塩酸ドネペジルの投与により2年間進行を認めなかった |
太田豊作,中村 祐,森川将行,中川康司,岸本年史 |
TG6-01 |
【はじめに】現在,我が国においては塩酸ドネペジルがアルツハイマー型痴呆に対して唯一適応をもつ薬剤である.しかし,アルツハイマー型痴呆はheterogeneousな疾患単位であるが,塩酸ドネペジルがどのような病態を呈するアルツハイマー型痴呆に対して有効であるかについての報告は少ない.今回,我々は塩酸ドネペジルがアルツハイマー型痴呆の進行を2年間に渡り抑制した2例を経験したので報告する. 【症例提示】症例1:73歳女性.主訴:生年月日が言えない.物忘れが激しい.既往歴:慢性硬膜下血腫(X年6月,転倒による).合併症:高血圧,高脂血症.家族歴:特記事項なし.生活歴:高等女学校を卒業.結婚後は専業主婦.現病歴:X−1年4月,旅先で部屋を間違え,他人の部屋の前で長時間待つことがあった.X−1年11月,孫の顔を忘れ,生年月日も言えなくなっていた.X年12月物忘れが強いため当科受診となった.初診時所見:意識清明.MMSE:9点,HDS-R:4点.X+1年1月MRI,SPECT施行.両側側頭葉,両側海馬の萎縮が強く認められ,両側側頭葉で著明な血流の低下を認めた.経過:X+1年2月から塩酸ドネペジル投与開始.X+2年2月とX+3年6月にSIB-J施行したが,全く悪化はみられず.X+2年2月にMRI,SPECT施行したが,双方共に明らかな変化はみられず.症例2:91歳女性.主訴:物忘れが激しい.既往歴:なし.合併症:高血圧.生活歴:結婚以来家業を70歳まで手伝っていた.現病歴:X年4月頃から「お金をなくした」,自分のことを「ボケてるアホや」というようになり,物忘れが激しくなった.X年8月無気力となり,「のれん」を体に巻きつけようとした.食事の時にラップを茶碗からおかずにかぶせ直し,また逆にと奇行を認めたため,当科受診となった.初診時所見:意識清明.HDS-R:16点.X年8月MRI,SPECT施行.右前頭葉の萎縮,両側側頭葉,両側海馬の萎縮が強く認められ,両側側頭葉で著明な血流の低下を認めた.X年10月から塩酸ドネペジル投与開始.X+2年7月MRI,SPECT施行.右前頭葉,両側側頭葉の萎縮の進行が認められた.萎縮の進行に伴う血流低下がみられたが,側頭葉の血流低下に関しては大きな変化は見られなかった.X+2年9月HDS-R:16点であり,活動性は維持されていた. 【倫理的配慮】アルツハイマー型痴呆を適応症として塩酸ドネペジルを投与し,詳細に経過を観察した. 【考察】アルツハイマー型痴呆患者において,塩酸ドネペジルの投与により2年間進行が抑制された2症例を経験した.これらの症例では,両側側頭葉,両側海馬の萎縮が強く認められ,両側側頭葉で著明な血流の低下を認めた点が共通する所見であった.これらの症例から,主に両側側頭葉に強い病変を認めるアルツハイマー型痴呆において塩酸ドネペジルが有効であることが示唆された. |
アルツハイマー病治療における塩酸ドネペジルの |
熊谷 亮,市川 彩,菊地祐子,山科 満,一宮洋介 |
TG6-02 |
【目的】塩酸ドネペジルは日本ではアルツハイマー病に対し1999年11月から認可されるようになった薬剤である.今回我々アルツハイマー病と診断され塩酸ドネペジルを処方された症例に対してその長期予後を調査,検討した. 【方法】順天堂浦安病院メンタルクリニック外来を受診しアルツハイマー病と診断され,塩酸ドネペジルを処方された患者60名に対し,投与期間,痴呆の程度の変化を経時的に調査した.痴呆の程度については長谷川式簡易痴呆スケールの得点で評価した.また,併せてアポリポ蛋白E遺伝子型,発症年齢,合併症を調査した. 【倫理的配慮】本研究は当院倫理委員会の承認を得た上で行われた. 【結果】塩酸ドネペジルの効果は痴呆の進行を抑制する形で発現された例が多く認められたが,アポリポ蛋白E遺伝子型のうちε4保有者には無効例が目立った.また,痴呆症状の改善または進行の抑制が認められても,1年後にはほぼ総ての症例で痴呆症状の進行が認められた. 【考察】塩酸ドネペジルの効果は痴呆症状進行の抑制として発現されることが多く認められたが,その効果は臨床上約1年と考えられた. 当日はより症例数を増やし,また治療効果とアポリポ蛋白E遺伝子型の関係についても検討する. |
幻覚・妄想に対し電気けいれん療法と塩酸ドネペジルで |
橋本 学,山本二郎,亀田正志,土屋 健,渡辺義文 |
TG6-03 |
【はじめに】著しい幻覚・妄想状態を呈した変性性痴呆2症例(アルツハイマー型痴呆(AD)1例,レビー小体型痴呆(DLB)1例)に対して,主として全身麻酔下での電気けいれん療法(ECT)と塩酸ドネペジルを用いて治療を行った.しかしながら,これら2例では治療に対する反応性が大きく異なっていた.これらの症例について若干の考察を加えて報告する. 【症例提示】 〈症例1〉 77歳,女性.X−4年頃,アルツハイマー型痴呆を発症し,近年ではデイサービスに自宅からバスで通う生活をしていた.X−1年10月頃から,「太鼓の音がする」「男の声がする」という幻聴や「自分は癌で入院しなければならない」「犬神がついている」という妄想が出現した.同年11月には「家が爆発する」と言って興奮し,家族を家から追い出そうとしたため,精神科病院に緊急入院となった.12月に当院に転院し,塩酸ドネペジルを投与したが効果はなかった. BPSDに対して非定型抗精神病薬によって治療したが,効果に乏しく,EPS出現も顕著となったため,X年1月からECTによって治療した.6回施行した時点で幻覚・妄想はかなり消退し,日常生活に大きな支障を来さない程度となった. 〈症例2〉 症例は75歳女性.被害妄想,不穏,自殺企図が認められ,X−1年9月当院に入院となった.当初,BPSDに対して抗精神病薬を用いて治療を開始したが,抗精神病薬の副作用と考えられる抗利尿ホルモン分泌不適合症候群(SIADH)が度々出現し,薬剤を十分量用いて治療できなかったためECTを行った.ECTを3回終了した時点で妄想・不穏は一旦沈静化したが,反復して生々しい幻視が出現するようになり,誤認妄想・被害妄想が顕著となり,この時点でprobable DLBと診断した.ECTを合計9回行ったが症状改善乏しかった.その後,塩酸ドネペジルを用いて治療したところ,比較的急速にBPSDは沈静化した.いずれの症例においても,ECTに伴う重篤な認知機能の悪化は認められなかった. 【倫理的配慮】発表にあたっては,家族に説明し同意を得た.また,要旨に関係のない範囲で個人情報の変更を行った. 【考察】痴呆性疾患に伴う幻覚・妄想・興奮などでは薬物不耐性の症例も少なくない.そのような症例ではECTは考慮されるべき有効な治療法であると考えられた.また症例2では幻覚・妄想に対してECTよりも塩酸ドネペジルの方が効果的であった.この2症例の治療反応性の相違が,ADとDLBの病態生理の相違という疾患特異性に起因するものか,単なる症例による相違かは判断できないが,AD,DLBの病態やECTの作用機序を考える上で興味深い症例ではないかと考えられた. |