても深刻な様子は全くなかった.
後日本人と家族に対して,実車テストの結果を元に免許センターへの運転免許返納および運転中断を依頼するように勧告した.しかし患者本人はわかったという反面,すぐに大丈夫やろといったり,家族も本人がゆうこと聞かないからあきませんとのべ,運転中断には至っていない.
【倫理的配慮】本人・家族の同意を取得後,運転能力評価施行当日家族も実車テストの見学を行った.

【考察】本症例のような前頭葉症状を呈する患者では,記憶障害や認知障害は目立たない上に,病識も乏しく,運転継続が危険と判明しても運転中断に至らせる事は困難であると思われる.