第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月16日(木) G610会議室

薬物療法 2

座長:江渡 江(順天堂東京江東高齢者医療センター)

 

 

高用量milnacipranとlithiumの併用が有効であったうつ病の3症例

上田  諭,佐藤克彦,高橋正彦,小山恵子

東京都老人医療センター精神科

TG6-04

【はじめに】抗うつ薬で治療的反応が不十分な症例に対するlithiumのaugmentation therapyは,うつ病治療においてほぼ確立されたものとなっている.しかし,SNRIのmilnacipranに対する適用については,まだ症例報告も少なく評価も一定していない.今回,重症の高齢者うつ病に対し,高用量のmilnacipranにlithiumを併用して奏効した3症例を経験したので,報告する.

【症例提示】
1.82歳女性.元看護師.X年6月はじめ,重いゴミを持って胸椎圧迫骨折を生じ激痛が持続,急速に抑うつ的になった.「私の人生は先が見えた」と,6月下旬,包丁で頸部などを切り自殺企図し,当科に入院.Milnacipranを200 mgまで漸増.副作用は軽度便秘のみで,抑うつ症状はかなり軽快したが,なお午前に抑うつ気分が残るため,lithium 200 mgを追加したところ,2日目から,表情が明るくなり,「おなかがすくようになった」と食欲も上昇.活動性,意欲も向上し,6週後,自宅に退院した.2.77歳女性.主婦.X年1月から,痔疾の痛みが悪化.他科受診で改善後も納得せず,心気傾向が強まった.活動性も低下,焦燥感も高まり,「もう治らない」と言い,ヘルパーの出す食事に「毒が入っている」と被害妄想も見られた.7月当科初診時は臥床状態で,入院後milnacipranを200 mgまで増量.軽度発汗が見られたものの徐々に床上生活から離脱,表情も和んだが,リハビリを渋り意欲・活動性が停滞した.lithium 200 mg併用開始後4日目から表情に生気が見られ,リハビリにも意欲的となり退院した.3.73歳女性.会社会長.X−1年秋,経営上の悩みから抑うつ的となり,近医を受診し不変.X年5月当科を初診したが,食欲が極度に低下,「商売がうまくいかず,捕まる」と罪業妄想も出現し,同月当科に入院.m-ECTを施行し8月に退院したが再燃し,X+1年2月には帯で首を絞め,再入院.Milnacipran 135 mgである程度まで軽快.残存する意欲の停滞や依存傾向は二次性神経症化と考え4月退院としたが,自宅にこもる生活だった.X+2年3月から焦燥感,易怒性が出現し次第に悪化.Milnacipranを175 mgに増量,lithium 300 mgを追加したところ,約1ヶ月で気分・意欲が格段に向上,会社にも顔を出すまでになった.

【倫理的配慮】両剤の投与にあたっては,通常の使用の範囲を越える高用量,適用であることを患者および家族に説明し,副作用についても十分に留意しながら経過観察をする旨を伝え,同意を得た.

【考察】当科では,milnacipranの標準用量で無効な症例に対し,90〜150 mgの高用量を投与し目立った副作用なく改善した例を多く経験しており,今回はいずれも重症例であることから,17 mg〜200 mgまで増量した.効果が十分ではないため,さらにlithiumを併用し短期間で寛解を得た.Lithiumのmilnacipranへのaugmentation therapyはまだ評価が定まっていないが,三環系抗うつ薬,SSRIなどへと同様,効果的であることが示唆された.

 

痴呆に伴う抑うつ状態に対してmilnacipranが有効であった2症例

田端一基,山口一豪,阪本一剛,高田利弘,高崎英気
石本隆広,石丸雄二,布村明彦,千葉  茂

旭川医科大学医学部精神医学講座

TG6-05

【はじめに】痴呆の行動心理学的症候(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia,BPSD)として抑うつ状態は頻度が高い症候の一つである.今回我々は,アルツハイマー病1例,血管性痴呆1例にSNRIであるmilnacipranを使用し,抑うつ状態の改善が認められたので報告する.

【症例提示】
[症例1 ] アルツハイマー病,89歳,男性.既往疾患として虚血性心疾患,前立腺肥大がある.X年8月不眠で初診.X+2年頃から記銘障害,失見当識が出現し,X+5年4月にはHDS-R 8点であった.X+6年10月頃より,デイサービスに行かない,テレビをみない,発語が減るなどの自発性低下が出現し,「生きていてもしかたがない」という陳述が認められた.食欲低下も認められた.当初SSRIであるfluvoxamineを1日量 50 mgで,あるいはparoxetineを1日量 10 mgで治療を行ったが,副作用として眠気,食欲低下が出現したため中断した.milnacipranに置換し,1日量 30 mgで治療を行ったところ約2週間で抑うつ状態は改善した.
[症例2 ] 血管性痴呆(多発梗塞性痴呆),85歳,男性.既往疾患として高血圧がある.X年春頃よりそれまで活発に参加していた町内会,老人会にも関心を示さなくなるなど自発性低下を認め,軽度記銘力障害,めまいも出現した.同年夏に,帯状疱疹で入院加療を受けた頃からさらに自発性低下が強まった.同年10月当科を初診し,当初,SSRIであるparoxetineを1日量10 mgで,あるいはfluvoxamineを1日量50 mgで治療を行ったが,眠気,食欲低下の出現のため中断した.milnacipran に置換し,1日量30 mgで治療を行ったところ約2週間で抑うつ状態は改善した.

【倫理的配慮】本報告に関しては,匿名性の保持および個人情報の流出防止に充分に配慮した.本学会での発表に際して本人および家族の了承を得ている.

【考察】痴呆患者の抑うつ状態に,従来の三環系・四環系抗うつ薬を充分量投与することは,副作用の出現から困難なことが多い.また,症例1および2のようにSSRIを用いても副作用が出現,投与中断に至る場合がある.一方,今回呈示した2症例で,SNRIであるmilnacipranは低用量で短期間のうちに効果が発現し,副作用の発現もみられなかった.以上のことから,痴呆の抑うつ状態の治療において,milnacipranは試みる価値のある薬剤であると考えられた.

 

アルツハイマー病にみられる抑うつ状態に対する
ミルナシプランの効果

水上勝義,朝田  隆

筑波大学臨床医学系精神医学

TG6-06

【目的】アルツハイマー病(AD)ではしばしば抑うつ状態が認められる.しかし抗うつ薬を用いた薬物療法の際に,抗コリン作用をはじめとする副作用により治療が困難となる場合も少なくない.ミルナシプランは本邦で使用可能な唯一のセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(SNRI)であり,高齢者のうつ状態に対する有効性が報告されている.今回AD患者にみられた大うつ病エピソードに対してミルナシプランによる治療を試み,有効性を得たので報告する.

【方法】対象は,ADの経過中に大うつ病エピソードを認めた11例(男性2例,女性9例,平均年齢75.2歳,HAM-D 19.8,MMSE 19.4)である.ミルナシプランは原則 30 mg/dayから開始し,症状に応じ増減した.評価期間は12週間とした.ミルナシプラン以外の治療薬については期間中は変更しなかった.ミルナシプラン投与前後に,抑うつ状態をHAM-D17,認知機能をMMSE,機能尺度としてGAF尺度を用いて評価し,更に主治医による改善度評価を行った.

【倫理的配慮】本研究の主旨に対して説明した上で患者あるいは家族から文書による同意を得た.

【結果】ミルナシプランの開始時用量は,15 mgが4例,30 mgが7例で,うち8例は増量され,最大用量は平均41.4 mg(max 75 mg)であった.11例のうち3例は中止となった.その理由は症状寛解,有害事象,患者来院せずが各1例であった.HAM-D得点は最終評価時平均 6.3 点と,投与前と比較し有意に減少した.HAM-D 7点以下となった著効例が11例中8例と高率にみられた.MMSE得点は,投与前後で著変はなく,ミルナシプランの認知機能に対する影響は認められなかった.GAF得点も投与後に著明に改善した.副作用は11例中3例にみられいずれも軽微であり,中止もしくは減量により回復した.

【考察】ミルナシプランは,ADの大うつ病エピソードに対して,比較的低用量で一定の効果があることが示唆された.また副作用も軽微で,認知機能への影響は見られず,安全に使用できる薬剤と考えられた. 

 

老年期と青・壮年期のMajor Depressive Episode 
に対するmilnacipranの十分量の検討

奥村和夫

天理よろづ相談所病院精神神経科

TG6-07

【目的】いわゆるserotonin and noradrenalin reuptake inhibitorsのひとつであるmilnacipran(MIL)の,外来うつ病に対する,老年期(初老期を含む)と青・壮年期でのいわゆる「十分量」について臨床の立場から検討する.

【方法】天理よろづ相談所病院精神科(以下,当科)外来を受診した大うつ病患者について,治療薬としてのmilnacipranの至適用量を調査した.対象はMajor Depressive Disorderと診断(DSM-W)され,informed consentにより効果不十分の場合,150 mg/dayまでmilnacipranを漸増することについて同意を得られた症例である.対象について,性別,年齢,罹病期間,使用されたmilnacipranの投与量等を調査した.

【倫理的配慮】milnacipran投与および学術報告についてはinformed consentを得ている.

【結果】全体の初診時平均年齢は44.4歳(29-69歳),最終的にmilnacipranを 150 mg/day まで投与した症例は15例で,結果として15例とも寛解または完全寛解が得られた.寛解後1年以上にわたり副作用の発現もなく,症状の再発も認めていない.

【考察】現在milnacipranについてはまだまだ臨床研究が少なく,また,150 mg/day 投与の有効性についてはほとんど検討がなされていないのが現状である.今回の結果からは,初老期・老年期の場合においても,青・壮年期と同様に有害事象を認めることなく寛解に至っており,Major Deprossive Episodeに対しては,150 mg/day までのmilnacipranの漸増の必要性が示唆されるが,今後さらなる検討を要すると思われる.