6月17日(金)
 

10:30〜12:00

 ホールB5(1)

シンポジウムV:老年精神医療における介護保険

1.

医療と福祉の統合の功罪 … 医療と介護保険

 須貝 佑一 (浴風会病院)
 介護保健制度は医療の現場でも構造改革に近いインパクトを与えた.病院に介護療養型医療施設ができたことである.入院患者の中で高齢者を多く抱える病院はこれまでも事実上医療よりは介護目的で長期に入院しているケースが多かった.医療者側では「社会的入院」と呼んでいた一群である.介護保険制度の発足によって介護サービスの中に病院入院を組み入れることが可能になった.老人を多く抱える病院は医療保険費給付の低減する傾向にある「社会的入院」患者を医療保険で診ていくか,介護保険下に組み入れられるかの選択を迫られた.多くの病院は経営上のメリットを計りにかけた.介護療養型医療施設は地域限定で数が決められるという政策の中で,全病床を介護療養型医療施設に切り替えるところ,病棟を一般の医療の病棟と介護療養型医療施設のふたつを並存するところ,介護療養型医療施設は作らないところの三つに分かれた.それぞれが,病院の質と役割,病院経営上のメリット,デメリットを計算して決断したはずだ.
 その結果,たしかに入院とは名ばかりの介護目的の「社会的入院」は市民権を得た.しかし,実際に運用してみると介護療養型医療施設は一般病棟の急性期治療が終わっても自宅や特別養護老人ホームに復帰できない介護度の重い高齢者で占められるようになった.外来からの介護療養型医療施設への入院は病院経営上から介護度の重い利用者を選ぶ傾向にある.介護療養型医療施設の利用者は要介護4か5で占められる.その結果は,療養中に肺炎,脱水,慢性疾患の悪化が繰り返される.その都度医療措置が必要になり,一般病棟に移送し,また元に戻すというやりとりを行うことになる.一般病棟が減った結果,外来や特別養護老人ホーム,ショートステイなどで急変した患者を受け入れる病棟が少なくなり,いざという時の医療が手薄になった.高齢者の医療への依存度が高まり,医療水準への要求も高まっているのに答えられない現状がある.
 介護療養型医療施設は介護保険金の上限が介護度で決められている.病院経営を健全にするためには介護療養型医療施設での医療は絶えず,控えるということを意識しないと破綻する仕組みになった.これまで徘徊や迷子で困ったケースや幻覚,妄想で興奮した痴呆性高齢者を受け入れていた痴呆病棟も介護保険下に組み入れられたために介護度の重い車椅子レベル以上の痴呆性高齢者ばかりになった.異常行動が激しく対応困難な痴呆性高齢者でも介護度1や2では入院させにくくなった.問題点は解決するどころかますます深刻化している.介護療養型医療施設のあり方を単なる介護サービスという位置づけからまずはずして見直していかないと高齢者医療の一端が崩れていくのではないかと危惧する.
 

 

 

2.

介護保険制度の改革について 

 〜 持続可能な介護保険制度の構築 〜

  小坂 健 (厚生労働省老健局老人保健課)

介護保険制度については,制度の基本理念である,高齢者の「自立支援」,「尊厳の保持」を基本としつつ,制度の持続可能性を高めていくため,以下の改革に取り組む.
1.予防重視型システムへの転換
「明るく活力ある超高齢社会」を目指し,市町村を責任主体とし,一貫性・連続性のある「総合的な介護予防システム」を確立する.
⇒新予防給付の創設(軽度の要介護者について,運動器の機能向上,口腔ケア及び栄養を中心とした個別メニューの取組)
⇒地域支援事業の創設(市町村を主体とする要支援,要介護になるおそれのある高齢者を対象とした効果的な介護予防事業の介護保険制度への位置付け)
2.施設給付の見直し
介護保険と年金給付の重複の是正,在宅と施設の利用者負担の公平性の観点から,介護保険施設に係る給付の在り方を見直す.
⇒居住費用・食費の見直し,低所得者等に対する措置
3.新たなサービス体系の確立
認知症ケアや地域ケアを推進するため,身近な地域で地域の特性に応じた多様で柔軟なサービス提供を可能とする体系の確立を目指す.
⇒地域密着型サービス(仮称)の創設,地域包括支援センター(仮称)の創設,居住型サービスの充実,医療と介護の連携の強化
4.サービスの質の向上
サービスの質の向上を図るため,情報開示の徹底,事業者規制の見直し等を行う.
⇒情報開示の標準化,事業者規制の見直し,ケアマネジメントの見直し
5.負担の在り方・制度運営の見直し
低所得者に配慮した保険料設定を可能とするとともに,市町村の保険者機能の強化等を図る.
 
 

3.

痴呆の重症度判定をめぐって

 今井 幸充 (日本社会事業大学大学院福祉マネジメント研究科)

 介護保険制度における要介護認定は,サービス給付の基準を定めるもので疾患の重症度を判定するものでない.要介護認定は、認定調査票に記載された調査結果をもとに介護にかかる手間を「時間」として評価し,これを要介護度決定の“ものさし”としている.この「時間」は実際の介護現場でおこなった1分間タイムスタディーの調査結果を基にするもので,具体的には要介護認定等基準時間が25分以上32分未満であれば「要支援」,それ以上要介護とし,要介護1から5までの5段階に分け介護の手間を評価している.
一次調査の認定調査票の痴呆に関する調査項目をみると,痴呆の重症度判定に最も近いのが「痴呆性老人の日常生活自立度」で,痴呆の人の生活困難な状況を程度によりTからWまで定め、また精神症状や行動障害が継続する状態をMとしている.その他の調査項目は,痴呆により困難となった行為や痴呆に関連する症状の有無をチェックするもので,具体的にはコミュニケーション等に関する項目の「意思の伝達」「介護者の指示への反応」「記憶・理解」と「問題行動」の項目がある.これらは,その重症度を示すのではなく,それらの障害の有無の評価にとどまっている.
 要するに,二次判定に用いるコンピューターによる一次判定や「医師意見書」の中には痴呆の重症度に関する項目はない,と言ってもよい.痴呆の重症度と「介護の手間」の程度とは関連する場合が多いが,痴呆が重度となり寝たきりの状態になった場合と身体機能に問題がない「動ける痴呆性高齢者」と比較すると,前者の介護の手間は少ないことが多い。また逆に,痴呆が軽度・中等度の場合は,不安や攻撃などの精神症状や徘徊,拒否、攻撃,強迫行為などの行動障害の出現は多く,この頃の介護の手間は大きいと考えられる。そこで,介護保険制度の要介護度と一般臨床で評価する痴呆の重症度と混同しないようにしなければならない.「要介護度別の状態像」を把握した上で,臨床で観察された状態がこの「要介護度別の状態像」のどれに当てはまるか具体的な症状とともに特記事項に記載することで痴呆に伴う個別の介護の手間を認定審査委員会で客観的に評価できる.
要介護認定後のサービス給付に伴うケアマネージャーを中心としたケースカンファレンス開催時には痴呆の重症度判定が必要となる.そこで対象者の痴呆の重症度が一定の尺度を用いて評価されていたならば問題ないが、必ずしもそうでない.それ故,臨床家は介護職でも容易に理解できる痴呆の重症度を判定する方法を提示する必要がある.
 介護保険制度が施行されたことで医療が積極的に在宅介護に介入できる環境が整いつつある.医療保険と介護保険の棲み分けは重要であるが,「介護」と「治療」を全く別個な問題として捉えることはすでに実態にそぐわない。臨床現場では,さまざまな地域サービスと協働した医療が展開されているので,痴呆の重症度評価をはじめさまざまな評価尺度が医療と福祉の共通言語として用いられるようはシステムを開発することが望まれる.
 
 

4.

介護保険制度下における家族介護者

 

 荒井 由美子 
 

  (国立長寿医療センター研究所 長寿政策科学研究部)

 

在宅介護の促進を図る上で,要介護高齢者を在宅で介護する家族介護者の介護負担を客観的に把握し,その軽減を図っていくことは極めて重要である.筆者らは,介護保険制度導入以前より,家族介護者に関する研究を行ってきたので,ここに概要を報告する.
J-ZBIを用いた家族介護者の介護負担に関する研究筆者らは,家族介護者の抱える介護負担を定量的に評価すべくZarit介護負担尺度日本語版(J-ZBI)を作成し,信頼性と妥当性を確認した.次に,J-ZBIを用いて,地域在住の要介護高齢者を介護している者の介護負担に関する横断・縦断研究を行った.横断研究では,要介護高齢者のBPSDと介護者の介護負担との関連が認められた.また,介護保険制度導入前から要介護高齢者の介護を続けている介護者の介護負担が,制度導入前後において,どのように変化するのかを検討すべく,某自治体において縦断研究を行ったところ,悪化してはいないことが示された.さらに,介護保険制度下における介護負担の関連要因および介護負担と要介護度認定に関する研究を行った.認知症(痴呆)の重症度で補正した場合,アルツハイマー型痴呆(DAT)と脳血管性痴呆(VD)患者を介護する者の介護負担の程度には違いがみられない一方で,要介護度に関しては,前者の要介護度がより低く認定されることが明らかになった.
Zarit介護負担尺度日本語版の短縮版 (J-ZBI_8) の作成:その信頼性・妥当性の検討
実際の介護の現場で,より簡便に介護負担を測定できるよう8項目からなるJ-ZBI短縮版(J-ZBI_8)を作成し,その信頼性・妥当性を確認した.
家族介護者の介護継続の意志および不適切処遇(虐待)に関する研究:J-ZBI_8 を用いて筆者らは,J-ZBI_8を用いて,介護保険制度下において,在宅要介護高齢者の家族介護者が在宅介護の継続が困難であると判断することに関連する要因および,家族介護者の高齢者に対する不適切処遇の経験に関する要因を明らかにすべく,地域調査を行った.介護者のうち,不適切処遇の経験があると回答した者,在宅介護の継続が困難であると判断した者は,それぞれ,そうでないと答えた者と比較してJ-ZBI_8得点が高かった.
在宅ケアの質に関する評価法の開発介護保険制度下において,要介護者の在宅生活継続を推進するためには,要介護高齢者自身が受けている在宅ケアの質を客観的に評価し,その向上を図っていくことが必要である.筆者らは,1)要介護高齢者の状態,2)介護者および介護の状況,3)居宅内の介護環境の3領域から在宅ケアを総合的に評価する方法として,Home Care Quality Assessment Index: HCQAIを作成した.
今後の課題今後は,介護保険制度下の認知症患者の在宅介護に関して,鑑別診断別・重症度別に検討していくとともに,認知症患者が運転を継続していることにより,家族介護者にはどのような負担が生じているのかについて,検討していきたいと考えている.

 
 

5.

総合討論