第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月16日(木) ホールB5(2)

MCI 1

 

 

軽度認知障害スクリーニングの試み
― Short Test of Mental Statusの有用性 ―

木村武実,林田秀樹

東家病院

TB2-01

【目的】Petersenらにより提唱された「軽度認知障害(MCI)」は認知症(痴呆)予備群と考えられており,この段階での早期診断のニーズは高い.2003年,Petersenらは,このスクリーニングの一手法としてShort Test of Mental Status(STMS)を開発し,MCI診断上,STMSがMini-Mental State Examination(MMSE)より優れていると報告した.そこで,我々はSTMS日本語版(STMS-J)を作成しMCIのスクリーニングに関する有用性を検討した.

【方法】当院の「もの忘れ外来」を受診した患者53名(男性10名,女性43名,54-86歳,平均74.9±6.8歳)を対象とし,病歴聴取,神経精神医学的診察,血液検査,神経心理学的検査(MMSE,Clinical Dementia Rating,Wechsler Memory Scale-Revision logical memory,STMS-J),画像検査などの結果により臨床診断を行った.一方,講演会に自ら予約して参加した中からボランティア59名(13名,46名,60−82歳,68.9±6.3歳)を健常群として募り,STMS-Jを施行し,患者群と健常群とのSTMS-J得点を比較した.統計学的解析にあたっては,多群間の比較に共分散分析による一元配置分散分析法を行い,多重比較にScheffe検定を用いた.

【倫理的配慮】対象者には本研究の趣旨を説明して,本人の同意を得た.なお,対象者の同意能力に問題がある場合は家族に同意を求めた.

【結果】臨床診断の結果,患者群の内訳は,MCI 21名,アルツハイマー病18名,前頭側頭型痴呆7名,脳血管性痴呆5名,レビー小体型痴呆2名であった.そこで,MCIのスクリーニングという目的に合わせ,患者群をさらにMCI群と認知症群とに下位分類した.STMS-J得点は,健常群が34.4±1.9点,MCI群が24.4±3.6点,認知症群が16.2±8.3点であり,MCI群は健常群に比べ有意に低値(p<0.0001)を,認知症群に比べ有意に高値(p<0.0001)を示した.STMS-Jにおける健常群とMCI群のcut off値を30/31とすると,感度は90.1%,特異度は98.3%であった.また,同様に患者群全体ではcut off値を30/31とすると,それぞれ96.2%,98.3%であった.

【考察】我々は,MCIスクリーニングのためDelayed Recall and Time Orientation Toolを考案し第18回本学会で発表したが,ほとんど反響はなかった.そこで,Petersenのグループが開発したSTMSに着目した.STMS-Jは,約10分間で誰でも簡単に施行できる.本調査によれば,MCI群に対する診断上の感度・特異度は90%以上,患者群全体では95%以上であり,STMS-Jの精度の高さが示唆された.以上より,STMS-JはMCIをスクリーニングする上で有用であると考えられた.

 

MCIの査定に使用される記憶検査結果の
一致率の検討
― 利根町研究 ―

児玉千稲1),木之下徹2),山下典生3),宮本美佐3),朝田  隆4)

1) 国立精神・神経センター武蔵病院,2) こだまクリニック
3) 筑波大学人間総合科学研究科,4) 筑波大学臨床医学系精神医学

TB2-02

【目的】mild cognitive impairment(MCI)の診断基準のひとつに,「年齢,教育年数に比して記憶力が低下している(健常平均-1.5SD程度)」という基準がある.しかし,この記憶の査定においては一定の記憶検査法が指定されているわけではないため,研究者によって使用する検査が異なっているという問題がある.今回は,異なる6つの検査法によるMCIの判定がどの程度一致するのかについて探索的に検討を行った.

【方法】利根町研究に参加した茨城県利根町に居住する65歳以上の高齢者のうち,32単語カテゴリーヒント後再生,32単語自由再生,32単語再認,WMS-R論理再生T,WMS-R論理再生U,3単語遅延再生の6つの記憶検査を受けた759名を対象とした.759名のうち,各検査において年齢,性別,教育年数をあわせた健常平均からそれぞれ1SD以上,1.5SD以上の低下が認められた人数を集計した.ただし,3単語遅延再生は,2単語以上再生不可であった人数を集計した.

【倫理的配慮】対象者から書面によるインフォームドコンセントを得た.また,本研究は筑波大学医倫理委員会の承認を受けて行った.

【結果】健常平均から1 SD以上の低下が認められた人数を集計した結果,6検査すべてにおいて低下が認められた人数は15名,5検査では14名,4検査26名,3検査37名,2検査99名,1検査のみは144名であった.1.5SD以上の低下が認められた人数においても同様の傾向が見られ,1SD,1.5SDのどちらで切ったときにも1検査のみで障害が認められる人が最も多かった.また,1検査のみで平均から1SD以上の低下が認められた人数を検査ごとに集計した結果,32単語カテゴリーヒント後再生では18名,32単語自由再生では34名,32単語再認で15名,WMS-R論理再生Tで18名,WMS-R論理再生Uで20名,3単語遅延再生で39名であり,人数にばらつきが見られた.1.5SD以上の低下が認められた人数においても同様にばらつきが認められた.

【考察】各検査において記憶障害が認められた人数を集計した結果,ある1つの検査で記憶に障害が認められるが,その他の検査では正常範囲内を保っているという人が最も多いことが示された.また,同一集団においても,使用する検査によってMCIと判定される対象者が異なる可能性があることも示唆された.以上,MCIの判定に用いるテストの問題点を示した.今後の縦断的調査によって痴呆へ進行する者を高い精度で予測できる検査やその組み合わせを検討することが不可欠と考える. 

 

軽度認知障害(MCI)における主観的記憶低下の問題
― IPA専門委員会の報告 ―

目黒謙一1),橋本竜作1),李  恩朱1),伊藤朋子1),赤沼恭子1)
目黒光恵2),糟谷昌志3),石井  洋1),山口  智2),森  悦朗1)

1) 東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学
2) 田尻町スキップセンタ−国保診療所,3) 宮城大学事業構想学部

TB2-03

【目的】1)本年1月に開催された国際老年精神医学会(IPA)MCI専門委員会の報告と,2)演者が報告したMCIにおける主観的記憶低下の問題に関する報告

【方法】
1)IPA専門委員会の報告
2)田尻プロジェクト:2003年施行の発症率調査において,CDR 0.5と判定された高齢者40名の主観的記憶低下を生活健忘チェックリスト(Wilsonほか,1989)および田尻式質問表(Meguroほか,2004)で評価し,神経心理検査所見ならびに抑うつ尺度との関連を検討.

【倫理的配慮】
1)問題なし
2)文書による同意
研究発表については,文書による同意を得た.

【結果】
1)MCIの概念についていまだ一致せず.即ちMCIを独立した群としてその下位分類を検討するか(Petersenら),様々な神経疾患の最軽度状態として把握するか(Duboisら)議論中.神経心理学的に遅延再生と遂行機能の両者が低下しているMCI群がより痴呆に移行しやすいこと,行動異常として感情障害(抑うつ状態)と無為無関心(apathy)が多いことが確認された.痴呆への移行を予防する薬物療法の結果も集約.
2)CDR 0.5群の中に主観的記憶低下を示す群と示さない群が存在し,前者はさらに家族の認識とずれる病態失認型と,それほどずれない自己認識型が認められ,それぞれエピソード記憶障害およびコミュニケーション障害に関する質問で顕著であった.主観的記憶低下は神経心理所見とは関連せず,抑うつ尺度と関連した.

【考察】MCIの概念について今後の議論が必要.MCIの診断の妥当性は同時的妥当性ではなく,痴呆への移行に関する予測妥当性が重要であるが,痴呆の発症率調査に基づくEBMは少ない.主観的記憶低下に関して委員会ではMemory Clinicの結果と疫学調査の結果の差異について議論.神経心理検査との関連がないことは合意.