第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月16日(木)〜17日(金) ポスター展示ホール

ポスター発表

(日本老年精神医学会)

 

せん妄

せん妄時に脳波上てんかん波が頻発していた
老年期側頭葉てんかんの1症例

田端一基,山口一豪,阪本一剛,高崎英気,高田利弘
石本隆広,石丸雄二,田村義之,布村明彦,千葉  茂

旭川医科大学医学部精神医学講座

PB-17

【はじめに】老年期におけるてんかん発作は,しばしばせん妄と誤診される.間違えて捉えられることがある.今回われわれは,精神症状はせん妄であるがその成因としててんかん性病態が関与していた老年期側頭葉てんかんの1症例を経験した.

【症例提示】症例は74歳女性.38歳で閉経,同時期より単純部分発作,複雑部分発作が出現した.発作の出現回数aは当初は年に数回と少なかったが,次第に月に1〜2回,さらに日に2〜3回と発作回数が多くなったため69歳時に当科を受診,側頭葉てんかんと診断された.
抗てんかん薬としてcarbamazepineおよびclobazamを服用,発作の出現も多くて月に1回程度と出現頻度は減少した.74歳時に転倒,右肘開放骨折し整形外科にて手術を受け,術後のリハビリテーションを受けていた.X年11月9日頃より,リハビリテーション先の病院にて夜間に状況にそぐわない言動を認め,スタッフに対して被害的となり,状況を誤認して殺されると興奮することも認められた.上記症状からせん妄が疑われ,その治療のため同月12日当科に転院した.転院時は傾眠であり意識障害を認めた.当科にて施行した脳波所見においてθ波の著明な出現に加え,てんかん波の頻発が認められた.以上の臨床症状からせん妄と捉えられた状態は,てんかん波の頻発による発作重積に近い状態および発作後錯乱状態が混在しながら存在していることが示唆された.抗てんかん薬を増量し投与した.入院後6日目には意識障害は認められなくなった.意識障害消失後の脳波所見ではθ波はほとんど消失,鋭波も認められなくなった.

【倫理的配慮】本報告に関しては,匿名性の保持および個人情報の流出防止に充分に配慮した.本学会での発表に際して本人および家族の了承を得ている.

【考察】本症例では,当科入院時の精神症状は活動過剰型せん妄そのものであるが,脳波所見よりてんかん波が群発していることが明らかになった.老年期においてせん妄を診る際には,てんかん性の活動も鑑別し,積極的に脳波検査を施行することが必要と考えられた.

 

超高齢発症のアルツハイマー型痴呆と
辺縁系神経原線維変化痴呆の臨床症状の差違

朝岡俊泰,堀  宏治,織田辰郎,沖野秀麿,金  廣一,冨永  格

下総精神医療センター臨床研究部

PB-18

【はじめに】演者らは85歳以上ないしは90歳以上で発症する超高齢発症のアルツハイマー型痴呆(ATD)は通常のATDの症例と異なった臨床症状を呈することを報告してきた.神経病理学的には,超高齢者の痴呆ではATDの病理を示す以外に,辺縁系神経原線維変化痴呆(LNTD)も多く含まれることが報告されている.LNTDは現在神経病学的概念のみであり,臨床症状の特徴はあまり知られていない.今回,演者らは超高齢で発症したATDとLNTDの臨床症状を記し,比較する.

【症例提示】死亡時95歳の男性.60歳代半ばから記銘力低下を認めるようになったが,孫夫婦に食事の面倒を見てもらう以外自立して,特に,多くの問題が無く経過していた.94歳時に白内障にて失明して以来,生きていても仕方がないと抑うつ的であった.95歳時に自殺を企て,救急病院に入院するも夜間にせん妄状態を呈し,一般科での管理が不能となり,当院に転入院となった.入院時簡易痴呆検査も不可であったが,近時記憶の障害されていたが,遠隔記憶は保たれていた.日中は「生きていても仕方がない.早く死にたい」と希死念慮が見られ,夜間は「○○駅に行」「仕事がある」とせん妄状態を呈していた.入院後,4ヵ月後に肺炎にて死亡し,剖検にてLNTDと診断された.死亡時91歳の女性.80歳代半ばから記銘力低下を認めるようになり,時々道に迷うようになった.90歳を過ぎた頃から,夜間の徘徊,不穏が認められるようになり,在宅介護が困難となり,当院に入院となった.入院時簡易痴呆検査も不可であったが,近時記憶の障害されていたが,遠隔記憶は保たれていた.日中は場所,人の見当識は良好であったが,多動気味であり,夜間はせん妄を呈していた.入院後,15ヵ月後に肺炎にて死亡し,剖検にてSTDと診断された.

【倫理的配慮】発表に当たっては,家人の同意を得た上で,匿名厳守とし,個人の同定ができないようにする.

【考察】超高齢者の痴呆ではせん妄が多く認められるが,本症例も同様にこうした症状が認められた.しかし,超高齢者でも,ATDなら徘徊,多動,いたずらが多く認められ,せん妄はLNTDの症例が激しい印象がある.今後,超高齢者で痴呆が問題となった症例に関して,より積極的に確定診断を行い,超高齢発症のATD,LNTDの臨床像を明らかにする必要があると考える.

 

当帰芍薬散の老年期せん妄改善作用

大山司郎,國芳雅広,稲永和豊

筑水会病院

PB-19

【はじめに】高齢者では,さまざまなストレスによって容易にせん妄状態が起こる.主に脳機能を障害するような身体的原因によって起こる.発病はかなり急激で,錯乱はつねに存在し,重症度は変動する.記憶の障害と失見当識があり,混乱し困惑した状態がおこる.今日の主な治療薬は抗精神病薬や抗不安薬であるが,著者らはすでに当帰芍薬散によってせん妄がすみやかに改善されることを経験した.今回は老年期にみられるせん妄に対する当帰芍薬散の有効性について再び報告する.

【症例提示】症例1 75歳 女性
X年8月から物忘れが起こり,お金の管理が出来なくなり,11月には夜間にごはんを炊いて食べたりすることがあった.夜間せん妄が起こりテトラミド20 mgとドラガノンを併用してよくなった.X+2年4月3日,午前1時頃目を覚まして洗濯をすると言い,何か探し物をしているようであった.この日の夕方よりツムラ当帰芍薬散7.5gの使用を始めた.その夜から眠りもよくなり,夜間せん妄も起こっていない.
症例2 92歳 男性
X年1月29日から31日までせん妄が起こった.1月31日午前2時頃起きて今から食事をすると言って食べ物を探していた.2月1日からツムラ当帰芍薬散7.5 gとグラマリール75 mgを投与しはじめた.2月5日から夜間のせん妄はなくなり,睡眠も改善した.
症例3 83歳 女性
X年9月から夫に対する嫉妬妄想出現,入院しリスパダール2 mg,ルーラン4 mgで治療開始.10月より頼まれもしない他患者の世話をするなどの作業せん妄出現.リスパダール0.5 mgに減量し,せん妄は消失したが,12月より終日うとうとするため,抗精神病薬を中止した.X+1年1月25日夕より,人殺しと叫ぶかとおもえば放歌するといったせん妄出現.セロクエル25mg開始したが変化無い為,1月28日よりツムラ当帰芍薬散7.5 g開始すると1月31日より睡眠が改善.被害的言動は残存するもののせん妄は消失している.

【倫理的配慮】本報告は,通常の診療において得られた経験を報告したものである.報告に際して,患者および家族の同意を得,また本人であることが同定出来ないよう配慮した.

【考察】近年,当帰芍薬散は老年期痴呆の治療薬として注目されている.発表者の一人(稲永)は共同研究者とともに老年期の認知障害のある患者80例について,ツムラ当帰芍薬散の睡眠障害,幻覚,妄想,夜間せん妄などに対する効果を認めた.今回,我々は夜間せん妄に著効した症例を経験した.当帰芍薬散にはアセチルコリンの合成促進作用があることが明らかにされている.せん妄発生にアセチルコリンの機能低下があり,当帰芍薬散はその機能低下の改善に関係していると考えられる.

 

血清抗コリン活性を用いた痴呆患者における
薬物起因性障害の評価

小西公子1),堀  宏治1),船場幸恵1),森安眞津子2)
平田絹子2),片岡  明3),冨永  格1),稲田俊也4)

1) 独立行政法人下総精神医療センター臨床研究部,2) パナファーム研究所
3) 鏡戸病院,4) 名古屋大学大学院医学研究科精神生物学分野

PB-20

【はじめに】痴呆は様々な行動心理学的症候(BPSD)を呈し,BPSDのコントロールが重要である.BPSDに対しては向精神薬が処方されるが,こうした薬剤により,せん妄が生じることがある.痴呆性老人のせん妄は不完全な病像を呈し,客観的な評価指標が存在しないため,その診断は困難を極めることがある.そこで,我々は血清中のコリン活性(SAA)を用いて,臨床現場における痴呆患者のせん妄を評価した.

【症例提示】症例は75歳の男性,診断はアルツハイマー型痴呆である.70歳ごろより物忘れ症状があり,家の内外を徘徊するようになった.不眠,幻視,振戦,筋硬直のようなパーキンソン用症状が74歳ごろより出現する.このため,抗精神薬と抗パーキンソン薬を処方されたが,症状に改善が認められず,75歳で(独法)下総精神医療センターに入院となった.
初診時,振戦,筋硬直などの錐体外路障害は観察されなかったが,徘徊,多動,幻視が認められた.本症例の一日の服用薬は,パロキセチン20 mg,トリヘキシフェニジル4 mg,レボメプロマジン15 mg,クアゼパム5 mgであった.入院時のSAAは10.8 pmol/mLと高値を示した.それゆえ,薬剤をバルブロ酸200 mg,フルニトラゼパム1 mgに変更した.入院後,28日目には幻視,暴力行為は消失したが,徘徊は続いた.この時SAAは陰性化していた.なお,本症例のMMSEは入院時の7から28日後21点に上昇した.SAAはTune and Coyleのプロトコールを用い患者の臨床状態を伏せて,熊本のパナファームラボラトリーにて測定した.

【倫理的配慮】本症例および妻から,SAA測定と報告のインフォームドコンセントを得た.本研究は(独法)下総精神医療センターの倫理委員会の承認を得て行った.

【考察】近年,アセチルコリンの低下がせん妄の原因とされている.Tune and Coyleは血清の抗コリン活性測定法を開発し,SAAは薬剤とその代謝産物の抗コリン活性の総和を現しており,7.5 pmol/mLを超えるとせん妄が起こりやすくなるとされていると報告した.本症例の入院時のSAAは10.8 pmol/mLであり,薬剤変更後,SAAの陰性化,MMSEの上昇,臨床症状の改善から,本症例は入院時薬剤起因性のせん妄状態にあったと判断した.SAAはせん妄を診断する指標になると考えた.