【目的】軽度および中等度のアルツハイマー型痴呆(DAT)の認知機能障害に対する塩酸ドネペジル(DPZ)の臨床的有効性に関し,ADAS-cogを用いて投与後38週までの改善が実証されている.しかし認知機能障害の中のどの領域が改善されるかについては十分検討されていない.今回,DPZによるDATの認知機能障害に対する治療効果の特徴について日本版ウェクスラー成人知能検査改訂版(WAIS-R)の評価点の推移をもとに検討した.
【対象と方法】NINCDS-ADRDAの診断基準にてprobable Alzheimer,s diseaseの基準を満たすDATで痴呆の重症度がCDR1(軽度)または2(中等度)の外来患者100名を対象とした.その内訳はDPZを投与していた群(D)39名およびDPZが発売される以前に経過観察していた対照群(C)61名である.WAIS-RをDではDPZ投与開始時と投与10か月後に,CではDAT診断時とその10か月後に施行した.DPZは開始後2週間まで1日3 mg,以後5 mgを継続投与した.
【結果】性別(D:男13;女26,C:男21;女40),教育年数(D:10.7±3.5,C:10.2±3.3),発症年齢(D:70.5±8.8,C:68.7±8.6),投与開始時のDと診断時のCの年齢(D:74.2±7.7,C:72.8±8),痴呆の重症度(D:軽度24;中等度15,C:軽度37;中等度24),MMSE得点(D:17.3±4.7,C:19±5.2),BPSDの出現(D:13,C:30),向精神薬の併用(D:8,C:22),リハビリテーションの実施(D:16,C:26)に関してはDとCの間に有意差はなかった.またDの投与開始時とCの診断時のWAIS-Rの言語性検査とその下位検査,動作性検査とその下位検査,全検査のそれぞれの評価点に関してもDとCの間に有意差はなかった.Dの投与開始時の評価点から10か月後の評価点を引いた値とCの診断時の評価点から10か月後の評価点を引いた値に関して知識,数唱,算数,理解,絵画完成,積木模様,符号の下位検査ではDとCの間に有意差はなかったが,言語性検査(D:2.6±5.6,C:6.4±5.6)と単語(D:0.2±1,C:1.2±1.7),類似(D:0.1±1.8,C:0.9±1.3)の下位検査,動作性検査(D:3.8±8.9,C:7.8±6.4)と絵画配列(D:0.5±2.6,C:1.7±2),組合せ(D:0±2,C:0.9±1.6)の下位検査,全検査(D:3.5±6.9,C:7.6±5.4)のそれぞれでDがCに比べ有意(有意水準5%,t検定)に低い値を示した.
【考察】今回のWAIS-Rの評価ではDPZによるDATの認知機能障害に対する改善効果はみられなかった.しかしDPZはWAIS-Rの単語,類似,絵画配列,組合せの下位検査項目で有意に悪化を抑制していた.これらの課題は実行機能に含まれる抽象思考や概念形成に関する指標と考えられ,DPZはDATの認知機能障害の中でも実行機能の障害に対して進行抑制作用をもつことが示唆された.
|