進行麻痺はTreponema pallidumによる初発感染から10〜20年を経て発症し,適切な治療を行わないと,痴呆から荒廃状態に至る疾患である.抗生物質の普及に伴いその発症は激減しているものの,最近でも散発的に症例を経験する.今回,われわれは神経徴候や身体所見を欠き,当初アルツハイマー型痴呆と診断された進行麻痺の一例を経験し,経時的に神経心理学的検査とSPECTによる評価を行ったので報告する.
【症例】59歳 男性
【現病歴】生来健康.平成14年3月ころより徐々に健忘が出現し,火を付けっ放しにしたり,妻の入院した病院の面会時間を忘れたりすることがあった.また,易怒的となり,TVにも関心を示さなくなってきた.平成14年5月,A病院神経科を受診.アルツハイマー型痴呆の診断のもと,塩酸ドネペジルを処方されたが改善せず,同年6月に当院精神科を紹介受診となった.初診時,長谷川式痴呆評価スケール改訂版で16点.血液でTPHA>20480,ワ氏強陽性のため,進行麻痺が疑われ,7月に入院となった.
【入院後経過】7月より8月にかけてペニシリン大量療法(1800万単位/日,14日間)を2クール施行した.入院時,著明な発動性低下と臥床傾向を認める一方,多幸的で一時軽躁・多動であったが,その後しだいに安定した.日中も読書やTV鑑賞を楽しむようになり,10月上旬に軽快退院した.駆梅に伴い,髄液の細胞数と蛋白の減少が認められ,IgM抗体も陰性化した.入院時の頭部MRIでは大脳の全般性萎縮を認めたが,その後も経時的変化はみられなかった.脳波では入院時に徐波が目立ったが,徐々に改善し,退院時には正常範囲となった.
【神経心理学的検査】2クールの駆梅療法の前(6〜7月)と後(9〜10月)の神経心理学的検査所見の変化を示す.(知的機能)MMSE:21→25.WAIS-R言語性IQ:実施せず→84,動作性IQ:実施せず→88.(注意)WMS-R注意/集中力:76→95.「3」抹消:148秒→101秒,「か」抹消:198秒→148秒.(記憶)WMS-R言語性記憶:64→61,視覚性記憶:59→84,遅延再生:scale
out→55.(前頭葉機能)慶應版WCSTカテゴリー達成数:2→4,保続性誤り:13→6.Trail
Making Test A:173秒→138秒,B:施行不能→226秒.語の流暢性 語頭音:9語→16語.
【脳血流所見】駆梅療法前(7月)の99mTc-ECD SPECTでは,両側側頭葉〜頭頂葉の血流低下が目立ち,前頭葉にも軽度の血流低下がみられた.駆梅療法後(8月)のSPECTでは両側頭葉の血流低下が若干改善していた.前頭葉は内側部の血流に改善がみられたが,他は著変なかった.
【考察】神経心理学的には当初,注意障害,記憶障害,前頭葉機能障害が明らかであったが,駆梅に伴い,いずれの領域でも機能改善がみられた.記憶ではことに視覚性記憶の改善が著明であった.SPECTにおいても,治療前後で全般的な脳血流の改善は認めたものの,必ずしも神経心理学的所見の改善と対応していなかった.
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