第20回日本老年精神医学会大会プログラム

シンポジウム

 
6月16日(木)
 

10:30〜12:00

 ホールB5(1)

シンポジウムT:アルコール多飲と認知障害・痴呆の関連

1.

アルコール依存症と認知障害

 松下 幸生 (国立病院機構 久里浜アルコール症センター)
 アルコール依存症、特に高齢のアルコール依存症者に認知障害が高い頻度でみられることはよく知られている。アルコール依存症にみられる認知障害は、一般知能検査では捉えられない程度の軽微なものから明らかな認知障害までさまざまである。また、その要因も、長年の大量飲酒によるものだけでなく、離脱の重症度、肝硬変、糖尿病などの身体合併疾患による影響、ウェルニッケ・コルサコフ症候群に代表される栄養障害、頭部外傷、脳血管障害などさまざまな要因が関与すると考えられている。
 アルコール依存症にみられる認知障害については、重篤な合併症のないアルコール依存症者を対象とした神経心理学的研究やコルサコフ症候群を対象とした記憶障害の研究、さらに認知障害と予後の検討、神経画像や脳機能に関する研究といった領域で研究が進められている。しかし、明らかな認知障害を有するアルコール依存症者の実態については国内外を含めて報告数も少なく、不明な点が多いが、米国の老人施設での調査によると認知症を合併した入所者の約25%は大量飲酒が原因と考えられるとする報告もあり、その数は決して少なくないと考えられている。
 そこで、まず我々の施設で行った主として高齢のアルコール依存症者を対象とした臨床調査の結果を紹介したい。ここでは、詳細な神経心理学的検査によって明らかになる微細な認知障害ではなく、簡便な知能検査で明らかになる程度の認知障害を合併したアルコール依存症について臨床的な調査を行った。対象は50歳以上のアルコール依存症者268名で、全例にMRIおよびMMSEを施行した。脳出血や明らかな脳梗塞の既往を有する者、MRIにて頭部外傷のあるものや統合失調症、感情障害を合併した者は除外し、MMSEの結果を飲酒問題のないコントロールと比較した。その結果、MMSEで24点以下であったアルコール依存症者は、50歳代で35%、60歳代では37%、70歳では40%にみられた。一方、コントロールは60歳代のみであるが、12%にみられるにすぎず、アルコール依存症では同年代のコントロールに比較してMMSE低得点が有意に高率にみられた。シンポジウム当日は、さらに習慣飲酒期間や飲酒量、離脱の重症度との関連などの臨床的特徴と認知障害の関連について検討し、さらに入院中の回復の有無などについても調査結果を紹介する予定である。
 このように高率に認知障害がみられる背景には上述のようにさまざまな要因が関与するが、最も重要な要因のひとつとして神経細胞死があげられる。近年、脳脊髄液タウ蛋白濃度は神経細胞死の程度を知る目安になると考えられて、主にアルツハイマー病を中心に生物学的な診断方法として活発に研究されている。我々の施設ではウェルニッケ・コルサコフ症候群や痴呆を合併した症例に対して同意が得られた場合に限り脳脊髄液を採取して脳脊髄液タウ蛋白濃度を検討してきた。ここでは、その結果も併せて紹介する予定である。
 
 

 

 

2.

アルコール性痴呆について

 森山 泰 (駒木野病院 精神科)

痴呆性疾患については剖検脳の病理診断を基本とし、臨床、画像診断の精度を高める努力がなされている。しかし、アルコール性痴呆についてはアルコールそのものによる脳の病理学的な変化がとらえられていないため、その存在そのものを認めないとする主張が主に神経病理学の立場からなされている。しかし同じく特徴的な病理所見を認めないてんかん性痴呆、早発性痴呆などが近年殆ど用語として用いられないのに対し、アルコール性痴呆という語は、臨床でもしばしば用いられ、DSM-Wでは「アルコール誘発性持続性痴呆」が該当する。ところが、その診断精度については殆ど検討されていない。この点についてOslin(1998)らはアルコール関連痴呆(Alcoholic-related-dementia; ARD)の診断精度をあげるためにNINCDS-ADRDAに準じた診断基準を作成した。Probable ARDの診断基準として、痴呆が最終飲酒後60日以上経過しても認められることや、痴呆発症3年以内にアルコール問題が存在したこと等をあげている。我々はこの診断基準を用いてARDの検討を行った。駒木野病院アルコール及び痴呆病棟への2003年4月〜2005年3月までの入院患者のうちProbable ARDは6名でその成因には様々な病態が含まれていた。
アルコール痴呆の成因として臨床的には二つに分けられる。一つはアルコールの大量摂取により生じる栄養障害、肝障害、脳血管障害、外傷性脳障害などからの二次性アルコール性痴呆であり、この中にはサイアミン欠乏によるWernicke脳症後の痴呆(burned out Wernicke Korsakoff syndrome[WKS])や肝不全を繰り返すことに神経症状を合併し痴呆が進行するAHCD(Acquired hepatocerebrer degeneration)も含まれる。もう一つはアルコールまたはその代謝産物の毒性(近年アルコールの代謝産物であるホモシスチンの関与が注目されている)によって痴呆が生じる原発性アルコール性痴呆である。これらの内で鑑別が難しいのはburned out WKSと原発性アルコール性痴呆であるが、臨床上は鑑別のために発症状況が注目される。WKSは眼振、体幹失調、意識障害等を症状とし急性に発症するのに対し、原発性アルコール痴呆では慢性発症が多いとされる。ただしHarperら(1983)は病理学的な立場からWernicke脳症でも慢性発症が起こりうる事、即ちsubclinicalなWernicke脳症を繰り返すことで慢性に痴呆が生じることを推測している。これについて我々はWernicke脳症を2回繰り返しかつそれにより前頭葉症状が悪化した臨床例を報告した(Moriyama et al, 2004)。ではやはりVictorら(1994)が病理学的立場からいうように原発性のアルコール痴呆は存在しないのであろうか?この答えとして加藤(1998)は健忘に加え著しい前頭葉機能障害を認め、臨床症状とその経過および神経画像所見によってはWernicke脳症ないしはKorsakoff症候群では説明できない原発性アルコール痴呆の臨床例を報告している。この例では、両側の視床と前頭前野における機能低下を認め、長期の経過から回復、特に前頭葉障害の回復を認めたことから、臨床的除外診断が重要視されている。
以上述べたように、臨床上診断基準が作成される一方、成因ではWernicke脳症との関連や原発性アルコール性痴呆の症例報告などが集積されつつあり、今後もこの分野にさらなる知見が加わりアルコール性痴呆の病態がより解明されることが期待される。
 
 
 

3.

MRIから見たアルコール過飲者の脳障害と痴呆

 苗村 育郎 (秋田大学保健管理センター)

[脳障害の種類と名称] アルコール過飲者に様々な形の脳障害が多発することは周知である。しかしこれらは、ほとんどがエタノールやアセトアルデヒドの直接作用と言うよりは、一度別の機序を介しての障害であり、このことが問題の把握に一種の混乱を生じさせてきた。たとえば、以下のような脳障害である。・・・(1)転倒による脳外傷(脳挫傷、硬膜下血腫など)、(2)高血圧を介しての脳血管障害(ラクナや脳内出血)、(3)ビタミン不足による脳症(Wernicke脳症、ペラグラ脳症など)、(4)アルコールや脂質の代謝を介すると思われる脳萎縮(前頭萎縮、小脳萎縮など)、(5)浸透圧に関連した脱随(central pontine myelinolysis, extrapontine myelinolysisなど)。 
 この”間接性”ゆえに、アルコール”関連”痴呆という名称が使われるようになったが、大酒しなければそもそもこのような脳障害の蓄積も痴呆も生じない。すなわち、大もとはアルコールの過飲にあるという基本的事実は揺るがないのであり、過剰飲酒は痴呆予防の重大な焦点である。
[脳萎縮の問題] 病因論的に重要なのは、アルコール過飲者の脳萎縮、とりわけ前頭萎縮がどのような機序で生じるかという問題である。これまでも指摘してきたごとく、これと同様な萎縮は高脂血症者にも多発するが、他には見られないことから脂質代謝とミエリン症の障害が考えられる。しかし白質の崩壊はアルコール過飲者では目立たず、高脂血症で多いことから両者の相違もまた明確である。早期からの脳室拡大は両者で目立つが、最近、脳室拡大群では細胞膜のオメガ3系脂肪酸(EPA,DHA)などの有意な低下が認められたことから、脂肪酸代謝の関連が明らかとなりつつある。アルコール過飲者では野菜の摂取が少なく、ビタミン類のバランスが悪い例が多いことから、長期にわたる栄養の問題も考慮しなければならない。
MRIの普及により脳萎縮は簡単に診断できるようになったが、現状では放置されていることが多く、早期の痴呆予防を考える上で重要である。栄養障害の際の全体的な脳萎縮は回復するが(拒食症など)、アルコール過飲者の前頭萎縮などの局所的萎縮は回復しない。
[痴呆の疫学と社会問題] 筆者らの調査によれば、大酒を飲み続け高血圧を合併している群の軽度痴呆化は著しく早くて、60代前半でピークを迎える。しかしこの現象は一般には、「定年で仕事がなくなったから呆けた」と解釈されていることが多く、40〜60代の男性の35%前後の者が毎晩3合以上の飲酒をしており、アルコール関連の障害はこの層に集中している。筆者らの秋田における調査では、40代以上で精神科を受診した男性痴呆者に限れば、65%に過剰飲酒歴が見いだされた。癌や肝障害、骨折や胃潰瘍など、他の身体疾患や自殺者の多さなども含めると、この層への医療・社会給付は莫大な額に上ることも周知である。禁煙運動の広がりに続いて、痴呆予防のためには節酒・禁酒運動が必要である。 
 
 
 

4.

アルコール依存者の神経病理学的所見

 池田 研二(慈圭病院・慈圭精神医学研究所)

アルコール依存者の脳病理所見は一様ではなく、多様性に富んでいる。アルコール依存者の剖検44例の臨床と病理の検討結果に基づいて、その病理像の特徴を紹介するが、1)せん妄、2)アルコール痴呆、の視点から紹介する。その理由は、アルコール依存では、離脱せん妄で入院、あるいは入院後の断酒によりせん妄を呈することが多いことと、アルコール依存者ではかなりの割合で経過中に痴呆化が認められるといわれるが、痴呆に対応する脳病変が必ずしも明確ではないことによる。
1)最初に、せん妄を含む意識障害であるが、剖検44例の多くに離脱せん妄の既往があった。せん妄に関しては、遷延化した群と非遷延化群に分けられ、両者の脳病理像には違いが認められた。せん妄〜意識障害遷延化群は11/44例であった。遷延化の原因と考えられる疾患は重複を含め、多い順に、1)ペラグラ脳症(4例)、ウェルニッケ・コルサコフ脳症(4例)、3)慢性硬膜下血腫(2例)、4)肝性脳症(2例)、5)central pontine myelinolysis(1例)、であった。機能性のせん妄遷延化死亡例は低Mg血症の1例のみであった。せん妄が遷延化すると予後は不良であった。遷延化群では脳に器質変化を伴うことが多く、多くはそれが死因となるか、そのための二次性の合併症で死亡していた。一方、せん妄が遷延化しなかった症例(離脱せん妄)では、脳に器質変化は乏しく、所見がある場合でも、梗塞巣やII型グリアの増生、程度であった。以上から、アルコール依存の長い経過のなかでは、可逆性の離脱せん妄(機能性)を繰り返した後に、これと臨床的には区別し難いが、遷延化するせん妄〜意識障害(器質性)に陥る症例がかなりの割合で存在する。意識障害が離脱せん妄とは異なると気付いた時点ではすでに重篤であることが多いので、治療時期を逃さないように注意が必要である。
2)アルコール依存者のうちの痴呆の出現頻度は、ほぼ10%前後とされている。アルコールおよびその代謝産物による直接の脳傷害による狭義のアルコール痴呆ついてはまだ決着していない。上記、1)のウェルニッケ・コルサコフ脳症などの病理診断がついた症例以外で、臨床診断がアルコール痴呆であった症例が3例存在した。このうち1例には嗜銀性顆粒痴呆の所見があったが、残る2例には痴呆を説明するに足る病理所見は認められなかった。現時点ではアルコール痴呆はアルコールによる二次性脳障害に基づくと考えられる。しかし、臨床的には狭義のアルコール痴呆とせざるを得ない、痴呆ないしは準痴呆状態が存在することは確かであるし、神経心理学や画像研究で前頭葉の機能低下〜萎縮が指摘されているが、これに対応する病理報告はない。光学顕微鏡レベルまでの検索で見つからないからといって、その存在を否定するのは早急であるように思われ、今後、新たな手段を使って検討されなければならない課題である。
 
 
 

5.

総合討論