第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月16日(木)〜17日(金) ポスター展示ホール

ポスター発表

(日本老年精神医学会)

 

病態・病理

痴呆患者におけるBDNF,TNF-α,IL-1βの
血清中濃度

安武千恵1),黒田健治2),柳川敏夫3),岡村武彦3),米田  博1)

1) 大阪医科大学神経精神医学教室,2) 阪南病院,3) 新阿武山病院

PB-36

【目的】神経成長因子(NGF)は痴呆性疾患との関連が報告され,NGFの産生誘導物質であるTNF-α,IL-1βも注目されている.さらに脳由来神経栄養因子(BDNF)も死後脳における変化が認められ,血液脳関門を通過するためNGF以上に治療薬として期待されている.BDNFは血清中にも十分存在するが,血清中の変化は充分には検討されていない.そこで痴呆患者において血清BDNFに加えてTNF-α,IL-1βについても痴呆性疾患との関連を検討した.

【方法】対象はDSM-Wでアルツハイマー型痴呆(AD)と血管性痴呆(VD)の診断基準をみたすAD群60名とVD群60名,正常対照群33名である.症状の評価は,mini mental state examination(MMSE:Folstein),Hachinskiの脳虚血性スコア,Functional Assessment Staging(FAST)を用いた.AD群とVD群は年齢,性別,痴呆の程度を一致させた.朝食前(6:30-7:30)に血液を採取し血清を分離し測定まで−20℃で保存した.血清BDNF,TNF-α,IL-1βの測定はELISA法(R&D社)を用いた.

【倫理的配慮】本研究は大阪医科大学倫理委員会によって承認を得ており,すべての対象者及び家族に書面による同意を得てから実施した.

【結果】1)AD群のBDNF濃度(平均14.7±5.9 ng/mL,mean±SD)はVD群(18.4±6.7 ng/mL)や対照群(19.7±7.5 ng/mL)に比べて有意に低値であった(p<0.01)が,VD群と対照群の間に有意差はなかった.TNF-α,IL-1βは3群間に有意差はなかった.
2)痴呆群においてMMSE得点とBDNFには正の相関(r=0.228,p=0.0121),IL-1βには負の相関が見られた(r=−0.210,p=0.0214).さらに,HachinskiスコアとBDNFとの間には正の相関が見られた(r=0.194,p=0.0335).BDNFとTNF-α,IL-1βの間にはそれぞれ相関は認められなかった.

【考察】AD患者の血清BDNF濃度が減少しているという結果は,これまで報告されている脳内BDNFのmRNAや蛋白レベルでの減少(Hock et al. 2000,Holsinger et al. 2000)を支持するものと考えられ,血清BDNFはADの生物学的マーカーとして有用である可能性が示唆された.TNF-αとIL-1βについては痴呆性疾患との直接の関連は見られず,BDNFの産出誘導物質の可能性も低いと考えられた.

 

APPおよび Notch-1のγ-secretase 切断に対する
Valineによる影響について

谷井久志1),姜  経緯2),大河内正康2),福森亮雄2),
田上真次2),武田雅俊2),岡崎祐士1)

1) 三重大学医学部精神神経科学講座,
2) 大阪大学医学系研究科生体統合医学神経機能医学講座・精神医学

PB-37

【目的】家族性アルツハイマー病に関連しているγ-secretase complexはアミロイド前駆体タンパク(APP)やNotchタンパクを各々2箇所(APPではγ40/42 とγ49,Notch-1ではS4とS3)で膜内切断を行う.我々は,γ40切断部位の直前とγ49切断部位とS3部位の直後にいずれも特定の疎水性アミノ酸であるValineがあることに着目し,Valineのγ切断に対する影響を調べた.

【方法】Notch-1のS2よりN末端側を除いたNΔEにFlag配列を導入たもの(F-NEXT)を用い,(Notch-1蛋白のγ切断部位である)S4の前後のアミノ酸を各々Valineに置換したcDNAをHEK293細胞にトランスフェクションしてこれらを定常的に発現する培養細胞系を作成した.F-NEXT(Notch-1)の代謝については10 cmディッシュの培養細胞に対するS35を用いたmetabolic labellingによって行われた.細胞成分について,9E10抗体を用いた免疫沈降によって,F-NEXTとその誘導体(NICD)の産生を検討した.細胞外に放出されるF-Nβ(FLAG-tagged Notchβ)の産生についてはM2抗体を用いた免疫沈降とMALDI-TOF/MS(IP/MS)による解析によって検出した.

【倫理的配慮】本研究では個人のDNA解析を行うものではなく,その点において特別な考慮は不要である.

【結果】まず,Notch-1のS4前後をValineに置換した場合の膜内切断についてはいずれもPresenilin依存的であり,γセクレターゼ複合体による切断であった.MALDI−TOF/MS(IP/MS)によるNotchβの特性の検討により,S4切断が中心であるという点は各種のValine Variantに共通であった.しかしその他の複数得られたNotchβ Speciesにおいて,S4の前後のValine mutationによって発現量がある程度の影響を受けることやアミノ酸置換がより遠隔の切断に影響を与える場合があることなどが見出された.また,metabolic labellingでの検討でS3の切断効率についても変化が認められた.特に,Notch-1においてValineが2つ連続した後に切断効率が上昇する傾向があることはAPPのγ40の前にValineが2つ連続した場合とhomologyがあった.

【考察】Notch-1のS4部位を決定する因子としてはValineが決定的に関与するものではなく, γ-secretaseによる切断はValineに依存するものではないことを本研究においては示している.ただし,Notch-1とにおけるS4切断とAPPのγ42/42切断とのhomologyが示唆されるなどNotch-1における検討はAPPにおけるγセクレターゼ複合体による膜内切断の特性を反映している部分があると考えられる.

 

反復頭部外傷がタウ病理に与える影響の実験的検討

吉山容正1),樋口真人2),トロジャノスキー ジョン3),リー ヴァージニア3)

1) 国立病院機構千葉東病院,2) 理化学研究所脳科学総合研究センター
3) ペンシルバニア大学

PB-38

【目的】頭部外傷はアルツハイマー病のリスクファクターとして知れれているのみならず,反復性頭部外傷(rTBI)を受けることによりボクサーなどにアルツハイマー病(AD)に近似した病理を生じることが知られている.われわれはすでにrTBIがADのベーターアミロイドの異常沈着を再現したモデルマウスにおいてベーターアミロイドの沈着を増強することを報告した.今回われわれはrTBIがタウ病理にどのような影響を与えるかタウトランスジェニックマウスを用いて検討した.

【方法】タウアイソフォームのうち0N3Rタウ(T44)を導入した12ヶ月のトランスジェニックマウス12匹と同じ月齢のワイルドタイプマウス12匹に一側に1回,両側性に計4回の軽度頭部外傷を毎週,計4週にわたって行った.頭部外傷は脳に器質的障害を及ぼさない程度で行った.頭部外傷後6ヵ月後にMorris water mazeとthe composite neuroscore により神経症状と認知機能を評価した.病理学的検討は外傷後3ヵ月,6ヵ月,9ヵ月の時点で行った.生化学的にタウの不溶化とリン酸化を検討した.

【倫理的配慮】NIH Guide for the Care and Use of Laboratory Animalsに準拠した.

【結果】rTBIを行ったワイルドタイプマウスには神経症状,認知機能ともrTBIを行わなかったマ
ウスと違いはなかった.rTBIを行ったT44マウスにおいて1匹だけrTBIを行わなかったマウスとウオーターメイズで著しく認知機能低下を認めたマウスが存在した.このマウスを病理学的に検討したところ,T44マウスと比較して個体間のばらつきでは説明できないような著しく強いタウ陽性の神経細胞封入体を認め,これらはGallyas,Congo-red,Thiofravin S陽性であった.また皮質は萎縮していた.生化学的検討ではタウ蛋白の不溶化の著しい亢進とリン酸化の増強が生じていた.これらはアルツハイマー病で認められるタウの変化に非常に類似していた.このマウスと他のrTBIを受けたT44の相違を検討したところ,このマウスのみが鉄染色で,脳底部を中心に脳表面が染色された.

【考察】rTBIを行ったT44マウスで12例のうち1例のみにしかタウ病理の著しい増強は認められなかったことで,rTBIが直接タウ病理を増強するという証明は得られなかった.しかし鉄染色において陽性であった1例において著しくタウ病理が増強していたことから,何らかの血液成分あるいはそれとrTBIとの相乗作用がタウ病理を増強した可能性が示唆された.鉄はフリーラディカルの強力なソースであることから鉄が何らかの役割を演じている可能性がある.

 

マウス脳へのアデノ随伴ウイルスを用いた
ヒトアポリポプロテインE遺伝子導入の試み

森川将行1),岸本年史1),David holtzman 2)

1) 奈良県立医科大学精神医学教室,2) Washington University School of Medicine

PB-39

【目的】これまでアルツハイマー型痴呆に対する数々の遺伝子治療の試みがなされてきた.神経成長因子やネプリライシンを用いたもの,そしてアデノ随伴ウイルス(AAV)を用いた経口Aβワクチンが報告されている.今回,我々は,晩期発症のアルツハイマー型痴呆の危険因子として知られるヒトアポリポプロテインE(アポE)の遺伝子を用いたAAVベクターを作製し,マウス脳内でのアポE発現を組織学的生化学的に解析し,今後の基礎的動物実験における可能性を検討した.

【方法】我々は,ヒトアポE3,E4,そしてLacZ蛋白遺伝子を,各々導入したAAV-pseudoserotype 5(AAV2/5:AAV-serotype 2のinverted terminal repeatsとAAV-serotype 5のcapsidから成る)を作製した.一定量のAAVベクター(2×1010 particles)を,それぞれアポEノックアウトマウスの左海馬2ヶ所に,吸入麻酔下で,定位的にマイクロインジェクションポンプを用いて注射した.1ヶ月後,解析のため,遺伝子を導入したマウスの脳脊髄液を採取し,脳を取り出した.これらは,免疫組織染色,あるいはELISAを用いて,脳内のアポEの発現並びにその発現量が調べられた.また,遺伝子発現部位におけるマイクログリアによる炎症所見の有無も検討した.

【倫理的配慮】ワシントン大学(セントルイス)の動物操作倫理規定に則って動物実験は行われた.

【結果】対照となるLacZの発現が,遺伝子導入部位を中心に限局しているのに比べて,分泌蛋白であるアポE蛋白の発現は,導入側の海馬全域に渡って認め,さらにニューロンのネットワークを介して,反体側の海馬においても確認された.ELISAによる海馬組織の可溶化液の定量では,導入側において2−3μg/mg蛋白のアポEの発現を認めた.これは,反体側の約6倍の高発現であった.また,脳脊髄液中のアポE含有量は,1−3μg/mlを示した.これらのアポE発現量は,これまで広く使用されてきているアポEノックインマウスの脳海馬組織や脳脊髄液中のアポEとほぼ同等の発現量であった.また,遺伝子発現部位におけるマイクログリアによる炎症所見は認められなかった.

【考察】我々が作製したアポE含有AAV2/5ベクターの遺伝子導入による発現量は,アポEノックインマウスと比べても同等であり,炎症を惹起しないことが分かった.また,わずか2ヶ所の遺伝子導入でも,同側の海馬全域に渡って発現することが示された.このアポEの十分な発現は,これまで試みられてきている他の遺伝子治療の研究と同様に,アルツハイマー型痴呆の原因とされるAβ沈着に対するアポEのメカニズムを知る上でも,極めて有用なものと考えられた.

 

非痴呆高齢者網膜における老化および
アルツハイマー病病態関連物質の発現について

高橋  正1),李  麗梅2),中村眞二3),村上  晶4),新井平伊1)

1) 順天堂大学医学部精神医学教室,2) 順天堂大学大学院医学研究科精神行動科学
3) 順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター細胞病理イメージング研究部門,
4) 順天堂大学医学部眼科学教室

PB-40

【目的】中枢神経系の老化過程は,感覚器官の機能低下として現れることがある.老視は多くの個体で経験され,加齢に伴う網膜視細胞の減少などが報告されているが,これらの機能変化と細胞変化の相互関係については不明点が多い.網膜は視神経を通じて中枢神経系と直結し,両者の発生起源は同一であることなどから,例えばアルツハイマー病の脳内病態関連所見が,患者網膜にも検出される可能性がある.今回は,第一に非痴呆高齢者の網膜について組織細胞学的に検討する.

【方法】死亡時年齢が62歳から78歳までの非痴呆高齢者の剖検眼6例の網膜組織を対象とした.すべての症例は,生理的な加齢性変化を除いた眼科疾患,代表的な局所眼病変をきたす全身性疾患,さらには精神神経疾患は伴っていなかった.中枢神経系の老化あるいはアルツハイマー病の脳内病態に関連する物質として終末糖化産物,カテプシンD,アミロイド前駆体蛋白,ユビキチン,カルレチニン,ニトロチロシン,αシヌクレイン,異常リン酸化タウ蛋白,タウ蛋白,single stranded DNAの網膜における発現について免疫組織化学を施行した.抗体の特異性を確認する陰性対照実験を行った.免疫染色を行った組織切片スライドを光学顕微鏡で詳細に観察し,組織の層構造ごとの各物質の発現陽性レベルを分類し,その局在を検討した.

【倫理的配慮】本研究の対象は,全て病院で死亡後に家族が死因究明と研究の主旨や内容について十分な説明を受けている剖検例の眼球組織であり,これらは書面にて同意が得られている.

【結果】非痴呆高齢者の網膜組織を10種類の物質の抗体を用いて免疫組織化学的に検索を行った.アミロイド前駆体蛋白や異常リン酸化タウ蛋白などについては,弱い発現のみが認められた.Single stranded DNAを除くその他の物質については,中等度から強度に発現が認められた.各抗体ごとに特徴的な局在分布および種々の程度の免疫活性陽性所見を観察することができた.全ての反応において異常蓄積の所見は認められず,陰性対照実験では陽性反応は認められなかった.

【考察】非痴呆高齢者の網膜における中枢神経系の老化およびアルツハイマー病患者脳の病態に関連する10種類の物質について免疫組織化学的検索を行った.その結果,これらの物質の発現や網膜組織内における局在分布を詳細に明らかにした.検討組織数がいまだ少数であり,更なる今後の検討が必要である.今後の展望としては,若年非痴呆症例やアルツハイマー病症例の網膜に関する研究が必要である.