第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月15日(水)〜17日(金) ポスター展示ホール

合同ポスター発表

(6学会合同)

 

老年症候群等の演題

座長:秋下 雅弘(東京大学大学院)
    落久保裕之(医療法人社団梶川病院)

重複記憶錯誤を呈したアルツハイマー型痴呆の女性例

丸井和美1),井関栄三2),柴田浩生3),木村通宏2),江渡  江2),新井平伊4)

1) 順天堂東京江東高齢者医療センターメンタルクリニック・慈恵医科大学看護学科
2) 順天堂東京江東高齢者医療センターメンタルクリニック
3) 柴田メンタルクリニック,4) 順天堂大学医学部・精神医学教室

PB-06

【はじめに】重複記憶錯誤(reduplicative paramnesia)は,Capgras症状などとともに同定錯誤症候群に含められており,何度も経験した人物や場所の同一性が認知できず,同一の人物や場所が複数存在すると体験する状態をいう.現在,Capgras症状との混同など重複記憶錯誤の概念には混乱がみられる.今回,アルツハイマー型痴呆の女性例において,重複記憶錯誤と考えられる特徴的な症状がみられたので提示し,その発現機序に関して考察する.

【症例提示】86歳 女性 
家族歴・既往歴:特記すべきことなし
生活歴・現病歴:高等女学校を卒業して23歳で結婚,専業主婦として過ごし,挙子3人.勝気でプライドが高かった.76歳で夫を亡くして以来,次女と同居して家事をこなしてきた.84歳頃より,何度も同じことを繰り返すなど健忘に気付かれた.また,“N(次女の名)はどこへ行ったの?”と次女に尋ねる言動がみられた.85歳受診時,疎通性は良好で,記銘・近時記憶障害,時間の失見当識がみられたが,書字・読字はほぼ保たれ,健忘失語・失行・失認はみられなかった.人格変化,意欲・自発性の低下は目立たなかった.神経学的には異常はみられなかった.HDS-R 13点,MMSE 17点,WAIS-R total IQ 84,,V-IQ 91,P-IQ 80.頭部CT・MRIで,海馬や頭頂葉を中心にびまん性に軽度の萎縮をみた.脳SPECTでは,より広範な血流低下をみた.この時点で,アルツハイマー型痴呆と診断した.精神症状に関しては,大き 
な次女の他に小さな次女がもう一人いると考えているようで,次女にしきりに“Nはどこに行ったのか教えてよ?”と聞く.Nは自分だと答えても聞き入れず,不安そうにおろおろし,次第に“Nが心配じゃないの?冷たい人ねー”と怒りだす.目の前の次女がNであることは否定しない.これは毎日のようにみられ,夕方か疲れているときに多い.診察場面では,“そんなこと言ったかしらねー,呆けちゃったのかしら”と取り繕い,目の前の次女については,“もちろんNですよ.もう一人の娘は米国に行っているから(事実)”という.初診10ヶ月後の現在も同様であり,次女と普通に話していても,お茶を入れて戻ると,“Nはどこに行ったの?”が始まる.別の次女が見えるという幻視はみられない.痴呆症状の進行は緩徐であるが,家事は次女に任せきりとなっている.

【倫理的配慮】本人および本人の次女に対して研究の意義や内容を説明し,守秘義務の遵守を約束した上で症例報告をする同意を得た.

【考察】本例は,次女が2人いると主張するもので,偽者であるとするCapgras症状ではなく,重複記憶錯誤に近い.Capgras症状は対人関係における主観的価値に関連して妄想に近いが,重複記憶錯誤は客観的事実に関する認知の障害で作話に近いという.本例は,次女との対人関係からの解釈は困難で,現実の次女と子供の次女との重複があり,記憶障害が主体のアルツハイマー型痴呆で夕方など認知の低下したときに顕著となることから,記憶錯誤とするのが妥当である.