第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月16日(木)〜17日(金) ポスター展示ホール

ポスター発表

(日本老年精神医学会)

 

BPSD

認知症が疑われる在宅高齢者の
Wandering の発生

青木萩子

新潟大学医学部保健学科

PB-14

【目的】Wanderingは所在確認困難をきたす認知症にみられる行動である.Wanderingの原因等は未だ解明されず,先行研究では施設入所者を対象とするものが主である.在宅でWanderingがみられる場合,危険回避のために行動の縮小を講じることがあるが,それは認知症高齢者の精神・生活機能の維持の阻害になりかねない.本研究は地域で安全に暮らすためのケアシステムの構築をめざし,在宅におけるWandering の発生状況を分析する.

【方法】対象は,長寿社会対策要綱に基づく高齢者の保護活動として警察が関わった「シルバー徘徊SOS通報」の事例である.新潟県下25警察署のうち7警察署から聞き取り調査した.事例は家族等によって「認知症で保護が必要」と判断され,警察署に保護願いが出され受理されたものであり,事例の診断名・認知症の程度等の情報はない.「高齢者が自宅を出た時間」から「保護」までの時間(「Wandering時間」とする)を概算した.データは1999年1月から2003年12月までの5年間で統計処理にはSPSS13.0を用いた.気象情報は気象庁の電子閲覧室を用いた.尚,各署が管轄する地域の特徴はA署(「A」)とし他署も同様の表記)・B・Cは人口の多い都市地域,D・E・F・Gは農地・山間が多く人口の少ない地域である.

【倫理的配慮】警察署には書面と口頭にて研究の趣旨を説明し同意を得た上で,警察係官から聞き取り調査を行った.得られたデータは地域を特定できないよう記号等を用いて表現することを誓約した.

【結果】5年間に合計481例が受理され,女性273例(56.8%),男性208例(43.2%)で無事保護帰宅は93%であった.本調査によるWanderngの発生率(人口10万対)は2003年A 39.5,B 9.2,C 12.4,D 7.1,E 8.1,F 1.2,G 5.7であった.家族に「住所が言える」と認識されていた高齢者は281例(58.4%),「不可」126例(26.2%),「不明」26例(5.4%)であった.Wanderingは年間通してみられ,自宅を出た時間は寒冷期で正午-午後6時に81例(45.5%),午前6時-正午51例(28.7%),午後6時-深夜0時31例(17.4%),深夜0時-午前6時13例(7.3%)で,非寒冷期も同様の傾向を示した.Wandering 時間は寒冷期に平均439.6分(SD±438.9)を要し,非寒冷期630.4分(SD±879.2)とに有意差がみられた(p<0.05).Wanderingの発生と日照時間,気温との関連性はみられなかった.

【考察】警察署が関わった事例は在宅認知症高齢者の一部であるが,Wanderingは年間を通しみられ,大半が生活時間帯に生じていた.各署管内の発生率の相違は在宅の認知症高齢者数と,家族の捜索方法や支援の求め方の相違等に起因していると思われる.寒冷期のWandering時間が短いのは,危険を予測しての捜索の対応が早いことが推測される.在宅ではWanderingの可能性は常にあり,死亡事故を予防する安全な環境と,捜索時間の短縮が課題である.

 

アルツハイマー型痴呆の精神症状・行動異常(BPSD)と
薬物療法についての検討

三根直子,渡部廣行,新妻加奈子,松尾素子,森岡悦子,高橋由益子,荻野あずみ
関野敬子,富永桂一朗,杉山恒之,柳田  浩,森嶋友紀子,山口  登,青葉安里

聖マリアンナ医科大学神経精神科

PB-15

【目的】アルツハイマー型痴呆(ATD)患者における精神症状・行動異常(BPSD)の出現頻度とその内容および薬物療法の実態を明らかにすること.

【方法】聖マリアンナ医科大学病院神経精神科メモリークリニック(M.C)を受診したATD患者169名〔男性56名,女性113名,平均年齢76.1±7.2歳,改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)得点19.0±4.8点〕を対象とし,診療録に基づき,retrospectiveな調査を行った.

【倫理的配慮】すべての対象者および家族に研究の主旨を十分説明し,書面で同意を得た.

【結果】@BPSDの出現頻度は50.9%(86/169)であった.重症度で比較するとHDS-R 21点以上の39.1%に対して,20点以下では57.8%と有意に高率であった.しかしながら,男女の差はなかった.さらに症状別出現頻度は抑うつ14.8%(25/169),妄想14.8%(25/169),興奮5.9%(10/169)の順で高率であった.ABPSDに対する薬物療法について,抗うつ薬ではパロキセチン,ミルナシプラン,ミアンセリンの順で,抗精神病薬ではチアプリド,リスペリドン,クエチアピンの順で,抗不安薬ではエチゾラム,ロラゼパム,アルプラゾラムの順で処方頻度が高かった.

【考察】BPSDの出現頻度は従来の報告では70〜90%であるのに対し,本調査では50.9%と低率であったことはMCに比較的軽度の患者が受診することが多いためと考える.HDS-R 20点以下の群が21点以上の群より出現頻度は高かったことは痴呆の重症度が進むとBPSDが出現しやすいためと考える.薬物療法に関しては,症状に応じて,新規抗精神病薬,SSRI,SNRIを少量用いることが望ましい.

 

海馬の萎縮度がATDの重症度や認知機能のみならず,
行動心理学的症候とも相関する

藤井龍一1),堀  宏治1),吉田雅祐1),渡邉章一1),麻生朝香2),小西公子1)
冨永  格1),沖野秀麿1),金  廣一1),稲田俊也3),鹿島晴雄4)

1) 独立行政法人国立病院機構下総精神医療センター,2) 東芝メディカル,
3) 名古屋大学医学部医学研究科精神生物的分野,
4) 慶應義塾大学医学部精神神経科

PB-16

【目的】アルツハイマー型痴呆(ATD)では海馬の萎縮がその病態の主座になっていると言われている.事実,海馬の萎縮度がATDの重症度に逆相関し,認知機能得点と相関する(海馬の萎縮度が強くなるとATDの重症度が増し,認知機能が低下する)と報告されている.しかし,海馬の萎縮度と行動心理学的症候(問題行動)との関係を調べたものは演者らの知る限り見あたらない.そこで,今回,MRIにて測定した海馬の容積とATDの行動心理学的症候との関係を調べた.

【方法】対象は平成15年4月1日より平成16年3月31日までに(独法)下総精神医療センター・臨床研究部を初診したATDの症例32症例である.金属やペースメーカー着用者などMRIの検査が禁忌とされる症例,歩行が不可能な症例,視覚や聴覚が極端に低下している症例は除外した.また,同意が得られても検査を途中で放棄した症例は除外した.対象症例に対し,MRI検査にて左側海馬の容積を測定,全脳容積で除し,1000を積した正規海馬容積(NHV)を求めた.このNHVとデモグラフィックデータおよび臨床データ(FAST得点,MMSE得点,BEHAVE-AD得点)との相関を求めた.なお,NHV測定はデモグラフィックデータおよび臨床データを伏した放射線技師が海馬の境界をトレースする方法で求めた.

【倫理的配慮】本研究は(独法)下総精神医療センターの倫理委員会にて承認された.対象症例および保護者に対して研究の意義,目的を説明し,検査の施行と結果報告の同意を書面にて得た.

【結果】左側のNHVは痴呆のFAST得点(重症度得点),痴呆の罹病期間と逆相関し,MMSE得点(認知機能得点)と有意な相関を示した(Spearmanの順位相関.p<0.05).また,NHVはBEHAVE-AD得点(行動心理症候得点)の妄想観念得点の合計点および日内リズム障害得点と逆相関する傾向を示した(Spearmanの順位相関.p<0.1).

【考察】左側のNHVは過去の報告と同様に,萎縮が進めば,痴呆の重症度が増し,痴呆の罹病期間が長くなり,認知機能得点が低下していた.のみならず,左側のNHVはBEHAVE-AD得点(行動心理症候得点)の妄想観念得点の合計点および日内リズム障害得点と逆相関する傾向を示し,左側の海馬の容量低下は行動症候の一部とも関係している可能性が示唆された.今後,症例数を増やし,さらなる検討後必要であると考察した.