第20回日本老年精神医学会大会プログラム

 6月16日(木) ホールB5(1)

運  動

 

 

MCIと健常高齢者の運動能力について
― 利根町研究 ―

加藤守匡1),坂巻裕史2),本山輝幸2),朝田  隆3),征矢英昭2)

1) 山形県立米沢女子短期大学,
2) 筑波大学大学院人間総合科学研究科運動生化学研究室,
3) 筑波大学臨床医学系精神医学

TB1-05

【目的】アルツハイマー型痴呆(AD)発症者は目的物に対するアプローチ遅延,歩行能力の低下,転倒及び怪我の増大といった運動能力の低下を示す.健常高齢者も認知機能低下が運動能力低下に関連することが示唆されており,我々も茨城県利根町における調査から確認している.MCIは,ADへの移行段階であるが,このMCIの運動能力が健常高齢者より低値を示すかどうかは明らかでない.本研究はMCIと年齢,性別,教育歴を整えた健常高齢者との運動能力について検討した.

【方法】茨城県利根町在住の65歳以上の全高齢者2732名のうち本調査へ参加した1896名を対象とし,認知機能及び体力テストを実施した357名の内のMCI 16名(男性7名,女性9名),健常高齢者16名(男性7名,女性9名)を最終的な対象とした.認知機能は,5領域(注意,記憶,視空間,言語,類推)の認知機能が測定可能なファイブコグテストを実施し,記憶のみ1SD以上の低下を示した者をMCIと判定した.体力は,筋力,有酸素能力,反応時間,平衡性,身体活動量を測定した.身体活動量は,加速度センサー付き歩数計(Calorie Counter e-style,スズケン)を1週間装着し4秒毎に算出される数値から1週間分の平均身体活動量を求めた.

【倫理的配慮】本研究は,筑波大学倫理委員会の承諾を得ており,実施に際しては書面により同意を得た後に実施した.

【結果】MCI群の平均脚筋力値は72.1±9.61 Nm,体重当たりでは1.18±0.12 Nm/kgであり,Normal群は72.0±6.92 Nm,体重当たり1.19±0.10 Nm/kgであった.有酸素能力は,MCI群が23.1±3.14 ml/kg/minであり,Normal群は21.9±1.15 ml/kg/minであった.単純反応時間はMCI群は0.283±0.010 msec,Normal群は0.267±0.009 msecであり,選択反応時間はMCI群は0.412±0.009 msec,Normal群は0.409±0.021 msecであった.開眼時の重心動揺単位時間軌跡長は,MCI群が37.14±1.47 mm/s,Normal群が35.09±1.20 mm/sであり,閉眼時ではMCI群が41.12±1.51 mm/s,Normal群が43.06±1.86 mm/sであった.身体活動量は,MCI群は1535.9±54.6 kcal/day,Normal群が1719.2±71.7 kcal/dayであった.いずれの測定項目も有意差は認められなかった.

【考察】MCI群の運動能力は健常高齢者群と違いは認めらなかった.しかし,日常の身体活動量は有意差が認められないものの,MCI群の方が健常高齢者に比較して低値を示す傾向があり(P=0.056),MCIの特徴を表す指標となりえる可能性が示唆された.AD移行に際しての認知機能低下と体力低下は同時期に発生せず,認知機能低下が先に生じる可能性が示唆された.

 

高齢者の記憶力改善に及ぼす軽運動の効果
― 利根町研究 ―

征矢英昭1),加藤守匡2),坂巻裕史1),本山輝幸1),朝田  隆3)

1) 筑波大学大学院人間総合科学研究科運動生化学研究室
2) 山形県立米沢女子短期大学,3) 筑波大学臨床医学系精神医学

TB1-06

【目的】加齢に伴い骨・筋などの運動器系の退行は,あらゆる運動能力の低下を招き,最大筋力や最大パワーの低下,さらには日常の身体活動量も低下させる.しかし,こうした加齢に伴う体力低下やストレス増大が高齢者の認知機能の低下とどう関係するのかは不明である.本研究では,縦断的調査から体力や運動習慣などが認知機能にどのような影響を及ぼすかを検証する.

【方法】茨城県利根町在住の65歳以上の全高齢者2732名のうち本調査へ参加した1896名を対象とし,認知機能の測定結果が得られた1171名の中から,運動介入へ参加した357名を最終対象とした.運動介入は,自宅プログラムと地域コニュニティでの運動プログラムを実施した.自宅プログラムは,個人毎に配布したノートに軽運動の実施時間及び日常の活動状況を記載させた.地域コニュニティでの運動プログラムは,ボール運動,軽運動を中心とした内容を1回1時間を月6回実施した.各被験者は,個人特性として年齢,性別,教育歴,身体活動量,尿中コルチゾール,形態として身長,体重,BMI,運動能力として筋力,有酸素能力,反応時間,平衡性を測定した.また,認知機能は5領域(注意,記憶,視空間,言語,類推)の認知機能が測定可能なファイブコグテストを実施した.

【倫理的配慮】本研究は,筑波大学倫理委員会の承諾を得ており,実施に際しては書面により同意を得た後に実施した.

【結果】一年間の運動介入により記憶機能に有意な改善が認められた.体力要素は筋力が平均8.7%,有酸素能力が平均11.1%と有意な増大を示した.反応時間は,単純反応時間が0.279±0.003 secから0.264±0.003 secへと選択反応時間が0.426±0.006 secから0.379±0.005 secへといずれも有意な改善が認められた.記憶改善に関連した項目は軽運動の実施量であり,両者に有意な正の相関関係が認められた.

【考察】運動介入により体力改善と共に認知機能にも改善が認められた.痴呆関連深いとされる記憶力の改善は興味深い結果であり,軽運動の実施量と正の相関関係が認められた.今回の介入調査で用いた軽運動は,多チャンネル式近赤外線分光法装置(光トポグラフィ)から前頭前野の活性化を高めることが確認している. 加齢に伴う前頭葉の機能低下は著しく,こうした前頭前野を高める軽運動が記憶力の改善に貢献したと推察される.