【研究目的】うつ病の認知機能障害の生理学的な検討は乏しく,また,とくに初老期のうつ病では痴呆と鑑別困難な例があるため,客観的な評価方法が必要とされている.われわれは非言語的認知機能検査であるRaven's colored progressive matrices test(以下,RCPM)施行時の眼球運動について,初老期のうつ病者を健常対照群と比較し,自己評価スケールであるSDSおよびCES-Dとあわせて,定量的に検討した.
【方法】DSM-Wのうつ病の診断基準を満たした45歳以上65歳以下の初老期のうつ病(以下,D)群9名と9名の健常対照(以下,HC)群を対象とした.眼球運動測定はFree View(竹井機器)と付属の解析ソフトを用いた.RCPM4課題(単色対称,二色対称,単色類推,二色類推)遂行時の注視点数,注視時間,注視点の分布の各項目を測定した.
【結果】類推課題において,HC群が正解図と候補図に注視点が集中したのに対して,D群は選択図すべてに注視点が分布する傾向がみられた.統計学的にはD群はHC群に比して水平方向運動のばらつきが有意に増大し,これにより反応時間は延長し,原図を注視する時間の割合が減少していた.一方,正答率,注視点数および注視時間,原図と選択図との往復回数,原図に対する注視点数の割合,正解図形の注視点数および注視時間については二群間に有意な差が認められなかった.対称課題では有意差がみられたのは反応時間の延長のみであった.
【考察】視覚性注意について下頭頂小葉-前頭前野-帯状回のネットワークが重要であり,Dにおいて前頭前野と帯状回の局所脳血流量の低下が報告されている.D群では,課題が複雑になると課題遂行に必要なポイント(原図)から有効な戦略を立てることができず,注視点が彷徨し,課題解決に要する時間が延長したと考えられる.本研究において示されたDの視覚認知障害は,視覚性注意のネットワークとの関係で重要と思われる. |