第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月16日(木)〜17日(金) ポスター展示ホール

ポスター発表

(日本老年精神医学会)

 

症  例

失語症状で発症し左側頭葉の限局性萎縮をみた1例
― 非定型ピック病への進展の可能性 ―

村山憲男1),井関栄三1),柴田浩生2),木村通宏1),江渡  江1),新井平伊3)

1) 順天堂東京江東高齢者医療センター,2) 柴田メンタルクリニック,
3) 順天堂大学精神医学

PB-33

【はじめに】非定型ピック病は,臨床・画像所見の特徴からピック病に含まれているが,神経病理学的にはピック小体を伴うタウオパチーであるピック病とは異なり病態機序不明の変性疾患である.この疾患の初期の臨床特徴として,意味記憶障害と側頭葉に限局した萎縮が挙げられている.今回,失語症状で発症し左側頭葉の前方・下部に限局した萎縮を示す1症例を呈示し,臨床所見・画像所見・神経心理学的所見の側面から,非定型ピック病への進展の可能性について検討する.

【症例提示】69歳 女性 右利き
X−3年より言葉が出にくくなった.とくに,人名や物品名が出てこない.この時点での頭部CT・MRIでは異常なしとされた.これらの失語症状は徐々に進行したが,X−1年の検査でも異常を指摘されなかった.X年の初診時,年齢相応の初老の婦人で,礼節は保たれていた.通常会話では疎通は良好にみえたが,会話のなかで言葉につまることがあり,本人は相手の言葉の意味がよく判らず,言いたい言葉が出てこないという.日常用品を示すと,物品名は出ないが使用法は判る.物品名を教えればそうであったと判る.読字では漢字の読み間違いがみられ,書字では漢字が出にくくカナで代用する.文章の要約がうまくできない.このことから,健忘失語が主体であるが,意味失語も軽度混じっていると判断した.記銘・記憶障害は目立たず,失見当識はみられない.人格変化はみられず,意欲・自発性の低下も目立たず,失語症状についての病識があり,進行への不安が強い.頭部MRIでは,ほぼ左側に限局した側頭葉先端部と上〜下側頭回・外側後頭側頭回の萎縮がみられ,脳SPECTでは,左側優位の側頭葉から前頭・頭頂葉におよぶ血流低下がみられた.HDS-RとMMSEはともに24点で,語想起,物品呼称などで失点していたものの,明らかな失見当識,記銘障害は認められなかった.WABでは,AQ:73,CQ:左右ともに86.2であり,喚語困難,漢字の読みと書字の障害,軽度の意味記憶障害と助詞の理解の障害が認められた.WAIS-Rでは,VIQ:74,PIQ:103,IQ:87であり,失語による影響を除けば知能は正常域であると考えられた.また,前頭葉機能検査(FAB,WCST,Trail Making Test)では明らかな実行機能の障害は認められなかった.

【倫理的配慮】本人および本人の長女に対して研究の意義や内容を説明し,守秘義務の遵守を約束した上で症例報告をする同意を得た.

【考察】本症例では,左側に限局した側頭葉前方・下部の萎縮とより広い範囲の血流低下とともに,喚語困難,意味記憶障害,漢字の読みと書字の障害などが確認された.今後,本症例は非定型ピック病に進展する可能性があり,その場合,人格変化や発語減少など前頭葉症状の出現により,心理検査の実施が困難になると考えられ,非定型ピック病の最初期の脳画像・神経心理所見を検索し得た貴重な症例と考えられる.

 

半側空間無視を伴う視野欠損を呈した
変性性認知症の一例

小田陽彦1),吉沢  一1),小林  実2),清水光太郎1),阪井一雄3)
嶋田兼一3),寺島  明3),大川慎吾3),山本泰司1),保田  稔1),前田  潔1)

1) 神戸大学大学院医学系研究科精神神経科学分野,2) 光風病院,
3) 兵庫県立姫路循環器病センター

PB-34

【はじめに】アルツハイマー病をはじめとする変性性認知症では,視覚的認知障害を有することが多いが,半側空間無視を呈することはほとんどない.また,視野欠損を認めることも非常にまれである.今回我々は臨床的にアルツハイマー病と診断され,半側空間無視を伴う視野欠損を呈した症例を経験したので報告する.

【症例提示】56歳女性,右利き,短大卒.既往歴に特記すべきことなし.54歳ごろから仕事をしんどいと感じ始め,退職.このころからよく道に迷うようになる.家の近所でも迷うようになった.同じ事を何回も訊く,物忘れ,料理の単調化,物の置き場所をよく忘れる,等が目立つようになった.家人からみても様子がおかしいと感じられるようになった.X年Y月,当科受診.視力は正常だが対座法で左同名半盲あり,Goldman視野計にて黄班回避を伴う左同名半盲を呈した.絵図の模写では左半分の書き残しが有意だった.線分抹消試験では41本の線の中で左隅の5本を消し損ねた.線分二等分試験では主観的中間点が真の中間点より有意に右に偏移していた.頭部MRI,MRA,SPECT等施行するも同名半盲を説明する病変は認めず.

【倫理的配慮】本人と家族から症例報告の同意を得た.匿名化した.一部病歴を改変した.

【考察】変性性認知症の進行の過程の中で同名半盲と半側空間無視を呈したものと考えられた.

 

抑うつを伴う高齢発症のパニック障害に
paroxetineが奏効した1例

大川匡子1),田中和秀2),市村麻衣2),森信  繁3),山脇成人3)

1) 滋賀医科大学医学部精神医学講座,2) 滋賀里病院,
3) 広島大学大学院医歯薬学総合研究科学精神神経医科学

PB-35

【はじめに】パニック障害は成人期早期に発症しやすいと報告されている疾患である.診断基準は満たさないものの,パニック発作を経験したり繰り返す人もおり,潜在的な患者数はかなり多い.高齢者におけるパニック障害の発症は低いと考えられていたが,近年の研究で相当数の存在がわかり,comorbidityや臨床的特徴も明らかになりつつある.今回われわれは高齢発症のパニック障害に大うつ病性障害が合併し,paroxetineにて著効した症例を経験したので報告する.

【症例提示】75歳,女性.X−3年(70歳時)まで医院で看護師として勤務し,その後も問題なく過ごしていた.X−2年3月,自宅で突然動悸と胸痛が出現して気が遠くなり,「心臓発作ではないか」と恐怖を覚えてA総合病院を救急受診したが,異常所見は認められなかった.しかしその後も突然動悸と胸痛が繰り返し出現し,A病院内科に検査入院したが,特記すべき異常所見は認められなかった.「発作がまた起こって死んでしまうのではないか」という不安が強く,食欲が低下し,全身の疲れを訴えて臥床がちとなり,家事もできなくなった.このためX−2年11月にB病院(精神科)に入院し,うつ病の診断にてsulpiride,clotiazepam,lormetazepamを投薬された.抑うつ状態が改善したため12月に退院したが,その後も月に数回,動悸や胸痛の発作が出現していた.X−1年12月の夫の死後,徐々に動悸や胸痛の出現回数が増加し,発作への心配が強くなり,抑うつ気分,食欲低下,気力減退が出現した.B病院に入退院を繰り返したが症状は改善せず,9月下旬には再び臥床がちとなり,抑うつ気分・意欲低下・自責感・思考力減退が出現した.このため10月上旬B病院に4回目の入院となった.抑うつ気分・意欲低下,「また胸が痛くなったらどうしよう」と不安を強く訴え,胸痛の出現もみられたことから,パニック障害に大うつ病性障害を合併したものと診断した.Paroxetineを漸増し,30 mg/日を投与したところ,抑うつ状態が改善し,動悸や胸痛も出現しなくなり,予期不安を訴えることもなくなった.12月中旬に退院したが,退院後も不安発作や抑うつ状態は再発していない.老人デイケアに通所し,趣味の短歌の会合にも約1年ぶりに復帰した.B病院外来に通院し,paroxetine 30 mg/日の内服を続行している.

【倫理的配慮】患者および家人に薬物投与および症例報告の説明を行い,同意を得た.

【考察】高齢初発のパニック障害に大うつ病性障害が合併した症例を経験した.高齢者の不安障害は様々な身体疾患が重畳し認知障害が存在するため症状が非典型的となり,かつ不安症状が隠蔽されることが多いことを考慮したうえで,正確な診断が必要となる.治療に関しては薬物動態および薬力学に影響を及ぼす可能性のある加齢あるいは身体疾患を考え合わせた上で慎重な投与が望まれる.