第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月17日(金) ホールB5(1)

前頭側頭型痴呆 2

座長:黒田 重利(岡山大学)
 

 

非定型ピック病の臨床症状とMRI画像との相関についての検討

今井兼久1),井関栄三1),村山憲男1),木村通宏1),江渡  江1),
鈴木  賢2),新井平伊3)

1) 順天堂東京江東高齢者医療センター・メンタルクリニック,
2) 順天堂東京江東高齢者医療センター・放射線科
3) 順天堂大学医学部・精神医学教室

UB1-10

【目的】前頭側頭型痴呆の病態機序は均一ではなく,ピック型の中でも,ピック球をもつピック病(PiD)はタウオパチーに含められ,これをもたない非定型ピック病(aPiD)はユビキチン関連異常を示すが,病態機序はなお不明である.aPiDは,臨床的に初期から意味・記憶失語等を呈し,画像上は側頭葉優位の萎縮を示す.
今回,aPiDと考えられる6症例を呈示し,臨床症状および経過と,MRI画像の萎縮部位および程度との相関を検討した.

【方法】順天堂東京江東高齢者医療センターに通院ないし入院中の痴呆性疾患患者のうち,aPiDと診断した6症例(平均年齢:約70.2歳,平均経過年数:4.5年,男性5例,女性1例)の臨床症状および経過を診察結果と病歴から検討した.また,頭部MRIのT1強調画像の水平断と前額断において,萎縮の部位,程度(T〜V度),左右差の有無,を検討した.6例中2例では脳SPECT所見も検討した.

【倫理的配慮】患者ないし家族に症例呈示の同意を口頭および文書で確認し,個人名が特定できないように配慮して呈示する.

【結果】臨床症状:非流暢性運動失語(1例),健忘失語(2例),意味失語(6例),滞続言語(2例),人格変化(6例),常同行為(4例),自発性の低下(5例),記憶障害(5例).初発症状(重複可):記憶障害(3例),意味失語(2例),非流暢性失語(1例),自発性の低下(1例).HDS-R,MMSEの施行は2例で可.頭部MRI所見:U〜V度の側頭葉萎縮(側頭極,T1〜T3,海馬傍回,海馬,扁桃体),T〜U度の前頭葉萎縮(穹隆部),尾状核萎縮(体部).左優位3例,右優位3例.脳SPECT所見:MRIより広範な脳血流低下.

【考察】MRIでは,片側優位の側頭葉前〜下部の萎縮と,前頭葉穹隆面の軽度の萎縮を認めた.臨床上は,PiDと異なり意味失語・非流暢性運動失語・健忘失語・記憶障害が初期から目立つが,PiDに特徴的な常同行為・人格変化・自発性の低下等の前頭葉症状も認められた.今回検討した症例群は,従来側頭葉優位型PiDと呼ばれてきたが,臨床・画像上PiDとは異なる特徴を共通して有し,今後aPiDという一疾患単位として認識する必要があると考えられる.

 

前頭側頭葉変性症のBPSDに対するフルボキサミンの使用経験

田北昌史1),角  有司1),長尾哲彦1),岡山昌弘1),田中清貴2),
尾籠晃司3),中野正剛4)

1) 今津赤十字病院,2) みさき病院,3) 福岡大学医学部精神科,
4) 福岡大学医学部第5内科

UB1-11

【はじめに】ピック病を代表とする前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration;FTLD)は病初期には記憶障害や視空間認知障害などの認知機能障害より人格変化や常同行為などの症状が目立つことが多い.介護者には,認知障害よりもこれらbehavioral and psychological symptoms of dementia(BPSD)が介護負担になる場合が多く,その改善は介護負担を軽減するために重要である.今回我々はBPSDの改善にフルボキサミンが少量で有効であったFTLDの2症例を経験したので報告する.

【症例提示】症例1 67歳 女性  主婦として生活していたが,62歳時に夫が交通事故で死亡,その後意欲低下や物忘れが出現した.また同じことを何度も繰り返して尋ねたりすることも目立ってきた.65歳頃よりは入浴時間が極端に長くなり,1日10時間も湯船に浸かっていたり,毎日同じ寿司を買って来たり,頻回に犬の散歩に行くようになった.このため67歳時今津赤十字病院精神科受診.福岡大学病院精神科でMRI,脳血流シンチグラフィーを行い,前頭葉の萎縮,血流低下が認められFTLD(ピック病)と診断された.ミニ・メンタル・ステート(MMSE)は初診時21点であった.常同行為が家族の介護困難の大きな要素となっており,その改善のためにフルボキサミン25 mgを投与したところ,入浴時間は著明に短縮,寿司を買って来る行為もなくなり,家族の介護負担が軽減された.The Stereotype Rating Inventory(SRI)の総得点は21から9に減少した.
症例2 64歳 女性  主婦兼夫の自営業の手伝いをしていたが,61歳時に物の置き場所がわからなくなることが目立ってきた.しかし生活に大きな支障はなかった.63歳時になって物品や人の名前が出てこないことが出現,しかし家事は行い,買い物や金銭管理も出来ていた.このため64歳時今津赤十字病院精神科受診.福岡大学病院精神科でMRI,脳血流シンチグラフィーを行い,左側頭葉の萎縮,血流低下を認めFTLD(semantic dementia)と診断された.MMSEは初診時9点であった.時計を見ても物品名は答えられないが,時刻は正確に答えた.深刻さは見られないが,「パーになった」とか「私パーだから」との発言が頻回に認められ,常同言語と考えられた.フルボキサミン50 mgを投与したところ,常同言語はほぼ消失した.SRIの総得点は8から1に減少した.

【倫理的配慮】本症例での検査及び治療については,その考えられる有用性や副作用の可能性について本人及び家族に口頭で説明を行い,本人及び家族より同意を得た.

【考察】FTLDのBPSDに対するフルボキサミンの効果については,池田らの報告でその有用性が示されている.今回報告したFTLDの2症例についても,フルボキサミンはBPSDの改善に有効で,常同言語や常同行為の著明な改善を認めた.その投与量は25 mgから50 mgであり,フルボキサミンは少量であっても,有効な症例があることが考えられた.当日は脳血流シンチグラフィーの画像解析結果も示し,フルボキサミンの有効性について考察する.

 

約15年の病歴のある強迫性障害が前頭側頭型痴呆へと移行した一例

品川好広1),仲秋秀太郎1),松井輝夫1),佐藤順子2),辰巳  寛3),
村田佳江1),古川壽亮1)

1) 名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学,
2) 八事病院,3) 名古屋第二赤十字病院

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【はじめに】前頭側頭型痴呆の初発症状として,強迫行為が出現することはしばしば報告されている.しかし,強迫性障害の患者が,前頭側頭型痴呆に移行した症例の報告は少ない.約15年の病歴のある強迫性障害が,前頭側頭型痴呆に至った一例を経験したので報告する.

【症例提示】56歳,右利き男性.高等学校卒業.X年40歳前後から,確認強迫が出現.ドアの鍵,水道の栓,電気のスイッチ,灰皿の火など日常生活上さまざまなことが気になり確認を始めた.確認に関しては,病識があり,確認行為にて,強迫観念が一時的に軽減される状況であった.X+5年には,洗浄強迫の症状も併発し,石鹸を使い切るまで手を洗う,歯磨き粉を一本使い切るまで歯を磨く行為が出現し,近医の精神科にて,強迫性障害と診断された.X+15年,強迫性障害に対する認知行動療法を目的に当院初診.初診当初は,強迫行為に関して,病識もあり,薬物療法(フルボキサミン150 mg/day)を中心に治療が開始された.しかし,当院初診から1年の経過に,次第に,常同行為が目立つようになり,周遊行動や時間へのこだわりも出現した.食行動も変化し,確認行為や強迫観念への不安や病識は消失し,むしろ多幸的になり,意欲も低下した.頭部MRIで両側前頭葉に軽度萎縮を認めたが特徴的ではなかった.脳血流SPECTでは両側前頭葉から頭頂葉にかけて血流低下をみとめた.神経心理学的検査,特に前頭葉機能検査では機能低下はみられなかった.SSRIを投与したが,常同行為は改善せず,行動療法は病識の欠如のため施行できなかった.

【倫理的配慮】本症例は,名古屋市立大学の倫理委員会の承認をうけた研究の報告例であり,患者および家族から書面による同意を得て,評価されたデータが,匿名で研究検討されることにも同意されている.

【考察】本例は,強迫性障害が前頭側頭型痴呆に移行したと考えられる症例である.臨床症状は,前頭側頭型痴呆として典型的な常同行為などを認めたものの,画像所見や神経心理学的な所見は典型的ではなかった.強迫性障害と前頭側頭型痴呆の生物学的基盤の相違を考えるうえで貴重な症例と思われる.