塩酸ドネぺジルは,アルツハイマー病に対する認知機能障害の改善のみならず,behavioral and psychological symptoms of dementia(BPSD)とよばれる,さまざまな精神症状や異常行動に対する有効性も報告されている.今回,われわれは遷延したせん妄に対して塩酸ドネぺジルが著効したアルツハイマー病の1例を経験したので報告する.
【症例】86歳,女性.数年前から軽度の物忘れがみられたが,日常生活に支障はなかった.平成14年2月(86歳),明らかな誘因なく夜間の頻尿が出現してきた数日後から,不眠と日中の眠気が出現するようになった.何度もトイレに行くものの排尿のないことが多く,しだいにつじつまの合わない言動が認められるようになった.たとえば,なにも落ちていない床からゴミを拾うような仕草や,縫い物をするような動作がみられたり,日付や時刻をまちがえるようになった.また,夜間に虫が見えると訴えたり,精神運動興奮を呈するようになったため,同年4月4日に当科に入院した.入院後も睡眠覚醒リズムの障害は持続した.夜間は幻視や衣服の着脱行為,精神運動興奮が出現した.日中もほとんど入眠せず,注意障害,見当識障害,および思考散乱が認められた.脳MRI検査では全般性の大脳皮質萎縮,側脳室の高度の拡大がみられ,SPECT検査でも全般性の脳血流低下が認められた.日中に施行した脳波検査では,安静時には基礎律動は約8 Hzと遅く,徐波化と入眠傾向が認められ,不穏時には約9 Hzの活動に約6 Hzの徐波が混入する脳波所見と急速眼球運動が認められた.薬物療法としてベンゾジアゼピン系睡眠薬,抗精神病薬,四環系抗うつ薬を使用したところ,逆に精神運動興奮が増強した.そこで,同年5月19日より塩酸ドネぺジルを3 mg/日にて開始し,1週間後に5 mg/日に増量したところ,徐々に精神運動興奮や幻視,頻尿は消失し,睡眠覚醒リズムも改善した.
【結語】せん妄の病因は多因子であり,その病態生理には不明な点が多く,合理的治療法はいまだに確立されていない.せん妄における神経化学的要因のひとつとして,アセチルコリン系の機能障害が考えられており,脳内アセチルコリン濃度を上昇させる塩酸ドネぺジルは,せん妄に対する治療薬としても考慮すべき薬剤であると考えられた.
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