第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月17日(金) ホールB5(1)

前頭側頭型痴呆 1

座長:田辺 敬貴(愛媛大学)
 

 

臨床における前頭側頭型痴呆

柏戸孝一

柏戸病院

UB1-07

【目的】近年アルツハイマー病などの痴呆症に対する関心が高まってきており以前に比べてより軽症のうちに医療機関を受診する人が増えている印象がある.アルツハイマー病をはじめとする変性性痴呆疾患は臨床診断が困難であり長期に経過をみているうちに臨床診断が変わることも時に経験する.前頭側頭型痴呆の中には問題行動が出やすいため介護負担が大きく結果としてアルツハイマー病に比べ早期に施設入所が必要となる症例があり,早期診断の必要性がある.

【方法】当院もの忘れ外来受診者315名の初診時の主訴と病歴,画像検査結果などを比較検討した.

【倫理的配慮】被験者のプライバシーに配慮し倫理規定に基づいた対応を行った.

【結果】臨床的に前頭側頭型痴呆が疑われる症例53例の臨床的特徴と介護上の問題について検討した.前頭側頭型痴呆は全受診者中約17〜20%をしめた.臨床的にアルツハイマー病と診断される症例に比べて介護上の問題点や進行の速さ,転帰に違いがみられた.

【考察】前頭側頭型痴呆は早期にはアルツハイマー病との鑑別が困難なことがありしばしばアルツハイマー病として経過観察をしていることがある.適切な治療を行い患者の生活の質を向上させ,介護者の負担を軽減するためには早期に適切な診断をつける必要性があり,医療者は常に前頭側頭型痴呆の可能性を念頭に置いて診療する必要がある.

 

前頭側頭型痴呆の初発症状

勝瀬大海1),都甲  崇2),上野寧子2),日野博昭3),塩崎一昌2)

1) 横浜舞岡病院,2) 横浜市立大学医学部精神医学,3) ほうゆう病院

UB1-08

【目的】前頭側頭型痴呆(FTD)の臨床症状は常同行為,食行動異常,脱抑制,多幸,無為,語義失語,運動性失語など非常に多彩で特徴的である.これらの症状は包括して人格変化や言語機能障害としてとらえられるが,病初期には確定診断に至らない場合や精神疾患との鑑別が困難な症例が多い.また現在までにFTDの初発症状の頻度を検討した報告は少ない.今回の研究では前頭側頭型痴呆と診断された症例の初発症状を後方視的に検討した.

【方法】対象はH13年からH16年にかけて横浜舞岡病院に通院もしくは入院中で,MckharnnらのFTDの臨床診断基準を満たし2年以上の罹病期間を有する23症例(男性11例,女性12例)を用いた.これらの症例の診療録を後方視的に検討し,初発症状とその後の主な症状についてまとめた.なお今回の研究におけるFTDの概念や診断基準は2000年にFTDとピック病のワークグループにより報告されたものを用いた.McKhann GM, et al. Arch Neurol 2001;1803-1809.

【倫理的配慮】今回の研究は臨床症状を後方視的に検討したもので患者の治療には不利益を生じることはない.また,匿名性にも十分に配慮している.

【結果】対象の平均年齢は69歳で発症平均年齢は62歳であった.初発症状の内訳は無為・無関心9例,語義失語6例,抑動的脱抑制3例,抑うつ・自殺企図3例,易怒・易刺激性2例であった.その後の症状と併せると無為・無関心で始まり欲動的脱抑制や異常行動を呈する症例が最も多かった.

【考察】FDT 23例の臨床症状をまとめた.今回の研究ではいくつかの典型的な症状を呈する以前の初発症状として無為・無関心がみられる症例が最も多く,より早期に臨床診断を行うためには重要な症状であると考えられた.その他,抑うつや自殺企図が初発症状である症例も稀ではないということも注目すべき点であろう.

 

前頭側頭葉変性症における食行動変化の特徴

品川俊一郎1),池田  学1),松本光央1),松本直美1),豊田泰孝1),足立浩祥1)
森  崇明1),石川智久1),福原竜治1),繁信和恵2),田邉敬貴1)

1) 愛媛大学医学部神経精神医学,2) 浅香山病院

UB1-09

【目的】主に初老期に発症し,前頭葉あるいは側頭葉前方部に変性が生じる痴呆性疾患である前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)においては,特徴的な食行動異常が出現することが知られている.しかしこのFTLDにおける食行動異常についての組織的な研究は現在までほとんどなされていない.本研究の目的は日本におけるFTLDの食行動変化の特徴と頻度を調べることである.

【方法】対象は愛媛大学医学部精神科神経科,財団新居浜病院,総合病院浅香山病院の外来通院患者であり,FTLD群として前頭側頭型痴呆(frontotemporal dementia:FTD)群18名と意味痴呆(semantic dementia:SD)群11名,対照群としてアルツハイマー病(Alzheimer’s disease:AD)群43例が調査された.3群間では年齢,男女比,教育歴,CDRで示される痴呆の重症度,MMSEで示される認知機能の水準に有意差はなかった.患者の食行動異常について主介護者からの質問紙(Ikeda M et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry, 2002)を用いた聞き取りを行った.質問は嚥下,食欲,嗜好,食習慣,他の食行動の5つの領域に分類される36の項目にからなり,その頻度と重症度を聴取した.統計処理はχ2検定とFisherの正確検定,またはKruskal-Wallis検定とSchffeのテストを実施した.

【倫理的配慮】本研究の実施に際しては十分な説明の後にすべての患者あるいは介護者から文書による同意を得た.

【結果】食行動異常の出現に関して,FTDでは嗜好の領域でADより有意に頻度が高かった.SDでは嗜好と食習慣の領域でADより有意に頻度が高かった.FTDとSDは5領域の比較では有意差はなかった.個々の項目の分析においては食欲の領域では「食欲の亢進」と「制限の必要性」の項目でFTDの頻度が有意にADより高かった.嗜好の領域ではFTDとSDではほとんど差がなく多くの項目でADより有意に頻度が高かった.食習慣の領域では「同じものを作る」「同じ時間に食べる」「テーブルマナーの悪化」の項目でFTDの頻度が有意にADより高く,「同じものを作る」「同じ順序で食べる」「同じ時間に食べる」の項目でSDの頻度が有意にADより高かった.他の食行動の領域では「口に詰め込む」「手に届くものをつかむ」の項目でFTDの頻度が有意にADより高かった.頻度と重症度の積算スコアの検討では,嚥下以外の領域でFTDとADに有意差があった.また,食欲の領域と他の食行動の領域においてFTDとSDに有意差があった.嗜好と食習慣の領域で,SDとADに有意差があった.

【考察】FTLD群ではAD群に比べて明らかに食行動変化が出現しやすかった.この結果は食文化の異なる英国における我々の調査結果とも一致している.なかでもFTD群では嗜好の領域と食欲の領域での変化が出現しやすく,SD群では食習慣の領域と嗜好の領域での変化が出現しやすかった.FTDとSDでは異なる食行動変化の機構が存在している可能性が示唆された.今後は例数を増やしてさらに検討し,機能画像なども組み合わせて各食行動変化の神経基盤を解明していきたい.