6月16日(木)
 

16:00〜18:00

 ホールB5(1・2)

シンポジウムU:アルツハイマー病:現在の臨床課題

1.

発症前の早期介入は発症を遅らせるか?

 矢冨 直美 (東京都老人総合研究所)

認知症の原因疾患は、アルツハイマー病(Alzheimer’s Disease:AD)と脳血管障害が多くを占めている。血管性痴呆(VD)ついては、すでにリスクファクター明らかにされており、介入方法も明らかなので、ここではADの早期介入の可能性を考えてみたい。現在のところ発症前の早期介入が発症を遅らせるかという問題に直接答える強固な証拠はないといってよい。しかし、軽度や中度のAD患者の記憶障害に対しては、記憶訓練の効果があり、かつ実用的であることが示されるようになってきた(De Vreese, 2001)。
近年、ADの発症に関わるライフスタイル上のリスクファクターが次第に明らかになってきた。たとえば、食習慣では野菜や果物中のビタミンEの摂取量(Morris,2002;Engelhart,
2002)は、が、また、魚の摂取量(Kalmijn,1997; Barberger-Gateau,2002)がADの発症に関わっていることを示している。さらにいくつかの研究が有酸素運動の効果を明らかにしている(Luarin,2001)。
また、かなり以前から、高い教育水準や知的水準がADの発症に抑制的な影響があることがわかっていたが(Morimer,1988;Stern, 1992)、高齢期での知的活動性も、ADの発症に影響を与えていることが明らかにされている。たとえば、Wilsonら(2002)の4.5年の追跡的研究では、新聞を読む、雑誌を読む、トランプやクロスワードパズルなどのゲームをする、博物館に行くなど7つの行動の頻度とADの発症との間に強い関係が得られている。ソーシャルネットワークの影響を検討したFratiglioniら(2001)のスウェーデン研究では、一人暮らしで、他者との接触頻度が少ない高齢者と、同居していて接触頻度が多い高齢者を比較すると、年間の発症率が約8倍違うことが報告されている。こうした疫学的証拠は発症前の早期介入によって発症を遅らせる可能性を示唆している。
Enriched Environment Studyでは、刺激豊かな環境で飼育したマウスは、神経シナップスでの神経伝達効率を向上させるような生理的変化がおきていることがわかっている。ごく最近では、刺激が豊かな環境で飼育や自発的な運動をさせたマウスでは、アミロイドの沈着が少ないという報告されている。AD発症以前の有酸素運動や知的活動は、認知機能を担う神経のネットワークを強化し、ADの病理的影響を受けにくい条件を作り出しているものと考えられる。
我々は、高齢者に有酸素運動と料理、旅行、パソコンなどを材料にエピソード記憶や思考力を刺激するプログラムを1年間実施して、認知機能維持に効果があることを確認した。認知的介入を実効性のあるものにするためには、軽度認知障害の時期に低下する認知機能を特に刺激する必要がある。また、高齢者や特に軽度認知障害を持つ高齢者であっても、長期にわたってモチベーションが維持されるようなプログラムである必要がある。
 
 
 
 

2.

うつ病から痴呆に発展する症例をどう考えるか

  笠原 洋勇 (東京慈恵会医科大学附属柏病院 精神神経科)

 ADであっても初期診断がうつ病とされることはまれならずある。ADなのかうつ病なのかという鑑別には大きな問題があり、抑うつ症状を持つ初老期痴呆は痴呆の最終診断が遅れるとも言われている。ADはうつ病の発症状況と同じような環境因や身体疾患に基づいて発症することもあり、頭痛や全身倦怠感などの不定愁訴はごく初期あるいは前駆症状として見られ、うつ病とよく似ている。認知的欠陥が生じる前、あるいは認知的な前駆症状と平行してうつが存在していたことが、将来ADとして進展する可能性に与えるリスクや、痴呆におけるうつ状態、もしくはうつ病併発のリスクについては以前からその関連性が認められているものの、未だ議論の余地が残されている。AD患者におけるうつ病の併発率については、大うつ病症候群が15〜20%であり、一般に疾患初期に発現し、3年以内に発現することが最も多いと言われている。また、うつ病の家族歴があるAD患者では発現するリスクが最も高い。黒質と青斑核の両方の神経細胞の脱落変性がADにおけるうつ病と関係があるという興味ある報告がある。ADにおける神経伝達系の障害は、コリン系だけでなくノルアドレナリン系、セロトニン系、ドパミン系などにもみられることが知られている。痴呆進行中にうつ病にならなかったAD患者に比べ、うつ病AD患者では青斑核のアドレナリン作動性ニューロン、背縫線核のセロトニン作動性ニューロン、黒質のドーパミン作動性ニューロンが欠損していることも明らかにされている。
また、うつ病およびうつ症状がAD発症のリスクを高め、AD発症後においてもうつ病の併発が痴呆進行と関連し、リスクとして考えることの妥当性が証明されつつある。最近の研究では抑うつ症状を呈してから1年以内で痴呆を発症するリスクは最大になるものの、25年以上前に近親者のうちに発症したうつ病がAD発症と顕著な関連を示したという報告もあり、遺伝生物学的にその関係が認められている。痴呆の前駆症状としてのMCI(Mild Cognitive Impairment)は必ずしもADに進行するわけではないが、うつ病が併存することによってADへの発展のリスクが高められると言われている。
ここではリスクファクターとしてのうつ病に焦点を当てて痴呆との関連を明らかにしている先行研究を展望しつつ、抑うつと痴呆の遺伝歴に関する独自の調査結果を検討し、うつと痴呆との関係について論じたい。
 
 
 

3.

共存する血管病変をどう捉えるか?

 井関 栄三 (順天堂大学東京江東高齢者医療センター)

アルツハイマー病(Alzheimer’s disease: AD))の診断基準に合致する臨床症状と経過がみられ、頭部CT・MRIで血管病変がなければ、ADの臨床診断は困難ではない。逆に、血管性痴呆(vascular dementia: VaD)と臨床診断するには脳血管障害と痴呆との関連を示すことが必要であり、脳血管障害の既往や頭部CT・MRIで血管病変を認めても、血管病変と痴呆発症との関係が明らかでないときにはADの可能性を否定できない。画像上でAD病変と血管病変が共存することはしばしばあり、痴呆を生じ得る程度の血管病変があれば、混合型痴呆と診断することになる。混合型痴呆では、血管病変による臨床症状が優位となって潜在するAD病変が検出できないことがあり、画像でのAD病変の評価が重要となる。脳SPECTやPETにおける後部側頭・頭頂葉や後部帯状回の血流低下や糖代謝の低下も、AD病変の検出に有用である。
以上のように、ADの臨床診断をする場合、共存する血管病変の評価が重要である。ADに血管病変を伴う割合は、画像ないし病理所見からの報告で約30〜70%と幅があり、血管病変の評価方法によっても異なってくる。ADの危険因子であることが疫学的に示されている高血圧、糖尿病、虚血性心疾患はVaDの危険因子でもあり、血管病変を伴うAD患者は、一般に高齢であることに加え、血管病変を伴わないAD患者と比べてこれらの危険因子をもつものが多いことが報告されている。血管病変を伴うAD患者では、血管病変を伴わないAD患者と比べてHachinski ischemic scoreが高かったとする報告があるが、これを否定する報告もある。ADに軽度の血管病変を伴う場合はその評価が難しいが、病理学的にADと診断された例で、基底核や白質にラクナを伴う例は、これを伴わない例より生前の認知機能がより低下しており、軽度の血管病変でもADの発症と重症度に影響を与える可能性が示唆されている。ADの発症における血管因子の関与については、この他に動脈硬化性疾患の危険因子である高コレステロール血症とADとの関連が示されている。ADの危険因子であるApoE4 alleleは高コレステロール血症に関連しており、高コレステロール血症はADとVaDの共通の危険因子となっている。
今回、演者の属する順天堂東京江東高齢者医療センターでAD(混合型を含む)と診断された例について、頭部MRI上でみられた血管病変の程度と部位を評価した結果についても報告する。
 
 
 

4.

非薬物療法の有効性は?

 遠藤 英俊 (国立長寿医療センター 包括診療部)

 超高齢社会の到来に伴い、要介護認定を受けた高齢者が400万人を超え、その半数が認知をもつとされる。その中でよいケアを提供すると共に、適切な時期に適切な非薬物療法を提供する必要がある。しかしその効果に関するエビデンスは十分ではない。認知章の非薬物療法には音楽療法,回想法,芸術療法,現実見当識訓練,作業療法、運動療法などがある。本シンポジウムでは、非薬物療法の有効性についての現状を我々のデータを含めて報告する。
 認知症の非薬物療法には病院や施設などで作業療法士などにより行われるリハビリテーションの他、多くの在宅サービスのデイケアやデイサービスで行われるものなどがある。内容についてはそれぞれの施設により特徴があり、徐々に成果もでてきている。そのいくつかについて報告する。
 バトラー博士は 回想は価値があり、必要なものであると初めて述べた。認知症高齢者に対する回想の効果についての研究は限られている。たとえば客観的評価の指標がないとか、対照群が選択されていない場合もある。しかし我々は映像を用いた回想法により方法を標準化したところ、対象群に比較して有効性を示したので報告する。
 音楽療法には,大きく分けて「聴く音楽療法」と,「活動する音楽療法」がある。専門用語では前者を受容的,あるいは受動的音楽療法と言い,後者を能動的,あるいは活動的音楽療法と言う。受容的音楽療法では,音楽鑑賞を通じて,リラクセーションや心身の機能の回復・改善を目指す。特定の音楽を聴くことで,脳波・血圧・脈拍・発汗等が影響され,気持ちが落ち着き,また痛みや不安も和らぐという効果がもたらされる。一方,能動的音楽療法は,セラピストが意図的に相手に合わせて提供する活動を,参加者自身がすることによる,様々な面での機能や意識の維持・向上が目標となる。認知症に対する研究はそれほど多くないが、これまでの成果をまとめてみる。
認知症に対する作業療法として老人性痴呆疾患治療病棟では医師の指示の下に作業療法士が専任で行うものである。特徴としてはなじみの活動を用いる(個人・集団)集団を活用したり、また環境の工夫や治療的自己の活用をすることなどが主たるプログラムである。
 認知症高齢者に対する非薬物療法は、その効果として表情や抑うつなどの気分が改善されたり、反応がよくなったりなどの変化が観察される場合がある。基本的には認知機能そのものは改善することは困難であるが、周辺症状の改善が見られたり、認知機能の維持ができることにより、認知症の悪化が防止できるかどうかが大きな課題となっている。少なくとも認知症に対する非薬物療法やよい環境、よいケアを提供することで患者や家族の支援を行い、QOLの向上をはかることが重要である。
 
 
 

5.

国内外の痴呆専門外来の現状と問題点

 山 豊 (国際医療福祉大学附属三田病院)

 痴呆専門外来と呼ばれるものが,現在では,国の内外において多数見かけられるようになってきた.1980年代までの日本の様子は,既に日常生活上の活動範囲の困難さが問題になるほど痴呆の症状が進行してしまってから,精神病院や老人病院の外来を受診して,入院適応の判断を求められる事例が多く,その他には,大学病院を含む総合病院での脳外科や神経内科などで,それぞれの原疾患から続発する痴呆の症候を併せて加療したり,それらの診療科へ,痴呆の併発症状でもある,神経症状や高次の脳機能障害を主訴として外来受診して,痴呆と診断されることで初期の痴呆が見出されることが多かったと考えられる.
 1990年代になり,急速に進展する高齢化社会の増大する需要に合わせて,厚生労働省の高齢者介護の指針が,身体ケア重視から痴呆ケア重視へと重点を移してきたことと,痴呆性疾患の主要部分を占めるアルツハイマー型痴呆について治療薬が登場してきたこととを受けて,我が国での「痴呆専門外来」の数も急増して来た.
そのアルツハイマー型痴呆の初期から必発の症状である記憶障害に焦点を絞った「もの忘れ外来」だけを取って見ても,この名前を標榜する診療施設は,1990年以前にはほとんど聞かれなかったものの,2004年には,インターネットで検索されるものを数えるだけで,我が国で200箇所を超えており,国外では1987年に米国で最初の大規模に運営されるメモリークリニックが神経心理学者のPaul R. Solomon や,ハーバードメディカルスクール神経科の協力で誕生して以来,今では英語での検索でインターネット上,300箇所を超す数が見出される.これらの「もの忘れ外来」,「メモリークリニック」は,それぞれの国別,診療機関の事情別に多様な広報,相談業務と診療業務,研究活動などを展開している.
我が国の痴呆専門外来の現状は,従来より診療の中心をなしてきた専門病院や高度医療施設に加えて,人間ドックの流れから派生して,脳血管障害の検診体制に重点を置く「脳ドック」から,老人医療の枠内で合併症の一つとして痴呆の薬を処方する「診療所」,老化防止を錦の御旗としてボケ予防の心身の活動を組み合わせた診療をする施設,介護活動の支援を中心とした治療機関,そして,痴呆の発症前とも言える早期の段階での鑑別診断も可能で,治療可能な痴呆にも素早く対応出来る,最も専門性の高い「痴呆専門外来」を持つ医療機関といった形で,多様な展開をみせている.
これらの外来を受診する患者(予備群)の人の立場からすると,このような多様な専門性の理解は困難な場合もあり,自分の主訴や症状の受診適応がどの形の外来を受診すれば適切に対応してもらえるのか,判断に迷うことも多いのでは,と想像される.本来の「痴呆」は進行性の疾患であり,ごく早期の段階から,その進行過程,末期までの各段階において,本人のみならず,その家族にとって,就労の調節から介護方法まで,それぞれの個別の事情に応じて,最も適切な対応が取れることが望ましく,これらの各種「痴呆専門外来」を持つ施設のそれぞれの機能に応じた住み分けと患者指向の迅速な連携が,受診者の利益を守る形で進められる事が求められている
 
 
 

6.

総合討論