第18回日本老年精神医学会 演題抄録

 

I 2−22

進行麻痺症例における神経心理学的所見と脳血流所見の経時的変化
  

昭和大学医学部精神神経科
山本英樹 宍倉久里江 三村 將
   浴風会病院 磯野 浩
 昭和大学附属烏山病院   出井恒規 井口 喬
 進行麻痺はTreponema pallidumによる初発感染から10〜20年を経て発症し,適切な治療を行わないと,痴呆から荒廃状態に至る疾患である.抗生物質の普及に伴いその発症は激減しているものの,最近でも散発的に症例を経験する.今回,われわれは神経徴候や身体所見を欠き,当初アルツハイマー型痴呆と診断された進行麻痺の一例を経験し,経時的に神経心理学的検査とSPECTによる評価を行ったので報告する.


【症例】59歳 男性
【現病歴】生来健康.平成14年3月ころより徐々に健忘が出現し,火を付けっ放しにしたり,妻の入院した病院の面会時間を忘れたりすることがあった.また,易怒的となり,TVにも関心を示さなくなってきた.平成14年5月,A病院神経科を受診.アルツハイマー型痴呆の診断のもと,塩酸ドネペジルを処方されたが改善せず,同年6月に当院精神科を紹介受診となった.初診時,長谷川式痴呆評価スケール改訂版で16点.血液でTPHA>20480,ワ氏強陽性のため,進行麻痺が疑われ,7月に入院となった.


【入院後経過】7月より8月にかけてペニシリン大量療法(1800万単位/日,14日間)を2クール施行した.入院時,著明な発動性低下と臥床傾向を認める一方,多幸的で一時軽躁・多動であったが,その後しだいに安定した.日中も読書やTV鑑賞を楽しむようになり,10月上旬に軽快退院した.駆梅に伴い,髄液の細胞数と蛋白の減少が認められ,IgM抗体も陰性化した.入院時の頭部MRIでは大脳の全般性萎縮を認めたが,その後も経時的変化はみられなかった.脳波では入院時に徐波が目立ったが,徐々に改善し,退院時には正常範囲となった.


【神経心理学的検査】2クールの駆梅療法の前(6〜7月)と後(9〜10月)の神経心理学的検査所見の変化を示す.(知的機能)MMSE:21→25.WAIS-R言語性IQ:実施せず→84,動作性IQ:実施せず→88.(注意)WMS-R注意/集中力:76→95.「3」抹消:148秒→101秒,「か」抹消:198秒→148秒.(記憶)WMS-R言語性記憶:64→61,視覚性記憶:59→84,遅延再生:scale out→55.(前頭葉機能)慶應版WCSTカテゴリー達成数:2→4,保続性誤り:13→6.Trail Making Test A:173秒→138秒,B:施行不能→226秒.語の流暢性 語頭音:9語→16語.


【脳血流所見】駆梅療法前(7月)の99mTc-ECD SPECTでは,両側側頭葉〜頭頂葉の血流低下が目立ち,前頭葉にも軽度の血流低下がみられた.駆梅療法後(8月)のSPECTでは両側頭葉の血流低下が若干改善していた.前頭葉は内側部の血流に改善がみられたが,他は著変なかった.


【考察】神経心理学的には当初,注意障害,記憶障害,前頭葉機能障害が明らかであったが,駆梅に伴い,いずれの領域でも機能改善がみられた.記憶ではことに視覚性記憶の改善が著明であった.SPECTにおいても,治療前後で全般的な脳血流の改善は認めたものの,必ずしも神経心理学的所見の改善と対応していなかった.

2003/06/18


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