第18回日本老年精神医学会 演題抄録

 

U2−89

痴呆性疾患の診療におけるビタミンB1の意義

国立療養所中部病院精神科 谷向 知
【はじめに】ビタミンB1の低下/欠乏はWernicke脳症の原因でありWernicke-Korsakoff症候群である記銘力低下・見当識障害・作話,いわゆる痴呆を引き起こすことが古くから知られている.最近はアルコール大量飲酒する人ばかりでなく,摂食不良の高齢者や,悪性腫瘍などにより胃切除を行った人などでもビタミンB1低下が起こり,Wernicke-Korsakoff症候群に至った症例の報告がみられる.
 一方,痴呆性疾患の診断には,問診や認知機能検査,画像検査ばかりではなく,鑑別のために生化学的検査が実施されている.しかし,甲状腺ホルモン,ビタミンB12,葉酸などがエビデンスとして痴呆性疾患鑑別のための検査として考えられているのに対し,ビタミンB1に関するエビデンスは多くない.
 われわれが経験した,ビタミンB1値が正常であるにもかかわらず認知機能障害を認め,ビタミンB1の補充により認知機能の改善や脳血流の改善がみられた症例をとおして,痴呆性疾患の診療におけるビタミンB1の位置づけについて考えてみたい.


【症例1】72歳,女性(右利き,教育歴10年)
 X-10年程前から朝覚醒時「枕元に人が立っている」「子どもが来ている」といった幻視の訴えが時々みられた.X-5年前に血小板減少症で入院した際にも「子どもが来ている」「女性が来ている」など激しい幻視の訴えがみられた.近所との人間関係のトラブルがあり転居するが,その後トイレの位置がなかなか覚えられなかった.X年,幻視様の訴えが激しくなり,調子の変動が激しい,よろける・転倒も認められるようになった.人物誤認,着衣失行なども変動性で認められたため当院受診.初診時MMSE 16(見当識-8,serial7-2,再生-3,構成-1)ビタミンB1 22 ng/dl(20-50)であった.レビー小体を伴う痴呆を疑い,入院精査を行ったが診断基準を満たさなかったために,ビタミンB1を投与したところ,認知機能の低下は認めるものの,その変動は減少し脳血流の改善を認めた.


【症例2】Y-1年,気分不良で寝込むことがあり近医にてCT,MRI施行するも異常なし.その1か月後にも同様な症状で別の病院で再度検査を受けT2Wで白質の高信号域の拡大とlacuna梗塞を指摘された.また同時期より精神的な不安定と食思低下などから抗うつ薬,抗不安薬の投与を受けた.Y年,服薬の自己管理ができなくなり,物忘れが多くなり,同じことを繰り返す,やる気がないといった症状が出現.半年後には「目が見えにくい」と訴えるようになり目の前に置かないと食ことが食べられなくなってきた.半年後には,浴室のお湯の出し方,カラム/シャワーの切り替え,リモコン操作,炊飯器でお米を炊くなどもできなくなってきたために受診.初診時MMSE 19(見当識-2,注意・計算-4,再生-3,書字-1,構成-1),ビタミンB1 20(20-50).アルツハイマー型痴呆を疑い精査入院を行った.入院後より部屋を覚えることが可能であり,臨床像が典型的なprobable ADとは考えにくいため,ビタミンB1の内服を開始したところ認知機能の改善を認めた.


【考察】典型的なWernicke-Korsakoff症候群でなく,何らかの認知機能の低下を認め,既存の痴呆症の診断基準に合致しない症例を経験することは少なくない.これらの症例をとおして,飲酒歴,胃切除歴,摂食状況などに関係なくビタミンB1を測定し,正常下限の値であれば,その投与を検討する余地があると考えられた.

2003/06/18


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